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AIと考えるモビリティの未来 【第8話】 小さな移動を、もう一度育てる

    第8話 小さな移動を、もう一度育てる
    〜日本の成功体験と、小型電動モビリティのこれから〜


    ※今回は、このシリーズのひとまずの区切りとして、小型電動モビリティを日本で育てるために何が必要なのかを考えます。
    メーカー、行政、販売店、ユーザー、それぞれの役割を整理しながら、「小さな移動」をどう社会に馴染ませるかを見ていきます。


    第7話では、「走る場所」は本当にあるのか、という話をした。

    新しいモビリティは、車体だけ作っても社会には馴染まない。
    道路設計、走る場所、止める場所、ルール表示、利用者教育まで含めて考える必要がある。

    では、小型電動モビリティを日本で本当に育てるには、誰が何をすべきなのか。

    今回はそれを整理して、このシリーズのひとまずの区切りとしたい。


    ### 小型電動モビリティは、単なるガジェットではない

    特定小型原付や電動キックボードは、どうしても「新しいガジェット」や「若者向けの遊び道具」に見られやすい。

    見た目が新しく、乗り方も従来の自転車や原付とは違う。
    使い方によってはカジュアルに映るし、社会から警戒されるのも分からなくはない。

    ただ、本来はもっと生活に近い乗り物になれる。

    駅までの移動、近所の買い物、車を出すほどではない用事、通勤や通学の一部、高齢者の短距離移動、地方のラストワンマイル、観光地での回遊。

    こうした場面では、小さくて低速な移動手段に大きな意味がある。

    車ほど大げさではなく、自転車より楽に移動でき、歩くには遠い距離を補える。

    小型電動モビリティは、単なるガジェットではない。
    生活インフラになれる乗り物だ。


    ### 日本には、小さな乗り物を育ててきた経験がある

    ここで忘れたくないのは、日本は小さな乗り物を育てるのが不得意な国ではない、ということだ。

    軽自動車がある。
    50cc原付バイクがある。
    電動アシスト自転車がある。

    軽自動車は、狭い道、限られた駐車スペース、地方の生活に合わせて発展してきた。
    普通車ほど大きくなく、それでも日常の移動や買い物、通勤、家族の用事を支えてきた。

    50cc原付バイクも、長く日常の短距離移動を支えてきた。
    通勤、通学、配達、買い物。
    大きなバイクではなく、小さくて扱いやすい移動手段として、多くの人の生活に入り込んでいた。

    そして電動アシスト自転車もある。

    子ども乗せ、買い物、坂道の多い地域、体力に不安がある人の移動、高齢者の生活の足。
    電動アシスト自転車は、人間がこぎ、機械が補助する。
    まさに人間と機械のハイブリッドだ。

    日本は、大きな乗り物だけで社会を作ってきたわけではない。

    生活に合った小さな乗り物を、制度と市場の中で育ててきた経験がある。

    だから、小型電動モビリティも、まったく未知の存在として見る必要はない。

    むしろ、軽自動車、原付、電動アシスト自転車の延長線上にある、次の「小さな移動手段」として考えられる。


    ### ただし、成功体験をそのまま持ち込むだけでは足りない

    軽自動車が成功した。
    原付が普及した。
    電動アシスト自転車が生活に馴染んだ。

    だから小型電動モビリティも大丈夫だ、とは簡単には言えない。

    時代も、道路事情も、社会の目も変わっている。

    高齢化が進み、交通弱者への配慮は以前より強く求められるようになった。
    ネットやSNSで危険な使い方がすぐ可視化される時代でもある。
    車、自転車、歩行者の関係も、昔より複雑になっている。

    必要なのは、昔の成功体験を、今の社会条件に合わせて再設計することだ。

    日本には小さな乗り物を育ててきた強みがある。

    その強みは、今の道路、今の制度、今のユーザー、今の安全感覚に合わせて作り直してこそ活きる。

    小型電動モビリティは、昔の原付の代わりでも、電動アシスト自転車の発展形でもない。

    今の社会に合わせて育てるべき、新しい「小さな移動」だ。


    ### メーカーがすべきこと

    メーカーに必要なのは、スペック競争だけではない。

    最高速を出すこと、出力を大きく見せること、派手なデザインにすること。
    そうした方向だけでは、社会には馴染まない。

    小型電動モビリティを生活の足として育てるなら、重要になるのはもっと地味で現実的な部分だ。

    まず必要なのは、法規に合った安全設計と、誤解されにくい速度設定だ。
    そのうえで、確かな制動性能、灯火類、ミラー、ウインカーといった基本装備を、生活の中で安心して使える水準まで整える必要がある。

    さらに、高齢者や初心者でも扱いやすい操作系、雨天や夜間でも見えやすい視認性、メンテナンスのしやすさ、販売後の部品供給まで含めて考えなければならない。

    これらは単なる装備表の項目ではない。
    生活の中に入る乗り物として信頼されるための条件だ。

    第1話で見た500Wモーターの話も、第3話の250W級モーターの話も、第4話で考えた電動アシスト自転車としての成立条件も、結局はここにつながっている。

    数字だけを見せるのではない。
    生活の中で安全に使える形へ落とし込む。

    「売れそうな乗り物」ではなく、「生活に入れても大丈夫な乗り物」にする。

    それがメーカー側の大きな役割になる。


    ### 行政がすべきこと

    行政側に必要なのは、ルールを作って終わりにしないことだ。

    制度を作る。
    標識を作る。
    走行区分を決める。

    それは当然必要だ。

    しかし、それだけでは足りない。

    実際に走れる場所があるか。
    自転車レーンは途中で消えないか。
    歩道通行モードを使える場所が、利用者に分かりやすいか。
    駐輪場所は確保されているか。

    ここまで考えなければ、制度はあっても使いにくい乗り物になる。

    第7話で書いたように、新しいモビリティには走る場所が必要だ。

    「車道を走れ、歩道は走るな」という原則だけでは、現実の道路では通用しない場面がある。

    だからこそ、道路空間の再配分も避けては通れない。

    車道が狭くなり、渋滞や駐車スペースの問題が出る。
    緊急車両への影響も考えなければならない。

    反対が出るのは当然だ。

    それでも、こうした調整を避け続ければ、新しい移動手段は育たない。

    どこを優先し、どう折り合いをつけるか。

    その判断をするのが行政の役割だ。

    取り締まるだけではなく、新しい移動手段を安全に使える環境を整える。
    そこまで含めて、行政の仕事になる。


    ### 販売店がすべきこと

    小型電動モビリティは、売って終わりにすると危ない。

    ネットで買って、組み立てて、あとは自己責任で乗る。
    この形だけでは、社会に馴染ませるには弱い。

    特に、高齢者や初心者、日常の足として使いたい人に向けるなら、販売店の役割は大きい。

    購入時に必要なのは、価格やスペックの説明だけではない。
    どこを走ってよいのか、ナンバーや保険はどうするのか、バッテリーはどう管理するのか、タイヤやブレーキ、灯火類はどう点検するのか。

    さらに、その人の体力や判断力に合っているのかも見なければならない。

    小型電動モビリティは、家電のように買って置けば終わるものではない。
    道路に出る乗り物だ。

    だからこそ、販売店は単なる小売ではなく、地域のモビリティ相談所になれる。

    特に地方では、高齢になって運転に不安を持つ人が増えていく。
    その中で、小型電動モビリティや電動アシスト自転車が選択肢になる場面は増えるはずだ。

    使い方を説明し、点検し、困ったときに相談できる場所がある。

    そうして初めて、生活の足として定着していく。


    ### ユーザーがすべきこと

    ユーザー側にも、果たすべき役割がある。

    免許不要だから自由。
    小さいから何をしてもよい。
    車より遅いから危なくない。

    そういう話ではない。

    道路を走る以上、責任がある。

    走ってよい場所と、そうでない場所を正しく理解すること。
    歩行者の近くでは速度を落とし、存在を気づかせる走り方をすること。
    夜間は灯火をつけ、車から見えやすくすること。
    定期的にブレーキやタイヤを点検すること。
    自分の体力や反応速度に合った車体を選ぶこと。

    これらは、面倒なルールではない。
    社会の中でその乗り物を使い続けるための前提だ。

    小型電動モビリティは、社会に受け入れてもらう必要がある乗り物だ。

    ユーザーの使い方が悪ければ、乗り物全体の印象が悪くなる。

    第2話で書いた「安心安全心象」の話にもつながるが、安全であることと、安全に見えることは、メーカーだけが作るものではない。

    使う側の乗り方が、その乗り物の社会的な評価を作っていく。


    ### 小さな移動を育てるということ

    小型電動モビリティは万能ではない。

    長距離には向かないし、悪天候にも弱い。
    荷物も限られる。
    車道では怖い場面があり、歩道では歩行者との共存が難しい。

    車の代わりに、すべてを置き換えるものではない。

    それでも、近距離移動には大きな可能性がある。

    車を出すほどではない距離。
    自転車では少しつらい距離。
    歩くには遠い距離。
    公共交通では拾いきれないすき間。
    高齢者や車を持たない人の日常移動。

    こうした場面に、小さな移動手段は入り込める。

    大きな車に頼るほどではない。
    でも、歩くだけでは足りない。
    その間にある生活の距離を支える乗り物として、小型電動モビリティには育てる価値がある。

    日本には、軽自動車、原付、電動アシスト自転車を育ててきた経験がある。

    その経験を、次の「小さな移動」にどう活かすか。

    ここから、最後にこのシリーズ全体を振り返りたい。


    ### 小さなモーターの疑問から、生活の足の話へ

    このシリーズは、最初はごく小さな疑問から始まった。

    500Wで32%の坂を登れるのか。

    そこから、250Wという数字の意味を考えた。
    500Wモーターをどう電動アシスト自転車として成立させるのかを考えた。
    日本メーカーと海外e-bikeの乗り味の違いも考えた。

    さらに、変えないことと変われないこと。
    失敗を改善につなげられるか。
    走る場所は本当にあるのか。

    そうやって見ていくうちに、モーターの話がいつの間にか、日本のものづくり、制度、道路、生活の形につながっていた。

    小型電動モビリティは、まだ完成された答えではない。

    ただ、今の日本に必要な問いを投げかけている。

    大きな車だけに頼り続けるのか。
    近距離移動をもっと小さく、軽く、効率よくできないか。
    そのために、どんな道路と制度と使い方が必要なのか。

    小さな移動を育てることは、単に新しい乗り物を増やすことではない。

    これからの生活の足を、もう一度考え直す時が来ている。

     
     
    会社員です。 AIを“怖い”と思ったことがなく、ただの道具として使い続けていたら、 逆にAIから自分の思考の癖を言語化されました。 ここでは、AIとの距離感や、自分が気づいた視点を 淡々と書いていきます。

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