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阿武山古墳は蘇我入鹿の埋め墓である

    上森三郎

    阿武山古墳は蘇我入鹿の埋め墓である

    阿武山古墳には蘇我入鹿の財宝の黄金が埋められている

    2022-02-07 06:06:06 | 埋蔵金

    2022年2月7日(月)昨日、JR摂津富田まで行って、そこからタクシーに乗り込み、「阿武山古墳までお願いします」と私。
    「京都大学の阿武山観測所になっていて、入れない可能性がありますよ」と運転手さん。
    「入口まで行ってダメだったら帰りますから、とりあえずお願いします」と言うことで発進してもらいました。
    車が止まった場所は、運転手さんのいう通り門が閉じられていましたが、門の前で関係者らしき男性が居られたので、「阿武山古墳に行きたいのですが、入っても良いですか」と尋ねると、「良いですよ」と。
    「行ったら分かりますかね」
    「分かりますよ」
    「何分ぐらいで行けますか?」
    「10分か15分ほどでしょうかね」と丁寧に教えてもらいました。
    それでタクシーの運転手さんに40分前後で帰ってきますから・・とお願いして、門の横から入って急ぎ足で坂道を上がって行きました。
    教えてもらったとおりに迷うことなく辿り着くことができました。
    早速、御参りを終えて、リュックの中から金探査機のコア・ロッドを取り出して、黄金を探るとすぐさま強くヒットしました。
    墓室正面右手に墓室と同じほどの広さが綺麗に整備されていましたが、その場所に黄金の反応です。
    時間が無いので急ぎ足で調べましたが、7m×10mほどの範囲に黄金が埋められています。
    古墳の説明板の内容からすれば、3mほど掘り下げて墓室をにわか仕立てで造営していますから、黄金も同じ深さほどに埋められていると推測します。
    この黄金は、誰の財宝か!?
    もちろんこの墓ににわか仕立てで埋葬された、聖徳太子と尊ばれた蘇我入鹿であり第35代皇極天皇の財宝である。
    埋葬されていた骨の状態も、埋葬品もそれらのことを物語っている。
    おそらく石室の内部には、埋葬者について書かれた文字が遺されていた筈である。
    一刻も早く黄金を取り出して、しかるべき遺言の場所に安置し祀らなければなりません。

    藤原鎌足の墓は鎌足公古廟であって、そこから第50代桓武天皇が交野に移し替えています。
    いつでも立証できます。
    夜明けの晩が近づいています。  急げ! と天界から響いてきます。

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    空海や古代天皇の御霊は生き続けていて、古代天皇達の墓の位置情報と系譜を記した、緻密かつ厳格なフェニックスコードを私に伝えて来る。今、世界情勢は「かごめ唄」の夜明け前の最も暗い時に差し掛かっている。日本の隠された歴史を明らかにすることが、平和な世への岩戸開きになると私は信じている。

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