メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byhanazora

【短編小説】最後に、君の好きなものを

    夏 佳奈

    レシートに、『夏限定缶 宮崎日向夏サワー』
    日付は『5月18日』

    引越しの準備をしていたら、冷蔵庫の隙間から出てきた。
    今日は6月20日だから、まだ1か月しか経っていないことが信じられない。

    駅前のスーパーでこのお酒を見つけた時、拓斗が喜んでくれるだろうと期待した。拓斗は宮崎出身で、宮崎限定とか宮崎産の食べ物を見つけると必ず買ってくる。何度も一緒に新宿にある宮崎のアンテナショップにも行った。

    でも、この缶チューハイはまだ冷蔵庫の奥に眠っている。

    あの週末、拓斗は久しぶりに早く帰れると言った。好物の唐揚げを作って、拓斗の為にお酒、自分の為にコーラーを買った。私はお酒が飲めないのだ。

    「別れてほしい」
    そう言うと、彼は頭を下げた。学生だった頃は、ずっと明るい髪色だったのに、今はそんな面影はない。とうに彼は大人になっていた。社会人になって2年目の夏も一緒に過ごせると思っていた。
    「私がフリーターだから?」
    「そんなことは関係ないよ。仕事がどうとかじゃなくて…」
    「好きな人でもできたの?」
    責めるような言葉が次々に浮かんでくる。
    「ねえ、ちゃんと答えてよ」
    感情的になった私は、きつい言葉も言ったけど、拓斗はずっと落ち着いていた。
    何を言っても、彼の心が揺れることはなかった。

    大学1年生の終わりからずっと付き合っていた私達。
    お互い地方から上京して、寂しさを紛らわすみたいに、家族ごっこみたいな恋愛をしていた。

    私は無造作に置かれた段ボール箱やごみ袋、散らかった雑貨を越えて、ベランダへ向かう。
    手にはあの缶チューハイ。
    一口飲むと、どっろっとした甘みの中に酸っぱさがあった。
    独特のアルコールの味にどすんと胸を突かれながら、少しずつ私は飲み干す。
    拓斗のことをまだ好きだから。
    拓斗のことを思って、全然美味しくないそれを飲む。

    また、新しい季節を迎えるために。

    あなたへのおすすめ