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『群青のまま、僕たちは 第12章(終)』

    終業式が終わった午後の学校。

    陸と日向を置いて、
    俺は優を迎えに廊下をひとり歩く。

    相変わらず静かな廊下。
    声が聞こえないだけで寒く感じる。

    展示室のドアは開いたままだった。

    中に入ると、
    優がひとり、鉛筆を持ったまま絵の前に座っている。

    ドアを軽く叩くと
    優がこちらに気づく。

    「帰れる?」
    そう聞くと、

    「うん」
    優はそう答える。

    でも、
    視線はまた絵へ戻った。

    動く気配がない。

    曇った空からの光が、
    展示室をぼんやりと照らしている。

    その中で、
    優はただ、
    絵を見つめていた。

    その姿を見ていると、
    ふと、
    あの丘の上の優を思い出す。

    気づけば、
    足は優の方へ向かっていた。

    優の隣に立って、同じ絵を見る。

    「文化祭の絵?」

    「うん」
    優は小さく頷く。

    それからまた、
    静かに絵を見つめた。

    「……この絵見てるとさ、
     不思議なんだよね」

    優がぽつりと言った。

    「日向じゃないって、
     …分かってるんだけど」

    そこで言葉が止まる。

    しばらくして、

    「……どうしてか、
     消したくなくて…」

    その横顔は、どこか優しくて。 
    まるで、
    大切なものを見ているみたいだった。

    俺ももう一度、絵を見る。

    日向ではない。

    でもきっと、
    優にとって大切な誰かなんだろう。

    「いいんじゃない?」

    そう言うと、
    優がこちらを見る。

    「……俺、この絵好きだよ」

    その言葉に、
    優が少しだけ驚いて、

    それから何かを考えるように、
    目を伏せて

    「ありがとう」
    小さく笑った。

    優はしばらく絵を見つめて、

    「……そろそろ行こっか」

    優の言葉に、
    俺は頷いた。

    二人で展示室を出ると、
    廊下の冷たい空気に、思わず肩をすくめた。

    歩いていると、
    「そういえば」
    思い出したように言う。

    「次、優に描いてもらうって陸に自慢したら
     ずるいって言われた」

    「えっ?」

    優が足を止めかける。

    「陸も描いて欲しかったのかな?」

    「たぶん。
     …それからやたらと肩ぶつけてくるし」

    「何それ」
    優が笑った。

    「知らなかった」

    「ちょっと見ててみ。
     面白いから」

    二人の声が、
    少しずつ遠くなっていく。

    遠くで、
    また笑い声が聞こえた。

    *

    学校を出ると、
    冬の曇り空が、
    やわらかい光を落としていた。

    吐いた息が、
    少しだけ白くなる。

    冷たい風が頬をかすめて、
    上着の裾を揺らしながら、
    どこかへ流れていく。

    校門で聞こえる
    いつもの賑やかな声が、
    今日は少しだけ軽く感じた。

    「一年ってあっという間だよね」

    「そうだな」

    日向と二人、
    並んで優と蒼を待つ。

    隣にいる日向が、
    「……ちょっと、落ち着いた?」
    ぽつりと聞いた。

    俺は少し遠くを見たまま、

    「うん」
    小さく頷く。

    「そっか」

    少し間を置いて、
    「……ならいい」
    日向が言った。

    その言い方が、
    少しだけ蒼に似ている気がした。

    「蒼みたいだな」
    そう言うと、

    「だよね」
    日向も笑った。

    「……でもさ。
     蒼の言葉って、なんか不思議だよね」

    その言葉に、
    あの日の夜を思い出す。

    「……うん」
    そう言って、
    少しだけ前を見る。

    「……なんかさ、

     ゆっくりでも、
     ちゃんと見ようと思って」

    そう呟く。

    吐いた息が、
    白く空に溶けていく。

    ふと、視線を感じた。

    不思議に思って、
    顔を上げる。

    日向が、
    俺を見ていた。

    目が合う。

    「……そっか」
    日向はそう言って目を細める。

    マフラーで口元は見えない。

    それでも、
    笑っているのがわかった。

    どうしてかは、
    わからない。
    でも、
    それだけで十分な気がした。

    「あっ、蒼と優来たよ。」
    日向の声に目線を移すと、

    昇降口の方から、
    優と蒼が並んで歩いてくる姿が見えた。

    優は俺を見るなり笑う。

    「なんだよ」
    俺がそう言うと、

    優が笑ったまま、
    蒼の方を見る。

    「内緒」
    なぜか蒼がそう答えた。

    「何だそれ」
    そう言いながら、
    思わず笑った。

    俺たちは
    ゆっくりと歩き出した。

    *

    帰り道、
    川沿いの道を歩いていると

    「ねぇ、初詣来年も行くよね?」

    日向が急に話し始める。

    「行く」
    優が珍しく即答する。

    「優って初詣だけ異様に好きだよね」

    「だって、甘酒飲めるし」

    「そっち?」

    「初詣の後の鍋どうする?
    今年も優の家に集まっていいの?」

    「うん。
    そのつもりで用意してる」

    「やった」
    日向が嬉しそうに笑う。

    「今回も寄せ鍋にする?」

    「いいね。何入れよう」

    「餃子」

    「えっ、餃子?」

    三人のたわいもない会話が続く。

    冬の空気の中で聞くその声が、
    なぜか心地よかった。

    気づけば、
    少しだけ歩く速度が緩くなっている。

    前を歩く三人の背中を見る。

    笑い声が、
    冬の空に溶けていく。


    「ねぇ、陸は?」

    不意に名前を呼ばれた。

    「陸がなんか言わないと、優の餃子案採用されるぞ」

    「鍋に餃子好きなんだけどな」

    三人は振り返りながらも、
    やりとりがまだ続いている。

    冷たい風に、
    思わず目を細める。

    でも不思議と、
    寒くなかった。

    「ねぇ、豆大福入れたいんだけど」
    そう言ってみんなのほうへ、走り出す。

    「は?豆大福?」

    「鍋に?やだ」

    「いや、鍋に豆大福って、意外と合うんだって!」

    「絶対合わない」

    「うまいんだって」

    みんなの隣に並ぶ。

    肩がぶつかった。

    笑い声が、
    すぐそばで聞こえた。


    ふと見上げると、
    白いものがひとつ、
    空から落ちてくる。

    頬に触れて、
    それはすぐに、
    じわりと溶けて広がっていく。

    思わず、
    足を止めた。

    その時。

    「雪だ」

    風に紛れて、
    誰かの声が聞こえた。

    そしてまた、風が吹いた。


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