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序章∞第2話|里緒の命終は“宿命”だったのか?(根拠資料編)

    「序章∞第1話|里緒の命終は“宿命”だったのか?」
    にて、事実として整理した記録として、

    ■「命終」と「生誕」に見られる
    摩訶不思議とも言える “偶然を超えた共鳴性(シンクロニシティ)”

    を、14項目ほどご紹介させていただきましたが、
    今回は、その根拠資料(証拠資料とも言える)を配信いたします。
    ※ただし、個人情報的な部分は秘匿(モザイク加工)を施しています。


    【命終】2025年11月10日 4時28分 の根拠資料です↓

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    この資料は「死亡診断書」の写しです。
    死亡時刻:令和7年11月10日 4時28分
    闘病期間:4年8ヶ月(診断書では4年7ヶ月と記載)

    ※注:
    お釈迦様の誕生日(4月8日)かどうかは、僕の中では大きい。
    記載の差異については、解釈の違い、もしくは単純な記載上の誤りだろうと思っている。
    ……とはいえ、「なんでやねん!」ってツッコミを入れたくなった(笑)。


    【生誕】1978年02月10日 5時47分 の根拠資料です↓

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    この資料は妻・里緒の遺品から見つかった
    幼少期の誕生日カードの写しです。
    生まれた日時が記載されています。


    10.最期の住所地「4番地の1」
     → 反転させると「14」=ご家族に繋がる“命日の数字”が発現
     の根拠資料です↓

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    病院側から入院中に発行された診断書です。
    妻の住所地「***4番地の1」が記載されています。


    12.檀那寺(檀家寺)住所「626番地」
     → 6+2+6=14
     → ここでも「14日」
     の根拠資料です
    ↓

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    檀家寺から配布された
    妻の陰中日程などが記載されたものです。
    住所地の末尾が「626番地」となっています。


    14.遺影原本の撮影日時の根拠資料です↓

    ●当初(1枚目)の遺影の撮影日時
    死亡時刻「4時28分」 ⇔ 遺影原本撮影「4時29分」

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    「2021年2月7日 4:29」と記録されています(機種はi-Phone)。

    ●都合により差し替えとなった2枚目の遺影の撮影日時

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    「2018年9月17日 9:59」と記録されています(機種はi-Phone)。



    2026年(令和8年)4月18日。
    以下、根拠資料を更新いたします。

    ――

    妻の家系には、
    『14』
    『17』

    ――

    残る。

    ――

    妻の最期の入院日は、
    9月17日でした。

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    2026年4月17日:風志撮影

    お爺様(母方)
    平成26年(2014年)9月23日 逝去
    ※9+2+3=14


    お婆様(母方)
    平成14年(2002年)4月17日 逝去


    お母様
    平成14年(2002年)6月14日 逝去


    お兄様
    平成29年(2017年)12月14日 逝去


    #14
    #17


    (関連サイト)
    ■
    里緒|口腔多発がん 闘病の記録 【X-エックス】
    ■
    解と結(かい∞ゆい)_亡き妻と紡ぐ、静かな創作供養と夫婦の物語 【X-エックス】

     
     
    我が妻、口腔多発がん 4年8カ月闘病 2025年11月10日4:28 旅立つ 西洋医学を信じた妻(土) 自然療法寄りの僕(風) 価値観の違い越え 「解き」の先で 「結び」を魅る 亡き妻と紡ぐ供養物語 CC0 1.0 Universal 月まで👀 ぶっ飛び自由 🌕🌙

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