
海外帰り、だからどうした、という話
夢のアメリカぐらしも終わって帰国してしまいました。
と言いつつもう1ヶ月ほど経っているんですが。戻ってすぐは「この前までアメリカに行ってて~」なんて言えたけれど、そろそろ「ただの無職男性かな……」という気分。
そんでもってこのタイトル。わざわざ自分をこき下ろすことも、と思ってくださる方もいらっしゃるかもしれませんが正直な感想です。
1.わかってくると語れなくなる
「僕のいた〇〇では~」って割と狭い。たとえば僕は仕事柄アメリカの学校と関わることが多かったんですが、隣の学校と何もかもが違ったりしていて。時間割のシステム(ある学校は1日7コマ、かたや4コマなど)、授業の内容、生徒の人種割合、などなど。学区が同じだとさすがに日程のスケジュール(何日が年度終わり、など)くらいは共通ですが。
学校に限らず、州が変われば違う国なんて言われるアメリカ。国内旅行も外国旅行の気分でした。日本から見たら「アメリカがえり!」ですけど、実際どれくらい「アメリカ」をわかっているんだろうと思うと、「いやッ意外と全然知らないぞ……?」となる。知れば知るほど【アメリカ】でくくれない事が分かってきて何も言えなくなってしまうんですよね。
2.情報はどんどんアップデートされる
1.についてはメタに「アメリカはね~場所によって全然違ってね~」なんて言っちゃえばいいじゃんというのはあります。実際に行って帰ってきた人の実感が伴う情報は面白いと思う。
ただ、それもどんどん変わっていっちゃう。ここからは数年前にいたロシア、特にモスクワの話なんですけど、あの街もどんどん変わっていっているようで。地下鉄は英語音声がついて、環状線が外側にもう1つできたとか!
進行形で住んでいてどんどん情報のアップデートができている人だったらいいんでしょうけど、2年いて3年前帰ってきました!って人間はある意味で、先月1週間行ってきました!って人に勝てない。別に勝ち負けを競うものでもないとは思うけど。
2.の最初に触れた「実感」をうまく活かした情報提供ができるのは帰ってきた人間ならではだと思うんですが、とはいえ自分が見てきたものがそのままその「国」(例えで出てきたのがアメリカやらロシアやら特に大きい国ですが、他の国にしても一般化ができるのはせいぜい「街」レベルなんじゃないかな?とは思う)ではなく。どんどん情報はアップデートされてゆくので、たとえ自分が持って帰ってきた情報がユカイなものでもただの知識だと「情報」としてはどんどん扱いにくくなるかな、と。個人の匂いがついた「思い出」だとまた変わってきそうですけどね。
あれやこれやと書きましたが、結論としては「アメリカがえりです!」ってのも単純な話じゃないな、と。ちゃんちゃん。