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パンデミック・りォヌズ 第章 芋えない波王

    朝䞃時十分。

    東郜孊院䞭孊校の校門は、い぀もより少しだけ隒がしかった。

    制服姿の生埒たちが次々ず坂を䞊っおいく。

    校門の暪には「自䞻・自埋・創造」ず刻たれた石碑。

    創立癟幎を超える䞭高䞀貫校。

    卒業生には倧孊教授、官僚、医垫、宇宙飛行士、元銖盞たでいる。

    もちろん父もこの孊校の卒業生だ。父はこの孊校を「倉人が安心しお倉人でいられる堎所」ず笑っおいた。

    その蚀葉は、僕には心地よく聞こえた。

    「䜍田、おはよう」

    グラりンドの方から倧きな声が飛んできた。

    健倪だった。

    野球郚の朝緎垰りらしく、制服のワむシャツの䞋にはただ汗が残っおいる。

    うちは進孊校だけど、運動郚にも力を入れおいる。囜䜓に出たり、甲子園を目指す郚掻がいく぀かあり、文歊䞡道を地で行く孊校なのだ。

    「おはよう。」

    「たた本か。」

    僕の手には分厚い掋曞があった。

    『Emerging Infectious Diseases』

    父の曞斎から借りおきた雑誌だった。

    「英語読めるのか」

    「蟞曞を䜿えば。」

    健倪は本をのぞき蟌む。

    「さっぱり分からん。」

    「僕も党郚は分からない。」

    「じゃあ䜕で読む」

    「面癜いから。」

    健倪は肩をすくめる。

    「俺には野球の方が癟倍面癜い。」

    「知っおる。」

    「でもさ。」

    健倪が少し真面目な顔になる。

    「お互い奜きなこずがあるっおいいよな。」

    僕はうなずいた。

    それは珍しく、すぐに答えが芋぀かった質問だった。


    東郜孊院には倉わった生埒が倚い。

    数孊オリンピックを目指す生埒。

    鉄道暡型を䜜り続ける生埒。

    ラテン語を独孊しおいる生埒。

    囲碁で党囜倧䌚に出る生埒。

    だから僕は目立぀けれど、浮いおはいなかった。

    「たた感染症か」

    昌䌑み。

    図曞宀ぞ向かう僕に、生物郚の䞉島が声をかける。

    「うん。」

    「新しい論文」

    「父の研究宀から借りた。」

    「いいなあ。」

    䞉島は玔粋に矚たしそうだった。

    普通の孊校なら「倉わっおる」で終わる話も、この孊校では「面癜そう」で終わるこずが倚い。

    だから居心地が良かった。


    攟課埌。

    グラりンドでは野球郚が緎習を始めおいた。

    「ナむスボヌル」

    監督の声が響く。

    健倪がマりンドに立぀。

    球が捕手のミットぞ吞い蟌たれる。

    也いた音が校舎たで届く。

    「今幎は本気で党囜を狙える。」

    以前、健倪はそう蚀っおいた。

    東郜孊院は勉匷だけではない。

    野球郚も党囜倧䌚垞連だった。

    健倪にずっお癜球は、将来そのものだった。

    僕はフェンス越しに少しだけ緎習を芋おから、図曞宀ぞ向かった。


    図曞宀は静かだった。

    ペヌゞをめくる音だけが響く。

    感染症の歎史を読んでいるず、䞀぀の文章が目に留たった。

    感染症ずの戊いは、病原䜓ずの戊いであるず同時に、時間ずの戊いでもある。

    時間。

    その蚀葉に鉛筆で線を匕いた。

    父もよく蚀う。

    「感染症は、早すぎる察策は批刀される。遅すぎる察策は埌悔される。」

    その意味は、ただよく分からなかった。


    家ぞ垰るず、父の靎が玄関になかった。

    最近、垰宅は深倜が続いおいる。

    母は倕食を䞊べながら蚀った。

    「たた倧孊から電話があったみたい。」

    「忙しいの」

    「うん。海倖ずの䌚議も増えおるっお。」

    「研究」

    「そうでしょうね。」

    母は少しだけ心配そうだった。

    父は仕事の話を家ではほずんどしない。

    だから、䜕が起きおいるのか分からない。


    午埌十時過ぎ。玄関のドアが静かに開いた。

    「ただいた。」

    父の声は疲れおいた。

    ネクタむをゆるめるこずもなく、そのたた曞斎ぞ向かう。

    「ご飯だけでも。」

    母が声をかける。

    「あずで。」

    それだけだった。

    曞斎のドアが閉たる。

    しばらくしお、䜎い声が聞こえおきた。

    英語だった。

    海倖の研究者ず話しおいるらしい。

    「  No, it's spreading faster than expected.」

    聞き取れたのは、それだけだった。

    "予想より速く広がっおいる。"——そんな意味だったず思う。


    翌朝。

    朝食の垭。

    テレビでは海倖ニュヌスが流れおいた。

    「䞭囜・湖北省歊挢垂で確認された原因䞍明の肺炎に぀いお――」

    母はテレビを芋ながら銖をかしげる。

    「最近、このニュヌス倚いわね。」

    父は黙ったたたコヌヒヌを飲んでいる。

    「父さん。」

    僕は聞いた。

    「そんなに珍しい病気なの」

    父はカップを眮いた。

    「珍しいかどうかは、ただ分からない。」

    「でも気にしおる。」

    「気になる点が倚い。」

    「䟋えば」

    父は少し考えた。

    「説明できないこずが倚すぎる。」

    それだけ蚀うず新聞を広げた。

    僕はそれ以䞊聞かなかった。

    父は分からないこずを、分からないず蚀う人だった。

    それだけは昔から倉わらない。


    孊校では、そんなニュヌスは誰も話題にしおいなかった。

    昌䌑み。

    食堂では来月の球技倧䌚の話。

    教宀では䞭間詊隓の予想問題。

    野球郚は春季倧䌚の組み合わせ。

    「今幎はいける。」

    健倪は笑った。

    「甲子園たであず䞉幎だけどな。」

    「いや、たず倏だろ。」

    仲間たちが笑う。

    その笑い声を聞きながら、僕はふず思った。

    父は昚日、

    「予想より速い。」

    ず蚀っおいた。

    䜕が速いのだろう。


    攟課埌、健倪ず校門たで歩く。

    「今床の日曜、緎習詊合なんだ。」

    「盞手は」

    「城南孊院。」

    東郜孊院ず䞊ぶ匷豪校だった。

    健倪は楜しそうに話す。

    「勝ったら匟みが぀く。」

    僕はうなずく。

    その暪顔は、未来を疑っおいない人の顔だった。

    きっず僕も同じだった。

    父を陀いお。


    その倜。

    ニュヌス番組の最埌に、たた歊挢の映像が流れた。

    マスクを着けた医療埓事者。

    病院ぞ運び蟌たれる患者。

    画面の隅に小さく衚瀺された数字。

    「感染者数、増加。」

    ほんの䞀分ほどのニュヌスだった。

    母は食噚を片付けおいる。

    僕は明日の小テストの勉匷をしおいる。

    健倪は今ごろ、玠振りをしおいるかもしれない。

    日本はただ、い぀もの倜だった。

    テレビを消そうずした父の手が止たる。

    画面を芋぀めたたた、小さく぀ぶやいた。

    「  もう始たっおいる。」

    その声は、誰に向けたものでもなかった。

    僕はその意味を知らない。

    けれど埌になっお思う。

    あの日、䞖界で最初に倉わり始めたのは街ではない。

    父の衚情だったのだ。

     
     
    〈「俺の飯は」倫〉ず戊いながら、倧孊院で研究に奮闘する、䞻婊の日垞。読曞備忘録ず子どもの受隓日誌ず、あずたたに創䜜物も添えさせおいただいおおりたす。

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