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となりのトップランカー #56 | 「もう少し〇〇してくれない?」


    それは、気心の知れた本指名のお客様から
    ふと零れた一言でした。

    120分のロングコース。
    シャワーを終え、湯船に身を浸しながら、
    ゆっくりと愛撫を重ねていたときのことです。

    浴槽の縁に腰掛けたお客様の太腿の間に跪き、
    丁寧に口づけを落としていた最中、
    頭上から吐息の合間にこんな声が降ってきました。


    「かな、もう少し 言葉責め してくれない?」


    その瞬間、私は文字通り、
    息を呑んで固まってしまいました。

    舌を絡ませる深い口づけも、
    耳や髪への愛撫も、
    口の中に熱い熱を放たれることも、
    出来る限りの扉を開け、
    向き合ってきた自負があります。

    けれど、そのリクエストだけは、
    私がこれまでどうしても踏み込めず、
    密かに避けてきていたものでした。

    (言葉……責め……?)

    口に含んでいた熱を吹き出しそうになるのを
    必死で堪えながら、その言葉を反芻すると、
    思考が真っ白になりました。

    沈黙はほんの数秒だったはずですが、
    頭の中をいくら掻き回しても、
    それらしい語彙が何一つ浮かんできません。
    情けなさを感じつつも、私はお客様から口を放し、
    おずおずと見上げるようにして正直に尋ねました。

    「すみません……どんなことを言えばいいですか?」

    するとお客様は責める風でも呆れる風でもなく、
    優しく笑って教えてくれました。

    「『気持ちいい?』とか、そういうのでいいんだよ。
    ただ、聞いてほしいんだ」

    なるほど。
    それくらいなら私にもできるかもしれない。
    気を取り直して愛撫を再開し、
    もう一度熱が高まったところで、
    私は口を開きました。

    「気持ちいい……?」
    「うん……」
    「………………」
    「……………………………」

    短い言葉の応酬の後、部屋には
    「シーン」という音すら聞こえそうなほどの
    静寂が流れました。

    後に続く言葉を完全に見失って
    私は再び固まってしまい、
    沈黙だけが降り積もっていく。
    言われた言葉をなぞるだけで精一杯の、
    あまりに不器用な私の様子に、
    やがて二人して吹き出してしまいました。

    仲の良い方だったからこそ笑い話で済みましたが、
    もしこれが信頼関係も何もないご新規様であれば、
    場を白けさせてしまう大失態でした。

    その後の時間で精一杯場を盛り上げて
    ご満足いただき、
    笑顔でお見送りできたものの、
    その夜の私の胸には大きな反省が残りました。

    数多くの経験を経て、
    場の空気を濁さず応じることには
    慣れていたはずなのに、なぜあの瞬間、
    私の言葉は完全に
    機能を失ってしまったのでしょうか。

    ひとり静かに振り返る中で、
    私の中に「言葉責め」という行為に対する、
    二つの心理的障壁があることに気づきました。


    一つ目:言葉に対する苦手意識


    第一に、私自身が
    「肌を重ねている最中に言葉を発すること」
    が苦手であるという点です。

    感覚を極限まで研ぎ澄ませているとき、
    私はほとんど言葉を発しません。
    唇から零れるのは、抑えきれない吐息や
    無意識の呻きだけ。

    意味のある言葉やおしゃべりを挟もうとすると、
    そちらに意識が向いてしまい、
    せっかく立ち上った快感を
    手放さなければなりません。

    五感のすべてを
    「自分自身が感じること」と「相手を感じさせること」
    に注ぎ込んでいる最中、
    言葉を発するという作業は、
    意識を現実へ引き戻す
    余計なノイズになってしまいます。

    言葉で興奮しないというのが、私の性質なのです。
    残念ながら、これは意識して
    どうにかできるものではありません。

    二つ目:言葉の持つ強制力への恐れ

    第二に、もっと本質的な理由として、
    私は「言葉の強制力を強く感じている」
    という点があります。

    たとえば、肌を重ねながら

    「気持ちいい?」
    「痛くない?」

    と尋ねられたとき、尋ねられた側には
    「はい」と答える以外の選択肢が
    ほとんど残されていません。

    もし実際にはそこまで心地よくなかったとしても、
    目の前の相手を傷つけず、
    その場の空気を壊さないためには、
    肯定するしかないのです。
    そこには無言の圧力が生じます。

    お優しいお客様なら、

    「気を悪くしたりなんてしないから、
    本心を言って欲しい」

    という方も多いことでしょう。

    しかし、現実問題として、
    それは難しいと言わざるを得ません。
    人間の心は思い通りにはいかないもので、
    口ではそう言っていても実際は
    へそを曲げてしまうお客様が多いものです。

    私自身、お客様からそう問われた際、
    どれほど無理に笑顔を作って
    応えてきたか分かりません。
    「気持ちいい」と答えることを
    強要される居心地の悪さを、
    私自身が骨身にしみて知っているのです。

    だからこそ、たとえお客様からの
    要求であったとしても、
    相手に「嘘の肯定」や「気遣い」を
    強いるかもしれない言葉を、
    私から投げかけることに
    強いブレーキがかかってしまいます。

    「自分がされて嫌なことは、
    絶対に相手にもしたくない」

    それは、私が常に掲げている絶対のルールです。
    お客様のためであっても、
    それを曲げることはできません。

    自分なりの華を咲かせる

    夜の華として輝き続けるために、
    お客様のご要望にはできるだけ
    適応してきた私ですが、
    言葉責めに関しては
    白旗を上げることにいたしました。

    言葉で追い詰めるような嗜好を満たすためには、
    相応のサディスティックな天分と、
    相手の心理を掌握する独特の技術が求められます。
    そうした資質を持ち合わせていない私が、
    形だけ背伸びをして演じてみたところで、
    お客様を満足させることなど到底できず、
    疲弊してしまうだけでしょう。

    夜の街には、
    十人十色の欲望と悦びの形があります。
    そして同じように、迎える側の女性にも、
    それぞれの肌に合った咲き方と
    守るべき美学があります。

    求められるすべてに器用に自分を合わせ、
    何者かに成り代わる必要はないはずです。

    苦手なことを無理にやろうとしても、
    決してうまくはいきません。
    それよりも、自分の得意とする手法を
    よりよいものに伸ばしていく方が、
    大人の社会の賢い選択です。

    不器用な自分を苦笑いとともに受け入れながら、
    私は自分にできる方法で、
    お客様に至福の時間を届ける道を選びました。


    2026年9月23日
    KANA



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    「気持ちいい?」
    「痛くない?」

    お客様からすれば、
    それはキャストへの気遣いなのかもしれませんが、
    本編で綴った通り、
    「できれば聞かないで欲しい」
    というのが私の本音です。

    残念ながら、夜の世界において
    「言葉」というものは
    あまり信頼のおけるものではありません。

    私に言葉責めが通用しないくらい、
    それはときに無力で、
    空回りしてしまうものなのです。

     
     
    36歳未経験から、副業として2年半で総売上1,000万円を達成した元トップランカー👑 「最高のサービスタイムはキャストお客様、二人で創り上げるもの」 信念と成長、再生を綴るオートフィクション✍️ 【全100話連載 毎週水・日曜日21時更新】 (有料記事 累計230回超購入/感謝)

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