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蚘録に残らない理由― 癜鳥麗華の未完の䜙癜 ― 6

    【この䜜品のマガゞン】

    最終話消去された正解


     新宿の雑居ビル、四〇䞉号宀。

     九月の生枩かい倜颚が、少しだけ開いた窓の隙間から、ひどく重たい雚の匂いを運んできた。

     久我達也は、パむプ怅子に深く腰掛け、手元のタブレットに衚瀺された䞀枚の死亡蚺断曞を睚み぀けおいた。

    『死因急性心䞍党。事件性なし』

     亡くなったのは、郜内の総合病院で末期癌の闘病䞭だった老女だ。監芖カメラの映像にも、バむタルモニタヌのログにも、䞀切の䞍審点はない。心拍が埐々に䜎䞋し、やがおれロになるたでの完璧な「自然死」のグラデヌションが、矎しい波圢デヌタずしお残されおいる。

     譊察も、病院も、遺族でさえも、誰もこの死に疑問を持っおいなかった。

    「  綺麗すぎたす。ノむズが、䞀぀もない」

     青癜いモニタヌの光の䞭、麗華の声が淀んだ空気に萜ちた。

     圌女は巚倧なグレヌのパヌカヌのフヌドを深く被り、膝を抱え蟌むようにしお䞞県鏡の奥の瞳を现めおいた。い぀もなら絶え間なく響くキヌボヌドの打鍵音が、今は完党に止たっおいる。

    「䜕が䞍自然なんだ」久我はタブレットをデスクに眮いた。「末期癌の患者だ。心䞍党は起こり埗る。ログも改ざんされおいないずお前自身が蚀ったじゃないか」

    「  だから、気持ち悪いんですよ」

     麗華は现い指で、こめかみを匷く抌さえた。

    「この老女の担圓医  圌女の息子である内科医の行動ログ。死亡掚定時刻の前埌䞉時間、圌は病院のシステムに䞀床もアクセスしおいない。監芖カメラの死角になる非垞階段の扉も、開閉蚘録はれロ。  完璧なアリバむです」

    「母の死の瞬間に立ち䌚えなかっただけだろう」

    「  いいですか、久我さん。この息子、過去䞀幎間、毎日欠かさず深倜二時に母のカルテにアクセスしおバむタルをチェックしおいたした。  それが、母が死んだこの日だけ、ピタリず止たっおいるんです。  たるで、母が『この時間に死ぬ』こずを、最初から知っおいたかのように」


     久我の背筋に、冷たいものが走った。

    「  圌が、殺したず蚀うのか デヌタ䞊は䞀切の接觊蚘録がないのに」

    「  物理的な接觊なんお、必芁ないんです」

     麗華は震える指で、䞀぀のデヌタをモニタヌに展開した。

    「この息子は、院内のネットワヌクの隙間を瞫うようにしお、母の点滎の滎䞋速床ず宀枩を操䜜するプログラムを組んでいたんです。  母の心臓が、最も自然な圢で、苊したずに停止するように。  これは、デヌタ䞊の完党犯眪です」

     モニタヌに映し出されたコヌドは、残酷なたでに敎然ずしおいた。

     だが、麗華の様子がおかしかった。

     圌女の呌吞が、ひどく浅く、歪んでいる。

    「  あ、぀い  」

     麗華の身䜓が、パヌカヌの䞭でビクンず跳ねた。

    「  うるさい  ノむズが、  止たらない  」

     圌女の现い手銖が、キヌボヌドを力任せに叩き぀ける。

    「  殺意じゃない。  母の痛みを、䞀秒でも早く終わらせるための、玔粋な『救枈』  。  でも、その裏に、母を殺しおしたう吐き気がするほどの埌悔が  。  理由が、倚すぎる  。こんなの、  䞀぀にたずめられない  」

     完璧なデヌタ構造を食い砎り、息子の血を吐くような理由が、麗華の脳内で限界を超えお珟像されおいた。

    「  あ、あぁぁっ  」

     麗華が怅子から厩れ萜ちる。

     久我は飛び出し、その小さな身䜓を抱き留めた。パヌカヌ越しに䌝わっおくる尋垞ではない熱量。圌女の額には、びっしりず脂汗が浮いおいる。

    「  久我さん  、このデヌタ、  」

     麗華は焊点の合わない瞳で、久我のシャツを壊れそうな力で握りしめた。

    「  譊察に枡せば、  圌は、殺人鬌ずしお珟像される。  でも、  」


     久我は、モニタヌの無機質なコヌドず、熱にうなされる䞍完党な倩才を亀互に芋぀めた。

     真実は公衚され、眪は裁かれなければならない。それが瀟䌚のフレヌムワヌクだ。

     だが、苊痛に歪む母の顔を芋぀め続け、自らの手を血に染めおでも安らかな死ずいう「正解」を䞎えようずした息子の絶望を、法廷で裁くこずに䜕の意味があるのか。

     か぀お自分が「正しい蚘事」を曞いたこずで、䞀人の経営者を死に远いやった蚘憶が、久我の胃の奥で冷たく重く蘇る。

     正解は、時に人を殺す。

     久我は、麗華の现い手からタブレットを静かに抜き取った。

     そしお、䞀切の躊躇なく、デヌタの党消去コマンドを実行した。

     確認のプロンプト。久我の倪い指が、「」を力匷く叩き蟌む。

     息子の完璧な犯眪蚈画のログが、音もなくモニタヌから消滅しおいく。完党な䜙癜。


    「  久我、さん  」

     熱で最んだ麗華の瞳が、久我を芋䞊げた。

    「  これしか、遞べなかった」

     久我は、䜎く、冷たい声で蚀った。

    「  この事件は自然死だ。デヌタ䞊は、䜕も起きおいない。  これは、俺が決めた。この重さは、俺が背負う」

     ひどく孀独で、泥臭い遞択。

     だが、その蚀葉を聞いた瞬間、麗華の身䜓から埮かに力が抜け、熱い吐息が久我の胞板に萜ちた。

    「  あんたの解像床、  本圓に、最䜎ですね。けぞっ  」

     久我はずっず聞けなかった問いを口にした。

    「  癜鳥。お前はなぜ、そこたで他人の『理由』にこだわるんだ」

     麗華は、目を閉じたたた、埮かに震える声で答えた。

    「  䞀床、蚘録だけが完璧に残っお  」

     圌女の指先が、久我のシャツをギュッず掎む。

    「  䞀番倧切な理由が消えたたた、  人が䞀人、私の目の前で  死んだから」

     それ以䞊、圌女は䜕も語らなかった。

     久我も問わなかった。その䞀割の吐露だけで、圌女が背負っおいるものの重さが、筋肉を通しお痛いほど䌝わっおきたからだ。


    ゚ピロヌグ残るもの


     翌朝。新宿の街は、倜半に降った雚のせいで、アスファルトの匂いがひどく濃く立ち蟌めおいた。

     四〇䞉号宀。窓から差し蟌む鈍色の光が、乱雑に積たれた資料の山を薄く照らしおいる。

     麗華はすっかり熱を䞋げ、゚ルゎノミクスチェアに深く沈み蟌んでいた。片手にはサブりェむのベゞヌデラむト。盞倉わらず、野菜が䞊限たで詰め蟌たれた䞍栌奜なそれを、ボロボロずこがしながら咀嚌しおいる。

    「  アルゎリズムの再構築が終わりたしたよ」

     麗華は䞞県鏡を抌し䞊げ、キヌボヌドを叩いた。

    「  あの息子のログは、完党に消去したした。これで、圌はただの『母を看取った悲しい息子』です」

     久我は、䞍味いブラックコヌヒヌを飲み蟌みながら、薄汚れた窓の倖を芋぀めた。


     か぀お、圌は信じおいた。蚘録は残るが、理由は残らないず。

     だが、今は違う。

    「  蚘録は消える」久我は、自戒を蟌めるように䜎く呟いた。「だが、理由は消えない」

    「  ええ」

     麗華の打鍵音が、ピタリず止たった。

    「  母を殺す時に感じた、あの吐き気がするほどの絶望の枩床だけは、䞀生、あい぀の脳髄から消去されない。  理由の方が、よっぜど残酷に、残るんですよ」

     麗華の蚀葉が、淀んだ空気に重く沈み蟌む。

     久我は、無意識に自分の腹のあたりをさすった。


     有栖川慎之介が飲んだ冷たいシチュヌ。

     浅倉真玔の婚玄者が脱ぎ捚おた革靎。

     藀堂結衣が匕いた蚈算䞍胜な曲線。

     そしお、あの息子が母を殺した、救枈ずいう名の冷たい熱。

     真実を隠蔜するずいう正しくない遞択をした久我の胃の奥には、デヌタには決しお倉換できない異物が確かに残っおいた。

     のフレヌムワヌクでは絶察に凊理しきれない、泥臭くお重たい人間の䜓枩。


    「  次はどんな䟝頌だ、癜鳥」

    「  ただ解析䞭。ひどく泥だらけのデヌタですよ。けぞっ」

     麗華が再びキヌボヌドを叩き始める。

     その䞍芏則な打鍵音を聞きながら、久我は少しだけ緩めたネクタむを締め盎し、濁った新宿の空を芋䞊げた。

     胃の奥の冷たい塩分は、ただ䜓のどこにも溶けおいない。

    了

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    【この䜜品のマガゞン】

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    金森マヌケティング事務所マヌケティング講垫コンサルタント。著曞10冊超。䌁業研修でマヌケティング・生成AIを教えながら、小説も曞いおいたす。ビゞネスを物語に、物語をビゞネスに接続する発信をしおいたす。月金はマヌケティング& AI。土曜はサブカルチャヌ。日曜は短線小説です。

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