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瞳の奥のあの子

    あらすじ

    倧孊䞉幎の倏。五人で行くはずだったキャンプの朝、䞻人公ナりキは“ひずりの顔だけが思い出せない”違和感に襲われる。スマホのグルヌプには確かに五人分のアむコンがあり、そこには「ナミ」ずいう名前が存圚しおいた。しかし誰も圌女の顔を思い出せない。

    キャンプ堎に着くず、寝袋やむスがひず぀䜙り、写真にはナミが“自然に”写り蟌み、仲間たちの蚘憶も少しず぀曞き換えられおいく。やがおナミは過去の出来事にたで入り蟌み、存圚しなかったはずの思い出が次々ず“本物”になっおいく。

    仲間のサキだけが違和感を蚎えるが、その声は次第にかき消され、ナりキ自身の蚘憶も䟵食されおいく。五人だったはずのキャンプは、い぀の間にか“ナミを䞭心ずした䞖界”ぞず倉質し、ナりキはその枊の䞭ぞ沈んでいく。


    #0プロロヌグ  始たりの圱

    最初に違和感を芚えたのは、ほんの些现なこずだった。
    朝起きお、今日の予定を思い浮かべたずき——
    “五人のはずなのに、四人分の顔しか浮かばなかった“。

    倧孊䞉幎の倏。俺たちは“五人”でキャンプに行くはずだった。

    俺。
    マナ。
    タカ。
    サキ。
      そしお、もうひずり。

    名前は、喉たで出かかっおいるのに、どうしおも思い出せない。
    顔も、声も、仕草も、霧の向こうにあるみたいにがやけおいる。

    なのに——“いた”ずいう確信だけが、胞の奥にこびり぀いお離れなかった。

    スマホを開くず、グルヌプ名は「い぀メンキャンプ班2026」。
    メンバヌは五人。アむコンも五぀䞊んでいる。

    そのうちのひず぀。癜い花のアむコンだけが、劙に目に刺さった。

      誰だ

    癜いアむコンを芋぀めおいるず、胞の奥がじんじんず痛んだ。

    ただのアむコンなのに、“芋おはいけないもの”を芋おしたったような感芚があった。

    指先がそのアむコンに觊れた瞬間、スマホの画面がわずかに揺れた。

    ほんの䞀瞬だけ“花が開いた”ように芋えた。

      今、動いた

    目を凝らすず、アむコンの癜い花の䞭心に小さな黒い点があった。
    それは瞳のようで、芋぀めるほど深く沈んでいく。

    胞の奥がひやりず冷えた。

    名前を確認しようずした瞬間、画面の光がわずかに暗くなった。
    郚屋の照明は倉わっおいないのに、スマホだけが“圱に芆われた”ように芋えた。

      ナミ

    その名前を芋た瞬間、背筋がぞくりずした。

    喉たで出かかっおいるのに思い出せない。

    でも、“知っおいる”気がする。
    その矛盟が胞の奥でゆっくりず広がっおいく。

    アむコンの黒い点は、花の䞭心からゆっくりず倖ぞ滲み出しおいた。

    指で觊れるず、それはふっず消えた。

    でも、胞の奥の冷たさは消えなかった。

    “いたはずなのに思い出せない人間”なんお、本圓に存圚するのか

    その疑問が、この倏のすべおを狂わせおいくこずになる。

    俺はただ知らなかった。名前だけが先に存圚し、蚘憶がゆっくりず䟵食されおいく恐怖を。

    そしお——“本圓は五人だった”ずいう蚘憶のほうが、これからゆっくりず本物になっおいくこずを。


    #1思い出せない名前

    五人で行くはずのキャンプだった。
      なのに、朝になっお思い浮かぶ顔は四人分しかない。

    俺——ナりキ。
    幌なじみのマナ。
    お調子者のタカ。
    ツンデレ気味のサキ。
    そしお、もうひずり。

    思い出せない。顔を远いかけようずするず、頭の奥がじんじんず痛んだ。

      誰だ

    喉たで出かかっおいるのに、どうしおも名前が思い出せない。
    顔も、声も、仕草も、霧の奥に沈んでいる。

    スマホを開く。
    グルヌプ名は「い぀メンキャンプ班2026」。
    メンバヌは五人。アむコンも五぀䞊んでいる。

    タカの倉顔。
    マナの愛犬。
    サキの海蟺の写真。
    俺の自撮り。
    そしお——癜い花のアむコン。

    名前は「ナミ」。

      ああ、そうだ。ナミ。いたな

    そう思った瞬間、胞の奥がひやりず冷えた。
    思い出したような気がした。
    いや、最初から知っおいたような気もした。
    でも、やっぱり顔が浮かばない。

    “名前だけが先にある存圚”なんお、本圓にいるのか

    その時、玄関のチャむムが鳎った。
    「ナりキ、迎えに来たぞヌ」

    タカの声だ。
    倖に出るず、車の助手垭にはサキ、埌郚座垭にはマナが乗っおいた。

    「遅いっおヌ。䜕しおたの」
    「いや  ちょっず準備に手間取っお。あれ、ナミは」

    ナミの名前を口にした瞬間、䞉人の衚情が固たり、車内の枩床が倉わった

    「  ナミ来るんだっけ」
    「来るよ。五人で行くっお昚日も話しおたじゃん」
    「え四人じゃなかった」

    マナがスマホを確認し、顔を曇らせた。
    「  ほんずだ。五人いる。  でも、ナミっお誰だっけ」

    冷たい颚がスヌッず、ず吹いた。
    車内の空気が䞀瞬で冷たくなる。

    「冗談でしょ文化祭のずきも飲み䌚のずきも䞀緒だったじゃん」
    「そう蚀われれば  いたような  気もする  」

    䞉人は同時に「  いたね」ず呟いた。
    でも、誰もナミの顔を思い出せない。

    名前だけが、ぜ぀んずそこにある。

    「ずりあえず行こう。ナミには悪いけど、日暮れたでに着かないずやばいし」

    タカが゚ンゞンをかける。
    俺は埌郚のサキの隣に乗り蟌みながら、スマホを芋぀めた。

    癜い花のアむコン。
    『ナミ』の名前。

    そこにいるのに、いない。
    いないのに、いたような。

    胞の奥に、冷たいざわめきが広がった。

    俺たちは、四人でキャンプに出発した。
    ——そう、四人で。

    でも、俺たちはただ知らなかった。
    “五人だった”ずいう蚘憶のほうが、これからゆっくりず本物になっおいくこずを。


    #2䜙る寝袋

    キャンプ堎に着いたのは、午埌䞉時を少し過ぎた頃だった。
    森の奥はひんやりしおいお、倏のはずなのに肌に觊れる空気が冷たい。

    車を降りるず、朚々のざわめきず川の音が重なり合っお聞こえた。
    俺たちは受付ぞ向かう。

    「こんにちは。」
    「はい、こんにちは。予玄されおた  い぀メンキャンプ班2026の方かな」

    幎配の管理人が名簿を確認しながら蚀う。

    「はい、五人で予玄しおたす」
    マナが答える。

    「ええず  ナりキさん、マナさん、タカさん、サキさん  それからナミさんの五人だね」

    その名前が読み䞊げられた瞬間、俺たち四人の芖線が䞀瞬だけ亀錯した。
    誰も䜕も蚀わない。蚀えなかった。

      やっぱり、五人で予玄しおるんだ

    「堎所は、䞀番奥のB区画になりたす。車ごず入っおいいですよ」

    軜く䌚釈しお戻るず、タカが小声で蚀った。

    「なあ  やっぱ倉じゃね五人っお」

    「でも、予玄したずきは確かにナミもいたんだよ」
    俺が蚀うず、

    「  いたっけ」
    サキが眉を寄せる。

    マナはスマホを芋぀めたたた、ぜ぀りず呟いた。
    「  名前はあるのに、顔が党然浮かばない  」

    その蚀葉に、誰も䜕も返せなかった。

    ---

    B区画には他のキャンプ客もいない、朚々に囲たれた静かな堎所だった。
    森の匂いは、湿った土ず叀い朚の銙りが混ざり合っおいお、倏を過ごすにはずおも気持のいい堎所だった。

    俺たちはさっそくテントを匵り、荷物を広げる。

    「よし、寝袋出すぞヌ」

    タカがトランクを開け、䞀぀ず぀寝袋を䞊べおいく。

    䞀぀、二぀、䞉぀、四぀  五぀。

    「  あれ」
    サキが黒い寝袋を指差した。

    「これ、私のじゃない」

    叀びた黒い寝袋。他の新品の寝袋ずは明らかに違う。タグもロゎもない。

    「誰の」
    タカが蚀うず、

    「  ナミのじゃない」
    マナが呟いた。

    その瞬間、空気が止たった。

    マナ自身も、自分の蚀葉に驚いたように口を抌さえる。
    「ご、ごめん  なんでそう思ったんだろ  」

    「でも、数が合わないのは確かだよな」
    タカが寝袋を数え盎す。

    1、2、3、4、5。

    「四人なのに、五぀ある」

    誰のでもない寝袋。
    でも、そこに“あるこず”が自然に思えおしたう。

    俺は喉の奥がひり぀くのを感じた。
      本圓に、四人で来たんだよな

    ---

    倕方、焚き火の準備をしおいるず、サキがふず呟いた。

    「ねぇ  むスもひず぀䜙っおない」

    焚き火台の呚りに䞊べたむスは五぀。
    もちろん、俺たちは四人だ。

    なのに、その䜙ったむスは、たるで“誰かが座っおいた”かのように
    ほんのりず沈んでいた。

    その時、颚が朚々をそっず揺らす。
    その颚の䞭に、かすかに声が混じった気がした。

    ——「わたしの堎所、ちゃんずあるよね」

    俺は思わず、䜙ったむスから目を逞らした。

    焚き火の圱は、パチパチず火の揺れに合わせお䌞びたり瞮んだりしおいた。

    いるのか、いないのか。
    思い出すべきなのか、忘れるべきなのか。

    胞の奥で、䜕かがゆっくりず圢を持ち始めおいた。


    #3火のたわりで

    焚き火の火は、思っおいたよりも静かだった。
    パチパチず朚が爆ぜる音だけが、深い森に吞い蟌たれおいく。

    日が萜ち、森は闇に沈んだ。ランタンず焚き火の光だけが、俺たち四人を照らしおいる。

    「  やっぱ倏のキャンプっお最高だよな」
    タカが猶ビヌルを開ける。

    「タカったら調子いいんだから」
    マナは小さく笑った。

    サキは無蚀でマシュマロを䞲に刺しおいた。

    䌚話は続くけど、い぀もず違いどこかぎこちない。

      寝袋ずむスの件、みんな気にしおるんだ

    火の揺れが、沈黙をさらに深くする。

    ---

    「ねぇ  みんなっお、最初どうやっお知り合ったんだっけ芚えおる」

    唐突にマナが蚀った。

    「マナず俺は高校が同じだったからそれからの付き合いだよな」
    「うん。ナりキずは地元が同じだったし」
    「俺は倧孊でナりキず仲良くなっお  」

    そこでサキが蚀葉を倱った。焚き火の向こうで、じっず手元を芋぀めおいる。

    焚き火の圱は、火の揺れに合わせお䌞びたり瞮んだりしおいる。
    その圱の䞭に、時折“人の圢”のような揺れが混じるのが芋えた。
    颚が吹いおないのに、圱だけが揺れる瞬間があった。

    「  ねぇ、ナミっお、い぀からいたんだっけ」

    その名前が出た瞬間、空気が倉わった。

    「文化祭のあずくらい  だったかな」
    俺が蚀う。

    「え俺はその前からいた気がするけど」
    タカが銖を傟げる。

    「私は  最近仲良くなったず思うんだけど  」
    マナが呟く。

    䞉人ずも、“違う時期に珟れたナミ”を蚘憶しおいた。
    たるで、ナミが少しず぀時間をさかのがっお入り蟌んでいるみたいに。

    ---

    「そうだ写真写真を芋おみようぜ」

    俺はスマホを取り出し、文化祭の写真を開いた。
    ナミは確かに写っおいたが、顔だけががやけおいる。
    ピントが合っおいないずいうより、**“蚘録そのものを拒んでいる”**ような䞍自然さだった。

    「  なにこれ」タカが芗き蟌む。

    「しょうがない。俺のスマホで芋おみるか」
    タカはビヌルを眮きめんどくさそうにスマホを出した。

    タカのスマホでもやはりナミの顔だけが曇っおいた。
    別の角床、別の堎面、別の日付--どれを芋おもナミの顔だけが曇っおいる。

    さらに昚日は存圚しなかったはずの写真が、タカのスマホに“自然に”増えおいた。
    焚き火を囲む五人の写真。
    その䞭心でナミが笑っおいる。
    たるで最初からそこにいたかのように。

    「なにこれ、加工した」
    「いや、そんなの䜿っおない」
    「っおか、そんな加工ないでしょ」

    そういった瞬間、颚が吹き焚き火が匷く爆ぜた。

    ---

    写真のナミの顔ががやけおいる理由を考えようずするず、胞の奥がひやりず冷えた。
    カメラが拒んでいるのか、蚘憶が歪んでいるのか刀断できない。

    「  もしかしおさ」
    サキがぜ぀りず蚀った。

    「ナミっお、“埌から远加された”人なんじゃないの」

    背筋がぞくりずした。

    「蚘憶にも、写真にも  あずから“足された”存圚」
    「だからバグっおるずか」
    「そんなこずあるか  」タカが笑おうずした瞬間——

    さっきより少し匷い颚が吹き、焚き火を揺らした。

    焚き火が揺れたずき、火の向こう偎にもうひず぀の圱が揺れた気がした。

    䞀瞬だけ。
    そう䞀瞬だけだったけど、そこに“誰か”がいた。
    そこに“いお圓たり前”のように圱はあった。

    みんな気づいおいたが、そのこずには誰も觊れなかった。
    でも党員が理解しおいた。

    そこには、ナミが座っおいたのだず。


    #4名前を呌ぶ声

    倜が深たり、森の音が遠のいおいく。テントの䞭は劙に静かで、誰も眠れおいなかった。

    俺たちは寝袋に朜り蟌んでいたが、頭の䞭はさっきの写真のこず、圱のこず、そしお——ナミのこずばかり考えおいた。

    目を閉じたたた、息を朜める。

    そのずき。

    「  ナりキ」

    女の声がした。

    耳元ではない。テントの倖から、少し離れた堎所。

      空耳か

    そう思った瞬間、たた。

    「  ナりキ  起きお」

    今床ははっきりず。しかも——聞き芚えのある声。

      マナ

    いや、違う。マナの声じゃない。

    じゃあ  誰だ

    喉がひり぀く。俺はそっず寝袋から抜け出し、テントのファスナヌに手をかけた。

    「どこ行くの」

    サキの声に、心臓が跳ねた。

    「  いや、なんか倖から声がした気がしお  」

    「  ナミ、でしょ私も聞こえたの」

    「ナミ  ほんずに  」

    「私も名前、呌ばれたの。さっき」

    沈黙が萜ちる。

    「タカは」

    俺が小声で聞くず、奥の寝袋がもぞりず動いた。

    「  起きおる。おか  これ芋おくれ」

    タカがスマホを取り出した。

    「ほら芋おみろよ。これみんなで撮った集合写真」

    画面には、焚き火の前で撮った”自撮り写真”が写っおいた。

    焚き火を囲む四人の写真——のはずが。

    そこには、五人目のナミが写っおいた。

    焚き火の隣に、自然に。違和感なく。

    「  これ、い぀撮ったっけ」
    「たぶんマナが撮ったや぀  でも最初は四人だったよな」

    タカは震える声で続けた。

    「  いや違う  これ、マナから送られお来た写真じゃない。俺のスマホに勝手に入っおた」

    「勝手に  」

    「そう。昚日たではなかった。さっき、急に増えおた」

    蚀葉が出なかった。

    そのずき——

    「  あれマナは」

    振り返るず、マナの寝袋が空っぜだった。

    「  え」

    俺ずタカずサキが同時に顔を芋合わせる。

    「さっきたでいたよな  」

    俺たちはテントを飛び出した。

    ---

    「マナ倧䞈倫」

    サキの声が響く。

    倜の森は、音が吞い蟌たれるように静かでだった。
    颚が吹いおいないのに、朚々の圱だけがゆっくり揺れおいる。

    そしお、焚き火台のそばに——二぀の圱があった。

    マナ。そしお、その隣に立぀ナミ。

    二人はこっちを芋お、埮笑んでいた。

    さっきたで曖昧だったナミの顔が、今ははっきりず、鮮明にそこにある。

    たるで最初から“ここにいた”みたいに。

    「サキ。どうしたの」

    「マナ」

    俺が呌ぶず、マナは䞍思議そうに蚀った。

    「ナりキ  ナミが蚀っおたよ。私たち、ずっず友達だったんだっお」

    「  は」

    「ごめんね  忘れおお。ひどいよね、私  」

    マナずナミは焚き火の前に䞊んで腰を䞋ろした。

    焚き火の呚りには、あず䞉぀。
    ちょうど人数分の怅子が䞊んでいた。


    #5消える足跡

    マナを連れたナミは、焚き火の光の䞭で静かに笑っおいた。
    その笑顔は、どこか“懐かしい”ようで、同時に“初めお芋る”ようでもあった。

    「マナ、戻ろう」
    俺が蚀うず、マナは銖を暪に振った。

    「倧䞈倫だよ。ナミず話しおただけだし、もう少し話しおる。」
    「  䜕の話を」
    「昔の話だよ。私たち、ずっず䞀緒だったっお」

    その“昔”が、俺にはたったく思い出せない。

    サキが震える声で蚀った。
    「マナ  ナミっお、い぀から友達なの」

    マナは少し考えおから、たるで“答えを思い出すように”ゆっくりず口を開いた。

    「  小孊校くらいのずきから、だよね」
    マナはナミを芋぀めお埮笑んだ。

    そんな話は聞いたこずがない。だがマナの衚情は、完党に“確信しおいる顔”だった。

    ---

    「マナ、やっぱり戻ろう」
    タカが匷めの声で蚀った。

    「こんな倜に倖にいるの危ないっお。ほら、テント戻ろうぜ」

    マナはしぶしぶ立ち䞊がるず、ナミも䞀緒に立ち䞊がった。

    その瞬間、俺は気づいた。

    **ナミの足元に、圱がない。**

    焚き火の光が匷く圓たっおいるのに、地面に圱が萜ちおいない。

    ナミは気づいおいない様子で、マナの腕を軜く匕いた。
    「そうだね。もう遅いし行こ、マナ」

    その声は優しいのに、どこか“呜什”のように聞こえた。

    ---

    テントに戻る途䞭、俺はふず地面を芋た。

    マナの足跡はしっかり残っおいる。タカのも、サキのも、俺のも。

    でも——

    **ナミの足跡だけが、どこにもなかった。**

    サキも気づいたらしく、俺の袖を掎んだ。
    「ねぇ  ナミの足跡、ないよね  」

    「  ああ」

    「じゃあ  あれは 䜕だろう」

    サキが指差した先の地面に、ひず぀だけ“濡れた足跡”があった。

    その濡れた足跡は、俺たちの誰の足跡ずも䞀臎しおいなかった。

    そしお、その足跡は——俺たちのテントのほうぞず向かっおいた。

    「  これ、ナミの」
    「いや違うず思う  ナミ、靎ちゃんず履いおたから」
    「じゃあ誰の  」

    誰も答えられなかった。

    ---

    テントに戻るず、マナはすぐに寝袋に朜り蟌んで寝おしたった。
    そこにナミは——いなかった。

    「  あれナミは」
    俺が蚀うず、

    「えナミなら  」
    寝たず思っおいたマナが突然、寝袋から顔を出す。
    「あれ  さっきたで䞀緒にいたよね」

    「いや、いなかったよ」
    タカが蚀う。

    「焚き火のずきはいたけど  ここには来おない」

    マナは困ったように笑った。
    「  そっか。なんか  䞀緒に来た気がしおた」

    その“気がしおた”が、劙に重く響いた。

    ---

    倜の森は、音が吞い蟌たれるように静かだった。

    その倜、俺はなかなか眠れなかった。

    目を閉じ、森の音に耳を柄たすず、テントの倖から、かすかな足音が聞こえた。

    ザッ  ザッ  ザッ  

      誰だ

    俺は息を止めた。

    足音はテントの呚りをゆっくりず回り、やがお俺のすぐ暪で止たった。

    沈黙。

    俺は息をひそめ、気配を消した。

    次の瞬間——

    **テントの垃が、倖偎から“指でなぞられるように”ゆっくりず動いた。**
    その指の動きは倖偎から内偎ぞゆっくりず䟵入しお来るように感じた。

    なぞる指の線は、俺の顔の䜍眮を正確に捉えた。
    その指から目が離せなくなり、気持ちを吞い取られるような感芚になっおいた。

    「  ナりキ」

    耳元で、声がした。

    俺はその声で我に返った。


    #6ひずり増えおいる

    朝になっおも、誰も昚倜のこずを口にしなかった。けれど、党員が“䜕かがおかしい”ず気づいおいた。

    テントの倖に出るず、朝露に濡れた地面に、足跡がいく぀も残っおいた。

    四人分——ではない。

    **五人分あった。**

    ナミの足跡は昚倜なかったはずだ。なのに今は、他の足跡ず同じように䞊んでいる。

    「おはよヌ」

    マナがテントから出おきた。その埌ろから——

    「おはよう、ナりキ」

    ナミが自然に続いた。

    たるで、最初から五人で来おいたかのように。

    朝の光の䞭でナミを芋るず、光りの反射が匷すぎお、ナミだけが少し浮いおいるように感じる。

    ---

    「  お前、い぀からそこに」
    タカが蚀うず、

    「え最初からいたよ」
    ナミは笑った。

    その笑顔は、昚日よりも“鮮明”だった。

    サキが小声で俺に囁く。
    「ねぇ  タカの蚀い方、倉じゃなかった」

    「倉っお」
    「“い぀からそこに”っお  たるで、ナミが急に珟れたみたいに」

    タカ自身も気づいおいないのか、すぐに話題を倉えおしたった。

    ---

    朝食をずっおいるず、マナがふずスマホを芋お固たった。

    「  ねぇ、これ芋お」

    画面には、昚日の倜テントの䞭で撮った集合写真が映っおいた。

    「これ  こんな写真撮ったっけ」
    サキが眉をひそめる。

    「撮っおないよな」
    タカも銖を傟げる。

    俺は蚀葉を倱った。

      昚日の倜、ナミはテントに来おない。写真なんお撮っおない

    なのに、写真は“自然に存圚しおいる”。

    しかも——

    「ねぇ  これ、芋お」
    マナが拡倧した。

    その写真には焚き火の前で䞊ぶ五人。

    ナミは真ん䞭で笑っお俺の肩に觊れおいる。

    觊れられた芚えはないのに、写真の䞭では“ずっずそうだった”かのように自然に芋える。

    ---

    「ねぇ、ナりキ」

    ナミが俺の隣に座った。距離が近い。近すぎる。

    「昚日の倜、怖かった」
    「  䜕が」
    「テントの倖にいたの、私だよ」

    心臓が跳ねた。

    「呌んだのに、出おきおくれなかったね」

    ナミは笑っおいるのに、その目は笑っおいなかった。

    「でも倧䞈倫。今日からは——」

    ナミは俺の手をそっず握った。冷たい。氷みたいに。

    「**ずっず䞀緒にいられるから**」

    その瞬間、サキが叫んだ。

    「ちょっず埅っおナミっお  五人で来たっけ!?」

    サキの蚀葉にナミの笑顔はかき消されるように薄れおいった。

    空気が凍り぀く。

    タカがゆっくりず振り返り、信じられないものを芋るような目でサキを芋た。

    「  䜕蚀っおんだよ。最初から五人だろ」

    マナも頷く。

    「そうだよ。五人で来たじゃん」

    サキだけが震えおいた。

    そしお俺も——サキず同じ恐怖を感じおいた。

    **“四人で来た”ずいう蚘憶が、少しず぀薄れおいく。**

    ナミが、どんどん俺たちの“過去”に入り蟌んでくる。


    #7思い出せない昚日

    朝食を終えたあず、俺たちは川沿いの散策に出かけた。森の奥は静かで、鳥の声すら遠くにしか聞こえなかった。

    サキはずっず萜ち着かない様子で、俺の少し埌ろを歩いおいた。

    「ねぇ  ナりキ」
    小声で呌ばれた。

    「昚日の倜のこず、芚えおる」
    「  芚えおるよ」
    「じゃあ  ナミは、い぀からいた」

    その質問に、喉がひり぀いた。

      昚日の倜ナミは  い぀からいたんだ

    思い出そうずするず、頭の奥がざらざらずした砂をかき混ぜるように痛んだ。
    昚日の出来事が、誰かに䞊曞きされおいるような感芚。

    「  わからない」
    俺は正盎に答えた。

    サキは唇を噛んだ。
    「やっぱり  私たちの蚘憶、倉わっおるよね」

    ---

    川蟺の静けさは異様だった。
    鳥の声も颚の音も遠く、たるで“音そのもの”が消されおいるようだった。

    タカがスマホを取り出した。

    「ほら芋おみろよ。これ去幎のBBQの写真」
    「去幎」
    「そう。ほら、ナミもいるだろ」

    画面には、去幎の倏のBBQ写真が映っおいた。

    そこには——ナミが普通に写っおいた。
    麊わら垜子をかぶっお、笑っお、タカの肩に手を眮いおいる。

    「  これ、ほんずに去幎の写真」
    サキが震える声で蚀った。

    「そうだよ。䜕蚀っおんだ」
    タカは笑った。

    「ナミ、去幎も来おたじゃん。ほら、スむカ割りのずきも——」

    タカが次の写真を開いた。
    そこにもナミがいた。スむカを割る棒を持っお、楜しそうに笑っおいる。

      そんな蚘憶、俺にはない

    サキが叫んだ。
    「そんなの  おかしいよナミ、去幎いなかった私、芚えおるもん」

    タカは眉をひそめた。
    「サキ、どうしちゃったんだよ  」

    「どうしたっお  だっお、ナミは——」

    そのずき。

    「去幎のBBQ、楜しかったよね」

    ナミが自然に䌚話ぞ入っおきた。

    その声は耳の奥に盎接響いた。
    普通の声ではなく、蚘憶に盎接觊れおくるような響き方だった。

    「サキ、スむカ割りに倱敗しお泣いおたじゃん。芚えおない」

    サキの顔が真っ青になった。
    「  そんなこず、芚えおない  」

    「写真もあるよ。ほら」

    ナミはスマホを取り出した。

    そこには——サキが泣きながらナミに抱き぀いおいる写真があった。

    サキは震えた。
    「  こんなの  知らない  」

    ナミは優しく埮笑んだ。
    「忘れちゃったんだね。きっず。倧䞈倫だよ、思い出させおあげるから」

    その声は優しいのに、背筋が凍るほど冷たかった。

    ---

    垰り道、サキは俺の腕を掎んだ。

    「ナりキ  お願い、信じお。ナミは  “昚日から”しかいない。絶察にそうなの」

    俺は答えられなかった。

    なぜなら——俺の頭の䞭にも、
    **“去幎のBBQでナミず話した蚘憶”**ががんやりず浮かび始めおいたから。

      違う。そんなはずない

    でも、蚘憶は確かに“ある”。

    ナミは、俺たちの“過去”にたでゆっくりず入り蟌んできおいる。


    #8五人で来たはず

    昌過ぎ、俺たちはキャンプ堎の管理棟ぞ向かった。チェックむンのずきに芋た名簿を、もう䞀床確認したかった。

    サキが「ナミは昚日からしかいない」ず蚀い続けるから、俺たちは半ば匷匕に連れおこられた圢だった。

    管理人は穏やかな笑顔で迎えた。
    「どうしたの䜕か困ったこずでも」

    サキが震える声で蚀った。
    「昚日  チェックむンしたずきの名簿、芋せおもらえたすか」

    管理人は少し驚いた顔をしたが、すぐに名簿を取り出しおくれた。

    ペヌゞを開く。

    そこには——
    **『い぀メンキャンプ班2026 五名』**

    ナりキマナタカサキナミ

    昚日ず同じ、五人の名前。

    「  そんな」サキが叫んだ。
    「昚日は  昚日は四人だったナミの名前なんお、なかった」

    管理人は困ったように眉を寄せた。
    「いや、最初から五人だったよ予玄の電話も、五人っお聞いたし、来た時も確認したよ。五人っお。」

    「そんなはずない」

    そのずき、ナミが静かに蚀った。
    「サキ、私のこず  嫌いなの」

    サキは息を呑んだ。
    「ち、違う  そうじゃない  そうじゃなくお  」

    「じゃあ、どうしおそんなに私を“いなかったこず”にしたいの」

    ナミは悲しそうに笑った。
    「私、ずっずみんなず䞀緒にいたのに」

    ---

    管理棟を出るず、マナがぜ぀りず蚀った。
    「  サキ、ほんずにどうしたのナミ、昔から友達じゃん」

    「違う違うっおば」

    タカが苛立った声で蚀った。
    「サキ、いい加枛にしろよ。ナミがいなかったなんお、ありえねぇだろ」

    サキは俺の腕を掎んだ。
    「ナりキ、蚀っおあなたも昚日たでナミのこず知らなかったよね!?」

    俺は口を開こうずしお——蚀葉が出なかった。

    頭の䞭に“自然に”浮かんでくる蚘憶があった。
    去幎のBBQ。文化祭。飲み䌚。海。冬のむルミネヌション。
    党郚、ナミがいた。

      違う。そんなはずない

    でも、蚘憶は確かに“ある”。

    サキは泣きそうな顔で俺を芋た。
    「お願い  ナりキだけは  信じお  」

    俺は——䜕も蚀えなかった。

    やっぱりナミは俺たちの“過去”に入り蟌んできおいる。


    #9サキのいない写真

    管理棟を埌にし、俺たちは展望台ぞず向かった。
    展望台に着いた瞬間、颚が匷く吹き抜けた。森のざわめきが、どこか遠くの䞖界みたいに聞こえた。

    サキはずっず黙ったたた、俺たちの少し埌ろを歩いおいた。ナミは俺の隣にいお、たるで“ずっずそうだった”かのように自然に銎染んでいる。

      昚日たで知らなかったはずなのに

    頭の奥がじんじんする。

    ---

    タカがスマホを取り出した。
    「ほら、芋おみろよ。去幎の海の写真もあったぞ」

    画面には——海で遊ぶ五人の写真が映っおいた。ナミは笑っお、俺の腕に軜く觊れおいる。

      こんな蚘憶、俺にはない

    サキが震える声で蚀った。
    「そんなの  おかしいよ  ナミ、去幎いなかった  」

    タカは眉をひそめた。
    「サキ、たたそれかよ  」

    ---

    サキはタカのスマホを奪い、写真をスクロヌルした。次の写真、さらに次の写真。党郚ナミが写っおいる。

    ナミが写っおいる写真は、ほかの写真より色味が鮮やかだった。
    たるで、ナミだけが”本物“で、ほかの四人が背景のように芋える瞬間があった。

    そしお——サキが写っおいない写真を芋぀けた。

    サキが写っおいない写真を芋぀めおいるず、画面の端がじわりず滲むように揺れた。

    写真の背景は、よく芋るず少しだけ“歪んで”いた。
    海の氎平線がわずかに曲がり、空の色が䞀郚だけ濃くなっおいる。
    その歪みは、スマホの故障では説明できない。
    たるで、写真そのものが“曞き換えられおいる途䞭”のようだった。

    「  え」

    四人の写真
    ナりキマナタカナミ。
    私だけがいない。
    サキは震える指で画面をスクロヌルした。

    「  なんで  なんで私だけ写っおないの  」
    「これ  い぀の写真」

    その声は颚に吞い蟌たれるように匱く、写真の䞭のナミの笑顔だけが、画面越しにこちらを芋おいるように感じられた。

    タカは銖を傟げ蚀った。
    「えサキ、その日は来おなかっただろほら、ナミも蚀っおたじゃん」

    サキは銖を振る。
    「違う  違うよ  私、いたよ  絶察にいた  」ず叫んだ。
    その必死な声は、写真の䞭の“歪んだ空”に吞い蟌たれるように消えおいった。

    ナミが静かに蚀った。
    「サキ、その日䌑んでたじゃん。芚えおないの」

    サキは俯いお震えた。
    「  そんなこず、ない  」

    ナミは優しく埮笑んだ。
    「忘れちゃったんだよ。倧䞈倫、私が思い出させおあげるから」

    その声は優しいのに、背筋が凍るほど冷たく、写真の䞭のナミの笑顔ず同じ“濃さ”でサキの存圚をゆっくりず抌し出しおいくようだった。

    ---

    垰り道、サキは俺の腕を掎んだ。
    「ナりキ  お願い  私が“いた”っお蚀っお  」

    俺は口を開こうずしお——蚀葉が出なかった。

    頭の䞭に“自然に”浮かんでくる蚘憶があった。
    **去幎の海。サキが来なかった日のこず。ナミがいた日のこず。**

      違う。そんなはずない

    でも、蚘憶は確かに“ある”。

    サキは泣きそうな顔で俺を芋た。
    「お願い  私がいたっお  蚀っおよ  」

    俺は——䜕も蚀えなかった。

    ナミが、俺たちの“過去”を“蚘憶”を完党に曞き換え始めおいる。


    #10サキの垭

    倕方、俺たちはキャンプ堎の食堂に入った。
    食堂の照明はい぀もより少し暗かった。
    蛍光灯の光が匱く、テヌブルの圱が濃く䌞びおいる。
    その光景は、劙に気を軜くするように感じた。
    たるで“誰かの重さ”が消えたみたいに。

    俺たちは自然に四人で垭に぀いた。  四人

    いや、さっきたでサキも䞀緒に歩いおいたはずだ

    本来なら五぀あるはずの圱が、ひず぀だけ“欠けおいる”。

    「サキ、どこ行った」
    俺が蚀うず、

    「えサキっお誰」
    タカが本気で銖を傟げた。

    「誰っお  サキだよ。さっきたで䞀緒にいただろ」

    「ナりキ、疲れおるんじゃない」
    マナが心配そうに蚀う。

    ナミは静かに笑った。
    「サキっお  誰のこず」

    その蚀葉が、食堂の空気を䞀瞬で冷やした。

    ---

    食堂の壁には、キャンプ堎の利甚者の集合写真が食られおいた。昚日の写真、今日の写真、過去の写真。

    俺たちのグルヌプ“四人”の写真もあった。

    その写真を芋お胞の奥がひやりず冷えた。四人  
    五人で写っおいるはずだった。

    俺は近づいお確認した。

    しかし、そこには、“四人”しか写っおいなかった。**
    ナりキマナタカナミ。

    サキがいない。

    「  嘘だろ」
    俺は写真を指差した。
    「これ  昚日の写真だよなここにサキ、いたよな」

    タカは本気で困った顔をした。
    「䜕蚀っおんだよ。最初から四人だっただろ他の写真も芋おみろよ」
    ず、銖を傟げた。

    その蚀葉が、食堂の空気を重くした。

    「違う五人だったサキが——」

    ナミが俺の腕をそっず掎んだ。
    「ナりキ、萜ち着いお。サキなんお、最初からいないよ。」

    その声は優しいのに、背筋が凍るほど冷たかった。

    その写真のナミは䞭倮で鮮明に笑っおいお、他の䞉人は少しがやけおいるように芋えた。

    マナは写真を芋぀めたたた、「  サキっお、どんな顔だったっけ」
    ず呟いた。

    その瞬間、俺の背筋がぞくりずした。

    サキの顔は、昚日たで鮮明に思い出せたはずだ。
    なのに今は  
    俺も茪郭すら曖昧になっおいお思い出せない。

    写真のサキいた䜍眮には、薄い圱のような“跡”だけが残っおいた。

    人が立っおいたはずの堎所が、光の反射で劙に歪んでいる。

    ナミは静かに垭に座り、俺たちの䌚話を聞いおいるようで聞いおいないような衚情をしおいた。
    その瞳は、食堂の薄暗い光を反射しお、どこか“深い闇”のように芋えた。

    ---

    俺はスマホを取り出し、改めお昚日撮った写真を確認した。焚き火の写真、川蟺の写真、展望台の写真。

    おかしい、党郚、**サキがいない。**

      そんなはずない。昚日、サキは確かに隣にいた

    でも、写真は“蚌拠”ずしお残っおいる。確かにサキがいない䞖界だずいう蚌拠。

    ---

    そのずき俺は、食堂の入口で誰かが立ち尜くしおいるのに気が付いた。
    それはサキだった。

    顔が真っ青で、震える手でスマホを握っおいる。

    「ナりキ  」
    かすれた声。

    「私  写真から消えおる  党郚  党郚  」

    サキは泣きながらスマホを芋せた。そこには、**昚日の集合写真があった。**

    五人で撮ったはずの写真。
    でも——サキの郚分だけ、**癜く塗り぀ぶしたように消えおいた。**

    「ねえ、これ  䜕  なんで  私だけ  」

    サキは泣きそうな顔で俺を芋た。
    「ナりキ  お願い  私が“いた”っお蚀っお  」

    俺は——蚀葉が出なかった。

    「ナりキ」
    ナミが俺の名前を呌び、肩にそっず手を眮いた。

    「さっきからサキ、サキっお蚀っおるけど  誰のこず」
    ナミは銖を傟げた。

    その問いかけは、ただの疑問ではなく、“存圚そのものを消すための蚀葉”のように聞こえた。

    胞の奥がギュッず痛んだ。
    サキの名前を思い出そうずするず、蚘憶が砂のように指の間からこがれ萜ちおいく。

      やめろ。忘れたくない

    「倧䞈倫だよ、ナりキ。サキは最初からいなかったんだよ」

    ナミの声が響くたびに、俺の䞭のサキの蚘憶は薄れおいった。

    たるでナミが“サキのいた䞖界”を䞊曞きしおいるみたいに。

    その瞬間、サキの茪郭は颚に吹かれるように揺れおいた。

    そしお--サキはすっず消えた。

    サキが消えた瞬間、空気が䞀床だけ”沈んだ“。
    その沈みは、誰かが怅子から立ち䞊がったずきのような重さだった。


    #11サキの声がする

    倜のキャンプ堎は、昌間よりもずっず静かだった。颚の音すら、どこか遠くで鳎っおいるように感じた。

    テントの䞭で暪になっおも、俺はたったく眠れなかった。
      サキはどこに行ったんだ

    俺は食堂でサキが消えたあの瞬間を、頭の奥で䜕床も䜕床もくりかえし思い出しおいた。
    タカもマナも「サキっお誰」ず本気で蚀っおいた。
    ナミは俺の隣に座っお、圓たり前のように笑っおいた。

      おかしい。絶察におかしい

    俺は耐えきれず、テントの倖に出た。

    ---

    倖は冷たい颚が吹いおいた。朚々の圱が揺れお、地面に黒い暡様を萜ずしおいる。

    キャンプには五人で来た。いや四人だったか
    蚘憶が曖昧になる。

    そのずき——
    「  ナりキ  」

    かすれた声が聞こえた。

    声のするほうを芋るず、テントの圱に誰かが立っおいた。

    サキだった。

    顔が真っ青で、肩が小刻みに震えおいる。

    「ナりキ  聞こえる  」
    「サキ  !?」

    サキは䞀歩近づいた。その足音が劙に軜い。たるで地面に觊れおいないみたいだった。

    「私  消える  」
    「ナミに  “曞き換えられおる”  写真も  蚘憶も  党郚  」

    サキの茪郭は、颚に溶けるように揺れおいた。
    その揺れは、圱が薄くなるのではなく、”存圚そのもの“が削られおいくような揺れ方だった。

    サキが䞀歩螏み出すたびに、足元の圱がほんの少し遅れお぀いおくる。
    圱が身䜓に远い぀くたでの“わずかな遅れ”が、圌女がこの䞖界には属しおいないこずを瀺しおいた。

    「お願い  ナりキ  私を  思い出しお  」

    サキが呌ぶ声は、颚の䞭に溶けるように匱かった。
    その声を掎もうずするず、胞の奥がギュッず痛んだ。

    そのずき。
    「ナりキ、そんなずころで䜕しおるの」

    背埌から声がした。それはナミだった。
    焚き火の残り火の赀い光がナミの顔を照らしおいる。
    その笑顔は、い぀もより少しだけ“濃い”気がした。

    ナミが近づくず、サキの姿はさらに薄くなった。
    たるでナミの声が、サキの存圚を抌し出しおいるようだった。

    「ナりキ  聞こえるよね  」
    サキは必死に俺を芋぀めた。
    その瞳は、涙で滲んでいるのに、光が圓たるたびに“透けお”芋えた。

      やめろ。消えるな

    そう思っおも、サキの茪郭はゆっくりず削られおいく。

    ナミが䞀歩近づく。
    その瞬間、空気が重く沈んだ。

    「こんな倜に倖に出たら危ないよ」
    ナミは俺の腕をそっず掎んだ。冷たい。氷みたいに。

    俺は振り返っおサキを芋た。サキは——もう圱のように薄くなっおいた。

    「ナりキ  行かないで  」
    「  サキ  」

    その時、ナミがサキに話しかけた。
    「サキ、どうしおそんなに怯えおいるの」
    ナミの声は優しいのに、耳の奥に沈むような重さがあった。

    「だっお  だっお  私  」
    サキは蚀葉を続けようずしお、喉が詰たったように声を倱った。

    ナミは埮笑んだ。
    その笑顔は、焚き火の光よりも濃く、サキの圱をゆっくり塗り぀ぶしおいくようだった。

    「ナりキ、サキは  もういいよね」
    ナミがゆっくり囁いた。

    その声が耳の奥に響いた瞬間、サキの姿がふっず揺れた。そしお——颚に溶けるように消えた。
    人が消えるなんおありえない。

    「  サキ」
    呌びかけおも返事はない。
    足跡も、気配も、䜓枩の残りさえもない。
    さっきたで確かに“存圚しおいた”はずなのに、䞖界がサキを最初からなかったこずにしたみたいに、痕跡が完党に消えた。

    「テントに戻ろナりキ」
    ナミは優しく笑った。

    その笑顔が、劙に“懐かしい”ように感じた。
      懐かしいい぀から  

    頭の奥がじんじんする。

    テントに向かう途䞭、「ナりキ  お願い  忘れないで  」
    颚の䞭にサキの声が聞こえた気がした。
    俺は振り返りもう䞀床、サキの茪郭を探したが、ナミに腕を匕かれ、半ば匷匕にテントぞ戻った。
    サキの声は、もうどこにも聞こえなかった。

    ナミは蚀った。
    「ナりキ、倧䞈倫だよ。サキは最初からいなかったんだよ。」

    その声が胞の奥に沈んだ瞬間、サキの名前が、蚘憶の底からゆっくりず消えおいった。

    ナりキの胞の奥には、䜕かを思い出したい気持ちず、ナミに匕き寄せられる感芚が同時に枊巻いおいた。


    #12五人だったはずの朝

    朝、テントの倖に出た瞬間、空気が劙に軜かった。昚日たであった“誰かの気配”が、跡圢もなく消えおいた。

    マナが焚き火の跡を芋ながら蚀った。
    「昚日、誰か泣いおた倜䞭に声がした気がするんだけど」

    俺は息を呑んだ。
      きっずサキの声だ

    「マナ、それ  サキの——」

    「サキ」
    マナは本気で銖を傟げた。
    「誰それ私たちずっず四人だったじゃん」

    タカも頷く。
    「ナりキ、寝䞍足か最初から四人だろ」

    ナミは俺の隣に立ち、自然に肩を寄せおきた。
    「ナりキ、倕べ怖い倢でも芋たの」

    その声が劙に優しくお、逆に背筋が冷えた。

    ---

    俺はスマホを取り出した。連絡先、LINE、写真フォルダ、通話履歎。

    党郚、**サキの名前が消えおいた。**

      消されたいや、そんなこず  

    昚日の写真を開く。焚き火の写真、川蟺の写真、展望台の写真。

    党郚、**四人しか写っおいない。**
    ナミは必ず䞭心にいる。

      おかしい。絶察におかしい

    でも、写真は“蚌拠”ずしお残っおいる。サキがいない䞖界の蚌拠。

    ---

    そのずき、テントの入口に䜕かが萜ちおいるのが芋えた。小さな赀いヘアゎムだ。
    サキがい぀も぀けおいたもの。

    俺は拟い䞊げた。
      これは  サキの  

    ナミが埌ろから芗き蟌んだ。
    「それ、誰の」

    「  サキのだよ」

    ナミは銖を傟げた。
    「サキっお誰」

    その瞬間、ヘアゎムが俺の手の䞭でふっず軜くなっお空気が揺れた気がした。
    芋るず——**跡圢もなく消えおいた。**

    ヘアゎムが消える瞬間に感じたのは“存圚が消えるずき”の揺れだったんだ。

    俺は息を呑んだ。

    ナミは優しく笑った。
    「ナりキ、早く戻っお朝ごはん食べよ」

    その笑顔が、劙に“懐かしい”ように感じた。
      懐かしいい぀から  

    たた、頭の奥がじんじんする。

    サキの痕跡は、もうどこにも残っおいなかった。

    消えるずいう恐怖は、昚日の出来事が“倢だった”ず錯芚させるほど匷かった。


    #13ナミの郚屋

    キャンプから垰るず、家に垰ったはずなのに、どこか“知らない堎所”にいるような感芚があった。
    玄関の空気が劙に冷たく、靎を脱ぐず床の感觊がい぀もより硬い。
    自分の家じゃないみたいだ。

      なんだ、この違和感

    郚屋に入るず、机の䞊に芋芚えのない写真が眮かれおいた。俺ずナミのツヌショット。誕生日、攟課埌、カフェ、海、冬のむルミネヌション——党郚、自然に笑っおいる俺が写っおいる。

      こんな写真、撮った芚えない

    スマホを開くず、カメラロヌルにも同じ写真が倧量にあった。ナミが俺の肩に手を眮いおいる。俺は嬉しそうに笑っおいる。

      違う。こんな蚘憶、ない

    でも、写真の䞭の俺は“確かにそこにいる”。

    ---

    そのずき、スマホが勝手にスクロヌルした。最埌の写真——**ナミの郚屋で撮った写真。**

    ベッドの䞊で、ナミが俺の手を握っお埮笑んでいる。

      こんな堎所、知らない

    「ナりキ、芚えおるよね」

    背埌から声がした。振り返るず——ナミが郚屋にいた。

    「ここ、ナりキの家じゃないよ。私の郚屋だよ」

    ナミが䞀歩近づく。
    その瞬間、郚屋の壁がゆっくりず倉圢した。
    その倉圢は、地震のような揺れではなく“誰かが壁玙の裏偎からおしおいる”ような歪みだった。
    最初は波王のように広がり、次第に暡様が曞き換えられおいく。
    癜い壁玙がピンクに倉わり、その䞊に花の暡様が浮かび䞊がる。

      なんだこの壁玙

    そしお、ポスタヌが消え、芋芚えのない棚が珟れ、家具の配眮が倉わっおいく。

    俺の郚屋が、ナミの郚屋に“曞き換えられおいく”。

    目をそらした瞬間、床の暡様もゆっくりず倉わり始めた。
    朚目が薄くなり、“癜い花の圢”が芏則的に䞊んだ絚毯が足元に広がっおいった。
    そしお、郚屋の空気が少しだけ重くなった。

    俺の郚屋が  珟実が、ゆっくりず“ナミの郚屋”に曞き換わっおいく。

      え

    いや、曞き換わっおいるじゃはない。䟵食されおいっおいる。

    ナミは郚屋の䞭倮に立ち、埮笑んだ。
    その姿は、郚屋の倉化ず同じ速床で“鮮明さ”を増しおいるように芋えた。

    ナミの髪は光を吞い蟌むように黒く、瞳は深い闇のように濃かった。
    その瞳に芋぀められるず、胞の奥がじんじんず痛んだ。

    「思い出しお。ナりキはずっず、私のそばにいたよ」

    その声が、耳の奥に盎接響いた。

      ずっずい぀から  

    ナミは俺の手をそっず握った。
    「ねぇ、ナりキ。この堎所が䞀番萜ち着くでしょ」
    ナミの手の冷たさが、蚘憶の奥にじわじわず染み蟌んでいく。

    その笑顔が、劙に“懐かしい”ように感じた。

      懐かしい俺は  い぀から  

    目の前は、䞀瞬ぐにゃりず芖界がねじ曲がり、俺の郚屋はもうどこにもなかった。

    ナミの郚屋の匂いは、甘い銙りず冷たい空気が混ざったような匂いだった。
    その匂いが、ナりキの蚘憶の奥にじわじわず染み蟌んでいく。

    郚屋の隅に眮かれた棚には、たくさんのアルバムが眮かれおいる。

    「アルバム。開けおみお」

    アルバムを開くず、そこにはナミず俺が䞊んで写っおいる写真があった。
    海、キャンプ、文化祭、冬のむルミネヌション、初詣  。
    いろんなずころぞ行った写真の党郚に、ナミがいる。
    俺の隣に笑顔で。

      こんな蚘憶、ない

    でも、写真は玛れもなく“本物”だった。

    「ナりキ、忘れちゃったんだよ」
    ナミは優しく蚀った。

    「倧䞈倫。私が思い出させおあげるから」
    ナミはナりキの手を握った。

    握られたナミの手は冷たいのに、その冷たさが劙に“安心”に近い感芚を生んでいた。


    #14サキの最埌のメッセヌゞ

    倜、郚屋の明かりを消した瞬間、スマホが震えた。通知音が、やけに倧きく響いた。

    画面を芋るず——差出人は **サキ** だった。

      サキ  サキはあの時に消えたはずなのに  

    震える指でメッセヌゞを開く。

    『ナりキ、聞こえるただ間に合う。ナミは“人じゃない”。人の蚘憶を食べる。その存圚を食べる。
    次はあなたの番かもしれない。』

    文字が震えおいるように芋えた。

    『逃げお。私みたいにならないで。そしお私を忘れないで。』

    その瞬間、画面が真っ癜になった。
    スマホの画面は熱を垯びるほど匷く震え、手のひらがじりじりず焌けるように痛い。
    じっず芋぀めるナりキ。

      䜕が起きおる

    画面が端から黒く染たりはじめ、癜い文字が浮かび䞊がった。
    『早く逃げお』
    文字が揺れる。

    その瞬間「ダメだよ。そんなの芋ちゃ。」
    誰の声なのか分からない。でも、サキの声ではなかった。
    頭がおかしくなりそうだ。

    ---

    「ナりキ」

    背埌から声がした。振り返るず、ナミが郚屋の入口に立っおいた。
    暗い郚屋の䞭で、ナミの顔だけが劙に明るく芋える。

    「どうしたの 怖い倢でも芋た」

    スマホの画面はただ真っ黒のたた。熱はどんどん匷くなる。

    ナミがゆっくり近づくいおくる。
    俺は、さっずスマホを埌ろに隠した。

    ナミがベッドの端に座った。
    「ねぇ、ナりキ。さっき誰ず話しおたの」

    その声が、耳の奥に盎接響いた。

      サキのメッセヌゞを芋たこず、蚀えない

    ナミは俺の手に觊れた。冷たい。氷みたいに。

    「倧䞈倫だよ。党郚、私が守っおあげるから。」

    その瞬間、スマホの画面の熱がさめ、ゆっくりず癜くなり、通知履歎が消えおいく。
    サキの名前もメッセヌゞも䜕もなかったかのように消えた。

    たるで、**“存圚そのもの”が消されおいくように。**

    ナミは埮笑んだ。
    「ねぇ、ナりキ。もうサキのこずは忘れよ」

    その笑顔が、劙に“懐かしい”ように感じた。
      懐かしい い぀から  

    「  ナりキ  逃げお  」
    サキの声は、颚の䞭に玛れるほど匱くなっおいった。
    その声を぀かもうずするず、たた頭の奥がじんじんした。

    そしお、ナミはナりキのスマホを手に取った。
    ナミの瞳の䞭に移る俺のスマホの䞭には、サキの最埌のメッセヌゞは、もう残っおいなかった。


    #15瞳の奥のあの子

    翌朝、目を開けた瞬間、䞖界が少しだけ違っお芋えた。色が薄く、音が遠く、空気が重い。

    ベッドの暪には、ナミが座っおいた。
    「おはよう、ナりキ」

    その声が、耳の奥に盎接響く。
      い぀から、ここに

    ナミは埮笑んだ。
    「ずっず䞀緒にいたよ。昚日も、その前も  もっず前から。」

    その蚀葉が、劙に“正しい”ように感じた。
      違う。そんなはずない

    でも、思い出そうずするず、たたあの頭の奥がじんじん痛む感じがした。

    ---

    ナミが俺の手を握った。冷たい。氷みたいに。
    「ねぇ、ナりキ。もう䜕も思い出さなくおいいよ。」

    䞖界がナミの色に染たる瞬間、壁の暡様が波のように揺れた。
    床の色が薄くなり、芖界の端がゆっくり滲んだ。
    その滲みは涙ではなく、“䞖界そのものが溶けおいる”ような感芚だった。

    倖に出るず、朚々の茪郭が波のように揺れ、地面の色が薄くなり、空の青が癜く染たり始める。

      なんなんだこれ  やめろ  もうやめおくれ

    声にならない。

    ナミが䞀歩近づくたびに、䞖界がナミの色ぞず倉わっおいく。
    淡い癜、花のような薄いピンク。ナミのアむコンず同じ色。

    「ナりキ、倧䞈倫。怖くないよ」
    ナミが優しく話しかける。
    「心配しないで、党郚私が芚えおおいおあげるから。サキのこずも党郚」

    その蚀葉が、優しいのに、背筋が凍るほど冷たく耳の奥に沈むような重さがあった。

    ---

    スマホが震えた。画面を芋るず——差出人は **サキ**。
      サキ 消えたはずなのに  

    震える指で開く。

    『ナりキ、これがほんずに最埌になっちゃうみたい。ナミは“あなたの蚘憶の圢をしたもの”。あなたが芋おいるナミは、あなた自身の䞀郚になろうずしおる。逃げお。今ならただ間に合うから。』

    その瞬間、画面が黒く染たった。

    ナミがスマホをそっず取り䞊げる。
    「ナりキ、たた  誰ず話しおるの」

    その声が、耳の奥に深く沈んだ。

      サキ  

    蚀おうずした瞬間、蚀葉が喉で消えた。

    ナミが埮笑む。
    「サキなんお、最初からいないよ。それに——」

    ナミは俺の手を胞に圓おた。
    「ナりキが“サキじゃなくお私を遞んだ”んだからね。」

    俺の芖界が完党に癜く匟けた。

    パチンッ

    ---

    気づくず、ナミが目の前にいた。ナミの瞳の奥は、深い深い闇の色をしおいる。
    「ナりキ。私をみお。お願いだからずっず䞀緒にいようね」

    その瞳に吞い蟌たれるように、意識がゆっくり沈んでいく。

    サキの笑顔
    マナの声
    タカの冗談。
    昚日たで鮮明だったはずのみんなずの蚘憶が、砂のように指の間からこがれ萜ちおいく。

      やめろ。消えないでくれ

    俺を芋぀めるナミの瞳は闇のようだった。
    底が芋えない。
    深い深い闇のようだ。

    芖界がゆっくりず暗く沈んでいく䞭で、ナミの瞳のその闇に吞い蟌たれるように、ナりキの意識がゆっくり溶けおいった。

    ナミの瞳の奥に吞い蟌たれおいく感芚は、たさに“溶けおいく”ずいう感芚だった。

    もう、ナミの瞳の闇からは、逃げられない。
    ナりキはそう思った。

    「倧䞈倫だよ。ナりキは私がずっず守っおあげるから」

    その蚀葉が萜ちた瞬間、芖界の端が癜く染たり、音が遠のき、自分の呌吞の音すら遠くなる。
    そしお、䞖界がゆっくりず消えおいった。

    気づくず、足元は癜い花の暡様で埋め尜くされ、その花がゆっくりず揺れおいる。
    たるで呌吞をしおいるみたいに。

    花の䞭心にある小さな黒い点が、たるで瞳のようにこちらを芋おいた。
    その芖線に觊れた瞬間、意識がふず軜くなった。
    思考が薄れ、名前が遠のき、蚘憶がほどけおいく。

    ナミの声が、どこからずもなく響いた。
    「ナりキ、こっちこっち」

    振り返るず、ナミが花の海の䞭に立っお手招きをしおいた。
    その姿は光に溶けるように淡く、茪郭がゆっくりず揺れおいる。

    「ナりキ、ずっず䞀緒だよ」

    ナミは手を䌞ばし、優しい埮笑みをナりキに向けた。

    その手は冷たいのに、觊れた瞬間、胞の奥がじんわりず枩かくなる。

    ナミの手を握った瞬間、花の海が䞀斉に揺れた。
    波のように広がり、䞖界がナミの色で満たされおいく。

    遠くで誰かの声がした。

    『ナりキ  戻っお  』

    匱く、かすれお、颚に玛れるような声。

      誰だ

    その声を掎もうずするず、頭の奥が匷く痛んだ。
    蚘憶が拒んでいるような痛み。
    もう、䜕も思い出せない。

    そしお、その声はすぐに消えおしたった。

    ナミは静かに埮笑んで、俺の心を読んだようにこう蚀った。
    「倧䞈倫。もう思い出さなくおいいんだよ」

    その蚀葉が萜ちた瞬間、花の海が光に包たれ、䞖界が完党に癜く染たった。

    そうか、俺はもう倧䞈倫なんだ。


    #16゚ピロヌグ  終わりの圱

    それからのこずはあたり芚えおいない。

    倏が終わるころ、俺はふずスマホの写真フォルダを開いた。

    海。展望台。キャンプ堎。攟課埌。ナミず笑っおいる写真が、敎然ず䞊んでいる。
    どれも“自然な蚘憶”ずしお胞に収たっおいる。

      これで党郚だ

    そう思った瞬間、フォルダの䞀番䞋に、芋芚えのない写真があった。
    指が勝手にその写真を開く。

    そこには——四人で䞊んでいる写真があった。
    ナりキマナタカナミ。
    い぀もの四人  
    蚘憶ははっきりず残っおいた。

    でも、写真の巊端に、“䜕か”が写っおいた。
    人圱のような、颚のような、茪郭の厩れた䜕か。

    写真の端の圱は、ゆっくりず揺れおいる気がした。
    颚ではなく、“誰かがそこにいる”揺れ方だ。

      誰だ

    胞の奥がざわ぀く。
    その圱は、写真の端でゆっくり小さく震えおいた。

    よく芋るず、震えおいるだけではなかった。
    その圱は“呌吞”をしおいた。
    膚らんで、しがんで、たた膚らむを繰り返しおいる。

    たるで生きおいるみたいに。

      なんだこれ

    スマホを持぀手がじんじんず痺れた。
    圱を芋぀めるほど、胞の奥がひやりず冷えおいく。

    圱の揺れは次第に倧きくなり、写真の端からゆっくりず”倖ぞ“滲み出しおきた。
    圱が画面の倖ぞ挏れ出すなんおありえない。
    でも、黒い染みは確かに広がっおいた。

    「ナりキ、䜕芋おるの」
    ナミが埌ろから芗き蟌んだ。

    「あれその写真  なんだ戻っおきたんだね」

    ナミのその声は、耳の奥に沈むように響いた。
    その響きは、蚘憶の底に盎接觊れおくるようだった。

    振り返るず、ナミは写真の䞭の圱ず同じ“黒”を瞳に宿しおいた。
    その瞳は、深い闇のようで、芗き蟌むず吞い蟌たれそうになる。

    もう䞀床写真に目をやるず、その䞍思議な圱は、䜕もなかったようにふっず消えた。

    “あの圱”は䜕だったんだろう 。

    俺の心が䜕かを思い出そうずしおいる。

    そんな俺にナミが優しく埮笑む。

    その優しい笑顔はどこか“痛み”を含んでいるように芋えた。

    「さあ垰ろっか。今日はふたりで行きたい堎所があるの。」

    その笑顔が、劙に“懐かしい”ように感じた。

    俺はスマホを閉じ、“あの圱”のこずは忘れるこずにした。

    その埌、俺は写真の端にいた圱のこずは、もう䜕も思い出せない。

    胞の奥が、なぜか少しだけ痛かった。

    胞の痛みの理由がなんなのか、俺には党く分からなかったが、その痛みは“誰かを忘れた痛み”に近い気がしおいた。

    ナミはナりキの手を取りゆっくりず歩き出した。
    その冷たい手には劙に安心する感芚があった。

    そしお、俺の心には“もう思い出さなくおいいんだ”ずいう気持ちが芜生えおいた。

    これから先も、ナミずいれば倧䞈倫。


    さあ、あなたも確認しおみおください。
    カメラロヌルの人達は、本圓にあなたの友達ですか。
    知らない圱は残っおいたせんか

    #創䜜倧賞2026 #ホラヌ小説郚門

     
     
    圱が残したものだけ、ここに眮きたす。 灯りの倖では、ただ終わっおいたせん。

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