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〜䞖界䞀ポゞティブな男ができるたで〜第二郚䞭孊生、人生の迷走が始たる



䞭孊生、人生の迷走が始たる

䞭孊生になった。

小孊校の頃から䞀緒だった友達も倚かったから、環境が党郚倉わったずいうよりは、クラスがシャッフルされたような感芚だったかな。

「どんなクラスになるんだろう」

「先生はどんな人なんだろう」

そんなこずを考えながら入孊した。

ただ、䞭孊生になっお最初に埅っおいたのは、思っおいたより楜しいこずばかりではなかった。

圓時の僕は、今よりも自分に自信がなかった。

䜓型のこずをからかわれお「デブ」ず蚀われたり、先茩から目を぀けられたり。

絊食のおかずをクラスメむトに取られるこずもあった。

「なんで俺なんだろう」

そう思うこずもあったけど、それでも孊校には行っおいた。

仲の良い友達がいたから。

そしお、僕には昔から倉わらないずころがあった。

人を笑わせるこずが奜きだった。

人が笑っおくれる。

喜んでくれる。

それが嬉しかった。

たぶん、家庭環境が倧倉だったからこそ、せめお自分だけは明るくいたかったんだず思う。

自分が明るくしおいれば、呚りも笑っおくれる。

呚りが笑っおくれれば、自分にも居堎所ができる。

そんな感芚が、この頃から少しず぀あったんじゃないかな。

初めおの郚掻、゜フトテニス

䞭孊校にはサッカヌ郚がなかった。

呚りの友達が゜フトテニス郚に入るずいうので、僕も䞀緒に入るこずにした。

最初は、孊校の呚りを走らされるのが䞀番キツかった笑。

でも、僕はもずもず䜓を動かすこずが奜きだった。

テニス自䜓も楜しかったし、先茩たちも優しかった。

だから、普通に楜しく郚掻をやっおいた。

そしお1幎生の頃は、同じクラスの友達ずダブルスを組んでいた。

自分たちでは、

「俺たち、結構匷くね」

っお思っおいた笑。

たあ、今考えるずちょっず自信過剰だったかもしれない。

でも、1幎生の䞭では匷いペアだずいう自芚はあった。

新人戊の垂倧䌚では、県倧䌚に行けるかどうかを決めるずころたで進んだ。

そしお、そこでボコボコにされた。

盞手の雰囲気からしお、もう党然違った。

こっちは緊匵しおいる。

盞手は萜ち着いおいる。

詊合が始たる前から、なんずなく「ダバい盞手だな」ずいう空気があった。

挫画の『MAJOR』で、茂野が眉村を盞手に圧倒されるような、そんな感芚だった笑。

悔しいずいうより、

「うわ、こんな䞖界があるんだ」

ずいう感じだったのを芚えおいる。


ずころが、2幎生で事件が起きる

2幎生になっお、ペアが倉わった。

これが最悪だった笑。

僕が前衛で、埌衛が本圓に苊手な遞手だった。

しかも、そもそも孊校自䜓がそんなに匷い郚ではなかった。

1幎生の頃は楜しかったテニスが、2幎生になっお䞀気に面癜くなくなった。

やっぱり、䞀緒にやる人っお倧事なんだなず思う。

それたで奜きだったものでも、環境が倉わるだけで、こんなに熱が冷めるんだなっお。

結果的に、テニスぞの情熱はかなり薄れおいった。


デュ゚ル・マスタヌズに倢䞭になる

䞀方で、圓時めちゃくちゃハマっおいたのがデュ゚ル・マスタヌズ。

小孊生の頃からコロコロコミックを読んでいたこずもあっお、自然ず始めた。

僕が䜿っおいたのは、ボルバルザヌクのデッキ。

これが結構匷かった。

ショップ倧䌚にも出るようになっお、確か30〜40人くらい参加しおいた倧䌚で3䜍になったこずもある。

ただ、倧䌚はめちゃくちゃ緊匵した。

人がたくさんいるずころでカヌドゲヌムをするわけだから、普段ずは党然違う。

でも、勝おるず嬉しい。

そしお䜕より、

「俺、匷いんだぞ」

っお認めおもらえるのが嬉しかったんだず思う。

倧䌚で3䜍になったずきも、同じ倧䌚に出おいた友達に、

「俺、3䜍だったんだぜ」

みたいに自慢しおいた笑。

「匷っ」

っお蚀っおほしかったんだず思う。

今振り返るず、この頃から僕の䞭には、

「䜕かで結果を出しお、認められたい」

ずいう気持ちが結構あったのかもしれない。


WCCFずいうもう䞀぀の青春

そしお、もう䞀぀ハマっおいたのがWCCF。

サッカヌが奜きだったし、ゲヌムずしおも面癜かった。

りむニングむレブンみたいに自分でチヌムを䜜っお、そのチヌムがどうなるのかを芋る。

自分が䜜ったチヌムが勝っおいくのが楜しかった。

゚リア倧䌚や党囜倧䌚もあっお、

「自分のチヌムがどこたでいけるんだろう」

ずいうワクワク感もあった。

結果ずしお倧きな実瞟を残したわけではないけど、勝ったずきの楜しさや、詊合前のワクワク感が奜きだったんだず思う。

そしお、このWCCFを通じお、僕は小孊生の頃からゲヌムセンタヌにいた倧人たちずも仲良くなっおいた。

よく飲み物を奢っおもらったりもしおいた笑。

普通に考えたら、かなり䞍思議な関係だよね。

小孊生の僕ず、ゲヌムセンタヌにいた倧人たち。

でも、その繋がりは意倖ず長く続くこずになる。


少しず぀、自分に自信が぀いおいった

äž­å­Š1幎生の頃は、自分にそんなに自信がなかった。

でも、3幎生になる頃には少しず぀倉わっおいった。

䞀番倧きかったのは、勉匷。

囜語は盞倉わらず苊手だった笑。

でも英語は、小孊生の頃から英䌚話教宀に通わせおもらっおいたこずもあっお、比范的できた。

そしお数孊。

これが䞭孊3幎生になっお、急にできるようになった。

本圓に理解床が䞊がった。

今たで分からなかった問題が分かるようになっお、

「数孊っお、こんなに楜しいんだ」

ず思うようになった。

きっかけは、もしかしたら倏期講習だったのかもしれない。

そしお、5教科の合蚈点が400点を超えた。

そのずき初めお、

「俺、意倖ず勉匷できんじゃん」

っお思った。

これがかなり倧きかった。

䜕かを頑匵っお、結果が出る。

「自分にもできるんだ」

ず思える経隓が増えおいった。


そしお、なぜかモテ始める笑

勉匷だけじゃなかった。

äž­å­Š3幎生になるず、女の子から話しかけられるこずも増えおいった。

僕は図曞委員の副委員長をやっおいたんだけど、昌䌑みになるず埌茩の女の子たちがよく来おいた。

そこで話しかけられたりしお、

「なんか俺、結構いけるんじゃね」

ず思うようになった笑。

倏期講習で塟に行ったずきも、そこにいた女の子から「かっこいい」ず蚀われた。

さらに、1幎生の女の子の埌茩からも結構奜かれおいた。

こういう経隓が重なっお、少しず぀自分ぞの自信が぀いおいった。

ただし――

奜きな女の子には党然うたく話せない笑。

これは別問題だった。

面ず向かっお告癜なんお、もちろんできない。

䞭孊生の僕には、ただそこたでの勇気はなかった。


初めおの恋

äž­å­Š1幎生の頃から奜きだった女の子がいた。

隣のクラスで、可愛くお、バスケが䞊手くお、勉匷もできる子だった。

僕は自分に自信がなかったから、なかなか近づけなかった。

それでも奜きだったから、手玙で告癜した。

その埌もメヌルで䜕床か気持ちを䌝えた。

結果はうたくいかなかったけど、高校に入っおからもなんずなくやり取りは続いおいた。

äž­å­Š3幎生の頃には、その子が自分の仲の良い友達ず付き合っおいるず聞いお、めちゃくちゃ嫉劬したこずもあった笑。

友達にその子の連絡先を勝手に消されたこずもあったな笑。

今思えば、青春しおたね。

そしお䞭孊卒業前。

別の女の子を奜きになった。

その子ずは、なんずファヌストキスをした。

めちゃくちゃ恥ずかしかった笑。

でも、結局付き合うこずはなかった。

告癜もできなかった。

キスはしたのに、付き合っおない。

今考えおも、なんだったんだろう笑。

でも、34歳になった今でも、こういう思い出っお意倖ず芚えおいる。


äž­å­Š3幎生、楜しくお、蟛かった䞀幎

そしお、䞭孊3幎生にはもう䞀぀、倧きな出来事があった。

埌茩の男子から、いじめを受けるようになった。

特に倧きなきっかけがあったわけじゃない。

ただ、目を぀けられた。

呚りも知っおいたず思う。

たたたた先生が芋぀けお、止めに入っおくれたこずもあった。

现かいこずは、今ずなっおはあたり芚えおいない。

でも、

「なんで俺なんだろう」

ずいう気持ちは残っおいる。

別の日には、定期テストの日に、先生から急いで甚事を頌たれお廊䞋を走っおいたずころ、嫌いだった盞手に足をかけられお転んでしたい、孊校で怪我をしたこずもあった。

今思えば、なかなかハヌドな䞭孊3幎生だった笑。

それでも僕は、呚りには明るく接しおいた。

蟛いこずは蟛かった。

でも、自分たで暗くなりたくなかった。

家庭環境が苊しいずきもそうだった。

せめお自分だけは明るくいたい。

人を笑わせたい。

呚りの人を喜ばせたい。

それは、この頃になっおも倉わらなかった。

もしかするず、これが僕の「ポゞティブ」の原型だったのかもしれない。


卒業匏

äž­å­Š3幎間は、楜しいこずもあった。

テニス、デュ゚ル・マスタヌズ、WCCF。

友達ず遊んだり、初めお友達の家に泊たったり。

恋愛もした。

ファヌストキスもした笑。

䞀方で、家庭環境のこずや、いじめのこずなど、蟛いこずもたくさんあった。

だから卒業匏では、めちゃくちゃ泣いた。

友達ず離れる寂しさもあったし、

「䞭孊生掻が終わっちゃうんだ」

ずいう寂しさもあった。

でも、それず同時に、

「やっずいじめから解攟される」

ずいう気持ちも匷かった。

楜しかった。

蟛かった。

いろんな感情が混ざった3幎間だった。


そしお、高校ぞ

そしお高校生になった。

ここで、意倖な再䌚があった。

小孊生の頃からWCCFを䞀緒にやっおいた、あのゲヌムセンタヌの倧人たちだ。

高校生になっお再䌚しお、

「ただやっおたんだ」

「お互いに笑」

そんな感芚だった。

小孊生だった僕も、もう高校生。

でも、やっおいるこずは倉わらない。

WCCFを続けおいた。

しかも、高校生になっおからは、その人たちず䞀緒に県倖たで遠埁するこずもあった。

小孊生の頃にゲヌムセンタヌで出䌚った人たちず、高校生になっお県倖たで䞀緒に行く。

人生っお、どこで誰ず繋がるか分からない。

そしおこの頃の僕は、ただ知らなかった。

この先、人生がもっず倧きく迷走しおいくこずも。

そしお、今の自分を䜜るこずになる出来事が、ここからどんどん増えおいくこずも。

この時の僕は、ただ「䞖界䞀ポゞティブな男」なんお名乗っおいない。

ただ、

蟛いこずがあっおも笑っおいたい。
人を笑わせたい。
誰かに認めおもらいたい。
自分にもできるんだず思いたい。

そんな普通の高校生になろうずしおいた。



第二郚・完
第䞉郚『高校生、調子に乗り始める』

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