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レオ・レオーニ展レポ|なぜ彼は自分を“ネズミ”と言ったのか

    8月、レオ・レオーニの絵本づくり展に行ってきた。

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    入口の看板。チラシにも使われていたニンジン

    子どもを連れて行くか悩んだ末、ひとりで行ってきた。

    『スイミー』は好きだけど、子どもに説明できるほどレオ・レオーニのことを知らないなと思ったから。大正解だった。じっくり見られてよかった。

    2回目に行けるチャンスが連れて行きたかったな。子どもが楽しめそうな個所もいくつかあった。

    次こういうのがあったら、もう少し会期にゆとりをもって1回目に行きたい。と反省。

    心に残った展示と感想を順番に並べていく。

    コラージュ手法に惹かれた理由

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    レオ・レオーニがよく使っていた「コラージュ」の手法

    展示会場に入ってすぐに「コラージュ」の手法の解説パネルを見たときに、私がレオ・レオ―ニのテイストを好きなのは、自分がコラージュ好きだからなのではないか、と思った。

    「切って貼る」というのが大好きで、スクラップブッキングが趣味でもある。なんでこんなに好きなのかは、まだよくわからない。

    レオ・レオーニが「ネズミ」な理由?

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    よく出てくるネズミ。胴体は手でちぎって作る

    レオ・レオ―ニの絵本にはよくネズミが出てくる。レオは「自分を動物にたとえるなら?」と質問されたときに「ネズミ」と答えていた。

    そして「絵本の登場人物のなかでいうなら?」という質問には、「フレデリック」と答えていた。

    絵本の中でいうならフレデリックなのは、わりと納得した。

    冬の準備をしないで、色や言葉を集めているフレデリックに、自分の姿を見ていたのではないかな。人とは違う行動をしている自分を自覚しながら、アートには人を救うという確信もある。

    レオはずっと石集めをしていたって動画で言っていた。ずっと自然のものを集め続けて、集めたものでなにかを表現しようとしていた人なんだろうなと思う。

    でも「動物のなかでネズミなのは、なんでだろう?」と思った。まだ自分なりの答えが見つからないので、少し時間をかけて考えてみたい。

    仮説を持っている人、インタビューとかで理由を知っている人がいたら、ぜひ教えてください。

    子どもと一緒にできそうな遊び

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    アクリル板に絵の具を塗って紙を貼り付ける手法

    子どもが絵具遊びが好きなので、これはやってみたいと思った。ぜったいに同じ柄にはならないのがおもしろいよね。

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    これも子どもやりたい

    こういう展示を見ると、外に出かけたりしなくても、身近なもので楽しく遊べるんだよなあと思う。発想力の問題だなあ。

    二子玉川にあるエリック・カールのプレイパークに遊びに行ったときにも同じことを思った。

    パーク内に無料でエリック・カールの技法を体験できる工房があるんだけど、普通の絵具でも、塗る道具を変えると、おもしろい模様ができる。私が行ったときは(髪をとかす)ブラシで模様をつけた。

    …発想力だよなあ。(大事なことっぽいので、二回言う)

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    謎の「平行植物」

    この平行植物という謎の絵は、架空の植物。レオが想像で描いているもの。

    解説によれば「自然に対する畏敬の念・非凡な想像力」が感じ取れるらしいのだが、私の思考は「なんか不気味だな」「なんでこれ描いたんだろう」で止まった。

    レオ・レオーニと聞くとコラージュってイメージがあるけど、彼は普通にうまい絵も描ける。実際にうまい絵も飾ってあった。

    けど、写真を撮ろうとは思わなかった。「写真に撮りたい」と「これは撮らなくてもいいや」の間には、なにがあるんだろう。

    写真には撮ったけど「noteに載せたい」と「載せなくてもいいや」の間には、なにがあるんだろう。

    突き詰めると、「人の心が動くとは、どういうことなんだろう?」と思わず考えてしまう。

    感想を残しておきたい展示

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    『6わのからす』のメッセージ

    絵本は絵と文章のある本で、子どもが読むものっていうイメージがあるけど、ストーリーも大事な要素ではある。

    作家さんは、ものすごい労力をかけて、たぶん人生をかけて作品を残していくわけで。自身の作品を通してなにかメッセージを伝えたいんだと思う。

    6わのからすでは「話し合うことの大切さ」を伝えているんだけど、私にはメッセージ性が強すぎて、ちょっと苦しくなった。

    作者の主張をどこまで明確に表現するか、どこまで読者の想像に任せるかは、とても難しいバランスなんだと思う。

    ただ、この時代の作家さんの作品を見るときは、いつも私は「自分が戦争を経験していない身」だということを考慮するようにしている。

    戦争を経験した人と、そうでない人には「平和」に対する意識が大きく違うはず。平和ボケしている私なんぞには、想像してもわからない世界が、きっとあるんだと思う。

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    最後のエリアは子どもがワイワイしそうな感じだった
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    アレクサンダーとウイリー。このあと絵本を買った。
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    大好きなスイミー。意味不明なほど読んだ。英語版も持ってる
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    「ぼくが、めに なろう」のところでいつも泣く

    買った絵本とグッズ

    以下は、自分と子どもへのお土産の一部。『フレデリック』が好きなので、気がついたらたくさん買っていた。

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    タオルは娘に。なまえスタンプがあったので買った
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    スイミー。ポストカードは使う用と買う用で2枚買うことも多い
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    カメレオンは絵本は持っていないけど色が綺麗で好き
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    この展示会で買った絵本。トカゲが綺麗だなと

    『アレクサンダとぜんまいねずみ』の絵本は持っていなかったんだけど、展示を見ていてほしくなったので買った。

    AI時代だから、わからないことを抱える

    この展示を見る前に絵本を買っていたとして、アレクサンダとウイリー(ぜんまいねずみのおもちゃ)の表現の差に気づけたかどうか、ちょっと怪しいなと思った。

    情報がこれだけ溢れている時代で、ひとつひとつの目の前のことを観察する力とか、そこからじっくり考える力が弱くなっているような気がする。

    AIに聞けばそれっぽい答えがいつでも得られる時代だからこそ、わからないことを意識的に作って、いつも抱えているようにしないといけないんじゃないかな。と、そんなことを思った。

    ちなみに『マシューのゆめ』も買うか迷った。けど、お土産売り場で中身を読んで、やめた。

    マシューが夢をかなえるまでの描写が想像よりスムーズすぎて、「え、それでいいのかな?」「もっと大変なんじゃないの?」と、ちょっと拍子抜けしたからだった。

    でも、画家になりたかったのに親に反対され続けて、49歳でようやく夢をかなえたレオ・レオ―ニにとっては、マシューのような夢の叶え方こそが夢だったんじゃないかな、とも思った。そういう作品があるのもいいよね。

    以上、レオ・レオーニ展レポでした。

    ほかにも展示会や映画、読書などの感想、日常の気づきを、AIと対話しながら綴っています。
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    ▼ 推し本に『スイミー』を選んだインタビューはこちら

    ▼ ほかの展示や映画の感想はこちらにまとめています


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