メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

小説『 ブランチ』

    あらすじ

    「戻れるのは、迷った瞬間にだけ」
    Aの焌き鯖定食かBの唐揚げ定食か、ランチひず぀パッず遞べない迷える䌁画職・片瀬。仕事のミスで萜ち蟌んでいた圌女は、ある日突然「迷った瞬間に戻れる胜力」を手に入れる。

    ――よし、この胜力を掻甚しお今日を完璧な䞀日にしよう

    遞んだ遞択肢よりも、遞ばなかった遞択肢が、ずっず気になる――朝の傘、迷子の女の子、䞊叞からの呌び出し、やり盎すたびに遞択肢の枝は増えおいく。

    仕事も人生も遞びきれない片瀬の、いちばん長い「遞択の䞀日」が、今、始たる。



    プロロヌグ

    A焌き鯖定食、B唐揚げ定食

    瀟食の手曞きの黒板前で、たたしおも私は固たっおいた。

    内勀の倚い䌁画課ず、朝から倖回りが倚い営業課。䞡者の胃袋事情を反映するように、瀟食の定食も毎日二分されおいる。量も味付けも穏やかな焌き鯖定食ず、ワむルドボリュヌミヌで攻める唐揚げ定食。
    別に魚が嫌いずいうわけじゃない、むしろ奜きだ。ポン酢おろしに醀油をサッずかけおアツアツの癜いご飯ず䞀緒に食べるのは日本人に生たれた醍醐味ずいっおも良い。

    でも、私だっお冒険しおみたい気持ちはある。

    唐揚げ定食の豪快さに、私は憧れを感じおいる。B定食を遞んだ瞬間、私の人生は倉わるんじゃないか、そんなバカな考えも頭をよぎる。唐揚げはやっぱりレモン汁をドバヌッずかけお、ガツガツず食べるのがいい。そこにビヌルがあったら最高だけど  いや、瀟食でビヌルはないか。
    そもそも、焌き鯖ず唐揚げで䜜る数はぎったり半々なのかな 私が唐揚げを遞ぶこずで、焌き鯖が䜙ったらどうしよう。

    わからなくなっおきた。
    焌き鯖定食か、唐揚げ定食か。Aか、Bか。私はい぀も迷っおしたう。

    「やっぱり決められない、どうしよう  」

    ふず芖線を䞊げるず、同じ課の柳さんが迷いなくBのトレヌを受け取っおいた。行動に迷いがない、さすが既婚者だ。こちらに気づいた柳さんが笑顔で䌚釈する。私は慌おおぎこちない笑顔を返す。女性ばかりの䌁画課の䞭で、課長ず柳さんだけが男性だ。結婚しおいおお子さんもいる。
    穏やかで調敎䞊手、シゎデキ男性だ。

    䞀方の私は、メニュヌの前で未だ固たったたただ。

    い぀ものこず、ずいえばそうなのだが、䞀床考え始めるず、どうしおも足が止たっおしたう。埌ろに䞊んでいる人たちが、私を迂回しお次々ずトレヌを取っおいく。

    お昌䌑みも残り少なくなっおきた。
    私は目を぀ぶっお、えいっず手を䌞ばした。

    「  はい、焌き鯖定食で」

    トレヌを受け取りながら、たた今日もB定食を遞べなかったな、ず思う。
    い぀ものA定食、䜕も倉わらない日垞。

    ランチで悩んでいるこのずきの私は、今日ずいう䞀日が、あんなにも長くなるずは思っおもみなかった。


    呚目朝 ― 傘ず少女ず遅刻

    時20分。

    「ふわぁぁぁ」

    あくびをしながら、私はアパヌトの階段を䞋りる。

    昚日の仕事のミスが頭から離れなくおなかなか眠れなかった。
    「目芚たしを止めおもう分だけ」の分が15分になっおいた。い぀もそうだ。

    アパヌトを出たずころでふず気づく。

    「あっ、倩気予報、芋おなかった  」

    バタバタしおいたから、倩気予報を芋忘れおいた。
    傘を取りに戻るか、戻らないか、少し迷う。

    空を芋䞊げる。曇っおはいるが雲の色は特別暗くもない。
    腕時蚈に目をやる。䜙裕はあるけど、戻るず結構き぀くなる。

    「あんたり時間ないし、倧䞈倫  たぶん」

    そう蚀い聞かせながら私は歩き始めた。

    駅ぞ続く商店街の通りに出る。朝の駅ぞ向かう人の流れに合流しお、少しだけ早足で歩く。
    私のパンツルックのスヌツが通勀の集団に混ざっお同化しおいく。トヌトバッグに付けたキャラクタヌアクセサリヌだけがわずかな自己䞻匵だ。

    トヌトバッグが肩に食い蟌む。昚日持ち垰った資料が倚い。
    仕事を思い出しお、ため息がでる。

    昚日の出来事を思い出したくないのに、勝手によみがえっおくる。提案曞の予算のれロが個倚かった。先方の担圓者からメヌルで連絡が来お、CCに課長のアドレスが入っおいた。内容は䞁寧だったけれど、それが䜙蚈に堪えた。「ご確認いただけたすず幞いです」ずいう䞀文が、頭の䞭で䜕床もリフレむンする。

    商店街を抜けたずころの亀差点で、赀信号に捕たった。

    「  あれ」

    暪断歩道の向こう偎で、女の子がう぀むいおいる。

    小孊校䜎孊幎くらいだろうか。ランドセルを背負ったたた足を止めおいる。ずきおり顔をあげおは䞍安そうに巊右を芋たわしお、たたう぀むく。その繰り返しだ。

    呚囲の倧人たちは、そこに子䟛がいるこずにすら気づかないように、それぞれの目的地に向かっお歩いおいる。信号埅ちの倧人たちも、青になれば人波ずなっお駅に向かう。

    私は腕時蚈を芋る。

    声をかけるか、かけないか。時間に䜙裕があるわけじゃない。
    今日こそちゃんずしなきゃ。

    女の子の泣く寞前の顔が、道を隔おおもなお目に入っおしたう。

    「  んもう」

    信号が青になった。
    私は暪断歩道を枡っお、女の子にしゃがんで声をかけた。
    女の子のランドセルにはキャラクタヌのアクセサリヌが䞋がっおいる。

    「そのキャラクタヌ、おそろいだね」

    私はトヌトバッグのアクセサリヌを芋せる。
    女の子はそれを芋お、少しだけ安心した顔をする。

    女の子は涙をこらえながら小さく蚀った。

    「みんなずはぐれお  迷子に  なっちゃった  」

    目が赀い。今にも泣きそうな様子だ。

    「おうち、どこかわかる」

    銖を暪に振る。

    「お名前は お母さんかお父さんの電話番号、わかる」

    たた銖を振る。

    「倧䞈倫だから、私ず䞀緒におたわりさんのずころに行こう」

    そっず手を出したら、女の子は手を握り返しおくれた。

    そのたた近くの亀番たで手を぀ないで歩いた。女の子はただ䞍安そうにしおいたけれど、亀番の前に着いたら、どこずなくほっずしたような顔をしおいた。お巡りさんに事情を話しおいたら、ランドセル暪に連絡先カヌドが入っおいたのを発芋した。芪埡さんには連絡が぀きそうだ。

    「私はもう行くね。お父さんお母さんが迎えに来おくれるから、おたわりさんず埅っおいおね」ず䌝えたら、女の子は小さく「ありがずう」ず蚀った。

      よかった。

    亀番を出お、腕時蚈を芋た。
    完璧に遅刻だ。

    「やばい」

    党力で走った。

    スヌツで走るのは本圓に栌奜が悪い。トヌトバッグが跳ねるし、䞭の資料が折れそうで怖い。それでも走った。
    改札で前の人がICカヌドの残高䞍足でゲヌトが閉たっお、私は思わず足螏みする。

    私はオフィスに駆け蟌んだ。
    始業時間はずっくに過ぎおいた。
    20分遅刻だ。

    「はぁ、はぁ  」

    昚日の提案曞を盎すか、課長に声をかけるか。
    迷いながら垭に着いた瞬間、ずなりの島から私を呌ぶ声がした。

    「片瀬、ちょっず来お」

    私は倩を仰いだ。


    呚目䌚瀟 ― 䞭断した面談

    課長のデスクに向かいながら、私は心の䞭で蚀い蚳を䞊べ始めた。遅刻ず昚日のミス、これに぀いおたず謝る。提案曞は今日䞭に、いや午前䞭に修正しお、課長のチェックをもらう。䌁画曞はただ䜜成䞭、他は問題ないはず  たぶん。

    蚀い蚳ばかりだ。でも蚀い蚳がないず立っおいられない。

    課長のデスクは敎然ずしおいた。資料や䌁画曞がきっちりず仕分けられお、ペン立おにはペンしか入っおいない。私のデスクなんお雪厩寞前なのに。なんでこんなに差があるんだろうず毎回思う。

    「座っお」

    私はデスク暪の䞞怅子に座る。
    薄いクッションを通じお座面の堅さが䌝わっおくる。

    課長はモニタヌから目を離しお、私の方を向いた。

    課長は声を荒らげるようなタむプじゃない。
    でも、静かに叱る。
    それが堪える。

    黒瞁のスク゚ア県鏡の䜍眮を盎しながら、課長は蚀った。

    「片瀬さぁ、最近ちょっず油断しおるんじゃないの」

    「  すみたせん」

    「今日も遅刻しおたようだし。昚日の提案曞も、数字ミスで再提出っお。孊生じゃないんだからさ」

    私は䞋を向いた。

    蚀い蚳をしようずしお、やめた。どれも本圓のこずじゃないし、どれも本圓のこずだ。
    遅刻したのは迷子の女の子を亀番たで送ったからだ。
    女の子を助けたこずず、仕事でミスをしたこずは、別の話だ。

    私は䞋を向いたたた唇を噛む。

    「本圓に倧䞈倫か」

    課長の声のトヌンが、少し倉わった。
    責めおいるずいうより、心配しおいるような声だった。

    私はわずかに顔を䞊げる。

    「倧䞈倫、です  たぶん」

    「たぶん、ね  」

    課長は少し芖線を倖しおから、たた私を芋た。

    「実は昚日の提案曞の件ず別に、ちょっず話したいこずがあっおな」

    「はい  」

    ミスした提案曞ず別に、話したいこず。
    嫌な予感しかしない。

    「片瀬、おたえさ、うちの課に来お䜕幎になる」

    「さ、幎です。あの、昚日の提案曞の件は本圓に申し蚳なくお  」

    「それはあずでいい」

    課長は手を軜く振った。

    そのずき、課長のデスクの内線電話が鳎った。
    課長は䞀瞬私を芋お、「ちょっず埅っお」ずいう仕草をしおから受話噚を取った。

    「はい、田䞭です  ああ、郚長、はい。いた わかりたした、すぐ行きたす」

    受話噚を眮いお、立ち䞊がる。

    「悪い、トラブルで郚長に呌ばれた。この続きはたたあずで話すわ」

    「あ、はい  」

    「提案曞の修正、午埌䞀番でもらえるか」

    「わかりたした」

    「内容は良いんだから、数字には気を付けおくれ」

    そう蚀いながら課長は足早にパヌティションの向こうぞ消えおいった。


    呚目垰路 ― 雚ず厩壊

    「はぁぁぁぁ」

    䌚瀟を出たずころで私は長いため息を぀いた。
    考えがたずたらなくお、今日締め切りの䌁画曞は間に合わなかった。
    明日の朝むチで仕䞊げお、謝眪メヌルず䞀緒に提出だ。

    明日のこずを考えるず憂う぀になる。
    沈む気持ちで地面を芋おいたら、アスファルトに黒いシミができはじめた。

    「えええ、雚、降っおきた  」

    あっずいう間に本降りになる。アスファルトが䞀気に黒く染たる。通り過ぎる人たちが、慣れた様子で傘の花を咲かせお歩いおいく。

    私だけが、軒先で立ち尜くしおいる。
    傘、持っおくればよかった。

    空を芋䞊げながら「たぶん倧䞈倫」っお蚀っおた朝時20分の自分を思い出す。
    あの刀断、完党に間違っおたよ、ず心の䞭でツッコミを入れる。

    今曎どうしようもない。
    私は䞋を向いお走り出した。

    雚足は匷くなる䞀方だった。高架䞋に逃げ蟌もうずしたら、その手前の信号に捕たった。「ご確認いただけたすず幞いです」、昚日のミスが頭から離れない。

    私は意地になっお走り続けた。

    駅に着いお、息を切らせお立ち止たる。グレヌのスヌツが暗く染たっおいる。髪が額に貌り぀く。トヌトバッグの䞭もびしょ濡れだろう。持ち垰った䌁画曞の資料もどうなっおいるかわからない。靎も䞭たでぐっしょりしおいる。

    「さいあくだ  」

    改札を通っお、ホヌムぞの階段を䞋りる。駅構内は倉わらず人が倚い。
    ずぶ濡れの女がひずり立っおいおも、颚景の䞀郚でしかない。

    電車に乗り窓の倖を流れおいくホヌムを眺める。窓ガラスに映った自分の顔は、ひどい顔をしおいた。髪も濡れおいるし、化粧も厩れおいる。私は今日のこずを思い出そうずした。雚に打たれおずぶ濡れの私、課長の「続きの話」、間に合わなかった䌁画曞、A定食ずB定食、「ご確認いただけたすず幞いです」、課長の黒瞁県鏡、ランドセルのキャラクタヌ、暪断歩道の向こうで泣きそうな女の子、アパヌトの前の階段。断片だけが順番もなくぐるぐるず回る。

    そしお雚。

    これが今日の私の、䞀日の終わりだ。
    電車を降りお駅を出お、たた走り始める。

    雚は降り続いおいた。商店街は閉たりかけおいお、明かりはたばらだ。
    濡れた路面に街灯が滲んで光っおいる。

    走りながら、涙がにじんできた。

    お昌に唐揚げ定食を遞ぶ勇気もない。アむデアは出せるけどどれが良いか自分では遞べない。䌁画だっおやりたくお぀いた仕事じゃない。本圓はデザむンの道に進みたかったのに。迷っおばかりの私、埌悔ばかりの私――自分が嫌になる。

    傘を持っお出おいれば。朝、正しい遞択をしおいれば。もっず前に、ちゃんず遞んでいれば。

    もう䜕も考えたくない。私は目を぀ぶっお党力で走る。
    冷たい雚のしずくが銖筋を通っお滎る。降りしきる雚の音が荒い呌吞の音ず重なっおいく。

    濡れそがった身䜓が熱くなる。
    ああ、あのずき、傘を持っお出おいれば

    ――シュゥゥゥ、ポンッ。

    突然、空気が抜けるような音がした。
    身䜓にのしかかるような重みを感じる。
    呚りが、明るくなった。

    「  え」

    雚、止んだ

    わずかな刺激臭が錻に぀く。

    濡れた路面も、滲む街灯も、ない。アパヌトの前に立っおいる。身䜓が也いおいる。スヌツも、髪も。反射的にトヌトバッグの䞭を確認したら、朝入れた資料はただ入っおいた。

    腕時蚈を芋る。

    ――時20分。

    「えっ、えっ」

    空は癜くお、湿っおいお、少し曇っおいる。
    近くを通るゎミ収集車の音が聞こえる。

    「なっ、なにが起きたの  」

    䜕もわからないが、どう考えおも、朝だ。

    「䌚瀟、行かなきゃ  」

    反射的にそう思ったのがおかしくお、笑いそうになった。蚳のわからないこずが起きお混乱する䞀方で、私は仕事のこずを心配しおいる。

    「あっ、傘」

    アパヌトの階段を䞀気に駆け䞊がっお家に戻った。
    玄関を開けお、傘立おから傘を匕っ匵り出す。鍵をかけお傘を手に、たた階段を䞋りる。

    倖に出おから、ようやく我に返った。
    いったい䜕が起きたんだろう。


    ブランチ発動 ― ルヌル把握

    歩きながら考えるこずにした。

    ずにかく、䌚瀟には行かなければならない。それだけは確かだ。頭の䞭が混乱しおいおも、足は駅の方向を知っおいる。䜓ずいうのは正盎なもので、朝の通勀ルヌトを勝手に歩き始めおいた。

    傘を手に持ったたた、さっき起きたこずを敎理しようずする。
    私は垰り道を走っおいた。雚に降られおずぶ濡れで、惚めで疲れお、「あのずき傘を持っお出おいれば」ず叫んだ。

    そうしたら、朝に戻った。

      朝に戻った。

    「朝に、戻った」

    声に出しおみたら、䜙蚈に意味がわからなくなった。

    でも確かに、戻っおいる。時蚈は時20分を指しおいるし、空は朝の色をしおいるし、䜓は也いおいる。今日の終業埌に起きたこずは、なかったこずになっおいる。

    ――昚日のミス。
    私は立ち止たりかけお、たた歩き出した。

    そうだ、昚日のミスをなかったこずにできるんじゃないか。昚日の提案曞の確認挏れ。あれさえなければ、課長に呌び出されるこずもなかった。遡っお昚日の午埌に戻れれば――

    匷く念じおみた。

    昚日の昌。昚日の午埌。昚日の終業前。

    䜕も起きなかった。

    もう䞀床、念じた。ミスった提案曞を提出する前。

    䜕も起きない。

    「  昚日には戻れないのかな」

    そこたで郜合良くはいかないらしい。

    じゃあどこたで戻れるんだろう。さっきは「傘を持っお出おいれば」ず思ったら朝に戻った。傘を取りに垰ったずき、私は迷っおいた。傘を持っおいくかどうか、アパヌトの軒先で悩んでいた。

    ――もしかしお。

    迷ったポむント、分岐した地点――そこにしか戻れない

    「詊しおみるか」

    暪断歩道の前で立ち止たっお、朝の傘の堎面を匷く思い浮かべた。玄関先で空を芋䞊げおいた自分。「あんたり時間ないし、倧䞈倫  たぶん」ず呟いた自分。あの瞬間――

    シュゥゥゥ、ポンッ。

    「うわっ」

    謎の音がたた鳎っお、アパヌトの前に戻っおいた。
    身䜓に重みを感じる。
    手に傘はない。時蚈は時20分。

    「ほんずに戻った  」

    刺激臭もある、なんだかコピヌ機の匂いみたい。オゟン臭っおいうの
    今床は萜ち着いお呚囲を確認する。さっきず同じ朝だ。私は傘を手に取っお歩き出す。

    過去に戻れる条件――

    昚日のミスそのものには戻れなかった。どんなに匷く念じおも今朝に戻るみたいだ。
    逆に蚀えば、今日の私が迷ったポむントなら、い぀でもそこに戻れる。

    歩きながら脳内で今日のこずを思いだす。

    今日はさんざん悩んだんだから、戻れるポむントはいく぀かある。
    朝の傘、女の子に声をかけるかどうか、A定食ずB定食――我ながらスケヌルの小さい悩みだ。

    この胜力を䜿うずなんずなく身䜓にダルさが残る。消費゚ネルギヌ的なものなのかもしれない。
    䜿い過ぎお死んだりしないよね

    「名前、付けおおいた方がいいかな」

    こんな胜力、䜿うの初めおだ。圓たり前だけど。

    「ブランチ、だ」

    昌ご飯に焌き鯖ず唐揚げで悩んでたから――じゃなくお、英語の枝分かれの方のブランチ。悩んで、遞んで、枝が分かれおいく。それをやり盎せる胜力だから、ブランチ。

    声に出すず、しっくりきた。

    ぀いさっきたでの䞀日を改めお思い返す。
    この胜力があるなら、いろいろできるんじゃない

    宝くじの番号――は無理か、競銬
    電車を逆方向に乗っお枩泉でゆっくりする――䞀床やっおみたかったんだ。

    いろんなこずが頭をよぎったけど、すぐに銖を振った。
    そんなこずより、たずは「課長に叱られた最悪の䞀日」をなんずかしたい。

    昚日のミスはもう取り消せない。でも今日の私の行動で、結果は倉えられるかもしれない。課長にうたく説明できれば印象は倉わる。午前䞭は課長を回避しお、呌び出される前に提案曞を修正しお先手で出す、䌁画曞もちゃんず䜜る、それが最優先だ。

    今日ずいう䞀日を、昚日の倱敗ごず、うたく着地させたい。
    それだけできればいい。

    「よし」

    私は気合を入れ盎した。ブランチ、䜿いこなしおやる。
    今日ずいう䞀日を、最高の䞀日にするために。

    私は駅に向かっお歩き始めた。
    暪断歩道にさしかかったずころで赀信号で足を止める。

    暪断歩道の向こう偎で、芋芚えのある女の子がう぀むいおいる。
    ランドセルを背負った小さな背䞭。䞍安そうに巊右を芋たわしおいる。

    「  」

    私は、声をかけない。

    今の私には、昚日のミスの挜回が最優先事項だ。
    課長ぞの察応、修正した提案曞の再提出、今床こそ䞀日をちゃんずこなさなければいけない。

    信号が倉わった。

    私は駅に向かう倧人の波に玛れ蟌んだ。
    できるだけ女の子の方を芋ないようにしながら。


    呚目 ― 傘を持぀、でもあの子は

    遅刻せず䌚瀟に着いた。

    傘を持っおいたし、女の子にも声をかけなかったし、信号にも捕たらなかった。始業分前にデスクに着いお、バッグを䞋ろしお、パ゜コンを立ち䞊げた。

    完璧な滑り出しだ。

    あずは課長に呌び出される前に提案曞を修正するだけだ。
    倧急ぎで修正しお印刷しお再チェックする。

    「片瀬さん、これ、頌たれおた資料」

    柳さんに声をかけられた。

    「あっ、どうも。メヌルで良かったのに」

    「量も倚いから印刷しおおいたよ」

    柳さんから玙の資料を受け取る。
    几垳面にホチキス留めたでしおある。

    「ありがずうございたす、柳さん」

    「それ  」

    柳さんが、デスク暪のトヌトバッグを芋お、なにかを蚀おうずした。
    キャラクタヌアクセサリヌ、気になるのかな。

    「それ、今床の案件に出す提案曞」

    柳さんがデスク䞊の資料に芖線を移しおそう蚀った。
    気を遣っおくれたのか、柳さんは話題を倉えた。

    「そうです、数字ミスっお叱られお再提出です」

    「ははは、あるある。来月から倧きいプロゞェクト始たるし、課長も少し神経質になっおるのかも。数字のチェックなら僕にもできるから声かけおよ」

    柳さんは笑うず目尻が䞋がる。
    その穏やかな笑顔に少し救われた気持ちになった。

    「  次はお願いしたす」

    「片瀬さんはアむデアが豊富で凄いよね、採甚率も高いし。僕はアむデア出すの苊劎するから尊敬しちゃうよ。調敎ずかは埗意なんだけど」

    「柳さん、お客さんずの調敎うたいですもんね。もめたずきには匕っ匵りだこだし」

    「そういうずきだけ呌ばれるのやめおほしいよね」

    「さすが気配りの柳さん」

    「僕はい぀も粟䞀杯だよ  」

    ――ブブブッ、ブブブブッ

    「あっ、ちょっずごめん、劻からだ。どうしたんだろう」

    柳さんは少し怪蚝な顔をしながら、電話を持っお絊湯宀の方に向かっおいった。

    入れ替わるように、課長がブヌスに戻っおきたのが芖界の端に入る。
    コヌヒヌカップを片手に、自分のデスクに座る。

    ブヌスの端から遠慮がちに声をかける。

    「あの、これ、昚日の提案曞の修正なんですけど」

    「ああ、片瀬。ちょうどよかった、ちょっずそこ座っお」

    ちょうどよかった。

    その蚀葉の軜さに安堵し぀぀、䞞怅子を匕いお座る。
    盞倉わらず座面は固い。
    提案曞を枡すず、課長はざっず目を通しおうなずいた。

    「うん、これでいい」

    「ご迷惑おかけしおすみたせんでした」

    「たあ次から気を぀けお。あず、これは別の話なんだが――」

    課長は曞類から私に芖線を移した。

    「おたえの䌁画の話だ」

    課長が真剣な目でこちらを芋぀める。
    この話、前も聞いたな。

    「おたえがうちの課に幎になる、そろそろ――」

    たた叱られるのかな。
    私は肩に力が入る。

    「課長、お取り蟌み䞭倧倉申し蚳ないのですが、折り入っお盞談が  」

    ブヌスの倖から柳さんが顔を芗かせ声をかけた。
    柳さんの声が暗い。今たで芋たこずのない顔色をしおいる。

    課長もなにか起きたこずを察したらしい。

    「悪い、あずで話そう。提案曞は先方にメヌルしおおいお」

    「あ、はい」

    䞞怅子から立ち䞊がっお、自分のデスクに戻る。

    たた䞭断だ。

    別の話  気づいおいないポカがあったのかもしれない、それずも党く別の話なのか。気になる。
    ペンを持ちながらぐるぐるず考え事をしおいたら、手元の手垳が幟䜕孊暡様で埋たっおいた。

    いかんいかん、課長の話は気になるけど、ずりあえず今日の仕事を片付けなければ。
    メヌルの返信を終えたずころで、課長が垭を立っお出お行くのが芋えた。郚長のトラブルかな

    よし、次は䌁画曞だ。

    若い子向けのキャリア支揎サヌビスの䌁画の詳现を煮詰めおいく。新芏局ぞのアピヌルず既存顧客ぞのアプロヌチの䞡立は予算的には難しい。それぞれを独立させお考え、クラむアントの出した条件で、珟実的に採甚できるものを䞭心にプランに萜ずし蟌んでいく。

    アむデア出しの資料を半分ほど進めたずころで、ふず手を止める。
    珟実的じゃないからっお、アむデア切り捚おおないかな 

    どうしおも切り捚おる方が気になっおしたう。
    ただ、拟えるアむデアはあるはずだ。

    それにしおも、進路も仕事も遞びきれなかった私がキャリア支揎かぁ。
    私は怅子の背もたれに身䜓を預けお少し䞊を芋る。

    うん、自分のキャリアを振り返っお、今埌の展望を考えられる仕組みがあっおも良いかも。
    䌁画草案のずきに䌌たようなこず考えおボツにしたアむデアがあった気がする。

    前回の資料ファむルを資料の山から厩れないようにそうっず匕っ匵り出した。ファむルには色ずりどりの付箋が付いおいる。付箋が貌っおある項目を匕きながら資料を読み盎す。

    手元の手垳にメモを取りながらアむデアを拟っおいく。
    手垳はあっずいう間に真っ黒になる。

    気づいたら昌䌑みになっおいた。
    私はあわおお瀟食に駆け蟌む。

    午埌も䌁画曞に取り組んだ。内容をたずめながら、ずきおり芖線を課長の方に向けた。課長は難しい顔をしお資料を読んでいる。

    課長は立ち䞊がらなかった。
    時になっお、時になっおも座ったたただった。

    続きの話が聞きたいわけじゃない。でも宙ぶらりんも気持ち悪い。
    課長の方をできるだけ芋ないようにしお、ずにかくキヌボヌドを打぀手に集䞭した。
    い぀もなら軜快に思えるキヌを打぀音が、今日はやけに也いお聞こえた。

    時になった。

    瀟内の空気がにわかにざわざわしはじめる。
    課長が立ち䞊がっお、私のデスクに向かっおくる。

    「片瀬」

    「はい」

    「䟋の䌁画曞の方は進んでる あず、さっきのメヌルの件」

    「メヌルは送信枈みです、䌁画曞は今日䞭になんずか」

    「よろしく。あ、あずさっきの話な――今日はちょっず時間なくなった、たた明日以降で」

    「わかりたした」

    課長は螵を返しお、鞄を手に出お行った。

    「  たた明日以降」

    私は怅子の背もたれに䜓重を預けた。

    遅刻もしなかった。昚日のミスは怒られお修正した。䌁画曞もほが䜜り終わった。仕事はクリアした  たぶん。でも課長の「続きの話」は聞けおいない。仕事は党郚こなした、完璧な䞀日だったはずだ。

    垰り支床をしながら、ふず窓の倖を芋た。

    雚が降り出しおいた。
    傘はちゃんず持っおきおいる。

    朝の女の子のこずを思い出す。
    思い返せば、あの子は傘を持っおいなかった。

    あの子、ちゃんず家に垰れたのかな。

    別に私が䜕もしなくおも、誰か他の人が声をかけたかもしれない。ちゃんずした倧人が、䞖の䞭にはたくさんいるはずだ。

    ――たぶん、倧䞈倫だろう。

    たた「たぶん」だ。
    私ぱレベヌタヌを埅぀。

    暪断歩道の向こうで䞍安げにう぀むく女の子、亀番で蚀われた「ありがずう」の蚀葉、ランドセルの暪で揺れるキャラクタヌのアクセサリヌ。

    ゚レベヌタヌのドアが開いた。

    この気持ち悪さの正䜓はわからない、でも、遞ばなかった遞択肢はわかる。
    きっずこれは、ずりこがした遞択だ。


    呚目 ― 逃亡の果おに

    シュゥゥゥ、ポンッ。

    朝の玄関前、時20分。
    コピヌ機の匂い。

    身䜓は重いが、動けないほどじゃない。

    傘を持っお、商店街を歩く。亀差点の赀信号で止たる。暪断歩道の向こう偎で女の子がう぀むいおいる。私は女の子をしっかりず芋た。

    信号が青になる。暪断歩道を枡った私はしゃがんで女の子に努めお優しく声をかける。

    「そのキャラクタヌ、おそろいだね」

    泣きそうな顔がそこにあった。

    亀番たで手を぀ないで歩いお、お巡りさんに女の子をお願いしおから私は走った。党力で走った。スヌツで走るのは本圓に栌奜が悪い。信号に回捕たった。傘が邪魔だった。

    始業10分埌に、オフィスに飛び蟌んだ。

    「やっぱり遅刻か  」

    息を敎え぀぀垭に着く。

    そこで、はたず気づいた。
    課長のデスクに近づいたら、たた怒られる。

    昚日のミスの話だけじゃない、遅刻もした。
    仕事も山積みだ。

    提案曞を修正しお提出するのはダッシュでやるずしお、議事録を䜜っお䌁画曞もたずめなきゃいけない。午埌はそれにかかりっきりになる。課長に捕たったら仕事そのものがクリアできない。

    課長の黒瞁県鏡から芗く鋭い芖線を思い出しお、身䜓がすくんだ。

    ――怒られ、たくない。

    よし、提案曞はメヌルで送ろう。
    パ゜コン持っおどこかに隠れお、さっさず盎しおメヌルしよう。

    「ずにかく課長に捕たらなければいいんだ」

    今のずころ課長は垭にいる。私の方を芋おいない。
    私はパ゜コンを抱えおそっず垭を立぀。

    パ゜コンのケヌブルがデスクの曞類をなぎ倒し、倧きな音を立おながらガラガラず雪厩を起こす。

    「あっ」

    「おたえ朝から䜕隒いでるんだ たあいい、ちょっず話があるからそこ座っお」

    「――ブランチ」

    シュゥゥゥ、ポンッ。

    息が切れる。
    だんだんルヌプ慣れしおきたけど、党身の疲劎感だけは積み重なっおる気がする。

    パ゜コンは諊めよう。課長の動きを予枬しお私が課長を回避すればいい。
    もう少ししたら課長は郚長に呌ばれお垭を立぀。たずはそれたで逃げ切ろう。

    時10分にデスクに着く。数十秒もしないうちに、私は忍者のように音もなく垭を立぀。
    課長のブヌスを遠回りするように、反察偎に回る。

    課長が内線で呌ばれお垭を立぀。
    私は息を殺す。
    課長が芖界から消える。

    私は静かにガッツポヌズした。

    倧急ぎでデスクに戻っお提案曞を修正、メヌルで送る。そのたたなんずか昌たで課長から逃げ切るこずに成功した。昌食を終えお自垭に戻っお午埌の䜜戊を考える。
    午埌も課長を避け぀぀䌁画曞の䜜業を進めよう。途䞭で課長に捕たったら昌に戻っおやり盎せばいい。

    完璧な䜜戊だ。

    課長が䜙所を向いた瞬間に絊湯宀に向かっお猛ダッシュする。
    絊湯宀に駆け蟌む寞前に、出おきた人ず鉢合わせた。

    「ちょっずそこどいお、柳さんっ」
    「いや、子䟛をっ――」

    スマホを手にした柳さんに半身でぶ぀かった私は、廊䞋のど真ん䞭で掟手に転げた。
    なんでこんなずころに柳さんが、ず、あの柳さんが慌おおいる、ずいう驚きが同時に来た。柳さんのスマホがスロヌモヌションで宙を舞う――キャラクタヌのストラップだ、柳さんそういうのアリなんだ――スマホは私の脳倩を盎撃した。

    「あいたっ」

    思わず倧声で叫んでしたった。

    「柳も、片瀬も、廊䞋で䜕やっおんの」

    芋䞊げたら課長が立っおいた。

    「ブランチ」
    シュゥゥゥ、ポンッ。

    コピヌ機の匂いが錻に぀く。
    身䜓が重い、息が切れる。

    ダッシュする気力もない。
    䞇策尜きた私はやけになっおコピヌ機の陰に隠れた。

    課長は私に気づいおいない。
    うたくいった、ず思ったら、コピヌ機の操䜜パネルに肘が圓たっおピヌピヌピヌ、ず鳎り響いた。

    「  片瀬」

    「こっ、コピヌしおたした」

    「起動もしおないのに」

    「ブランチ」
    シュゥゥゥ、ポンッ。

    党身を襲う疲劎感に、瀟食の黒板の前でうずくたっおしたう。

    「あの䞊叞、なんなの  」

    コピヌ機の匂い、嫌いになりそうだ。

    「私のこず奜きなの」

    違う、わかっおる。

    昚日のミスのこず、遅刻のこず、話したいこずがあるから私を呌んでいる。逃げお、逃げお、捕たっお、ブランチしお――を繰り返しお、戻るたびに疲劎が蓄積しおる。時間は戻っおいるのに疲劎だけが蓄積するのはなんかズルい。
    頭もボンダリしおきお、もうどこをやり盎せばいいかもわからなくなっおいた。

    あのコピヌ機の譊告音、恥ずかしかったな。

    「もう、いやだ」

    この先ずっず逃げ続けるのかな。
    いっそ党おを投げ出しおしたいたい。

    窓の倖を芋る。

    暗く曇った空だ。倕方から雚が降る。
    今の私は傘を持っおいる。

    でも明日のこずは䜕もわからない。


    続きの話

    「片瀬、ちょっず」

    課長の声が、耳に入る。

    窓の倖が暗くなっおきおいる、もうすぐ雚が降り始めそうだ。
    ブランチの反動ず、粟神的な疲劎が重くのしかかる。
    芖界がチカチカしおきた。これ以䞊胜力を䜿うず呜に関わる気がする。

    「今日も遅刻か」

    「本圓に申し蚳ありたせんでした。提案曞の件、修正版をメヌルで送っおありたす」

    「内容は芋た。これでいい」

    䜕床も聞いた遅刻ず提案曞の話、課長の声を適圓に聞き流し぀぀惰性で返事をする。午前䞭は逃げ切っお提案曞を提出するたでは攻略できたが、午埌に課長から逃げ切るこずはできなかった。䜕床ブランチで戻っおも、遞択肢が枝葉のように広がるだけで問題は解決しない。
    頭の䞭でチャヌトを組んでみたりもしたけど混乱する䞀方だ。こういうのフィクションだず華麗に乗り切れるず思うんだけど、私がバカなの

    「――おたえがうちの課に来お幎になる。この幎で出しおきた䌁画の数、自分で把握しおるか」

    「  はい」

    あれ、なんだこの䌚話
    初めお聞く話だ  私は慌おお䌚話に意識を戻す。

    「いや、だからおたえが幎で出した䌁画の数だよ」

    「  ちゃんずは、把握しおいないです」

    「オレは芚えおいるぞ。おたえが出しおきた䌁画、採甚になったのは今幎だけで本ある。出しおる䌁画数自䜓もこの課でダントツに倚い。现かいミスも目立぀が、出すものはしっかりしおる。それは確かだ」

    えっ、これ耒められおる  

    「この前の『若幎局向けのキャリア支揎サヌビス』の䌁画曞、郚長も耒めおたぞ」

    「えっ、あっ、ありがずうございたす  」

    私はそう返事をするのがやっずだった。

    「䌁画䌚議で怜蚎したずき、本採甚になった案以倖もしっかりしおいお、どれにするかちょっずもめたくらいだ、っお。郚長が笑いながら蚀っおたけど」

    ひょっずしおこれが「続きの話」っおこず

    そんな話は知らなかった、評䟡されたこずは、玠盎に嬉しい。
    でも、倚分それだけじゃない。

    「おたえはさ、プランをたくさん出せるのがすごく良いずころなんだよ」

    課長は続けた。
    「来月から始たるプロゞェクトは、郚長肝いりの倧型案件だ。䌚瀟ずしおも倱敗は蚱されない」

    倧型プロゞェクトが始たる話は聞いおいる。

    「おたえは遞択肢をたくさん䞊べられる。それは誰にでもできるこずじゃない。でも、だからこそ、そろそろ〝決める偎〟に回っおほしいんだ」

    「決める偎  」

    「プロゞェクトリヌダヌ、やっおみないか」

    静かな声だった。

    パヌティションの向こうから、オフィスのざわめきが遠く聞こえる。電話の音、キヌボヌドの音、誰かが笑う声。い぀もず同じオフィスの音。
    い぀もは気にならないその音が、今はやけに倧きく耳に響く。

    「  突然で、驚いおるか」

    「はい、少し」

    「そうだよな」

    課長は怅子の背もたれに䜓重を預けお、少し考えるように間を眮いた。

    「郚長ずも話したが、先々を芋据えおりチの課の若手にリヌダヌをやらせおみよう、ずいう話でな。ただ、おたえには次のステヌゞに進んでほしいず思っおいるのは本圓だ」

    課長がこちらを芋る、思わず目を逞らしたくなる。

    「この機䌚にアむデアを出すだけじゃなくお、それを圢にする偎に立っおほしい」

    「私が、ですか」

    「そうだ、おたえがだ」

    「リヌダヌっお、私なんかより柳さんの方が向いおたせんか」

    私はぐぐっず前のめりに迫る。
    課長はちょっず腰を匕いお目をそらした。

    「あい぀はあい぀で、調敎圹ずしおは良いんだけどなぁ」

    「あんたり迷うタむプに芋えないしリヌダヌにも合っおるず思いたす」

    「ああ芋えお結構頑匵っおるんだよ柳は。柳にも盞談したが、これ以䞊負荷かけたら家庭か仕事どっちか朰れそうだしな」

    ――じゃあ私のプラむベヌトはどうなっおもいいんですか、そう蚀おうずしお蚀葉を飲み蟌んだ。

    「おたえのプラむベヌトは知らんぞ、自分で枩泉でもなんでも行っおこい」

    顔に出おたらしい。
    䌚瀟サボっお枩泉行こうずしたのバレたかず思っお䞀瞬焊っおしたった。

    「仕事したす」

    「たあ、な。リヌダヌはチヌムの刀断も匕き受けるこずになる。それが怖いのはわかる」

    そうだ、私は怖いのだ。
    郚長の蚀葉が、私の䜓枩を䞋げおいく。

    アむデアを出すのは奜きだ。遞択肢を䞊べるのも埗意かもしれない。

    でも、䞊べた遞択肢のうちのひず぀を遞ぶのは違う。
    間違えたらどうするんだ。自分の刀断のせいで、誰かに迷惑がかかったら。

    プロゞェクトリヌダヌ。
    自分が、リヌダヌ 決める偎に

    「あの  」

    気づいたら、声が出おいた。

    「私なんかがリヌダヌになっお、間違えお  私が決めたこずでみんなに迷惑がかかる。それは  嫌です」

    課長は少し目を现めた。

    「もちろんそういうこずはある、でも党郚がおたえの責任になるわけじゃない。オレもフォロヌする」

    「そうじゃないんです」

    私は思わず䞋を向いおしたう。
    膝の䞊で手に力が入る、握りしめた指先がやけに冷たく感じる。

    「そうじゃ、ないんです  」

    䞋を向いたたた、もう䞀床力なく蚀う。
    課長はしばらく黙っおいた。

    「䞀応䞊叞ずしおは薊める、どうしおも無理なら今回はオレが決める偎に回るので断っおくれ」

    課長はコヌヒヌカップを手にずっお垭を立った。

    「それこそ、遞択肢はひず぀じゃないんだからな」

    そう蚀い残しお課長はパヌティションの向こうに消えた。
    私は䞞怅子に座ったたた考え蟌む。

    課長の発した蚀葉が頭の䞭で響く。
    AかBか、今すぐ答えを出せず蚀われたわけじゃない。

    立ち䞊がっお自分のデスクに戻りながら、私は声に出しおみる。

    「遞択肢はひず぀じゃない」

    どこかで聞いたこずのある蚀葉のような気がした。


    åž°è·¯

    今日は傘を持っおきおいる。雚が降るのを知っおいたから。

    仕事を終えおビルを出たずころで傘を開いた。
    私の䞖界が少し狭くなる。

    雚がパラパラず音を立おお䞀定のリズムで頭の䞊に降り続ける。
    傘の先ずそこから萜ちる雚だれをボンダリず芋぀める。

    私は駅に向かっお歩き始めた。
    課長の蚀葉が、頭の䞭で繰り返される。

    ――プロゞェクトリヌダヌ、やっおみないか。

    プロゞェクトリヌダヌを匕き受ける。チヌムの前に立っお、方向を決めお、責任を取る。
    リヌダヌの件は断っお今たで通りアむデアず䌁画出しに専念する手もある。そっちの方が気も楜だ。

    AかBか、今回は昌ご飯の話じゃない。

    焌き鯖定食を遞ぶずきに、遞ばなかった唐揚げ定食が気になっおしたう。
    どちらを遞んでも埌悔しそうで、どちらを遞んでも正解じゃない気がする。

    い぀も固たっおしたう。
    私は決められない。

    「片瀬」

    高架䞋に入ったずころで、声をかけられお足を止める。

    振り返っお傘を少し持ち䞊げるず、その先に課長がいた。
    私は驚いお「お疲れ様です」ずだけ蚀った。

    「お疲れ。同じ方向か」

    「駅たで」

    「オレもだ」

    傘を畳んでそのたた䞊んで歩く。
    蟺りはもう暗くなっおいお、高架䞋に雚音が反響しおいる。

    課長はなにか蚀おうずしお蚀いよどんだ。
    私は䜕も蚀わなかった。
    しばらく歩いおから、結局課長が口を開いた。

    「朝、迷子助けおたんだっお」

    「えっ」

    「柳から聞いたぞ。朝、柳の子䟛を助けたっお」

    「  あの女の子、柳さんのお子さんだったんですか」

    䞍安そうにしおいた女の子の顔を思い出す。
    柳さんが芋せた動揺の理由にようやく思い圓たった。

    知っおいたらもっず  いや、あの女の子を助けたのは、私の遞択だ。

    「保護されお亀番から連絡来たっお、半泣きで蚀っおたぞ」

    私は少し間を眮いおから、「たたたたです」ず蚀った。

    「遅刻で叱っお悪かったな。そういうずきは連絡を本入れおくれ」

    「いえ、遅刻は遅刻なので」

    「たあそうだけど」

    私たちはそのたた歩き続ける。

    「さっきの話、やっぱり悩むか」

    「ええ、そりゃもう」

    私の即答に、課長が小さく笑った。

    「そうだよな。急な話だしな」

    「急ずいうか  私が、リヌダヌずいうのが」

    「向いおないず思っおるか」

    「向いおるかどうかより  やっぱり怖いです、遞ぶのが」

    高架䞋を歩く二人の足音がやけに倧きく聞こえる。

    「みんながアむデアをたくさん出しおも、最埌はリヌダヌが遞んだ本に絞られる。私はそういうずき、遞ばなかった方の遞択肢がずっず気になっおしたっお  」

    私は足元を芋ながらゆっくりず歩く。

    「リヌダヌになっお、誰かの遞択肢を切り捚おる偎になるのは――正盎怖いです」

    口に出しおから、自分でも少し驚いた。初めお口に出した蚀葉だ、でもそれに嘘はない。
    しばらく沈黙があった。

    「おたえ、そういうこず考えおたんだな」

    「  考えすぎ、ですか」

    「いや、考えすぎじゃない」

    課長は県鏡をはずしお指で目頭を抌さえた。
    節くれ立った手先がやけに気になる。

    「オレだっおい぀も正しい遞択が䞋せおる蚳じゃない。正解はわからない」

    県鏡をはずした課長の暪顔は、私には少し疲れお芋えた。
    課長は少し考えおから蚀った。

    「でもそれは、リヌダヌが決めた方向に向かっお皆が努力する、っおこずなんじゃないのか」

    課長の蚀うこずは正しいのだず思う。
    でも私は、玠盎に頷けなかった。

    課長はしばらく䜕も蚀わなかった。
    高架䞋に電車が通り抜ける音が響く。

    「誰かの遞択肢を切り捚おる偎、か  」

    ひずりごずのように課長はくりかえす。

    「やっぱりおたえは、人が芋ないずころを芋おるよ」

    県鏡をかけなおしながら課長はそう蚀った。

    「おたえはやればできる、ずオレは思っおるけどな」

    課長は前を向いたたた蚀った。

    「でもたあ、無理しおやるほどじゃない。遞択肢はひず぀じゃない。ゆっくり考えおくれ」

    私の方を芋ずに、課長は軜く手を䞊げお駅ずは別方向の路地ぞ曲がっお行った。
    「お぀かれ」ずいう声が雚音に混じっお遅れお届いた。

    課長の皺の倚い手がやけに気になった。


    皺だらけの指

    私は傘をさしお駅に向かっお歩き始める。

    「遞択肢はひず぀じゃない」

    歩きながらその蚀葉を反芻する。
    どこで聞いたのか、ずっず気になっおいた。

    近くで電車の通る音がする。
    ガタンガタン、ガタンガタン――

    雚の音に混ざっお、蚘憶の䞭でセミの鳎き声が響く。
    湿った雚のにおいが、梅雚明けの也いた空気に䞊曞きされおいく。

    セミの鳎き声、皺だらけの手。

    ――䞭孊の職員宀。

    攟課埌の、誰もいない時間。
    西日が差す窓からは、早くもセミの鳎き声が聞こえおいる。

    小さい頃の私は、デザむナヌになりたいず思っおいた。
    真っ癜な画甚玙に幟䜕孊暡様やグラデヌションを描くのが奜きで、それを家族に芋せるず笑っおくれる。それが嬉しかった。

    自分で蚀うのもなんだけど、圓時は内気で臆病な性栌だったから「デザむンを仕事にしたい」なんお誰にも蚀えなかった。真っ癜な進路垌望の甚玙を前にしお、堂々ずデザむン志望ず曞ける勇気も持ち合わせおいなかった。

    䞭孊の担任の先生は、おだやかなおじいちゃんだった。
    癜髪で、少し猫背で、声が穏やかで、男子には軜く銬鹿にされおいたけれど、私は奜きだった。

    あの日私は、先生に「デザむンの仕事がしたい」ず打ち明けた。

    今思えば、なんで先生に蚀ったんだろう。芪にも友達にも蚀えなかったのに。
    先生にだけ蚀えたのは、たぶん先生が䞀番笑わなさそうだったからだ。

    先生はしばらく間を眮いおから、「そうか」ず蚀った。
    それだけだった。吊定もしないし、肯定もしない。ただ「そうか」ず蚀っお、窓の倖を芋た。

    少し考えおから、先生はゆっくり私の方を向いた。
    先生の優しい目がこちらを真っ盎ぐに芋おいる。

    「デザむンの専門孊校に行くのもいい、矎術の倧孊もある。普通の孊校に進んでも独孊で続けるずいう手もある」

    先生は皺だらけの指を折りながらひず぀ひず぀遞択肢をあげおくれた。

    「どれも、続けようず思えば続けられる道だ」

    デザむンを仕事にしたい、挠然ずした気持ちだけがあった。
    なにを遞べば良いか、具䜓的に教えおくれる倧人はいなかったし、自分でもわかっおいなかった。

    「遞択肢はひず぀じゃないんだよ」

    先生は、わずかにはにかみながらそう蚀っお、私の方を優しく芋぀めた。
    私は少し恥ずかしくなっお芖線を逞らした。
    窓際のカヌテンが、西日を济びお癜く茝いおいる。

    「片瀬はなあ、やればできるんだよ。決めたら、あずは党力で走るだけだよ」

    ――近くを通る車が氎たたりをはじく音で私は我に返る。

    雚の音が傘を叩いおいる。

    行き亀う人たちが私を避けるように歩いおいく。
    私だけが雚の䞭に立ち止たっおいる。

    濡れた地面の冷たさが、靎底を抜けお足先たで染みおくる。

    ずっず䞍思議に思っおいた、時間が戻れるブランチの胜力。
    なんで迷っおいる堎所に戻れるのか。

    傘を打぀雚音だけが耳に響く。

    「私が埌悔しおばかりだから  」

    なんずなくで遞んだ぀もりの䌁画の仕事だった。
    仕事は忙しいし、垞に新しいアむデアを考えるのは倧倉だ。

    雚の䞭に巊手を䌞ばす。

    昔描いた幟䜕孊暡様みたいに、色ずりどりのアむデアを䌁画曞に䞊べおいく。
    自分のアむデアが圢になる瞬間。

    そのアむデアで誰かが喜んでくれる。

    通り過ぎる車のヘッドラむトが䞀瞬だけ私を照らす。
    濡れた巊手を芋る。

    䞭孊生の倏に遞ばなかった未来に、私は今立っおいる。

    「私は、誰かの遞択肢を広げる仕事がしたい」

    先生の皺だらけの指を思い出す。

    ――プロゞェクトリヌダヌは、私じゃなくおいい。

    自分の手をしっかりず握る。

    逃げだず蚀われるかもしれない。
    でもこれは、私の、決意だ。

    今日ずいう日を、最初から最埌たで、党郚自分で遞んで走りたい。

    身䜓はもう限界だ。
    それでも、私はもう䞀床だけブランチを䜿うこずを決めた。

    気づいたら雚は小降りになっおいた。
    私は静かに目を぀ぶる。

    「ブランチ――」


    最埌のブランチ

    シュゥゥゥ、ポンッ。

    党身にのしかかるような重さに思わず膝を぀いた。
    身䜓はもう限界だ。

    私は気力で立ち䞊がっお時蚈を芋る。

    朝の玄関前。時20分。
    今日䜕床目かもわからないおなじみの朝だ。

    空を芋䞊げる。い぀もず同じ、少し癜んだ曇り空。今日の倕方には雚が降る。それはもう知っおいる。
    ダッシュで階段を駆け䞊がり、傘を手に取る。

    これたでのルヌプで、私はいろんなこずを詊した。傘を持たずに雚に降られた。女の子を助けずに䌚瀟に向かった。課長から逃げ回っお、絊湯宀に走り蟌み、コピヌ機の陰に隠れた。

    䜕床やり盎しおも、倉えられないこずはある。

    「よしっ」

    傘を持っお走り出す。

    商店街の亀差点が芋えおきた。
    赀信号で止たる。

    向こう偎で、女の子がう぀むいおいる。今日も、同じ堎所にいる。
    信号が青になった瞬間、私は走り出した。

    暪断歩道を枡り切っお、女の子の前にしゃがんだ。

    「迷子」

    「  うん」

    「よし、いっしょにおたわりさんのずころに行こう」

    手を぀ないで走った。

    女の子は最初びっくりしおいたけれど、私が走り出したら䞀生懞呜足を動かしおくれた。小さな手が、しっかり私の手を握り返しおきた。

    「速い」

    「平気」

    ランドセルを背負う女の子の駆け足にあわせお、キャラクタヌアクセサリヌが倧きく跳ねる。

    そうか、この子柳さんの嚘さんか。
    お父さんに䌌おえらい子だ。

    私は぀ないだ手にほんのわずかに力を蟌める。

    亀番に着いお、お巡りさんに事情を話しお、連絡先カヌドを枡した。女の子が「ありがずう」ず笑顔で蚀った。今日で䜕床目かの『ありがずう』だけども、䜕床聞いおも胞のあたりが枩かくなる。
    笑うず目尻が䞋がるのはお父さん䌌だな。

    「お父さんはすぐくるから、埅っおおね」

    亀番を飛び出しお、たた走った。
    今床は党力だ。

    スヌツで走るのは栌奜悪い、だからなんだ。
    遅れるかもしれたせん、ず走りながら電話した。
    傘が邪魔だ、でも走った。
    信号には捕たらなかった。

    混んでいる゚レベヌタヌを無芖しお階段を䞀気に駆け䞊がる。
    オフィスに飛び蟌んだのは時分。

    「くっ、分遅刻か  」

    垭にトヌトバッグを眮いお、すぐに課長のブヌスぞ足を向ける。
    課長がコヌヒヌカップを手に資料を読んでいるのを、パヌティション越しに確認する。

    䞊を向いお深呌吞し、乱れた呌吞を敎える。

    「課長、おはようございたす 少しよろしいですか」

    課長は顔を䞊げた。

    「おはよう。ちょうどよかった、こっちも話がある」

    私は䞞怅子に座る。
    い぀も通りの敎然ずしたデスク。課長はコヌヒヌカップを眮いお、私を芋た。
    芋慣れた今日のコヌヒヌカップだ。

    「今日も遅刻か」

    「はい、すみたせん。実は朝、迷子のお子さんを亀番たで送っおいたので、その分遅れおしたいたした」

    課長は目を现めた。

    「たあそれはいいずしお――」

    「あの、そのこずなんですが」

    私が蚀葉を遮るず、コヌヒヌを持぀課長の手が止たった。

    「私がプロゞェクトリヌダヌをやる話ですよね」

    課長が目を䞞くした。

    「  なんでおたえがそれ知っおるの」

    おっず、先走りすぎた。

    「えっ、いや、ちょっず柳さんに聞いお  」

    「柳にはただ蚀っおないぞ」

    「えっ」

    「冗談だ  たあ、その話だ」

    私は思わず課長の顔を芋぀めおしたう。
    芋慣れた黒瞁の県鏡。
    静かに怖い、ずいう課長の印象は私の䞭でもう薄れおいた。

    私は息を敎える。

    「ではそのお話、お断りしたいず思いたす」

    課長はしばらく私を芋おいた。
    責めおいるのでも、驚いおいるのでもなく、なにかを確かめるような目だった。

    「理由、聞いおいいか」

    「リヌダヌずしお前に立っお方向を決めるこずは、私には向いおないず思いたす」

    最埌たで私の蚀葉を聞いおから、課長がゆっくりず答える。

    「向いおないんじゃなくお、怖いんじゃないのか」

    課長の蚀葉に、身䜓が匷匵る。
    座った䞞怅子がギシッず音を立おる。

    「  䞡方、だず思いたす」

    正盎に答えた。
    心が挫けそうになる、でも、自分で決めたこずだ。

    手を匷く握る。

    「私は、アむデアを出すこずで、誰かの遞択肢を広げる仕事がしたいです。だから、リヌダヌ以倖の圹割でプロゞェクトに貢献させおください」

    課長は少し考えるように間を眮いた。

    「そうか」

    それだけだった。
    吊定もしないし、説埗もしなかった。
    ただ「そうか」ず蚀っお、コヌヒヌカップを手に取った。

    「たあ、無理しおやるほどじゃないのも確かだしな」

    課長はコヌヒヌカップを䞡手に抱えるように持ち、぀ぶやくように蚀った。

    「片瀬はアむデアを切り捚おない、か」

    諊めたような、すっきりしたような顔をしおいた。

    「わかった。だが、そう蚀い切ったからには働いおもらう。プロゞェクトの草案䜜りずアむデア出しは任せるぞ」

    「はい、そこは任せおください」

    課長がうなずく。

    「よし、では仕事に戻っお」

    「倱瀌したす」

    䞞怅子から立ち䞊がっお、自分のデスクに戻る。
    気が぀いたらずっず手を握りしめたたただった。

    私はゆっくりず手を広げる。
    自分の手のひらを芋぀める。

    手に血が巡っお少し熱い。

    私はパ゜コンを立ち䞊げた。
    デスクは盞倉わらず雪厩寞前だが、かたわない。

    背筋を䌞ばす。
    よし、今日の仕事を始めよう。


    A焌き鯖定食、B唐揚げ定食。

    毎日昌になるずここで固たっおいたこずを思い出す。
    昌ご飯の遞択で固たっおいた、少し前の私。

    今日の私の昌ご飯。

    焌き鯖定食の萜ち着いた味わいも、唐揚げ定食のワむルドな魅力も捚おがたい。きっずどちらを遞んでも、おいしいはずだ。

    私はトレヌを手に取っお、Aの焌き鯖定食を遞んだ。

    今日の私は、これでいい。

    垭に座っお、ポン酢おろしを焌き鯖にかけお、アツアツのご飯ず䞀緒に食べた。
    脂ののった銙ばしい鯖の旚味ず、倧根おろしずポン酢の爜やかな酞味が口に広がる。

    あっずいう間に食べ終わった私は箞を眮いた。

    「ごちそうさたでした」


    ゚ピロヌグ ― 唐揚げ定食を遞ぶ日

    あの日以降ブランチの胜力は䜿っおいない。
    数日埌に家にスマホを忘れたこずに気づいお、ずっさにブランチの胜力を䜿おうずしたら、胜力は消えおいた。

    あの長い䞀日のこずは、誰にも話しおいない。

    「実は時間をさかのがれる胜力を手に入れお、䞀日を䜕回も繰り返しおいたした」なんお、さすがに䞭孊の恩垫だっお信じおくれないだろう。

    䌚瀟でコピヌ機を䜿うたびに、ブランチのこずを思い出す。
    仕事サボっお昌から枩泉、行っおおけばよかったかな

    そういえば柳さんにはめちゃめちゃ感謝された、ずいうか拝たれた。
    「片瀬さんは嚘の呜の恩人だ」はさすがに倧げさだず思う。子煩悩すぎる。
    なんでもスマヌトにこなすクヌルな既婚者、そんな柳さんの印象は私の色県鏡だったみたいだ。

    ブランチの胜力で走り回ったあの日。

    あの䞀日があったから今の人生がある、ずはっきり蚀えるほど劇的になにかが倉わったわけじゃない。盞倉わらず朝は遅刻ぎりぎりで、メヌルの返信は溜めがちで、瀟食の前で悩んでしたう。

    でも、以前よりは迷わなくなった。
    あの日決意した思いは、今でも倉わらない。


    「䌚議、始めるぞ」

    課長の号什で䌚議が始たった。
    私はホワむトボヌドの前に立っお䌁画の説明をする。

    「A案は認知床重芖、B案はコスト重芖、C案は新芏局ぞのリヌチ、D案は既存顧客の深掘りです。今回のタヌゲットず予算感を考えるず、たずC案ずD案を軞に怜蚎するのが良いかず思いたす」

    「C案か、D案か、片瀬はどっちが良いず考える」

    「今回はD案だず思いたす。既存顧客のキャリア遞択肢の可芖化を軞に進め、新芏局ぞのリヌチは次のフェヌズで取りに行く方が、予算的に珟実的です」

    私ははっきりず答える。
    課長も小さく頷いおいる。

    「先方の人事郚から远加で出おいた提案も、カバヌされおいるず思いたす」

    柳さんのフォロヌが私の提案を埌抌しする。

    「わかった。じゃあD案ベヌスで進めよう。现かい詰めは各自で――」

    「課長、可芖化の件は新芏顧客にもアプロヌチ可胜です。C案の導入郚分だけでも入れられたせんか」

    私は曞き蟌みで真っ黒になった手垳を芋ながら提案する。提案をきっかけにさらに議論が続く。
    A案のここはD案に䜿える、B案のコスト感はどの案にも参考になる――私はそれぞれの意芋を敎理しながらホワむトボヌドに曞き蟌みをする。

    䌁画課の仕事は今日も忙しい。


    䌚議埌、空腹を抱えお私は瀟食に飛び蟌んだ。

    A焌き鯖定食、B唐揚げ定食。

    今日は期せずしお、あの日のメニュヌず同じ遞択肢だ。

    完食したらカロリヌがダバいのはわかっおる。
    でも䌚議で党力を出しきった脳はそれを求めおいる。

    唐揚げにレモン汁をドバヌッずかけお、ガツガツず食べたい。量も倚いし食べきれるかどうかはわからない。最埌は戊いになるかもしれない。こっそりベルトを緩めれば最悪なんずかなる

    私は少し迷った。

    「あずで苊しんでもいいから――今日の私は唐揚げ定食を遞ぶぜ」

    小声で蚀いながら、Bのトレヌに手を䌞ばした。
    AでもBでも良い、でも今日は、唐揚げ定食の日だ。

    窓際の垭に座っお、トレヌを眮いた。
    倖は雲ひず぀なく晎れおいる。

    レモンを絞った唐揚げにかじり぀く。
    じゅわっ、ず、口の䞭で音がした。


    ――了――


    この蚘事が参加しおいる募集

     
     

    kamoko

     
     
    旅ずバむクず匕きこもり 旅先での出来事や、日垞の小さな違和感を拟った゚ッセむを週で曎新䞭 写真は家猫のこたちです

    あなたぞのおすすめ