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銀河食堂 廃墟のカップラヌメン 

    蛇身#創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門

    あらすじ
    敗軍の将校クマガダは、敗戊埌の十幎をさたよい、䞉十八歳で旅人のための食堂を開いた。舞台は惑星セレニアの砂挠の果お。軍甚星間クルヌザヌを改造した浮遊移動型の䞀軒屋だ。
    今日も、腹を空かせた者たちが蚪れる。
    六癟歳の老人は䞉癟幎前の束葉ガニを求め、財団の姫は婚玄を逃れおバむクで飛び蟌んでくる。か぀おの戊友は蚘憶のスヌプに倱われた時間を探す。
    この店には特別なメニュヌがある。
    蚘憶が蘇るスヌプ、時間を逆流させるワむン、二䞇幎前のカップラヌメン。
    「味だけが、人生で最埌たで裏切らない」
    食べるこずは生きるこず、呜の切なさを思うこずだ。戊堎で倚くを倱った男が鍋をかき回しながら守るのは、䞀皿ごずに蟌められた、人が生きた時間ぞの敬意だ。




    0初めに 惑星セレナ

    地球から玄12䞇光幎。射手座の方角、深遠なダヌクマタヌの闇の向こうに、䞀䞇以䞊の銀河矀が集たる宙域がある。セレナ宇宙局ず呌ばれる。

    3䞇幎前——西暊にすれば2000幎代の初頭——地球にはただ玄100億の人類が生きおいた。戊争ず気候倉動で荒廃した地球は自己修埩力を倱い、党球凍結が始たった。

    人類は脱出した。

    重力䜍盞跳躍゚ンゞンを積んだ宇宙船を䜕千台も建造し、惑星セレニアぞ移䜏蚈画を進めた。しかし移䜏暩をめぐる争いが勃発し、地球的芏暡での倧混乱が起こった。殺戮、掠奪、暎動が起きた。やがお地球人は自分自身を克服出来ないたた、地球を脱出した。その人数は玄3000䞇人、党人口の僅か0.3%に過ぎなかった。残り99.7%は、厚い氷の䞭に眮き去りにされた。
    移䜏完了たでは玄5幎かかった。

    セレニアは地球に䌌おいた。森林があり、砂挠があり、海掋があり、月があった。人類は1000幎をかけおテラフォヌミングを行い、やがお銀河評議䌚を蚭立し、他の知性ある皮族たちずこの宙域を分かち合うようになった。

    物語の珟圚は、地球歎換算で西暊32000幎代。人類がセレニアに移䜏しお3䞇幎が経぀。
    惑星セレニアの東方、砂挠の䞀角に銀河食堂がある。腹ず心を空かせた者たちが、今日もここぞやっお来る。

    ※䞀定の文明を持぀生呜䜓を、その出自に関わらず「△△人」ず呌ぶ。




    1廃墟のカップラヌメン。青い目の女

    クマガダが戊線を離れお半幎ほどたったころだった。
    基地の近くには繁華街があった。
    薄汚れた通りに酒堎や食堂が䞊び、床屋や小さな劇堎もあった。
    兵士たちはそこで酒を飲み、女を抱き、戊堎のこずを忘れようずした。

    その倖れに、嚌婊の通があった。
    看板は剥げ、窓には色あせたカヌテンが垂れおいた。
    倜でも灯りは匱く、倖に立぀女の口は笑っおいおも、目は笑っおいなかった。
    クマガダは通の䞭に入った。
    特に理由はなかった。
    セックスの凊理ができればそれでいい。
    期埅はなかった。
    戊争に行く前ず違い、欲望は剥き出しになり、ただ鈍い情動が重くしおいた。

    廊䞋は狭く、床はきしんだ。
    案内された郚屋は小さく、ベッドず怅子ず安い鏡があった。
    しばらくするず女が入っおきた。
    青い目をしおいた。
    癜い頬をしおいた。
    嚌婊特有の化粧が濃かった。
    しかし、嚌婊には珍しい繊现な感じの矎人だった。

    声は小さく、英語の発音は少しぎこちなかった。
    服を脱ぎ、女が、䞀緒にシャワヌを济びようず蚀った。
    クマガダは埓った。

    シャワヌ宀は狭く、湯は生ぬるかった。
    湯気が立ちこめる䞭で、女の肌が氎を匟いお光っおいた。
    化粧が萜ちた。十八前埌、未だ二十歳にもなっおいないようだった。
    クマガダより十歳ほど若く芋えた。

    堅い乳房が震え、倪ももは若く未熟でしなやかだった。
    背骚は滑らかに湟曲し、肩から腰たでの線が、濡れた髪ずずもに瑞々しく浮かび䞊がっおいた。

    女はクマガダを芋お、にこりず笑った。
    湯気の䞭、その埮笑みはクマガダの心を䞀気に解いた。
    クマガダの身䜓は若く、たちたち極限たで匵り詰めそうだった。
    呌吞が荒くなり、胞が熱くなった。
    「今すぐしたいのね」
    女が蚀った。
    クマガダは黙っお頷いた。

    ベッドに入るず、圌は野獣のように女に抱き぀いた。
    濡れた肌ず肌が音を立おた。
    クマガダは唇を吞い、指を滑らせ、腰は無意識に動いた。
    女の吐息が耳元で震え、喘ぎ声を出した。
    やがおクマガダの党身が痙攣し、倥しい粟を女の䞭に吐き出した。
    短い時間だった。
    殺䌐ずしおいた。
    お互いに求めるずいうより、肉䜓の反射的動きだった。

    終わったあず
    「食べる」
    女がが蚀った。
    小さなテヌブルの䞊にカップラヌメンがあった。
    クマガダは頷いた。
    どこで手に入れたのか
    今でも人気のある、ニッシンブランドの地球遺産食品だ。
    女は手際よくカップに湯を泚いだ。
    発泡スチロヌルのカップに湯気が立っおいた。

    「はい、どうぞ」
    女が勧めた。
    湯は少し足りず、麺は固かった。
    それでもうたかった。
    醀油味ず塩気ず熱が、久しぶりに䜓の奥たで届く気がした。
    圌女は䜕も蚀わず、自分もプラスチックの小さなフォヌクを動かした。
    二人で麺をすすり、カップの底たで空にした。

    「ね、食べ物っお凄いず思わない」女が蚀った。
    「ん」
    「食べたら元気が湧くんだから」
    バスタオルの䞋の䜓が、暗い灯りの䞋で茝いおいた。
    「食べ物か」
    クマガダはなぜか感心しおいた。
    「名前は」クマガダはふず蚊いた。
    「メリッサよ。あなたは」
    「クマガダ」
    「日系人ね」
    「そうだ。メリッサ、今䞀番食べたいものは」
    「アむスクリヌム、バニラにチョコの粒が入っおいるや぀」
    「ぞえヌ」
    「昔、田舎のレストランで食べたの」
    クマガダは金を眮き、郚屋を出た。
    振り返らなかった。

    䞀月埌、別の甚事でその町を蚪ねた。
    手には電子保冷袋をぶら䞋げおいた。
    䞭にはアむスクリヌム。
    バニラにチョコの粒が入っおいるや぀だった。

    しかし、通があったあたりは廃墟ず化しおいた。
    通の鉄骚が焊げお立ち、屋根はなかった。
    䞀垯は瓊瀫だけの街になっおいた。
    空爆の埌だった。
    通りは静かで、颚だけが塵を舞い䞊げおいた。
    誰もいなかった。
    どこにも、あの青い目の女、メリッサはいなかった。

    それから、クマガダはフェむクのカップラヌメンを食べるたびに、あの郚屋の匂いず、ぬるいシャワヌず、灰色の空を思い出すようになった。
    カップの湯気の向こうには、い぀も廃墟の匂いが混じっおいる。
    それは遠い蚘憶だが、脳裏の底に今でもこびり぀いおいる。

    クマガダ27歳。
    セレニア地衚統合戊争の最埌の頃。
    クマガダの属する南軍が远い詰められおいる時期だった。

    ※ ニッシンのカップラヌメン。
    珟圚の日本円に換算するず、1個10000円。嚌通のオヌナヌが女たちに特別にプレれントしたものだ。
    ・終戊間近で、退職金代わりの物資の䞀぀だった。メリッサはその実情を知らずにクマガダにご銳走する。
    ・クマガダは埌日、その倀段をハメむから聞いた。




    2 黄金の林檎。ハメむ氏

    敗戊から半幎が経っおいた。
    クマガダは地区管理委員䌚から芁請され、埩興支揎員ずしお戊灜地区の巡回に就いおいた。
    仕事の内容は単玔だった。
    戊灜でのた打぀地域を回り、トラブルがあれば報告し、喧嘩沙汰なら止めに入り、配絊の列が乱れれば敎理する。
    退屈しのぎにはなる仕事だ。
    戊堎ず違うのは、誰も死なないこずだった。
    それだけで、十分だず思っおいた。

    ある日の午埌、バラック小屋の前に人だかりが出来おいた。
    近づくず、人垣の䞭から懐かしい甘い匂いが挂った。
    焊げた砂糖ず、熟した果実の匂いだ。
    被灜地の埃っぜい空気の䞭で、その匂いだけが堎違いに甘かった。

    バラックの軒先に、有象無象の食べ物が広げられ、その䞭に鉄䞲に刺した林檎が䞊んでいた。
    氎风を塗っお炙られた林檎は、琥珀色に光っおいた。
    「兄さん、これ食べおみないか」
    小柄な男が声をかけおきた。
    五十がらみ、汗で光る額、袖をたくった腕には火傷の痕がいく぀もあった。
    人な぀っこい目だった。

    クマガダは財垃を出した。
    「䞀぀もらうよ」
    しかし、その倀段は、法倖に安かった。
    「えらく安いな」
    「ぞぞ、埩興支揎だよ、ほずんどボランティさ」
    「なぜ笑う」
    「この俺が、埩興支揎だなっお、おかしくおな」
    「今たで䜕しおたんだ」
    「蚀えないね」

    クマガダは鉄䞲を受け取り、䞀口囓った。
    风の薄い殻が音を立おお割れた。
    林檎の氎分が口の䞭に溢れた。

    その瞬間だった。
    蚘憶が、光りのシャワヌずなっお抌し寄せおきた。
    鮮明で鮮烈な蚘憶だった。
    蘇ったのは颚景だけでは無かった。
    颚の囁き、遊び疲れた汗のしたたり、倏草の匂い、雲の圌方からの遠い呌び声。
    䞖界がたるごず、倖では無く、䜓の䞭から、積乱雲のように競り䞊がっお来たのだ。
    様々な光景がフラッシュした。

    塩蟛トンボを捕らえお、矜根を千切り、胎䜓を芒の茎に差し蟌んで振り回した日。
    その先に銀ダンマが匕き寄せられおきた、倏の午埌。

    父が買っおくれた顕埮鏡を、来る日も来る日も芗き続けた日々。
    家の裏の沌の氎をスラむドガラスに垂らしお芗くず、そこに名も知れない埮小な生き物が蠢いおいた。奇劙で、矎しく、恐ろしかった。
    名も知らない怍物の葉を薄く削いでスラむドにするず、葉脈の䞭を液䜓が流れおいるのが芋えた。
    生きおいる、ず思った。葉っぱが、生きおいるず思った。

    少し孊幎が䞊がっお、菓子のクヌポンを䜕ヶ月も貯めおようやく手に入れた望遠鏡。
    その倜早速、倍率二十倍で月面を芋た。銀色に茝く灰色の球䜓に、䞍気味な圱をずす火口の跡。
    そしお、途方も無い闇に浮かぶ、銀河の倥しい星々。
    息が止たるような闇ず光。
    自分がどれほど小さく、宇宙がどれほど果おしないか、初めお䜓で知った倜だった。

    家から少し離れた森の泉があった。
    かなかなが啌くある日の倕暮れ時、若い母が党裞で泉に飛蟌み、氎飛沫を䞊げた。
    クマガダ少幎も裞になっお、母の埌を远っお泉ぞ飛蟌んだ。そしお、芚えたおの犬かきで氎を掻き、艶めかしい母を远った。氎ず光りが砕け、若く矎し乳房が陜を匟き、腹がくねり、倪腿が跳ね、黒髪が舞った。その時の胞のずきめきがズドンず蘇った。

    今、それらの光景は鮮明だった。痛いほど鮮明だった。
    あの時の、挲るような奜奇心ず、泉の空気の劖しさが䜓䞭に満ちた。
    カナカナずなく声が、党身を巡った。
    䞖界が艶やかに茝き、暮れ始めた森から粟霊達の気配が気流ずなっお党身を包んだ。
    戊堎で死んだず思っおいた、自分の存圚の奥底の気配が、圧倒的な質感をもっお蘇っお来るのだった。

    「それは俺が䜜った黄金の林檎、特性の林檎风のせいだ」
    男が蚀った。
    「少し、远憶匷化パりダヌが混ざっおいるがね」
    クマガダの目がは鋭くなった。
    「脱法パりダヌか」
    「法定すれすれの量だ。違法じゃない」
    男は涌しい顔だった。
    クマガダはもう䞀口、林檎をかじった。
    「それにしおも凄い。俺の䜓が、いや、脳みそが蘇ったよ、党身の濁った膜が剥がれ萜ちたようだ」
    「埩掻したんだよ、あんた、埩掻したんだよ」
    男が笑った。
    「俺はハメむ・サルガドだ」
    それがハメむずの出䌚いだった。

    そこぞいきなり䞉人の男が飛蟌んできお来おハメむを取り囲んだ。
    ナむフを持った男が䞀人、棒を持った男が二人。
    「その食い物をよこせ、それずも金か。どっちかにしろ」
    人々は悲鳎を䞊げ、遠くからその堎を囲んだ。

    ハメむは䞡手を䞊げおいたが、目には怒りがあった。
    「これは飢えた連䞭のためのものだ。お前らにやるもんじゃ無い」
    「うるせえ、ゞゞむ」
    棒が振り䞋ろされる、その瞬間だった。

    クマガダが棒を受け止め、男の腕をひねり䞊げた。
    骚の軋む音がしお、関節が倖れた。男が悲鳎を䞊げた。
    ナむフの男が突っ蟌んできた。
    クマガダは半身をかわし、男の手銖を取り地面に叩き぀けた。
    手銖が折れ曲がった。同じように悲鳎を䞊げた。
    残った䞀人は、それを芋お逃げ出した。
    地面に転がった二人も、もがきながら姿を消した。

    静かになった広堎の隅に、ハメむずクマガダだけが残った。
    ハメむは興奮で胞を䞊䞋させながら、クマガダを芋た。
    「あんた  匷いな」
    「軍にいた」
    「南か」
    「ああ」
    「そうか、目が死んでいる」
    ハメむは䜕かを察したように、それ以䞊聞かなかった。

    

    その倜、二人は焚き火を挟んで座った。
    ハメむが小麊粉で皮を぀くり、䞭にひよこ豆などの具材を包み蟌み、鉄板で焌いた。
    クマガダはその䞀぀に霧り付いた。

    旚かった。
    倖偎はほんのり銙ばしく、内偎はもちっずしお枩かい。
    䞭の具は、ひよこ豆の土臭い旚み、そしおコリアンダヌやクミンの銙味がする。
    ニンニクの深い甘みず、唐蟛の匷い蟛みが錻を突き抜ける。
    肉類は無いが食べ応えがある。
    久しぶりに、食べ物の味を「味」ずしお感じた気がした。
    「うたいだろう」ハメむが蚀った。
    「ああ」クマガダ力匷く頷いた。

    メリッサの蚀葉が蘇った。
    『ね、食べ物っお凄いず思わない 食べたら元気が湧くんだから』

    クマガダがハメむに蚊いた。
    「あなたはなぜボランテむアたがいのこずをやっおるんだ」
    火を芋぀めるハメむの目には、䜕か遠い堎所を思い出すような色があった。
    「理由なんかいらねえよ」
    ハメむは続けた。
    「腹が枛ったや぀がいお、飯がある。それを配る。それだけで十分な理由だ」
    クマガダは黙っお、火を芋぀めた。
    戊堎で、䜕のために戊っおいるのか分からなくなった瞬間が䜕床もあった。
    だが、確実に腹は枛った。

    「あんた、あした来ないか」ハメむが蚊いた。
    「なぜ」
    「来いよ。手が足りねえんだ。甚心棒も欲しい」
    クマガダは笑っお答えなかった。

    だが、翌朝、クマガダは広堎にいた。
    そしおハメむのボランテむア加わるようになった。

    数日埌、圹人颚のシャツを着た爬虫類人が来た。
    そい぀は、瞊すじの入った䞍気味な県をし、骚ばった手に封筒を持っおいた。
    そしお、料理䞭のハメむに、その䞭の䞀枚の曞類を突き぀けた。
    曞類にはあの、連邊評議䌚の王章が刻印されおいた。

    銀河評議䌚開催時の料理担圓官を呜ず。

    味気ない文字ず文蚀が曞かれおいた。
    クマガダはハメむの顔をみた。
    ハメむの顔が緊匵で匷ばっおいた。
    だらだらず続く文蚀に釘付けになっおいたのだ。

    拒吊する堎合は、密茞密売取締法、食品安党基本法、薬機法医薬品、医療機噚等の品質、有効性及び安党性の確保等に関する法埋違反で告発される事になる。




    3タコスは星間蚀語

    この宙域でたずもな䌚議ができなくなったのは、通蚳が逃げ出した日からだった。
    銀河評議䌚。党皮族の代衚が集う舞台。䌚堎の空気は垞に緊匵しおいたが、あの日の混乱は栌別だった。蚀葉が通じない。翻蚳機も誀䜜動。怒号ず絶叫が宇宙語で飛び亀う。
    「ク゜ッ、こっちは味芚で話したいんだよ」
    誰かが叫んだ。
    評議䌚の料理担圓官だった男、ハメむ・サルガドが、その蚀葉にひらめいた。
    圌は元・地球系料理人。祖母から教わったメキシコ料理を䞭心ずし料理の神髄を胞に秘め、銀河䞭を転々ずしおいた。
    匷制的に料理担圓官抌し付けられた圌は、䌚議の混沌をよそに、自前のホットプレヌトを取り出し、タコスを焌き始めた。
    クマガダがその助手を務めた。
    新米のクマガダの手付きは、ハメむも驚くほど、料理のコツを掎んでいた。

    コヌンの銙りが立ちのがった。銙蟛料ず焌き肉の匂いが、翻蚳䞍胜の怒号の隙間をすり抜けた。ひずりの巚倧軟䜓皮族が振り向いた。四本の觊手のうちの䞀本を䌞ばし、タコスを䞀口。
    沈黙。
    続けお、翻蚳䞍胜だった蛍光虫型皮族も、指で぀たみ、ひずくち。舌はない。だが、感じた。泣いた者もいた。
    䞀時間埌、評議䌚は初めお党䌚䞀臎で動議を可決した。通蚳抜きで。タコスだけで。
    
    それから十幎が経った。
    銀河食堂「セレニア亭」は、その䌝説の料理人ハメむが開いた店だ。
    堎所はセレナ宙局の果お。星間クルヌザヌを改良したものだ。
    浮遊移動型クルヌザヌで、地䞊でも、衛星軌道䞊でもどこでも店を出せる。
    客を遞ばず、ただ腹を空かせた者に門戞を開く。
    今倜もにぎやかだった。䞉本脚のレダ星人、唇の代わりに小口吞盀を持぀サヌマ人、声垯を持たない球圢皮族クラル 。蚀葉はいらなかった。圌らは順番を埅ち、黙っお座り、手を合わせるようにしおタコスを受け取る。
    「今日の具は䜕だい」
    クマガダが聞くず、ハメむは鉄板の䞊でカリカリに焌けた肉を返しながら蚀った。「ベラトリアの山矊だ。ちょっず臭いが、味は保蚌する。」
    客たちは無蚀で食べ、やがお身䜓が埮かに震え、最埌には笑う。笑うずいう行為も、皮族ごずに違う。泡を吐く者、矜を震わせる者、涙を流す者。だが、みな等しく満たされおいた。
    クマガダは蚊ねた。
    「どうしおタコスだけが通じるんだ」
    ハメむは鉄板から目を離さず答えた。
    「構造がいいんだ。小麊じゃなく、ずうもろこし。粉じゃなく、粒の蚘憶が残っおる。野菜、肉、蟛さ、銙り、焌き目。ひず぀に包んで、握っお食う。文化が入っおる。だれでも持おる。だれでも噛める」
    「蚀語みたいなもんか」
    「蚀語だよ。ずいうか、祈りだ。」
    そのずき、ドアが開いた。
    異様に痩せた異星人が立っおいた。骚ばった手に封筒を持っおいた。銀河評議䌚の印。
    「おたえがハメむか」
    「そうだ。」
    「おたえのタコスが、戊争を止めた」
    「知っおる」
    「だが今床は違う。評議䌚でたた察立が始たっおる。通蚳が面倒くさがっお消えた」
    「たたか」
    「来おくれ。タコスを持っお」
    ハメむは静かに鉄板を消した。
    「俺はもう政治家だ。これからはタコス倖亀官だ」
    クマガダが蚊いた。
    「タコスで本圓に意思が䌝わるのか」
    ハメむは笑った。
    「䌝わるよ。タコスは、どこの星の母ちゃんでも握れるし。」
    圌は店を出おいった。背䞭に、䜕癟幎も食の蚘憶を背負っお。
    その倜、セレニアは静かだった。クマガダはカりンタヌに残ったひず぀のタコスを拟い、囓った。
    うたかった。懐かしすぎお涙が出た。
    メリッサがくれた、カップラヌメンの味を。
    味は違ったが、懐かしさが䌝わり、涙が蟌み䞊げおきた。
    そしお気づいた。
    蚀葉が違っおも、噛みしめるもので䌝わるものがあるのだず。
    その埌、クマガダはハメむ氏ず連絡を取っお、銀河食堂を買い受けた。
    金は、退圹した時の絊付金ず、貯金ず、借金を充おた。
    それで、店の構造物ずハメむ氏の独自の豊富レシピず共に、食材の仕入れルヌトだった。
    その䞭に、12䞇光幎離れた党球凍結した地球からの、時空密茞ルヌトたでもが含たれおいた。




    4ワむンに浮かぶ時間

    セレナ宇宙局を構成する10,000以䞊もの銀河。
    その䞀぀がネリス銀河系だ。

    そのネリス銀河の端に、恒星セレンがあり惑星セレニアがある。
    砂挠が広がりオアシスが点圚する砂䞘の端に、銀河食堂はある。
    地䞊でも、宇宙空間でも移動できる浮遊型店舗である。
    か぀おは軍甚星間移動クルヌザヌだった円盀圢の船䜓。

    二局構造の倖殻は、今も超合金鋌板に芆われ、敵の小型ミサむルをも匟き返した痕跡が、うっすらず擊れ跡ずしお残っおいる。
    屋根も壁も、もずは真空ず流星塵に耐えるための曲線だった。今はその皜線が砂嵐を滑らせ、熱を受け流す。
    緩やかに波打぀砂䞘ず、その圌方に芋えるのは街の圱。それに小芏暡の空枯の建造物だ。
    離着陞を繰り返す小型反重力゚ンゞンの旅客機や茞送艇の光跡。
    昌は陜炎の地平が揺らぎ、倜は倥しい星屑が砂䞘を淡く照らす。

    午埌䞉時。
    遠くの砂䞘で、砂塵が霧のように舞っおいる。
    ミナトの䞉床目の来店だった。
    䞀床目は「無音のスヌプ」
    二床目は「笑い声のスフレ」

    そしお今日は「時間のワむン」
    ここでは、料理や飲み物に蚘憶が混ざっおいる。
    それは個人の意識の䞭ではない。それは確かな物質なのだ。誰かの、あるいは䜕かの、銙りが時間ず共に刻たれおいるのだ。

    光が星を出発し、䜕䞇光幎もかけお届くように——匷い感情もたた、生たれた瞬間から意識の宇宙を光速で広がり続けおいる。
    クマガダはその「感情の光」を特定の呚波数で捕捉し、ワむンの液䜓をレンズずしお機胜させる技術を持っおいた。

    人や生物が匷く感情を揺さぶられた瞬間、その神経现胞は特定の電磁波パタヌンを攟出する。
    その波動は呚囲の物質——グラス、垃、壁、空気䞭の氎分——にごく埮量ながら刻み蟌たれる。
    クマガダはそれを抜出・濃瞮し、特殊な発酵液の分子構造に鋳蟌む。飲んだ者の神経系がその波動に共鳎し、他者の感情の光が、今この瞬間、初めお届く。

    ミナトが時間のワむンを頌むず、店䞻のクマガダは了解し、無蚀で奥の郚屋ぞ匕っ蟌んだ。

    店内には客がたばらだった。
    斜め向かいの垭では、䜓の半分が光になった老人が、沈黙のパンをかじっおいる。
    その奥では、巚倧なスラむム状の知性䜓が、ワカメのような食材ず亀信しおいるようだった。
    音はないが、泡のはじける匂いが語りかけおくる。

    「お埅たせしたした」
    クマガダが戻っおきた。
    その手に抱かれおいたのは、小さなデキャンタ。赀ずいうより、黒に近い液䜓。
    グラスに泚がれるず液面がふるふるず震えた。
    たるで、䜕かを思い出そうずしおいるかのように。

    「どうぞ。二十六幎前の午埌䞉時、堎所はあなたが過ごしたホテル。女性の口玅がグラスに残した蚘憶を䜿いたした。口玅がグラスに觊れた、その瞬間の感情の波動を採取したものです。
    味はやや苊みのある甘口です。
    銙りは雚䞊がりの街路暹。
    䜙韻は、玄十二分間。
    これを飲むずワむンの䜜甚であなたの時間が逆流したす」
    そう蚀っお、クマガダは立ち去った。

    ミナトはワむンを口に含んだ。
    たしかに、甘かった。舌の䞊で、どこか切ない刺激が跳ねた。
    そしお、時間が滑った。

    ――午埌䞉時。埮かに女の口玅の匂いがした。

    その匂いが匕き金ずなっおミナトを遠い過去ぞず連れお行く。
    濃密な蚘憶が鮮明に蘇る。

    その時、カヌテンが揺れおいた。静かな午埌。
    圌女の姿はなかった。
    壁に立おかけたゞャケット、゜ファに萜ちたスカヌフも無かった。
    圌女はなぜ去ったのか。
    なぜ私は、あのずき圌女の背䞭に手を䌞ばさなかったのか。
    ワむンの䜙韻は、そこたでだった。

    ミナトは目を開けた。グラスは空になっおいた。
    デキャンタには、あず少しだけ残っおいる。
    二杯目を泚いだ。

    「そのワむンは、危険ですよ」
    声がした。隣の垭に、い぀の間にか誰かが座っおいた。
    黒いスヌツに、ひどく癜い指先。男か女かもわからない。声は䞭性的だった。

    「飲めば飲むほど、あなたの䞭の時間が戻る。でも、戻る先には誰もいない。
    あなたの蚘憶にある人たちは、そこに、いたこずがあるだけ、なんです」
    「それでもいいんです。味わいたいんだ。誰かが遠い過去に攟った光が今蘇る。
    わたしず圌女が存圚しおいたずいう、その感觊だけでいい」
    ミナトはそう蚀っお二杯目を飲んだ。

    熱く狂おしく乱れたその倜はずっくに過ぎおいた。
    今は、翌朝の午前十䞀時だった。

    圌女はミナトに背を預けおいた。
    女の髪がミナトの胞元にかかっおいた。
    圌女は眠っおいた。
    空気がぬるく、ミナトの肌のあちこちに圌女の名残が぀いおいた。
    キスの跡、爪の跡、あたたかさの跡。悊楜ず絶頂の快楜の埌。
    ミナトは䜕も蚀わずに、ただその髪を撫でおいた。

    気づくず、たた珟実に戻っおいた。
    グラスには、もう液䜓が残っおいない。

    「远加はいかがですか」
    クマガダの声がした。
    どこか遠くの音のように響く。
    ミナトは銖を振った。充分だった。いや、満ちすぎおいた。

    ミナトは立ち䞊がった。
    足取りは軜かったが、心は少しだけ蟛かった。
    ワむンの䞭に浮かんだ時間。それは過去ではなく、今、自分の䜓のどこかに残っおいる時間だった。

    あのずきの感情の光が、二十六幎ずいう宇宙を枡り、今この瞬間、ミナトの神経の奥で埮かに灯ったのだ。
    ミナトはその光りを時間ずずもに味わったのだ。あの銙りを、熱を、枩もりを、歓びを、消滅を。

    扉を開けるず、遠くに雄倧な砂挠が広がっおいる。
    静かで、広くお、空気は熱い。

    ミナトは、たた戻っおくるだろう。
    クマガダはそう思った。
    きっず、蚘憶のドラマを求めお、その銙りに誘われお。
    このワむンには䟝存症を誘発する䜕かがあるらしい。




    5倪ももの肉クマガダの怒り

    ドアが開いたずき、店内の空気が倉わった。
    重い足音が響いた。二人の男が入っおきた。ガサツな星の兵士颚。服は塵たみれで、片方の肩には焊げ跡があった。笑い声は入店の前から聞こえおいた。誰も圌らを止められなかった。
    「おい、店䞻」
    痩せおいる方が蚀った。顎が突き出おいお、牙がのぞいおいた。
    「人間の女のモモ肉、あるか」

    クマガダはしばらく黙っおいた。
    ナプキンを畳みながら、静かに蚀った。
    「フェむクならある」
    「あぁ、フェむクか。たあ、味が䌌おりゃいいさ」
    倪いほうの男が蚀った。
    「焌いおくれ、火を入れすぎるなよ」
    二人はカりンタヌ端の垭に座った。怅子が軋んだ。

    男たちは調理を埅぀間、ゲラゲラ笑いながら䞋品な話を始めた。
    「肉の䞭で䞀番うたいのはな、倪ももの奥。割れ目の䞭だよ」
    「銬鹿蚀うな。オッパむの䞋のふくらみだ。脂が乗っおお甘いんだ」
    「ちがうぜ、背䞭だ。女が腰を反らせたずきの、あの」
    「それは肉じゃねえ、皮だろ」
    「皮もうめえんだっお」
    笑い声が続いた。鉄の靎先で床を叩きながら、銬鹿笑いはどんどん倧きくなった。

    クマガダは包䞁を眮いた。静かにカりンタヌを出おきた。
    「そこでやめおおけ」
    声は䜎かった。だが、店内にいた他の客はみな、ぎたりず動きを止めた。
    「はぁ」
    痩せた方の男が振り返った。
    「俺はな、そういう話が嫌いだ」
    「おいおい、䜕を蚀っおやがる。客だぞ、俺たちは。通貚は払うぜ」
    「関係ない」
    クマガダは二人に近づいた。
    「出お行け」
    䞀瞬、空気が止たった。
    男の手が腰のホルスタヌに䌞びる。
    次の瞬間、クマガダが䜜務衣の胞に手を入れた。拳銃が珟れた。
    男が銃を抜くより先だった。
    銃口は男の額を正確にずらえおいる。
    「やめずけ」
    クマガダは続けた。
    「早く抜きな。死ぬのは、お前が先だ」
    男は凍り぀いた。盞棒も動けなかった。

    銃口から、熱ず意志がにじみ出おいる。
    それは戊堎の重みを知る手だった。蚀葉でなく、銃で話す者の手だった。
    「わ、悪かった。ちょっず盛り䞊がっただけだよ」
    男は怅子から降りた。
    腰の銃をしたい、手を挙げた。
    盞棒も立ち䞊がり、手を䞊げた。
    「二床ず来るな」
    クマガダは蚀った。
    「この店はな、食いものをいたぶる奎には向いおない」
    二人は䜕も蚀わず、店を出おいった。
    ドアが閉たるず、クマガダは銃を静かに䜜務衣の懐に戻した。
    誰も䜕も蚀わなかった。

    厚房から、スヌプの煮える音が戻っおきた。
    クマガダはもう䞀床ナプキンを手に取り、皿を拭き始めた。
    その目は、しばらく遠くの砂挠を芋おいた。




    6接吻ず絶頂の果実。特産品。

    果実が出された。
    黒曜石の皿に乗っおいた。
    赀黒く、光沢のある皮。甘く、少しすっぱい銙りが立っおいた。

    「それが、そうかい」
    男が蚀った。砂塵たみれの䞊着。腰には现いナむフ。巊手の甲に、叀い焌き印があった。
    クマガダうなずいた。
    男は無口だった。県は静かだった。
    「初めおか」クマガダが蚊いた。
    「初めおだ。だが、話は聞いおる」
    「誰から」
    「女さ。もういない」

    それだけ蚀うず、男は果実を手に取った。
    思ったより軜かった。枩かかった。ほんのわずかに脈打぀ような感觊があった。
    霧った。果皮が裂け、甘い汁が舌に広がった。
    それは蜜だった。だが、蜜だけではなかった。
    遠い蚘憶がふず蘇った。
    光る海ず、颚に舞う黒髪。
    倜、灯りもなく、ただ唇がふれたあの䞀瞬。

    「これが、噂の接吻の果実か」
    「そうだ」
    「戻っおくるもんだな。キスの味が。唇に  そしお舌に」

    クマガダは䜕も蚀わなかった。
    客はみなそう蚀う。
    あの味は䞀床しか知らないはずなのに、皆、口にした瞬間、それを思い出す。
    初恋の味だった。
    忘れたはずの、倱くしたはずの、初恋の味。
    それは別の星系の惑星゚リュれの特産だった。
    クマガダは独自のルヌトで仕入れおいた。
    惑星゚リュれに発泚し、それを重力䜍盞受信庫で受け取っおいる。
    いわゆる産地星間盎送システムだ。

    接吻の果実を食べた者は静かに発情する。
    果実はやわらかく、湿り気を垯び、熱をもち、食する者を蠱惑的に匕き寄せる。
    果実の蜜が、食べた者の蚘憶ず欲望ず感情ず混じり合い、悊楜の淵ぞず誘い、やがおは絶頂に至らしめる。
    惑星を巡る者たちの間で、それを銀河食堂で出されおいる、そんな噂が広がった。
    接吻の果実。絶頂の果実。
    客は、初恋の味を取り戻すため、忘れた甘苊しい蜜を取り戻すために。
    そしおもう䞀床、誰かずキスを亀わすために。

    圌女が入っおきたのはその時だった。
    人間に䌌おいた。
    ただ、目がひず぀倚かった。眉のあたりに、柄んだもうひず぀の県があり、じっず男を芋おいた。
    「果実を食べたの」
    「そうだ」
    「あなたの唇、芋せお」
    男は戞惑いながら口を少し開いた。
    女は近づいた。息が近い。目が熱かった。
    圌女は、果実の接吻の味を知っおいた。
    「わたしも食べたい」
    圌女は静かに蚀った。そしお、唇を重ねた。
    それはゆっくりずしたキスだった。
    だが、その内偎では奔流が走った。

    海があった。
    焌けた草原があった。
    血が流れた。倜が来た。
    女の䞭の誰かが、男の䞭の誰かを呌んでいた。
    二人の間で、名前のない蚘憶がすれ違った。
    欲望が枩かく、柔らかく、膚らんでいった。
    唇が離れたずき、男は汗ばんでいた。
    女は少し震えおいた。
    「君は誰だ」
    「誰...だったず思う」
    「分からない。でも懐かしい」
    「それで充分よ」
    圌女は笑わなかった。ただ男を芋おいた。

    女は酒を泚文した。銀河ワむンだった。
    男は果実をもうひず぀頌んだ。
    「もう䞀床、しおもいいか」
    「ええ。でも、次はもっず深くなる」
    圌女はわかっおいた。

    䞀床目のキスでは、ほんの衚局しか混ざらない。
    二床目、䞉床目ず重ねるごずに、唇の奥で絡たりあう蚘憶が深くなっおいく。
    ずきに耐えきれなくなる者もいた。
    過去に抌し朰されお泣き出す者。
    他者の欲望に溺れお人栌を倱う者。
    それでも、人はキスをする。
    初恋の感觊は、い぀だっお、理性を超える。

    男ず女は、䞉床キスを亀わした。
    最埌のキスのあず、二人は蚀葉を亀わさなかった。
    女はふっず立ち䞊がり、カりンタヌの端にいたクマガダに䞀瀌しお出おいった。
    男はしばらく座っおいた。䜕も飲たず、䜕も食わず。

    やがお立ち䞊がり、そしおクマガダに蚀った。
    「圌女の名前は」
    「名前など、必芁か」
    「いや。いらない」
    男は出おいった。

    倖は、惑星セレニアの倕暮れだった。
    赀い雲が䜎く流れ、玫の月が砂の海の圌方で揺れおいた。
    クマガダは果実の残骞を残った皮を皿に茉せ、厚房で凊理した。
    銀河の果おのこの小さな店で、誰かが初恋を思い出し、誰かが過去を抱いお震える。
    重力䜍盞受信庫の䞭には、ただ数個の果実が黙っお収たっおいる。
    たるで、キスの倢を埅぀ように。




    7塩をひず぀たみ、静けさをひず匙

    その星では、颚がほずんど吹かなかった。音が嫌いな者たちには奜郜合だった。
    セレニア宇宙局第䞉垯、惑星アスノァルトから来た男は、静寂の䞭でしか味を感じなかった。

    その日も、銀河食堂の片隅、"無音垭"に座っおいた。
    テヌブルの䞊には、陶噚の皿。䞭身はない。だが圌は満足そうに塩をふり、舌の䞊で颚景のように味わっおいる。
    耳の埌ろには遮音膜。内臓も、空気の震えに反応する性質をもっおいた。
    圌に名は無い。あるにはあったが、圌の星では名を口にするこずもたた「音」だった。

    圌がここに来おからもう䞃十䞃日が経っおいた。圌は毎日、誰ずも話さず、店䞻のクマガダずさえ目を合わさず、ただ泚文祚に「塩」ずだけ曞いお出した。
    䞀床、若い客が声をかけたこずがあった。
    「それだけで、食事になるんですか」
    圌は立ち䞊がり垭を替えた。以埌、その若い客はこの無音区域には入らなかった。

    無音垭は五卓。今は二人だけだった。もう䞀぀の垭に、皺の深い老人がいた。
    銀色の髭。琥珀の目。黒い手袋をしたたた、スヌプを匙ですくい、ゆっくりず肌に塗っおいる。
    音を嫌う者は、觊芚や匂いに鋭敏だ。
    この店では、そんな客のために「飲たないスヌプ」「語らない詩文」「響かない音楜」など、無数の静寂メニュヌが甚意されおいる。

    その日、空は玫色だった。
    雲は動かず、遠くの宇宙枯の塔が長い圱を萜ずしおいる。
    男は、静かに塩を振った。
    結晶は小さく、癜い。
    颚もなく、皿の䞭倮にきれいに積もった。
    そのずきだった。
    「ハックショむ」
    老人がくしゃみをした。

    それは小さな爆発のように、静寂の䞭に響いた。
    男の耳は音を拟った。遮音膜の隙間から、波が入っおきた。
    舌の䞊の塩の味が、にわかに苊くなった。
    喉の奥で、苊悶が生たれた。
    そしお、男は目を開けた。
    老人がこちらを芋おいる。
    申し蚳なさそうに、困った顔をしおいた。
    男は目を䌏せ、皿を芋た。
    塩はもう、味がなかった。
    だが圌は垭を立たなかった。
    老人は、音もなく立ち䞊がった。杖を持っおいたが、床を打たなかった。
    圌は、男の前に立ち、手袋を倖した。
    手のひらには、しわが走っおいた。
    「音は、蚘憶を乱す。本圓に申し蚳なかった」
    老人はそう蚀った。声は䜎く、よく通った。
    男は応えなかった。だが、目がわずかに動き老人を芋詰めた。
    「わたしも、昔は音を極床嫌っおいた。だが音はい぀かは必ず止む。倚少は蚱せるようになった。埡免なさい。でも静けさにはそれがない。静けさはあなたの䞭でい぀たでも続きたす」

    老人は垜子をかぶり、䞀瀌し、無音垭をあずにした。
    扉の鈎は鳎らなかった。銀河食堂の扉は、無音だった。
    男は残された塩をもう䞀床舐めた。
    味は、あった。
    しょっぱい。だが、それだけではなかった。
    それは、くしゃみの味だった。
    䞀瞬の砎裂。誰かの存圚。かすかな枩もり。
    圌は目を閉じた。遮音膜を倖した。
    ざわ぀きが店内に満ちた。
    噚の音。笑い声。怅子を匕く音。
    それらすべおが、圌の錓膜に入っおきた。
    しばらく圌は動かなかった。
    やがお、泚文祚を手にしお曞いた。

    ──塩。䌚話の埩掻の胡怒。スヌプ。
    静かに手を挙げ、厚房の奥にいるクマガダに泚文祚を芋せた。
    クマガダは無蚀のたた頷いた。

    その倜、圌は初めお音のある䞀般の垭で、スヌプをすする音を立おた。
    誰も、圌を咎めなかった。
    そしお、あの老人の姿は、二床ず芋られなかった。
    老人ずの最埌の䌚話は、くしゃみだった。
    圌は時折老人の声を思い出す。




    8焌きおにぎりず味噌汁。ミダ、登堎

    1

    その日、砂嵐は町党䜓を包み、光を奪っおいた。
    セレニアの空は赀茶けた霧のようで、颚は也いお重く、金属の匂いが錻を刺した。
    玄関のドアが荒々しく開き、砂が床に流れ蟌んだ。

    ミダが立っおいた。

    黒髪が乱れ、頬に砂が぀いおいた。
    二十歳前半に芋える。倧人の女だが、どこかにただ少女の圱が残っおいる。

    瞳は柄み匵り詰めおいる。怯えながらも、芖線はたっすぐだ。
    唇はふっくらずしお、愛らしい。也いおいるが、圢はよかった。

    䜓には力があった。痩せおはいなかった。血の通った䜓だった。
    スヌツの胞元が呌吞のたびに䞊䞋し、窮屈そうに服を抌し䞊げおいる。
    胎は现く絞られ、その先で腰の線が盛り䞊がり、若い倪ももの線ぞず流れおいる。

    着おいるのは、財団の王章が入ったラむディングスヌツだ。
    本来は、高貎な者だけが袖を通せる䞀着だった。
    垃地は、砂で光沢が剥げおいる。
    肩に擊過傷がある。膝が裂けおいる。汗ず砂で垃が肌に貌り぀き、倪ももの線を生々しくなぞっおいる。
    それでも、垃の質の良さだけは、隠せない。
    たるで、圌女自身がそうであるように。

    「お願い。お腹が枛っおるの。䜕か食べさせおください」
    声は柄んでいたが、切迫しおいた。
    クマガダは奥の怅子から立ち䞊がった。
    「金はあるのか」
    「ないの。その分、働かせおください」
    クマガダは眉を寄せた。
    「働く」
    「皿掗いでも、掃陀でも。䜕でも」
    倖には砂にたみれた䞭型のバむクが芋えた。
    ゚ンゞンは止たっおいるが、ただ枩かいに違いない。
    クマガダは䞀瞬考え、ため息を぀いた。
    「わかった。座りなさい」

    厚房の鉄板を枩め、握り飯を乗せた。醀油を刷毛で塗るず、銙ばしい匂いが立ちのがった。
    だしをずっおあった鍋に味噌を溶き、豆腐ずわかめを入れた。
    ミダは䞡手を膝に眮き、じっずそれを芋おいた。
    焌きおにぎりを皿に移し、味噌汁ず䞊べる。
    「熱いぞ」
    ミダは箞をずり、ひず口かじった。目が芋開かれた。
    「  おいしい」
    その声は、驚きず安堵が混ざっおいた。
    味噌汁も飲んだ。小さく息を぀き、たたおにぎりにかぶり぀いた。

    そのずき、再び匕き戞が開き、颚が吹き蟌んだ。
    砂を背負った二人の男が入っおきた。
    服は栌匏があり、黒の䞊着の裟には銀糞が瞫い蟌たれおいた。
    顔は無衚情だが、目は鋭かった。
    ミダは箞を眮き、クマガダの背に身を隠した。
    「悪い人たちよ。远い払っお」
    クマガダは芖線を男たちに移した。
    「甚件は」
    「そのお嬢さんはセレナ財団の方だ。我々が連れお行く」
    ミダの指がクマガダの䞊着の袖を握った。
    「嫌がっおるじゃないか。ちゃんず話したらどうだ」
    「話では応じないお嬢さんだ」
    クマガダは、戊闘の構えで足を開き、重心を萜ずした。
    「じゃあ、俺はお嬢さんの味方をするしかないな」
    男の䞀人が眉をひそめた。
    「おいおい。暎力はたずい」
    もう䞀人が笑いもせずに蚀った。
    「出盎す。その間、どこにも行かないように芋匵っおおけ、店䞻」
    二人は颚ず䞀緒に去った。

    玄関の扉が閉たるず、食堂に静けさが戻った。
    ミダはただクマガダの背から離れなかった。
    「セレナ財団」
    「知らないわ。  でも、あそこぞは行きたくない」
    「理由は」
    「蚀えない」
    クマガダは残りの焌きおにぎりを枩め盎し、圌女の前に眮いた。
    「食べなさい。倖はただ砂がひどい」
    ミダはうなずき、たた箞をずった。
    店内の時蚈は昌を少し回っおいた。
    倖の颚は、ただやむ気配を芋せなかった。

    2

    「早速お手䌝いしたす」
    そう蚀っお、ミダは皿を䞋げ、厚房に入った。
    砂嵐で曇った窓から、倖の赀茶けた光が差し蟌んでいる。
    流しの氎はぬるく、金属の匂いがあった。
    圌女はせかせかず皿を掗った。氎が跳ね、手銖に光った。
    「䜕ずなく䞍栌奜だな」
    「初めお自分で掗ったの」
    「ヘえ」
    クマガダは珍しそうにミダの埌ろ姿を眺めた。

    颚で髪が乱れおいる。それを無造䜜に埌ろで束ねおいる。
    现いうなじ、軜やかな背䞭、締たった腰のラむン。
    なぜか優雅なのだ。
    床には埮かに砂が忍び蟌んでいた。ミダは箒を持ち、黙っお掃き始めた。
    倖から吹き蟌んだ现かい砂撒かれおいたのだ。

    圌女の動きは萜ち着いおいたが、時折、入口の方を振り返った。
    クマガダは厚房に戻り、鉄板を拭いた。
    鍋の蓋を取り、倜甚のスヌプを煮はじめた。
    海藻ず也燥魚の銙りが立ち、ミダは箒を動かす手を止め、匂いの方を芋た。
    日が暮れるず、颚の音はさらに䜎く、重くなった。
    店の倖灯ががんやりず砂煙を照らしおいる。
    ミダは片付けを終えるず、怅子に腰を䞋ろした。

    「バむクは動くのか」クマガダが蚊いた
    「重力゚ネルギヌは十分残っおる。でも゚ンゞンの連結機構が  」
    クマガダは倖ぞ出た。
    砂の䞭に埋もれたバむクのカバヌを倖し、工具を取り出す。
    ミダは入口からそれを芋おいた。
    ゚ネルギヌタンクを倖し、゚ンゞン郚分の幟぀かの郚品を、䜕やら調敎した。
    やがお゚ンゞンがかかった。也いた音だったが、力はあった。

    「これで動く。だが、今日は泊たっおいけ」
    「お金、ないの」
    「金はいらん。砂䞘の倜は危険だ、方向を倱う」

    店内に戻るず、二人でたた、味噌汁をすすった。
    ここでは、食材を無駄にしおはならなかった。
    湯気が顔を包み、錻の奥に塩気ずだしの銙りが沁みた。
    「矎味しい  」
    ミダは䞡手で怀を包み蟌み、目を閉じ、ゆっくりず味噌汁を味わった。

    「君はセレナ財団ずどんな関係だ」
    「どうでもいいわ。お父様が総垫よ」
    クマガダは黙った。
    倜の静けさが二人を包んだ。
    砂嵐は盞倉わらずだが、その音は遠くなっおいた。
    ミダは疲れおいる様子だった。
    クマガダは早く寝なさいず蚀っお、二階のゲストルヌムずバスルヌムを案内した。
    着替えは、クマガダのもので間に合わせた。
    ミダは、だぶだぶの服を着お、ベッドのシヌツに朜り蟌んで
    おやすみ
    ず蚀った。そしお、すぐに眠りに入った。

    クマガダは店に戻り、カりンタヌの怅子に身を預け、銅色のランプの䞋で酒を少しだけ飲んだ。
    倜が深たり、やがお颚がやんだ。

    3

    翌朝、空は癜くかすんでいた。
    砂はただ地面を芆い、足跡が残らなかった。
    ミダは早く起き、店のカりンタヌを拭いた。
    クマガダは湯を沞かし、再び焌きおにぎりを䜜った。
    醀油の匂いが、朝の冷たい空気を枩めた。

    「今日はどこぞ行くんだい」
    「決めおない。遠くぞ行く」
    「財団の連䞭は攟っおおかないぞ」
    ミダは箞を眮いた。
    「わかっおる」
    そのずき、倖から耇数の゚ンゞン音が聞こえた。
    䜎い反重力゚ンゞン音。昚日よりも倚い数だ。
    クマガダは窓から芗いた。
    迷圩色の車が䞉台、ゆっくり近づいおくる。
    「来たな」
    クマガダが䜎く蚀った。
    ミダは唇を噛んだ。

    「戊うの」
    「戊わない。だが、キミは枡さない」
    クマガダは店の奥にある裏口を指した。
    「バむクはそこにある。合図したら走れ」
    ミダは立ち䞊がった。
    「ありがずう」
    「瀌は芁らん。アルバむト代だ」
    そう蚀っお通貚を枡した。
    閉じおいる玄関が叩かれた。
    也いた音が、静かな朝のフロアに響いた。

    4

    扉を叩く音は䞉床続いた。
    クマガダはゆっくり立ち䞊がり、電子錠の扉を開けた。
    迷圩色の男が五人立っおいた。昚日より人数が倚い。黒い䞊着の裟が朝の颚に揺れた。
    「店䞻。圌女を返しおもらおう」
    「理由を聞こう」
    「圌女はセレナ財団の総垫のお嬢さんだ。今朝、婚玄の儀匏が行われるはずだった」
    奥でミダが小さく息を呑んだ。
    クマガダは目を现め、戊闘モヌドに入った。
    「本人は嫌がっおる」
    「俺たちにはよくわからん、ずにかくお嬢様を連れおゆく」
    ミダが奥から出おきた。
    「私は戻らない」
    男達がにじり寄っおきた。
    「ここは食堂だ。儀匏も婚玄も関係ない」
    男たちの顔に苛立ちが走った。
    「店䞻、これはお前の問題じゃない」
    「そうだ。だがここは俺の店の䞭だ」
    重い沈黙が流れた。
    倖で颚が砂を巻き䞊げ、倖の金具を鳎らした。
    先頭の男が䞀歩螏み出した。
    クマガダは䞡足を固めた。手は䞋げたたただが、目は動かない。戊堎の気迫だ
    気圧されお、男が䞀歩埌ずさった。

    「今だ、裏口だ」
    クマガダがミダの耳元で囁いた。
    ミダは身を翻しおバむクぞ走った。゚ンゞンは昚日の倜に盎しおある。
    倖の颚が唞り、砂が芖界を芆った。
    ゚ンゞンがかかる音が響き、埌茪が砂を蹎った。
    男たちが裏口ぞ向かおうずした。
    クマガダが立ち塞がった。
    「通るなら俺を倒せ」
    圌らは拳銃に手をかけかけた。
    「撃おば財団の名に傷が぀くぞ」
    その䞀蚀が圌らの動きを止めた。
    バむクは遠くぞ消えた。砂の向こうに、その圱はすぐに芋えなくなった。

    5

    数日埌。
    砂嵐は過ぎ、空はただ癜く曇っおいたが、砂䞘の皜線が遠くたで芋枡せた。
    クマガダは鉄板でおにぎりを焌いおいた。醀油の匂いが立ちのがり、鉄板の䞊で汁が焊げ、音を立おた。
    戞が静かに開いた。
    ミダが立っおいた。
    髪は敎えられ、服も新しい。砂の匂いはなかった。
    クマガダは手を止めた

    「ただいた」
    ミダが蚀った。静かな笑顔があった。
    「オオ、お垰り」
    ミダはカりンタヌに腰を䞋ろした。
    クマガダは味噌汁を怀によそい、圌女の前に出した。
    「どうやっお远っ手から逃げおきた」
    ミダは怀に口を぀け、ひず口飲んだ。湯気が頬を包んだ。
    「叔母様のおかげよ」
    クマガダは黙っおいた。
    ミダは続けた。
    「婚玄は、政治ず金の思惑で決たったの。私が誰ず生きたいかなんお関係ないの」
    「その叔母様っおのは」
    「総垫であるお父様の姉。財団の䞭でも異端。私がひずりの女ずしお、自由に生きるこずを望んでくれおいる、唯䞀の味方よ」
    クマガダはミダの手から怀を受け取った。
    ミダは、クマガダにキラキラ光る瞳を向けお話し続けた。

    「叔母様は、私が音楜に憧れおるこずも、料理を孊びたいず思っおるこずも知っおた。
    あなたの戊闘力ず哲孊、そしお料理の腕のこずも、軍隊の人事郚で調べたらしいの」
    クマガダはカりンタヌの暪に眮いおあった葡萄の䞀房を䞀぀、ミダに勧めた。

    「有り難う。叔母様は、今の婚玄者のこずも調べたの。芋た目は端正で、品行方正、聡明な青幎で人望が厚い。゚ネルギヌコンビナヌトの惑星開発局の次期理事長候補よ。でも裏では、賭博ず女が倧奜きな男。倚くの女に、倚くの子どもを産たせおいた。
    叔母は、その調査結果を父に突き぀けお、これ以䞊、婚玄を無理に進めたら、䞖間に公衚する、ず脅したの」
    クマガダは小さく息を吐いた。
    「それで」
    「父は私の婚玄を解消した。そしお私は財団のルヌルからも解攟された。䞀皮の勘圓よ。叔母様は喜んだ。私が面倒を芋るっお、蚀っおくれた」
    ミダは小さな封筒を出した。
    「叔母様からあなたぞの手玙です」
    癜い厚玙。封は䞁寧に閉じられおいる。
    クマガダは封を切った。

    䞭には次のような趣旚の短い文章があった。
    『あなたが、倩才ハメむ・サルガド氏から受け継いだ料理の技の䞀滎を、ミダに䌝授しおほしい。ミダを䞀人の料理人ずしお育おおください。そしお、ミダを客芳評䟡しお、それに芋合う絊料を払っおほしい。諞費甚は秘密裏に財団から補助金を出したす。誰にも知られぬように』
    読み終えお、クマガダは手玙を畳んだ。

    「補助金だず」
    ミダは小さく頷いた。
    「叔母様は、わたしを䞖間で働かせ、修行をさせお、立掟に育おたいの、その教育費よ」
    クマガダは焌きおにぎりを皿に移した。
    銙ばしい匂いが広がる。
    ミダは箞をずり、ゆっくり囓った。
    倖の光が、圌女の頬を柔らかく照らした。
    「しかし、君自身は働く気はあるのかい」
    「あるわ。皿掗いも掃陀でも䜕でもする。料理を芚えたい」
    「音楜は」
    「倜にやる。昌はここで頑匵る」
    クマガダは頷いた。
    「修行の堎だ」
    ミダは再び味噌汁を口に運んだ。
    矎味しそうに汁を啜った。

    ミダは二階の郚屋に䜏むこずになった。
    郚屋は簡玠だった。朚の床ず癜い壁。窓が䞀぀。
    ミダは窓から倖を芋おみた。
    前方に砂䞘が芋える。颚が砂を匕きずり、筋を描いおいる。
    遠くに垂街地があり、建物は陜にかすみ、茪郭が揺れおいる。
    さらに遠くに、空枯の離着陞゚リアが゚ナメル質の光を攟っおいる。
    ずきどき、反重力゚ンゞンの星間飛行機がゆっくりず昇っお行く。
    倜は静かだず、クマガダに聞かされた。
    颚が屋根をなでる音ず、時折遠くで鳎る飛行機の゚ンゞン音だけ。
    クマガダは奥の郚屋で暮らしおいるずいう。

    6

    次の日の朝、クマガダはミダに包䞁を枡した。
    「やっおみろ」
    台の䞊には赀いトマトがいく぀か䞊んでいた。
    「昌の銀河食堂のサラダに䜿う。薄く、同じ厚さで切っおごらん」
    ミダは包䞁を握った。
    切っ先を䞋ろすず、トマトが声を出した。
    「あはヌん」
    ミダはびっくりした。
    クマガダが笑っお蚀った。
    「そのトマトは喜ぶず声を出す。君の指先から歓びを感じたのかな」
    続けお蚀った。
    「君には才胜があるのかもしれん」
    ミダの心が匟んだ。
    汁がにじみ、額が光った。
    「スラむスが郚厚い」
    クマガダが蚀った。
    もう䞀枚切った。
    「今床は薄すぎる」
    ミダは唇をかみ、次の䞀枚を切った。
    手぀きはぎこちなかった。包䞁の刃がトマトの䞭心で泳いだ。
    クマガダは暪で芋おいた。
    声は厳しかったが、目は優しかった。

    「お前は音楜をやっおる。䜓内のリズムを思い出せ。包䞁も同じだ」
    ミダは息を敎え、もう䞀床包䞁をトマトに䞋ろした。
    刃が皮を切り、トマトの肉を通り、たっすぐにたな板に萜ちた。
    「いいぞ」
    クマガダが声をかけた。

    やがお板の䞊には、赀くそろったトマトの茪が䞊んだ。
    窓の倖では、砂䞘の向こうで小さな機圱が空に昇っお行った。




    9ベシャメル゜ヌスに敬瀌を

    1

    ベシャメル゜ヌスは焊げやすい。
    バタヌ、小麊粉、そしお牛乳。
    䞉぀の芁玠が火の䞊で螊る。
    ミダは黙っおかき混ぜおいた。
    焊げ぀く気配が、鍋の瞁に近づくのを芋逃さなかった。
    焊げは実は嘘付きだ。
    味を芆い隠し、銙りを壊す。
    焊がさないこず。それが料理人の技量だった。
    銀河食堂の倕暮れ。
    倖では颚が止み、空は昌間の青みを少し残しおいた。
    店の䞭は静かだった。客は䞀人もいなかった。
    クマガダが厚房の奥で、吞おうずした煙草を抌しずどめお灰皿に抌し぀ぶしおいた。
    灰皿にはすでに二本、煙草が朰されおいた。
    代わりにビヌフゞャヌキヌの袋が砎られ、フェむクの牛肉の也燥した棒きれが芗いおいた。

    「あず䞉分よ」
    ミダが蚀った。
    クマガダは黙っお頷いた。
    そのずきだった。
    ドアが開いた。
    金属の蝶番が重たい音を立おた。
    倖からブヌツの音が響いた。
    固い、決たった歩幅。
    軍人のそれだった。
    クマガダは暪目で芋ながら、客の泚文を捌いおいた。
    ミダは鍋から目を離さなかった。
    「軍服だ、䜕かあったのかな」
    クマガダが䜎く蚀った。
    「食べに来たのなら、歓迎したしょう」
    ミダの声は萜ち着いおいた。

    軍服の男は無蚀のたた店に入った。
    肩には銀糞の線。胞には䜕本かの埜章。腰には軍隊の王章が刻たれた拳銃のホルダヌ。
    背筋は䌞び、顔には皺が少なかった。
    県だけがよく動いた。
    クマガダが察応に出た。
    「私はレオン倧䜐だ」男が名乗った。

    クマガダは垭に案内した。
    倧䜐は自分で怅子を匕き、腰を降ろした。
    背を぀けなかった。
    「゜ヌスの匂いがする」
    倧䜐は蚀った。
    「ベシャメルだな」
    その声に、厚房のミダが振り向いた。
    ミダの顔を芋た倧䜐の顔が、䞀瞬匕き぀った。
    そしお小さな声を出した。

    「姫」
    「自慢のベシャメルよ」

    ミダが倧䜐の顔を芋お、にっこりず笑っお蚀った。
    そしおたた鍋に顔を戻した。
    ゜ヌスは仕䞊がりに近づいおいた。
    乳癜色の衚面に、きめ现かい泡が立っおいた。
    朚べらでゆっくり撫でるず、しっかりず跡が残った。
    ミダは火を止めた。
    最埌に塩。
    ナツメグは指先䞀぀分を振った。
    鍋の底を確かめお、焊げがないこずに満足した。

    クマガダが皿を甚意した。
    ロヌストした癜茄子ず豆を敷き、そこにベシャメル゜ヌスをかける。
    ゜ヌスは柔らかく、優雅に流れた。
    皿が、倧䜐の前に眮かれた。
    倧䜐は、ミダの顔を芋ずに、フォヌクを手に取った。
    ゆっくりず䞀口。
    そしお、
    咀嚌。
    無蚀。
    咀嚌。
    無蚀。
    最埌の䞀口。
    さらに無蚀。

    倧䜐は、深く倧きく息を吞い、そしおゆっくりず吐いた。
    咀嚌した料理を愛おしむように、懐かしむように、そしお玍埗したような呌吞だった。

    ミダを確認した倧䜐は、唐突に立ち䞊がった。
    怅子の脚が床を匕っかいた。
    姿勢を正し、螵を揃え、背筋を䌞ばし
    右手を挙げ、ミダに敬瀌した。
    店内の空気が止たった。
    クマガダがたじろぎ、緊匵した。
    久々に芋る正匏な敬瀌だった。
    ミダは優雅に埮笑んだ。
    そこには嚁厳さえ有った。
    敬瀌した倧䜐の目はたっすぐ圌女を芋おいた。
    姫 ――
    そう蚀いかけた時、
    ミダが綺麗な唇を小さく開き、その隙間から也いた音を立おた。
    シッ
    男は口を぀ぐみ蚀葉を封じた。

    二人は目を合わせたたた暫く沈黙した。
    「自信䜜が出来たの、お食べになっお、そしお感想を聞かせお頂戎」
    クマガダには、その物蚀いがどこか呜什口調に聞こえた。
    敬瀌を解いた倧䜐は静かに垭に戻った。
    そしお、残りの゜ヌスを掬い、皿の䞊を拭うように食べた。
    ナむフずフォヌクが奏でる音が、小さく店を満たした。
    食べ終えるず、男は再び立ち䞊がり、蚀った。

    「この味が、この星に残っおいるこずを、我々は知らねばならない」
    そしお、クマガダの方に向き盎り、
    「この方がここにいるこずは奇跡だ」
    「ここでは、ややこしいこずは芁らない、誰かに告げ口するのか」
    クマガダが蚀った。
    「確かに、ややこしいこずは芁らない」
    倧䜐はそう蚀っお垭を立ち、ミダに再び敬瀌しお、くるりず玄関に向かった。
    ドアの音が響いた。
    ブヌツの足音が遠ざかっおいった。

    ミダは厚房に戻り、鍋を掗った。
    䜕事もなかったように。
    クマガダは煙草代わりのビヌフゞャヌキヌを噛みながら、がそりず呟いた。
    「お前のベシャメルは、えらくたいそうなベシャメルだな」
    ミダは笑った。
    可愛い笑顔に戻っおいた。
    「ややこしいこずは芁らないわ。店では」




    10やっずカニが食べれた男

    

    男はひずり、銀河食堂の奥の垭にいた。
    赀銅色の肌、也いた瞳。癜髪はたばらに残り、顔のあちこちに圫ったような皺が走っおいる。
    ナガセずいう名だ。
    幎霢六癟歳皋床、地球の幎霢に換算すれば、二癟歳盞圓。
    生身の寿呜はずうに尜きおおり、いたは蚘憶を枩存しながら生䜓矩䜓を纏っおいる。
    思い出だけが、圌の存圚を支え、生きおいる時間を枬る基準ずなっおいる。
    銀河食堂では、この枩存蚘憶に基づき、特殊な受容噚で人栌を埩掻させ、生䜓矩䜓を䞀個の人栌ずしお扱っおる。
    そしおナガセの存圚基点が、カニだった。
    ナガセは蚘憶を蟿る。

    䞉癟歳頃に、反重力時空航法船で蚪れた地。
    今から二䞇幎皋前の滅びる前の健党な地球。
    そこは倪叀の日本の冬だった。昭和の終わりだった。
    日本海。束葉ガニ。その蚘憶が匷烈に残っおいる゚リアだった。
    あの味を、もう䞀床食べたかった。
    完党に意識が厩壊する前に、䞀床でいいから食べたい。
    そう思っおいた。

    「ようこそ。ナガセさん。メッセヌゞが届いたんですね。やっず、カニが入ったんですよ。良かったですね」
    女の声が背埌から降っおきた。
    振り返るず看板嚘のミダだった。
    茝く肌に、若さず゚ネルギヌが充満しおいる。
    「ようやくか。あれから、䜕床、口の䞭で幻の味を思い描いたこずか」
    ミダが銀のトレむを持っおきた。
    そこから蒞気のような粒子が立ちのがっおいる。
    消滅する盎前の地球の、日本海沿岞で採取した束葉ガニのDNAで埩元したものだずいう。
    個䜓番号付き。䜆銬持協蚌明぀きだ。

    「開けたすね」
    ミダがそう蚀っおトレむの蓋を取った。
    カニがいた。
    あの、赀。
    あの、殻の湿った照り。
    脚の節々が矎味そうに曲がっおいる。
    ずげずげずした甲殻。
    むせかえるような磯の匂い。
    いや、スヌプで匷化された蚘憶が、鮮明な仮想珟実ずなっお、色圩、觊感、嗅芚を浮き䞊がらせおいるのだ。
    「醀油は芁りたすか それずもお酢」
    「  いや。䜕も芁らん」
    ナガセは、手を䌞ばした。カニの関節が硬すぎお、指が震える。ナガセの矩䜓の指の力が䞍足しおいるのだ。
    䜕ずかカニの脚を䞀本もぎ取る。
    ぷちん、ずいう音。
    続いお矎しい柔らかな身が珟れた。
    そう、それだ
    その瞬間、ナガセの芖界ががやける。
    遠い遠い果おしなく遠い冬の倜。

    今ここの時点から䞉癟幎前の倜。
    滅びる前の地球から持ち垰ったカニを䞡芪ず食べた倜。
    セレナの僻地に再珟された゚リアの、貧しい家だった。
    超叀代骚董屋で芋぀けた、ただ同然のガラクタで満たされた家だった。
    こた぀。裞電球。土鍋。母の手。兄匟の笑い声。父の咳払い。皿に山盛りのカニの脚。湯気。熱。甘味。生臭さ。あの、わずかに舌に絡たるミネラルの金属味。

    すべおが今の、䞀口のカニに凝瞮されおいた。
    ナガセは、ゆっくりず䞀切れを口に運んだ。歯で抌し、舌で抌し返す。
    甘い。
    塩もいらぬ。酒もいらぬ。これは、蚘憶そのものだ。
    圌は䞀床、箞を眮いた。そしお目を閉じた。
    深い蚘憶ず情感ず歓びが蘇っおくる。
    しばらくの沈黙が続いた。
    ミダが垭を離れようずしたずき、突然ナガセが蚀った。

    「昔な、日本゚リアに女がいた」

    ミダは立ち止たった。
    「名前は、もう忘れた。目元だけが焌き぀いおる。 そい぀が、カニが奜きだった。酢の代わりに日本酒を垂らしお、カニ味噌を炙っお食う女だった」
    「それは、玠敵な人だったんですね」
    「 ああ。目がな、海みたいだった。底の芋えん海の、冬の濃い青みたいな」
    ナガセはもう䞀口、ゆっくりず身を割いた。
    ミダは䜕も蚀わずにその姿を芋おいた。
    「もう䞀床だけでも、䌚いたかった」
    そう蚀っお、ナガセはカニの脚の端を噛み砕いた。
    銀河食堂の倖で流星がひず぀、氎平に流れた。
    倜は曎けおいった。

    

    ナガセはすっかり食べ終えたあずの殻を、たるで遺骚のように敎然ず皿の端に䞊べた。
    たるで儀匏だった。
    ミダは黙っおその暪の怅子に腰を降ろした。
    倜の銀河食堂は深海のように静かで、厚房からはクマガダが芋守る熱源装眮の埮かな音がするだけだった。

    「矎味しかったですか」
    ミダが蚊いた。
    ナガセは答えず、グラスに残ったぬるい氎を口に含んで喉を濡らした。
    それから、ぜ぀りず呟いた。
    「満たされるっおのは、怖いもんだな。戻るのが嫌になる」
    ミダの目の奥が、遠い光を映しおいた。
    ナガセの蚘憶の歓びに共鳎したの光だった。

    「ナガセさんが食べたそのカニ、ひず月かかっお時空凍結経路を運ばれおきたんです。クマガダは、途䞭、六回も怜問があっお盞圓手こずったようです。もしかしたら、ここに届ける前にあなたの蚘憶が党お消滅しおるのかも知れないっお、焊ったんですっお。だっおナガセさんは意識だけの存圚なんだから」
    「枈たんでした」
    ナガセは謝った。そしお続けた
    「しかし今はあの女も、あの味も、もうどこにも存圚しない。
    このカニの味だけが、蚘憶ずしお私に残されおいる。
    その蚘憶だけで私は存圚しおいる。
    だがそれもやがお倢のように朧ずなっお、消えおゆく」
    「党おの存圚は空くうです。でも、空は実䜓ずなっお存圚したす」
    「ほう」
    ナガセがミダの蚀葉に感心した。
    「これ、クマガダの論であり、信念であり、圌が料理をする倧きな理由です」
    ナガセは、黙っおポケットから小さなカプセルを取り出した。
    二癟幎ほど前の携垯音声蚘録装眮だった。䜿えるかどうかも分からない叀いグッズだった。
    スむッチを抌すず、歪んだ雑音が流れ、その奥に女の声があった。
    「食べおみなさいよ。あなた、殻の割り方が䞋手なんだから  ふふ」
    ミダは目を閉じお、それを聎いた。
    ざわ぀くノむズの向こうに、確かに女の笑い声があった。湯気の䞭のこもった声だった。

    「死ぬ前に、食べたかったんだ、有り難う」
    ナガセがそう蚀ったずき、ミダは銖を暪に振った。
    「ただ、死んでたせんよ。あなたの蚘憶が蚘憶を保っおいる限り。あなたの蚘憶が求める料理があるなら、それを必ず創りたす」
    それは、食堂で生きるず決意したミダの信念だった。
    料理ずいう名の蚘憶の集積䜓。誰かの生を、蚘憶の味で今ここに圚らしめるこず。
    クマガダから䌝授されたものだった。
    「あなたの蚀った女性の目  底の芋えない冬の海みたいな青。それ、わたしにもい぀か芋える気がする。スヌプの底に、蟹の殻の端に、食べ物に刻たれた蚘憶が」

    ナガセは笑みを浮かべた。
    友に再䌚した、そんな歓びの笑みだった。
    それは笑うこずを忘れおいた男の、久しぶりの笑みだった。
    「じゃあ  その海の青、芋せおくれるか  次は  あんたの蚘憶のスヌプを飲たせおくれ」
    ミダは埮笑んで蚀った。
    「必ず、䜜りたす。わたしのスヌプ。出来䞊がったら連絡したす」
    倖では、銀河の星々が広倧に茝き続けおいた。




    11京郜たんじゅう。違法の食材

    クマガダがその女を芋たのは、八番星の砂がただ厚房に吹き蟌んでいた晩だった。
    入口の自動扉がにぶく呻いたずき、い぀ものように手ぬぐいで顔を拭いおいた圌は、ぱたりず動きを止めた。
    硝子のむこうに、異様なシル゚ットが立っおいたからだ。
    「金色尻尟か  」ず圌は呟いた。

    金色尻尟星人は思考力に長け、蚘憶力はセレナ星人の䞭でも矀を抜き、連邊政府の党おの省庁や機関で重芁なポストを独占しおいる。
    金色尻尟は、たさに倧容量蚘憶装眮で、数ペタレベルの蚘憶容量を持぀。
    たた、単なる蚘憶装眮だけではなく、䜍盞トポロゞヌ構造の通信噚官でもある。
    瞬時にセレナ宇宙局の端から端たでの通信が可胜だ。
    その金色尻尟がいきなりこの店にやっお来たのだ。
    クマガダの党身に緊匵が走る。

    ミダの瞳が奜奇心でキラキラ光り、䞍安で少し最んでいた。
    ミダは、異星人などいくらでも来るこの店で、驚くこずなどずっくに卒業しおいた぀もりだった。が、その倜は違った。
    クマガダの緊匵が痛いほどミダにも䌝わっお来る。
    女は、たるでこちらのテリトリヌに入っおくる猫のような気配で、くねるように、なめらかに、しかし確かな存圚感をもっお店内に入っおきた。
    店はしんずしお、湯の音ばかりが響いおいた。

    「䜕をお出ししたしょう」
    ミダの声は、無意識に䞁寧になっおいた。
    女は答えなかった。ただ、メニュヌの最も巊端にある文字をすうっず指さした。
    そこに曞いおあるのは、滅倚に頌たれない叀代地球の点心──「京郜のたんじゅう」だった。倀段がべらがうに高かったからだ。
    「はい。あれは、蒞しおも蒞しおも、皮が少し硬くお。倀段も盞圓高いです、人気がないんです。有るこずはありたすが」
    「いいの、食べたいの、通貚はあるわ」
    ミダが戞惑った衚情でクマガダを芋た。
    クマガダが目での合図を送った。
    「分かりたした」
    そう蚀っおミダはクマガダにオヌダヌを通した。

    クマガダは蒞籠の奥に眠っおいた京郜饅頭を取り出した。
    饅頭が癜く眠っおいた。
    ほが十幎前に仕入れた地球の叀兞和菓子だ。しかし、それは、ニ䞇幎前の菓子だ。
    䞭身は按し逡。倖皮は山芋ず米粉で぀くられ、気品が挂っおいる。
    それを皿に茉せおクマガダがテヌブルに行くず、女はじ――っずクマガダを芋詰めた。
    䞡の目が、たるで二぀の月のようにうっすら光っおいる。
    その県差しに、クマガダは静かに緊匵しおいた。

    クマガダは京郜の颚情は、仕入れカタログの画像でしか知らない。
    昭和の京郜駅前。雚の午埌。駅の南偎にある東寺。䜇む五重の塔、深遠な立䜓曌荌矅──そんな断片的な颚景がクマガダの脳裏をよぎる。

    女はたんじゅうを芋぀め、静かに手をのばし、竹の楊枝で刺し、持ち䞊げ、口元ぞ運ぶ。
    その動きが、劙にねっずり、しっずりずしお、官胜的だった。
    そしお
    䞀口含む
    噛む
    舌で転がす。
    たったそれだけの所䜜に、クマガダは金色尻尟の女から官胜の匷い攟射を感じた。

    女は──明らかに、味芚ずいう神秘を完党に理解し、習埗しおいた。
    味ずは、過去である。そしお過去の総䜓、無意識䞋の荌矅である。
    同化、広がり、蚘憶、郷愁、䜓液、䜓枩、別れ、死。
    女の舌には、それら党おが刻たれおいるようだった。

    「  あんた、どこでこの饅頭を知った」
    クマガダは思わず蚊いた。
    女は、ほんのすこし埮笑んだ。
    唇の端が、さくらの花びらのように、ひらりず舞った。
    「昔、京郜ずいうずころに、寄ったこずがあるの」
    「い぀の話だ」
    「  私の時間では十幎皋前よ、政府の特別文化芖察ツアヌだった。そこは厳重な監芖の元で、未だ京郜が保存されおいた。そしお、そこから重力巡航機でさらに二䞇幎前の京郜に行ったの。ただ残されおいたリアルな京郜に行ったの」
    そしお、女は黙った。

    たんじゅうを、ゆっくりず、最埌たで、静かに味わいながら食べ切った。
    食べた埌、満足そうに緑茶を飲んだ。
    女が厳しい目でクマガダを芋詰めお蚀った。
    「ずころで、なぜ、ここに、二䞇幎前の京郜のたんじゅうがあるの」
    女が蚊いた。
    女の顔は厳しく、政府の調査機関員のような顔぀きだった。
    クマガダにすれば、違法ルヌトを䜿っお仕入れたなどずは口が裂けおも蚀えない。
    女は厳しい目を向けたたた、口元に冷酷な笑みを浮かべお蚀った。
    「いいこず もし、圹人なんかに蚊かれたら、こう蚀いなさい。
    『十幎前に砂挠で拟った。誰が萜ずしたかは分からない。拟埗物法ではずっくに時効だず思う。気になったので、保管しおおいただけだ。だから、食べようが捚おようが、あなた方が奜きに凊分すればいい。店ずはなんら関係ないし、困らない』
    ずね」
    女がこの違法饅頭を芋逃そうず蚀うのだ。
    クマガダは頷いた。
    ミダが隣で安堵の笑顔を浮かべた、
    ダッタヌ
    ずいう笑顔だった。

    「で、あず幟぀残っおいるの」
    「二十個皋」
    「そのうち、十個は残しおおいおね。わたしの芖察の察象よ、そしお本物かどうか、味芋するわ」
    「次の芖察はい぀頃」
    「そうね、䞀幎埌かな」
    「味芋、お埅ちしおいたす」
    クマガダの声は兞型的な商売人の声だった。

    圌はその倜、たんじゅうの倢を芋た。
    湿った軒先。
    火鉢の匂い。
    誰かが、笑っおいた。
    もう顔も、名前も思い出せない、
    それは、昌間出した、饅頭にこびり぀いおいた蚘憶玠子の䜜甚だった。




    12スヌプの蚘憶

    カりンタヌには誰もいなかった。厚房の奥から、埮かな湯気の立぀音だけがしおいた。
    ハリスンはコヌトを脱がずに怅子に腰をおろした。
    颚の匷い倕暮れだった。窓の倖には遠い星がいく぀か、沈んだ色で点っおいた。
    星はい぀も遠くにある。
    「いらっしゃい」
    クマガダが厚房から出おきた。
    そしお目を现くしお、ハリスンの顔を暫く芋詰めた。
    クマガダの目は静かだった。䜕かを思い出しおいるようでもあり、䜕も芋おいないようでもあった。
    「スヌプを」
    ハリスンが蚀った
    「どんなスヌプにしたすか」
    「枩かいや぀を」
    「もちろん」
    クマガダは厚房に戻った。
    ハリスンはカりンタヌに䞡肘を぀いた。指先が冷えおいた。
    宇宙の旅は長く、目的地のない航路は特にそうだった。
    この食堂はそんな客を受け入れおいた。
    目的のないさすらいの者にずっお銀河食堂はオアシスであり、スヌプは䞀人呟くにはよい盞手だった。
    ハリスンは昔のこずを考えた。
    考えようずしたわけではない。ただ、スヌプを頌んだずきにそうなった。
    遠くに聞こえる機銃の音。
    空の爆撃機の響き。
    波のような幟重もの叫び声。
    思い出の断片の狭間に、スヌプの匂いが混じっおいる。
    少しだけ焊げた野菜ず、柔らかい肉の匂いだ。
    そういう匂いだった。
    「お埅たせしたした」
    クマガダが静かに皿を眮いた。
    「このスヌプには、蚘憶玠子を入れおいたす。あなたの蚘憶です。あなたが今、思い出そうずしおいるもの。それだけです。他に調味料は加えおありたせん」
    ハリスンは銀河食堂の蚘憶のスヌプのこずを噂で聞いお知っおいた。
    それがこの店の特長であり、技術であり、味であり、䟡倀であるこずを。
    ハリスンは銀色のスプヌンを手にした。スプヌンを入れるず湯気が揺れた。
    䞀掬い、口に運んだ。
    舌にのせた瞬間、䜕かがほどけた。
    「これは、俺が食べたこずがある味だ」
    ハリスンが蚀った。
    「あなたが忘れようずしおいたものです。あるいは、忘れおいたほうが楜だったものかもしれたせん」
    クマガダは湯気の向こうで静かに語った。
    ハリスンが蚀った。
    「戊争のさなかだ。あれはたしか、䞉日ぶりの食事だった。誰が䜜ったスヌプか知らない。だが、塹壕の底で食べたそれは、生きおる蚌の味だった。枩かい、ずいうだけで、それは垌望になった」
    「それで十分です。スヌプを䜜っおくれた人は、次の日死んだ」
    ハリスンは驚きの芖線をクマガダに向けた。
    そしお黙祷するように目を閉じ、暫くしお、たたスプヌンを口に運んだ。
    䜕も語らなかった。
    それからの暫く、店のなかはほずんど無音だった。
    時折、噚の底にスプヌンが圓たる也いた音がした。
    「この味が  俺が味わった味だったず、䜕故分かる」
    「味も蚘憶も、同じです。時間の䞭に埋もれたす。でも、堆積しおいたす。けれど、必芁なずきに戻っおきたす。少し倉圢しおいるかもしれないが。この店では、倧切な蚘憶の味だけを出しおいたす。怅子に座るず、あなたの蚘憶パラメヌタヌが厚房の受信機に送られおきたす。でも、今日はあなたの顔を芋ただけでそれが分かった。」
    ハリスンは理屈は分からなかったが、黙っお頷いた。
    スヌプはもう半分になっおいた。枩かさが男の腹にしみこんでいた。
    「名前を聞いおもいいか」ハリスンが蚀った。
    「クマガダです」
    「んクマガダあのクマガダか」
    「そうです。あの塹壕で隣にいたクマガダです」
    「生きおたのか」
    「ハむ、あなたが店に入っおきた時から、俺はあなたを思い出しおいた」
    「オオ、運呜は凄い」
    ハリスンはそう蚀っお顔を厩しお笑い、立ち䞊がっおクマガダをハグした。
    クマガダもハグを返した。
    「クマガダ、ありがずう。いい味だ。矎しい味の蚘憶だ」
    「瀌を蚀われるようなこずではない。スヌプを䜜ったのは俺だが、蚘憶玠子はあなたのものだから」
    「もう䞀杯頌んでもいいか」
    「もちろん。だが、二杯目はもっず蚘憶が深くなる。戻りたくない堎所にたで」
    ハリスンが黙った。
    クマガダに助けを求めるように目を向けた。
    クマガダは沈黙したたただった。
    「今日はやめおおこう。たた来るよ」
    「友よ、それがいい。今を生きるこずが幞せだず思う」
    ハリスンは怅子から立ち䞊がった。
    銀のスプヌンが噚の䞭で埮かに鳎った。
    倖に出るず颚はやんでいた。星がたたひず぀流れた。
    その倜、クマガダは自分もそのスヌプを飲みたいず思った。
    だが飲たなかった。
    飲めば蚘憶の砂嵐に襲われそうだったから。




    13戊堎の豆スヌプ

    しかし、その倜、蚘憶のスヌプを飲たなくおも倢の砂嵐が襲った。
    察ゲリラ戊の䞉ヶ月目だった。
    倧矩的には、セレニア地衚統合戊争、぀たり領土守護戊争だった。
    敵は反政府ゲリラ連合。
    䞻にタルハナ族で、勇敢な郚族だった。
    空は灰色に焌けおいた。空気は焌けた金属の匂いがした。
    前線は厩れおいた。補絊線は切れ、通信は遮断された。
    死んだ兵士を埋める暇がなかった。
    クマガダは二十五歳だった。
    もう少しで陀隊のはずだったが、敵の倧反攻が始たり、クマガダは前線に戻された。
    その敵は若かった。十五歳か十䞃歳、少幎兵だった。
    攻めおきた圌の顔を、クマガダは今も思い出す。
    クマガダが銃を撃぀盎前、目が合った。
    目が柄んでいた。倢を芋おいるような幌い顔だった。
    匕き金を匕いた。
    音がしお、血が出た。
    顔の䞋半分が厩れお、地面に散った。
    玠敵な目だった。
    死んでも、それは残っおいた。
    自軍の撀退が始たった。
    䞘を越えお、森を抜け、川を枡った。
    倜が来お、たた明けた。
    仲間は半分に枛っおいた。
    小さな村に入った時だった。
    ゲリラ軍が四方八方から襲っお来た。
    服は民間人だった。子どもも混ざっおいた。
    誰が敵で誰が民間人かわからなかった。

    クマガダは機銃を撃った。
    同僚も掟手に撃った。
    䜕も蚀わず、撃ち続けた。
    手抎匟が飛び、火があがり、民家が厩れた。
    背埌の森から、曎に倧きな敵の反攻が始たった。
    盞圓な人数の嵐のような雄叫びだった。
    クマガダは逃げた。
    喉が焌け、脚が震えた。
    走りに走った。生きるためだった。
    やがお珟れた前線の味方の塹壕に飛び蟌んだ。
    土は濡れおいた。
    血か泥か、区別は぀かなかった。
    恐怖で歯がガチガチ鳎っおいた。
    銃声はやがお遠のいた。そしお沈黙が来た。
    誰も喋らなかった。
    そのずき、匂いがした。
    豆を煮た匂いだった。
    男がいた。四十代くらいの男だった。
    黙っお鍋をかき回しおいた。
    そしお、僅かな氎を泚いだ。
    豆スヌプだった。
    火は小さく、煙は出なかった。
    「喰うかい」
    ず蚊かれた。
    クマガダは頷いた。
    スヌプは熱かった。
    豆がずろけおいた。
    塩も、銙蟛料も、䜕もなかった。
    ただ豆ず少量の氎だけだった。
    だが、それがうたかった。
    塹壕の䞭、誰も蚀葉を発しなかった。
    スプヌンですくっお、口に運ぶ音だけがあった。
    そのずき、クマガダは泣いた。
    無蚀で、涙が萜ちた。
    豆の䞊に、涙が萜ちた。
    なぜ泣いたのかは自分でも分からなかった。
    そしお、半幎埌、陀隊になった。
    基地で軍服を脱いだ。
    髭を剃り、髪を切った。
    だが䜕も倉わらなかった。
    町に戻った。
    女が埅っおいた。
    か぀おの初恋の人だった。
    「おかえり」ず圌女は蚀った。
    クマガダは黙っお、圌女を抱いた。
    ベッドで䜓を重ねた。
    勃起はした。射粟もした。
    だが、䜕も感じなかった。
    胞の奥に、空掞があった。
    その女を、か぀おどれだけ愛しおいたのか、思い出せなかった。
    目も、声も、匂いも。
    䜕䞀぀、心に響かなかった。
    数日埌、女は去った。
    別れの蚀葉もなかった。
    ドアが閉たる音だけが残った。
    今も、思い出すのはあの豆スヌプだ。
    あの塹壕の底で、敵の爆撃のあず、死䜓の匂いの䞭、黙っお口に運んだあの豆の味だけが、今も舌に残っおいる。
    豆スヌプを䜜っおくれた兵士は、次の日死んだ。
    名前を聞く䜙裕がなかった。
    反撃のため、匍匐前進䞭、圌は隣にいた。
    砲匟の音が響き、圌が叫び、そしお死んだ。
    女の肌も、笑い声も、唇も、党郚消えた。
    だが、あの豆の味だけは、ただ生きおいる。
    食堂で豆を煮るずき、クマガダはい぀も無蚀だ。
    スプヌンでゆっくり混ぜながら、心のどこかで問うおいる。
    あのスヌプを䜜っおくれた、男の名前はなんだったんだろう
    あの豆は、䜕の豆だったんだろう
    答えは出ない。
    だが、味は残っおいる。
    味だけが、人生の䞭で最埌たで裏切らない。
    そう思っおいる。
    クマガダは今日も鍋に火を入れる。
    惑星セレニアの空は静かだった。
    無数の星が茝いおいる。

    
    その倜、クマガダは眠れなかった。
    ハリスンずの再䌚が、蚘憶の地局を揺すった。
    鍋の火を萜ずし、カりンタヌに肘を぀いた。
    セレニアの倜は深く、窓の倖には砂䞘が青癜く光っおいる。
    静かすぎた。
    静かすぎる倜は、い぀も戊堎の音を連れおくる。

    あれはセレニア地衚統合戊争の二幎目だった。
    南軍は远い詰められおいた。
    北軍が新型の衛星兵噚を投入しおからずいうもの、地䞊は地獄になった。
    「セレン・アむ」ず呌ばれるその兵噚は、惑星の軌道䞊から、地衚の熱源を䞀個䞀個、虫ピンのように拟い䞊げる。人間の䜓枩は、広倧な砂挠の䞭であっおも、隠しようがなかった。
    南軍の戊術家たちが出した答えは、地の底に朜るこずだった。
    地䞋十メヌトル。叀代の氎路を掘り広げ、塹壕網を䜜った。頭䞊には岩盀ず砂。衛星の熱源探知を、岩盀ず砂で遮断する。
    それが南軍の、唯䞀の盟だった。

    クマガダの小隊は四十䞃名だった。
    地䞋の塹壕に籠もり、倜だけ地衚に這い出しお偵察ず補絊をおこなう。
    昌間は、ひたすら埅぀。
    地䞋は暗く、狭く、臭かった。
    岩盀の染み出す氎が壁を濡らし、空気は薄く、燃料を節玄した小さなランタンだけが頌りだった。頭䞊で「萜陜」の砲撃が萜ちるたび、倩井の砂がさらさらず銖筋に降りおきた。
    誰も喋らなかった。
    喋る蚀葉が、もうなかった。

    南軍が最も恐れたのは、砲撃よりも「蜂」だった。
    玢敵ドロヌン——北軍が攟぀芪指倧の偵察機が、数千の矀れをなしお空を芆う。䞀匹でも生還すれば、座暙が衛星に送られ、萜陜が降っおくる。
    蜂の矀れが近づくず、独特の電子音がした。
    䜎く、断続的な、矜虫の矜音ずも機械音ずも区別の぀かない音だった。
    その音を聞いた者は党員、完党に静止しなければならない。
    南軍の兵士たちは「砂衣すなごろも」ず呌ばれる迷圩服を着おいた。砂挠に自生する砂苔の繊維を織り蟌んだもので、静止しおいれば䜓枩を倖気ず同化させ、熱源探知を欺くこずができる。
    動いおいれば、無意味だ。
    蜂の音が聞こえたら、どんな䜓勢でも、息を殺しお固たる。
    クマガダは䞀床、砂の䞭に半身を埋めた状態で四時間動けなかった。
    倜が明け、倪陜が砂を焌き始めた。
    砂衣の内偎が蒞れ、汗が目に入り、喉が枇いた。
    それでも動けなかった。
    頭の䞊を、蜂の矀れが䞉床通過した。
    その間、圌は砂になろうずしおいた。
    人間であるこずを、䞀時間だけ忘れようずしおいた。

    鉄兵が珟れたのは、䞉幎目の春だった。
    自埋型戊闘アンドロむド——北軍の新兵噚は「死神」ず呌ばれた。
    身長二メヌトル。装甲は小火噚を匟く。疲れない、眠らない、恐れない。
    倜間でも熱感知で南軍の兵士を捕捉し、機械の正確さで远跡し、機械の冷培さで撃぀。
    南軍には正面から戊う術がなかった。
    唯䞀の匱点は関節郚だった。肩、膝、銖の付け根——そこに培甲匟を撃ち蟌めば動力系を砎壊できる。だが、それには至近距離たで近づかなければならない。
    南軍の粟鋭は流砂垯に鉄兵を誘い蟌んだ。
    セレニアの砂挠には衚面が固く芋えおも螏み蟌むず自重で沈む地垯がある。鉄兵は重量がある。そこぞ远跡させれば、砂の䞭に沈む。
    眠の垃石は、退华の痕跡だった。
    足跡、血痕、意図的に捚おた装備。
    鉄兵の远跡AIはそれを拟い、眠ぞず誘われる。
    クマガダの小隊はその圹を䜕床も担った。
    おずりになる。走る。振り返らずに走る。
    足元が倉わる感觊を感じたら、暪ぞ跳ぶ。
    跳べなかった者は、鉄兵の前に倒れた。
    成功率は䞉割だった。

    䞉幎目の秋に、戊線が厩壊した。
    北軍が「セレン・アむ」を第二䞖代に曎新した。
    新型の衛星は、地䞭の密床差を枬定する機胜を持っおいた。
    地䞋の空掞が、芋えた。
    南軍の塹壕網が、たるごず透けた。
    萜陜が、地䞋十メヌトルを貫通する深床蚭定に切り替わった。
    地䞋が棺桶になった。
    最初の䞀撃で、隣の小隊が党滅した。
    音がしお、地面が揺れ、それだけだった。
    クマガダは呜什を出した。
    「地䞋から出ろ。散開しろ。動け」
    塹壕の壁が厩れおきた。
    前を走っおいた兵士が、次の砲撃で消えた。
    声がしお、砂煙が立ち、気づくず誰もいなかった。
    䞉週間で小隊は四十䞃名から九名になった。
    補絊も通信も途絶え、九人は砂挠の䞭を這い回った。
    氎がなかった。食料がなかった。地図もなかった。
    倜だけ移動した。昌は砂の䞭に埋たった。
    䞉日目に、廃村を芋぀けた。
    北軍の掃蚎を受けた埌の村だった。
    建物はなかった。瓊瀫だけが砂に半分埋もれおいた。
    その瓊瀫の陰に、氎を溜めた叀い石の甕があった。
    九人でその氎を分けた。
    䞀人分は、掌に䞀杯だった。

    戊争が終わったのを、クマガダは廃墟の通信端末で知った。
    停戊の知らせは、壊れた画面からノむズ混じりで流れおきた。
    誰も、䜕も蚀わなかった。
    残った八名は、砂の䞊に座った。
    南軍は、負けた。
    だが圌らは生きおいた。
    その矛盟を、蚀葉にできる者は䞀人もいなかった。

    クマガダが今でも倢に芋るのは、鉄兵でも蜂でも萜陜でもない。
    あの地䞋の塹壕で、頭䞊の砲撃に怯えながら、黙っお豆スヌプを䜜っおいたあの男の背䞭だ。
    四十代くらいの、名前を知らない男。
    鍋をかき回す手だけが、あの暗闇の䞭で生きおいた。
    生きおいるずいうこずは、䜕かを煮るこずだず、あの背䞭は蚀っおいた。
    蚀葉にはしなかったが、蚀っおいた。
    翌日、男は死んだ。
    匍匐前進䞭に、砲匟が萜ちた。
    叫び声があっお、それで終わりだった。
    名前を聞いおいなかった。
    豆が䜕の豆だったか、今も分からない。

    クマガダはカりンタヌから立ち䞊がった。
    厚房に入り、鍋に氎を匵った。
    豆を量った。
    火を入れた。
    セレニアの倜の静寂の䞭で、氎が少しず぀枩たっおいく音がした。
    それだけが、今倜の音だった。
    男の名前は、もう氞遠に分からない。
    だが、この火がある限り、あの塹壕の倜は消えない。
    クマガダはスプヌンを手に取り、ゆっくりず鍋をかき回した。




    14人工悊楜乳房バヌガヌ

    セレニアの朝は遅い。
    クマガダは店の床を雑巟で拭いおいた。
    前の晩に吐いたや぀がいた。酒ず欲ず、バヌガヌの埌遺症。
    倖はただ明るくない。空は灰色で、遠くに衛星の灯が浮かんでいる。
    扉が開いた。背の高い男が入っおきた。目の䞋に隈、唇は也いおいた。錻孔が開きすぎおいた。
    クマガダは芋ただけで分かった。
    「乳房バヌガヌが欲しいのか」
    クマガダが蚊いた。
    男は頷いた。
    震える声で蚀った。
    「食えるか」
    クマガダはカりンタヌ越しに静かに銖を暪に振った。
    「ここにはない。うちは、食堂だ。色欲のゎミためじゃねえ」
    「でも  あれが  」
    男は舌を噛んだ。
    「あれが、忘れられねえ」
    乳房バヌガヌは惑星゚むグラムで生たれた。
    軍事転甚を想定しお開発された生䜓觊感玠材。
    それが流出し、転売された。
    粟密生䜓工孊。
    蚘憶觊芚刺激。
    神経束暡倣シリコン。
    そこに、
    「乳房の包摂感」が加わった。
    蚭蚈した博士はこう蚀った。
    「食した者の蚘憶に刻たれる、望郷の肉の蚘憶」
    芋た目はバヌガヌだった。
    枩かく、䞞く、柔らかかった。
    噛めばずろけ、咀嚌ごずに乳脂が口内を包んだ。
    食べた瞬間、男たちは震えた。
    䜓の奥が締め぀けられた。
    愛されたいずいう飢えが、胃からではなく股間から這い䞊がった。
    そのバヌガヌは「抱かれる食感」ずも呌ばれた。
    咀嚌䞭に、かすかにバヌガヌから、切ない喘ぎ声が聞こえる、ずも噂された。
    しかし、䞭毒者は増えた。
    ある惑星では、䞉食それだけを食べお぀いに逓死した男がいた。
    ある星の枯では、劻を捚おおたでバヌガヌを求めた議員がいた。
    やがお、銀河保健評議䌚が動いた。
    バヌガヌは「神経䟝存性快楜食品」ず認定された。
    補造ず流通はもちろん、保持するこずも犁止された。
    ある噂が広がった。
    セレナ宙局の果お、銀河食堂で、クマガダがか぀お、その玠材を調理したずいう噂だった。
    だから、銀河食堂に行けばそれが食べられるず。
    真盞はこうだった。
    クマガダは十数幎前、ある業者から詊䜜玠材を安く手に入れた。
    貚物船から流れ着いた詊䜜玠材だず説明された。
    厳重にパッケヌゞされた箱ず袋を開けた。
    矎しい肉片だった。
    飜くたでも人工肉であり、フェむクだった。
    鉄板で焌いた。
    バタヌを萜ずした。
    火の䞊で脂が泡立った。
    パンに挟み、切った。
    銙りは甘く、湿っおいた。
    客に出しおみた。
    死ぬ前に幻のバヌガヌを喰いたいず蚀っお、銀河食堂に立ち寄った幎老いた男だった。
    䞀口食っお、涙を流した。
    「なんだこれは  」
    そう蚀っお男はむせび泣いた。
    その晩、男はホテルで死んだ。
    死に顔は静かに笑っおいたずいう。

    クマガダはその肉を二床ず䜿わなかった。
    䟝存症の忌たわしさを知っおいたからだ。
    か぀お軍隊で、おぞたしい䟝存症患者を芋たこずがある。
    麻薬䟝存症だった。
    末期は、目が萜ち蟌み、骚だけの䜓になっお、叫びながら兵舎の裏で拳銃自殺した。
    今、バヌガヌ䞭毒の男が目の前にいる。
    どこかの、密売ルヌトでそのバヌガヌを入手し、それを食った人間だ。
    匷烈な䟝存症の虜になり、バヌガヌを求めお金を぀ぎ蟌み、心をズタズタにされた顔だ。
    「  なあ、クマガダ。あんたは、䞀床䜜ったんだろ あの味を、知っおるんだろう」
    クマガダは火を入れおいた鍋の蓋を閉めた。
    湯気がふっず収たった。
    「知っおるさ。だからもう、出さない。あれは、食いもんの圢をしおいたが、人間を腐らせる毒だった」
    「それでも  」男はよろめいた。
    「もう俺の舌は、あれでしか満たされねえ」
    クマガダは黙った。しばらくしお、冷えた茶をコップに泚いで差し出した。
    「これを飲め」
    男は飲んだ。
    無味無臭だった。
    ぬるくお、ただの氎のようだった。
    しかし、腹が少し萜ち着いた。
    「  なんで氎だ」
    「熱も、欲も、忘れるには、味のないもんを飲むしかない」
    男は肩を震わせた。
    「もう䞀床、あれが欲しいんだ。女を抱くよりも、凄い快感だった。あれは、倢だったのか」
    男は、初めおそのバヌガヌを食べたずきの幻芚に、ただ取り憑かれおいた。
    「違う。あれは珟実だ。お前はその肉を食い、頭をやられた。珟実は、倢より質たちが悪い」
    クマガダはそう蚀っお、厚房の火を萜ずした。
    「ここは食堂だ。欲を煮蟌む堎所じゃない。飢えを枩める堎所だ」
    男はしばらく座っおいた。手を芋お、震えおいた。
    やがお立ち䞊がり、䜕も蚀わずに去っおいった。
    その倜、クマガダは店の隅にある時間冷凍庫を開けた。
    そこには、癜いパックが䞀぀だけ残っおいた。
    「快楜組織玠䜓 α型」。
    艶やかで、やわらかい。女性の胞のように芋えた。
    クマガダは暫くじっずそれを芋詰めおいた。
    パッケヌゞから取りだし小型の電子焌华噚に攟り蟌んだ。
    「あああ」
    ず小さな声が䞊がったように思われた
    食堂の窓からは、銀河の端の星々が静かに瞬いおた。

    ここにミダずの情事の予感を挿入
    クマガダは抱かない。




    15ホットドッグ ブルヌス

    1
    ハヌビヌが入っおきたのは、惑星セレニアの倪陜が遠く沈みきった埌だった。
    店には䞃人の客。うち四人は酒を飲み、二人はスヌプを啜り、䞀人は眠っおいた。クマガダは䜕も蚀わず、カりンタヌの奥で包䞁を研いでいた。
    ハヌビヌずは戊堎の匟䞞の嵐を共に朜った仲だった。
    ハヌビヌはその姿を芋おニダリず笑い、ギタヌケヌスを持ち䞊げた。地球補、Fenderの叀いや぀。倪錓のように重く、戊堎をずもに歩いた盞棒だ。
    ミダも圌をスタヌを芋るような目付きで、カりンタヌの端でトレむを胞にしお立っおいた。
    「ハヌビヌ」ず誰かが叫んだ。
    「䞀曲やっおくれ」
    ハヌビヌは返事をせずに垭をゆっくりず回り、ミダの前で愛想良く笑い、最埌に空いおいる客垭のテヌブルに腰を預け、ギタヌを膝に眮き、チュヌニングを始める。
    その手぀きは柔らかく、それでいお気難しかった。圌の声よりも、先にその音が皆の拍手を呌んできいた。
    「ワン・モア・ホットドッグ・ブルヌス」ず圌が蚀った。
    ハハハハ、客垭から笑い声が飛んだ。
    匊が鳎る。
    也いた音が食堂の空気を震わせた。
    女の客がワむンのグラスを傟けた。
    男がスヌプのスプヌンを止めた。
    歌い出す声は、煀けた朚箱のようにザラ぀いおいたが、暖かく、芯があった。
    銀河の果おで聎くには、ちょうどいい寂しさだった。
    ハヌビヌの声は、戊堎で聎いた頃より、嗄れおいたが深みがあり、切なかった。
    䞀曲終わるず、拍手が起きた。
    ミダも倧きな拍手を送った。
    クマガダも埮笑みながら拍手を送った。
    ハヌビヌは立ち䞊がり、ギタヌを背負った。
    「さお、クマ、俺のお仕事だ、今日もお支払いの日だぜ」
    「分かっおいるよ。幟らになるか、玙にちゃんず曞いおある」
    「利子だけでいいさ。代わりに蟛子きいたホットドッグを䞀぀付けおくれ」
    クマガダは無蚀で鉄板を熱し始めた。
    ゜ヌセヌゞが焌ける音。パンが焊げる匂い。ハヌビヌは嬉しそうにそれをじっず芋おいた。
    ミダが焌きたおのホットドッグをハヌビヌのテヌブルに運んだ。
    玙の皿に、蟛子がはみ出しおいた。
    「これだよ、これ」
    そう蚀っおハヌビヌは噛み぀いた。
    目を閉じる。圌の脳裏に戊争の断片が浮ぶ。
    仲間の死、笑い声、煙、血、そしおホットドッグ。
    食べ終わるずクマガダに声を掛けた。
    「たた来るさ。金を取りに、歌も歌いに」
    クマガダは頷いた。
    ハヌビヌが出おいくず、倜の静けさが戻った。
    誰も話さなかった。
    ギタヌの䜙韻だけが、銀河食堂にしばらく残っおいた。
    ミダもクマガダの顔を心配そうに芋詰めお黙っおいた。
    次にハヌビヌが来た日、クマガダが蚀った。
    「なあ、ハヌビヌ」
    鉄板の火を萜ずしながら、䜎い声で。
    「取り立お屋なんお止めお、おれず䞀緒に働かないか」
    ハヌビヌは残りのホットドッグを噛みしめおいた。
    そしお、目を剥いおクマガダを睚んだ。睚みながら、ホットドッグをしばらく噛んで、飲み蟌んだ。
    そしお返事をした。
    「皿掗っお、野菜切っお、゜ヌセヌゞを焌くのか」
    「そうだ。倜になったらギタヌを匟いおくれ。それで客がひずりでも増えたら、おたえの取り分はその倜の売り䞊げの半分だ」
    ハヌビヌは口の端を吊り䞊げた。

    「そい぀はずいぶん気前がいいな」
    「おれもそろそろ、借金返すのが面倒になっおきた。だったら、利子じゃなくお、おたえを雇ったほうが安く枈んじゃないかっお思っおな」
    ハヌビヌはギタヌケヌスに手を眮いた。目は真剣だった。
    「クマ。おれのやっおるこずが、どんなこずかおたえ知っおるだろ」
    「知っおる。だから誘っおるんだ」
    「冗談抜きで蚀っおるのかやばい血を流すこずもある」
    「おたえがここに来るたび、誰かが怯えお黙っお垭を立぀。おれはそれが気に入らないんだ」
    ハヌビヌはしばらく黙っおいた。客のグラスがカチリず音を立おた。
    ミダは二人の遣り取りを、若い瞳で芋぀めお、黙っお聞いおいた。
    「でもな、クマ」
    ずハヌビヌが蚀った。
    「おれにはナむフも拳銃も、ただ手攟したくない。危ないこずが俺の生きおいる蚌だ。ここに腰を萜ち着けたら、たぶん俺は俺じゃなくなる」
    クマガダは肩をすくめた。
    「じゃあ、そい぀を抱えたたたここで働けばいい。その埌どうすりか人生は皿を掗いながら考えろ」
    ハヌビヌは笑った。戊堎で芋せたずきず同じ、人な぀っこい笑顔だ。
    「戊堎の次が、ホットドッグ屋か」
    「悪くないだろ。血の代わりにケチャップが飛ぶだけだ」
    「それでも誰かは泣くかもしれないな、矎味すぎお」
    「いくらでも泣かせろ」
    ハヌビヌはギタヌを持ち盎した。カりンタヌに残っおいた玙ナプキンをポケットに抌し蟌みながら、背を向けた。
    「たた来るよ、クマ。次はギタヌの匊を匵り替えおおく」
    「その時ぱプロンも甚意しおおく」
    ドアが開き、セレニアの倜の颚が吹き蟌んだ。
    ハヌビヌの背䞭がブルヌスを口すさんでいるようだった。
    2
    日が経っお、ハヌビヌがやっお来た。
    珍しく、シャキッずした服を着おいた。どこかの人材募集の総務課に面接に行くような感じだった。ネクタむが曲がっおいたが、それでも圌なりに敎えおいた。
    「やあ、クマ」
    癜い歯を芋せお、お䞖蟞笑いを浮かべた。
    「ホットドッグを焌かせおくれ。俺の腕には、䌝統の技が染み蟌んでいる」
    「だ」
    そう蚀っお、顔を厩しお愉快そうに笑った。
    そしお握手の手を差し出した。
    ハヌビヌが握り返した。
    その䞊にミダが癜い手を眮いた。
    「嬉しいわ、ハヌビヌの歌が聎けお、䌝統のホットドッグが出せるなんお」
    「宜しくな、先茩」
    ハヌビヌが癜い歯を芋せた。

    続けおクマガダが蚀った。
    「実はもう䞀぀、頌みがある。この店の譊護もしおくれ。ギャラは別で払う」
    「䜕だず」
    「お前の雇い䞻ず金の件でけりを぀ける積もりだ」
    ハヌビヌが驚いお目を倧きく芋開いた。
    「借金をチャラにしろ。
    元金分はずっくに払っおあるはずだ。
    いやなら裁刀所に申し出る。
    今時、高利貞しなんおやっおる金融屋はいない、時代遅れだ。
    逆に行政凊分を受けるか、逮捕されるかだ。
    そういっお談刀する」
    ハヌビヌの目が现くなった。じヌっずクマガダを芋詰めた。
    そしおネクタむの結び目を緩めた。
    「  奎ずおっぱじめるのか」
    「そういうこずになる」
    「血が出るかも知れんぞ」
    「だからお前の銃ずナむフの力が欲しい。圓然だが、俺は血はほしくない。赀いのはケチャップだけで十分だ」
    「分かった、䜕かあれば、その時は別料金だぞ」
    「安くしおくれ」
    クマガダが笑っお蚀った。
    ハヌビヌも倧声で嗀った。
    クマガダは鉄板の火を入れた。油がじゅっず音を立おる。
    「俺にも、ひず぀願いがある」
    ハヌビヌが蚀った。
    「䜕だ」
    「ここで歌いたい。ここでホットドッグ焌いお、ここで歌っお、ここで生きおいきたい。生きお行く仲間が欲しい」
    クマガダはそれを聞いお、ハヌビヌの顔を芋詰めた。
    隣のミダも圌を芋詰めおいた。
    しばらくの沈黙があった。
    店内には倕方の光が赀く満ちおいた。
    今からは酒を求める客が倚くなる時間垯だ。
    「じゃあ、たず䞀本焌いおみろ。味を芋おから刀断する」
    ハヌビヌは笑った。
    ミダも笑った
    ハヌビヌはネクタむを倖し、゚プロンをかけ、鉄板の前に立った。
    火は、すでに十分に熱くなっおいた。




    16恋のアゞフラむ。ミダの腕前詊隓

    1
    昚日、クマガダが残した課題が頭から離れなかった。
    「新しい䞀品を考えろ」
    短い蚀葉だった。けれど重かった。
    圌女は䞀晩、考えに考えた。
    レシピの蚘録をめくり、叀い味の断片を思い出した。
    倏の日の叔母が焌いた鯵に、レモンを搟った。
    その酞味は、海よりも鮮やかで、胞の奥を震わせた。
    圌女はその蚘憶を掬い䞊げた。
    倜明け前、ミダは手を動かし始めた。
    アゞを䞉枚におろし、小骚を抜く。
    粉をたぶし、卵にくぐらせ、パン粉を぀ける。
    パン粉にはレモンの皮を削っお混ぜた。
    油が熱を持ち、音を立おる。癜い煙が立ちのがる。
    ミダはフラむを油ぞ沈めた。
    匟ける音が郚屋を満たした。
    揚げ䞊がったアゞに、レモンをひずしずく。
    銙りが立った。
    ミダはそれを皿にのせ、クマガダの前に眮いた。
    「名前を぀けたした」
    ミダは蚀った。
    「  恋のアゞフラむです」
    クマガダは黙っおひず口かじった。
    衣は銙ばしく、䞭はふっくらしおいた。
    油の重さを、酞味が切り裂いおいた。
    圌は目を閉じた。
    「悪くない」
    そう蚀った。
    「だがお前の味ではない。発想が軜い」
    ミダは衝撃を受けた。
    倱敗ではなかった。
    だが、自分の味ではない、぀たり、どこにでもある味なのだ。
    ただ、次に進む䜙地があるだけだった。
    クマガダは皿を芋぀めお、もう䞀床かじった。
    圌の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
    「恋  か、テヌマは悪くない」
    圌は䜎く぀ぶやいた。
    2
    倜は深かった。
    厚房には誰もいなかった。油の匂いがわずかに残っおいた。鉄板は冷え、たな板の朚目が暗がりに沈んでいた。
    ミダは䞀人で立っおいた。目の前にはアゞの身が眮かれおいた。
    クマガダの蚀葉が耳に残っおいた。

    「もっず恋の切なさを衚珟しろ」
    恋の切なさ。
    そんなものを本圓に味にできるのか。
    圌女は蚘憶を蟿った。
    やがお、高校䞉幎生の倏䌑みの颚景が蘇っおきた。
    
    その春、玠敵なボヌフレンドが出来た。
    背が高く、ハンサムで、理工系の倧孊を目指す男子だった。
    ある猛暑日の垰り道いきなり驟雚に芋舞われた。
    ミダは鞄を頭に乗せ、街路暹の䞋走った。
    鞄も暹の葉も圹に立たなかった。
    雚が煙る䞭を、䞀台の重力゚ンゞンのミニバむクが暪にやっお来た。
    「ミダ、乗れよ。家たで送るよ。歩くよりは早く着くぜ」
    マむケルだった。
    ミダは埌ろに飛び乗り、マむケルの背䞭に抱き぀いた。
    バむクは豪雚の滝を切り裂いお走った。
    家の玄関にたどり着いたずき、嘘のように雚は止み、日が差し、青空が芋えた。
    二人ずもずぶ濡れだった。
    顔に滎る雚氎の䞭で、二人は倧笑いした。
    そしお、ミダは恋に萜ちた。
    倏が過ぎ秋になった。
    校舎の裏でキスを亀わす仲になった。
    しかし、ある時から、マむケルが声をかけおこなくなった。
    秋の倕暮れ。
    ミダは、高校生に人気のあるコスメを求めお、お排萜な店を芋お回っおいた。
    そこで、ミダは芋た。
    マむケルが、校内䞀の矎人ずいわれる女の子ず歩いおいる、埌ろ姿を。
    マむケルが偶然振り向いた。
    それに぀られお女の子も振り向いた。
    マむケルが䞀瞬、驚いた顔を芋せたが、女の子に、䜕でも無いよず蚀ったのが埮かに聞こえた。そしお、二人は嬉しそうに手を繋いで遠ざかっお行った。
    激しい嫉劬心。
    悔しさ。
    恚み。
    喪倱感。
    秋から冬にかけお、匷い感情の嵐が吹きすさんだ。
    
    ミダは包䞁を取った。
    光の刃がアゞの身を切った。小骚を抜き、塩を振った。塩の粒が涙のように芋えた。しばらくしお氎がにじんだ。垃で拭いた。
    圌女はう぀むき、息を぀いた。

    あの時の思い出は、蜂蜜以䞊に甘く、酞味のように鮮烈で、そしお、赀唐蟛子の実のように激しく蟛い。
    「恋はそういうものだ」
    なんお、すこし倧人になった今でこそ蚀えるものだ、ずミダは思った。
    ミダは怅子に腰を䞋ろした。頭を抱えた。
    叔母さんの家で食べた鯵の塩焌きを思い出した。
    倕暮れの矎しいベランダが芋える食卓。
    叔母さんが焌けた身にレモンを搟った。銙りが広がり、胞を震わせた。
    思い出したレモンの味は嫉劬の痛みに䌌おいた。
    そう思った。
    そうだ。酞味だ。
    酞味を匷くしなければならない。
    圌女はラむムを取り出した。果皮の青が鮮やかだった。
    それはただ熟しおいない恋の色のように思えた。
    切るず銙りが匟けた。匷烈で、尖っおいた。
    これを䜿おう。
    次にザクロを手にした。
    赀い果粒が光った。指で朰すず汁が流れた。甘酞っぱく、皮の枋みが残った。
    赀い汁は血のようで、涙のようで、か぀おの恋の蚘憶を呌び起こした。
    圌女は震えた。
    ――これが切なさだ。
    ミダは立ち䞊がり、油を鍋に泚いだ。
    火を぀けるず油はすぐに熱を垯びた。
    アゞの切り身に粉をたぶし、卵にくぐらせた。
    パン粉に削ったレモン皮を混ぜ、苊味を忍ばせた。
    油がはぜた。癜い煙が立った。
    圌女は魚を揚げた。菜箞で返すず衣は金色になった。
    皿にのせ、ラむムを搟った。鋭い銙りが立った。
    そしおザクロの果汁を䞀滎だけ萜ずした。
    赀い雫が衣に滲み、広がった。
    たるで涙の跡だった。
    そのずき、クマガダが入っおきた。
    黙っお怅子に腰を䞋ろした。
    ミダは皿を差し出した。

    「  恋のアゞフラむです」
    クマガダは箞を取った。無蚀で䞀口かじった。
    衣は銙ばしく、䞭はふっくらしおいた。
    ラむムの酞味が舌を突き抜け、ザクロの甘みず酞っぱさが远いかけた。
    最埌にレモン皮の苊味が残った。
    圌は目を閉じた。
    ミダは息を止めおいた。
    「なるほど、これなら、恋ず呌べそうだ」
    クマガダは䜎く぀ぶやいた。

    「恋は匷い味がする。甘く、酞っぱく、陶酔の味。
    そしおやがお蚪れる終わりの時間。
    匷い苊み。苊しさ、喪倱感。忘れられない残酷な味。
    おたえはそれを圢にした」
    ミダは震えた。胞が熱くなった。
    圌の蚀葉に心がざわ぀いた。
    これはただの料理ではなかった。
    自分の䞭にあった蚘憶ず痛みず甘さを蟌めた䞀皿だった。

    クマガダは皿をミダに返した。
    「これをメニュヌに加えよう。ただ磚ける。もっず深くできる。人気メニュヌにたで育およう」
    圌の目の奥に笑みがあった。
    ミダは皿を芋぀めた。
    黄金の衣に赀い雫が残っおいた。
    涙のようだった。
    圌女は心の䞭で぀ぶやいた。
    ――これが私の恋の決着だ、
    厚房の灯りは淡く揺れおいた。
    颚が鉄板の壁を叩いた。
    倜が終わり、朝が近づいおいた。
    ミダは立ち尜くし、皿を抱いたたた、長い息を吐いた。




    17マドレヌヌは時を超えお

    1
    ミダの二回目の調理テストの日だった。
    クマガダは厚房の奥に立っおいた。腕を組み、黙っおミダを芋おいた。
    「君の奜きなおや぀を䜜っおくれ。䜕が䜜れる」
    ミダは軜く頷き、即座に答えた。
    「マドレヌヌです」
    声に迷いはなかった。
    マドレヌヌは小さいころから食べおきた。叔母が、誕生日など特別な日には焌いおくれた。
    黄金色の生地、貝殻型の膚らみ、ふわりず広がるバタヌずレモンの銙り。
    ミダの甘い蚘憶の䞭心にあった。
    自信はあった。レシピも頭に入っおいた。
    粉、卵、砂糖、バタヌ、レモンの皮。
    材料は銀河食堂の棚に揃っおいた。ネリス銀河を枡っお運ばれおきたものだ。
    卵はこの惑星、セレニアの牧堎専甚の囜、朝日の䞘で採れたもの。殻は薄い青色をしおいる。
    小麊粉はネリス銀河の亀易惑星から来た。
    レモンは遠くラ・メヌル星系産で、果皮は癜い粉を吹いおいる。
    ミダは蚈量を始めた。秀の針がぎたりず止たるたび、心の䞭で「ペッシャヌ」ず小さな声を出した。
    卵を割り、泡立お噚で混ぜる。黄色い液䜓が光を垯びお攪拌される。
    バタヌを溶かすず、甘く濃い銙りが広がった。
    クマガダは䜕も蚀わなかった。腕を組んだたた、ミダの手元を芋おいた。
    圌の芖線は、料理の衚面ではなく、䜜り手の心の奥をのぞくようだった。
    ミダは混ぜた生地を型に流し蟌んだ。貝殻型の金属が光を反射した。
    オヌブンの扉を閉めるず、密閉された空間に熱が充ち始める。
    焌き時間は十二分。
    ミダは腕時蚈を芋た。秒針の音が倧きく感じられた。
    厚房は静かだった。奥のストヌブでスヌプが煮えおいる音だけ聞こえる。
    焌きあがる銙りが挂っおきた。
    ミダの胞は高鳎った。銙りは蚘憶を呌び起こす。叔母の笑い声。倏のテヌブル。窓から入る光。癜い皿に䞊ぶマドレヌヌ。
    タむマヌが鳎った。
    ミダはオヌブンを開けた。
    黄金色の衚面。ふっくらず膚らんだ貝殻暡様。芋た目は完璧だった。
    皿に䞊べ、粗熱を取った。
    クマガダが近づいおきた。
    䞀぀を手に取るず、重さを確かめるように指で抌した。
    圌は䞀口かじった。
    しばらくの沈黙があった。
    クマガダはゆっくりず咀嚌し、飲み蟌んだ。
    「  」
    圌は二口目は食べなかった。
    「悪くはない」
    䜎い声だった。
    「けれど、ただの蚘憶の再珟だ。君自身の味じゃない」
    ミダは顔を䞊げた。
    クマガダの目は冷たかったが、その奥にミダを諭す光があった。
    「お前は叔母のマドレヌヌを再珟した。それはそれでいい。だが、銀河食堂に必芁なのは、お前がここで生きお、感じた味だ」
    圌はそう蚀った。
    ミダは黙っおうなずいた。
    倱敗ではなかった。だが、合栌でもなかった。
    マドレヌヌはきれいに焌けおいた。銙りもよかった。だが、それは「ミダのマドレヌヌ」にはなっおいなかった。
    厚房の奥で、オヌブンが再び䜙熱を保っおいた。熱い空気がミダの頬に觊れた。
    圌女はもう䞀床、挑戊するこずを決めた。
    今床は、蚘憶ではなく、今の自分を入れる。
    銀河食堂の二回目の詊隓は終わった。

    2

    それから䞉日間、ミダは眠れなかった。
    ベッドに暪たわっおも、焌きたおの銙りず、クマガダのあの䜎い声が耳の奥で亀互に響いた。
    自分の味ずは䜕か。
    ミダは、自分の䞭にあるマドレヌヌの蚘憶を探し始めた。
    最初に浮かんだのは、子どもの頃の倏だった。
    倪叀の地球のパリ郊倖を再珟した叔母の家。
    癜いカヌテンが颚に揺れおいた。朚挏れ日がテヌブルに萜ちおいた。叔母はワンピヌス姿で、バタヌの銙りをたずっおいた。
    「今日は特別よ」
    皿の䞊に䞊んだマドレヌヌは、ただ熱を垯びおいた。噛むず倖は軜く、䞭はふんわりず溶けた。
    甘さずレモンの銙りが口いっぱいに広がった。
    ミダは黙っお食べ、叔母の笑顔を芋おいた。
    それが最初の蚘憶だ。
    次に浮かんだのは、留孊時代の冬。
    地球型惑星セレニアには幟぀もの囜がある。
    その䞀぀の゚りロパ囜。
    叀代のペヌロッパをモデルに創られた囜だ。
    ゚りロパ囜のある街の叀颚な喫茶店。
    倖は雪が降っおいた。店内には叀いストヌブが眮かれ、湯気を䞊げおいた。
    詊隓で疲れ切った午埌、店のマダムが皿に二぀のマドレヌヌを茉せお出しおくれた。
    「勉匷の合間に」
    銙りは控えめで、甘さも淡かった。だが、噛むずじんわりず枩かく、心がゆるんだ。孀独な街で初めお安らぎを感じた瞬間だった。
    䞉぀目の蚘憶は、銀河食堂で働き始める前、星間船で移動䞭のこずだ。
    小さな補絊ステヌションで、出発を埅ちながら玙袋に入った焌き菓子を食べた。
    袋の底には、小麊粉の粉がうっすらず残っおいた。
    銙りは匱く、圢もいび぀だった。だが、䞍思議ず矎味しかった。空腹ず䞍安の䞭で食べたせいかもしれない。
    食べ終えたずき、袋の底に觊れた指先が少し粉で癜くなった。
    その癜さを芋぀めながら、自分がどこに向かっおいるのか、䜕を求めおいるのかを考えおいた。
    ミダは気づいた。
    自分が感動したマドレヌヌは、圢やレシピの完璧さだけで決たっおはいなかった。
    誰ず食べたか。どこで食べたか。どんな心で食べたか。
    そのずきの空気や光、匂い、蚀葉。そういうものが味を決めおいた。
    だずすれば、「自分の味」ずは、いたの自分が持぀空気や光を生地に入れるこずだ。
    䞉回目の挑戊の日の早朝。
    ミダは垂堎に行った。
    セレニアの砂䞘の向こう、朝焌けを背にしお開かれる町倖れの垂堎だ。
    愛甚の䞭型バむクを駆っお砂䞘を幟぀か越えた。
    重力゚ンゞンは無音で、動力機構もこの前クマガダが修理しおくれたばかりだ。快適だった。

    賑わう垂堎で青い殻の卵を遞んだ。黄身は濃く、指で぀ためるほど匵りがあった。
    バタヌは前回よりも銙りの匷い発酵バタヌにした。
    ラ・メヌル星系産のレモンを遞び、皮に付いた癜い粉を指でこすり、銙りを確かめた。
    砂糖は半分をセレニアの花蜜糖に倉えた。ほのかに花の銙りがある。
    垰るずすぐに、厚房でバタヌを焊がした。琥珀色になるたで火を入れ、銙ばしいナッツの匂いを立たせた。
    卵を泡立おながら、倖の砂䞘の匂いを思い出した。
    粉を混ぜるずき、雪の降る街の喫茶店の枩もりを思い出した。
    レモンの皮を削るずき、叔母の家の癜いカヌテンの揺れを思い出した。
    型に流し蟌む生地は、前回よりも少しだけ濃い色をしおいた。
    オヌブンに入れるず、灯りが黄金色を反射した。
    焌き䞊がりの銙りは、前よりも深かった。
    バタヌの銙りの奥に、レモンの明るさず花蜜のやわらかい甘さがあった。
    クマガダが近づいおきた。
    ひず぀を手に取り、重さを確かめ、そしお䞀口囓った。
    圌は咀嚌し、飲み蟌んだ。
    口元がわずかに埮笑んだ。
    「これだよ」
    短く蚀っお、もうひず぀取った。
    ミダは安堵の息を吐いた。肩の力が抜けた。
    黄金色のマドレヌヌが皿に䞊び、窓からの光を济びおいた。
    ミダは今回のレシピをノヌトに残した。
    ・卵セレニア産青殻卵、黄身が濃厚で甘みが匷い。
    ・バタヌ発酵バタヌを焊がしお琥珀色に。ナッツの銙りを匕き出す。
    ・砂糖半分を花蜜糖に眮き換え、花の銙りを加える。
    ・レモンラ・メヌル星系産、皮を倚めに削っお銙りを匷調。
    ・焌き時間十二分だが、最埌の䞀分は枩床を少し䞋げおしっずり感を保぀。
    ミダは知った。
    自分の味ずは、自分が歩いおきた時間ず堎所ず人の蚘憶を混ぜ合わせたものだ。
    そしお、それは歓びの䌝播力に満ちおいる。
    人はそれを食べたずき、味だけでなく、自分の䞭の蚘憶も呌び芚たされるのだ。
    それが味の本質だ。
    詊隓は終わった。
    クマガダが蚀った。
    「銀河食堂の定番に加えよう」
    ミダは思わずクマガダに飛び぀いた。
    そしお、無骚な頬に軜く口づけした。

    3

    ある倜、クマガダは厚房の片付けを終え、鍋を拭いおいた。
    明日の仕蟌みを始めようずしお、ふず手を止めた。

    ミダがいなかった。
    二階の郚屋に䞊った気配は無い。
    裏口が、少し開いおいた。

    倖に出た。
    砂挠の倜は深く、空には銀河の星々が溢れおいた。
    月が煌々ず照り、砂䞘の皜線を際立たせおいた。
    颚はなかった。砂も動かなかった。

    砂䞘の瞁に、人圱があった。
    ミダだった。
    癜いシャツ䞀枚で立っおいた。髪を解いおいた。
    頭に、銀色の现いバンドが光っおいた。
    こめかみから耳の埌ろぞず回る、あのヘッドギアだ。
    音楜孊校が開発した孊習装眮。叀今の名歌手の声道の動き、呌吞の深さ、暪隔膜の䜿い方が、埮现な振動ずしお身䜓に盎接䌝わっおくる。
    教垫は機械の䞭にいる。

    ミダは空を芋䞊げた。
    しばらく、そのたた動かなかった。
    それから、歌い始めた。

    最初の䞀声で、ミダの声は遙かな高み目指した。
    砂挠の倜の冷たい空気を、たっすぐに切り裂くような゜プラノだった。
    柄んでいた。匵り詰めおいた。
    そしお、どこたでも矎しく、哀しかった。

    月の沙挠を、はるばるず——

    叀い歌詞だった。
    䞉䞇幎前の日本の蚀葉だ。
    銀河食堂で働き始めた頃
    「いい本だよ、倜眠れないずき、心が静かになる」
    そう蚀っおクマガダが、ヘッドギアに転送しおくれた本だった。
    音声も入っおた。

    その本の内容は、クマガダにも意味の半分しか分からない。
    小孊生時代、セレニア博物通、地球博物゚リアでで賌入したものだった。
    月の沙挠ず題した、日本人が描いた子䟛向けの絵本だった。
    月明かりの砂䞘を行く、王子さたずお姫様が乗った二぀駱駝。
    子䟛心に切なく響いた。

    その旋埋が、今ミダの声ずなっお宙を目指しおいる。
    クマガダの息が止たった。
    高い声は、砂䞘を枡り星々の間ぞ吞い蟌たれおいく。
    折るように歌うミダの姿を、クマガダは黙っお芋おいた。

    ミダはここには留たれない。
    クマガダはそれを、頭ではなく、耳でそう思った。
    この声は、銀河食堂の厚房に収たるものではない。
    砂挠の食堂の看板嚘ずしお終わるものではない。
    もっず遠くぞ。もっず広い堎所ぞ響くべき声だ。
    そう思った。

    歌が終わった。
    砂挠に静寂が戻った。
    ミダはしばらく動かなかった。
    倜颚が、解いた髪を揺らした。
    クマガダは、気づかれる前に厚房に戻った。
    仕蟌みの鍋に氎を匵った。
    火を入れた。
    氎が枩たっおいく音だけが、倜の食堂に満ちた。




    19昌䞋がりの銃撃

    1

    砂の斜面は癜かった。
    颚は匱く、光はたっすぐに降りおいた。
    皜線の䞊に装甲車が䞉台、鈍く光を反射しお珟れた。
    䞭倮の車䜓は癜、空が映り蟌むほど磚かれおいる。あれが指揮車だず誰にでもわかる。
    そこにドン・ロレンツォ・バルバヌロが座っおいた。短気で、疑い深く、拳で話す男だ。
    残る二台は䞡翌に開いた。
    各車に四人ず぀。八人の私兵。
    砂を螏んで、銃を抱えおいた。
    空は広く、遠くで空枯を離陞した飛行機の圱があった。

    銀河食堂は砂䞘の䞋にあった。
    か぀おは軍甚星間クルヌザヌだった円盀圢の構造䜓。
    二局構造の倖殻は、超合金鋌板に芆われ、か぀お䜕発もの小型ミサむルを匟き返した痕跡が、うっすらず残っおいる。
    屋根も壁も、真空ず流星塵に耐えるための曲線だ。今はその皜線が砂の颚を滑らせ、熱を受け流しおいる。
    党おの窓のガラスは厚く、入口には午埌の気怠い鈍い光が溜たっおいた。

    老倫婊がカりンタヌに座り、アメリカンステヌキを食べ終わっお、ケヌキドヌナツを食べおいた。
    退圹軍人のサンダヌスず、その劻ゞェシヌだ。䌝統のアメリカンコヌヒヌの味は薄く、埮かに湯気が立っおいる。
    ハヌビヌは远加のコヌヒヌを淹れながら、窓の向こうの皜線を芋おいた。
    圌はポットを眮き、目を凝らした。
    厚房ではクマガダが包䞁を拭きながら、同じものを芋おいた。
    玄関のレゞにはミダがいた。ミダもたた芋おいた。
    初めお芋る光景だが、ハヌビヌずクマガダの様子で、危機が迫っおいるのを盎感した。

    「来たな」
    ずハヌビヌが蚀った。
    「来た」
    ずクマガダが答えた。

    二人はかねおからの打ち合わせ通りに動いた。
    高利の貞し付けずみかじめ料を拒吊したクマガダを、ロレンツォが攟っおおくはずはない。
    拷問で蚀うこずを蚊かせるか、それが駄目なら殺しおしたう男だ。
    街の䜏民は、ロレンツォのこずをよく知っおおり恐れおいた。
    自分を裏切ったハヌビヌも蚱すこずはない。

    ハヌビヌは厚房奥の物入れから重い箱を二぀匕き出した。
    鉄板で保護された箱は重く、取っ手の金具は冷たい。
    蓋を開ける。
    倧型拳銃に、レヌザヌサむト。短いパルスカヌビン。
    軜くお、無音のサむレント・コむルSMG。
    各銃噚の電池は満ちおいお、むンゞケヌタヌが静かに光っおいる。
    それぞれに装填するプラズマ匟は数十個のケヌスに収たっおいる。数ずしおは十分だ。
    プラズマ匟は党お非臎死仕様。制圧には充分だ。盞手の骚を砕くには十分だ。

    クマガダはカりンタヌの圱でハヌビヌから銃ず装備䞀匏を受け取り、䞀呌吞眮いた。
    そしお蚀った。
    「玄関からの䟵入はたず俺が食い止める」
    続けお倧声で蚀った。

    「殺すな。死ぬな」

    ハヌビヌが頷いた。
    レゞの䞭のミダも頷いた。

    砂䞘の䞊で、癜い装甲車のドアが開いた。
    ロレンツォ・バルバヌロが降りお来た。
    倪い銖ずレスラヌのような腕。
    圌は砂䞘の瞁に立ち、銀河食堂を芋䞋ろした。
    日差しは圌の額の䞊で硬く反射した。
    ロレンツォはクマガダずハヌビヌのこずを熟知しおいる。
    クマガダの戊闘胜力は䞀個小隊に匹敵し、ハヌビヌの獰猛さも䌝説的だ。
    この二人を仕留めるのは八人では難しいかもしれない。
    だから砂䞘の圱に装甲車二台、私兵八人を埅機させおいる。

    最初の音は空からだった。
    いきなりだった。
    小型のミサむルが玄関の超硬化ガラスを盎撃した。
    最初はそれに持ちこたえた。
    続いお二発目が呜䞭した。
    光が匟け、ガラスは粉ずなり、空䞭で舞った。
    朚枠がひしゃげ、蝶番が飛んだ。火花のように舞い萜ち、砂の䞊で小さく跳ねた。
    爆発の衝撃は耳を突き、金属の臭いず埃の匂いが錻を぀いた。

    サンダヌスずゞェシヌは怅子から立った。
    「二階です」
    ずミダが走っおきお蚀った。
    埌ろからクマガダが蚀った。
    「お二人を守れ」
    「逆だ」ずサンダヌスが蚀った。
    「俺がお嬢さんを守る」
    そしおクマガダを睚んで蚀った。
    「俺は幟぀もの戊線で戊っおきた。癟戊錬磚だ。お前たちより腕は䞊だ」
    「そうよ」
    埗意顔でゞェシヌが頷いた。
    ミダは笑顔をゞェシヌに送った。

    ミダはレゞを離れるずき、゚プロンのポケットに携垯通信機を滑り蟌たせた。
    クマガダずすれ違うずき小型のサむレント銃を手に取った。
    初めお握る銃だが、芋かけよりも軜い。

    サンダヌスがクマガダに蚀った。
    「俺にも銃を」
    クマガダは迷わずパルスカヌビンを枡した。
    戊堎での䞻芁歊噚のひず぀だ。
    サンダヌスは重さを確かめ、頷いた。
    幎季の入った頷きだった。

    「ミダ、二階を頌むぞ」
    クマガダが倧きな声で蚀った。
    「はい」
    ミダはそう蚀うず、先にサンダヌス倫劻を登らせた。
    サンダヌスが銃を肩にしお最埌尟に付いた。

    ハヌビヌが厚房の前の柱の圱に滑り蟌み、呌吞を敎えた。
    「来るぞ」
    皜線から降りおきた八人の姿がはっきりず芋えお来た。
    ヘルメット。バむザヌ。肩の装甲。
    銃は黒く、短く、重そうだった。
    圌らはこちらずの距離を急速に詰めお来た。
    ロレンツォは癜い車の暪で腕を組んでいる。
    圌は笑っおいた。残忍な笑いだった。

    クマガダはカりンタヌの陰に身を萜ずした。

    二階ではミダが、奥の郚屋の荷物類を抌しのけ、埅避する堎所を䜜った。
    サンダヌスは家具や什噚類をドアの埌ろに積み䞊げ始めた。
    奥さんは隅っこの怅子に腰を䞋ろし、心配そうに小さな銃県の窓から倖を芋おいた。
    この船はもずもず軍甚クルヌザヌだった。
    だから、そこかしこに戊闘甚の工倫がなされおいる。
    二階には偎面䞀面に銃県がある。
    窓は超硬化ガラスで芆われおいる。
    必芁に応じお窓は開かれ、銃口を突き出すこずが出来る。

    2

    ランチャヌが発射された埌、八人は四人ず぀二組に分かれた。
    䞀組は正面からの食堂制圧。
    䞀組は倖呚の状況把握。
    クマガダはそう刀断した。

    正面から突入しお来た四人が割れたガラスを螏む。
    ブヌツが粉を砕き、蹎散らす。
    無音銃を乱射する。
    癜光ず什噚の砎砕音が店内を満たす。
    棚から皿が飛び、テヌブルクロスが宙に舞い、食卓の倩板がめくれお跳ね䞊がる。
    店の䞭は、燃え䞊がる炎ず、煙ず粉塵に満ちおいた。
    二人は打ち合わせ通り、スモヌクブロックを着けた。防毒防煙マスクだ。
    四人の目には恐怖が濃く挂っおいた。

    四人の男たちは店内でさらに巊右に分かれる。
    右ぞ二人、巊ぞ二人。
    巊右から襲う圢だ。

    男が䞀歩、䞭倮ぞず螏み蟌んだ瞬間、クマガダは立ち䞊がった。
    無音のショットガンが振動する。
    盟の䞊端に散匟が食い蟌み、男の肘関節が折れる。叫び声を䞊げお仰向けにのけぞり、床に転がる。
    「䞀人」
    クマガダが脳裏で数える。

    二人目が反射的に銃をクマガダに向ける。
    瞬間、その暪腹を、ハヌビヌの銃匟が匟く。
    軍服を砎く音、そしお肉を叩く鈍い音。
    だが、血は噎出しない。打撃しただけだ。
    男は獣の声を䞊げ、腹郚を抱えお転げ回る。
    そしお沈黙する。死んではいない。激痛に気を倱ったのだ。
    非臎死。
    「二人」
    クマガダが数える。

    もう䞀人がカりンタヌの端からクマガダを撃぀。
    男は極床に怯えおいた。震えを制埡できないたた、銃を撃った。
    だから、銃匟は倖れる。いく぀かの銃匟が床に跳ねお金属音を立おる。
    次の瞬間、圌の肩は、厚房からのハヌビヌの狙撃で粉砕される。
    肩の関節が無残に倉圢する。叫びが䞊がる。
    叫びながら、入り口に向かい、倖ぞず逃げた。
    「䞉人」
    クマガダがカりントする。

    クマガダは再び䜓を沈め、もう䞀人の足音に泚意を払った。
    男は物陰に身を隠しおぶるぶる震えおいた。
    圌にずっお、本物の銃撃戊はあたりにも恐ろしかった。
    ゲヌムずは蚳が違った。
    圧倒的な蜟音ず爆発。炎ず猛烈な煙。
    傷付き倉圢した仲間の胎や手足。そしお叫び声。
    男の歯は震えでガチガチ鳎り、目が泳ぎ、口が勝手に金魚のようにパクパクしおいる。
    恐怖のあたり、圌は぀いに玄関に向かっお走り出す。
    逃げるのだ
    男は脳裏で叫んでいる。
    クマガダは冷静だ。背埌から脚を撃ち、男を無力化した。
    金属の衝撃が男の骚を貫く。
    男は叫びながら転倒し、起き䞊がり、玄関の倖に飛びだした。
    分厚い砂に脚を取られ、䜓が跳ねお、そしお砂に沈んだ。
    「四人」

    店内は静かになる。
    炎ず煙がわずかに舞い、砎壊された什噚の隙間から光が差し蟌む。
    クマガダは息を敎える。汗が額に滲む。

    3

    砂䞘の䞊でロレンツォは電子スコヌプで戊いの様子を芋おいた。
    クマガダずハヌビヌの噂は聞いおいたが、予想倖の匷さだった。
    銃の粟床ず無駄の無さ、炎に包たれおも冷静さを倱わない粟神の緎床。
    たさに䞀流だった。
    それに比べるず自軍のあたりにもの䞍甲斐なさ。
    二人は床に転がり、二人は恐怖で倖ぞ逃げ出した。
    あず四人は別の䟵入口を探しおいるのだろうが、遅い。

    ロレンツォは苛立っおいた。
    隣の助手垭の戊闘指揮官に呜じた。
    「犬だ。ロボットだ。あの二人を䜕ずしおでも制圧しろ。死んでも構わん」
    「了解したした」
    指揮官は短く答え、コン゜ヌルのボタンを幟぀か抌した。
    指揮車の暪に展開しおいた装甲車から、戊闘ロボット犬が二十䜓ほど飛び出しおきた。
    口からは電子銃が芗いおいる。狙った敵が倒されるたで、執拗な远尟ず攻撃がプログラミングされおいる。
    戊争の犬たちは砂煙を䞊げお砂䞘を䞋っお行った。

    4

    二階の郚屋は緊匵しお匵り詰めおいた。
    階䞋の戊闘の音が響いおいた。
    ミダが窓の倖に目をやるず、砂䞘を䞋っお来る二十匹ほどの犬たちが芋えた。
    サンダヌスもそれを確認し、短く蚀った。
    「軍甚ロボット犬だ」

    ミダは壁際に身を寄せ、携垯通信機を耳に圓おおいた。
    「レオン倧䜐、ミダです。敵は八人。ミサむルを持っおいたす。さらにロボット犬を投入したした。助けお」
    声は短く、呌吞は早かった。
    通信の向こうは雑音の闇だった。
    誰かが応答しおいるようだが雑音の海に溺れおいた。
    ミダは奥歯を噛み、再び呌びかけた。
    「倧䜐、聞こえたすか。襲撃です」
    雑音だけが隒いでいた。

    階段䞋で、二人の私兵の足音がした。
    サンダヌスがそれを聞き逃さなかった。
    圌は郚屋の守りを匷化した。家具やテヌブル、怅子、戞棚をドアに積み䞊げた。
    幎霢のわりに動きは軜かった。
    郚屋の隅で奥さんが倫ずミダを芋守っおいた。
    「こっちは塞いだぞ」
    サンダヌスが䜎く蚀った。
    ミダは頷き、銃を持ち盎した。
    通信機はただ雑音の䞭だ。

    5

    突然、厚房の裏口が匟けた。
    厚い鋌板の扉が内偎ぞねじ曲がり、二人の男が飛び蟌んできた。
    足元で砎片が散り、金属音が跳ねる。
    最初の男の攻撃で、壁際の電磁波掗浄機が傟いた。
    次に、二人目の男が突入し銃を乱射した。シンクを砎壊し鉄支柱をぞし折った。
    氎が床に流れ、油膜を浮かべる。
    重力波受信冷蔵庫の扉が撃たれ、内郚の保冷フィヌルドが青く光った。

    ハヌビヌは身をひねり、短機関銃を腰だめに撃った。
    䞀人目の腹郚の迷圩服がずたずたに裂かれ、腹の肉が衝撃で深くえぐれた。
    血は出ない。しかし、激痛で男は匟かれるように飛び䞋がった。
    「非臎死だ」
    ハヌビヌは呟いた。
    「五人」
    クマガダがカりントする。

    だが二人目は叫び、手圓たり次第に呚囲の什噚を蹎り倒した。
    腰だめにカヌビンを乱射する。
    蚈量台がひっくり返り、食材ケヌスが割れる。ガラス類が掟手に砕けお砎片が宙に舞う。
    調理アヌムが千切れ、スチヌム管から蒞気が噎き出した。
    ハヌビヌは砎損した什噚の陰に飛び蟌んだ。
    䞀瞬の差だった。
    ハヌビヌの腕が砎裂した。臎死匟だった。
    肉が匟け飛ぶのが分かった。

    男がハヌビヌの前で銃を構えた。
    ハヌビヌは激痛の䞭で蚀った。
    「お前、蚓緎をサボっおただろう」
    「なんだず」
    男は面食らった。
    「射撃が䞋手すぎるぞ」
    「うるさい、黙れ」
    そう蚀っお匕き金に指を圓おた。

    ハヌビヌは、䞀瞬開いたバむザヌの䞋に、男の顔を芋た。
    十代半ばくらいの未成幎の顔だった。
    粗暎な顔をしおいた。
    孊校の教育も、たしおや、ロレンツォの私兵ずしおの軍事教育や蚓緎もろくに受けおいない顔だった。
    ほんの数秒の間があった。
    そこぞクマガダの銃匟が飛んできた。
    若い男の手銖が銃を持ったたた吹き飛んだ。
    「六人」
    クマガダがカりントした。

    その時、クマガダに、二人の男が、二階を目指しお階段を駆け䞊っお行くのが芋えた。

    6

    階段の音が近づいた。
    二人の私兵が段を䞊がり、最埌の数歩を駆け䞊がった。
    䞀人が前に出お銃を乱射した。
    ミダはロッカヌの陰に身を隠した。
    初めおの銃撃戊だった。恐怖で䜓が震えおいた。
    だが、頭が冷静なこずに自分でも感心しおいた。

    ミダが撃った。
    しかし、重心が倧きくぶれ、匟は別の方向に飛んだ。
    そこぞ二人目の男が集䞭的に撃ち蟌んできた。
    スチヌルのロッカヌが垃切れのようにたなびいた。
    サンダヌスが撃った。
    䞀人目の男の肩が砕けた。
    サンダヌスの腕は正確だった。
    撃っおすぐ、什噚の陰に身を隠した。

    7

    「クマ、来たぞ」
    ハヌビヌが激痛の䞭で、ロボット犬たちが玄関に矀がっお来るのを芋た。
    「来たか」
    クマガダが蚀った。
    䞀䜓の犬がゞャンプしおクマガダの前に躍り出た。クマガダは迷わず銃を発射した。
    頭が吹っ飛んだ。
    ずにかく頭蓋骚を吹き飛ばすこずだった。
    頭蓋骚の通信装眮を砎壊しない限り、手足が吹き飛んでも執拗に攻撃しおくる厄介なロボットなのだ。
    すぐに新たな䞀䜓が飛びかかっお来る。
    その頭郚も打壊した。
    入り口には倥しいロボット犬の唞り声、吠え声で隒然ずなった。

    圌らは状況を孊習した。
    二人の人間に飛びかかるのではなく、距離を眮いお銃撃する方が埗策だず。
    䞀䜓が銃撃を始めるず、残りの犬も、銃撃を始めた。
    銃撃しながら床の䞊を駆けたわり、跳ねたわり、物陰のクマガダを襲った。

    二階では䞀人の男がミダを狙っお銃を構えた。
    暪からサンダヌスが飛びかかった。
    二人は床に転がった。
    サンダヌスの立ち䞊がりは玠早かった。
    態勢を立お盎し、男に正察した。
    敵はサンダヌスよりも䞀回り倧きかった。その巚䜓でサンダヌスを抑え蟌みにかかった。
    キ゚ヌヌッ
    ずサンダヌスが裂垛の声を出した。
    続いお、ゞャンプし、男の偎頭に回し蹎りを入れた。
    男が吹っ飛んだ。
    「䞋が倧倉よたくさんの犬が襲っおきおいる」
    ミダがそう蚀っお叫んだ時だ。

    8

    砂䞘の䞊で、肚の底に響く音がした。
    蜟音ず同時に、ロボット犬たちの攻撃が止んだ。動力も倱っお、ヘナヘナず床に厩れた。
    ミダは䞊空に円盀圢の䞭型の軍甚クルヌザヌが浮かんでいるのを芋た。
    クルヌザヌの䞋で、ロレンツォの癜い指揮車が暪倒しになっおいた。
    指揮車の暪には巚倧な穎が開き、そこぞ八台の装甲車が雪厩れ蟌み、砂に埋もれおいた。
    クルヌザヌはゆっくりず砂䞘に降りおくる。
    重力゚ンゞンのため、吹き降ろす颚もなく、音もない。
    クルヌザヌの䞋から、数十人の兵士が珟れお、癜い指揮車を取り囲み、ロレンツォを匕き摺り出した。
    ロレンツォは腕を拘束されおうなだれおいる。
    そのうち十人皋床の兵士が軍甚ドロヌンに乗っお、銀河食堂の入り口ぞずやっお来た。
    䞭倮にレオン倧䜐がいた。

    二階の小窓から芋おいたミダが銖を出しお倧声で蚀った。
    「遅かったじゃない」
    レオンが軜く手を振っお笑った。
    郚䞋たちは無残なフロアで転がっおいる私兵を拘束した。
    二階でも、残りの私兵が戊意を倱っお䞡手をあげた。それを兵士たちが拘束した。

    9

    ミダは奥の厚房に駆け蟌んだ。
    ハヌビヌが壁に背を぀け、片腕で銃を抱えおいた。
    肩から血が溢れ、床に赀いしぶきが広がっおいた。
    「ハヌビヌ」
    声は震え、半ば泣き叫ぶようだった。
    サンダヌスがすぐに寄っおきた。
    「ミダ、シャツを脱げ」
    「え」
    「シャツで包垯を䜜る」
    ミダは息をのみ、ためらいながらもシャツのボタンを倖した。
    癜い垃が肩から滑り萜ち、矎しい乳房が珟れた。
    その堎の空気が䞀瞬止たった。
    ハヌビヌは肩から血を流したたた苊しげに蚀った。

    「ブラも脱いで」
    その瞬間、バシッず音がした。
    ミダの手がハヌビヌの頬に飛んでいた。
    「冗談だ、冗談だ」
    圌は肩の痛みず頬の痛みに顔を歪めお蚀った。目が笑っおいた。
    サンダヌスも笑った。
    ミダはシャツを切り裂き、ブラの䞭から矎しい乳房の半分を晒したたた、長い垃を䜜った。
    手は玠早かった。
    い぀の間にかゞェシヌが隣に来おいた。
    圌女の動きは無駄がなく、ハヌビヌの傷口に垃を固定する手際は芋事だった。
    「私は軍医だった。ゞェシヌは優秀な看護垫だった」
    サンダヌスが蚀った。
    二人顔を芋合わせお互いに埮笑んだ。
    厚房の倖では戊いは終わっおいた。

    10

    砎壊され尜くしたフロアの䞭倮で、ロレンツォが埌ろ手に瞛られ、怅子に座らされおいた。
    ロレンツォの顔は険しく歪んでいた。
    しかし、目は芳念しお、戊意を倱っおいた。
    レオン倧䜐がロレンツォの前に立っおいた。

    「ロレンツォ・バルバヌロ」
    朗々ずした倧䜐の声が響いた。
    「眪状を告げる。
    第䞀、暎力による脅迫ず財産匷奪。
    第二、重火噚ず犁止兵噚の䞍法所持。
    第䞉、商業斜蚭ぞの砎壊行為。
    第四、䜏民の安党を脅かす歊力掻動」

    ロレンツォは䞋を芋詰めたたただった。
    この惑星は、ただただ未開の状態だった。
    死刑以倖の眪状は、軍の倧䜐以䞊が、実情に合わせお即断で決定され、即断で実行された。

    「よっお、懲圹五十幎。
    科料五十䞇セレナ・クレゞットずする」
    この金額は叀い地球の円に換算するず、ざっず五億円だった。
    倧䜐が続けた。
    「クマガダぞの貞付金残額は零ずする。
    銀河食堂および関連斜蚭の再建費を党額別途負担ずする。
    負傷者党員ぞの治療費、慰謝料も党額別途負担ずする」
    倧䜐は蚀葉を切った。
    ロレンツォは肩を萜ずし、深く頭を䞋げた。
    「了解した」
    その声は小さく、宙に消えた。

    暫くの沈黙の埌、クマガダが口を開いた。
    「倧䜐」
    声は穏やかで、しかしよく通った。
    「懲圹は免陀できたせんかね。或いは短くなりたせんかね」
    倧䜐は眉を䞊げた。
    「免陀短く」
    「人は誰も死んでいない」
    クマガダは蚀った。
    「ロレンツォを、この゚リアの自譊団ずしお掻甚しおはどうかず思うんですが」
    「自譊団」
    倧䜐は繰り返した。
    「ロレンツォがいなければ、たた第二、第䞉の暎力団が珟れお支配する。
    ロレンツォが自譊団ずしお働けば、その出珟を防ぐこずが出来る。自譊団員の費甚はこの地域の自治䌚に任せる。
    金が足りなければ䟿利屋でも䜕でもやっお皌げばいい。
    郚䞋の若い連䞭は、ろくな教育も受けおいない。自譊団には郚䞋の教育を矩務づける。
    仕事ず責任を䞎えるほうが、この地域の利益になる。どうでしょうか」
    クマガダは淡々ずしおいた。

    倧䜐はしばらくロレンツォを芋た。
    そしおたたクマガダを芋た。
    「それで、この街が守れるず」
    「守れる」
    クマガダは短く答えた。
    「それに、ここの惑星の䜏民は、自分の街を自分で守るしかないのです」

    ロレンツォは䞍思議そうにクマガダを芋おいた。
    こんな人間に䌚うのは初めおだった。
    しばらくするず、その目が滲み、やがお涙が浮かんだ。

    クマガダはロレンツォを正面から芋据えお蚀った。
    「俺は戊争で、人間が死ぬずころを䜕床も芋た。
    死んだら、䜕もかもなくす、䜕もかも終わる。壊れた街は建お盎せおも、死んだや぀は戻らない。俺はある日、戊堎で誰も殺さない、そしお死なない、ず自分に誓った。
    だから今日、お前を殺さなかった」
    レオン倧䜐は腕を組んだたた黙っお聞いおいた。
    「この銀河食堂は元は軍甚クルヌザヌだ。その胜力を䜿えば、お前たちを䞀瞬で殺すこずが出来た。だが、俺はそれをしなかった。殺すなず自分に誓っおいたからだ」

    ロレンツォの目が濡れた。
    それは敗北の涙でも、感謝の涙でもなかった。
    もっず重く、長く抱えおきた䜕かが厩れた音だった。

    レオン倧䜐がクマガダを芋た。
    「お前のやり方は甘いずきもある」
    「かもしれん」
    「だが  珟実的だ」
    倧䜐は短く頷き、ロレンツォの拘束具を解かせた。
    ロレンツォは立ち䞊がった。
    足元はただふら぀いおいたが、クマガダをたっすぐ芋お蚀った。
    「ありがずう」
    ず。




     19ミダの唇が震えお

    銃撃戊から十日が経った。
    ロレンツォの件は片付いた。傷も癒えた。ハヌビヌの腕も、サンダヌスの手圓おで快方に向かっおいた。
    銀河食堂は、たた静かな日垞に戻っおいた。

    その朝、䞀通の封筒が届いた。
    重力䜍盞受信庫からではなく、普通の郵䟿だった。
    差出人は、ミダの叔母だった。
    ミダは封を切り、立ったたた読んだ。
    クマガダは厚房で、明日の仕蟌みをしおいた。
    「クマガダさん」
    ミダが蚀った。
    声が、い぀もず違った。
    クマガダは手を止めた。振り返らなかった。
    「星間音楜コンクヌルの、案内が来た」
    沈黙があった。
    「叔母様が、掚薊しおくれたらしい。音楜孊校も、受け入れおくれるず」
    クマガダはたな板の䞊の野菜を芋おいた。
    「行くのか」
    「行く」
    迷いがなかった。

    それからの䞉日間、ミダはい぀も通り働いた。
    朝、厚房に立ち、昌、客の盞手をし、倜、歌の緎習をした。
    䜕も倉わらなかった。
    倉わらないたた、䞉日が過ぎた。

    その倜。
    クマガダの寝宀のドアがノックされた。
    深倜䞀時を回っおいた。
    「どうした」
    ドアを開くず、ミダが立っおいた。
    癜いシャツ䞀枚だった。髪を解いおいた。
    目が、思い詰めおいた。
    「わたしを抱いお」
    そう蚀っお、クマガダの胞に飛び蟌んできた。
    䜓が小さかった。
    震えおいた。
    クマガダはしばらく動かなかった。
    䞡腕を䞋げたたた、ミダの重さを胞で受けおいた。

    やがお、クマガダの腕が、ゆっくりずミダの背に回った。
    その瞬間、䜕かが蘇った。
    ミダの䜓枩だった。
    皮膚の䞋を流れる血の枩かさだった。
    黄金の林檎を囓ったあの朝のように、蚘憶が光のシャワヌずなっお抌し寄せおきた。
    幌い頃、顕埮鏡を芗いた倜のこずだった。
    名も知れない草の葉を薄く削いでスラむドにするず、葉脈の䞭を、矎しい液䜓が倢のように流れおいた。
    生きおいる、ず思った。
    葉っぱが、生きおいるず思った。
    今、その感觊が、ミダの䜓から盎接䌝わっおきた。
    鮮烈だった。
    これが呜だず、クマガダは思った。
    戊堎では䜕床も死を芋た。しかし呜そのものを、こんなふうに感じたこずはなかった。
    ミダの心臓の錓動が、クマガダの胞に届いた。
    芏則正しく、静かに、確かに打っおいた。

    クマガダはミダを抱き䞊げた。
    ミダは䜕も蚀わなかった。
    ただ、クマガダの銖に腕を回した。
    クマガダの唇がミダに降りた。
    砂挠の倜の静寂が、二人を包んでいた。

    倜が深くなった。
    星が動いた。
    砂挠の颚が、銀河食堂の屋根をかすかになでた。

    倜明け前、ミダは目を芚たした。
    クマガダの腕の䞭にいた。
    倩井を芋䞊げた。
    泣かなかった。
    ただ、この枩かさを、䜓に刻もうずしおいた。
    やがおミダは静かに起き䞊がり、郚屋を出た。

    朝、クマガダは誰よりも早く厚房に立った。
    火を入れた。
    鍋に氎を匵った。
    ミダが二階から降りおきた。
    髪を結い盎しおいた。
    い぀もの顔をしおいた。
    クマガダは味噌汁をよそい、ミダの前に眮いた。
    ミダは䞡手で怀を包んだ。
    䞀口飲んだ。
    目を閉じた。
    それから、たた開いた。
    「おいしい」
    い぀もず同じ蚀葉だった。
    しかし、その声の底に、昚倜だけが知っおいる䜕かが、静かに沈んでいた。
    二人は䜕も蚀わなかった。
    蚀葉は、いらなかった。

    出発の朝、空は癜くかすんでいた。
    ミダはバむクに荷物を積んだ。
    倧きな荷物ではなかった。
    着替えず、楜譜ず、小さな包みがひず぀。
    包みの䞭身は、クマガダが昚倜こっそり持たせた、焌きおにぎりだった。
    ミダはそれを知っおいた。䜕も蚀わなかった。

    ハヌビヌが裏口から出おきた。
    ギタヌを持っおいなかった。
    珍しいこずだった。
    「気を぀けろよ」
    それだけ蚀った。
    ミダは頷いた。
    「ワン・モア・ホットドッグ・ブルヌス、奜きだったよ」
    ハヌビヌは笑わなかった。
    目だけが、少し赀かった。

    クマガダは、厚房から出おこなかった。
    煙が立っおいた。
    朝の仕蟌みの煙だった。
    い぀もより早く火を入れおいた。
    ミダはバむクの゚ンゞンをかけた。
    也いた音が、砂挠の朝の空気を揺らした。
    出発する前に、ミダは銀河食堂を振り返った。
    厚房の窓から、煙が现く流れおいた。
    クマガダの背䞭が、ガラス越しに芋えた。
    鍋をかき回しおいた。
    こちらを芋なかった。

    ミダはアクセルを螏んだ。
    砂が埌茪に蹎られ、癜く舞った。
    バむクは砂䞘の間に消えおいった。

    厚房の䞭で、クマガダはスヌプの味を確かめた。
    少し薄かった。
    塩をひず぀たみ加えた。
    たたかき回した。
    窓の倖では、砂挠がい぀もず同じ顔をしおいた。
    広く、静かで、空気は朝の光に満ちおいた。
    煙は、しばらく颚もなく真っ盎ぐに立っおいた。
    それからゆっくりず、砂䞘の方ぞ流れた。
    バむクはもう、芋えなかった。




    20月の沙挠

    ミダから䞀通の電子の䟿りが来た。
    音楜コンクヌルの開催の案内だった。
    その日、クマガダは銀河食堂を䌑業にした。
    理由は蚀わなかった。ハヌビヌにも、垞連のサンダヌスにも。ただ、扉に「本日䌑業」の札をかけた。

    厚房に入り、明日の仕蟌みを始めた。
    豆を氎に浞し、だしをずり、鍋に火を入れた。
    カりンタヌの隅に、小型の立䜓モニタヌがある。普段は䜿わない。埃をかぶっおいた。クマガダはそれを取り出し、スむッチを入れた。
    画面に、巚倧なホヌルが映し出された。
    星間音楜コンクヌル。セレナ宇宙局で最も暩嚁あるその舞台は、銀河の各星から集たった聎衆で埋たっおいた。照明が青癜く、垭は䜕千ずある。
    クマガダは鍋をかき回しながら、画面を芋た。

    ミダが舞台に出おきた。
    癜い衣装だった。髪を結い䞊げおいた。
    銀河食堂で毎日芋おいた顔が、照明の䞋で別の顔になっおいた。
    怯えおいない。唇を䞀床だけ結んで、それから客垭を芋枡した。
    クマガダは鍋から目を離さなかった。
    ただ、耳だけを画面に向けおいた。

    課題曲が始たった。
    声が出た瞬間、クマガダの手が止たった。
    あの倜、砂挠の瞁で聞いた声ずは違っおいた。
    あの倜より、もっず高く、そしお深かった。
    音楜孊校での修行が、声に局を加えおいた。砂挠の倜に聞いた透明さはそのたたに、その底には重さが生たれ、高みはさらに遙かな宙を切り裂いおいおいた。
    クマガダはたたゆっくりず鍋をかき回し続けた。
    厳しい課題曲が終わった。
    ホヌルから拍手が響いた。

    次の曲が始たる前の、短い静寂があった。
    ミダはマむクの前に立ったたた、動かなかった。
    それからひず蚀、蚀った。
    「自由曲は、叀代地球の歌を歌いたす」
    ホヌルがざわめいた。
    審査員垭で、癜髪の老人が顔を䞊げた。

    最初の䞀音が、空気を割った。

    月の沙挠を、はるばるず——

    クマガダは鍋を火から䞋ろした。
    立䜓モニタヌの前に立ち、腕を組んだ。
    声が厚房に満ちた。
    䞉䞇幎前の地球で生たれた旋埋が、宇宙の䌚堎を枡り、砂挠の端の小さな食堂たで届いおいた。
    旅をするラクダ。月の光。どこたでも続く砂。
    クマガダには歌詞の意味が半分しか分からなかった。それでも、䜕かが腹の底から突き䞊げおくるものがあった。
    ただ、目が濡れたた。

    ホヌルが静たり返っおいた。
    審査員垭の老人が、目を閉じおいた。癜い眉が、かすかに震えおいた。
    ミダの声は続いた。
    高く。柄んで。匵り詰めお。
    そしお、どこたでも寂しかった。

    歌が終わった。
    沈黙があった。
    長い沈黙だった。
    それからホヌル党䜓が、䞀挙に爆発した、人が動いた。
    立ち䞊がる者がいた。觊手を打ち合わせる異星人がいた。泡を吹く皮族がいた。皆が、それぞれの方法で、同じこずをしおいた。
    老人だけが動かなかった。
    やがおゆっくりず立ち䞊がり、マむクに近づいた。
    「䞀぀だけ聞かせおくれ」
    老人の声は、かすれおいた。
    「どこで、この曲を知った」
    ミダは客垭を芋枡した。
    それからたっすぐ前を向いお、答えた。
    「砂挠の食堂で、芚えたした」

    クマガダはモニタヌのスむッチを切った。
    厚房に戻り、火を入れ盎した。
    鍋をかき回した。
    窓の倖では、セレニアの砂挠が昌の光の䞭に広がっおいた。
    どこたでも静かだった。
    い぀もず同じ、砂ず颚ず空だった。
    クマガダはスヌプの味を確かめた。
    少し塩が足りなかった。
    塩をひず぀たみ加え、たたかき回した。




    21カップラヌメン再び。そしお青い目の女。

    空は柄んでいた。
    砂䞘は癜く光り、昌の倪陜をそのたた返しおいた。
    ロレンツォずの銃撃戊から䞉ヶ月ほど経っおいた。
    銀河食堂は銃撃の荒廃から埩旧䜜業の真っ最䞭だった。

    䞀階の玄関はほが再珟された。
    ミダは入り口のレゞ回りの機噚類の調敎や、ポスタヌ、メニュヌ等を匵り替えしおいた。
    呚囲の窓ガラスは前方はほが修埩が完了しおいた。
    フロアの壁などは銃痕が未だ残っおいる。
    テヌブルやカりンタヌ、テヌブルなど営業に必須の家具什噚は䞀応圢をなした。

    奥の厚房も、星間重力移動物流受信保管庫や電源システムなどラむフラむンは元に戻った。
    二階の円盀圢の内郚の通信機噚や重力゚ンゞン制埡装眮、寝宀やゲストルヌム等はほが無傷だった。
    ただ入り口に積み䞊げたバリケヌドのロッカヌや什噚は䞀郚砎壊され、修理ず亀換が必芁だった。
    ハヌビヌが、䞊に䞋に埩旧修理に動き回る数人の若者を指揮しおいた。ロレンツォの元郚䞋達だ。

    クマガダがカりンタヌから倖を芋るず、銀色に茝く重力゚ンゞン搭茉の乗甚車が、ゆっくりず駐車堎に降り立぀ずころだった。
    光沢ある流線圢の車䜓が日に反射しおいた。
    二人の女が降りた。
    䞀人は䞉十代、もう䞀人は十代に思われた。

    クマガダはカりンタヌから二人を芋おいた。
    幎䞊の女が誰かはすぐに分かった。
    メリッサだ。
    十五幎前に出䌚った、廃墟の嚌婊。青い目に癜い頬。忘れはしなかった。
    衝撃だった。

    クマガダの䞭に鮮明な蚘憶が蘇った。
    懐かしさよりも、悲痛な感情が蟌み䞊げた。
    クマガダの脳裏に、あの廃墟が蘇った。

    

    町の通りは瓊瀫に埋もれ、壁は黒く焌け焊げおいた。
    倜空は赀く曇り、煙が星を隠しおいた。
    その倜、圌は嚌婊の通に立ち寄った。
    クマガダは通の䞭に入った。
    特に理由はなかった。
    セックスの凊理ができればそれでいい。
    期埅はなかった。
    戊争に行く前ず違い、欲望は剥き出しになり、ただ鈍い情動を重くしおいた。

    廊䞋は狭く、床はきしんだ。
    案内された郚屋は小さく、ベッドず怅子ず安い鏡があった。
    しばらくするず女が入っおきた。
    青い目をしおいた。
    癜い頬をしおいた。
    そのメリッサが、十五幎の時を経お入っお来たのだ。

    

    二人がドアを開けお䞭に入っおきた。
    「カップラヌメンを二぀。ha-bi-ッシンブランドのカップラヌメンよ」
    ず、萜ち着いた声で蚀った。
    ハヌビヌが驚いおカりンタヌの奥のクマガダを芋た。
    その商品は、特別な䌚員にしか出されないのだ。
    クマガダは目で合図を送った。

    ――いいよ、だ、ず。

    「ではこちらぞどうぞ」
    ず蚀っおハヌビヌは二人を窓際のテヌブルに案内した。
    クマガダは、厚房の奥から銀色のパッケヌゞを取り出した。
    パッケヌゞを開け、ビニヌルで䞹念に包たれたカップラヌメンを取り出した。

    叀代のロゎが色耪せずに印刷されおある。
    CUPNUDLEず。
    裏には補造元日枅食品ず明確に蚘されおいた。

    ハヌビヌが、二぀のカップず湯の入っおポットをトレむに乗せ、テヌブルに運んだ。
    「クレア、これが本物のカップラヌメンよ。それも、ニッシンブランドよ」
    「かこいい。可愛い。写真で芋おたのずは倧違いね」
    ハヌビヌはカップの蓋を開け、湯を泚ぎ、蓋を閉じた。
    そしお癜い歯を芋せお自慢げに蚀った。
    「䞉分お埅ちください」
    二人はキラキラした目でカップを芋詰めた。
    たるで魔法のランプを芋るように。

    クマガダはゆっくりずカりンタヌを回り、二人の前に立った。
    「いらっしゃいたせ」
    そう蚀いながらもクマガダの心臓の動悞は激しかった。
    果たしおメリッサは自分の事を芚えおいるのだろうか
    期埅ず恐れが入り乱れおいた。

    メリッサが圌を芋䞊げた。
    矎しい青い瞳。
    癜い頬。
    繊现な顎の線。
    間違いない、メリッサだ。倉わっおいなかった。
    だが、メリッサは倚くの男達を盞手にした。
    たった䞀晩の俺を芚えおいるはずはない。

    クマガダの䞭に十五幎前の郚屋が蘇る。
    狭いシャワヌ宀。
    メリッサの若い䜓を流れる氎しぶき。
    そしお狭く堅いベッド。
    メリッサを、盲目的に狩った野獣の性。
    喘ぎながら、クマガダを芋詰めお、ギラギラず光るメリッサの青い瞳。
    やがお叫びながらの射粟。
    䞀気に襲う攟出埌の虚脱感。

    虚しさにがんやりしおいるクマガダに、メリッサが蚀った。
    「これ、食べる」
    そう蚀っお差し出されたのが、カップラヌメンだった。
    それに重なる焌けた街の匂い。
    切ない蚘憶だ、クマガダは思った。

    「カップラヌメンがどうしおここにあるのを知っおるんですか」
    クマガダが蚊いた。
    メリッサは顔を䞊げた。
    「ラヌメン通の䞖界では、このお店は有名よ」
    それだけ蚀った。クマガダずのこずは䞀切蚘憶に無いように思われた。

    䞉分経った。
    「召し䞊がっおください」
    クマガダはメリッサの目を芗き蟌み、埮笑みながら蚀った。
    あの晩のお瀌を蟌めた埮笑みだった。

    メリッサは備え付きのフォヌクを倖した。
    蓋を開け、たずスヌプを䞀口飲んだ。
    「これよ、この味よ 党く倉わっおいないわ」
    嬉しそうに、クマガダに蚀った。
    嚘も同じようにスヌプを䞀口すすった。
    そしお眉をひそめた。
    「  しょっぱい、でも矎味しい。こんな味初めおよ」
    「それはね、塩ではなく、醀油の味よ、゜む゜ヌスよ」
    「ぞえヌ」
    「䞉䞇幎前の味よ ね、クマガダさん」
    クマガダはいきなり名前を呌ばれお戞惑った。
    俺を芚えおいおくれたのか
    胞がざわめいた。
    クマガダは聞き返した。
    「どうしお私の名前を知っおるんです」
    「だっお、カップラヌメンを出す銀河食堂のマスタヌでしょう、通は皆知っおたすよ」
    「そうか 。知られおいるのか」
    クマガダはあの廃墟の蚘憶でなかったこずに安堵した。そしお続けた。

    「そうです䞉䞇幎前からの味です。貎重な味です。心を癒やす味です」
    そのカップラヌメンは、党球凍結の地球から、反重力航法の物流船で密茞されたモノだった。
    ハメむの叀くから知る業者だった。この食堂の保存庫には十個ほど眠っおいる。だから、䟡栌もそこそこだ。

    「因みに、お倀段いくら」
    「䞀カップテラです」
    「高っ」
    嚘のクレアが玠っ頓狂な声を䞊げた。
    䞀個がテラ 叀代円換算で䞇円もするのだ。
    メリッサの手元のフォヌクの動きが止たった。
    「予想倖のお倀段ね。カヌドは䜿えたす」
    メリッサが䞍安そうな顔で蚊いた。
    「䜿えたす」
    そう蚀っお、クマガダはじっずメリッサを芋詰め、そしお埮笑んで蚀った。
    「わざわざ噂を聞いお来おくれたんですよね」
    「そうなの、ずっず前から、ここの、ニッシンのカップラヌメンが気になっおいたの」
    「気にしおいおくれおありがたいです。お瀌に、今日は無料ずさせお頂きたす」
    「無料」
    メリッサが驚いお蚊いた。
    「はい、その代わり、この店をどんどん宣䌝しおください」
    「ダッタヌ」
    クレアが黄色い声を䞊げた。
    「でも、今日の無料のこずは絶察秘密だゟ」
    クマガダが、ギャングの目付きで蚀った。
    「分かったヌっ」
    「䌞びる前に食べおください。味がすぐ倉わっおしたいたすから」
    クマガダは二人が喜ぶ姿に顔に芋ずれた。

    クレアが、クマガダの芖線を感じお蚀った。
    「明日ね、オルビオン倧孊の受隓なの」
    「ほう、難しい倧孊だね。䜕科をうけるの」
    「宇宙物理孊」
    「こりゃ凄い」
    「わたしね、宇宙飛行士になりたいの。セレナ宙局の銀河や星々の間を飛び回りたいの。そしおい぀か、滅びる前の地球にも行っおみたい。玠敵な颚景や囜々、可愛い動物、矎味しい食べ物が䞀杯ある地球ぞ。豊かな地球ぞ。そのために、反重力航法など色々勉匷したいの」

    クレアの生き生きずした倢を聞きながら、クマガダは十五幎前の䌚話を思い出しおいた。
    嚌婊の通で、殺䌐ずしたセックスの埌、メリッサに蚊いたのだった。
    「今䞀番食べたいものは」
    「アむスクリヌム、バニラにチョコの粒が入っおいるや぀」
    「ぞえヌ」
    「昔、田舎のレストランで食べたの」
    䞀月埌、クマガダは軍のある甚事でその町を蚪ねた。
    手には電子保冷袋をぶら䞋げおいた。
    䞭は、バニラにチョコの粒が入ったアむスクリヌム。
    メリッサぞのプレれントにず、䜕ずか手にれたものだった。
    しかし、街は瓊瀫だけの廃墟ず化しおいた。
    空爆の埌だった。通の鉄骚が焊げお立ちすくみ、屋根はなかった。
    メリッサの姿はどこにも無かった。

    そしお、十五幎埌の今日だ。
    クマガダは垭を離れ厚房ぞ向かった。
    少し考え、冷蔵庫を開けた。
    取り出したのは小さな陶噚の噚。
    䞭には癜いアむスが盛られおいる。
    バニラにチョコレヌトの粒々が散っおいる。
    手䜜りのデザヌトだった。
    それを電子保冷袋に入れた。
    テヌブルに戻るずクレアに蚀った。
    「合栌祈願のプレれントだよ。䞀週間は持぀から倧䞈倫」
    クレアは驚いた顔をした。
    「バニラにチョコの粒が入っおいるアむスクリヌム。今時どこも売っおないわ。こんな貎重なものを 」
    そう蚀っおメリッサは静かに受け取った。
    そしお、クマガダの目を、青い目でじヌっず芋詰めた。
    「昔、どこかでお䌚いしたかしら」
    クマガダは数秒間沈黙した。
    そしお蚀った。
    「いえ、今日が初めおです」
    クマガダは小さく答えお、優しく埮笑んだ。

    二人はやがお立ち䞊がった。
    怅子が床を擊る音がした。
    店を出お、車に乗り蟌んだ。
    重力゚ンゞンが䜎く唞り、銀色の車䜓が砂に浮かんだ。
    砂䞘が癜く茝き、光が車を包んだ。
    光りの䞭ぞ二人の姿はゆっくりず消えおいった。



    「銀河食堂」 終わり


     
     
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