
道徳と倫理 ~私たちの正しさ~【ビジネスコラム】
ファミレスにて
私は最近、ファミレスを出るとき、紙ナプキンや紙おしぼりをテーブルに放置せずに、まとめてゴミ箱に捨てるようにしています。
この行動をどう思われるでしょうか。
「それは店員の仕事では?」と思うでしょうか。それとも「良い行動だ」と感じるでしょうか。
今回は、「道徳」と「倫理」についてお話ししたいと思います。
道徳と倫理の定義
道徳と倫理は、文脈によって使い方に揺れがある言葉です。
本コラムでは、現代哲学における一般的な分類をもとに、下記のように定義します。
道徳(モラル)
哲学的には「正(The Right)」。普遍的で、誰にでも平等に適用されるべきルール。社会的規範。
倫理(エシク)
哲学的には「善(The Good)」。文化や個人の価値観に依存する、自己実現や生き方の指針。価値基準。
文脈によっては逆に使われることもありますが、本コラムではこの定義で進めます。
ここで、哲学的な定義だけでは少し分かりにくいので、身近な言葉で言い換えてみます。
道徳は「守るべきルール(交通ルールのようなもの)」です。社会や組織を維持するための「最低ライン」になります。「して良いこと/悪いこと」です。
倫理は「生き方のスタイル(マナーや美学のようなもの)」です。個人の内面にある「理想のライン」になります。「どう生きたいか」です。
変わる道徳
道徳は社会的なルールであるため、個人的な価値基準である倫理よりも変わりにくく、常識的な内容になりがちです。
しかし、それでも、道徳は時代とともに変わってきました。
例えば、私が若手の頃は、残業は当たり前で、定時に帰るなど考えられないという雰囲気が職場にはありました。
場合によっては、サービス残業も当たり前でした。
現在では、サービス残業や不当な残業の強要は許されないという道徳観が社会に広く浸透しています。
飲み会に対する意識も、ずいぶん変わりました。
以前は、飲み会は半ば強制参加のような雰囲気があり、参加しない人は協調性がないと思われがちでした。
時には、飲酒の強要や一気飲みといった、現在では問題視される行為も行われていました。
現在では、飲酒の強要や一気飲みは許されないという道徳観が広く共有されています。
人それぞれの倫理
このように道徳は、時代によって変わってきています。しかし、同じコミュニティでは同じ道徳を共有します。
一方、倫理(価値基準)は同じコミュニティであっても、より細分化され、多種多様な倫理観を持ちえます。
私たちは同じ社会に生きていて、同じ道徳を共有していても、それぞれ異なる倫理観をもった個人なのです。
残業でいえば、「最後まで仕事を終わらせてから帰りたい」「時間になったら帰るべき」といった仕事観は人それぞれであり、飲み会に関しても、参加するか否かや、「飲みニケーションは大切」と考えるか「仕事とプライベートは分けたい」と考えるかも人それぞれです。
そういった、人それぞれの価値観は尊重されることが、当たり前のこととして通用するようになりました。
ファミレスでゴミを捨てて帰るという行動も、私にとっては店員さんの立場を想像した結果です。
一方で、違う考え方をする人もいるでしょう。
大切なのは、どちらが正しいかを決めることではなく、その背景にある相手の価値観を想像することです。
それこそが、「道徳」と「倫理」を考える第一歩なのかもしれません。
尊重する姿勢
私たちはつい、正しいとか、正解とか、正義といったものがあるように感じてしまいます。
しかし、道徳は社会や時代によって変わり、倫理は人によって異なります。
一度立ち止まって
「何の正しさなのか、誰の善なのか」
を考える必要があります。
自分の正しさを疑わない限り、それは簡単に「押し付け」に変わってしまいます。
私たちを取り巻く環境も大きく変化し、かつての「当たり前」が、今も当たり前とは限らなくなりました。
だからこそ、自分の「普通」を見直し、相手が何を大切にしているのかを想像すること。その姿勢こそが、多様な価値観を持つ社会を生きる私たちに求められているのかもしれません。