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写真

    祖母が亡くなっお䞉ヶ月が過ぎた。

    私は実家の抌入れから叀いアルバムを芋぀けた。



    敎理を頌たれたのは、その日が初めおではなかった。

    けれど、い぀も他の甚事に远われお、結局は手を぀けずに垰るこずが倚かった。

    今日こそは、ず思い立っお抌入れの奥たで手を䌞ばしたずき、埃をかぶった玙箱が出おきた。

    蓋を開けるず、幎代別に分けられた写真アルバムが、十数冊も詰め蟌たれおいた。



    最初の数冊は、芋慣れた光景だった。

    䞡芪の結婚匏、自分の䞃五䞉、家族旅行のスナップ。

    色耪せた写真の䞭で、若い䞡芪ず、ただ幌い自分が笑っおいる。

    懐かしさに浞りながら、私はペヌゞをめくっおいった。

    その䞀冊に、芋芚えのある堎所の写真が䞊んでいた。

    山間の湖のほずりにある、祖父母の別荘。

    毎幎倏に家族で蚪れおいた。

    私が小孊生のころに撮られたであろう䞀枚――湖を背景に、䞡芪ず祖父母、そしお私ず匟が䞊んで笑っおいた。

    䜕の倉哲もない、ありふれた家族写真。そう思っおいた。

    けれど、写真の右端、湖畔の遠い朚立のあたりに、小さな人圱があるこずに気づいた。

    最初は気にしなかった。芳光地でもない山の䞭の別荘だが、ハむキング客が偶然写り蟌んでいたのだろう、ず。そういうこずは、よくある。

    ただ、その人圱の立ち方が、少し気になった。

    その人圱は、たっすぐに、こちらを向いお立っおいるように芋えた。

    たるで、写真を芋おいる私を芋おいるように。




    その晩、持ち垰ったアルバムを、私は改めお芋返した。

    同じ別荘で撮られた写真は、その䞀枚だけではなかった。

    幎ごずに䞀枚ず぀、ほが同じ堎所、同じ構図で撮られた家族写真が、䜕幎分も続いおいた。

    毎幎、倏に、父が「来幎も同じ堎所で撮ろう」ず匵り切っおいたこずを思い出した。

    祖父が入院しおから撮らなくなっおしたったが、私は懐かしさず哀しさで胞がいっぱいになった。

    私は、写真を幎代順に䞊べた。

    䞀番叀い写真には、人圱はなかった。湖ず朚立だけの、ただ、静かな颚景。

    その次の幎の写真には、朚立の奥に、ごく小さく、人の圢をしたものが写っおいた。茪郭が曖昧で、芋ようずしなければ気づかないほどの小ささだった。

    さらに次の幎。人圱は、朚立を抜けお、湖畔の手前たで出おきおいた。

    さらに次の幎。人圱は、もう湖の瞁に立っおいた。誰かず比べるたでもなく、明らかに、幎々こちらぞ近づいおきおいた。



    私は最初、自分の芋間違いを疑った。

    叀い写真ずいうものは、珟像の状態やフィルムの劣化によっお、思わぬ堎所にシミや圱が浮かぶこずがある。そう聞いたこずがある。

    けれど、その人圱は、毎幎違う写真の䞭で、明らかに同じ茪郭を保っおいた。

    同じ姿勢、同じ角床で、ただ距離だけが、幎を远うごずに瞮たっおいく。

    確かめるために、私は写真をスキャンしお、パ゜コンの画面で拡倧しおみた。

    画玠が粗くなり、茪郭はがやけたが、その分かえっお萜ち着いお芳察するこずができた。

    人圱は、長い髪のようなものを垂らし、䜕かを――おそらくは、ワンピヌスのような、裟の長い服を着おいるように芋えた。

    顔の郚分は、い぀の幎の写真でも、刀別できないほど暗く朰れおいた。

    ただ、その朰れた暗さの䞭に、かろうじおわかる皋床の、䜕かの茪郭――目のようなもの、口のようなもの――が、わずかにあるようにも芋えた。

    芋れば芋るほど、それが気のせいではないずいう確信が匷たっおいった。


    私は別荘で撮られた、もっず新しい写真を探した。

    祖父が入院する前、最埌に写真を撮ったのは私が倧孊生のころだったはずだ。

    その写真だけが探しおも芋぀からない。

    1時間ほど経ったころ、私はようやくその写真を芋぀けた。

    しかし、私は写真を芋おおもわずのけぞっおしたった。


    人圱は、もう湖畔の岞、家族が䞊んで立っおいる堎所のすぐ埌ろにたで来おいた。

    家族の誰も、その存圚に気づいおいない様子で笑っおいる。

    けれど、写真の䞭の人圱だけが、家族の誰ずも違う方向――たっすぐにこっちを、レンズを、撮圱者を芋぀めおいるように芋えた。

    撮ったのは、父だった。

    父は毎幎写真を撮る圹だった。

    タむムラプスを自慢げに祖父母に話しおいたのを芚えおいる。

    この写真も、私が倧孊に入ったず同時に買ったそこそこの倀段のカメラだったはずだ。

    父が危ない。

    私は父に電話をしお、その写真のこずを聞いた。

    父は最初、䜕を蚀っおいるのかわからない様子だったが、写真を芋せるず、しばらく黙り蟌んだ。

    父は写真を手に取り、ゆっくり、぀ぶやくように蚀った。


    「ああ  そういえば、あの幎、シャッタヌを切った瞬間、誰かに芋られおいるような気がしたな」


    それ以䞊のこずは、父も芚えおいないらしかった。




    最埌にもう䞀冊、ただ確認しおいないアルバムがあった。

    祖母が亡くなる盎前、最埌にその別荘を蚪れたずきの写真だ。

    もうその頃には、私も瀟䌚人で、撮ったのは私のスマヌトフォンだった。

    その写真を、私はただ䞀床も芋返しおいなかった。

    撮ったこずすら、忘れおいた。

    スマヌトフォンのアルバムを遡っお、その日付の写真を探し出す。

    湖をバックに、車怅子に座った祖母ず、私が䞊んで笑っおいる、最埌の家族写真。


    写真の䞭、私のすぐ埌ろに、人圱が立っおいた。


    これたでのどの幎の写真よりも、はっきりず。

    茪郭が、もう曖昧ではなかった。

    髪の毛の䞀本䞀本さえ、わかるほどに。


    顔は、䟝然ずしお暗く沈んでいたが、その口元だけが、わずかに笑っおいるように、私には芋えた。


    肩に手を眮かれおいるような感芚を、私は思い出した。

    あの日、確かに、誰かに肩を撫でられたような気がしたのだ。


    けれど、その時は、ただの颚だず思っおいた。



    それ以来、私はカメラを向けられるこずを、レンズが映るのを極力避けるようになった。

    それでももちろん、避けられないこずもある。

    先日、友人ずの食事䌚で、誰かが撮ったスナップ写真がグルヌプチャットに送られおきた。

    䜕気なく開いたその写真の䞭、私の真埌ろに、芋芚えのある茪郭が立っおいた。



    これたでよりも、ずっず近くに。 

    写真を芋おいる私を芗き蟌むように。



    私はその写真を、すぐに削陀した。

    けれど、削陀する前、画面の䞭の人圱の口元が、今床ははっきりず、笑っおいるのが芋えおしたった。


    それからずいうもの、私は鏡を芋るずきにも、必ず自分の埌ろを確認する癖が぀いおしたった。


    䜕も、いない。

    い぀も、䜕も、いない。

    ただ、最近は、鏡を芋た盎埌――目をそらした、その䞀瞬だけ、芖界の端に、䜕かが映っおいるような、肩を叩かれるような――



     
     
    奜きなこずを奜き勝手に曞きたす

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