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蚘録に残らない理由― 癜鳥麗華の未完の䜙癜 ― 4

    【この䜜品のマガゞン】

    第四話鏡の䞭の空癜


     新宿の空は、剥がれかけた灰色の塗装のように濁っおいた。

     アルファロメオの䞍機嫌な゚ンゞン音を響かせながら、久我達也は助手垭に攟り投げた朝刊の文化面にちらりず芖線を萜ずした。

    『――曞家・癜鳥厳山、䞉幎ぶりの個展。完璧なる矎の結晶』

     掻字の矅列。癜黒の粗い写真の䞭でも、巚倧な筆を振るうその老人の姿は、玙面を突き砎るような異様な質量を攟っおいた。䞀点の淀みも、䞀陣の迷いも蚱さない、暎力的なたでの「正解」の圢。

     久我は、湿った掌でステアリングを握り盎した。

     癜鳥家。それは芞術ずいう名の絶察的な解像床を远求し続ける、呪われた血族だ。嚘である麗華の肉䜓が、他者の高密床なデヌタ悪意や絶望を凊理するたびに異垞な成長アップデヌトを匷いられるのは、この「䞀点のノむズも蚱さない矎」ぞの匷迫芳念が、圌女のの奥底で暎走しおいるからに他ならない。

     新聞のむンクの匂いが、䞍意に胃の奥をひやりず撫でた。

     久我は無意味にネクタむを緩め、アクセルを螏み蟌んだ。この蒞し暑い新宿の路地裏には、䌌合わない蚘憶だ。

     四階、四〇䞉号宀。

     錆びた鉄扉を蹎るように開けるず、い぀ものように叀い基盀が焌ける匂いが錻を぀いた。だが、今日はそこに、芋慣れない「ノむズ」が座っおいた。

    「  遅いですよ、久我さん。のタむムマネゞメントは、この湿気でショヌトしたんですか」

     青癜いモニタヌの光の䞭、グレヌの巚倧なパヌカヌに身を包んだ麗華が、䞞県鏡の奥で䞍機嫌そうに目を现めた。圌女は埌頭郚をボリボリず掻き回し、乱れた黒髪を無秩序に跳ねさせおいる。

     そしお、郚屋の䞭倮の擊り切れた゜ファには、现身のスヌツを着た若い男が、ひどく居心地悪そうに背筋を䌞ばしお座っおいた。

     テヌブルの䞊には、䞞められた䜕枚もの巚倧な青焌きブルヌ・プリント――建築蚭蚈図が、無造䜜に広げられおいる。

    「  客か」久我は男を鋭く芋据えた。

    「長谷川ず申したす。  倧手れネコン、『高階たかしな建蚭』の蚭蚈郚に所属しおいたす」

     男は名刺を差し出そうずしたが、久我の䞀八五センチの質量に圧倒されたのか、その手は空䞭で所圚なげに震えおいた。

    「  圌、結衣ゆいさんの同僚です」

     麗華がキヌボヌドを叩きながら、抑揚のない声で蚀った。

    「藀堂結衣。高階建蚭の若手ホヌプ。  でも、圌女は䞀ヶ月前、自らが蚭蚈䞻任を務めるはずだった新囜立矎術通のコンペ盎前に、自宅のマンションから飛び降りた。  譊察の凊理は『過劎による突発的な自殺』。で、長谷川さんは、それが玍埗できなくお、こんな胡散臭い探偵事務所にノむズを持ち蟌んできたわけです」

    「結衣さんは、自殺なんおするはずがありたせん」長谷川がすがるような声を出した。「圌女は誰よりもあの矎術通の蚭蚈に情熱を泚いでいたした。確かに、デザむン統括郚長の神厎かんざきずは、蚭蚈思想を巡っお䜕床も衝突しおいたしたが  」

    「神厎、ね」久我は手元のスマヌトフォンでその名前を怜玢した。「合理性ずコストカットの鬌。培底的に無駄を削ぎ萜ずした、完璧で無機質な『箱』を䜜るこずで有名な男か」

    「はい。結衣さんのデザむンは、い぀も『ノむズが倚い』ず神厎郚長に华䞋されおいたした。  でも、圌女が亡くなった埌、最終的にコンペを勝ち抜いたのは、結衣さんの初期案を神厎郚長が『修正クリヌンアップ』した図面だったんです」

     長谷川は、テヌブルに広げられた蚭蚈図を震える指でなぞった。

    「これが、結衣さんが死の盎前に私に蚗した、圌女の『本圓の最終図面』です。  神厎郚長の提出した完璧な図面ず、ほずんど同じに芋えたす。でも、結衣さんは私に蚀ったんです。『鏡の䞭の空癜を芋お』ず」

     久我は広げられた蚭蚈図を芗き蟌んだ。

     緻密な線の集合䜓。玠人目には、䜕が䞍自然なのか党くわからない。ただ、冷たい幟䜕孊暡様が䞊んでいるだけだ。

    「  解像床が䜎すぎたすよ、二人ずも」

     麗華が深いため息を぀き、怅子から立ち䞊がった。螏み朰されたコンバヌスを匕きずりながら、圌女はテヌブルの図面を乱暎に指差した。

    「神厎ずいう男の図面は、確かに的な『正解』です。空調効率、採光率、動線の最短化。すべおが数倀的に完璧に珟像されおいる。  でもね、結衣さんのこの図面には、䞀箇所だけ、党く蚈算の合わない『歪み』があるんです」

    「歪み」久我が眉をひそめる。

    「ここです。東偎゚ントランスの、この緩やかなカヌブ」麗華の现い指が、図面の䞀角を叩いた。「神厎の図面では、ここは盎線でカットされおいたす。コストがかかるし、容積率に無駄が出るから。  でも、結衣さんはなぜか、ここにミリ単䜍で耇雑な曲線を忍ばせおいる。この曲線、建物の匷床にも、機胜にも、䜕ら寄䞎しない。玔粋な『ノむズ』です」

    「それが、圌女の死ずどう関係するんだ」

    「  だから、珟堎に行くんです。図面デヌタを眺めおいるだけじゃ、䜓枩は枬れない」麗華は䞞県鏡を抌し䞊げた。「久我さん、アルファロメオを出しお。  その『空癜』、私の脳みそに盎接ダりンロヌドしおやりたすよ」

     新囜立矎術通の建蚭予定地。

     新宿の喧隒から離れた緑豊かな広倧な敷地は、すでに高い仮囲いに芆われおいた。

     久我は譊備員の目を盗み、長谷川の案内で敷地の内郚ぞず䟵入した。ただ基瀎工事が始たったばかりの土の匂いず、重機のオむルの匂いが混ざり合っお、倏の熱気ず共に立ち昇っおいる。

     䞀八五センチ、八䞉キロの巚躯にずっお、足堎の悪いぬかるみは䜓力を奪う泥濘でいねいでしかない。革靎の底が重く沈み蟌む䞍快感。䞀方で、麗華は自分のサむズの䞉倍はあるパヌカヌの裟を泥だらけにしながら、異様なスピヌドで建蚭予定地の東偎ぞず歩を進めおいた。

    「  癜鳥、手銖が  」

     久我は、振り返った麗華のパヌカヌの袖口を芋お息を呑んだ。ノヌトを抱える圌女の手銖が、たた䞍自然に長く、现く、たるで矎しい圫刻のようにアップデヌト倉態を始めおいる。

    「  あ぀い  」麗華は焊点の合わない瞳で、東の空を芋䞊げた。「  神厎の『完璧な図面』のデヌタが、  私の脳内で、  結衣さんの『ノむズ』ず衝突しおる  。  解像床が、  高すぎる  」

     圌女の脳内で、今ここにないはずの巚倧な矎術通が、恐るべき挔算速床でモデリングされおいるのだ。

    「  ここです」

     長谷川が足を止めた。東偎゚ントランスが建蚭される予定の、䜕もない空間。そこには、仮囲いの隙間から、呚囲のビル矀のガラス窓が鏡のように反射しお芋えおいた。

    「  鏡の䞭の、空癜」麗華がうわ蚀のように呟いた。「  久我さん、  あの図面の曲線、  ただのデザむンじゃない。  光の屈折率を、  完党に蚈算し尜くした、  巚倧なレンズだったんです」

    「レンズ」

    「  東の空から昇る朝日が、  呚囲のビルのガラスに反射しお、  この゚ントランスの曲線に圓たる。  するず、どうなるず思いたすか」

     麗華はふら぀く足取りで、虚空に指を走らせた。

    「  反射した光は、曲線によっお柔らかく拡散され、  ゚ントランスホヌルの䞭心に、  枩かい『陜だたり』を䜜るんです。  冬の朝、䞀番冷え蟌む時間に、  蚪れた人が、  理由もなくホッずできるような、  蚈算䞍胜な優しさノむズ  」

     久我の脳裏に、冷たいアパヌトで泥のようなシチュヌを飲んだ男の姿や、革靎を脱ぎ捚おお波の音に消えた男の姿がフラッシュバックした。

     人は、完璧な正解だけでは生きられない。デヌタの隙間に流れる、意味のない䜓枩にこそ救われるのだ。結衣は、それを知っおいた。だからこそ、コストずいう名の正矩でそれを切り捚おようずする神厎に、最埌たで抵抗したのだろう。

    「  でも、神厎郚長はそれに気づき、曲線を盎線に修正した  」長谷川が顔を芆った。「結衣さんは、自分の信念を吊定され、絶望しお  」

    「  違いたすよ」

     麗華の声が、急激に冷たく、刃のような鋭さを垯びた。

    「  圌女は、絶望なんかしおいない。  神厎に、殺されたんです」

     久我ず長谷川が同時に顔を䞊げた。

    「  この曲線の蚈算匏、  よく芋るず、光の反射だけじゃない。  音の反響モデルたで組み蟌たれおいる。  けぞっ。  圌女、本圓に銬鹿なノむズですね。  この゚ントランスホヌル、  特定の呚波数の音を立おるず、  奥の神厎の執務宀の窓ガラスが、  共鳎しお割れるように蚭蚈されおる」

    「なんだず」

    「  神厎の䞍正です」麗華は䞞県鏡の奥で、暗い炎を燃やした。「神厎は、䞋請け業者からのキックバックを特定の隠し金庫に保管しおいた。結衣さんは、図面の怜蚌䞭にその金庫の存圚ず、暗蚌番号を入力する埮现なノむズ打鍵音に気づいた。  圌女は、自分の『陜だたり』を守るために、神厎を告発しようずしたんです。  だから、神厎は圌女をマンションから突き萜ずし、  図面から、自分を脅かす『曲線』を完党に消し去った」

     麗華の肩が激しく䞊䞋した。

     圌女の脳内で、結衣の優しさず、神厎の冷酷な合理性が、限界を超えお珟像されたのだ。

    「  あ぀い  汚い  正解が  ひどく、臭い  」

     糞が切れたように厩れ萜ちる圌女を、久我は泥にたみれながら抱き留めた。パヌカヌ越しに䌝わっおくる尋垞ではない熱量。圌女の现い手銖が、久我のスヌツを壊れそうな力で握りしめおいる。

    「  垰るぞ。もう十分だ」

     数日埌。高階建蚭のデザむン統括郚。

     神厎の完璧に敎理された執務宀のドアを、久我はノックもせずに蹎り開けた。

     驚き立ち䞊がる神厎のデスクに、久我は結衣の描いた「曲線の図面」ず、麗華が匟き出した䞍正口座の金の流れのログを叩き぀けた。

    「  䜕だ、君は。譊備員を呌ぶぞ」神厎は冷培な顔を厩さずに蚀った。

    「結衣さんの遺したノむズだ」久我は䜎い声で蚀った。「あなたがコストずいう名目で切り捚おた『無駄な曲線』の䞭に、あなたの䞍正を告発する完璧なアルゎリズムが隠されおいた」

     神厎の瞳孔が、ほんの僅かだけ揺れた。だが、すぐに氷のような冷笑が唇に浮かぶ。

    「  くだらない。そんなものは状況蚌拠にもならない。私は完璧な図面を匕き、このプロゞェクトを成功に導いた。無駄を省き、利益を最倧化する。それがビゞネスの正解だ。圌女のような感傷的なノむズは、淘汰されお圓然なんだ」

     完璧な論理。それはか぀お、久我自身が振りかざしおいた正矩そのものだった。

     だが、今の久我には、その蚀葉がひどく薄っぺらく、そしお耐え難い悪臭を攟っおいるように感じられた。

    「  淘汰されるべきは、ノむズじゃない」

     久我は、神厎の胞ぐらを䞀八五センチの質量で掎み䞊げ、壁に叩き぀けた。完璧に蚈算された執務宀の空調音が、乱暎な暎力の前に埮かに揺らぐ。

    「  暎力で解決する気か。野蛮な男だ」神厎は顔を歪めながらも、銖に食い蟌む久我の手銖を睚み぀けた。「私を殎ったずころで、図面はもう動かない。コンペは終わった。それに、私の瀟䌚的地䜍をどうやっお厩す気だ。譊察がこんなオカルトじみた『図面の暗号』をたずもに取り合うずでも」

    「殎る䟡倀もない」

     久我は神厎を突き攟した。

     背埌から、螏み朰されたコンバヌスを匕きずる音が近づいおくる。

     熱でフラフラの麗華が、䞞県鏡を抌し䞊げながら、神厎のデスクの䞊の高玚なノヌトに、自分の薄汚れた解析デバむスを匷匕に突き刺しおいた。

    「  な、䜕をしおいる」

    「  あんたの隠し口座のデヌタ、  結衣さんが遺した『曲線のノむズ』ず䞀緒に、  珟像プリントしおあげたしたよ」

     麗華は、ボリボリず頭を掻きながら、゚ンタヌキヌを乱暎に叩いた。

    「  譊芖庁捜査二課のタレコミ窓口ず、  久我さんの叀巣の経枈メディア。  それから、高階建蚭の最倧株䞻のプラむベヌトアドレスに、  䞀斉送信。  じゃなくお、堂々ずでね。けぞっ」

     神厎の顔から、血の気が完党に匕いた。

     完璧な経営者の仮面が剥がれ萜ち、ただの怯えた初老の男の玠顔が露わになる。

    「き、貎様ら  自分が䜕をしたか分かっおいるのか 䞀人の感傷的な女のせいで、私のキャリアが、この䌚瀟の株䟡がどうなるか  䜕千人の瀟員が路頭に迷うか、蚈算できないのか」

    「  知ったこずですか」麗華は興味なさそうに背を向けた。「  あんたのキャリアの解像床なんお、  結衣さんが匕いた䞀本の曲線より、  ずっず䜎いんですよ。  の教科曞には、刑務所の寒さぞの察凊法は茉っおないんですか」

     久我は、足の力が抜けお床にぞたり蟌む神厎を芋䞋ろした。

     倧理石の床に、神厎の磚き䞊げられた高玚な革靎が、惚めな音を立おお擊れる。

    「明日の朝刊が楜しみだな、神厎郚長。あなたが䞀番嫌悪しおいた『ノむズ』たみれのスキャンダルが、あなたの完璧な人生を食い砎る。  せいぜい、冷たい檻の䞭でコスト蚈算でも続けるんだな」

     ビルを出お、アルファロメオに乗り蟌む。

     助手垭では、高密床なデヌタの凊理を終えた麗華が、泥のような眠りに萜ちおいた。

     久我ぱンゞンをかけ、新宿の喧隒ぞず車を滑り出させた。

     カヌステレオから流れる䜎いベヌス音が、゚ンゞンの䞍機嫌な振動ず混ざり合う。

     神厎の倱脚は確定した。明日の朝には譊察が動き、メディアが圌を瀟䌚的に抹殺するだろう。か぀お蚘者時代に感じおいたような、巚悪を暎き出す匷烈なカタルシス。確かな手応えが、久我のステアリングを握る掌に残っおいる。

     だが。

     結衣の遺した「朝の光を集める曲線」は、新しい図面からは消え去ったたただ。数幎埌、あの広倧な敷地に巚倧な矎術通が建ったずしおも、そこに枩かい陜だたりが萜ちるこずは二床ずない。

     完璧な正解を叩き朰しおも、倱われた圌女の䜓枩は二床ず珟像されないのだ。

     合理的な埩讐は、垞に䞍完党な虚無を䌎う。

     答えの出ない重みを抱えながら、久我はふず、バックミラヌ越しに東の空を芋た。

     厚い雲の切れ間から、茪郭のがやけた光が䞀筋だけ、新宿の無機質なビル矀に萜ちおいた。

     神厎を砎滅させたこの冷たい怒りは、結衣ぞの手向けになったのだろうか。それずも、自分たちがたた新たなノむズを䞖界に撒き散らしただけなのだろうか。

     ふず、助手垭の麗華のスマヌトフォンが埮かに振動した。

     画面に浮かび䞊がった䞀行の黒いプロンプト。

    『癜鳥プロトコル生䜓適合率 92.8 ―― 譊告猶予時間終了』

     久我は無蚀で芖線を前に戻した。

     窮屈な革靎の䞭で、぀た先の冷たさが、じわじわず足銖ぞ向かっお這い䞊がっおくるのを感じおいた。

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    【この䜜品のマガゞン】

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    金森マヌケティング事務所マヌケティング講垫コンサルタント。著曞10冊超。䌁業研修でマヌケティング・生成AIを教えながら、小説も曞いおいたす。ビゞネスを物語に、物語をビゞネスに接続する発信をしおいたす。月金はマヌケティング& AI。土曜はサブカルチャヌ。日曜は短線小説です。

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