🟪闘う人が、好きだ。
もちろん、闘わない人だっていいんだけども。
でも、私はやっぱり
闘う人が好きなんだ。
◆運命は、変えられる
私がここで言う『闘い』とは、人とのいさかいとか勝負事、ましてや戦争とかの暴力のことではないよ。
元から定められたかのような不運な境遇、出来事を乗り越えて、少しでも自力で、自分にとって望む方向に変えていこうとする闘いのこと。
少しでもいいんだ。
前を向こう、未来へ向かおう、困難に立ち向かおう、より良くなろう、新しいことをしよう、夢を叶えよう…
そういうこと。
別に意識高い系とかいうことではなくて!笑
人生を、諦めや怠惰で埋め尽くすことをしたくないだけ。
往々にして、闘わない人は闘う人を揶揄する。
まぁ今更私が語らなくたって、エビアボカドにはマヨ&ケチャップのオーロラソース、くらいには語りつくされてる事だね。
だから、逆に思う。
揶揄するような人って本当は、頑張って頑張って、人生を自力でがむしゃらに生きていきたいっていう思いが、心の底には強くあるんじゃないかなって。
◆中島みゆきさんの「ファイト!」
「闘う人」と聞いたら、多くの人が思い出す歌がある気がしてる。
中島みゆきさんの「ファイト!」。
ファイト!闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ
ふるえながらのぼっていく。
逆境に抗って、凍えながらも全身全霊・満身創痍で抵抗し、突破していく。
この唄は、制約やハンデ…社会的な環境がビハインドな人たち、つまり社会的弱者とされる人たちに向けた応援歌なのかな、と解釈している。
ちょっと古い歌だと思うし、今どき田舎から都会に出る事を村人から阻止される若者なんておるんか?(歌詞をググっておくれ)なんて、私は思ったりもするんだけども…
もしかしたらそれは、私が生まれも育ちも東京圏内の人間だからなのかもしれない。
◆自分の足で立つ、ということ
ただひとつ勘違いされたくないのは、昨今の「マイノリティ保護」の機運はちょっと行き過ぎてる部分があるような気もしてる。
細かい話は割愛するけど。
私はそういう感じの「社会的弱者を守れ!!」って言いたいわけじゃないんだ。
私は東京圏内の人間ではあったけれど、決して都心まで近い都会で育ったわけではなかった。
高校生の頃からだったかな。
もっと都会に住みたいと強く願うようになった。
悔しい思いをいっぱいした。
あの頃の悔しさが、今の環境を掴む始まりだったと思っている。
私は20代の前半を、繁華街で生きる人間として過ごした。
その後はガラッと環境が変わり、いわゆる上流社会と呼ばれる不慣れな場所で四苦八苦しながら生きてきた。
傍目には分からなくても、制約だらけの毎日だった。
自分で自分を縛ったりもしていた。
心の中では冷たい水の中を震えながらのぼってた。
今の私にはやりたいことがいっぱいある。
やっと自分らしい生き方、居場所を作っていけるようになった気がしている。
今までは、自分らしくいられる場所や人をどこかに求めては失い、涙していたんだけども!笑
誰も私を縛ってなどいない。
自分の限界を、生き方を決めてるのは自分自身だ。
四十を過ぎて、急にそんな心境になれたのは、なんでなんだろうなぁ。
◆かなえたい夢
これを言ったら、笑われるかもしれない!(^▽^)
でも書いたら叶う気が今、した。
下北沢に、オフィスを持ちたい。
本当はもっと偉い感じの、「たくさんの人に仕事を通じて幸せを届けたい」的なのもあるよ??笑
でもね、その幸せのお礼として頂いたお金で、私は下北沢にオフィスを構えたいと思ってるんだ。
なぜ下北沢なのかって?
それは、私に永遠の初期衝動をくれる街だから。
だからこの一角に、居場所を作りたい。
自由な空気を愛する人たちが作るこの街に。
そのために、具体的にやってくことや、勝つか負けるかわからない闘いに挑んでいこうと思ってる。
欲しい人生を掴もうと思えるくらいには、恵まれた人生だとも思う。
本当にどうにもならない境遇の人たちが、一人でも世界から減りますように。
最後にもう一度。
自分の人生は、自分で切り拓く。
その覚悟がある人間が、私は好きだ。
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