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偏愛の「韓国ヤクザ映画」ベスト5 あの頃のTSUTAYAに愛を込めて

    近く(町田市・鶴川)のTSUTAYAがついに潰れたという。Netflixとコロナに勝てなかったか。

    春に会員証更新の通知が来て、店に行ったのだが、緊急事態宣言下ということで休業していた。結局、それきりになってしまった。

    ショックだ。と同時に、韓国映画のすごさを「発見」し、TSUTAYAで片っ端から借りまくっていた2000年代を思い出す。

    韓国映画・ドラマが日本で一気に広まったのは、「冬ソナ」現象の2003年頃だと思う。TSUTAYAでも一時期、棚は韓国の恋愛ドラマで占拠されていた。女性の韓流ファンでTSUTAYAがもっていた時期があったのである。

    その傍らで、女性に見向きもされず並んでいた、オトコ好きの韓国ヤクザ映画を、私はあさっていた。

    以下は、TSUTAYAがなければ出会わなかった、私が今も偏愛する韓国ヤクザ映画たちである。

    (TSUTAYAに通っていた2000年代の映画を中心にしたいので、「新しき世界」「アシュラ」とかの最近のメジャー作はあえて入れていない。今更ということもあるし、「ヤクザ映画」というより現代的なギャング映画なので)

    (あと、あまりに残虐なシーンがあるのも好きではありません)


    貧乏ヤクザの侠気一本!

    1 「卑劣な街」(2006)

    出演 チョ・インソン、ナムグン・ミン、チョン・ホジン

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    哀愁を帯びた音楽の中、若いヤクザ(チョ・インソン)が肩をそびやかせて歩く。それを後ろから撮る冒頭のショットだけで、「あ、これは俺の好きなヤクザ映画に間違いない」と思う。

    三流暴力団のナンバー2である主人公は、貧乏生活を強いられる手下たちのために、暗黒街の大物に接近して大仕事をものにしようとするが・・・という話。

    雰囲気から何から、私にとって「理想のヤクザ映画」と言える作品。哀愁と虚無、人情と権力欲、暴力と裏切り、ヤクザ映画のすべてがあると言ってよい。

    なんといっても、当時のチョ・インソンの水際立った男ぶりに、男も惚れるのである。

    最初の方で、チョ・インソンが立ち退きに応じない住民の家に上がり込み、嫌がらせで、刺青を見せびらかしながらパンツ一丁でソファに寝そべるところ。パンツの中を手で掻き、その指を鼻にもってきて嗅ぐ。その仕草にキュンとする(?)。

    ヒット作であり、当時のチョ・インソンの人気もすごかったが、今は少し忘れられた感があるので、第一に取り上げておきたい映画。今もときどき見返したくなる。


    小学生ギャグ炸裂のヤクザ・コメディ

    2 「木浦(モッポ)は港だ」(2004)

    出演 チョ・ジェヒョン、チャ・インピョ、ソン・ソンミ

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    コンプラが進むと、かつての「小松(政夫)の親分さん」とか「松本人志のアニキ」とかのお笑いも、反社を好意的に描いているからダメ、となるのだろうか。モーレツア太郎の「ココロの親分」は?

    国民的映画とか言われている「男はつらいよ」はどうなる。寅次郎はテキヤだが、広義のヤクザだ。「座頭市」は博徒でまぎれもなきヤクザ。まあ、あれはヤクザ以前にポリコレに引っかかるのだが。

    ヤクザのコメディ、お笑いヤクザの映画は、ヤクザ映画のサブジャンルだが、日本映画ではあまり傑作の記憶がない(北野武の「龍三と七人の子分たち」という大駄作があるが)。

    「木浦は港だ」は、私の心に残るヤクザ・コメディだ。ヤクザの街として知られる港町、モッポを舞台に、地元ヤクザ組織に潜入した刑事が、いつしかヤクザに同化してしまって・・・というドタバタだ。

    キム・ギドク監督「悪い男」のチョ・ジェヒョンがコメディを演じるのにまずびっくりしたが(韓国の俳優の実力を知っている今なら驚かないが)、「ウンコちんこ」レベルのギャグのセンスにも驚いた。

    お笑いとしてはベタもいいところだが、考えてみれば、韓国エンタメ映画の良さはベタなところだ。そんな中で、男の友情や裏切りなど、ヤクザ映画の骨法をしっかり守っているのがこの映画のいいところ。

    いつしか無邪気な気持ちで楽しんでいる。傑作とは呼べないにしろ、韓国映画界の実力、というより、底知れない余裕のようなものを感じさせた映画だ。「ナワバリ」という韓国語化した日本語が頻繁に使われるのも含め、劇中で描かれる風俗も興味深かった。

    それにしても、次の「悪いやつら」もそうだが、ヤクザ映画に港町はよく似合う。(日本でも、北九州・洞海湾を舞台にした定番ヤクザ映画「花と龍」があったが、今の若い人は知らないだろう)


    ハ・ジョンウの刺青がすべて

    3 「悪いやつら」(2012)

    出演 チェ・ミンシク、ハ・ジョンウ、チョ・ジヌン、マ・ドンソク

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    釜山を舞台にした大メジャー作。名優をそろえ、見事な脚本、演出で、ジャンル映画の傑作であるのは間違いない。

    しかし、これはヤクザ映画か。

    ビジネスのための会社組織になったような犯罪者集団を描くのがヤクザ映画ではない。ヤクザ映画は、マフィア映画、ギャング映画とは違う。「ゴッドファーザー」をヤクザ映画とは言わないだろう。同じ意味で、この映画もヤクザ映画とは言いづらい。

    とはいえ、ハ・ジョンウが演じるのは、紛れもないヤクザだ。彼の刺青姿が見られるだけでも、このリストから外せない。

    チョ・ジヌンは、「卑劣な街」にも出ていて、どちらの映画でも、ヤクザなのか、ギャング組織員なのか、どっちつかずの役をやる。Vシネマを取り上げた別の記事で、私はインテリヤクザ役の草刈正雄を讃えたが、チョ・ジヌンもそういう役がうまい。ヤクザになるには考えすぎる男、というか。


    暴力団より暴力的なマル暴刑事!

    4 「カン・チョルジュン 公共の敵 1−1」(2008)

    出演 ソル・ギョング、チョン・ジェヨン、カン・シニル

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    「殴りたくなったら、殴る。それがヤクザだ。それが俺だ」

    と、劇中の武闘派ヤクザのボス(チョン・ジェヨン)が言う。ヤクザの簡潔な定義と言うべきだろう。

    「殴りたくなったら殴る。殺したくなったら殺す」

    そういう行動原則こそ、ヤクザの恐怖の源泉だ。本作のヤクザは、それを体現するような恐ろしい男である。

    しかし、本作には、そのヤクザより暴力的で直情径行の刑事が登場する。主人公のカン・チョルジュン(ソル・ギョング)。彼もまた「殴りたくなったら殴る」男なのである。

    ヤクザ映画としては変則だが、面白い作品だ。ただの乱暴者なのにスポーツ枠で間違って警察に入ってしまった男「カン・チョルジュン」が主人公の「公共の敵」シリーズの第3作。

    このシリーズは、不評だった第2作も含めて、私は大好きだ。第1作から通じて、ソル・ギョング演じるカン・チョルジュンと、カン・シニル演じる人情味あふれる上司「班長」とのケミストリーが素晴らしい。

    ストーリーは、あまりに馬鹿馬鹿しいので書かないが、クライマックスでは、ヤクザと警官、どっちが強いかを賭けて、ソル・ギョングとチョン・ジェヨンが殴り合いをする。最後、主人公が「どうだ、警官はヤクザより強いんだ!」と叫ぶ。こういうヤクザ映画があってもいいと思うのである。

    なお、ソル・ギョングは、有名な「シルミド」の中では、元ヤクザの役で登場する。貧困と差別の中で、ヤクザになるしかなかった男を見事に演じて印象に残る。


    無名時代のソン・ガンホのチンピラ役!

    5 「グリーンフィッシュ」(1997)

    出演 ハン・ソッキュ、シム・へジン、ムン・ソングン

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    私が尊敬するイ・チャンドンの監督デビュー作。ヤクザ映画と呼ぶにはあまりに文学の香気高い作品だが、私の中では外せない。

    兵役を終えて帰郷中、男たちに絡まれていた女(シム・へジン)を助けた主人公のマクトン(ハン・ソッキュ)。その女がヤクザのボス(ムン・ソングン)の情婦だったことから、マクトンはソウルの組織で働くようになる。ボスに見込まれたことで、マクトンは汚れた仕事に手を染めようと決意する・・・

    なにしろイ・チャンドンの映画だから、甘さのない演出・構成が見事で、見終わると、立派な映画を見たなあ、と思うような映画だが、問題はソン・ガンホである。

    「パラサイト」で今や世界的俳優となったソン・ガンホだが、本作は彼の実質的デビュー作。舞台俳優だった彼を、イ・チャンドン監督が劇場映画に抜擢したのである。

    タッパのあるザキヤマ、という感じの、組織のチンピラの一人だから、端役といっていいが、さすがにうまくて、劇の中盤からは主役を食うような存在感がある。

    新参なのにボスに取り立てられる主人公に嫉妬して、薄汚く立ち回るチンピラの役だ。ソン・ガンホものちに、この映画への出演が演技的な飛躍になったと語っている。

    このソン・ガンホの役をもっと掘り下げて撮れば、さらにヤクザ映画っぽくなっただろうが、監督の狙いはそこにはないので、そうはならなかった。しかし、イ・チャンドンはのちに、ソン・ガンホとチョン・ドヨンで「シークレット・サンシャイン」を撮る。

    この映画を見ながら、日本のヤクザ映画と韓国のヤクザ映画の違いを考えた。

    日本のヤクザ映画ではしばしば、子供からそのまま大人になったようなヤクザが登場する。その「稚気」や「童心」が、肯定的に描かれもするのである。いまNetflixその他でだらだら続いている本宮泰風の「日本統一」なんかでもそうだ。

    韓国の映画では、ヤクザ映画に限らないのだが、「子供時代」の終わりを完全に意識して、大人になる、その断層が描かれることが多い気がする。この「グリーンフィッシュ」がそうだし、1980年代のアン・ソンギの「鯨とり」もまさにそういう映画だった。

    これは、韓国の徴兵制、兵役が関係しているのではないか、とちょっと思った次第。



    <参考>


     
     
     
    会社を定年退職し、神奈川県は柿生の里に隠棲する。新聞社、出版社に勤め、記者や編集者をやっていた。独身、孤独を愛する。老人であることを自覚し、記憶力もあやしくなりつつあるので、ここに書き残したいことを書き残しておく。世間から引退したので、社交は望みません。

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