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ガンギマリの平和主義者 伊勢崎賢治・石破茂「師弟」の不安

    れいわ新選組の議員になった伊勢崎賢治氏を、石破首相が「先生」と呼び、「(伊勢崎の)本をいちばん読んでいるのは私」と言ったのは、今期国会屈指の迷シーンでした。


    石破茂首相は5日の参院予算委員会で、7月の参院選比例代表で初当選したれいわ新選組の伊勢崎賢治参院議員(68)に対し「今でも先生だと思っております」と、敬意を表しながら答弁した。

    石破首相 れいわの68歳ルーキーに「先生」と敬意「議論の機会得られ幸せ」「問題意識は同じ」(日刊スポーツ 2025/8/5)

    動画
    【LIVE!】参議院 予算委員会 伊勢崎賢治の国会質問!
    (2025年8月5日 11時48分~)(れいわ新撰組公式チャンネル 2025/8/5)


    このシーンを見て、いろいろ考えちゃったり、不安になったりした人は多いと思う。

    私もそうです。


    二人は同い歳(68歳)ですが、「師」伊勢崎賢治と、「弟子」石破茂の思想的問題を、ここでは取り上げます。


    伊勢崎氏は、東京外語大名誉教授(国際関係論)。元国連PKO武装解除部長で、平和構築の専門家とされます。

    私がマスコミ現役だった10年ほど前、よく伊勢崎賢治氏の講演を聞きに行きました。


    私は、このおっさん、好きですね。この人、なんか突き抜けてるところがあって。考え方が、日本人離れしている。

    ただし、その考え方は、私とは相容れないけれど。


    誰かが彼を、「ガンギマリの限界左翼」と呼んでたけど、彼は左翼ではないです。

    れいわ新選組に入った今は、周囲は左翼だらけかもしれませんが。


    彼は基本的にガンジー主義者。非暴力主義者。つまり絶対平和主義者。自分で言ってました。

    つまり、「ガンギマリの平和主義者」です。


    絶対平和主義者というのは、戦争になっても、武器を持って戦わない。

    殴られても、殴り返さない。

    サボタージュとかはするけど、自分が殺されても、非暴力を貫き通す立場ですね。


    それは、彼の「平和構築論」にも一貫しています。

    彼の戦争の話は、わかりにくい。なぜなら、「武器を持って戦う」シーンは出てこないから。


    彼が考えているのは、とにかくどの国にとっても「戦争をしにくくする」ということ。

    戦争というと、われわれは「勝ち負け」の問題を考えるけど、彼が考えているのは、「どこの国にも勝たせない、負けさせない」ということなんですね。

    そういう考え方が、一般人にはわかりにくいと思う。


    普通の人は(私もそうですが)、戦争について、基本的に以下のように考えていると思う。

    A なるべく戦争が起こらないようにしてほしい

    B  万一、起こったら、自国が負けないようにしてほしい


    でも、伊勢崎は、「A」しか考えない。「B」は考えないんです。


    それについては、3年前、ウクライナ戦争が起こった時に、伊勢崎が参加したシンポジウムを視聴して、私は以下のように書いたことがあります。



    少なくとも次の2つは区別すべきだと思った。

    A 国際的な「平和」を守るため、どの国も「勝たない」「負けない」ようにしておく仕組みについて

    B 平和が破れ、日本が戦争当事者となった時、日本が勝つための方法について

    で、伊勢崎賢治なんかは、Aの話しかしない。Aについての専門家だから。Bについては絶対話さない。

    しかし、本当の問題はBだろう、とみんな、心の中ではわかっている。


    伊勢崎を「先生」と呼ぶ石破首相を見て、不安になったのは、この点ですね。

    石破首相は6日、戦後80年談話について改めて意欲を示し、

    「どうすれば戦争が起こらないかということを50年談話、60年談話、70年談話をふまえました上で私として考えてまいりたい」


    と話しています。


    「どうすれば戦争が起こらないか」ーーつまり、私のいう「A」の問題意識で、石破さんは頭がいっぱいなんですね。

    どうも伊勢崎に洗脳されて、石破首相も「ガンギマリの平和主義者」になったっぽい。


    いやいや、それは困る。

    学者の伊勢崎氏が平和構築を考えるのはいいけど、石破さん、あんたの究極の仕事は、「B」の、日本を勝たせることだよ。

    もともと学者っぽい感じの人だったけど、この人は、日本の政治家の、かつ国家の代表でもある者の、いちばん大事な仕事を忘れてないか。


    もしかして、日本が勝つか負けるかに、もう関心がなくなってる?


    だから、国民としては、ゾーっとせざるを得ない。真夏の怪談ですよ。


    なぜ「改憲」を言わなくなったのか


    私の知る限り、石破さんも、伊勢崎さんも、昔からこうではなかった。

    二人とも、昔は改憲論者でね。


    10年前の講演で、伊勢崎氏は、こんなことを言っていた。

    「平和構築の専門家ということで、最初、私は朝日新聞にチヤホヤされたけど、私が改憲論者だと知って、朝日は私のところに来なくなった。まあ、私はどうでもいいけどね(笑)」


    伊勢崎が9条改憲を言っていたのは、今から思えば、やはり「戦争をしにくく」するためでした。

    9条は一見、戦争をしにくくしているように見える。それを、字句どおりに読めば、まさに絶対平和主義者の信条をあらわしているように思える。


    でも、今の平和構築論の核心の一つは、「軍隊」の軍事行動に、国際法などいろいろ縛りをかけて、戦争をしにくくすることにある。

    日本では、9条のせいで、自衛隊は「軍隊」ではない。軍隊ではないから、縛りもかけられない。

    だから、まず自衛隊を法的に軍隊にする改憲が必要だ、ということですね。


    でも、この前のれいわ新選組の記者会見見てたら、伊勢崎は改憲論を撤回したようだ。


    一つには、自衛隊への縛りは、改憲しなくても、自衛隊法と刑法によってできるとわかったから、と言っている。

    本当か? これは、かなり怪しい説だと思うけど。井上達夫さんとかは反論しそうだ。


    もちろん、伊勢崎氏も、改憲のほうがスッキリした解決だ、とは知ってると思う。

    でも、「今は」改憲は必要ない、むしろ反対する、と言っている。


    これは、学者の説というより、政治的な発言ですね。

    一つには、れいわ新選組の政治家になったから、周りに合わせている、ということがあるだろう。


    しかし、より重要なのは、

    「今は、世界中で反グローバリズム、ナショナリズムが盛り上がっているから、こんな時に改憲したら危険だ」

    ということだと思う。

    参政党も躍進したしね。


    そう、伊勢崎の考えを突き詰めると、ナショナリズムを否定せざるを得ない。

    なぜなら、それは「戦争をしやすくする」からですね。


    伊勢崎の「変質」に、みんなが気づいたのは、ウクライナ戦争が始まった時だったと思う。

    ウクライナ支援に、知識人ふくめて傾く中で、伊勢崎は異を唱えた。


    人は、伊勢崎は「親露派」だ、と言ったけど、そういうことでもないと思う。

    ウクライナ支援の根本には、侵略されたウクライナが戦うのは正しい、という正義観がある。

    でも伊勢崎は、「正しい戦争などない」と思っている。一方を「正しい」としてしまうと、その戦争を肯定してしまうことになる。


    彼は、その意味で、どこの国の「ひいき」もしないわけです。

    つまり、どこの国のナショナリズムも、究極的には認めない。

    たとえ、日本のナショナリズムであっても。


    つまり、「日本人ファースト」の、究極の否定です。

    日本だろうがどこの国だろうが、「ファースト」はない、と。


    ここでも、学者として彼がそう考えるのはいいと思う(でも、日本の政治家になった以上、それでは困ると思うけど)。


    しかし、日本の首相である石破が、伊勢崎に洗脳されて、日本を「ひいき」しなくなったら、困るんだよ。

    でも、どうも、そうなっちゃってる気がする。


    クリスチャンだから、神の視点からの「一視同仁」で、日本も他の国も、神の前では平等だ、とか思っているのかもしれない。

    もう、日本を「特別視」してないのかもしれない。

    というか、安倍晋三を憎むあまり、日本を嫌いになったのかもしれない。

    それで、改憲を言わなくなったのかもしれない。


    「ベ平連」の影


    5日の国会質疑で、伊勢崎氏は、自分を石破に紹介してくれたのは、田原総一朗だ、と言っていた。

    それで、また「ははあん」と思うところがある。


    田原総一朗ー石破茂ー伊勢崎賢治、を結びつけている思想があるとすれば、それは左翼思想というより、1960年代以降の「ベトナム反戦運動」だと思う。

    今の70歳前後以上の人は、みんなその文化的・思想的影響を受けています。

    それは、左翼といえば左翼だけど、いわゆる共産主義者の革命運動とは違うわけですね。

    まあ新左翼だけど、日本のベ平連なんかは、欧米の新左翼運動の先駆けみたいなところがある。

    (ベ平連には、ソ連KGBからカネが出てた、という話もあったけど、それはここでは置いておく)


    ベ平連などのベトナム反戦運動が、日本の戦後史に残した影響は、忘れられがちです。

    今の若い人は知らないかもしれないし、もしかして石破さんの世代も忘れてるかもしれませんが、今のような広島・長崎の式典も、戦後すぐからあったわけではなく、60年代の世界的反戦運動を背景に生まれました。

    反戦運動がなければ、その象徴として、原爆ドームが保存されることもなかった。それについては、以前にnoteに記事を書きました。


    田原総一朗は、そのベトナム反戦運動の時代にどっぷり浸かって、そこを原点にしている人です。

    当時、彼がいた東京12チャンネル(現テレビ東京)は、ベ平連寄りの番組をよくやっていた。

    彼の「朝まで生テレビ」というのは、ベ平連がよくやっていた「ティーチイン」の再現です。

    1965年の終戦記念日、つまり終戦から20年目の8月14日から15日にかけて、東京12チャンネルは、「徹夜ティーチイン戦争と平和を考える」という番組をやりました。これは、日本初のティーチインだと言われます。それが「朝生」の原点だろう。

    (1965年の2月にアメリカ軍の「北爆」=北ベトナムへの大規模爆撃=が始まり、同時にベ平連=ベトナムに平和を!市民連合=も生まれました。)


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    「ベ平連」のヘルメットをかぶったベトナム反戦の女王、ジェーン・フォンダ(1971年)=映画「FTA」より。田原総一朗より3年年下で、今も元気(87歳)



    そのベ平連が「裏の仕事」としてやっていたのが、ベトナム戦争の脱走兵をソ連やスウェーデンなどに「逃がす」仕事ですね。

    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jarms/51/0/51_64/_pdf


    同時に、良心的兵役拒否の普及なんかもやっていた。


    日本に来ている米兵を逃がすーーそれはいわば、日米の「地位協定」の裏をかくような活動でした。

    米兵を逃がす運動をやっても、日本人は罪に問われなかった。なぜなら、日米地位協定によって、在日米軍人の出入国管理に日本は関与しないことになっていたからです。(石井至「ベ平連にみる海外連携のリスク ― JATEC に注目して ―」)

    国会で、伊勢崎が石破と「地位協定」改定の話をしていて、思い出したのはそれです。


    あの地位協定改定の話も、普通には、日本の米軍からの独立をうながす提案に思える。

    でも、伊勢崎の意図はそこにはなく、目的は、アメリカに「戦争をしにくく」させることのようですね。

    それに、石破首相が同意しているように見えた。


    私が何を言いたいかというと、伊勢崎の手法は、かつてベ平連がやってたような、戦争に対するサボタージュに似ている、ということです。

    国家主権の行使に掣肘をくわえ、阻害ないし牽制するところに主眼がある。

    たぶん、そのあたりが、田原総一朗なんかの琴線に触れるのでは、と。


    でも、それは基本的に、「反体制」側の手法です。

    それを、「体制」のトップである石破まで共有しそうになってるのは、何なんだ、と。

    そこがいちばん奇異です。怪談です。


    *


    絶対平和主義や、非暴力無抵抗主義は、それを貫くならば、立派な思想です。

    いわゆる「9条信者」の中にも、そういう思想を持つ人がいます。昔の社会党の支持者にもいた。


    でも、すでに井上達夫が論じたように、それは国民の大多数が望んでいることではない。

    国民は、別にガンジーのような、道徳的なチャンピオンになりたいとは思っていない。

    戦わないで死んでいくことなんてできないし、それは正しくないとも思っている。

    「反戦」には共感するけれども、戦争になったら負けないでほしい、と普通に思っている。


    石破さん、大丈夫だろうか。

    頭が「反戦」「平和」でガンギマってないだろうか。

    そのガンギマリの平和主義に、国民を道連れにしようとしてないか。

    国民としては、不安にならざるを得ない。



    <参考>


     
     
     
    会社を定年退職し、神奈川県は柿生の里に隠棲する。新聞社、出版社に勤め、記者や編集者をやっていた。独身、孤独を愛する。老人であることを自覚し、記憶力もあやしくなりつつあるので、ここに書き残したいことを書き残しておく。世間から引退したので、社交は望みません。

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