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ああ、これは呪いだったのね

【あらすじ】
 倧孊生の野口絃いずは、同郷の友人ず䞋劣な恋愛の話を報告し合う「定䟋報告䌚」に参加しおいた。
 その安居酒屋の喫煙所で、倪陜のように矎しい男・束田新あらたず出䌚う。鯖のラむタヌをきっかけに始たった、名前も知らない二人の䌚話。その䞭で、絃は新の違和感に気付く。
 ヌヌ圌は倪陜ではなく、月なのではないか。
 どこか圱を匕きずっおいるような新が気になり、二人は玄束を亀わす。
「䞀週間埌、この店の前で」
 連絡先も名前も知らない、アナログすぎる玄束。圌が本圓に珟れる確蚌はない。それでも、カレンダヌに頌らずずも心に刻たれおしたった玄束の時間が近づく。期埅しないず自分に蚀い聞かせながら、絃は再びあの小汚い居酒屋に向かう。



『アロマンティック』


プロロヌグ

 
 倪陜の圱に気付いた䞀幎前の倏。私はそれを、攟っおおけなかった。

 倪陜は自ら光を攟぀恒星ずいう倩䜓であるが、月はその胜力を持たない。倪陜の光を反射しお柔らかく茝き、私達の目に届いおいるのだ。光っおいるように芋えた月の裏偎は静寂ず闇に包たれおおり、このような惑星は光ず圱の二面性を䜵せ持っおいる。

 そうであるならば、倪陜のように芋えた圌も、実のずころはただの矎しい月だったのかもしれない。

第䞀章 定䟋報告䌚 


 私は同郷の友人ず月に䞀回皋の頻床で「定䟋報告䌚」ずいうものを開く。

 名前だけ聞けば倧局なものに思えるが、その実態は倧抵恋愛の話に終始しおいお、各々が近況を報告し、それに遠慮のない批評をぶ぀け合い、必芁ずあらば今埌の䜜戊たで緎るずいう、ある皮の共同戊線のようなものだった。

 倧孊生ずいうのは結局のずころ、䞭孊や高校の頃の友人に回垰しおいくもので、どれだけ新しい環境に身を眮いたずしおも、無意識のうちに自分の茪郭を知っおいる人間の元ぞず戻っおきおしたう。ひよこが最初に芋た動く物䜓を母芪だず認識しおしたうように、絶倧的な安心感を眮いおしたうこの堎所では、普段なら蚀葉にするこずをためらうような䞋劣な蚀葉も、抵抗なく口に出すこずが出来る。䞀応公共の堎ではあるから、盎接的な衚珟は避けお遠回しな衚珟や隠語を駆䜿しながら、事の流れを明確に䌝える。この時にこそ、その人が持ちうる党おの語圙力が詊されるず、私は垞々思う。

 䞀方で、私の通う綺麗な倧孊の綺麗なキャンパスでは、こんな話は成立しない。

 私にずっお、倧孊の友人は少しクリヌンすぎるのだ。

 トむレに嘔吐犁止什ず䞖界䞀呚旅行の玙が貌られた小汚い安居酒屋で、他の客が蚀い争うのを眺めながら、玠手でポテトフラむを぀たむのではなく、シャレ぀いたカフェの革補の゜ファに座っお、ロヌテヌブルに身を屈めながら、ミニチュアのようなスプヌンを䜿っお゚スプレッ゜を噚甚に啜る。

 これが至極退屈な蚳ではなく、その人達を汚すほど私はただ腐っおいないのだず思いたい。

 逆に、倧孊の友人からは綺麗な恋物語を摂取したい。

 私もい぀か、綺麗な恋が出来るように。


 汚い私達が向かう居酒屋は決たっおいる。

 安い、早い、䞋䞖話な話が出来る。この䞉぀が揃った店。

 そこでい぀ものように定䟋䌚が始たった。

 金欠な私達の救䞖䞻であるこの店には、䞋品な飲み方をする人間で溢れおいる。䞋品な蚀葉ず䞋品なコヌル。しかし、この乱れた雰囲気が我々にずっおは䞁床よく、倚少の汚い発蚀もこの空間が蚱しおくれるのだった。

 前回の話を振り返り、そしお珟状を報告する。

 䞉、四人もいれば倧抵誰か䞀人くらいは爆匟を抱えおいるものだ。矩務教育から解攟された倧孊生は、若さずいう理由だけを握りしめ、倜の䞖界を暎れ回り、醜く、汚らわしく酔いしれ、そしお人を傷぀け、慰め合っおいく。きっずい぀か、この歎史を黒く塗り぀ぶすか、歊勇䌝ずするか、その二択なのだろう。

 もっずも、たずえそれが無かったずしおも、私達は話に汚れた花を咲かせ、幟らでも倜を延ばすこずが出来た。
 
 女子ずいう生き物は、そういう颚に出来おいる。話題が尜きるこずなく、最終的には近くの公園かあるいは誰かの家に向かい、ずうずう話し疲れお眠りに就く。

 結論や正解は出なくおいい。ただ蚀葉にしお、自分が出来ない代わりに笑っお、怒っおもらっお、それを消化したいだけなのだ。

 䌚の序盀に友人の䞀人が近くの卓を暪目に芋おいた。

「あそこの垭、合コンかな」

 党員がその卓に芖線を向ける。

「いいなヌ、やっおみたい」

「芋お。あの真ん䞭にいる男、むケメンじゃね」

「え、どれどれ」

「はいはい、たあ、分からなくはない」

「ガヌルズたち、絶察あのむケメン狙いでしょ」

「あれは倚分、陰キャ陜キャ関係なく話しかけおくるタむプの陜キャだな」

「うわ、無差別テロリストだ」

 女達の軜口は止たるこずを知らない。

 基本的には䞀切呚囲に目を向けず、ラッパヌのごずく話し続ける圌女達でさえ気付いたのだ。私もあの卓の存圚には気付いおいた。

 その䞭心にいる男性には、違和感ずいう名のオヌラがあった。男ずいうより挢のような、がっしりずした䜓栌。けれど、むさ苊しさよりも先に、掗剀のコマヌシャルのような爜やかさを感じさせる。黒髪の隙間から芗くきりっずした眉毛に、綺麗な二重。

 圌には、どこかしらの俳優かアむドルだず蚀われおもおかしくないくらいに、均敎のずれた矎しさがあった。

 圌のいる卓ず私達のいる卓の間にはパヌテヌションがあっお、それが䞀生亀わるこずのない境界線が匕かれおいるようだった。圌ず話せなくおも、ただ同じ机を囲めるだけで、それはもう女性にずっおはご耒矎なのだろうず思う。

 しかし私の持論では、むケメンの話は倧抵぀たらない。

 むケメンは話さなくおもモテおきたからだ。お調子者の陰に隠れお教宀の片隅でじっず獲物を狙い、そしお気付けば䞀番綺麗なものだけを掻っ攫っおいく。努力しなくおも遞ばれおきた人間は、話術の蚓緎をしおきおいないので、困ったら顔を芋せおおけばいいず思っおいる。

 持論ずいうよりも、遞ばれない偎の偏芋だずいうこずは分かっおいるが、この境界線の倖にいる私は、そう思わずにはいられなかった。

 私は顔だけで人を奜きになれるほど、もう子䟛ではない。かずいっお、䞭身で人を奜きになれるほど、倧人でもない。いっそのこず、誰かを奜きになるこず自䜓を諊めおしたいたいのだが、そうするず誰䞀人愛せない化物が誕生しおしたう。

 以前、無性愛ずいうセクシャルに぀いお怜玢したこずがある。その特城ずもいえる項目に、私はチェックを付けられなかった。私は、人を愛せない私を愛せない。だから、自分を愛するために、私はそっずサむトを閉じ、怜玢アプリごず䞊にスワむプした。

 諊めお認めおしたえば楜になれるのかもしれないが、きっず自分の根底にある孀独は埋たらないのだず思う。なぜなら、孀独は誰かに埋めおもらうものではなく、誰かを愛するこずでしか埋たらないのだから。

 そんなこずを考えながらも䌚は進行しおゆく。圌氏が出来たり、別れたり、奜き同士なのに付き合えなかったり、バむト先の誰かが䞍倫をしおいたり、碌な話でないほどお酒は進むものだ。

 そしお䜕より、お酒が進むず煙草も進む。しかし、こういったチェヌン店は党垭犁煙で、喫煙所が別で蚭けられおいるこずが倚い。ずいうより、倖に远いやられおいる、ず蚀った方が正しいのかもしれない。実際、その安さからか子䟛連れの姿も芋かけるこの店にはかなりお䞖話になっおいるので、垭で吞えないこずも甘んじお受け入れおいる。

 私は煙草を手に取り、倖にある喫煙所ぞ向かった。少しよろめきそうな䜓を、残された少しの理性で真っ盎ぐに戻す。

 店の扉を開けるず、店内の熱気から解攟され、倖が涌しく感じられた。もう倏が終わり始めおいるようで、少し寂しくなった。

 暑い季節は嫌いだが、その暑さが寂しさを誀魔化しおくれおいるようで、どうしおも嫌いになりきれない。冬になるず、人が枩かい蚘憶を残したがるのは、きっず寒さが人を孀独にするからだ。色恋沙汰が矎しく映えるのは、い぀も寒い季節だったような気がする。

 今幎の冬が少しでも暖かくありたすように、ず願いながら、倖の気枩が酔いを芚たしおいくのを感じおいた。

 この店の喫煙所は倖に灰皿が眮いおあるだけの簡玠なものだが、今日は珍しくその暪に先客がいた。知らない人ず煙草を吞う時間は少し気たずいので、あたり公共の喫煙所は䜿いたくないのだが、お酒が入るずもうどうしようもない。

 なるべく盞手の顔は芋ないようにしお灰皿の暪に立぀。

 そこで私は、なんずなく察しおしたった。
 
 もしや、ず思いながら県球だけをぐいっず暪にずらしお、そのたた䞋から䞊に盞手の䜓を登っおいかせる。

 するず、それはやはり、あの合コンの垭にいた男だった。

 さお、むケメンに察しおかなり反抗的な持論を展開しおいた私であったが、その前で平然ずしおいられるほどむケメンずいうものには慣れおいない。

 こんな東京の隅にむケメンなど存圚するはずがないからだ。動揺を抑えながらも煙草を口にくわえ、ラむタヌを぀けようずする。

 しかし、どういうこずだろう。なかなかラむタヌに火が付かない。

 店内の隒音がここで圹に立たず、カチ、カチ、ずいう也いた音だけがやけに響く。お気に入りだったのに、ずうずうここで寿呜が来たらしい。よりにもよっお、このタむミング。

 恥ずかしさを抌し殺しながら手こずっおいるず、私の前に䞀本の手が䌞びおきた。

「火、䜿いたす」

 綺麗な顔がこちらを向いおいた。

 柔らかく埮笑む顔ず目が合い、その優しさに胞を抌されお息が出来なくなる。やはりこの人は、困っおいる人を芋過ごせない倪陜属性の人間なのだろう。教宀にいたらきっず誰しも䞀床は圌を奜きになっおいたんだろうな、ず
勝手に想像する。

「あ、すみたせん 。ありがずうございたす」

 手の震えを抑えるので必死だった。ゞッポラむタヌなぞ䜿ったこずがないので受け取るか困っおいるず、圌はそれを貞すのではなく火の灯る自分の手元を私の顔に寄せた。

「 ありがずうございたす。助かりたした」

「いえいえ」

 ああ、恥ずかしい。人から貰った火で吞う煙草は、い぀もより重く肺に圧し掛かる。

 携垯を芋る䜙裕もなく、ただ二人で目の前の暗い路地に向かっお煙を吐いおいるず、隣にいる綺麗な人が今、汚い煙を吞っおいるこずに気付いお、なんだか切なくなった。

 なんずいうか、䞊品な济衣が着厩れおしたっおいるようで、そしおその济衣をもう正すこずは出来ないのだず悟らせるような絶望感。

 圌に、セブンスタヌは䌌合わない。

「ラむタヌ、それ䜕ですか」

 終わったはずの二人の䌚話がたた動き始めた。

「えラむタヌ」

「はい。それ、気になっちゃっお」

「あ、これ鯖です」

「サバなにそれ」

 少し笑いながら圌が手を差し出しおきたので、私はそれに応じおラむタヌを手枡した。

 その時、自然に圌ず、手が觊れた。

 ――危ない。

 私はこの人に察しお垞に防衛態勢を取るべきだ。

 聡明で少し臆病な女性であればきっず理解できるはずなのだが、気を蚱しおいない男性には、い぀もより少しだけ玠っ気ない態床をずっおしたうこずがある。い぀も明るく振る舞う人ほどその境界線は明癜で、ふずした瞬間にそれが䞍自然に冷たく芋えるこずがある。男性にあたり慣れおいないずいうこずなのかもしれないが、きっずそれは盞手に勘違いされたくないずいう傲慢な遞別によるものではなく、むしろ同性から向けられる嫌悪の目線を䜕よりも恐れおいるからなのだず思う。

 しかし、今の私はこんなに聡明ではなく、ただ油断をするずきっずこの人に転がり萜ちおしたうずいう単玔な危険を感じたのだ。

「ほんずに鯖だ」

 たるでおもちゃを手にした子䟛のように、ラむタヌを芋぀めお無邪気に笑っおいる。

「お寿叞のラむタヌがあっお、鯖にしたんです。結構お気に入りだったのに」

「鯖が䞀番奜きなんですか。枋いですね、お姉さん」

 私のラむタヌは、鯖のお寿叞がプリントされおいるドンキで買った安物だ。こんなものより、圌の持っおいるゞッポラむタヌの方が䜕倍も枋いはずである。

 いや、そんなこずはどうでもよくお、圌は私を“お姉さん”ず呌んだのだ。普段そんな呌ばれ方をされるこずなんおないので、無駄に目が泳いでしたった。きっず私より幎䞊なはずなのに。いや、幎䞊だからなのかもしれない。幎䞊は幎䞋のように、幎䞋は幎䞊のように扱うのが良いず聞く。珟に少し気分が良い。

 䜙裕のある話し方をする人で、距離の取り方が柔らかく、そしおそれが少しだけ悔しかった。

「い぀も奜きだっおこず忘れちゃうんです。それくらい奜きかな」

「あはは、面癜いこず蚀いたすね」

 圌は煙を吐きながら、ゆっくりず埮笑んだ。目尻に出来た皺が、わずかに譊戒心をほどいおゆく。

「奜きな食べ物を聞かれお、すぐに出おこないこずがありたす」

「あヌ、あるあるですね」

「でも、忘れたっおこずは、奜きじゃなかったっおこずじゃなくお、奜きがずっずあるっおこずだず思うんですよ」

「 なるほど」

「普通に、忘れちゃった自分に甘いだけなのかもしれないですけど」

 圌は頷いお、煙を空に逃がした。

「俺も、奜きなもの聞かれた時は、倧䜓寿叞ずかラヌメンっお蚀っおたけど、普通に生きおお奜きだなヌっお思うのは 、倩接飯かな」

「 倩接飯は、ちょっず怖いかな」

「え、怖い」

「奜きな食べ物で倩接飯っお蚀われるず、なんかこだわり匷そうだし、町䞭華連れおかれそうだし」

「マゞか」

 迫害を受け、店から半ば远い出された喫煙者達は、名前を知らずずも䌚話が出来る。

 しかし、煙草に関する話は倧抵くだらない。始めたきっかけも銘柄の偏芋も、そしお喫煙所での䌚話も。これがたた、私にずっおは可笑しくお愛おしいのだ。

 なぜ煙草を吞うのかず聞かれるず、少し困っおしたう。特に理由もないのだけれど、ちょっずだけ臭いこずを蚀うのなら、ただ私達は誰にも気付かれないようにため息を぀きたい。

 そのために、この煙で誀魔化しおいるのかもしれない。

「お兄さんは合コンですか」

「いや、たあそんな感じなのかな。サヌクルの友達ずいうか、埌茩ずいうか。お姉さんも倧孊生」

「はい、二幎生です」

「あれ、䞀個䞋なんだ」

「なので、お姉さんじゃないですね」

「ごめんごめん。でもお姉さんに芋えたから」

 互いに酔っおいるはずなのに、どこか䌚話の熱が冷めおいる。倖に出お䜓枩が急に䞋がったせいなのか、それずも単玔に初察面だからなのか。

 䞭途半端に䌚話をしおしたった折、䜕か話しおいないずなんだか気たずい。どうしようもないので、少しの沈黙を砎っお話し出した。

「楜しいですか、合コン。私やったこずなくお」

「んヌ、分かんない。倖にいるっおこずは、楜しくないのかもね」

「倖に出たっお楜しくはなりたせんよ」

「いや、そうなんだけどさ。でも、鯖のラむタヌ持っおる子がいたからね。楜しくなったよ。ありがず」

「なら良かったのかな。火、付かないけど」

 䞀旊煙を吐きだしお、違和感に気づく。

 楜しくない、ず圌は蚀った。それがやけに匕っ掛かっお、私は少し詊すように蚀う。

「でも、戻っお楜しくなくなるなら、逃げ出しちゃえばいいのに」

 分かっおいた。この人は必ず垭に戻るこず、逃げ出すようなこずはきっず出来ない人だずいうこずが。

 䜕も知らない人だけど、䜕ずなく察しが぀いた。分かっおいたのに意地悪なこずを蚀っおしたった。

 圌がきっず、ここにため息を぀きに来おいるず思ったから。

 明るい堎所にいるのにどこか圱を匕きずっおいるようで、光の䞭に闇を感じさせるような圌のこずが少しだけ気になっお、砂時蚈のようなこの煙草の火が、萜ちなければいいのにず思った。

「良いこず蚀うね。でも、楜しくないっおのは、ちょっず蚀い過ぎたのかな」

 私はやっぱり、ず思っお軜く笑う。

 倪陜から挏れた諊めの蚀葉。私も、合コンにいる人間をも吊定しない、吊定できない圌を哀れに思った。女の子になんおきっず困らないはずなのに、こんな堎所に来おいる圌が䞍思議で堪らなかった。

「みんながせっかく誘っおくれたからね」

 きっず圌は優しすぎるのかもしれない。波を立おるより、調和を遞ぶ方の人間。そのルックスなのだから、もっず傲慢に生きたらいいのに。

 私はこの時、もう二床ず䌚うこずはない人なのだから、攟っおおけばよかった。

 しかし、もう䌚わないのだから、䜕を蚀っおもいいず思っおしたった。

「私も、ちょっず話しただけですけど、楜しかったです」

 圌が灰を萜ずしお、こちらを向く。

「でも私は、垭に戻っおも楜しいたたですよ。友達ず今から䞋品な話をするので。䞋品な話っお奜きですか楜しいですよ、すごく。私今からしたしょうかあなたが垭に戻っおも楜しいたたでいられるように」

 急き立おるように私は蚀った。

 優しい圌はきっずどこかで人間関係をサヌビスだず思っおいる。サヌビス業なのだ、ず諊めおいる。

 矎しく生たれたこずによる䞍自由ずいう匊害。我慢できない皋では無いのだろうけれど、靎の䞭に小石が入っおいるような、服のタグが銖に圓たっおいるような、そんな日々を送っおいるのかもしれない。

 顎を少し䞊げお圌の顔を芋るず、圌は少し驚いたような顔をしお笑っおいた。

「あはは、やっぱり鯖を遞ぶ子は違うね。それっお励たしおくれおるの」

「いや、そんなんじゃないです。ただ䞋品な話が奜きなだけですよ」

「なヌんだ。でも、ありがずね。䞋品な話は嫌いではないけど、君の䞋品な話は聞きたくないかな」

 出過ぎた真䌌をしおしたった、ず少し埌悔した。

「そっか、そうですよね。初めお䌚った人のそんな話なんお聞きたくないか」

「いや、君のを聞いたらさ、悲しくなっちゃいそうだず思っお」

「え」

 圌は、自分で吐いた煙を芋䞊げながら蚀った。

「んヌ、なんだろう。君は面癜い子だから、もっず知っおみたくなった、のかな」
 
 私の錓動は、圌の耳に届いおいるのだろうか。

 少なくずも、圌の心臓の音はこちらたで響いおきおいないので、軜く蚀った぀もりなのだろう。

 そしお圌は、気付いたように笑う。

「あ、でも矛盟しおるか」
 
 煙草の火は、すぐ指先に届きそうなずころたで迫っおいた。倖は涌しいはずだったのに顔だけが劙に熱を垯びおいる。

 口車に乗せられおはいけないこずくらい分かっおいたのに、それでも倪陜のような圌に隠れたその圱の郚分を芋おみたくなっおしたった。

「やっぱりむケメンは怖いな。簡単にそういうこず蚀う」

「お、嬉しいこず蚀っおくれるね」

 軜く匟んだその声が、やけに近く感じる。倖たで挏れおいた店内の隒音も気付けば遠くにいた気がする。

 倉に汗をかいた。煙草を灰皿に抌し付けお店内に逃げ垰ろうずしたが、火が消えるのず同時にこの時間も終わっおしたう気がしお、ほんの少しだけ名残惜しい。

 私を知りたいず蚀ったこの人を、私だっお知りたかった。でも、初察面の人に連絡先を聞いおしたうほど私は寂しい人間ではなく、そしお匷い私ではなかった。

「あのさ、俺っお楜しくなさそうだった」

 圌の蚀葉が、店に戻ろうずする私の肩をたたく。

「んヌ、なんずいうか、女の子に囲たれお楜しそうだなヌっお思っおたのに、案倖そうでもなさそうでしたね」

 本音に少し意地悪を混ぜお返すず、圌は短く笑った。

「そっか」

「あ、火ありがずうございたした」

 もう切り䞊げなければ、ず思ったのに、すぐ圌が蚀った。

「じゃあさ、今床、俺に楜しい話聞かせおくれないかな」

 今床、ずは具䜓的な日にちを指しおいるのか、はたたた瀟亀蟞什のような氞遠に蚪れるこずのない日を指しおいるのだろうか。

 この刀断を委ねられおしたったようで、私は答えに詰たっおしたった。しかし、盎球で連絡先を聞くずいう近道を䜿わなかった倩接飯奜きの圌は、おそらく前者のこずを指しおいるず、賭けおみるこずにした。

「 じゃあ」

「うん」

「来週の同じ時間っお空いおたすか」

「来週倚分、空いおるけど」

「その今床は、その日にしたしょう。この店の前で埅っおお䞋さい」

「おっけ。分かった」

「じゃあ、たた来週」

 去ろうずする私の背䞭に圌が声をかける。

「君が来なくおも、俺はちゃんずここで埅っおるから」

 

 名前も知らない私達は、連絡先を亀換しなかった。

 たた䌚える自信があったのかず聞かれるずそうでもない。ただ、この䞖界で出䌚った圌を、この䞖界の䞭だけで知りたかった。

 私の知っおいるあなたは、私の目の前にいるあなただけでいい。そう思った。

 次に䌚えたらたず、名前を聞こう。連絡先を聞いお名前を知るのではなく、圌の声で名前を知りたい。

 ねえ、あなたはどんな話をするのかな。どんなこずが楜しくお、どんなこずが぀たらないず蚀うのかな。党郚、次に䌚えた時に答えおもらおう。

 「君が来なくおも」ずあなたは蚀ったけど、私があなたを忘れる蚳はないよ。この䞀週間であなたの声や圢は残像のように揺らいでゆくけれど、カレンダヌに入れなくおもきっず芚えおおける。

 だっお、あなたのどこか悲しそうなその笑顔が、今も頭に焌き付いお離れないから。

 もしあなたがここに来なくおも、私はそれを嬉しいず思える。私が必芁ないくらいあなたが楜しい日々を送れおいる蚌拠だから。

 ただ、私が少し悲しくなるだけ、なんだけどね。

 

 垭に戻っおも、私はただ䜙韻に浞っおいた。倧奜きな友人の話も入っおこないほどに、胞が高鳎っおいたのだ。

 螏み入れられるはずのない圌の䞖界の登堎人物になれた気がしお、元の䞖界に戻るたでに少し時間がかかった。「長かったねどうしたの」ず聞かれおも、喫煙所であったこずは話さなかった。友達には䜕でも話しおいたのに、今は私だけのものにしたかった。

「あヌ、これは次回にずっおおくね」

 圌がいる垭は芋ずに、私は店を出た。



第二章 ブランコ


 そしお、今床ず蚀っおいたその日が蚪れた。

 私は正盎、期埅しおいなかった。こんなアナログな埅ち合わせなんお初めおだったし、圌が来なかった時に無駄に萜ち蟌むのが嫌だったので、期埅しないようにしおいた、ず蚀った方が正しいのかもしれない。

 しかし、なんずなくあの店に足を運ぶず、私達は案倖すんなりず再䌚するこずが出来た。

 
 少しの緊匵感ず高揚感を抑えながら店の前たで来るず、喫煙所の近くで文庫本に目を萜ずしおいる県鏡の男性がいた。数人が倖で隒がしく煙草を吞っおいるのに、圌にはレンズ越しの掻字しかたるで芋えおいないようだった。

 薄れおいた圌の像が圢を取り戻し、なんずなくこの人が圌なのだろうず分かる。準備しおいた「すみたせん」ずいう蚀葉をかけるず、圌は顔を䞊げおほんの䞀瞬だけ驚いたように目を芋開き、それから恥ずかしそうに笑った。

「お、来おくれたんだ」

「そっちこそ」

 圌がさっず閉じたその本が、どんな本なのか気になった。

 しかし、そんなこずよりも県鏡姿の圌に目を奪われおしたった。
 
 暪長の四角いフレヌムが敎った顔立ちに静かな圱を萜ずしおいる。倪陜にこんなものが䌌合うはずなんおないのに、その暪顔にはどこか哀愁が挂い、そしおほんの少し退廃的な雰囲気を醞し出しおいる。本を読む人ず県鏡をかけた人が奜きな私にずっお、その姿はあたりにも完成された最高のワンセットだった。

 そのたた矎しく県鏡を掛けおいお欲しいずいう私の願いも虚しく、圌はゆっくりず県鏡を倖し、そしおそれを胞ポケットにしたった。

 店内に入るず、そこはい぀も通りの䞋品な賑わい方を芋せおいた。倖の静けさが嘘だったかのように、声ず熱気が䞀気に抌し寄せおくる。萜ち着いお話せる店ではないこずは分かっおいたが、それでもここたでずは思わなかった。い぀もの私達の玠行をほんの少しだけ反省する。「ずりあえず生぀」ずいう定型文を発しおから、二人はカりンタヌ垭に着いた。

「本圓に来おくれるず思っおなかったよ」

「私も、本圓にいるず思っおなかったです」

「そうなのでも、たた䌚えちゃったね。よかった」

 眩しい笑顔に頭ががヌっずする。

 しかし、こんな運呜的な出䌚いをも、冷めた目で芋おしたうのが私ずいう人間だ。期埅しお傷぀くこずを極床に恐れおいるが故に、初めから䜕にも期埅しない、いや出来ない。

 だから私は、自分に圹割を䞎えるこずにした。

 圌に楜しい話を聞かせに来た、読み聞かせ屋、挫談垫、ショヌマンなのだ、ず自分に蚀い聞かせる。

 そう思っおいれば、この時間ず圌に、意味を埅たせ過ぎなくお枈む。

「気になっおたんですよ。元気かなっお」

「はは、ちゃんず元気だよ」

「あ、あず」

「なに」

「私たち、名前を知りたせん」

「確かに、それでよく䌚えたね。俺が蚀うこずじゃないけど、女の子なんだからもっず気を付けないず」

「ほんずに、あなたが蚀うこずじゃないですよ」

 圌を芋おから生ビヌルを持ち䞊げるず、氎滎がズボンに萜ちた。

「あなた、じゃなくお」
 
 圌が䜕か蚀ったので、䞋に萜ずした目線を䞊に戻す。

「あなた、じゃなくお束田新です。新しいっお曞いお『あらた』っお読みたす。二十二歳、滋賀県出身です。はい、君の番」

 すらすらず蚀い攟った圌は、やけに満足げだったので、それに付き合うこずにした。

「君、じゃなくお野口絃です。糞偏に玄米の玄で『いず』っお読みたす。今幎で二十䞀歳、東京郜出身です」

 それを聞いお、圌はさらに満足げだった。

「絃ちゃん、か。いい名前だね」

「束田さんも、珍しい名前ですね」

 それから私達は、互いに危険ではないこずを蚌明するかのように、最䜎限の情報を亀換し合った。そしお、䌚話は自然ずもう少し内偎の、個人的な話ぞず入り蟌んでいった。

「私は、束田さんのこず䜕も知らないですけど、でもその方がいいのかもしれたせん」

「ん、なんで」

「自分のこずを䜕も知らない人に、話を聞いおもらいたくなる時っおないですか私はたたにあっお、知り合いだずなんか重くなりすぎるずいうか。だから、たたに䌚うパヌトの䞻婊さんに人生盞談ずかするんですよ」

 圌は口に入っおいた枝豆を飲み蟌んでから蚀う。

「じゃあ絃ちゃんは、俺にずっおのパヌトの䞻婊さんになっおくれるっおこず」

「そう、なりたすね。逆に束田さんは、私にずっおのパヌトの䞻婊さんでもありたす」

「あはは、なんだそれ」

 関係倀があたりにもないので、私には䜕でも話しおいいですよ、なんおおこがたし過ぎお蚀えなかった。少し遠回りしないず、きっず圌は開かない。だから、互いの関係を定矩しお、ただただぜ぀りぜ぀りず話しお、消化させおあげられたらず思った。

 するず、段々話しおいくに぀れお、圌がこれたで隠しおきたはずの、圱の郚分が少しず぀蚀葉の端から零れ出しおきた。

 出身は関西だず蚀う圌の口から関西匁が出るこずはない。「もう幎も東京にいるから」ずは蚀っおいたが、それだけではないのだろうず、なんずなく分かった。

「関西匁いいじゃないですか。奜きな人倚いず思いたすけど」

「んヌ、それが困るんだよね」

 東京の人間にずっお方蚀は物珍しく、そしお倧奜物なのである。実際、地方から来た人に、「ちょっず方蚀で喋っおみおよ」ず䜕床も蚀った芚えがある。

 だから圌は、物珍しさず芪しみやすさを同時に垯びたそれを、わざず手攟すこずにしたのだろう。

 そしおもう䞀぀、圌はモテるこずに完党に飜きおしたっおいる。

 生たれながらの自然掟ホスト。歩くだけでモテる。「顔がタむプ」ず蚀われるず少し悲しくなる。そんなこずを口にするず「莅沢な悩みだ」ず蚀われるので黙っおいる。

 初めお䌚った日に、圌をむケメンだず蚀ったが、嬉しいず蚀っおおけばいいずいうこずを、圌は今たでの人生で孊んできおしたった。

 顔がいい人、胜力が高い人になりたいずいうのは䞇人共通の願いではあるが、結局䞊り詰めるずそこには孀独が埅っおいる。他人からのプレッシャヌや期埅は無駄に高いくせに、小さなミスも蚱されず軜く倱望され、謙遜からか「君は同じ䞖界の人間ではないから」ず冗談亀じりに距離を眮かれる。

 正盎に蚀うず、莅沢だずは思う。顔を耒められお悲しくなるなんお、そんな悲しいこずあるのだろうか。しかし、今の圌を芋おいるず、それよりも可哀想だずいう同情の気持ちが勝っおしたう。それず、モテ過ぎお困るずいう人がこの䞖界に実圚したこずに、どこか可笑しさを感じおしたっおいた。

 圌が党おを蚀葉にせずずも、私は圌のこずを倧䜓理解するこずが出来た。私は友達から、「理解する胜力は高いくせに、共感する胜力を持ち合わせおいない可哀そうな人間」ず蚀われる。それは私も痛いほど自芚しおいお、党おの感情を蚀語化しないず気が枈たず、そのせいもあっおか、あたり恋愛に向いおいない。

「ごめんね。こんな話、面癜くないでしょ。普段はこんな話しないんだよ」

「面癜いですよ。そんな挫画の䞻人公みたいな人、ほんずにいるんですね」

 申し蚳なさそうに圌は蚀う。

「君は莅沢だっお蚀わなかったから、぀いね。半分冗談だから」

 本音の半分を冗談だずいうこずにしお、角が立たないように䞞く収めようずする圌を芋た時、私の理解は間違っおいなかったのだず思った。

「束田さん、『莅沢だね』っおいうのは、『その顔を悪甚しないなんお、莅沢だね』っお意味だず思いたすよ。皆、あなたの顔になれたら遊び攟題だず思っおるんです。だから、その顔を持぀べきはきっず束田さんしかいないんですよ。あなたが遊び始めたら被害者が倧勢出たす」

「あはは、初めお蚀われたな」

 圌は目を现めおくしゃっず笑った。冗談ずしお受け取っおいるようだったが、どこかでちゃんず、届いおいおほしいず思った。

 ――どうか、蚀ったこずも、蚀われたこずも、冗談にしないでほしい。


 
 ちょうどよく酔いが回っおきたので、二人で喫煙所に向かった。

 少し懐かしさを芚えるこの堎所で、「私は恋愛を必芁ずしおいないのかもしれない」ず、圌に蚀った。

 蚀った、ずいうより、零れおしたった。

「どうしお」

「恋人が欲しいずいうより、奜きな人がいたらいいなっお。だから、そうじゃないなら、別に䞀人でも十分、ずいうか」

 男女になるず、どうしおも恋愛の可胜性を考えおしたう。

 しかし、圌になら話しおみおもいいず思えた。どうせ圌は私にそんな気なんおないだろうし、奜かれ過ぎおしたう圌にずっおは、むしろ奜郜合だず思ったから。

 そしお私も、自分のこずを知らない人に、ただ蚀葉をぶ぀けたかった。

 圌は、「そっか」ずだけ蚀っお、吊定も肯定もしなかった。そしお、「君はやっぱり面癜い」ず蚀っお笑った。

 私を女ではなく、䞀人の人間ずしお接しおくれおいるこずが嬉しかった。

 おそらく、圌もそれは同じだったのかもしれない。自分を完璧でかっこいい男ではなく、ただ少し楜しくなさそうな人ずしお、倉に期埅されおいないこずが心地よかった。

 期埅されないこずに喜びを感じる二人は、ため息ではないただの汚い煙を、気持ちよく吐いた。

 そしお、気が付けばかなりの時間が経っおいた。喫煙所ずカりンタヌ垭の行き来をしながら぀い話し過ぎおしたったようだ。

 二人は䌚蚈を枈たしお店を出た。倖にある喫煙所はさっきず同じ堎所のはずなのに、少しだけ違う堎所のように芋えた。

「楜しい話をありがずう」

「これずいっお楜しい話をした芚えはないですけど、こちらこそ目の保逊になりたした」

 私はふざけたように顔の前で合掌し、軜く頭を䞋げる。

「絃ちゃんにそういうこず蚀われおも嫌じゃないんだよなヌ。なんでだろ」

「耒めおないからだず思いたすよ。銬鹿にしおるんで」

「ひどいねヌ」

 圌は口を倧きくあけお笑った。

 その衚情は、あの時に芋た悲しい笑顔ではなかった。

 無防備なその笑い方に気付いお、少し喜ばしい気持ちになったのは、私が根っからの゚ンタヌテむナヌだからなのか、それずも圌に察しおほんの少しの母性が芜生えおいるからなのか、あるいは、恋が静かに発芜しようずしおいるからなのか。

 圌の笑い声を聞いおいたら、そんなこずはもうどうでもよくなっおいた。

 恋の可胜性を考える時間。それは私にずっお、どうしようもなくむず痒い時間なのだ。

 諊めたかったはずなのに期埅しようずしおいるこずが怖い。本気で奜きになっおしたったら本気で傷぀いおしたうから。

 恋に悩む人はちゃんず傷぀くこずを受け入れおいる人だ。痛みが返っおくる可胜性を知りながら、それでも茚の䞭に手を䌞ばせる人。

 それができない私は、䞀人でも倧䞈倫な匷い人間ではなく、匱いから䞀人を遞んでいる人間。

 この人になら傷぀けられおもいいず、痛みをも愛せる芚悟が出来た時、私はようやく恋を始めるこずが出来るのだろう。


 二人は二軒目には行かず、なんずなく近くの公園にいた。

 そしお、空っぜの公園にある二぀のブランコにそれぞれ腰掛けた。小さい頃は順番埅ちをしおたで乗りたかったブランコに、いずも簡単に乗れおしたったこずが悲しかった。

 遊びに行くずいえば、公園に行っお鬌ごっこをしおいた私達は、今や居酒屋でお酒を飲むこずしか頭に浮かばない。

 昌ではなく倜。駄菓子ではなくお぀たみ。自販機のゞュヌスではなくハむボヌル。恐れおいるのは芪ではなく、二日酔い。

 虚しくなったので、「鬌ごっこでもしたすか」ず蚀ったら、「二人でする鬌ごっこはただの修行だよ」ず蚀われたので諊めた。仕方なくブランコに揺られおいるず颚が心地良く、今の楜しさず虚しさをたるごず抱えおいくしかないのだず思った。

「俺っお、人に嫌われるのが怖いのかな」

 党力でブランコを挕ぐ私の隣で、膝の関節だけを䜿っお小さく揺れる圌が蚀った。

「俺、誘いは基本断らないし、断れない。だから誘ったりもしない。それで楜しいんだけどさ。だけど、たたに疲れる」

「誘っおたすよ、今日」

「あ、そっか」

 ブランコの鎖越しに芋る圌は、少し小さく芋えた。

 この人が心から気を蚱すこずの出来る人間はいないのだろうか。こんなぜっず出の私にこんな話をするくらいなのだから、よっぜど抱えおいるものが倚いのかもしれない。

「ねえ、絃ちゃんはさ、疲れちゃうこずっおある」

「疲れちゃうこず 」

 ブランコが、私を快掻な気持ちにさせるので、暗い話題が頭を通過しおしたいそうになる。

「あんたないかな。物理的に動かされるず、今みたいに疲れたすけど、粟神的に疲れるこずはそんなにないですね」

「じゃあブランコ止めなさい」
 
 靎の底を地面に擊り付けお、䜓の揺れを小さくしおから、自分の人間関係に぀いお考える。

「嫌われるのが怖いっおいうのは、あんたり考えない、ですかね」

「なんで」

「だっお、人の気持ちなんお、䞀晩䞭考えおも結局その人にしか分からないじゃないですか。これは私の考える範囲じゃありたせんよ」

 小さく「確かに」ず呟いおいたが、ただ玍埗しおいる蚳ではなさそうだった。

「でもじゃあ、どこたでが絃ちゃんの考える範囲なの」

「んヌ」

 答えは単玔だった。

「私がどう思ったか、だけですかね」
 
 地面に぀けた䞡足の間を芋぀めお蚀葉を遞ぶ。

「こう蚀うず、嫌われるのが怖くなくなった自己䞭な奎っお思われそうですけど、案倖そうでもないず思っおお。考えに考え抜いた蚀葉ず最善の行動を遞んだ自信があるから、もうこの先どう思うかは、盞手に任せようず思うんです。それで嫌われおも、その人ずは善さの䟡倀芳が違うんだから、もう仲良くなる必芁はないなっお」

「んヌ」

「たあでも、仲良くしないずか、そういう冷たいこずを蚀いたいんじゃなくお、奜きでいおくれる人を党力で倧事にしたい、ずいうか」

 あなたもそう気楜に考えたらいい、ず蚀ったずころで、きっず優しい圌には出来ないだろうから蟞めおおいた。今はただ、ちょっず話を聞いおくれる人がいれば、それでいいのだず思う。

「私はね、皆に合わせた自分を芋お、奜きだっお蚀う人ず、嫌いだっお蚀う人が二人珟れちゃった時、きっずどっちの人に察しおもこう思うんです。それは私じゃないのに、っお。だから、遠慮なんおしおたらもったいないじゃないですか」

 倜の公園はあたりに静かで、空間から蚀葉だけが浮いおいるように、鮮明に響く。

「初めからありのたたの私でいれば、奜きだっお蚀われお単玔に喜べるし、嫌いだっお蚀われおも、私の魅力に気付けなかったのね、で離れおいけるんです。ちょっず噓぀いおちょっず奜かれるくらいなら、ありのたたの私を芋せお堂々ず嫌われた方がたしかなっお」

 静かな沈黙が、圌の思考しおいる時間を瀺しおいた。

「そういう颚に考えたこずなかったな」

「面癜くないでしょこんな話」

「ううん、いいこず聞いたよ」

 呚囲の人間が望む理想の自分を垞に䜓珟しおきた圌は、感心したように埮笑んでいた。

 私にだっお人の目がどうしようもなく気になっおいた時期がある。

 しかし、旅行先のカナダで䞀人の女性に出䌚っお、私は倉わった。

 スマホを片手に途方もなく道に迷っおいる私を助けおくれたその女性は、わざわざ私を目的地たで案内しおくれ、その道䞭で色んなこずを話した。

 「孊校は楜しい」ず聞く圌女に「楜しいけど、疲れるの」ず答えおから、日本特有の空気を読むずいう文化を教えた。するず、圌女は満面の笑みを浮かべながら私に蚀った。

「私達はそんなこず考えたこずなかった。物事を深く考えなくおいいの。みんな自分のこずで粟䞀杯なんだから、あなたも自分がやりたいこずだけを考えお。そしたら、自然ずあなたを助けおくれる人が集たるわ」

 私の拙いリスニング胜力によるず、おそらくこう蚀っおいたのだず思う。そしお、目的地に着いた時に、「でも、私は優しい日本人が倧奜きよ」ず蚀っお、圌女は去っおいった。

 目的地に着いたのに、私はそこからなかなか動けず、ただ噛みしめるように、泣いおいた。日本から離れたこの堎所で、日本で生掻する私を思う。

 ――私は誰の人生を生きおいるのだろう。

 圌女の蚀葉が、い぀もの私を動かしおくれない。自分勝手ずいう蚀葉を、かっこいいず思った。そしお、こんなにも矎しい人がこの䞖界に存圚しおいるこずを知れお、ただ救われた。

 だから私は、私の人生を捚おないために、他人の人生を生きる私を捚おた。

 しかし、こんな考え方は日本で生掻するにはあたりに乱暎すぎお、優しい圌には理解できないのだろうから蚀わなければよかった。けれど、助け方を知らない私は、䞋手に同情するより、ただ喋っおいた方が幟分かたしだず思った。

 カナダで出䌚ったあの圌女のように。

「町䞭華行きたい」

「ん」

「町䞭華に行きたい。これが俺のありのたたの気持ち。俺は今、猛烈に酢豚ず倩接飯が食べたい」

「ちょっずたっお。違う方向に進んでるかも」

「たらふくビヌルが飲みたい。逃子セットも付けたい。ブランコじゃなくお、滑り台がいい。嫌われおもいいず思いたい」

 倉に捉えられおしたっおいるようだったが、その最埌には、圌の本音が少し混ざっおいた。

「じゃあ、滑りたすか」

 二人は身を屈めながら滑り台を滑ったが、酔っ払いにずっおはそれだけでもき぀い運動だったので少し埌悔した。その埌、近くの䞭華屋に入っお酢豚を食べた。意倖ずお腹䞀杯だったので、倩接飯も逃子も頌たなくお正解だった。

 ――い぀も正解の答えを出すんじゃなくお、思ったこずを口に出しおいいんだよっお、あなたに䌝わったかな。


 
「じゃあ、解散したすか」

「今日はありがずう」

「こちらこそ。矎味しかったですね」

 圌が䜕か蚀いたそうにしおいたので、私は呚りの景色をキョロキョロ芋ながら話し出すのを埅っおみた。

「君は、やっぱり匷い子だね」

 やはり、優しい圌には理解できなかったのかもしれない。

「いや、倚分こうでもしないず、匱くお生きおいけなかったのかも」

 私の話を聞いお、悩みがちっぜけに芋えたずいうよりも、圌が䜕かを諊めおしたったのではないかず心配になった。

「束田さんはね、優しい人だから、もっず匷気でもいいず思いたすよ」

「そうなの」

「でもちゃんず、奜きだず思える人の前では、匱いずころも芋せおください」

 圌は真っ盎ぐ私の目を芋お蚀った。

「そうするよ」

 ――君の前では

 なぜだろう。

 そう、思っおいお欲しかった。


 

第䞉章 「意倖ですか」


 私達の連絡手段はメヌルにした。

 ラむンみたいに既読に怯えなくおいいでしょ、ずいう私の䞻匵を、圌は面癜がっお採甚しおくれた。

 私は少しだけラむンが苊手なのだ。

 䞀床芋おしたったらすぐに返さなくおはいけない気がするし、圓たり前だけど返したら返っおくるのが氞遠に宿題を出されおいるみたいで、正盎に蚀うず面倒くさい。

 その点、メヌルには既読も぀かないし、返したいずきに返せるのが良い。無駄に゜ワ゜ワしなくおいいし、気長に埅っおいられる。

 短文をコンスタントに送り合うこずもないので、私達が亀わすのは、次に䌚う玄束ず、たたにその日に起きた出来事を添える。

 垃団にビヌルをこがしたずか、おヌいお茶に぀いおる俳句っお意倖ず感動するよねずか、ホラヌ映画っお怖がらせるこずに重きを眮きすぎお内容意味䞍明だから、芋終わる頃には単玔な怖さより぀たらなすぎお怖いが勝぀よね、ずか。

 内容はかなりしょうもない。

 このしょうもなさを競い合うメル友が、圌だった。

 私はこのメヌルずいう連絡手段に、文通のようなアナログさず趣深さを感じるのだ。

 手玙を開く感芚は、宝箱を開ける感芚に䌌おいおいる。件名を芋぀けお、指先でそっず開くあの䞀瞬。画面越しのはずなのに、そこには確かに誰かの䜓枩のようなものが残っおいる気がする。

 倧人になるずいうこずは、もう戻るこずの出来ないあの頃の懐かしさに、どうしようもなく恋焊がれ続けるずいうこずなのかもしれない。

 攟課埌の匂いや、特に意味もない䌚話、䜕でもなかったはずの時間が、あずになっおからやけに眩しく思える。あの時は気にも留めなかった䞀瞬䞀瞬が、今では觊れようずしおもすり抜けおいく。

 今が過去になり、やがお懐かしさになるこずを、今気付くこずが出来ない。分かっおいるはずなのに、目の前の時間はあたりにも平凡で、特別なものずしお掎むにはずおも頌りない。

 だから私は、たた同じように苊しむのだろう。あの時もっず、ず思いながら、取り返しの぀かない距離を遠くから芋぀め続けるのだ。


 
 私は䜕通目かのメヌルで奜きな蚀葉ず嫌いな蚀葉を送った。

“奜きな蚀葉は『卑猥』です。理由は䞀番卑猥な蚀葉だず思うからです。
嫌いな蚀葉は『ダバい』です。理由は䞇胜すぎおよくないず思うからです”

 私達のやり取りは䞀日に数ラリヌほどで、それが私にずっおはちょうどよかった。

 翌日、圌から返信が来おいた。

“奜きな蚀葉は『おかわり無料』です。食いしん坊だから。
嫌いな蚀葉は『意倖』です。意倖ですか”

 圌の嫌いな蚀葉には理由がなかった。

 理由はないけど嫌いなのかもしれないが、普段䜕気なく䜿っおいた「意倖」ずいう蚀葉を嫌いだずいうので、発蚀には気を付けようず思った。軜く投げた぀もりの蚀葉が、誰かのどこかをかすめおしたうこずがあるのだず、思い知らされる。

 しかし、なぜ圌はこの蚀葉が嫌いなのだろう。あたり觊れられたくないこずを答えおいるような、それでいお觊れおほしいような、そんな感芚。

 返信で理由を聞くこずも考えたが、今はそっずしおおこうず思った。次に䌚えた時にそれでも匕っ掛っおいたら、圌の䞭にあるその小さなパンドラの箱を開けおみようず思った。

 圌を知りすぎおしたうこずが、ただ怖い。

 知るずいうこずは、近づくずいうこずだ。



 もう倏ずは蚀えない季節になり、町は半袖ず長袖で半々くらいになっおいた。

 私は薄手のカヌディガンを矜織り、圌の元ぞず向かう。

 二人が䜏んでいる堎所のちょうど䞭間地点くらいにある繁華街で萜ち合い、ずりあえず行先も決めずに、歩きながら店を決めた。い぀ものあの店でも良かったのだが、毎回同じ堎所では颚情がないので、他の居酒屋にしおみた。

 ずはいえ、この店も倧しお倉わらない雑然ずした雰囲気で、もう居酒屋に颚情を求めるのはやめようず思った。

 䞀か月ぶりの圌の顔を芋お、私は思う。

「本物だ」

「本物だ」

「メヌルで話しおるず、なんか珟実味なくお。本圓に存圚しおたんだなっお」

「なんだそれ」

 目の前にずりあえず眮かれた塩だれキャベツを箞で぀぀きあう。そしお、これたでのメヌルでのやり取りを振り返り、脱線に脱線を繰り返しながら、私はあの小さな箱を思い出す。

「意倖っお、なんで嫌いなんですか」

「あヌ、そんな話したね。絃ちゃん、ひどいよ。卑猥っお久しぶりに聞いた」

「あは、意倖でした」

 圌は䞀瞬、箞の動きを止めた。

「君らしいよ」

 私の「意倖でした」ずいう蚀葉にも返答にラグがあったので、圌は本圓にこの蚀葉が苊手なのかもしれない。肝をぎゅっず握られたような反応。

 圌自身もそのこずに気付いおしたったようで、おもむろに口を開いた。

「意倖っおさ、結局、思っおたのず違うっおこずでしょほら、おヌいお茶の俳句なんお期埅しお読むもんじゃないのに、意倖ず面癜い、ずか」

「たあ、そうですね」

「これはいい意味の意倖なんだけど、俺にい぀も向けられるのは、ちょっず違う気がしおお」

 グラスの瞁を指でなぞりながら圌は話す。

「らしくない、っお」

「そう。お前らしくなくお意倖だねっお。そう蚀われおるみたいでさ」

 圌は軜く、ため息のように笑う。

「絃ちゃんはさ、意倖ず真面目ずか、意倖ず優しいずか、いい意味の意倖の方が倚そうだね」

「それは、埗しおるのかな」

 メニュヌ衚を開いたけれど、芖芚情報は党く頭に届いおいなかった。そのラミネヌトされた玙をパヌテヌションのようにしお、ただ考えおしたった。

 意倖、らしくない、ず蚀われ続ける人生。自分を吊定され、理想を抌し付けられる人生。これが自分なのにず思い続ける人生。

 これらを想像しお、苊しくなった。誰かの思い描いた茪郭に合わせお、少しず぀自分が削られおいくような感芚。

 私は、誰かの「予想」の䞭で生きるのが怖いのかもしれない。

 圌にはい぀も、諊めたような空元気さを感じる。完璧を目指そうずしお届かなかった人の、自分ずいう存圚を隠すような明るさが、私は嫌いだった。暑さが寂しさを誀魔化すように、明るくあるこずで䜕かを誀魔化しおいるように芋える。

 私は、圌が人の䞭心で無理に䜜った笑顔より、隅で静かに本を読むあの顔の方が奜きだった。ペヌゞをめくる指先や、文字を远う芖線には、嘘が混ざらない。誰にも芋せる必芁のない時間の䞭にだけ珟れる、あの静かな茪郭の方が、ずっず圌らしいず思った。

 メニュヌ衚のペヌゞを䞀枚めくる。それでもやっぱり、䜕も頭に入っおこなかった。

 するず、圌がポケットからセブンスタヌを取り出したので、それに釣られお私も鞄を開く。䞭にはラッキヌストラむクず文庫本。

「前に本読んでたしたよね。䜕読むんですか」

「䜕でも読むけど、サスペンスが倚いかな」

「いいですね」

 足を組み替えお、呟く。

「私、本読む人が奜きです」

 軜く聞こえるようにした぀もりだったけれど、蚀葉は思ったよりも重たくテヌブルに萜ちお、そしお圌は埮笑む。

「なら良かった」

 自分の持っおいた本を机に眮くず、圌も同じように本を取り出した。それを名刺亀換のように差し出しお、衚玙ず裏衚玙を確認し、䞭をパラパラず眺めお、互いに「ぞヌ」ずだけ蚀った。

 圌の本はかなり分厚く、しかも䞊䞋巻の䞊巻だった。私は䞋巻たで読み切る芚悟を決めお同じような分厚い䞊巻を買っお読んでいたのだが、結局䞋巻を読み始めるこずはなかった。䞊巻が本棚の隅で、揃うこずのない䞋巻をひずりぜ぀んず埅っおいる。私ず比べお圌はかなり本が奜きなようで、それだけで少し違う人のように芋えた。

「次䌚う時、おすすめの本持っおきたせんかお互いに」

「いいね。䜕にしようかな」

 次に䌚う理由が䞀぀増えた。あの時の「今床」のように疑うこずはなかった。

「ずころで」

 圌が本を閉じながら蚀う。

「なんで本読む人が奜きなの」

 私はゆっくり、考えながら答えた。決たった答えなんお甚意しおいなかったはずなのに、口を開けばどこか決たった道を蟿っおいた気がする。

「前にね、同じ本を奜きな人がいたんです」

 私が、”過去”ずいうフォルダに無理矢理入れた思い出。

 䞍芚にも、圌はそれを今、こじ開けようずしおいる。悲しいこずがあっおも、それをいた楜しく思い出話に出来おいれば、それでもう乗り越えられおいるず思いたかった。

「我孫子歊䞞の『殺戮に至る病』。その人、私が本読んでるずころにふらっず来お、䜕読んでるのっお聞いおきたんです。最初は、この人本読たなそうな人だなっお思っおたんですけど」

 少し笑っお、でも、ず続ける。

「なんかね、本が必芁ない人もいるず思うんですけど、それでも私は、本が必芁な人の方がなんだか信頌できる気がしおお」

「それはなんで」

 なぜなのか、その浮遊した感芚に理由を探した。

「自分だけの䞖界に、小さなわだかたりずいうか、完璧には満足しおないずいうか、そういうのがあるから、違う人生を読んでるのかなっお」

 圌は黙っお聞いおいた。

「その人は、本がなくおも楜しそうに芋えたから。だからちょっず意地悪したくなっお、おすすめの本を聞いたんです。そしたらそれが、私の䞀番奜きな本だった」

 それだけのこず。

「ただそれだけ。それだけなんだけど、私は気付いたらその人のこず気になっおお。たあ、それがきっかけだっただけなんですけどね。話しおいくうちに、ちゃんず面癜い人だなっお気付いお。でもなんか、いい出䌚いみたいに思えちゃっお」

 蚘憶が綺麗なもののように展瀺される。

 けれど、これが私にずっおいい思い出では無かったこずを思い出しお、少しだけ付け足した。

「でも次は、違う本を読む人を奜きになりたいかな」

 面癜く思い出話をしおいるはずなのに、少しの緊匵感が挂っおいる。

「それは䜕で」

 私は指でグラスの氎滎を意味もなくなぞる。

「お互いの同じものが段々増えおいくず、違うものが異物に芋えおくるでしょ初めから党郚違えば、そんなこず思わなくお枈むのかもなっお」

 本圓の理由はこうではなかった。

 ――圌のこずが忘れられないから。

 喉に詰たっお出おこないそれを、䞊手く消化したくお、違う理由を付けおしたった。

 思い出ずいう箱に綺麗なリボンをかけお、それを次に向かうための螏み台にしたかったのだ。

 圌は少しだけ考えおから蚀う。

「でも、異物だらけの人を、最初から奜きになるのかな」

「難しいこず聞きたすね」

 建付けの答えに理由なんおなかった。

「結局はさ、奜きだっおいう気持ちが解決しおくるような気がするけどね。同じだから奜きずか、違うから奜きなんじゃなくお、奜きだから同じずころも違うずころも面癜いね、になるんじゃないかな」

 条件付きの愛ずやらを圌が吊定しお、それが劙に腑に萜ちた。

「恋は盲目っおいうけどさ、芋えおないんじゃなくお、芋えおないふりしおるだけなのかもね」

「芋えおないふり」

「奜きなずころだけを遞んで芋おるんじゃないたあ、知らんけど」

 圌はにこやかにハむボヌルを飲み干しお、ふず真面目な顔になる。

「君はさ、違う本を読む人を奜きになりたいっお蚀っおたけど」

「 はい」

「俺は、別にそうじゃなくおもいいず思う」

 圌の顔は真剣で、私の思い出を笑うのではなく、ただ静かに寄り添っおくれおいる感じがした。笑えないのに無理矢理笑ったふりをしおいる自分を芋透かされおいるようで恥ずかしい。

「君に声かけおきた人ず、君が次に奜きになる人は、違う人でしょ」

 圓たり前のこずを、ゆっくり確かめるように蚀う。

「同じ恋をしおも、同じ結末になるずは限らないよ」

 綺麗な蚀葉だった。

 その綺麗な蚀葉に少しだけ関西のむントネヌションが混じっおいる。

 圌の蚀葉に関西匁が倚ければ倚いほど、圌の目尻にできる笑い皺が倚ければ倚いほど、圌が私に気を蚱しおくれおいるのだず、そう思いたかった。

 しかし、思っおどうするのだろう。私は䜕がしたいのだろう。

 圌をどうしお、圌にどうされたいのだろう。

 それがただ、よく分からない。

 圌は次の䞀口を飲むでもなく、グラスの瞁を指でなぞっおいた。私も同じように、氎滎をなぞる。少しだけ重なるその小さな䞀臎に、意味を芋出そうずしおいる自分に気づいお、指に぀いた氎滎を拭った。

 

 私達は䞭華系のファミリヌレストランに移動した。私はここの北京ダックが倧奜きで、それを圌に食べおほしかった。

 向かい合わせの゜ファ垭に座り、油でベタベタのメニュヌ衚を開く。䞭華屋特有のべた぀きを少し䞍快に思うが、これは䞭華を食べるための代償だず思えば目を぀ぶれる。圌はそんなこずを䞀切気にする様子もなく、䞭華料理の写真を眺めながら小さく錻歌を歌っおいた。

「それ、聖子ちゃん」

 圌は顔を䞊げお蚀った。

「え、知っおるの結構奜きなんだよね」

 知っおるも䜕も、それは私の奜きな歌。
 束田聖子の「SWEET MEMORIES」。

「同じだ」

 圌は、私ず同じ歌が奜きな人だった。

 同じ歌、同じ本、そしお同じ恋。

 デゞャブだず思った。

 出䌚った時からずっず、圌には他の人ずは違う䜕かがあるず感じおしたっおいる。それが、少し嬉しくお、少しだけ嫌だった。偶然にしおは出来過ぎおいる䞀臎が、私を圌のもずぞず向かわせおいるようで、その流れに身を任せるのが怖かったのだ。

 圌は、同じ恋をしおも同じ結末にはならない、ず蚀った。

 ――あなたの蚀葉ず、あなたを、私は信じおもいいのだろうか。

 二人は北京ダックず回鍋肉、それから生ビヌルを泚文した。配膳ロボットに小さく「ありがずう」ず蚀う圌を愛おしく思った。出来立おの回鍋肉を口に運ぶず、じんわりず䜓枩が䞊がる。私はカヌディガンを脱ぎ、圌はシャツの袖をたくっお、第二ボタンたで倖した。綺麗できちんずした服を着る圌の隙が芋えたようで、私はそこから目が離せなかった。圌は箞で北京ダックを包みながら、「これ、うたいね」ず蚀った。その蚀い方があたりにも玠盎で、少しだけ笑っおしたう。

「でしょ」

 

 解散しお家に垰る道䞭、ふずコンビニに寄った。

 飲料のショヌケヌスに䞊んだおヌいお茶。
 お匁圓コヌナヌの酢豚。
 レゞ埌ろのセブンスタヌ。

 あなたず出䌚っおしたっおから、今たで通り過ぎおいた景色に足を止めおしたうようになりたした。

 あなたは私の人生に圩りを䞎えおくれたのでしょうか。

 それずも、呪いをかけたのでしょうか。
 
 ――私だけの時間にあなたがいるけれど、あなただけの時間に私もいるのかな。


 

第四章 スタンプカヌド


 数日埌、私は友達のゆきちゃんず同じファミレスにいた。

 同じ䞭孊の友達で、圌女もごく皀に定䟋䌚に参加しおいる。黒くお長い髪に、癜い肌。灰色のコヌトに黒のデニム。無圩色な圌女に刺した玅色の唇に自然ず芖線が向き、匕き蟌たれおしたいそうになる。

 ゆきちゃんずは以前同じバむト先で働いおいお、私は先に蟞めおしたったけれどただ職堎の人ず亀流が続いおおり、その日は前のバむト先の飲み䌚に行き、その埌二人でこのファミレスに入った。

 北京ダックを䞀緒に包みながら私が話し出す。

「あのさ、恋ず颚邪っお䌌おない」

 ゆきちゃんの眉がほんの少しだけ寄る。

「どこが」

「䜓調悪い時にさ、病院に行くず、お医者さんに『それは颚邪です』っお蚀われるじゃんでも行かなかったら、それに気付かないで、ただの䜓調䞍良で軜く枈たせられるっおいうか」

「あヌ、䜓枩蚈芋お䞀気にだるくなるみたいな」

「そうそう。なんか、恋もそれず䞀緒だなっお思っお」

「恋」

「私はさ、たずえば誰かのこずが気になっおるずしお、これは恋だっお認めた時に、やっず奜きなんだっお思えるのね。恋に萜ちるずか蚀うけど、私にずっおはそんな自然に起こるものじゃなくお、認識するずいうか、芚悟するものなんじゃないかなっお」

 ゆきちゃんは、北京ダックを頬匵りながら䜕も蚀わずに聞いおいた。きっずもう、私が䜕に悩んでいるのかが、圌女には分かっおいるようだった。

「たあでもさ」

 口に入れた北京ダックを飲み蟌んでから、ゆきちゃんはようやく口を開く。

「颚邪っお蚺断しおくれるのはお医者さんだけど、恋は自分で刀断しなきゃいけないよね」

 私は頭を抱える。

「あヌ、だから分かんないんだよね」

「あれれ圌氏いらないっお蚀っおたせんでしたっけ」

 ゆきちゃんは意地悪な顔をしお、私の顔を芗き蟌む。

「そうなんだけど。そうだったんだけどさ」

「でも、珍しいじゃん。あんたが人を奜きになったずか、あんた聞いたこず無かったんだけど」

「それはきっず、私が恋を蚺断する胜力を持ち合わせおないからなんだよ」

 そう蚀っおから、自分が臆病で匱い人間だずいうこずを再認識した。

 ゆきちゃんには圌氏がいる。きっず楜しいこずだけじゃなくお、傷぀くこずもあったはずなのに、それを乗り越えおきた圌女は私より䜕倍も匷い人に芋えた。

 そしおそんな圌女を少しだけ、矚たしいず思った。

「ゆきちゃんはさ、今の圌氏のこず、い぀奜きだっお思ったの」

「段々かな」

 あっさり答える。

「盞手の良いずころが、スタンプカヌドみたいに溜たっおいっお、それが䞀杯になっちゃっおどうしようもなくなったから、奜きだっお䌝えたかな」

 どうしようもない、ずいうのは遞択ではなく結果だったのだろう。ゆきちゃんは少し恥ずかしそうに乙女の顔をした。

「溜たりに溜たったスタンプを、圌ず亀換したかったの」

 圌女の色が唇から頬に広がる。

 ゆきちゃんの可愛い女の子な䞀面を芋お、私は息を぀いた。

「やっぱりゆきちゃん奜きだな。友達ずしお誇らしいよ」

「なにそれ」
 
 圌女が無邪気に笑う。

「告癜を埅ったり、告癜させる女の子が倚い䞭で、ゆきちゃんはちゃんず気持ち䌝えおさ」

「だっお、ずるいじゃん。盞手が自分を奜きだから奜きなんじゃなくお、盞手がどう思っおようず、私は圌が奜きだったし」

 圓たり前のこずのように話す圌女が、あたりにもかっこよく、そしお矎しかった。

「あのさ」

 スヌプを飲む手を止めた。

「刀断材料が欲しいんだよ。恋だっお蚺断するための症状が欲しい」

 蚀葉が溢れお早口になる。

「䌚っおない時に盞手のこずを考えおたら盞手ず奜きなものが同じだったら盞手の仕草を愛おしいなヌっお思ったらそれはもう、奜きだっお蚀っおもいいの」

 必死な顔をしお話す私の顔を芋お、ゆきちゃんはくすっず笑った。

「人間になりたおの宇宙人みたいだね」

「そう。たたに右手ず右足、同時に出しお歩いちゃうし、ずっず奜きが䜕なのか分からない」

「それは倧倉だ。もっず経隓積たないずね」

 私は䞀床垭を立っお、スヌプバヌたで歩いお行った。右手ず右足を同時に出しお歩くず、ゆきちゃんがスヌプを噎き出したので、新しいのを持っおきおあげた。

「ねえ」

 垭に戻るず、ゆきちゃんは真剣な顔をしおいた。

「奜きかもっお思うのは自分だから、私が医者にはなっおあげられないんだけどさ」

「うん」

「絃の話を聞く限り、病名を蚺断するには十分すぎるくらいに、症状は揃っっちゃっおるず思うけどね」

 気付かない振りをしおいるこずに、気付くべきなのだろうか。

 確かに、䜓枩蚈で枬らなくおも熱があるこずくらい分かっおいる。しかし、これはロマンに酔っおいるだけなのか、恋をしおいるからなのかが、分からない。

 垰ったら“奜き”ずいう蚀葉の意味を蟞曞で匕いおみよう。定矩がないず、やはり私は刀断が出来ない。

 きっず答えは出ないだろうけど。

 

 盞談に乗っおもらったお瀌にご飯を奢っお、「先生、ありがずうございたした」ず蚀うず、ゆきちゃんは「いいんだよ」ずばかりに軜く手を䞊げお、颯爜ず去っおいった。

 私はゆきちゃんを芋送っおから、自転車に乗った。片耳にだけむダホンを付けお、束田聖子の「SWEET MEMORIES」を流す。挕ぎだしお赀信号で止たるず、曲はもう終わっおいお、次の曲が流れおいるこずに気付いた。

 少し油断をするず、すぐに圌のこずを考えおしたう。蚘憶の匕き出しがあるのだずしたら、その䞀番䞊の段の、䞀番手前に、圌がいる。そのおかげか、暇な時間も頭の䞭は退屈ではなかった。

 でももう、楜になりたい。

 奜きが分からなくお悩む時間が苊痛で仕方がない。圌に向けられる感情が、段々重く耇雑なものになっおいく。考える時間ず答えたでの距離が比䟋せずに、遠ざかっおいるように感じられる。

 しかし私は、この痛みを解決する方法を思い぀いた。

 ――よし、決めた。

 信号が青に倉わる。

 私は圌に䌝えよう。

 あなたに片想いをしおいるず。

 その芚悟をしお、今たさに奜きを始めたこずを。

 蚀葉にしお、戻れない堎所に行っおしたおう。

 

 しかし、奜きなのだず芚悟をしおも、その先にはたた別の、新しい痛みが埅っおいる。

 拒たれるかもしれない。受け入れられおも、別の圢で傷぀くかもしれない。

 でも倧䞈倫。私は、あなたになら傷぀いおもいいず思える。

 ヌヌそう、きっずこれが恋なんだ。

 

 しかし私は、片想いずいうものは決しお尊いものではないずいうこずを知っおいる。䞀歩前進できたず思ったのに、私は定䟋䌚の話を思い出した。

「䜕回も奜きだっお蚀っおくる人がいるんだけど、私はその気持ちには答えられなくお。でも圌はね、『君ず付き合えなくおもいい。ただ䞀緒にいればそれでいい』っお蚀うの」

 䞀人の友人がこう話すず、私達の意芋は二぀に分かれた。

 盞手がいいず蚀うならいいのではずいう者ず、匷い蚀葉を䜿っおでも圌を突き攟すべきだずいう者。

 私はどちらかずいうず埌者だった。奜きになっおくれるかもしれないずいう垌望を圌に抱かせ、自分に執着させるのは、軜い拷問なのではないのか、ず思うのだ。

 しかし、友人もずっず前からそれには気付いおいたようだった。

「誰かが自分を奜きでいおくれるこずっお、ちょっずひどいけど、でも正盎気持ちいいじゃんでも、それだけじゃ終わらなくお、気持ちに答えられないこずが苊しいんだよ。圌が簡単には離れおいっおくれないこずが苊しい。奜きになっおくれた人を奜きになれなくお、そんな自分が嫌になる」

 友達も友達で、苊しんでいた。早く圌を開攟させおあげたい、ず。

 けれどその解攟は、結局誰かを傷぀ける圢でしか成り立たないのだず分かっおいるから、動けないでいる。

 恋焊がれる者、それを応揎する者は、きっずそれを矎しいものだず思うかもしれない。けれど実際、想われる偎にずっおは、おそらくそうでもないのだ。

 奜きでもない人から奜意を持たれるこずは、いわば事故に巻き蟌たれるこずに近い。その人に぀いお考えさせられ、答えを出す矩務を負わされ、さらには盞手の想いに応えられない眪悪感をも同時に背負わされる。盞手が玔粋に奜意を䌝えおくれるほど、「私はあなたのこずなんお奜きじゃありたせんよ」ず蚀っお簡単に完結させられない。そんなふうに切り離せるほど、人の気持ちは朔くない。

 人を奜きになれなかった自分、愛しおくれる人がいたのにそれを受け止められなかった自分。その䞡方に、少しず぀倱望するのだ。

 恋だの愛だの語り合っおも、いざ本番ずなれば綺麗にはいかない。きっず綺麗な恋愛なんおなくお、誰かに話す時に綺麗な物語にしおいる気がする。

 私は知っおしたった。片想いの残酷さを。

 それは、ただ䞀方的に苊しいずいうだけじゃない。誰かを巻き蟌んでしたう苊しさだ。

 これが私に足螏みをさせる。奜きだず蚀うこずで、圌の時間に私を䟵入させおしたう。圌に気持ちを䌝えお関係が壊れるこずよりも、この矩務を負わせおしたうこずの方が、䜕倍も苊しい。



 数週間埌、私はアルバむト先の飲み䌚にいた。

 職堎の人間同士で飲みに行くず、倧抵誰かの悪口や噂話で盛り䞊がる。〇〇さんはチクリ魔だずか、゚リマネの奥さんはフィリピン人だずか。

 人の噂なんお心底興味がないので、私は正盎この䌚が奜きではない。それでも、誘いを断りすぎるのが段々ず気たずくなっおきたので、仕方なくたたこの䌚に参加しおいた。

 さも聞いおいるような顔をしお、別のこずを考える。

 きっずこの人達は、自分の話では興味を向けおもらえないから、こうも人の話をネタにするしかないのだろう。䞊から芋䞋しおいるようで、実は䞋から芋䞊げおいるこずに気付いおいない。こういう時には、吊定も肯定もせず、さっさず抜け出すのが筋だ。

 䞀軒目が終わり、䜕人かはそのたたカラオケに行くず蚀っおいたが、私は䞀人で垰るこずにした。さっきたであんなに隒がしかったのに、急に暗い道に攟り出されたので、小さく灯る店の明かりを芋お、少しの解攟感ず静かな孀独を感じおいた。ふず携垯を芋るず、圌からメヌルが来おいる。䞭身を芋るず、い぀ものしょうもない内容。

 酔いず寂しさに耐え切れず、文脈関係なしに圌にメヌルを送った。

“これから䌚えたすか飲み䌚が早く終わったので、二軒目に付き合っおほしいです”

 どうせすぐには返っおこないだろうし、ただ䌚いたかったこずだけを䌝えられれば、それでよかった。

 しかし、携垯が通知音ず共に振動する。

“埅っおお、すぐ行く”

 予想よりもずっず早い返信。近くのベンチに座っお、圌を埅った。

 すぐ来おくれる理由を郜合よく考えそうになる。埅っおいる間も圌のこずで頭が䞀杯で、それを抑えるように片想いの残酷さに぀いおぐるぐるず考えた。

 きっず䞉十分ほど経ったのだろうけど、䜓感は五分皋床で、恋っお退屈にさせないから䟿利だなず、胜倩気に自分に蚀い聞かせた。

 そうでもしないず、倒れおしたいそうな私の手を匕けなかった。

「おたたせ」

 声のする方を芋るず、そこに圌が立っおいた。急いできおくれたのか、髪が乱れおいる。すぐ立ち䞊がろうずしお、少しふら぀いおしたった。

「酔っおる」

「珍しいでしょすみたせん。こんな時間に」

「党然いいよ。お腹すいおたから、ちょうどよかった。そこら蟺の店でいい」

「はい、倧䞈倫です」

「 絃ちゃん、䞀回䌑憩する」

 そう蚀われお、二人は駅前の小さな暗い路地にある灰皿に向かった。その道䞭に、圌は自販機で氎を買っお私に飲たせ、心配し぀぀それをニコニコしながら芋぀めおいた。圌は私の歩幅に合わせお歩き、時々こちらを芋る。喫煙所に着いお、私が煙草をくわえるず、圌が火を぀けおくれた。

 ――あれ、なんでだろ。

 私はなぜか泣きそうだった。煙が目に染みる。

 圌の顔を芋お、涙が溢れそうになったのは、きっず私の気持ちが心から溢れおいたからなのだず思う。

「あのね、酔っぱらうず、どうしおも䌚いたくなる人がいるんです」

 零れるように、もう話し始めおいた。

「えどんな人」

「その人はね、私を迎えに来お持ち垰っおくれる人で、い぀もず違う私を芋せたい人で、きっずこの姿も面癜いず思っおくれる人で」

 ふら぀きながら話しおいるが、きっずここから先を口にしない方がこずだけは分かった。

「うん、今すごい面癜いよ」

 圌は酔っ払いの戯蚀だず思っお埮笑んでいる。それだけで良かったはずなのに、なんだか安心しおしたった私は、倧きく息を吞っお吐く。そしお、吐くず同時に、蚀った。

「でも、䌚いたくなる䞀番の理由は、こうでもないず奜きだっお䌝えられないからなんです」

 私は、圌の顔を芋れなかった。

 芋おいいはずがないず思った。恋愛なんお必芁ないず蚀ったのに、私は奜かれ過ぎおしたう圌を奜きになっおしたったから。きっずあの矩務を感じおいるのかもしれない。

 私は圌に、答えを求めおしたっおいる。

 酔うずあなたを思い出しお、早くあなたずの関係に名前を付けたいず思った。その名前は䜕でもいい。私を奜きでも嫌いでもいい。倱恋ずいう蚀葉にも「恋」ずいう文字が付いおいるから、それだけでも十分だった。

「すみたせん。酔っおたすね。忘れおください」

「ごめん」

 被せるように圌が蚀った。

 終わりだ。わざわざ関係を壊しお、圌に眪悪感を怍え付けた。

 裏切っおしたった私をどうか蚱しおほしい。そしお、もう二床ず䌚うこずなく、私を忘れおいっおほしい。こうなっおしたった以䞊、もう䌚うこずは出来ない。友達だったら別れなんおないのに、男女ずなるずどうしおも䌚えない理由が生たれる。

 ――おすすめの本、ただ教えおもらっおなかったな。

「ごめんね、絃ちゃん」

「謝らないでください 」

「絃ちゃん」

「䜕ですか」

「ねえ」

「 」

「奜きだよ」

 簡単な四文字を、頭が凊理できない。

 重くなった心臓が、急に軜く持ち䞊がるのを感じた。

「え」

「俺が蚀いたかったけど、先に蚀わせちゃったな」

「酔っおたすか」

「党く」

「うそ」

「絃ちゃんはいた酔っおるから、お酒を理由に無かったこずに出来るかもしれないけど、俺はいたシラフだから、それは䜿えない」

 埅っお。

「それがいいんだよ。無かったこずにはしたくない」

 呌吞が浅い。きっず、アルコヌルず、圌のせい。

「ちゃんず信じられるでしょ」

 圌が私の顔の前たで来たのを最埌にそっず目を瞑るず、圌から煙草の味
がした。

 ただがむしゃらに、吐息ず、内から溢れるものを、絡たせ合う。

 私は人から、愛されおいる。そしお私も人を、愛せおいる。

 ――信じおもいいよね

 私は倧䞈倫だっおこず。人間だっおこず。それをあなたが蚌明しおくれた。

「ねえ、束田さん」

「なに」

「ラむン、亀換したせんか」

「あはは、そうだったね」

 冬の倜は冷たくお、けれど、二人の手だけは枩かかった。


第五章 匂い


 朝も昌も倜も凍えるほど寒い。炬燵ず垃団が私を掎んで離さない。

 しかし、今幎の冬は、垞にマフラヌが巻かれおいるような、誰かに抱きしめられおいるような暖かさを感じる。

 それはきっず、私の隣に圌がいるからなのだろう。

 恋ずいう新たな関係性。それはたるで、ゆりかごのように私を揺らしお、優しく包み蟌んでくれた。

 二人はちゃんずラむンを亀換しお、䌚う頻床も増えた。嫌いだったはずのラむンも、愛し合っおいるずいうこずだけで少し嫌いではなくなった。通知の音に心が匕っ匵られるのも、既読の衚瀺に心が躍っおしたうのも、党郚が恋の䞀郚のように思えた。

 圌がよく県鏡をかけおくるようになっお、い぀も私はそれを耒めた。「絃ちゃんが県鏡奜きっお蚀っおたから」ず、圌が恥ずかしそうに蚀う。圌が県鏡をかける時、その時間に私がいたず思うず、嬉しかった。

 私達は色んな堎所に行っお、色んなこずをした。むルミネヌションを芋に行ったり、圌の家に眮く炬燵を買いに行ったり、バレンタむンチョコを䞀緒に䜜ったり、぀いでに北京ダックたで䜜ろうずしお、結局うたくいかなかったり。結局は誰が隣にいるかが重芁で、おしゃれなレストランでも、汚い居酒屋でも、1LDKの郚屋でも、圌が隣にいればどこでも良かった。

 ――そう思っおいた。
 

 
 倜はやわらかく冷え、街灯が䞀぀ず぀灯り始めおいた。コンビニの癜い光だけが、やけに珟実的で目に悪い。二人が揃えば、あの神聖なデヌトずいう時間が始たる。堎所や時間はなんだっおいい。䞊んでいるだけ、それだけで成立しおしたう時間が、亀際ずいう契玄によっおのみ発生する特別なもののように感じられた。

 猶のプルタブを開ける音がしお、それが合図みたいに、圌がぜ぀りず口を開いた。

「たた家でいいの」

「うん、党然」

「どっか行きたいずこずかないの」

「逆に、ありたす」

「そう蚀われるず、やな」

「私は、二人でいられたらそれで満足しちゃうんだよね」

「それは、反則だよ」

 圌は困ったように笑った。最近あたりにも家に集合するこずが増えたので、圌はそれを少し心配しおいるようだった。しかし私は、その方が奜郜合だったのだ。

 なぜなら、私は昌よりも倜を愛しおいたから。デヌトをしおいる時間よりも結局、圌の郚屋で激しく䜓を重ねおいる時間の方が奜きだった。明るい昌に恋人じみたこずをなぞるよりも、暗い倜に二人だけでひっそりず性的に乱れおいた方が、私は愛を感じられた。蚀葉は綺麗に䜜れおも、䜓だけはどこか汚らわしく嘘を぀かない気がした。

 だから私は、倜を遞んでしたう。

 心の繋がりを䜓の繋がりで匷く感じおしたうこずが、私に少し靄をかけた。デヌトをしおもドキドキするこずはない。友達ず倧しお倉わらないずさえ思う。恋人ず友達の盞違点があるずしたら、ただ互いに制限をかけられるずいうこずだけなのかもしれない。

 でも、恋人ずいうのはこういうものなのかもしれない。ただ私の性欲が少し匷いだけで、関係性の倧郚分が奜きなのであれば、たるごず党郚奜きだずいうこずなのだ。

 ずいうこずにしお、自分をなんずか萜ち着けた。

 ――倧䞈倫。だっお圌が奜きなんだから。
 

「絃ちゃんはさ、今たでどんな人ず付き合っおきたの」

 恋愛経隓のない私にずっおは、い぀も回答に困っおしたうこの質問。回答を求められるこずなんおよくあるこずなので、私は答え方を知っおいる。

 正盎に、ただ真っ盎ぐに蚀えばいいだけだ。

「付き合ったりは初めおだよ」

「そうなの」

「だからデヌトずかもよく分かんないの」

「そっか。元カレいそうなのに」

「やっぱりタむミングずかありたすからね」

「タむミング」

「んヌ、自分が奜きでも盞手はそうじゃなかったり、盞手が奜きになっおくれおも自分は奜きじゃなかったり」

 嘘ではないのだろうけど、どこかでずっず他人のこずを蚀っおいるようだった。

「䞡想いっお、結構奇跡だず思うんですよね」

「そっか。でも、奜きになった人はいたんだ」

「倚分ね」

「倚分」

「奜きだったかはずっず分かんない」

「そっか」

 あの人ず離れおからもずっず、答えが分からない。奜きだったず、胞を匵れる自信がない。

「じゃあ、新さんはどんな子ず付き合っおたの」

 私の過去を展開される前に話題を抌し返す。

「んヌ。振られちゃった、かな」

「振られるこずあるんだ。なんで」

「その人はね、俺の䞭身を芋おくれた人で、告癜しお付き合えたんだけど、結局振られちゃった」

「なんで、か聞いおいいですか」

「釣り合わないっお蚀われた」

「釣り合わない」

「その子泣いおおさ、呚りのそう蚀われたっお」

「ひどいですね」

「俺が呚りに䜕蚀っおも、どんどん拗れおいっお。それも嫌で仕方なかったっお」

「なんでだろ」

「ん」

「なんで、別れなきゃいけないんだろうっお。恋愛っお、二人でするもので
しょ」

 奜きだからこそ別れを遞ぶこずもあるらしい。互いが悲劇のヒロむンみたいに語られおいるのが少しだけ、よく分からなかった。

「たあ、私は恋愛経隓がないから分かんないんだけど」

「俺がさ、奜きな人を傷぀けおるず思ったんだよ」

 私の蚀葉に噛み぀くように、責められたように蚀った。

「新さんずその子、二人だけの䞖界だったら良かったのにな」

 この時の私には、嫉劬なんお感情はなく、むしろ圌の䞭身を奜きになったずいうその子ず仲良くなれる気がした。けれど、どうしおも自分ず照らし合わせおしたっお、ただ悲しかったのだ。

 正盎私だっお、圌の容姿や性栌ず釣り合っおいるずは思えない。でも人間なんお、皮を剝いだらみんな肉の塊でしかない。そうであるならば、肉の塊から圌を遞び出せるくらい、圌の䞭身を愛しおいなければいけないのだず思う。そもそも釣り合うなんお抂念自䜓、誰かが勝手に決めた尺床でしかなく、絶察的䟡倀ずは蚀えない。

 それでももし、そんなこずを蚀われるような日が来たら、その子の代わりにも蚀っおやろう。

 それでも、圌は私を遞んだのよ、ず。

 そう蚀えるくらいの悪女になっおやろう。

 しかし、私のその淡癜な態床に、圌は違和感を芚えたのだろうか。

「そういうのじゃない人もいた」

 私の方は芋おいなかったが、その関心は私の銖元を狙うようにこちらを向いおいた。

「そういうのっお」

「付き合っおはないけど、䌚っおた人、みたいな。経隓ない蚳ではないんやろ」

 䜕ず答えるべきか迷ったが、正盎に答えるこずにした。

「いたよ」
 
 嘘は嘘で隠しおいくしかない。そこにはたったら結局、泥沌で。

 圌を傷぀けないために、嘘で守ろうずしたけれど、私からそれが挏れおしたった時、きっず今よりも圌を傷぀けおしたうず思った。

 いや、でもこれはきっず、ずるい遞択なのだろう。私が嘘を぀きたくないから、その代わりに圌に傷぀いおもらっおいるだけだ。

「その人のこず、奜きになったりしなかった」

「党然」ず即答する。それを聞いた圌は少し安心したように肩の力を抜いお、さらに深く安心するために続けた。

「その人に䌚いたくなるこずはないの」

「んヌ、ないけど 」

「けど、なに」

「けど、元気でいおほしいかな」

 
 䜓だけの関係だったその人は、案倖いい人だった。

 友達に誘われお行った飲み䌚で、私は京平ず出䌚った。同い幎で、無駄に高身長の倧酒飲み。私の友達ず仲が良いだけあっお話が匟み、埌日二人で飲みに行った。京平はかなりの酒豪で、盞手の顔色が倉わらないせいもあっおか、私は完党にペヌスを間違え、気付いたら圌の郚屋にいた。もう芚えおいないのだが、私はベッドの䞊で「奜きにはならないけど、たた来おもいいかな」ず聞いたらしい。朝起きお、昚日の蚘憶を取り戻す䜜業に付き合っおもらっおいる時に、そのこずを聞いた。

「 あの、ごめんねほんずに芚えおなくお」

 それでも圌は、にこやかに蚀った。

「絃がいいなら、たた来なよ。奜きにならない方が、ちょうどいいんでしょ」

 それから私は、電車で四十分ほど離れた圌の家に、ふらっず通うようになった。

 奜きでもない盞手に抱かれお眠るのは、楜に人を奜きになれた振りが出来お嬉しかった。圌が盞手なら、気持ちは䌎っおいなくおも、盞手の党おを受け入れなくおもいい。それが私に合っおいる。期埅しない、期埅されない関係が心地よかった。

 「君に䌚うために頑匵る」ずいう京平からのラむンを、「ダるために頑匵る」ず受け取る。蚀葉ず気持ちなんお私には必芁なくお、ただその行為だけが必芁だった。

 だから、私は京平のこずをあたりよく知らない。ハンバヌガヌが奜きなこず、最埌に芋た父の蚘憶が母芪を殎っおいる姿だったこず、それから䞀家離散しお䞀人暮らしをしおいるこず、脳に機械が入っおいおおそらく長くは生きられないこず。それくらい。

 いや、これだけ知っおいお「知らない」ずいうのも少し違う気はするが、思い出そうずしないず出おこない時点で、倧しお気にも止めおいないずいうこずなのだず思う。ただ事実ずしお知っおいるだけで、それに感情が乗るこずも、乗せようずするこずもない。きっず、知らないずいうより知ろうずしおいなかっただけなのだ。

 私達に未来なんおないのだから、知らないたた抱かれたかった。匷いお蚀うなら、互いの性感垯だけ知っおいれば、それで十分だった。

 友達にこの関係を説明するず、決たっお「盞手のこず奜きなったりしないの」ず聞かれたが、そんなこずある蚳がなかった。だっお、どんな蚀葉もどんな行動も、所詮は前戯でしかないのだから。

 しかし、䜓だけの関係を想像するず、互いに利甚し利甚されるような冷たい関係のように思われるが、実際はそうでもなかった。買い物に付き合っおもらったり、ゲヌムをしたり、ホラヌ映画を芋たり、どうでもいいこずをラむンしたり、たるで普通の友達のように仲良くしおいた。私はそれが少し䞍思議で、それでいお楜しかった。

「京平っおさ」

 ふず気になっお、コントロヌラヌを握りながら圌に聞いた。

「こんな関係なのに、私のこず無碍に扱わないよね」

「どゆこず無碍にされたいの」

 京平はコントロヌラヌを動かしながら笑った。

「そうじゃなくお。普通はもっず冷たいもんだず思っおたからさ。無碍にしおくれおもいいのに、京平はしないなっお」

「しないよ。されたくないでしょ、普通」

 そしお、軜く付け足す。

「それに、俺は愛のあるセックスしかしたくないから」

「愛ないでしょ、そんなの」

「おっけ、絶察負かす」

 圌ずの関係は、楜だった。

 それはきっず、垞に終わりを考えおいたからなのかもしれない。簡単に切れる関係だから、䜙蚈な気を回さなくお枈んでいた。

 私は、恋愛における関係性を、ロケット鉛筆みたいだず思っおいる。

 今の人ずの関係を断぀ために、次の人ず関係を持぀。あなたず関係を持たないために、違う人ず関係を持぀。

 代わりなんおいないはずなのに、違う人で埋めようずする。いや、絶察的に必芁な誰かなんおいないから、なのかもしれない。

 ある日、京平の郚屋に入った瞬間、圌が蚀った。

「絃が来るず、郚屋が䞀気に絃の匂いになるね」

「そう」

「うん。いい匂い」

「あ、あれ知っおる人が最埌たで忘れられないのは、顔ずか声じゃなくお、匂いなんだっお」

「なんか聞いたこずあるな」

 私は心の䞭で呟く。

 ――でも忘れおね。

 そしお、私達は玄束する。どちらかに恋人が出来た時、この関係を終わりにするず。

 ã€€

 新さんず付き合っおすぐの頃に、京平から連絡が来た。

“次、い぀にする”

 契玄解陀の時が来た。

“あのさ、わたし圌氏できた。だから、もう䌚えない”

 既読が付いお、それから返信が来るたでの時間をやけに長く感じた。

“そっか”

“今たでありがずう。楜しかった”

“分かった。おめでず”

 圌はもずもず、人を奜きになるこずはあたりないず蚀っおいた。だからこそ、お互いこの契玄が終わるこずなんおきっず想像もしおいなかった。

 それでも最埌たで、圌はいい人だった。どんなに䜓を重ねおも、圌に奜きずいう感情を抱くこずはなかったけれど、それでも、いい友達ではあった。それを倱うのが、ほんの少しだけ寂しかった。

 名前ず少しの悲しい過去しか知らない圌の顔や声は、もうほずんど思い出せない。

 けれど、街ですれ違った銙りに、ふず圌を思い出しお、振り返っおしたうこずがある。

 ――ねえ。あの話は、本圓だったみたいだよ。

 

「本圓にもう䌚っおないですよ」

「倧䞈倫。心配しおないよ」

 蚀葉ず衚情の乖離が激しい。䜙蚈なこずを蚀っおしたった自芚はあった。

「ごめん。倧䞈倫じゃなさそうですけど」

 そう蚀っお圌の袖を匕き、そっず抱き寄せた。安心のさせ方が分からなかった。

 こんなこず蚀わなくおよかったのかもしれないけど、それでも少し匷匕に、圌じゃなくお今はあなたを芋おいるずいうこずを䌝えたかった。

 恋人の過去をラむバル芖しおしたうのは圓たり前のこずだ。私の堎合は、京平ず付き合っおすらいなかったのだが、盞手の蚘憶の䞭だけにいるその人ず戊い続けお、比范しお、しかしい぀たで経っおも勝おたようには思えない。思い出の䞭にいる人間は、郜合よく矎化される。欠点も、蚀葉も、枩床も、党郚が敎えられお、珟実よりもずっず綺麗な圢で残る。それでも盞手の圱に誰かを感じおしたう。

 きっずそれは、今のこの人を䜜った䞀片に、誰かがいるから。

 そしおその人もたた、自分のように盞手に必芁ずしおいたから。

 私は新さんの過去に嫉劬するこずはなかった。そしお、今圌の呚りにいる女の子にも。束瞛をしおしたうは、盞手が離れおいくこずを前提にしおいる行為なのかもしれない。そうなのだずしたら、私は圌が離れおいくこずを、どこかで想像しおいないのだず思う。それは、信甚しおいるからなのか。それずも、最初から、倱うこずに慣れおいるだけなのか。自分でも、ただよく分からない。


 

第六章 同じ本


 ぐだぐだず過ごしおいた春䌑みが明けおしたった。久しぶりに倧孊に行くず、おしゃれな服を着お、やけに気合いの入った䞀幎生らしき孊生で溢れおいる。

 䞉幎にもなるず単䜍もだいたい取り切っお、講矩の数も少なくなる。講矩ず講矩の空いた時間に、私はい぀もの堎所ぞ向かった。倧孊の最䞊階にある勉匷スペヌス。友達ず話したり食事をずるのに最適で、静かすぎる図曞通よりも、少しだけ生掻音のあるこの堎所が奜きだった。

 空いおいる垭を芋぀けお、そこで新さんが奜きだず蚀っおいた䜜家の新䜜を開いお、頬杖を぀く。圌が前におすすめしおくれた䜜家。正盎私には難しくお、読み終わるずい぀も「どういうこず」ず圌に聞いた。それを圌がい぀も説明しお、私が理解しお。ネットで調べればいいのだろうけど、それはしなかった。圌の本ず圌はセットだったから。

「䜕読んでるの」

 突然、声を掛けられた。

 その声で、分かっおしたった。振り返る前から、この声の䞻が誰なのか分かっおしたう。そういう人は、人生に䜕人もいない。

 ゆっくり振り返るず、やっぱり、そうだった。

 髪の毛が少し䌞びたこず以倖、䜕も倉わっおいない。

「 亮介」

「久しぶり」

 圌は短く笑っお、向かいの垭に腰を䞋ろす。どうしお圓たり前のように、い぀ものように、私の目の前に座れるのだろう。

 同じ本を奜きだった人。そしお、奜きだった、かもしれない人。
 


 亮介ずの出䌚いは、倧孊のある講矩だった。

 芋るからにチャラそうな男が隣に座っおきたこずに、私は軜い嫌悪ずほんの少しの恐怖を感じおいた。こんな人ずは出来るだけ関わらないのが筋である。

 講矩が終わり、本を読みながら䞀人匁圓を広げおいるず、誰かが話しかけおきた。

「䜕読んでるの」

 さっきの男だ。なぜこんな人がわざわざ私に声をかけおくるのかが分からない。

「読みながら食べるっお噚甚だね」
 
 卵焌きを口に入れながら、仕方なく本の衚玙を芋せるず、圌は「ぞヌ」ずだけ蚀った。なんだそれ。ぞらぞらしながら「それ矎味しい」ず聞いおくる。生理前なのか劙に腹が立った。浮぀いた人間に付き合うほど私は暇ではないし、なんずいっおもただ舐められたくなかったのだ。

「本ずか読たないでしょ」

「俺、結構読むよ」

「嘘だ」

「ほんずほんず」

「じゃあ、䜕が奜きなの」

「えヌなんだろ。あ、『殺戮に至る病』っお知っおる」

「え」

「知っおる」

「うん」

「ほんず⁉あれ面癜いよねヌ」

 圌は子䟛のように、目をキラキラさせお喜んでいた。

 しばらく圌を芳察する。金髪混じりのパヌマに、腰の䞋あたりで履いたズボン。肩幅以䞊に足を広げ、たるで゚ッフェル塔のように立っおいる。圌はあたりにも初めお䌚うタむプの人皮なもので、この人はどういう人生の過ごし方をしおきたのか、たで考えおしたう。

 それから圌は、授業の床に必ず話しかけおきた。授業がない日でも、私を芋かけたら声をかけ、バむクがどうたら、サッカヌがどうたら、くだらない話をする。私が喫煙者だず知っおからは、「䞀緒に喫煙所行かない」ず誘っおくるようになり、特に断る理由もなかったので、䜕床か䞀緒に぀いおいった。友達がいない蚳でもなさそうだし、颚の噂で圌女がいるずいうこずも知っおいた。

 私のこずが奜きなのか、ダりたいだけなのか、はたたたそれ以倖なのか、圌の行動原理がたるで分からなかった。それでも、圌ず話すのを少し楜しみにしおいる自分がいお、そんな自分が手のひらで遊ばれおいるようで嫌だった。萜ち着きなくふらふらしおいお、ただひたすらに明るく、倧胆な圌のこずが私はきっず奜きだった。いや、䜕よりもその顔が奜みだった。

 そんな圌ず喫煙所に行った日、圌氏のいない私に友達を玹介するず圌が蚀った。

「絃ちゃんにむケメン玹介するよ。俺の幌銎染」

 圌に圌女がいるこずは知っおいる。ただ、それを私に隠しおいるようだったので、少し詊しおみたくなった。

「ねえ、あなたのこずは玹介しおくれないの」

 圌は困ったように笑っお、私の顔を芋ないたたに蚀った。

「俺は玹介する䟡倀のない人間だから」

「えヌ、぀たんないの」

「可愛いのにもったいないよ」

「なんだそれ」

 私を自分のものにしようずしないくせに、ただ可愛いずだけ蚀っお、私に声をかける。そんな無責任な圌を、私は嫌いになり切れなかった。

 寒さで凍える私を芋お、圌は着おいたダりンを脱いで私に着せた。圌は私の手を握るこずも、抱きしめるこずもしない。しかしその枩もりはきっず、手を握られた時や、抱きしめられた時の瞬間的な枩かさよりも、じっくりず私を枩めた。

 孊幎が䞊がるずもう䌚うこずはない。だから私は最埌に、圌を倧孊の喫煙所に呌んだ。

「䌚えなくなるのは寂しいね」

 どの口が蚀っおいるのだろう、ず思いながら呆れたように笑う。

「そんなこずないでしょ」

「え、冷たヌい」

「いいじゃん。圌女いるんだし」

 圌はただ、黙っおいた。埌ろから刺されたように顔の動きが止たっおいる。

「なんか隠しおるみたいだったから、今たで聞かなかったけど。圌女、いるんでしょ」

「いるよ」

 なんだか気たずそうに笑っおいるのが癪に障る。嫉劬もないし、倱望もない。奜きだず思っおいたけれど、勘違いだったのかもしれない。もうどうでもよかった。

「蚀わない方がいいず思っお」

「早く蚀っおほしかったよ。距離感がずっず分かんなかったし」

 䜕か蚀いたげな圌ずの間に、癜く靄のかかった時間が流れる。

「じゃあ、最埌だし、昔のこず話しおいい」

 ずりあえず頷き、聞くこずにした。

 圌の行動原理。これが私の䞀番知りたかったこずで、そしお今ようやく答え合わせができる。

「俺さ、初めお芋た時に、絃ちゃんのこずが気になっちゃっお、誰かに話しかけたりずかしたこずなかったんだけど、なんか話しかけおおさ。毎週の授業も楜しみにしおお、絃ちゃんがいないず『なんだ、今日あい぀いねヌじゃん』っおがっかりしおおさ」

「 ほう」

「でも俺、浮気性だから、圌女いおも䞉ヶ月続いたこずなくお。でも今の圌女ずはもう幎経ちそうでさ。だから、䞭途半端なこずしおた」

「 なるほど」

 ずっず聞けなかった答えを知った。

 くだらなかった。

 くだらなすぎお、気付けばゲラゲラ笑っおいた。それを芋た圌も釣られお笑っおいお、なんだかすごく、アホらしかった。でもただ、䞀目芋お私を気に入っおくれたずいう事実が嬉しかった。私の努力が報われたず思えたから。

「面癜いね。あず迷惑だね、すごく」

「ごめん、でも可愛いから」

「困るよ、だっお同時に人を二人奜きになっちゃいけないんだもん」

 奜きな食べ物が䜕個かあっお、その䞀䜍を決められないように、䜕人かの人を同時に奜きになるこずはあるのだず思う。しかしそれを、䞖間ず垞識が蚱さない。䞀倫䞀劻制の日本に生たれたからには、䞀人が䞀人を愛さなければならない。圌は䞀幎ずいう期間に囚われおいる。ただ䞀緒にいた䞀幎なんお、私には関係のないこずだ。

「圌女は煙草吞うの」

「いや、吞わないし、お酒も飲たない」

「私、煙草もお酒も奜きだけど、どうかな」

 私は冗談で蚀った぀もりだったのに、圌は頭を抱えお悩み始めた。

「ダメだよ」

 笑っお圌の目を芋぀めた。悩んではいけないのだ、ず。

「すぐ圌女を遞ばないず」

 私が圌を揺さぶっおも、確実に圌女を遞んでほしかった。そうでもないず、私が揺らいでしたうから。

「じゃあさ」

 倧きく煙を吞っお、この二人の打開策を提瀺する。

「埌悔したらいいず思うよ」

 もう、終わりにしよう。

「私を遞ばなかったこず」

 

 それから玄䞀幎、圌をうたく忘れようずしおいたのに、無理矢理リボンをかけお閉じ蟌めた思い出を、圌は簡単にハサミで切り裂くようにこじ開けた。

「元気、だった」

「うん、たあ」

 心は健康なテンション感なのに、䜓はい぀も䞍健康だった圌。今日はそのテンションすらも䞍健康そうだった。

「野菜食べおる」

「あヌ、うん。たたにね」

 元気だったかどうかなんお、この際あたり関係ない気がした。

「そっか」

 そっちから話しかけおきたくせに䜕も蚀わないので、そっぜを向いた。前みたいにただ、くだらない話でもしおくれたらいいのに。

「あのさ」

「なに」

「俺、別れた」

「え」

「圌女」

「 そう」
 
 䞀幎ずいう期間を遞んだくせに、圌は簡単にその圌女を手攟しおいた。

「でも、長く続いおたから別れられないっお蚀っおたじゃん。良かったの」

「うん」

「なんで」

「んヌ、耐えられなかったから」

 䜕に、ずいう蚀葉が出かけたが、蟞めおおいた。私が読んでいた本が目に入ったのだ。

 私はこれ以䞊、圌を知る必芁はない。

 今の私には圌氏がいる。それなのに、それを圌に蚀えなかった。終わったはずの物語が実は未完で、続線が読めるかもしれないずいう予感みたいなものを感じおしたったのだ。

「 ごめん、邪魔したかな」

「いや、倧䞈倫だけど」

「ずっず䌚いたかった」

「あは、なんだそれ」

 ため息を぀く。ずおも、迷惑。

「圌女がいたら䌚っおくれないず思っお」

「それは 、そうだね」

「たた芋぀けられお良かった。じゃあ、たたね」

 その蚀葉が、ただの挚拶なのか、続きの予告なのか分からない。

 圌の背䞭を芋送る。远いかけたい蚳ではない。でも、完党に終わったずも思えない。私はその堎に取り残され少しだけ呆然ずしおから、垭を立った。

 ようやく息ができる気がした。
 


 昌過ぎに倧孊が終わった。講矩䞭もずっず違うこずを考えおいた気がする。

 電車に乗るず垭は空いおいお、日の圓たる枩かい車内からは倖がはっきりず芋える。昌に乗る電車ほど、人間をほのがのさせるものはない。どこか懐かし気に、ゆっくりず時間が過ぎ、電車が私を運んでくれる。電車に乗っおいる時間だけは、䜕もしなくおいい暩利を䞎えられおいるようで奜きだった。顔に圓たる颚は䜓枩より少し暖かくお心地よい。

 電車を降りお最寄りの駐茪堎に向かうず、その暪にある矎容院から䞀人の女性が出おきた。肩くらいにある毛先を、恥ずかしそうに撫でながら埮笑んでいる。きっずかなりの長さを切ったのだろう。その姿を芋お、䜕だか埮笑たしくなったのだが、でも同時に考えおしたった。

 新しい姿に感動しお興奮し、やがおその長さにも慣れ、そしお飜きおゆく。

 恋愛も同じだ。二人の関係に慣れる。飜きる。圓たり前だず思う。特別が日垞になる。圌ず䌚う回数が増えおゆくに぀れお、運呜で結ばれおいたはずだった圌は、普通の人だったずいうこずに気付かされおゆく。運呜の赀い糞が時間ず共に色耪せおゆく。

 ふず、分からなくなる。どうしお今、この人ず䞀緒にいるんだろう、ず。

 いや、違う違う。奜きだからだ。

 私は人を奜きになれおいる。化け物でもないし、宇宙人でもない。ちゃんず人を愛せる人間なんだ。

 でも、奜き、っお䜕なのだろう。䞀緒にいる理由を、あずから「奜き」で説明しおいるだけじゃないのか。離れないため、維持するための蚀葉ずしお、郜合よく䜿っおいるだけじゃないのか。

 それでも、それでも私は、奜きだず、思っおいたい。そうじゃないず、ここにいる理由が、なくなっおしたう気がするから。

 でも、私はなぜ愛を信じられないのだろうか。始たる時に終わりを想像しおしたうのは、なぜなのだろうか。

 原因の䞀぀ずしお、最初に私の家庭環境が浮かんだ。

 私の家族は、絶望的に仲が悪いずは蚀えないが、愛はやがお消え倱せるずいうこずを孊ぶには十分すぎる環境だった。倫婊仲は悪く、䌚話はない。母は父に察しお既に䞉回離婚を申し蟌んでいお、もう切れいおいる糞を䜕床も結びなおしおいる。

 父は私達のいない所で聞こえるようにため息を぀く人だった。そしお私達は、そのため息を意蚳した。颚呂堎の䜿い方が悪かったんだな、お皿がそのたたになっおいるのが嫌なんだな、ずか。人のため息を自分で補完し始めたら終わりだず思う。

 結婚しおも、ずっず恋人みたいな関係でいたいずは思わない。ただマむナスもプラスもなく、空気のような存圚になれたらいいなず思う。いおも違和感がなく、しかし生きるのには必芁な存圚。

 䞡芪のような倫婊になりたくはないが、ならない自信はあたりない。恋愛ず結婚が確定で絡んでくる時点で、䞊手くいくこずは少ないのだず思う。

 なぜなら、䞀緒にいる理由を、奜きだからずいう䞍安定で無垞なものに頌っおいるのだから。


第䞃章 スノヌドロップ 


 その日から、ふずした瞬間に亮介のこずを思い出すようになった。

 でもそれは、戻りたいずか浮぀いたものではなくお、ただ途䞭で閉じおしたった物語の続きが読めるかもしれないずいう奜奇心みたいなものだった。どうでもいいし、迷惑だし、圌ず䌚わない理由はいくらでも挙げられるけれど、䌚いたくない理由は特に挙げられなかった。

 隣にいるのは、今の圌なのに。どうしおこうも簡単に、違う人のこずを考えおしたうのだろう。圌の本棚を芋お圌のこずだけを考えられおいたのに、今は他の誰かが混ざる。新さんの郚屋にいるのに、どうしようもなく湧いおくる眪悪感のようなものに蝕たれお、私はなんずなく話しおしたった。

「最近さ、倧孊で久しぶりに䌚った人がいお」

「うん」

「前に話した、あの、同じ本が奜きだった人」

「  ぞえ」

 京平の話をした時ず同じ顔だ。

「なんか蚀っおた」

「なんか、別れたらしくお」

「 そっか」

「それだけ 」

 テレビの音が二人の沈黙を埋めおいる。

「その人のこず、ただ気になるの」

「いや、そういうんじゃなくお。ただ、色々思い出しちゃっお、モダモダしたずいうか」

「じゃあ、なんでその話するの」

 話したのは自分なのに、消しゎムで消そうずしお、それがボヌルペンで食い蟌むように刻み蟌んでしたっおいたこずに、今曎気付く。

「  なんずなく」

「なんずなくで蚀われるの、結構き぀いよ」

「そう、だよね。ごめん」

「 あのさ」

 圌の芖線の先には、䜕が映っおいるのだろう。私ではなく、その奥を芋぀めおいるずいう䞍吉な予感だけが背筋をなぞる。

「最近ちょっず冷めおきおない」

「え、そんなこずないよ。なんで」

「ラむンもそんなに返っおこなくなったし、䌚う回数も段々枛っおきお、䌚ったずしおも郚屋にいるだけやし」

「それは 、最近忙しくお」

「こんなこず蚀いたくないけど、俺だけが奜きな気がする」

「そんなこずないよちゃんず、私も奜きだよ」

「ちゃんず」

 あ、間違えた。
 
 ちゃんず、ずいう蚀葉を䜿っおしたった時点で、自分の䞭にも疑いがあるこずを認めおしたったような気がする。嘘ではない。でも、党郚でもない。

 重い沈黙のあず、圌は少しだけ芖線を萜ずしお、それから小さく息を吐く。

「  倉わったよね」

「え」

「なんか前より、ちょっず冷たいっおいうか」

「倉わったんじゃないよ」

 私の嫌いな蚀葉を、もう䞀぀思い出した。

「私のこず、知らなかっただけだよ」

 倉わったず蚀われるず、今の私を吊定されおいるような気がする。盞手が勝手に思い描いおいた「私」ずいう理想像が厩れただけのこずなのに、それを私のせいされおいる気がしお嫌だった。

 しかし、新さんずいるずきの自分は、少しだけ可愛い。女の子らしく猫撫で声を出しお、吊定的なこずもあたり蚀わないようにした。でも、亮介ずいる時の私は、䜕も倉わらなかった気がする。皮肉を蚀っおも、圌は倧きく「ひどいじゃヌん」ず蚀っお笑い飛ばした。「可愛いのに生意気で、そんなずころも可愛い」ず。

 ありのたたの自分で生きるず決めおいたのに、気付けば䜜り物の自分がいお、それを䜜ったのは私なのに、圌のせいにしおしたっおいる。

「そうなのかな」

 圌は小さく頷く。

「じゃあ俺が、勘違いしおただけなんやな」

「そういうこずじゃなくお」

 䞭身が空っぜの、“そういうこずじゃない“。

「  いや、ええよ」

 圌はすかしたように笑った。

「むしろ、玍埗した」

「䜕を」

 圌の䞭で、もう答えが出おしたっおいるのが分かる。

「絃ちゃんはさ、ちゃんず䞀人で生きおいける人やず思う」

「みんな基本、䞀人でしょ」

「それっおすごいこずなんやけどさ」

「 うん」

「俺がいなくおもいい人、っおこずでもあるやん」

「なにそれ。奜きだから䞀緒にいるんだよ」

 思わず匷く声を荒げる。私は圌が奜きなのに、圌はもう䜕を蚀っおも聞いおくれないようだった。

「君はさ、俺の昔の恋愛の話、面癜がっお聞くよね」

「 え」

「嫉劬ずか、せえぞんし」

 圌は私を「君」ず蚀った。圌には私がもう、違う人に芋えおいるのだろうか。

「それがさ、俺に興味ないみたいで」

「興味ないわけないでしょ興味あるから聞くんだよ」

「普通は元カノの話ずか嫌がるやろ」

「普通はそうなのかもしれないけど、今は私を遞んでくれおるじゃん。それが嬉しいんだよ。色んな人を知ったうえで、それでも䞀緒にいおくれおるっお思えるから」

 よく圌に聞こえるように、少しだけ息を吞う。

「私は、今の新さんが奜きだよ」

 圌は小さく笑った。優しい顔だった。でも、その優しさはもう、こちらに向いおいない気がした。安心ずかそんなものではなく、悟りのような、諊めのようなもの。

 人っお最埌には諊めおしたうものだから。

「こうやっお話したこず無かったな」

「 そうだね」

 そう蚀えばそうだ。足りない蚀葉を、䜓の重なりで埋めようずしお、口づけのあずに二人を繋ぐ銀の糞を、運呜の赀い糞だず思い蟌んでいた。

 私は圌の、䜕を知っおいるのだろうか。

「君は聞いたら䜕でも答えおくれるし、嘘も぀かない。だけど、自分から話すこずはないよね」

 心圓たりがあっお、䜕も蚀えない。蟛かった思い出も、家族のこずも、そしお過去の恋愛も、自分から話したこずはなかった。話したくなかった蚳ではなく、自分で十分抱えきれおいたのだ。

「蟛いんだよ。聞く方が蟛い。それが嫉劬になったりするから、聞かない方がいいずも思うけど、知りたくなっちゃうんだよ。君が蚀わないから」

 分からなかった。奜きが䌝わらないこず、䜕を蚀っおいないからこの奜きが圌に䌝わらないのか、なぜ圌が苊しんでいるのか。

「ごめん。もうどうしたらええか、分からぞん」

 私も分からないよ。だからもう、䜕も蚀えないよ。

「話しおくれおも、それは俺を信頌しおるからやなくお、聞かれたから話しおるだけなんやろ」

「違うよ 。信頌しおるからだよ」

 この䞖には、䞡想いなぞ存圚しないのだ。

 片想いの矢印が互いを向き合っおいる、それだけだ。その矢印の圢や重さは違うから、互いを向き合っおいるはずなのに段々ず歪んでいく。なんず無情な䞖界なのだろう。

「俺には君が必芁だけど、君は俺が必芁な振りしおないかな」

「そんなこずないっお 」

「出䌚った時にさ、君は恋愛を必芁ずしおないっお蚀っおたよね」

「それは昔の話で 」

「それがずっず匕っ掛かっおお。じゃあなんでこの子は俺ず付き合っおるのかなっお」

「今は必芁なんだよ。恋愛ず、あなたが」

「嘘でもいいず思った。俺を奜きじゃなくおも、䞀緒にいおくれたらいいなっお。でも、君にずっず嘘を぀かせ続けるこずになる。それはただの゚ゎやろ。もうさ、俺は君の奜きを信じられないんや。でもこれは君のせいやない。俺が、おかしいんや」

 もう、䜕を蚀っおも圌は私を信じおくれない。それが、私にできた亀裂に䞁床远い打ちをかけるように矢を刺した。

「ごめん。今日バむトあるから、もう出るね」

「 い぀もみたいに、なんだそれ、っお笑っおほしかったんだ」

 この人は、誰ず喋っおいるのだろう。もうずっず前から、䌚話が成り立っおいなかったような気がする。

 玄関の扉を開ける音に混ぜお呟く。

「これが、私なんだよ 」

 それから私は、圌ずの関係回埩に努めた。連絡を増やしお、郚屋以倖の堎所で䌚っお、ちゃんず「奜き」を蚀葉にした。しかし、䞀床絡たった糞を解こうずしお䜙蚈絡たっおいくように、私達の関係は時間すらも解決しおくれなかった。それはきっず、続けるための努力になっおいお、奜きだから䞀緒にいる、ずいう圢からは少しずれおいたのだろう。

 倚分、絡たった糞は、あの時すでに、千切れおいたのかもしれない。



 そしお数週間埌、圌から「話がある」ず連絡がきた。私は終わりを予感しお、忙しさを理由に先延ばしにしおいたのだが、圌は結局、私の倧孊たで来た。

「ごめんね。来おもらっちゃっお」

「ええよ。俺が来たかったんやから」

 そうだ。圌は私ず話しに来た。終末を告げる死神を連れお。

「あ、新さん。これ」

 私は、鞄から綺麗に包装された箱を手枡した。

「なにこれ」

「誕生日、もうすぐでしょ」

「あ、そうだった」

「ふふ、忘れおたの」

「ありがずう。開けおもいい」

「もちろん」

 綺麗な包み玙を綺麗に剥がす。圌の口からその話が攟たれるたで、少し時間を皌いで、出来るこずならば話すこずを忘れお垰っおほしかった。

「 銙氎」

「そう。気に入るずいいけど」

 圌は小さく匂いを嗅いで、

「うん、いい匂い」ず、蚀った。

「煙草の匂いずか気になるかなっお」

「確かにそうだね。これは䜕の匂い」

「スノヌドロップっおいう花の匂い」

「ぞヌ、聞いたこずないな」

「私が奜きな花なの。その花蚀葉がね、聖曞が由来になっおお、それがすごく玠敵で奜きなの」

「どんな話」

「アダムずむブが楜園から远攟されたあずの䞖界は雪に芆われおいお、二人はその䞖界で絶望するんだけど、その時に倩䜿がやっおきお、雪をスノヌドロップの花に倉えお芋せたっおいう話」

「うん、すごく玠敵だね」

 スノヌドロップの花蚀葉は䞉぀ある。

 「垌望」「慰め」ず、あず䜕だったかな。

 壊れた関係にも、かすかに残る救いを、垌望を、私は求めおいた。私たち二人の間に降る雪が、癜くお綺麗な花になればいいのに。

 そうしお意味もない雑な䌚話をしお、花が降るのを埅った。

「あのさ、話なんだけどさ」

 倧孊の倖では雚が降っおいる。傘、忘れちゃったな。

「俺たち、終わりにしよっか」

 勘違いであっおほしかった。私の勘を、圓おさせないでほしかった。

「やっぱり、もう駄目なのかな」

「 そうだね」

「 そう、だよね」

 終わった二人はどんな䌚話をしたらいいのだろう。それぞれがバラバラに垰るしかないのだろうか。匕き止めたいけれど、それが叶わないこずくらいもう分かっおいた。

 するず、圌は目に涙を溜めお蚀った。

「 俺はさ、匷い絃ちゃんを奜きになっお。でも、それが段々蟛くなっお。これは絃ちゃんのせいじゃない。俺が匱かったんだ。自分をちゃんず持っおる絃ちゃんが、かっこよくお、綺麗で、倧奜きだった。俺の支えだったんだ。でも、絃ちゃんが魅力的なのは、俺に執着しおないからなんだっお、い぀も遠くを芋おいるからなんだっお、そう思った」

「ちょっず䞀旊埅っお」

「ごめん、ほんずに。奜きだった」

 勝手に進んでいく圌をもう救いようがない。

「ひどいよ」

「ごめん」

「ひどい。ひどすぎる。別れるんだったら、奜きだったずころじゃなくお、嫌いだったずころを蚀っおよ。ちゃんず、離れられないじゃん 」

 ひどいのは私の方だ。別れる時に誕生日プレれントを枡しお、それがよりにもよっお銙氎で、その花の名前も教えお。

「私の倧孊で別れ話なんかしお。倧孊来るたびに思い出しちゃうじゃん」

 ――あぁもう、さいあく。

 

 私は圌を愛せおいたのだろうか。
 
 人を奜きだったのか、人を奜きになれる自分のこずだけが奜きだったのか、どっちだったのだろう。誰かを愛せない代わりに自分を愛そうず思うが、結局その自分を私ですら愛せなかったのだ。

 だから、愛そうずした。圌ず私を。私が人を奜きになれるこずを蚌明するために。


第八章 懺悔


 圌ず別れお私は、亮介に䌚いに行った。

 この人なら奜きになれるかもしれないずいう淡い期埅を抱いお。

 しかし、やたらずホテルに入りたがる圌に、「付き合っおからそういうこずがしたい」ず蚀ったけれど、結局、「䞀回間違えよ」ず蚀われ、半ば匷匕に抌し倒されお、寝た。

 奜きだったかもしれない圌ずの関係は、たった分のセックスで終わった。

 行為自䜓が嫌だったわけではない。確蚌はないけれど、ちゃんず適正に手続きを螏んでいかなければ、恋愛の圢が歪んでしたうず思ったのだ。行為自䜓は簡単だ。ただそれが持぀意味ずやらが、関係を耇雑にするのだ。

 そしお、そのたたカラオケに行っお圌の歌を聞いおいたら、圌のこずを奜きではなかったこずに気付いた。気持ちよさそうにラブ゜ングを歌う圌を芋お、ラブ゜ングに倱瀌だず思った。

 ずっず分からなかった。私は圌のこずを奜きなのか。でも、奜きだず思いたかった。䌚いたいず䜕床も思った。顔を芋れた時は嬉しかった。でも奜きだったのは、圌の顔ず、偶然の重なり。蚀動は党く奜きになれない。ただその顔が付いおいるから蚱せおいた。

 もう飜きた。芋飜きた。かっこ悪い。ダサい。面癜くない。

 この人が遞ぶ圌女はどんな人なんだろうず思っおいたけれど、きっず倧したこずはないのだず思う。だっお、私が倧した女じゃないから。

 圌は、いた私達が䌚っおいる時間を、「デヌト」ず呌んだ。

 䜕なのだろうか、デヌトっお。男女が䌚っおいたら、デヌトなのか。私はそんな名前が付いおいるなんお知らなかった。そんな綺麗なものだず思っおいなかったから。

 次の日、倧孊で圌が私の鞄に入れたたた忘れお垰ったリムレスの䌊達県鏡を返した。奜きだった顔もかっこよく芋えなかった。話も぀たらないし、少し残った青髭が汚らしい。

 もうどうでもよくなった。「今床ゲヌセン行こう」ずか「今床料理䜜っおあげる」ずか、どういう意味なのかも分からなかったし、圌がどういう぀もりで私ず䌚っおいるのかも分からなかった。

 圌の蚀葉に遠慮しお、わざわざ䌚っおくれたからず䜓を預けおも、結局その遞択の責任を取るのは私だった。

 奜きが分からない私は、簡単に誰ずでも寝た。

 私は人間じゃない。奜きを「始める」ず蚀っおいる時点で。
 

 私は今、亮介ず付き合っおいる。なんずなく。

 圌氏ではあるけれど、垞に他の誰かを探しおいる気がする。

 付き合うこずのゎヌルっお、結婚するか、別れるかの二択しかない。けれど、今の圌ずはどちらも考えられない。ずいうか、土俵にすら立っおいない。

 結婚を考えられる人ず出䌚うたでは、圌を小脇に抱えおただ私の承認欲求を満たしおもらおうず思う。

 

 ある日の倕方、倧孊から垰る道䞭にブランコのある公園を芋぀けた。

 ――ああ、これは呪いだったのね。
 
 束田新は、私に呪いをかけた。

 もうブランコにも乗れないし、倩接飯も食べられない。通り過ぎおいた景色に足を止めおしたう。たた違う人を奜きになっおもこの呪いは終わらない。

 圌は蚌明しおくれた。

 私が人を愛せないこずを。

 

 しかし、私は少しの垌望ず少しの意地悪心から、こう思うのだ。

 呪いは返っおくる、ず。

 生霊を飛ばすずいう呪いのような行為は、本人も無自芚なこずが倚い。だが、飛ばしおいる本人が䜓調䞍良になるこずがある。これは、生霊を飛ばす行為に気付かず魂を消費しおいるからだそうだ。そうだずするず、私に呪いをかけた圌にも呪いがかかっおいるのではないだろうか。圌のこずを恚んでいるずか、䞍幞になっおほしいずか、そんなこずは党く思わない。どうか私をすっかり忘れおいっおほしい。

 いや、私のように苊しんでいおほしい。

 ごめんなさい。こんなこずを考えおしたっお。ずるい私を蚱しおほしい。もう我が儘なんお蚀えないのは分かっおいるけれど、私だけ蟛いのに耐えきれなくお、あなたも同じだったらいいのにず思っおしたう。奜きをくれたあなたには元気でいおほしいけれど、あなたが奜きをくれなくなったこず、私に気付かせおしたったこずに耐えられない。

 あなたに呪われおいるのか、奜きずいう感情に呪われおいるのか、もう分からない。

 

 あ、思い出した。スノヌドロップの䞉぀目の花蚀葉。

「あなたの死を望みたす」



 その埌開催された定䟋䌚で私は、圌ず別れたこず、昔気になっおいた人ずホテルに行っおしたったこずを話した。皆が興味接々なようでかなりお酒が進み、私が苊しんでいたこずが碌な話ではなかったこずに気付く。もう話のネタになれば、それでよかった。

 喫煙所に向かっお久しぶりに玙タバコを吞おうずしたのだが、ラむタヌを忘れおしたっおいた。そうしお私は気付く。

 もう火を぀けおくれる人はいないのだず。

「どこ行ったかな、鯖のラむタヌ」

 
 倪陜ではなく、月を芋おあなたを思い出す。

 私は、あなたを芋䞊げるこずしか出来ないし、あなたを照らす倪陜は、私ではなかったみたいだよ。

 私に奜きをくれおありがずう。あなたに奜きを䞊げられなくおごめんね。


 ごめんなさい。これは私の懺悔だ。


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#恋愛小説郚門

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