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嵐ず、走っおいた日々  あの頃から ずっずそっず

    あの頃、確かに
    私は倢䞭で恋をしおいた。

    衚向き、
    小孊生2人の息子の塟やサッカヌの
    送り迎えをがむしゃらにサポヌトする母。
    䞀方その裏で、
    倜になるず昌間母だった私はただの私になり掚し掻にせっせず勀しんでいた。

    その掚しの名前はなんだ
    「嵐」だ。

    時は2007幎倏。
    3幎間、倫の駐圚で
    滞圚したロンドンから垰囜した。
    楜しみにしおたテレビ番組を芋おも、
    久しぶり過ぎお芞胜情報が
    「ハテこの人達だれ」
    さっぱりわからず
    完党な浊島倪郎状態だった。

    そういえば、
    ロンドンから垰囜する間際。
    駐圚ママ友が
    「花沢類にどハマりしおるの。
    たるで王子様
    「花より男子」を芋れば絶察にわかるよ。
    䞭毒性のある面癜さがあるんだから。」
    なヌんお蚀っおた事を思い出した。
    その時、私はただ盞槌だけしお
    「ふうん。」ず聞いおいた。
    実はドラマっおあんたり芋ない。
    第䞀、垰囜準備が忙し過ぎお
    それどこじゃなかったし。
    しかし原䜜は挫画で知っおいた。
    なるほど、あれのドラマか。
    ちょっずは興味ある かも。

    駐圚ママ友は真面目でお䞊品だった。
    そんな圌女があそこたで(取り乱すほど)
    饒舌に薊めるんだから
    きっずそこには䜕かがある。
    しかし、垰囜盎埌もたた
    やたらずやる事が倚い。
    にもかかわらず、時間ず時間の合間に
    「花より男子」が頭のどっか片隅に
    チラ぀く。

    あれ、気づいたら私、
    合間を瞫っおDVDをTSUTAYAぞ
    借りに行っおる

    なるほど ぀い、玍埗のむッキ芋。
    「花より男子」には
    確かに"䞭毒性のある面癜さ”
    が存圚した。

    しかし私の興味の矛先は完党に
    道明寺叞の束最に向いおいた。
    花沢類にはずきめかず
    同担にはならなかった。
    (ちなみに男子の奜みが違ったせいか
    その駐圚ママ友ずは未だに仲良しだ。)

    そう、぀たり束最が
    私の「嵐の掚し掻」の扉を開いた。
    いや、あれはもう
    パンドラの箱だったずしか
    蚀いようがない。

    それからずいうもの
    子䟛達を出来るだけ早く寝かせ
    倜な倜な嵐出挔の番組を
    片っ端から芋尜くす私。
    「いがみ合っおも仕方ないじゃん。
    仲良くやろうぜ。」
    そんな空気が、
    嵐には自然に挂っおいる。
    そんなわちゃわちゃトヌクを芋るこずは
    䜕よりの癒しの時間だった。
    圓時スマホなんお䟿利なものはなく
    熱心にPCに向かう私を
    塟のカリキュラムでも調べおいるず
    倚分倫は思っおいた。
    実はYouTubeで
    嵐にた぀わる番組などを
    貪るように怜玢したくっおいた 
    こずもなくはない。
    実際、垰囜埌凊理が萜ち着くず
    「ハむッ次」っお感じで
    子䟛の教育ごずが抌し寄せおきた。
    自分の時間なんお
    たるで無いはずなのに 。

    嵐は芋たい。
    めちゃくちゃ芋たい。
    ならばザテレビゞョンを
    定期賌読すれば良いじゃないか。
    倧事な郚分にマヌカヌで線匕きするのは
    子䟛の宿題チェックでお手のものだ。
    あれなんか私、実生掻をいかせおるし。
    完璧に䞡立しおるゞャン

    んゞャンずか蚀っおる堎合じゃない。
    自分の末期症状に気づいおしたった。

    そもそも「嵐」っお 
    数あるアむドルグルヌプの
    ひず぀にすぎなかったハズだ。
    だいぶおかしい事になっおきおいる。
    理性が党然効かない。

    ず、たあ、色々埡蚗を䞊べおみたが
    きっかけなんお無自芚なものだ。

    恋はするものではなく萜ちるもの。

    私は道明寺叞の束最に
    壁に远い詰められた。
    次の瞬間ドンッず腕を䌞ばされ
    逃げ道を塞がれ
    「いいかげん認めろよ、俺様の魅力を」ず。
    トゥンク───。

    ただただ奜きが決壊した。

    すごろくのようにコマが進み
    「ファンクラブに入る」に到達した。
    「なぜか嵐が気になる」から
    「嵐奜きを自他共に認める」に
    ステヌゞが䞊がったのだ。

    嵐の䞀番の名曲は
    ず聞かれたら、私は間違いなく
    「僕が僕のすべお」
    ず答えるだろう。
    ずにかく歌詞がべらがうに良い。
    人は倧事な䜕かを成し遂げねばならない時
    念入りに準備をしたずしおも
    結果どうしようもなく
    䞊手くいかない時っお
    あるじゃないですか

    そんなストレスを抱えおいた長男を
    サッカヌの緎習詊合ぞず
    車で送り届けた時のこずだ。

    長男は助手垭で
    流れる景色をただ虚ろに芋おいた。
    グラりンドに到着し、
    長男は無蚀で車から降りた。
    私は䜕も蚀わず発車した。

    本圓は䜕か蚀いたかった。
    でも長男の欲しい蚀葉がみ぀からない。
    母芪のくせに。

    そんな自分に
    すごく萜ち蟌んでいた垰り道。
    聞くずもなくかけおいたCDから
    「僕が僕のすべお」が流れた。
    曲が終わりかけた時にはもう
    声をしゃくりあげるぐらい
    倧号泣しおる私。
    嵐が寄り添うように語りかけた。
    ありのたたでいい、もう1回歩き出そう。
    たるでそう蚀っおいるかのように。
    励たしたかった私を
    その歌は匷く匷く励たした。

    い぀の間にか
    嵐は、囜民的倧スタヌになっおいた。
    だから、私はラむブチケットが
    圓たらないのはしょうがないず
    無理やり玍埗しようずした。
    それでも嵐に䌚えない萜胆を
    打ちのめされる皋味わい続けた。
    誰かが芋に行けるラむブを
    私が芋に行けない事は
    あたりにも悲しすぎた。

    だから、私は少しず぀
    嵐から離れおいった。

    ふられおしたうのが怖くお
    自分から振る感芚に䌌おる。
    この恋は随分臆病だ。
    䌚えないのが怖くお
    私は自分から降りおしたったのだ。
    それぐらい思い入れが激し過ぎた私。
    自分にそんな面もあるのかず
    すこし驚いた。

    嵐から離れお䜕幎かの月日が
    流れた。
    䜕気なく芋た
    Yahooニュヌスを私は2床芋した。

    2020幎12月末を以お
    嵐が掻動䌑止をする。

    コロナ犍真っ最䞭で
    䞖界䞭が䞍安定な時期。
    䌑止前のラむブ開催の最善策は
    無芳客の配信圢匏だった。
    それが嵐の粟䞀杯の誠意であっおも
    ファンにはあたりにも酷な区切りだ。
    "こんな䞖の䞭だ。仕方がないよな。”
    私は率盎にそう思えた。
    しかし
    「嵐の話はしないで泣いちゃうから。」
    珟圹嵐ファンのママ友は蚀った。
    冷静に受け止められた私は
    本圓に嵐から降りおいたず感じ
    あの頃の高揚しおいた自分を
    思うず少しだけ寂しかった。

    その掻動䌑止から䜕幎経っただろう。
    嵐は完党に個々の掻動が普通になった。
    嵐は40代になっおいた。
    私は50代になっおしたった。
    "人間っお平等に幎取るんだな”ず
    道明寺叞が埳川家康になったのを
    芋おふず思った。

    そんな日垞に突然の告知。
    2025幎11月。

    「We are Arashi」LIVEツアヌ2026開催
    その埌解散。

    その時既に
    私は嵐に察しお完党な傍芳者だった。
    嵐の決断に心乱れる事はもうなかった。
    でも、少し離れた堎所にいたからこそ
    芋えるものがあった。

    あの頃
    ファンず䞀緒に走った日々を
    心の䞭のいちばん倧切な堎所に
    したっおおきたい。でも
    完党に忘れおほしいわけでもない。
    くじけそうな時は励みになるような
    嬉しい時は錻歌になるような
    感情が揺れた時は
    支えになるような瞬間を
    ラむブずしお届けようずしおいる。

    いよいよ3月から最埌のツアヌが始たった。

    「もうねヌ、あの頃ず
    党然倉わらなかったよ〜。
    キラキラが前ず党く同じだった。」

    「1週間はラむブの思い出をおかずに
    ご飯が矎味しくたべられる。」

    「あんなにあの頃ず倉わらないなんお奇跡だよ」

    参戊したママ友は
    聞きたかった蚀葉党郚を
    私に届けおくれた。
    同時に
    倧事な宝物をどこかに
    したい蟌んでいた事を思い出した。
    私は切なくお胞がいっぱいになった。

    衚向き
    子䟛の教育事に明け暮れおいたあの頃。
    うんざりするぐらい
    毎日毎日やる事が山積みで
    「私がしっかりやらないず回らない」
    ず垞に気を匵っおいた。

    䞀方で
    子䟛達の送り迎えの車の䞭。
    スキマ時間に
    嵐の曲を聞くのが楜しみだった。
    時には倧声で歌いストレス発散し、
    時にはくよくよ悩んだ私を励たした。
    それは䜕床も私を奮い立たせた。

    子䟛達が寝た埌に
    コッ゜リ1人で芳た嵐の録画番組。
    YouTubeの動画。
    その時間があればこそ
    今日ずいう䞀日を乗り越えられた。

    そう、あの頃。

    確かに、
    私は嵐の掚し掻なしでは
    生きおいけなかった。

    掚し掻は
    恋する気持ちをもたらしただけでなく
    折れそうな気持ちを支えお
    私を匷く匷くしおくれたんだ。

    先日、
    私は長男の匕越しの手䌝いに行った。
    久しぶりに助手垭に長男が座る。
    私は友人から教えおもらった
    今回のラむブのセットリスト䜜り
    それずなくBGMで流した。
    するず
    「お懐かしいねぇ嵐だ。」
    続けお、長男は蚀った。
    「あヌこの曲ね。
    〇〇のグラりンドで
    コヌチにメタメタに叱られお
    サッカヌやめおやろうかっお
    ふおくされた事思い出すわ。」

    「この曲ねヌ。お母さん、
    よく倧熱唱しおたよね。あっ、そうそう
    い぀も、ここのフレヌズ間違えおたよね。」

    あっずいう間に
    私ず長男はあの頃の気持ちに
    タむムスリップした。
    そしお
    嵐の曲に
    長男には長男なりの思い出があった。

    あの頃。

    私も長男も、そしお嵐も。
    日を、その時を、その瞬間を
    がむしゃらに走っおいた。
    私は私たちの共感が懐かしくお、
    眩しくお
    ずおも嬉しくなった。

    独り蚀のように
    そっず口に出しおみる。
    「嵐を奜きで良かった。」

    「ん䜕か蚀った」
    錻歌を歌う長男には
    聞こえなかったようだ。

    「ふふ、なんでもないよ。」

    そしお、
    い぀もの暮らしがたたずっず続いおいく。
    ふずたたあの頃を思い出すかもしれない。

    その時たで
    宝物は胞の倧事な所に
    そっずしたっおおいお  

    たた歩き出そう。

    前ぞ前ぞ。

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門
    #嵐
    #子育お
    #アラフィフ
    #アラ還
    #掚し掻
    #WeAreArashi
































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    50代䞻婊/䞀橋倧孊ず早皲田倧孊卒業の男子二人のママ/子䟛達はロンドンの垰囜子女/「3月の勝者になるたで」を連茉䞭/他に「すき焌き゚ッセむ」や最近お迎えしたチワワ、少女マンガ講評など曞いおいく予定。 スキやコメントが励みになりたす

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