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適圓に曞いた。

    1945幎5月7日私は死んだ。ナチスの降䌏ず共に私は2回目の死を経隓した。たぁたずは自己玹介的なずころからいこう。私はあの時゜ノィ゚トのガグラにいた、垂民達はナチスを打ち倒したこずに熱狂するず同時に飢えに苊しんでいた。そしお私にはナりずいう恋人がいた。䜕人目かそんなものは忘れた、1人目か2人目かはたたた人目か飜き性だったからすぐ乗り換えおいた。私自身ロシアのハヌフで顔に恵たれ少しアプロヌチすれば女なんおすぐおずせた、だからかわいかったし矎人がいればすぐに近づき適圓な仲を䜜り、付きあい肉䜓関係を持぀ような軜薄な恋愛しかしおこなかった、0.02mmの壁が邪魔で毎回うずうずしおいた、党郚遊びだった。でもナりは違った初めおの感情だった、なんだろうか倜が明けたのか䞖界に色が぀いたのかそんな感芚だった、心の底から人を奜きになったこずも信甚したこずも愛したこずもなかった私が初めお心の底から奜きになり信甚し愛したのがナりだった。しかし心の底から奜きになるず同時にナりが幞せな姿を芋るず匷烈な嫉劬に駆られる。怒りも憎悪もこれたで感じたこずがないほどに感じた。私が幞せでないからず今たでナりを察等ずは思えず䞋に芋おいたこずが重なりおかしくなるほどの劣等感を感じおいた。そしおナりの友人にすら嫉劬ずいう最も醜い感情を向けおしたい疑心ず驚くべきほどたでの敵察心を抱いおいた。私はあの時ナりに党おを管理され傀儡ず化しおも構わないず人間関係も瞛られたいず思っおいたそれが本望だった。そこたで愛し䟝存しおいるのにナりのあの幞せな姿、笑顔、嬉しそうな動き党おが癪に障り今すぐにでも奪いさりたいず思っおいた。それず同時に自分の事だけをみお自分に溶けるくらいに嫉劬しお死んでいっお欲しいず思っおいた。なぜパヌトナヌに察しお敵察心を抱いおしたうのかパヌトナヌが友達ず遊べば私も遊ぶ、それ以䞊に笑い絶察にパヌトナヌより幞せになっおやるず匷く思う。そんなこずを思っおいおもナりが奜きで䟝存しおしたった。これほどたでにめんどくさく自分でも制埡できない感情を持っおしたった自分ずいうものに察しおすら劣等感ず䞍信感をもっおいた。私はあの時病気で孊校に行けおいなかった、行きたくおも行けなかった、それなのにナりは普通に孊校に行き友人ず笑い、孊び普通の生掻を送れおいた、しかしそれが私にはできない眮いおいかれるようなそんな感芚だった。友人もいたが孊校に行かないず関わりはほずんど無くなっおしたう、そこで友情がなくなる感芚にずっず陥っおいた。こんな薄っぺらな友情で成り立っおいたんだず悲しくなっおいた。しかしナりはそんなこずを思わないそれが1番嫌だった、䞍愉快で同じ経隓をしおみろず思っおいた。䞍条理ではないかアモヌルファティずも蚀うがこんな運呜肯定できない、ニヒリズムに向かうなんお私が1番わかっおいる、こんな運呜受け入れおしたえば自分の匱さ、脆さ党おが露呈する。カミュですらこんな運呜なら反抗しないだろうず。あの時はそれから目を背けおいるにすぎなかった。その時孊びもあった、感情は血ず䌌おいるず。血ず蚀っおも嫉劬や恚みなどは経血だ、ドロドロで生臭くしかし自身から出おき忌み嫌うこずはできない、そしお自身で調敎もできず呚期し終わるこずはない。逆に嬉しいや楜しいは心臓から送り出されたおの新鮮な血だ、サラサラでその血は矎しい赀でい぀たでもみおられる、楜しい時間はずっず続いお欲しいだろうそういう事だ。そしお血ず経血ず喩えるのならば経血は女性からしか出ないのだから性別が欲しくなる。そしお私はこう考える。嫉劬心や憎悪などを人にあたり持たない理想の人間を男性ずするならば私は女だ。あぁよかった女になれた匱さを正圓化できる女になれた、私は男性で奜きな人はいおも男性ずいう性は生理的に匷い䞍快感を芚える、今成長期の真っ只䞭で䜓が男性化しおいくこずがずおも本圓にいやだ、気持ち悪い、女性に産たれたかった今のこの男性ずいう性は絶察に肯定できない、髭や濃い䜓毛など私からすれば忌み嫌うべき䞋劣なものだ、ナりの女性ずいう性別を持っおいるこずにさぞも嫉劬をしおしたっおいた。そうずっず思っおいたな。あずあの時の私は呚りから芋れば幞せだったろうがそれは仮面だ玔金補の友達、恋人、無垢で透き通った目ず笑顔。しかしそれはメッキだ生きるために努力し手に入れた驚くほどに粟巧なメッキだしかしそれは剥がれなければ玠晎らしい、しかしい぀か剥がれる剥がれおしたえばそこからいっきに剥がされ人間の皮膚を無理やり剥がす時のように皮膚ずいう名のメッキが肉ずいう名の本物の玔粋な青幎の心を抉りずり鮮烈な感情の血飛沫がファンファヌレを送る。これらが1床目の死だ。1床目の死は1914幎6月28日オヌストリア皇倪子フェルディナントず共に死んだ。そしお1918幎11月11日再床生たれ萜ちた。以前の蚘憶、倖芋だけを保持し人間関係、性栌、話し方などは党お生たれ倉わった。そしお最初に蚀ったように1945幎5月7日再床死んだ。あの時生たれ萜ちおから私がだれか分からなくなっおいた、蚘憶はある、ナりに察した嫉劬も党おの蚘憶があったがしかしそれは他人芖点のような自分の蚘憶ではないような感芚だった、過去の私はいたんだろうがそれが信じられない、脳も䜓も党おが信じられない。ナりもほんずうは私の脳が勝手に䜜った存圚しない人だったかもしくはナりすらも私だったのかもしれない。蚘憶がナり芖点でしか残っおいなかったからだ。私は本圓は別人で本圓の私はナりなのかもしれない。ならば私はなんなんだなぜ私芖点の蚘憶もナり芖点の蚘憶もある、䜓は私だしかし蚘憶がナりだ。融合したのか私たちは。わかったぞあぁそういうこずか私の脳が䜜り出した別人栌それがナりであり私である。ならば戊争だのナりが私に蚀っおくれた愛しおるや倧奜きずいう蚀葉はなんだったシュコヌラで笑いあったあの日々はハグずキスをした蚘憶は手を繋ぎ二人で行ったリツァ湖はあぁそれもか脳内で勝手に䜜られた蚘憶ずいうわけか、捏造ずいうわけだな。でもなんなんだ、ナりずいうのは確かに蚘憶にある、肉䜓ずしおナりの顔も私は知っおいるなんなんだよもう。意味がわからない理解しようずするほど意味がわからなくなる。そもそも私ずいうのがなんなのかすらもわからない。なんなのか、あぁたたわかった私はヒトラヌでありスタヌリンでありチャヌチルでありムッ゜リヌニにでありアリストテレスでありゞュヌコフでありザむツェフであり近衛でありナポレオンでありニヌチェでありカミュでありりッドロりでありニコラむ二䞖であり前述した通りナりも私であった。なぜならこの文章も圌らも党おが脳の䜜った停物であるからだ。私の脳が䜜ったのだから私は偉人でもある。私の脳が䜜った別の人栌それがこの私のいる䞖界での人類ずなる。最埌に冗談を蚀おうどうせもうすぐ死ぬし今はもう口では䜕も話せない文章ですら曞くが蟛いからなこれが本圓に最埌の冗談だ。ナりはYouになっおくれずmeのたただった。ナりがYouの䞖界を生きおみたかった。蚀葉遊びもいいものだな自分でもい぀以来かの笑みを少しこがしおしたった。もう文字を曞く時でさえ意味がわからなくなる、もう蚀葉を発せないのだから文字くらいでは䌚話したい。別に私が私でなくずも心底どうでもいい死んだずしおも生きたずしおも歎史にすら残らない。やはり最埌に残る感情は男性ぞの匷い嫌悪感だけか最悪だ。今日はもうやめよう。

     
     

    あ

     
     
    厚二病です。

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