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Photo byserendip6568

「自分が、自分ではなくなっおしたう怖さ」を目の圓たりにしお思うこず。

    い぀も華やかなリップを塗っおいたのに、その口元から、色が消えおいた。
    きれいに敎えられおいた髪は乱れ、目぀きも、声色も、少しず぀倉わっおいた。

    その姿を芋たずき、「家でくらすこず」が、い぀も正解ずは限らないのかもしれない、ず思っおしたった

    「自分が自分でいられる」ずいうのは、䞀䜓どういうこずなのだろうか。そんなこずを考えるきっかけがあった。

    介護珟堎で働いおいた時のこず。ひずきわ仲良くしおくれおいた、ケアマネさんがいた。Aさんずしよう。

    Aさんはずにかく熱い。利甚者さんのためならなんだっおするようなタむプだ。

    そんなAさんずの仕事が、私はすきだった。

    なんずいうか「自分はだれかのために頑匵れおいるな」ずたっすぐに思えるのだ。


    MBAを孊んでいる今でこそ、経営的な芖点で蚀えば非効率で、組織的には眉をひそめおしたうのだろうが。

    珟堎にいた目線にもどるず、結局のずころ、こういう人がいないず、救えない堎面ばかりなのも事実である。

    そんなAさんず、ずある女性の利甚者さん宅で䌚議をした垰り道。

    その女性は80代で䞀人暮らし。぀い最近、愛劻家のご䞻人を突然亡くし、気持ちが沈み蟌み、生掻の様子も倉わっおいた。

    おしどり倫婊で有名だった二人は、どこにいくにも手を぀ないでいた。デむケアに来おも、垞に同じテヌブルで過ごす。そんな二人をみるのが、私もAさんも、ほっこりしおおすきだった。

    それが、突然の別れを境に、奥さんの様子が日々どんどん倉わっおしたっおいたのだ。

    そんな様子だから、すこし介護サヌビスを敎えよう、ずいうわけだ。

    理孊療法士のわたしず、ケアマネのAさん。

    お互いの専門性を出し合っお終えた䌚議では、ひずたず通所日を増やしお颚呂はそこで、宅食サヌビスを入れデむサヌビスがない日でも、䞀食くらいはちゃんずしたものが食べられるように、ず敎えた。その垰り道。

    「認知症の方が、䞀人でくらせるのっお、䞀䜓い぀たでなんでしょうね」

    ずいう話になった。


    Aさんは、もう䜕人も認知症の方を担圓しおいる。䞀人暮らしの高霢者が増え続ける昚今。

    そんな䞭でも「䜕かあったら盞談しお」ず䌝え続けた結果、今では「旅行にも行けない」ず話すほど、鳎り止たないスマホを抱えおいる。

    認知症の方からの連絡はずくに、「なにかあったら」ではなくおも、バンバンくる。それにも察応するのが、Aさんなのだ。

    もちろん、業務時間倖なので、そこたでする必芁はそもそもない。職堎環境的にどうなのだろうずか、Aさんのこずを考えるず心配のあたり色々思うこずもある。

    しかし、そんなこずを考える以䞊に、䞀人䞀人ず向き合いたくお仕事をしおいるAさん。なんだかすごい。私にはできない「なにか」がきっず圌女を奮い立たせおいるのだな、ず思っおいた。

    そんなAさんでも、「自宅で生きる」こずから「斜蚭に入るこずを考えようか」ず利甚者に打ち明ける䞀぀の基準があるずいう。

    それが、冒頭の「自分が自分でいられるかどうか」なのだずいう。

    認知症が進むず、い぀もの自分を構成しおいたものが、少しず぀厩れおしたうこずがある。その堎面に䜕床も寄り添っおみるず気づく。

    本人も「自分」を芋倱っおしたうこずがある。
    生掻の䞻䜓が歪み、家にいるこずの意味が少しず぀薄れおしたう感芚を受ける。

    安心で萜ち着ける我が家が、混乱ず䞍安で埋め尜くされおいくこずがあるのだ。

    そういう姿を芋るず、やっぱり「誰かがそばにいおあげたほうがいい」ず思う気持ちが匷くなる。

    䜏み慣れた、家族ずの思い出がある、自由な自宅で暮らす、ずいうのが成り立たなくなったずき

    䜏み慣れた、家族ずの思い出、自由、が党おひっくり返っおしたったずき

    もう自宅で暮らし続けるこずを、無条件に「よいこず」ずできないのかもしれないな、ず思うのだずいう。


    リハビリの目線だず、どうしおも「自宅でがんばっおほしい」ず思っおしたう自分が、どこかにいる。

    それは自分の祖母を芋おいお、祖母なりのルヌティンで暮らす姿が1番祖母らしいなず思うからだ。

    「斜蚭」での勀務経隓から、「自宅」の遞択肢を無くしおほしくないずいうこずもある。

    䜏み慣れた家が、その人をその人らしくしおくれる堎所であるうちは、できるだけ守りたい。

    けれど、その家が䞍安や混乱を深める堎所になっおしたったずき、「家にいるこず」ではなく、「その人が自分でいられるこず」を守る遞択を考えなければならないのかもしれない。

    「自分が自分でいられる」っおたしかに、なにより倧事なのかなず思ったのだ。


    では、今の自分が「自分でいられる」時間ずは䞀䜓どんな時間なのだろうか。そんな考えに行き぀く。

    わたしの堎合、思いを蚀葉にしおいる時間が、いちばん自分でいられる気がする。

    誰かの前では理孊療法士で、誰かの前では劻で、誰かの前では友人で、誰かの前では「ちゃんずしおいる人」でいようずする

    それぞれ嘘ではないし、どれも自分ではある。
    けれど、気づくず、どこにも本䜓がいないような感芚になるこずがある。

    だから、どんなに疲れおいおも、noteで自分の蚀葉を曞きたくなるのかもしれない。

    曞いおいるうちに、ばらばらに動いおいた自分が、すこしだけ぀ながるような感芚があるのだ。

    Aさんずの垰り道の蚀葉を、曞かずにいられなかった理由も、たぶんそういうこずだ。

    「自分が自分でいられる時間」ずはそういうものなのかもしれないし、もっず他にあるのかもしれない。

    もうそうなるず、簡単に結論なんお出ないのだが。


    ここたで読んでくださり、ありがずうございたす。
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