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ホモ雑誌で捕まえて

    昔さ、ホモ系の雑誌といったら『サブ』と『サムソン』ってのが定番だったんだ。もっとも、僕の知ってる狭い本屋にはその2冊しか置いてなかったから、他にどんな小ぎたない雑誌があったかなんて知りもしないんだけどさ。
    ある日、僕はなんとなくその雑誌をペラペラと立ち読みしてたんだ。本当に、ただの気まぐれさ。そうしたら、モノクロのページにモデル募集の広告が出ているのが目に留まった。
    「1撮影:50,000円」
    これだよ。これに尽きる。 僕はゲイでもホモでも何でもなかったけど、当時時給900円のせこいアルバイトでこき使われていた僕にとって、それはまるで夢みたいな金額だった。気づいたときには、僕はその雑誌を小脇に抱えてレジに向かってた。それから募集先の事務所に電話をかけて、面接の約束を取り付けちまったんだ。まったく、行動力だけはあるんだから呆れちゃうよね。
    面接は都内の薄汚れた雑居ビルの一室で行われた。 「履歴書は不要、身分証明書だけ持ってきて」なんていう、いかにもラフな指定だったから、どんな怪しい場所かって身構えてたんだけどさ。部屋に入ると、面接官の男と僕の二人きり。他のスタッフなんて影も形も見当たらない。なんだか妙に静まり返ってて、それだけで参っちまいそうだった。
    「よろしくお願いします」
    僕が型通りの軽い挨拶を済ませると、面接官はさも当然って顔でこう言ったんだ。
    「とりあえず、上着を脱いで上半身を見せてくれる?」
    まあ、そういうジャンルの雑誌のモデルなんだから、それくらいは僕だって覚悟してたさ。驚きもしない。
    「はい!」
    僕は無駄に元気よく答えて立ち上がり、Tシャツを頭から引っぺがして面接官を見た。 すると面接官は、一瞬、ものすごく難しい顔をして「うーん……」と唸りながら考え込んじゃったんだ。弱ったよ。僕の身体ときたら、多少の筋肉はあったかもしれないけど、お世辞にも他人に自慢できるようなシロモノじゃなかった。ただの痩せこけた、見窄らしい肉体さ。
    面接官は哀れむような目で僕を見て、こう言った。 「まあ、ガリガリも需要がないわけじゃないからねえ。仕事の数は少ないけどさ」
    体型の審査としてはギリギリ不合格って感じの、中途半端なフォローだった。それから彼は、淡々と仕事内容の説明を始めたんだ。
    撮影は月に数回。拘束時間はカメラマンや監督(って呼ぶべきなのかね?)の気分次第。運が良ければ2時間で終わることもあるが、どれだけ短くても給料は同じ50,000円。 ただし、と面接官は付け足した。カメラマンのOKが出なければ、そのままズルズルと泊まり込みになることもある、と。
    彼はそんな話をツラツラと続けながら、「その辺は大丈夫?」なんて、僕の意志をいちいち確認してきた。僕はといえば、5万円の誘惑に目が眩んでたから、とにかくやる気だけは見せつけようと「やれます!」なんて健気に応えてたんだ。バカみたいにね。
    だけど、そこで奴は、今までのぬるい質問をすべてチャラにするような、決定的な問いを投げかけてきたんだ。
    「射精する瞬間の表情って、演技で作れる?」
    予想もしない角度からのストレートを喰らって、僕の頭は完全にフリーズした。
    面接官は続けた。 「もちろん、本当にイッちゃって、その時のリアルな顔でもいいんだよ。だけどさ、それがもしリテイクになったとき、君はもう一度その顔を再現できるかい?」
    考えてもみろよ。実際問題、男が本当に果てる瞬間のあの恍惚とした表情なんて、いつだって一瞬のものなんだ。 ドピュドピュ、ビクンビクン。まさにその一瞬。 その顔を、カメラマンが納得するまで、完全にコントロールして再現しなきゃならない。しかも、男の身体ってのは連射がきかないようにできている。一度出しちまったら、次の復活まではそれなりの休息が必要なんだ。
    それに、その休息時間ってやつがまた厄介なんだよ。世間じゃそれを**「賢者モード」**なんて呼ぶらしいけどさ。さっきまで最高の快楽を得るために必死になっていた時間が、一瞬にしてすべて虚無に変わるんだ。欲に溺れた自分を、冷徹に断罪する時間。
    そんな、この世で一番冷め切っている瞬間にだぜ? 演技であれ何であれ、あの全身を駆け巡る絶頂の表情を演じなきゃならないんだ。 それができるまで撮影は終わらない。部屋にいるすべてのスタッフが、じっと息を潜めて、僕の「その瞬間」を待っているんだ。
    ──君は、その重すぎる責任を背負えるかい?
    面接官は口にこそ出さなかったけど、彼の目は明らかにそう語ってた。その声にならない問いかけが、僕の脳内でワンワンとこだましたんだ。
    「……申し訳ございません」
    僕の口からは、それしか出てこなかった。降参さ。 面接官も、責める風でもなく「だよね(笑)」と、妙に優しい顔で笑った。 それでも、わざわざ面接に来てくれたこと自体には感謝してくれたんだけど、僕はただ「ありがとうございました」と蚊の鳴くような声で繰り返すことしかできなくて、自分がたまらなく情けなかったよ。
    僕は深々と頭を下げて席を立ち、出入り口のドアの前でもう一度頭を下げた。 その場から一刻も早く立ち去ろうとドアノブに手をかけたとき、面接官が「これ、縁があったらまた」と言って、何かの中身が入った紙袋をそっと手渡してくれた。 僕は最後まで優しかった彼に何度も頭を下げながら、逃げるようにビルを飛び出した。
    最寄りの駅から電車に乗り、帰路についた。 車内は帰宅ラッシュというほどじゃなかったけど、そこそこ混み合っていた。運良く座席に座ることができた僕は、ガタゴトと揺られながら、さっき起きた一連の出来事をぼんやりと振り返っていた。
    まったく、とんでもなく貴重な体験をしちまったな。 人生ってやつは、結局のところトライ&エラーの繰り返しなんだ。今日の出来事は、僕にとっては果敢な「トライ」であって、決して無駄な「エラー」なんかじゃない。そうさ、そうに決まってる。この奇妙な体験を、僕は絶対に忘れないようにしよう。
    僕はそう心に深く刻みつけながら、最後に手渡された紙袋を膝の上で開き、中身を引っ張り出して確認してみたんだ。
    そこに現れたのは、フンドシを締めた角刈りの男が、これ以上ないってくらいの満面の笑みでポーズを決めている、あのホモ雑誌の最新号だった。
    まったく、やれやれだよね。

     
     
    記憶と言う曖昧な世界のアーカイブ 自分の中のリアルと他人の中の妄想 知らなくていい事の答え合わせと 消えてしまった自分をもう一度再現する実験 その自分は本当に自分ですか?

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