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【追悼】田中英道氏逝去 突然でショックです 日本の「保守」の創造者

    美術史研究家で東北大名誉教授の田中英道(たなか・ひでみち)さんが4月30日、急性硬膜下血腫のため死去した。83歳。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は妻、三重子(みえこ)さん。後日、お別れの会を開く予定。

    昭和17年、東京生まれ。東大文学部卒。ヨーロッパ美術史を専門とし、イタリアやフランスでの研究・調査にも携わった。著書に「イタリア美術史」「国民の芸術」「天平のミケランジェロ」など。「新しい歴史教科書をつくる会」の会長も務めた。
    (産経新聞 2025/5/1)


    あんなに元気そうだったのに。ショックです。

    田中英道氏については、noteでもたくさん書いてきました。

    4月15日にも、以下のように書いたばかりでした。


    私は、エラソーな言い方になるけど、保守思想家としては、藤岡信勝さんより、田中英道さん(83歳)を、より評価しています。

    評価している、というとほんとエラソーだな。田中さんを見てると、老人として励みになる。(中略)

    トランプ時代になって、現在の日本保守化の濫觴としての「つくる会」運動を、私は再評価すべきだと思っています。

    その運動の中で、藤岡信勝が果たした役割はもちろん大きい。

    しかし、当時の「つくる会」関係者で、今も生産的に活動している者は少ない。

    坂本多加雄、山本夏彦さんらは亡くなり、小林よしのりさんは最近低調です。

    そんな中で、田中英道さんの「生産性」は頭抜けており、83歳の今も講演を続け、それをYouTube配信し、年間何冊も本を出しています。

    「ジンギスカンは源義経だった」みたいなトンデモを「生産」してるだけじゃないか、と言われるかもしれないけど。

    でも、彼は、「批判」「否定」は左翼のおこないであり、新しい日本の保守思想の「創造」こそが必要だ、ということがよくわかってる。

    こう言うと、またエラソーだけど。

    (保守派の難しさ 2025/4/15)


    田中氏は、東大仏文科で大江健三郎の数年後輩、そしてジャーナリストの立花隆と同期でした。その後、美術史に専攻を変えてフランスに留学すると、1968年のパリ5月革命に遭遇します。

    濃密な左翼的空間の中で左翼にならず、のちにバチカンでキリスト教美術を研究し、その専門家となってもキリスト教徒にならず、「なぜ自分は左翼にもキリスト教徒にもなれなかったのか」という自己分析から、日本独自の思想、彼のいう「自然道」を発見します。

    (田中氏は後年は「歴史家」という自認で活動したのに、それが産経の訃報でも全く触れられないのは悲しい)


    「田中英道論」のようなものを書きたいと思い、つい最近も、図書館に参照したい著書を予約注文していました。

    でも、田中氏の本は人気があって、なかなか私のところに順番が来なかった。


    田中氏は、ネットの意義を最大限に認めていた思想家でもありました。80代の人としては、その点も稀有でした。

    田中氏がネット上に残した講演やインタビュー動画も膨大で、私も少しずつは見ていましたが、とてもすぐには全部見られないと思っていました。

    田中氏は、高齢にもかかわらず、1時間半とかの講演動画がたくさんあります。

    しかも、年寄りだから話が冗長というわけでは全然なく、明晰な論旨と、脇道の雑談でも興味深い考察が含まれるので、「解読」はなかなか難しかった。


    そんなことをしているうちに、亡くなってしまった。

    書きかけの「田中英道論」は、近日中に発表します。

    ご冥福をお祈りします。


    田中英道先生ご逝去につき(和の国チャンネル 2025/5/1)



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    会社を定年退職し、神奈川県は柿生の里に隠棲する。新聞社、出版社に勤め、記者や編集者をやっていた。独身、孤独を愛する。老人であることを自覚し、記憶力もあやしくなりつつあるので、ここに書き残したいことを書き残しておく。世間から引退したので、社交は望みません。

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