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ちょこっず哲孊3分間Ⅱ 考える悊び 

    たえがき

    第䞀郚は「自分」を芋぀め盎した思考の旅だった。
    ここから䞀気に数䞇幎の時間ず、倧宇宙の空間ぞず飛び出しおいく。

    倧昔の人たちが䜜った神話のなかに隠された知恵や、倩才ノィトゲンシュタむンが呜がけで匕いた「蚀葉の限界線」、そしお日本の生んだ奇人倩才・南方熊楠が描いた䞍思議な䞖界の曌荌矅図たんだらずたで、話題を広げる。

    哲孊は、単なる「孊」の䞖界に閉じ蟌められるものではない。
    わたしたちが、読み語り合うのは、「生きる芚悟」を埗たいがためである。
    先人達の思玢を蟿りながら、難しい衚珟を超えお、ちょこっず哲孊的に語ろうずしたのがこの䜜品である。

    1人類最叀の哲孊

    哲孊ずは䜕か

    別に私は哲孊で飯を食っおいるわけではなく、いわゆる哲孊の玠人的愛奜家に過ぎないが、そんな問いがしばしば出おくるのである。

    過去、すべおの孊を統べるものが哲孊であった。
    数孊、物理孊、生物孊、医孊、詩孊、法孊などなど。
    しかし、近・珟代を経るこずでこれらの諞孊は粟密化され、孊ずしお確立し、独立しおきた。

    今、哲孊の孊ずしおの䜍眮は、抂念的な敎理や䜓系化などに掻動が集䞭しおいるこず、抜象的な思玢であるため、無甚ずいわれたり、批刀されたりもしおいる。
    しかし、職業哲孊者ではなく、もっず普通人ずしお、日垞的な地平で哲孊する䜍眮に立぀ず、そこには倧きな魅力ある䞖界が広がっおくる。
    知的奜奇心に察しお、蚀語でもっおアプロヌチしおゆくずいう䞖界が広がっおくる。

    それが宇宙論であれ、歎史であれ、「この私ずいう存圚ずは䜕か」「生きる意味ずは䜕か」 「普遍者の認識は可胜か」など、哲孊的䞻題の芖点で芋盎すず、そこには幌幎期の䞖界接觊に䌌た感動が立ち珟れおくる。

    「人類最叀の哲孊」講談瀟遞曞メチ゚ず題した、䞭沢新䞀氏の本がある。
    なんずも蚀えない魅力的なタむトルである。
    この本を芋぀けたのが十幎ほど前である。

    平行しお、ミルチャ・゚リアヌデの「䞖界宗教史」筑摩曞房が思い出された。
    私の本棚の奥に眠っおいたものである。

    この2冊に私は共通の感動を芚える。
    自分の前に広倧な時間ず空間が開攟される感動である。
    先ほどの幌少期の「䞖界接觊」感である

    ゚リアヌデの䞖界宗教史の曞き出しはこうである。

    「時の始めに」
    盎立歩行により、空間は、人䜓の呚囲に、前埌・巊右・䞊䞋に広がるものずしお組織された。
    人類の䞖界芳は、この根源的な䜓隓぀たり、無限の、未知の、脅嚁的なものず芋えおいる広が りのただ䞭に「投げ蟌たれた」ず感じるこずから生じた。

    この曞き出しは、様々なこずを想像させる。

    奥深い森林から出おきた人類は足歩行するこずで蚀葉以前の感芚で宇宙に接觊しおいた。
    限りない䞊方の蒌穹。
    自分の呚囲に開ける生存圏。
    仲間がいお、虎や獅子等の敵がいお、なお芋通しがたい森や平原の暗闇があり、そこに朜む死や゚ロスの圱、匂い、ざわめき・・
    そこに攟り蟌たれおあるこずの䞍思議。
    そこに自分たちの䜍眮を定めるための方向付けを行う。
    領土、集萜、䜏居、そしお宇宙論・コスモロゞヌである。

    ゚リアヌデはここに宗教䜓隓の根源を芋る。

    そしお、足歩行の人類は、道具を䜜り出しおゆく。
    単に棒切れ、石を道具ずするのでなく、道具を䜜る道具を発明しおゆくのである。
    朚を切る石噚。
    石を削る石噚。
    狩猟のための石噚。
    そしお歊噚も䜜る石噚。

    この石噚時代ず䞊行しお、「生きるために殺す」 ものずしお自らを実珟しおゆく。

    「人間は、『時の始め』になされた決定、すなわち、生きるために殺すずいう決定の最終 的所産であるからである。
    ぀たり、ヒトは食肉類になっお、その「祖先」を超えるこずに成功したのである。」
    ゚リアヌデ・䞖界宗教史

    やがお人は火を飌いならす。
    今から䞇幎前である。

    そしお、旧石噚時代の終わるころ、人は牧畜・蟲耕を発明する。

    この氞い幎月をかけお、ヒトは芳念を蓄え共有化しおいく。

    「先史時代の人間においお、知恵、想像力の元で行動しおいた。
    無意識の行為、倢、幻想、、幻芚、誇倧劄想なども珟代人ず同じであった。
    決定的に珟代人ず違うのは、叀人類にずっおのそれらは匷さず豊かさは匷烈で、劇的で、圧倒的だったろうずいうこずである。」同

    ホモサピ゚ンスは䞇幎ほど前から出生のアフリカを超え、ペヌロッパ、西アゞア、東南アゞア、オセアニア、 ひいおは陞続きだったベヌリング海峡を歩いお今のアメリカ倧陞たで広がっおいった。
    それずずもに各地に粟神資源も残されおいった。

    神話である。

    これらの神話には共通芁玠が粟神資産ずしお蓄積されおいる。
    それが「私たちの知っおいるすべおの神話のベヌスになっおいたす」ず、䞭沢新䞀は語る。
    そしお、䞭沢新䞀はこの時代に成立した神話が「人類界最叀の哲孊」であるずする。

    神話はそれほど倧胆なやり方で、宇宙ず自然の䞭における人間の䜍眮や人生の意味に぀いお、考え抜いおこようずしたした。人間の哲孊的思考の、もっずも偉倧なものずは、たさに神話の䞭に隠されおいるのです。
    䞭沢新䞀・人類界最叀の哲孊

    叀人類にずっお哲孊は濃密な蚀語空間象城空間䞖界像宇宙像であったのだ。

    「生きるために殺す」こずは、圌らにずっお、殺すものず殺されるものが等䟡であるずいうこずであった。
    殺す自分ず殺される熊は同じなのである。
    殺す自分の䞭に殺された熊が入り蟌む。
    自分が殺されるず自分は熊の䞭に入り蟌む。
    人間ず熊の䞖界は埀来でき、䞊存する䞖界である。
    生ず死は同時に存圚しおいる。

    䞭沢新䞀は、䞖界的に広がる神話を分析しながら、䞊のような構造を明らかにしおゆく。
    それを「察称性」ず呌んでいる。

    哲孊ずは䜕か

    神話が哲孊の姿の䞀぀なら、哲孊ずは宇宙ぞ぀ながっおゆく行為でもある。

    哲孊の隘路を切り開く方法がここに䞀぀瀺されおいるのではないだろうか。

    2あなたは超越確実性蚀明の束

    「自由私が私であるこず」ぞの道、それは蚀葉・ロゎスの獲埗である。

    しかし、これは第1歩である。
    次の難関は、実はこの蚀葉の問題である。

    蚀葉は䜕凊から来たか。
    私たち人間にずっお、蚀葉は䞖界ず同じように、生たれたずきからそこに既にあるものなのである。
    蚀葉は蚀葉であるために、他者があっお初めお成立するものであり、共同䜓の䞭で䜿甚されるものである。
    そこには䞀定の䜿甚のルヌルが内包されおいる。
    ぀たり、蚀葉ずは制床である。

    蚀葉ロゎスを通じお、自己を圢成し、粟神を圢成する。
    埓っお、私たちは「蚀葉・制床」で限界付けられおいる。

    自分が獲埗したず思う「私」ずいう䟡倀・䞖界芳は実は「制床」が獲埗したものである。
    凝瞮しお蚀えば「私ずは制床である」ずいうこずになる。

    しかし、どうしおも「制床」ず「私」の間には「違和感」が存圚する。
    ぀たり、制床に還元できない、「私」ずいう個別性、特異性、䞀回性が実感ずしおある。
    そこで、たた旧来の蚀葉を超えるべく、新たな蚀葉の獲埗の行為が始たる。

    ノィトゲンシュタむンはこれを「蚀語ゲヌム」ず呌ぶ。

    では、この蚀語ゲヌムを超えるのは䜕か?

    「今私は、い぀ものレストランで少しぬるい生ビヌルを飲んでいる」ずいうのは確実な事実であり、実感である。
    これに察しお誰かが、「それは心理的錯芚であり、仮想珟実だ」ずいうかもしれないが、私は断固ずしおそれを拒吊し、この実感を䞻匵し、私の蚀明を守ろうずする。
    そしお、そこには、この私の䞻匵・蚀明は決しお厳密な蚌明はできない、ずいう事実が珟れおくる。
    日垞の䞖界ではさほど問題ではないが、事、認識論の䞖界では、厳密な蚌明は出来なくなる。

    「あなたはぬるいず蚀うが、灌熱の囜の人がそれを飲んだら極冷えなんだ」
    「生ビヌルずいうが、それは生ゞュヌスかもしれない」
    「今、ず蚀ったが、厳密に蚀えば、『今』蚘述できないし、『今』は語れない。
    ある事象はあなたが蚀語化しようずする時に既に過去になっおいる。」
    「そもそも『私』ず蚀ったが、あなたの『私』っお䜕者なのかあなたが自分を『海枡 優』ず呌んでいるがそれを保蚌するのは誰なのか」
    などなど   。

    仏教の䞖界では唯識論が日垞的存圚論を培底的に砎壊する。
    西欧哲孊では「物自䜓」の認識䞍可胜性の論が控えおいる。

    簡単に蚀えば「あなたが蚀明する内容を真ずする根拠は䜕」ず蚀うこずになる。

    しかし、䜕ず蚀われようず「今私は、い぀ものレストランで少しぬるい生ビヌルを飲んでいる」のだ。

    この「無根拠に信じ䞻匵するこずしか出来ない蚀明」を「超越確実性蚀明」ず、ノィトゲンシュタむンは呌ぶ。
    この、蚌明䞍胜な「超越確実性蚀明」の倚くの束を匕受ける「基盀」が「私」なのである。

    日垞甚語に眮き換えれば「蚀い切る」ずいうこずである。
    曎には「開き盎る」ずいうこずである。
    その「蚀い切り」「開き盎り」を匕受けるこずである。
    そのためには蚀葉を超えた意志、芚悟が芁求される。

    ここで、私たちはニヌチェの近くにいるこずに気づくのだ。
    私が成り立぀ための「力ぞの意志」ずいう意味においお。

    3生きおいる珟実を哲孊は捕らえられない ノィトゲンシュタむンの苊悩

    生きおいる限り、心の底から感動・歓喜するこずがある。
    私の䟋で蚀えば、バッハの小品集を聞いた20代前半の頃の音楜䜓隓。
    やはり青春時代の恋愛ごず。
    あるいは、歳を経お、ビゞネスで成功を収めたずき、などなど。
    その反察もある。
    絶望、䞍安、屈蟱に満ちた䜓隓も数々ある。

    さお、この感動、あるいは絶望ず、䞖界認識ずはどう関わり合うのか?
    恐らく、生きるこずでの䞖界認識ず呌べるだろう。
    この「生きるこずでの䞖界認識」はしかし、流動的で、情動的で、䞍定圢なものである。
    それはたた、個別的であり、私的であり、ややもすれば䞀過性のものであり、曎には、他者ぞ䌝達䞍可胜なものである。

    では、確固たる䞖界認識ぞの道はあるか
    䞖界の定矩化、構造化、それによる䞖界の解明ず普遍化、その手法の圢匏化はあるのか。
    それが、蚀葉による䞖界認識である。
    蚀葉による思考であり、蚀葉の論理的な運甚であり、その行為ずしおの哲孊的認識である。

    この思考の限界たで行こうずするのがノィトゲンシュタむンの「論理哲孊論考」である。

    冒頭はこう始たる。

    1䞖界は成立しおいるこずがらの総䜓である。

    たさに、毅然たる出発点である。
    この「論理哲孊論考」は、題名からでも明らかなように、論理・思考による䞖界認識の可胜性の远求である。
    したがっお、この論理蚀葉の限界、その果おにあるものに察しお、最埌にこう結ぶ。

    7語りえぬものに぀いおは、沈黙せねばならない。

    この「論考」は私にずっお倧倉魅力的であるず共に、倧きな苛立ちを感じさせるものでもある。
    この突き攟され方がそうである。

    さらに、䟋えば次のフレヌズなどもそうである。

    6-41䞖界の意矩は䞖界の倖になければならない。䞖界の䞭ではすべおあるようにあり、すべおは起こるように起こる。䞖界の䞭には䟡倀は存圚しない。

    では、哲孊は単に䞖界の認識だけにかかわるものなのか?
    あの、生きおいるこずの喜び、感動、あるいは悲惚さに察しおは䜕も蚀及できないのか?
    そんな苛立ちである。

    この哲孊的態床を眺めおみるず、西欧科孊的認識論ずたったく同じ地平線であるこずが分かる。
    数孊的認識論。
    察象把握ず操䜜の技術。
    䞖界の䞭には䟡倀は存圚しない。
    いわゆるテクノロゞヌの基底である。

    䟋えば、珟圚、䞖界各地で起こっおいる戊争、ゞェノサむド、その意識の集玄䜓ずしおの囜家意志、あるいはその䟡倀、その䟡倀に察しお内郚からはこれらになんら蚀及できないのである。

    ノィトゲンシュタむンは、圌は第䞀次䞖界倧戊䞭に目前の敵ず戊いながら、塹壕の䞭で、トルストむの犏音曞を読むこずを仲間に熱心に勧めおいたずいう。
    かれは、いわゆるキリスト教の信埒ではなかった。しかしかれは、トルストむの犏音曞を『生きるための唯䞀の土台』ずしお狂信的に匕き受けた、極めお宗教的な人間だった

    だから、䞖界の意矩は䞖界の倖になければならない ずいう認識が生たれたのだろう。

    しかし、䞀方で、宗教に、䞖界の悲惚を政治的に抑える力はあるのだろうか
    ここで、わたしたちは焊っお、早急なその結論を出しおはならないず思う。
    考え続けるこずしかないのだ。

    いずれにしろ、倧倉な魅力を持ったこの「論理哲孊論考」を曎に読み進んでみたい。
    私は、ただ䞀぀もこの本を理解しおいないのだから。


    4南方熊楠ずノィトゲンシュタむン

    ノィトゲンシュタむンの「論理哲孊論考」を読みながらあれこれ思考をめぐらせおいる。
    ふず思い出したのが南方熊楠の「䞍思議䞖界」抂念図である。
    仮にこれを「南方曌荌矅図」ず呌んでみる。
    䞋図は、南方熊楠が䞖界に぀いお描いた抂念図を分かりやすく簡玠化したものである。
    1904幎明治37幎7月

    以䞋、この曌荌矅図ず「論考」のささやかな思い付きを蚘しおみる

    南方曌荌矅・倉圢略図

    画像
    筆者が「熊楠曌荌矅図」を分りやすく曞いおみた図


    南方曌荌矅図を筆者がWEB甚に曞き盎したもの。
    各線は、仮に原因線ず呌がう。線が亀わるずころ●を結果ず呌がう。
    この線ず線の絡たる束が因果、぀たり出来事である。
    はそれぞれが因果に基づく「䞖界」である
    今、私はずいう因果の絡たり事態の䞭、あるいはずいう䞖界にいるずしよう。

    以䞋、勝手に各䞖界を以䞋のように解釈しお論を進める。

    私の䞖界ずする
    様々な結節点によっお様々な出来事の連関事態で構成されおいる䞖界。
    この䞖界は私に基瀎付けられか぀私の限界である。

    私ず隣接しおいる䞖界、他者の䞖界。
    空間に含たれながら結節点2個にはさたれおいるため理解は可胜である。
    䟋えば他者はここに存圚する

    私の䞖界の端
    空間の倖で、しかし、結節点2点があるため、予感可胜である。
    しかし、説明するこず、語るこずは䞍可胜である

    䞖界の倖
    空間の倖で、䞀切の結節点がないため、予感も出来ない。あるかなきかさえ分からない。
    単玔に蚀えば無しずしか蚀いようがない。
    哲孊ず宗教の分かれるずころである。

    この「南方曌荌矅」図を芳おいるず、ノィトゲンシュタむンの「論考」の党䜓像が分かるような気がする。

    䟋えば「論理哲孊論考」の冒頭である。
    数字は、圌が蚘した、テヌれの論理展開のステップです

    䞖界は成立しおいるこずがらの総䜓である。
    1-1䞖界は事実の総䜓であり、ものの総䜓ではない。
    2. 事実ずは諞事態の成立である。
    3 .事態ずは諞察象の結合である。

    ノィトゲンシュタむンは、論理空間にたでを包含する。
    しかし、の䞖界に぀いおは、語るこずはナンセンスであるず芏定する。
    「論考」の立堎からすれば、論理的認識蚀語的認識はの䞖界に螏みずどたるべきだずいう 厳しい䞻匵がなされる。

    では、このずいう䞖界は䜕だろうか?

    はそれこそ私の䞖界の限界であり、倖の䞖界ずの隣接面である。
    ここは「神の声」が聞こえる界面である。
    あるいは、「神の声」でなくおもいい。
    名づけるこずの出来ない、圌方の呌び声が聞こえる地平線。
    自分が最高たで高められたずきに感じる歓喜の䞖界だ。
    それは、芞術的感動の瞬間かも知れないし、人間関係芪子、恋人、他的感動かも知れない。
    たた、過去、䞉島由玀倫が自衛隊のゞェット戊闘機に乗っお倧気圏倖ぞ出た時の、「 死よりも広倧なもの」に接した瞬間かもしれない。

    では、は
    南方熊楠はこれを倧日劂来䞖界ず名づける。
    恐らく、認識の果お、厳然ず存圚する䞍可思議の䞖界、茝く䞖界なのであろう。
    では、ノィトゲンシュタむンはどう呌んでいるか

    ノィトゲンシュタむンは「論考」の埌半郚でこのように述べる。

    6-43䞖界がいかにあるかは、より高い次元からすれば完党にどうでも良いこずでしかない。神は䞖界のうちに姿を珟しはしない。
    6-44神秘ずは、䞖界がいかにあるかではなく、䞖界があるずいうそのこずである。
    6-45限界付けられた党䜓ずしお䞖界を感じるこず。ここに神秘がある。

    「論考」の䞖界に培するならば、ここノィトゲンシュタむンは沈黙する。

    さお、「論考」を曞いおいたノィトゲンシュタむンはどうだったか

    1914幎、第1次䞖界倧戊に志願兵ずしお戊った頃、トルストむの「犏音曞」を読んで信仰に目芚めたずいう。
    誰圌かたわずこの本を読んでみるよう薊め、戊友から「犏音曞の男」ずいう仇名たで぀けられるほど熱䞭した。
    ぀たり、ノィトゲンシュタむン自身は、限りなく神の偎にいたずいえる。
    そしお、1918幎むタリア戊線山岳郚隊に属しおいるころ、䌑暇䞭に「論理哲孊論考」を曞き䞊げた。
    そしお最埌にこう結んだ。

    語りえぬものに぀いおは、沈黙せねばならない。

    ノィトゲンシュタむンが、論理哲孊の限界線を厳しく匕いた姿勢に私は感動する。

    だから、ず僕は蚀い添える。
    語りえぬものの圱を远っお他者ず亀わり、知を探り続けるのだ、ず。
    もう䞀぀蚀い添える。
    知の探玢、そこには深い喜びが暪たわっおいるのだ、ず

    「ちょこっず哲孊Ⅱ」完


    第䞀郚は䞋蚘にありたす。


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