
スペースX「独走」では困る──NASAがマスクとベゾスを“あえて”競わせる本当の理由
2027年、4人の宇宙飛行士が地球低軌道で2機の月着陸船と続けてドッキングする。
片方はブルーオリジン。もう片方はスペースX。
そして結合中、飛行制御の主導権が一方から他方へ渡される。
人類の有人宇宙飛行史に前例のない飛行だ。
これはNASAが偶然たどり着いた計画ではない。
1社に依存した結果、月着陸そのものが人質になった。その反省から設計された「二重化」の実装である。
目次
第1章 なぜ「Artemis III」は月へ行かなくなったのか
第2章 2026年2月27日、計画変更が決まった日
第3章 アイザックマン長官という変数
第4章 Artemis IIは成功していた──2026年4月の10日間
第5章 新Artemis IIIの全体像
第6章 打ち上げ順序──3機のヘビーリフトが短期間に並ぶ
第7章 ブルーオリジン側の試験機は「Mark 2」である
第8章 ロイター能力は「最大30日」
第9章 オリオンとの結合──側面ドッキング
第10章 スペースX側の試験機──Starship V3にドッキングアダプター
第11章 最大の技術的見どころ「制御権の移管」
第12章 なぜ制御権の移管が重要なのか──統合機体を安全に動かす試験
第13章 宇宙服の扱い──AxEMUと質量シミュレータ
第14章 NASAは「1人勝ち」を許さない
第15章 異種冗長性という言葉の意味
第16章 極低温推進剤の軌道上給油という最大のボトルネック
第17章 スペースXの現在地──Falcon 9の圧倒的実績
第18章 Starshipの現在地──Flight 12とFlight 13
第19章 Starshipに残された宿題
第20章 ブルーオリジンの現在地──New Glennの3機
第21章 NG-3の光と影
第22章 2026年5月28日、LC-36の爆発
第23章 爆発から3か月、ブルーオリジンは何をしているか
第24章 Blue Moon MK1「Endurance」という先行部隊
第25章 通信衛星の戦場──StarlinkとAmazon Leo
第26章 「アマゾン連合」という表現の正確な意味
第27章 TeraWaveという第三の矢
第28章 宇宙データセンター競争──構想と実運用を分けて見る
第29章 中国という本当の締め切り
第30章 カネの話──契約構造とコスト
第31章 2027年に何が起きれば、何が決まるのか
第32章 結論──独走は「速い」が「脆い」
補章A Artemis IIIの乗員4名──司令官バーズニク、操縦士パルミターノ
補章B NASA「Moon Base」計画──第3の軸
補章C Starshipの次回飛行──日付より見るべき判定項目
補章D 数字の読み方──衛星数・タンカー回数・価格
補章E 日本はこの競争のどこにいるのか──ルナクルーザーと日本人2名の月面着陸
第1章 なぜ「Artemis III」は月へ行かなくなったのか
Artemis IIIは、アポロ17号以来54年ぶりの有人月面着陸になるはずだった。
その計画は消えた。
現在のArtemis IIIは、地球低軌道での有人ドッキング実証ミッションである。
月面には降りない。目標高度は約460キロメートル。軌道傾斜角は33度。円軌道を回る。
有人月面着陸はArtemis IVに繰り延べられた。目標は2028年である。
理由は単純だ。
オリオンと民間着陸船のドッキングは、一度も有人で実証されていなかった。
それを最初にやる場所が月周回軌道だとしたら、失敗したときに乗員を救う手段がない。
地球低軌道なら帰ってこられる。
順序が逆だった、という判断である。
第2章 2026年2月27日、計画変更が決まった日
NASAがこの再編を発表したのは2026年2月27日だ。
場所はケネディ宇宙センター。アイザックマン長官が記者会見で明らかにした。
前稿では「決定は2月27日、公表は3月に入ってから」と書いたが、これは正確ではない。
NASAは2月27日に「アルテミス月計画にミッションを追加し、アーキテクチャを更新する」と公表している。3月3日には詳細版の記事を出した。決定と公表はほぼ同時だった。
そして重要なのは、これが「Artemis IIとArtemis IIIの間に飛行を1本増やす」形ではなく、「Artemis IIIそのものを別のミッションに書き換える」形をとった点である。
ミッション番号は据え置かれた。中身が入れ替わった。
Artemis IIIは、アポロ9号以来となる地球軌道上の多機体統合有人飛行になった。
なお、同じ再編ではSLSの上段構成も見直された。NASAは従来の探査上段(EUS)とMobile Launcher 2を前提とする構成から離れ、代替の第2段オプションを検討している。CSISの分析はこれを「NASAはEUSを中止し、より強力なSLS派生型の計画を破棄した」と記述している。表現の強弱は資料によって差があるが、従来構成が前提でなくなった点は共通している。
一方、月周回ステーションGatewayは中止・一時停止されていない。NASAが2026年7月に更新した公式ページでは、PPEとHALOをArtemis IVに先行してFalcon Heavyで打ち上げ、Artemis IVでOrionがI-HabをHALOへ輸送し、HLSがGatewayへドッキングする計画が明記されている。最低運用期間は15年とされる。Artemis IIIの再編とGateway計画は分けて理解する必要がある。
Artemis IIIの計画変更は、単独の判断ではなく、アーキテクチャ全体の再評価の一部である。
第3章 アイザックマン長官という変数
この決定を下したのはNASA長官ジャレッド・アイザックマンだ。
彼は民間有人宇宙飛行の当事者である。決済会社の創業者であり、自ら軌道飛行と船外活動を経験している。
NASAの外側から来た長官が、NASAの看板計画の飛行計画を組み替えた。
背景には前政権期からの流れもある。
2025年、当時の長官代行ショーン・ダフィーは「スペースXは遅れている。中国との競争のなかで、先に行ける方を採る」と述べ、Artemis IIIの着陸船契約を他社にも開放する方針を示した。
「どちらでも先に連れて行ける方を採る」。
この一言が、今のArtemis IIIの設計思想を要約している。
もうひとつ、決定を押した外圧がある。
航空宇宙安全諮問委員会(ASAP)が2026年2月に出した報告書だ。
当時の計画のままのArtemis IIIを「高リスク」と判定し、国家目標である米国の月復帰を安全に達成するためには目標の再バランスが不可欠だ、と書いた。
指摘は3点にわたる。
Artemis Iの耐熱シールドが予測を超えて損傷しており、原因分析はされたが期限内に修正できるとASAPは納得しなかったこと。
有人着陸システム(HLS)が期待から大きく遅れていること。
そして、その2つを抱えたまま有人月面着陸を最初にやるのは順序が違うこと。
安全諮問側からの「高リスク」判定と、長官の再編判断は、時期が重なっている。
第4章 Artemis IIは成功していた──2026年4月の10日間
前提として押さえるべき事実がある。
Artemis IIは、すでに成功している。
【Artemis IIの実績(NASA発表ベース)】
打ち上げ 2026年4月1日 18時35分(東部夏時間)、ケネディ宇宙センターLC-39B
機体 SLSロケット+オリオン宇宙船「Integrity」
乗員 リード・ワイズマン(船長)、ビクター・グローバー(操縦士)、クリスティーナ・コック(ミッションスペシャリスト)、ジェレミー・ハンセン(カナダ宇宙庁)
離昇推力 880万ポンド
着水 2026年4月10日 20時07分(東部夏時間)、サンディエゴ沖の太平洋
飛行距離 695,081マイル
地球からの最遠距離 252,756マイル
この最遠距離は、1970年のアポロ13号が持っていた記録(248,655マイル)を更新した。
人類が地球から最も遠くまで行った記録である。
コックは月近傍に到達した最初の女性となった。グローバーは最初の有色人種、ハンセンは最初の非米国人である。
つまりSLSとオリオンは、有人で一度証明された。
残る不確実性は、民間着陸船の側に集中している。
第5章 新Artemis IIIの全体像
新しいArtemis IIIは、こういう飛行になる。
【新Artemis IIIの構成(NASA 2026年7月15日発表ベース)】
時期 2027年(NASAは2027年後半を想定)
乗員 4名(2026年6月9日にジョンソン宇宙センターで発表。詳細は補章A)
飛行期間 約2週間
軌道 高度約460キロメートル、傾斜角33度の円軌道
使用ロケット New Glenn、SLS、Starshipの3機
着陸船 ブルーオリジンBlue Moon試験機、スペースXStarship試験機
主目的 ランデブー、ドッキング、近傍運用、乗員移乗手順、飛行ソフトウェアの相互運用性の実証
帰還 サービスモジュールによる離脱噴射のあと、改良型アブレーション耐熱シールド構成の検証を兼ねて太平洋に着水
ここで一点、留保を書いておく。
NASAの打ち上げスケジュール公式ページは、Artemis IIIについて「スペースXとブルーオリジンの商業着陸船の一方、または両方を試験する」「この試験は一方または両方のプロバイダとともに実施される」と書いている。
2機ともドッキングする計画は現時点の想定であって、確定した保証ではない。片方が間に合わなければ、片方だけで飛ぶ設計になっている。
NASAのアルテミス計画マネージャー、ジェレミー・パーソンズはこう表現した。
複数の射場をまたぐ厳しい打ち上げシーケンスと、地上・飛行両クルーに要求の高いミッション運用を伴う、高度に振り付けされたダンスである、と。
NASAがこれまで手がけたなかで最も複雑で野心的なミッションのひとつだ、とも述べている。
第6章 打ち上げ順序──3機のヘビーリフトが短期間に並ぶ
順序はこうだ。
【打ち上げシーケンス】
1 ブルーオリジンがNew GlennでBlue Moon試験機を先行投入する。指定の「パーキング軌道」に入り、軌道上でチェックアウトを行う
2 NASAがSLSで4名を乗せたオリオンをLC-39Bから打ち上げる
3 オリオンがBlue Moon試験機とランデブー・ドッキングする。乗員は着陸船キャビンに入る
4 オリオンが分離する
5 スペースXがStarship試験機を打ち上げる
6 オリオンがStarship試験機とドッキングする
7 オリオンが分離し、離脱噴射のうえ太平洋に着水する
ここが重要な点だ。
Starshipの打ち上げは、ブルーオリジン側のドッキング試験が完了したあとに行われる。
3機が同時に飛ぶのではない。順番に積み上げる。
そして将来の月面着陸ミッションでは、着陸船を先に軌道へ置き、あとからSLSで有人オリオンを打ち上げる「デュアルローンチ・キャンペーン」を採る。
Artemis IIIで3機を連続して打ち上げるのは、この地上処理と運用のリハーサルでもある。
NASAは、3機とも月ミッションより打ち上げ機会が多く、単発の打ち上げで目標高度に到達できる、と説明している。
月へ行く場合の打ち上げウィンドウは狭い。地球低軌道なら融通が利く。ここでリスクを下げている。
第7章 ブルーオリジン側の試験機は「Mark 2」である
ここは元原稿の最大の訂正点だ。
元原稿は「Blue Moon Mark 1.5」という試験機名を使っていた。
しかしNASAが2026年7月15日に公開した一次資料に、この名称は登場しない。
NASAの表記はこうだ。
Artemis IIIのBlue Moon試験着陸船は、ブルーオリジンの現行のMark 2有人着陸船アーキテクチャに基づく。主要なアビオニクス、飛行ソフトウェア、制御系をすべて搭載する。実証ミッションでの飛行運用が、そのまま有人月飛行に転用できるようにするためである。
NASAが公開したイメージ図のキャプションも「Blue Origin's Blue Moon Mark 2 human landing system test article」となっている。
つまり正しくは「Blue Moon Mark 2試験機」である。
「Mark 1.5」という中間形式は、少なくとも一次資料には存在しない。
【Blue Moonファミリーの整理】
Mark 1(MK1) 無人貨物着陸船。高さ約8メートル、質量約21,350キログラム。BE-7エンジン1基。月面へ最大3トン。着陸したまま月面に残る
Mark 2(MK2) 有人着陸船。高さ約16メートル。BE-7エンジン3基。月面へ最大30トン(片道貨物形態)。乗員4名。設計寿命30日
Artemis III試験機 MK2アーキテクチャに基づく試験機。有人キャビン、ECLSS(環境制御・生命維持システム)、アビオニクスを搭載
MK1とMK2は別物だ。高さで倍、エンジン数で3倍違う。
第8章 ロイター能力は「最大30日」
これも訂正が必要な数字だ。
元原稿は「軌道上で最大90日間の滞在能力を持つ」としていた。
NASAの7月15日リリースは「up to 30 days」と明記している。最大30日である。
この30日という数字には意味がある。
Blue Moon MK2の設計寿命が30日だからだ。
先に軌道へ上がって待機する期間が、そのまま将来のデュアルローンチ・キャンペーンでの待機能力の実証になる。
「軌道でどれだけ待てるか」は、Artemis IVでの月周回軌道待機に直結する。
90日ではなく30日。ここは事実として直しておきたい。
第9章 オリオンとの結合──側面ドッキング
Blue Moon試験機とのドッキングは、機体の側面で行われる。
有人キャビンに隣接した位置だ。
これは構造の必然である。
MK2は縦に長い有人着陸船で、上部には昇降系がある。オリオンを鼻先に付けるわけにいかない。
結合後、最大2名の乗員がオレンジ色のOCSS(オリオン・クルーサバイバルシステム)スーツを着てハッチを開け、ブルーオリジンの試験着陸船に入る。
機内では生命維持システムの評価を行う。
Blue Moon試験機には、計装付きの月面用宇宙服の質量シミュレータも搭載される。
Artemis Iで飛んだ「ムーニキン」マネキンと同じ発想だ。低忠実度のシミュレータが、キャビン内環境のリアルタイムデータを返す。
結合状態の維持時間について、NASAの一次資料は具体的な日数を明示していない。
報道ベースでは約2日という記述が見られる。元原稿の「約2日間」はこの水準の情報として扱うのが正確だ。
第10章 スペースX側の試験機──Starship V3にドッキングアダプター
スペースX側は、生産ラインから出てくるStarship Version 3をそのまま使う。
そこにドッキングシステムを追加する。取り付け位置は機体の**先端(ノーズ)**だ。
機体全長は171フィート、52メートル。
スペースXの顧客運用・統合担当バイスプレジデント、ジェシカ・ジェンセンはこう述べている。
「そのミッションでは、ラインから出てきたV3機体にドッキングアダプターを追加したものを使う」。
Artemis IIIのStarship試験機に乗員は入らない。
NASAは明確に「Astronauts will not enter the Starship test lander during Artemis III」と書いている。
有人キャビンも生命維持システムも積まない。ここは元原稿の記述で正しい。
ではStarship側で何を試すのか。
NASAは「制御性(controllability)と通信の試験を特定作業中」と表現している。
元原稿はここを「Raptorを用いて加速や機体回転を行い、月の軌道投入に向けたドッキング機構の耐久性などを評価する」と書いた。
方向性は合っている。ただしNASAの一次資料はそこまで具体的に書いていない。
記述の根拠を「スペースX側の説明ベース」として区別しておくのが安全だ。
なお、スペースXはフロリダのLC-39AとSLC-37でStarship用の発射塔を建設中である。Artemis III向けの打ち上げはこのいずれかから行われる見通しだ。
第11章 最大の技術的見どころ「制御権の移管」
元原稿が触れていなかった、このミッションの核心がここにある。
【飛行制御権の設計】
Blue Moon結合中 オリオンの飛行ソフトウェアが結合スタック全体を制御する
Starship結合中 Starshipの搭載システムが結合スタックの主制御権を持つ
つまり同一ミッションの中で、Blue Moonとの結合時はOrion側、Starshipとの結合時はStarship側という、異なる制御方式を連続して検証する。Blue MoonからStarshipへ直接制御権を手渡すわけではないが、Orion中心の統合と民間着陸船中心の統合を一度の有人飛行で試す前例のない構成である。
NASAのHLSプログラムマネージャー、スティーブ・クリーチ(マーシャル宇宙飛行センター)は、こう述べている。
「有人着陸システムの各プロバイダは、Artemis IIIに対してそれぞれ異なるアプローチを採った」。
そして両社は、月での無人実証ミッションを補完することを意図した、意欲的な目標のリストを提示した、とも。
着陸船のプロトタイプ設計は今後1年で成熟していく、という言い方もしている。
有人飛行中に、他社製の宇宙船へ飛行制御を明け渡す。
これは前例がない。
第12章 なぜ制御権の移管が重要なのか──統合機体を安全に動かす試験
なぜStarship側に制御権を持たせるのか。
NASAが2026年7月15日に公表した一次資料が明記しているのは、Starship試験機がOrionとの結合状態を制御し、両機のハードウェア、飛行ソフトウェア、通信、結合スタックの運動特性を評価するという点である。
ここで注意したい。現行のNASA公式Artemis IV計画は、Orionが宇宙飛行士を月周回軌道へ運び、そこで商業月着陸船とドッキングすると説明している。「StarshipがOrionと結合したまま地球低軌道から月遷移軌道投入噴射を行う」という構成は、2026年8月時点のNASA公式ベースラインとして確認できない。
NASA監察総監室報告書(IG-26-004、2026年3月)は、当時のArtemis IVベースラインとして、乗員がOrionからGatewayへ移り、そこからStarshipへ移乗する構成を記している。ただし同報告書は、監査作業の完了後にNASAがアルテミス計画のアプローチを変更した旨を自ら注記しており、記述は再編前のベースラインに基づく。
NASAのGateway関連ページにも同様の構成が残っているが、これらのページはNASA自身が「更新中」と注記しているものである。したがって、Artemis IVの最終的な運用構成は2026年8月時点で確定していないと見るのが正確だ。
ただし、Artemis IIIの地球低軌道実証で試す結合・制御の手順と、Artemis IVの月周回ミッション全体の最終運用手順は同一とは限らない。今後の設計審査で更新され得るため、地球低軌道試験の説明をそのまま月遷移飛行へ拡張しないことが重要である。
したがってArtemis IIIの制御権移管は、特定の月遷移噴射をそのまま再現する試験ではない。巨大なStarshipとOrionを結合した際に、Starship側の誘導・航法・制御系が統合機体を安定して動かし、NASAとSpaceXの異なるソフトウェアおよび通信系が安全に連携できるかを確認する試験と理解するのが正確である。
月面ミッションでは、接近、ドッキング、結合中の姿勢保持、分離まで、着陸船とOrionが一つの有人システムとして動かなければならない。Artemis IIIは、その統合リスクを月へ行く前に地球低軌道で取り除くための飛行である。
第13章 宇宙服の扱い──AxEMUと質量シミュレータ
元原稿は「生命維持システムの評価や新型宇宙服の実証なども行う」と書いた。
ここは切り分けが必要だ。
【Artemis IIIで実際に扱われるもの】
乗員がBlue Moon試験機に入る際に着用 オリオン・クルーサバイバルシステム(OCSS)のオレンジスーツ
Blue Moon試験機が搭載 計装付きの月面用宇宙服「質量シミュレータ」(低忠実度)
【AxEMUの扱い】
アクシオム・スペースが開発する月面船外活動服AxEMUについて、複数の報道はArtemis IIIでのインターフェース評価に言及している。
一方でアクシオムは、Artemis IIIより前の2027年にISSへArtemisスーツを打ち上げ、軌道上で長期試験する計画も示している。
「新型宇宙服の実証」という表現は、AxEMUの本格的な軌道実証と読まれる余地がある。
現時点のNASA一次資料が明記しているのは「質量シミュレータ」だ。ここは書き分けたほうがいい。
第14章 NASAは「1人勝ち」を許さない
ここから本題に入る。
なぜNASAは2社を同じミッションに乗せたのか。
元原稿は「開発遅延というボトルネックへの対策」「異種冗長性の確保」「コスト効率化」「契約のオープン化と競争促進」を挙げた。方向性は正しい。
ジョージ・ワシントン大学宇宙政策研究所のスコット・ペイス所長は、Artemis IIIを地球軌道試験にしたことを「優れた考え」と評価したうえで、こう述べている。
NASAは月アーキテクチャに選択肢を増やそうとしている。それは単に競争を生むためだけではなく、性質の異なる2機の着陸船を持つことで、安全で冗長な能力を確保するためだ、と。
言い換えるとこうだ。
競争は目的ではない。手段である。
目的は「1機が転んでも計画が止まらない状態」をつくることだ。
第15章 異種冗長性という言葉の意味
2機の着陸船は、まったく似ていない。
【Starship HLS】
基本設計 Starship上段の派生。全長約52メートルの巨大機体
推進剤 液体メタン/液体酸素
着陸姿勢 垂直着陸
必要条件 軌道上での極低温推進剤の大規模移送。デポへのタンカー打ち上げが約10回必要
打ち上げ機 Starship/Super Heavy(自社)
【Blue Moon MK2】
基本設計 専用設計の月着陸船。高さ約16メートル
推進剤 液体水素/液体酸素(BE-7エンジン3基)
補給 ロッキード・マーティンのCislunar Transporterによる推進剤輸送を前提とする設計
打ち上げ機 New Glenn(自社)
推進剤が違う。サイズが違う。補給方式が違う。
共通の故障モードが少ない、ということだ。
同じ設計の2機を用意しても、同じ理由で両方止まる。
違う設計の2機なら、片方の弱点がもう片方の弱点ではない。
これが「異種冗長性(dissimilar redundancy)」である。
なお、Blue Moon MK2陣営は単独ではない。
ロッキード・マーティン、ドレイパー(誘導ソフトウェア)、ボーイング(統合着陸船のドッキングアダプター)、アストロボティック、ハニービー・ロボティクスがチームを組む。
米国の伝統的宇宙産業が、まとめてベゾス側に付いている構図でもある。
第16章 極低温推進剤の軌道上給油という最大のボトルネック
元原稿が正しく指摘した論点を、数字で補強しておく。
NASA監察総監室(OIG)が2026年3月に出した報告書は、大規模な機体間の極低温推進剤移送を、スペースXの有人着陸システムが直面する最も重大な技術課題のひとつと位置づけた。
2025年3月に予定されていた試験は1年ずれた、とも指摘している。
GAOの報告書も厳しい。
スペースXは重要マイルストーンについて当初スケジュールから1年以上遅れており、Raptorエンジンの開発は「トップリスク」だと記述された。
またGAOは、HLS関係者の説明として、最新版Raptorは2025年3月の飛行試験で機体喪失につながった燃料漏れを防ぐ溶接燃料継手などの改良を取り入れており、その新型エンジンの初飛行が2026年5月のFlight 12だった、と記している。
ここで、前稿では回数を伏せていたが、NASA監察総監室の報告書(IG-26-004、2026年3月)が具体的に書いている。
【推進剤移送の要件(NASA OIG報告書ベース)】
Artemis IIIおよびIVに先立ち、スペースXはまずStarship推進剤デポを地球低軌道へ打ち上げる
そのあとに10機を超えるStarshipタンカーが推進剤を運ぶ
各タンカーはデポとランデブー・ドッキングし、推進剤を移送する(推進剤集積=propellant aggregation)
推進剤集積は、乗員打ち上げの200日以上前に開始する必要がある
1回成功すればいいのではない。短期間に繰り返し、確実に成立させる必要がある
待機時間が延びれば、貯蔵された極低温推進剤は熱を吸い続ける(ボイルオフ)
つまり打ち上げ場のターンアラウンド能力そのものが技術要件になる
「200日以上前に開始」という一句が、この計画の性格を言い当てている。
月へ行く準備は、乗員が乗り込む半年以上前から始まっていなければならない。
そしてその半年のあいだ、極低温の推進剤は宇宙で熱を吸い続ける。
タンカーの打ち上げ間隔が延びるほど、目減りする。速度そのものが要件なのだ。
なお「10機超」はNASA OIGが記した数字であり、機体性能や運用設計の変更で動きうる。SpaceXが確定回数として公表したものではない。
2026年8月時点で、Starship同士による大規模な機体間推進剤移送デモは完了していない。SpaceX自身も、軌道上補給をArtemis月面輸送体系の成立条件として位置づけている。
NASAが着陸をArtemis IVへ送った最大の技術的理由は、ここにあると見てよい。
第17章 スペースXの現在地──Falcon 9の圧倒的実績
元原稿の「年間160回を超えるFalcon 9の打ち上げ実績」は正確だ。数字を補う。
【スペースXの軌道打ち上げ実績】
2021年 31回
2022年 61回
2023年 96回(Falcon 9が91回、Falcon Heavyが5回)
2024年 134回
2025年 165回(すべてFalcon 9)
2025年は6年連続の年間記録更新である。
Falcon 9の優位は、機体価格の推定値よりも、回収、点検、再飛行を高頻度で回す運用実績にある。SpaceXは自社Starlinkを基礎需要として使えるため、商業顧客の衛星完成を待たずに打ち上げ頻度を維持できる。
Starlinkの衛星数は集計方法で差が出る。累計打ち上げ数、現在軌道上にある数、運用中の数は同じではない。したがって3つを分けて書く。
Starlinkの衛星数は集計方法で差が出る。累計打ち上げ数、現在軌道上にある数、運用中の数は同じではない。したがって、集計日と定義を併記して示す。
Starlinkの衛星数は集計方法で差が出る。累計打ち上げ数、現在軌道上にある数、運用中の数は同じではない。第三者の追跡値は日々変動するため、本稿では2026年のFCC関連資料で確認できる「9,500基超を展開」という規模感を基準にする。
なお「2026年初頭に約9,500基」という規模感も同じ対象を指すが、こちらは年初の値である。半年強で1,000基以上増えている。日付を欠いた衛星数は比較に使えない。
2026年の打ち上げペースも押さえておく。
グウィン・ショットウェル社長兼COOは8月4日の決算説明会で、2026年上期のFalcon打ち上げが78回だったと述べた。8月4〜5日にはFalcon 9が年間90回目と91回目を記録し、8月下旬には年間100回目の軌道ミッションに到達した。年間100回到達は3年連続である。
ショットウェルの表現はこうだ。Falconは現在、自社史上最高のケイデンスで飛んでおり、Starshipの実運用化が目前にある、と。
第18章 Starshipの現在地──Flight 12とFlight 13
Starshipは2026年に入り、V3(Block 3)世代に移行した。
【Flight 12(2026年5月22日)】
V3世代の初飛行
新型Raptorエンジンの初飛行でもあった
模擬衛星の展開と上段の制御着水に成功
一方でFAAは「mishap(事故)」として調査を開始し、機体を一時グラウンド
【Flight 13(2026年7月24日)】
7月16日に33基中4基が点火せずT-0でアボート、7月23日は熱帯低気圧バーサで中止、3回目の挑戦
33基のRaptor 3をすべて正常点火。ホットステージ分離成功
上段Ship 40が6基のRaptorを点火し、準軌道弾道へ
Starlink V3衛星20基を初めて実機で軌道展開。うち6基はカメラを搭載し、耐熱タイルの状態を撮影
一部のタイルを白く塗り、欠損を模擬した撮像ターゲットとした
軌道上でRaptor 1基の再点火に成功
上段は再突入を生き延び、インド洋へ「これまでで最も柔らかい着水」
一方、Super Heavyブースターは着水噴射で13基予定のうち10基しか再点火せず、うち5基が数秒で停止。想定より硬い着水となり、ブースターを喪失
Flight 13は、成功と失敗が同居した飛行だった。
上段は完璧に近く、下段は落とした。
FAAはFlight 12の事故調査を7月13日に終結させ、スペースX主導の調査結果を受け入れている。
第19章 Starshipに残された宿題
Artemis IVの2028年着陸に間に合わせるために、スペースXが残している項目は多い。
【Starshipの残タスク】
1 完全な軌道投入(Flight 13までは意図的に軌道速度をわずかに下回る準軌道弾道)
2 上段のメカジラ(発射塔アーム)によるキャッチ。ブースターでは3回成功済み、上段は未実施
3 機体間の極低温推進剤移送
4 タンカー型Starshipの完成
5 生命維持システムを備えた有人着陸船キャビンの完成
6 無人での月面着陸実証
SpaceXは上段回収を次の重要目標に掲げているが、実施時期は飛行結果と規制承認に左右される。
ただしこの発言は、その後トーンが変わっている。詳細は補章Cにまとめた。
なおスペースXは、Starbaseで初の飛行仕様Starship HLSキャビンを組み立て中だとしている。ジェンセンによれば一次構造は組み上がっており、アビオニクス、電源、生命維持システムなどの艤装がこれから入る。
第20章 ブルーオリジンの現在地──New Glennの3機
元原稿は「New Glennの実績は1桁にとどまり、1段回収再使用の経験も乏しい」と書いた。
「1桁」は正しいが、後半は現状より辛い評価になっている。
【New Glennの飛行記録】
NG-1 2025年1月16日 Blue Ring Pathfinder 軌道投入成功 ブースター着船失敗
NG-2 2025年11月13日 NASA ESCAPADE(火星探査機2機)ほか 軌道投入成功 ブースター着船成功
NG-3 2026年4月19日 AST SpaceMobile BlueBird 7 ブースター着船成功(再使用機) 上段が目標軌道に届かずペイロード喪失
NG-2でブースター着船に成功した時点で、ブルーオリジンは軌道級ブースターを回収した世界で2社目になった。
そしてNG-3では、そのブースター「Never Tell Me The Odds」を再使用して、再び着船させた。
軌道級ブースターの再使用に成功した企業は、世界でスペースXとブルーオリジンの2社しかない。
「経験も乏しい」というより「成功したばかりで回数が少ない」が正確だ。
ただし2026年の計画に対しては、はるかに厳しい評価になる。
ブルーオリジンは2026年に8回から12回の打ち上げを計画していた。
5月28日の静的燃焼試験の爆発を受け、現実的な期待値は「1回」に落ちた。
機体諸元も押さえておく。
New Glennは全長98メートル、直径7メートル。1段GS1は全長57.5メートルでBE-4エンジン7基。離昇推力19,928キロニュートン。燃焼時間190秒。2段GS2はBE-3エンジン2基。
ブルーオリジンはブースターを最大25回の飛行に耐える設計としている。
打ち上げ価格には市場推定があるが、顧客別の実契約額や再使用時の原価は公開されていない。したがって、Falcon 9やFalcon Heavyとの比較では、推定価格よりも投入能力、フェアリング容量、打ち上げ頻度、回収・再飛行実績を重視すべきである。
7メートルのフェアリングを持ち、コンステレーション事業者にとってはFalcon Heavyの現実的な代替になりうる。
第21章 NG-3の光と影
NG-3は象徴的な飛行だった。
初めて再使用ブースターが飛び、初めて再使用ブースターが着船した。
デーブ・リンプCEOによれば、最初の再整備ブースターでは7基のエンジンをすべて交換し、ノズル1基には熱防護システムの改良を試した。NG-2で飛んだエンジン群は将来の飛行に回す方針だという。
だが2段が仕事をしなかった。
BlueBird 7は分離して電源も入ったが、投入高度が低すぎて運用を維持できなかった。
FAAは調査を要求したが、2026年5月22日に調査を終結した。FAAが受け入れた最終報告では、極低温流体の漏れが油圧ラインを凍結させ、2段燃焼中の推力異常につながったことが直接原因とされた。Blue Originは9項目の是正措置を提示し、New Glennは他の許認可要件を満たすことを条件に飛行再開が認められた。
NASA長官アイザックマンは4月21日、リンプ宛に「New Glenn 1段の再使用と回収という持続的な成果は、アルテミス計画の成功に向けた軌道を維持させると確信している」と書いた。
顧客側は打撃を受けた。
AST SpaceMobileは2026年に月1〜2回の打ち上げ、年末までに45基の軌道投入という目標を維持すると発表したが、New Glennが停止している間の打ち上げ手段は明示しなかった。
同社CEOアベル・アベランは3月の決算説明会で「2026年の打ち上げ頻度を支えるため、New Glennブースターは30日ごとに再使用されると見込む」と述べていた。ただしNG-3事故調査終結直後の5月28日にLC-36地上試験事故が発生したため、実際の制約は機体認可から射場復旧へ移った。
第22章 2026年5月28日、LC-36の爆発
そして5月28日が来る。
元原稿は「5月に自社開発のロケットの地上試験で爆発を起こし、フロリダ州のロケット射場を大きく損傷している」と書いた。正しい。詳細を補う。
【2026年5月28日のNew Glenn爆発】
発生 2026年5月28日 21時ごろ(東部夏時間)
場所 ケープカナベラル宇宙軍基地 発射施設36(現在はLC-36Aと呼ばれる)
状況 4号機(NG-4)New Glenn統合機体のホットファイア試験中
予定していた積荷 Amazon Leoのブロードバンド衛星(試験時には未搭載)
喪失 ブースター「No, It's Necessary」および2段GS2-5
被害 LC-36が深刻に損傷。避雷塔、トランスポーターイレクター、油圧シリンダーを喪失
無事だった設備 タンクファーム、統合施設、機体アクセスタワー、給水塔
人的被害 なし
結果 New Glennの打ち上げ運用を停止
LC-36は当時、ブルーオリジンが持つ唯一の稼働中New Glenn射場だった。
1本しかない射場が使えなくなった。
ここに小さな皮肉がある。
失われたNG-4が運ぶはずだった積荷は、Amazon Leoの通信衛星だった。
ベゾス圏のロケットが、ベゾス圏の衛星を運ぶ最初の便になるはずだった。
一方で、幸運もあった。
爆発の時点で水平統合施設(HIF)の中には、2段GS2が3機と1段GS1が1機──2度の着船に成功した「Never Tell Me The Odds」を含む──が置かれていた。
4機とも無傷だった。射場が戻れば、すぐ飛べる機体在庫が残ったことになる。これらはその後エクスプロレーション・パーク構内へ運び出された。
原因究明は進んだ。
ブルーオリジンは6月30日の声明で「初期解析は1段の後部(aft section)を指している」とし、LC-36の被害評価、再建状況、5段階の復旧ロードマップ、新しい水平/垂直ハイブリッド運用構想を公表した。
そして2026年8月5日、BE-4エンジンの主酸素バルブに根本原因を絞り込んだと説明した。改修版バルブのハードウェアは8月末までに用意する見込みで、故障の木解析(fault tree)の残作業は継続中とされる。
つまり8月24日時点の状態は「原因は絞り込んだが、確定作業は終わっていない」である。断定を避けたほうがいい段階だ。
第23章 爆発から3か月、ブルーオリジンは何をしているか
停止したままではない。
【返り咲きへの動き】
同じ射場を作り直さず、次世代機New Glenn 9×4向けの水平/垂直ハイブリッド運用構想(ConOps)へ前倒しで移行する方針を示した
LC-36Bの建設に着手
2026年7月24日、NASAと合意し、ステニス宇宙センターのサド・コクラン試験台「B試験複合施設」のB-2位置を使用することとした。2段のホットファイア試験をここで行い、LC-36の運用競合を解消する狙い。2026年秋の開始を目標とする
BE-7エンジンは41分間の連続燃焼を達成し、スペースシャトル時代からの30年記録を更新した
リンプCEOは、2026年内の飛行復帰(return to flight)を目標に掲げている
破片の撤去は速かった。リンプCEOによれば、New Glennと周辺設備の残骸は爆発から9日以内にすべて回収された。
6月末には重量物クローラークレーンDemag CC 8800が搬入された。スペースXのStarbaseやNASAのモバイルランチャー2の大型吊り上げにも使われた機材である。再建フェーズを見据えた配置と見られる。
主支持タワーは下部の主桁が完全に切断され、内部階段構造も大きく変形していた。当初は解体・新造が必要との観測もあったが、リンプは現地補修で対応する方針を示している。復旧期間の短縮に効く判断だ。
NASA側の評価も出ている。
アイザックマン長官は6月末、ブルーオリジンが2026年内の打ち上げ再開に「非常にコミットしている」と述べ、そこまでの復旧の進み具合を「ほとんど驚異的と言っていい」と評した。
一方でNASAは保険もかけている。
Moon Base計画マネージャーのカルロス・ガルシア=ガランは、こう述べた。根本原因の特定を支援し、インフラ再建も手伝う。そのうえで選択肢を検討している。Mark 1着陸船は無傷で今回の異常とは無関係だから、別のロケットで飛ばせないかを見ている、と。
つまりBlue Moon MK1が、New Glenn以外のロケットで月へ向かう可能性が公に検討されている。
なお、ブルーオリジンは2026年初頭に有人準軌道飛行のNew Shepardを一時停止し、リソースをBlue Moon月着陸船へ振り向けている。
観光事業より月を優先する、という経営判断である。
New Glenn 9×4は、BE-4を9基に増やした1段と、BE-3Uを4基に増やした2段を持つ構想だ。早ければ2027年とされるが、公式なスケジュールは示されていない。
2026年8月12日、Blue OriginはLC-36Bの建設開始を正式発表した。これは単なる予備発射台ではなく、打ち上げ頻度の拡大と9×4構成への対応を見据えた設備である。ただしArtemis IIIに間に合うかどうかは、LC-36Aの復旧、エンジン改修、上段試験、射場認証を含む工程全体で判断しなければならない。
第24章 Blue Moon MK1「Endurance」という先行部隊
ブルーオリジンには、Artemis IIIより前に月面へ降ろす機体がある。
【Blue Moon MK1「Endurance」】
機体名 MK1-101 Endurance(シャクルトンの船に由来)
形態 無人貨物着陸船。月面に降りたまま残る
サイズ 高さ約8メートル、質量約21,350キログラム
搭載量 月面のどこへでも最大3トン
エンジン BE-7×1基(推力44,000ニュートン、20〜100%スロットル、比推力460秒)
着陸目標 月南極、シャクルトン連結尾根
NASAでの位置づけ 「Moon Base I」ミッション。CLPS(商業月輸送サービス)の一環
時期 2026年秋以降を目標(New Glennの飛行復帰に依存)
搭載NASAペイロード SCALPSS(着陸時のエンジンプルームと月面の相互作用を撮る高解像度カメラ群)、レーザー再帰反射アレイ
実証項目 100メートル以内の精密着陸、極低温推進、自律誘導・航法・制御
2026年、Enduranceはジョンソン宇宙センターの熱真空チャンバーAで環境試験を完了した。
その後フロリダのスペースコーストへ戻り、統合試験フェーズに入っている。
【Endurance 2026年8月時点の残工程(ブルーオリジン発表ベース)】
打ち上げ機からの分離システムの試験
通信システムの試験
着陸機のウェット・ドレス・リハーサル(極低温推進剤を実際に満載する)
完了後、New Glennのフェアリングに格納して打ち上げ準備へ
時期は後退した。
NASAは当初「2026年秋以降」としていたが、リンプCEOは6月17日のVivaTechで、Blue Moon Mark 1は「来年の早い時期」に飛ぶ見込みだと述べた。事実上、2027年初頭を指している。
後続機も決まっている。
MK1-102はNASAのVIPERローバー(月南極の氷を探す100日ミッション)を運ぶ。
さらに月面車(LTV)を運ぶMK1が2機。NASAはローバー配送に1億8,800万ドル(約301億円)を支払う。
つまりブルーオリジンは、Artemis IIIより前に月面着陸そのものを経験しうる立場にある。
スペースXは月面に降りたことがない。
これが「NASAが2社を競わせる」ときの、意外な非対称性だ。
第25章 通信衛星の戦場──StarlinkとAmazon Leo
月の話だけでは、この競争の全体像にならない。
【Starlink(スペースX)】
FCC関連資料では2026年に9,500基超を展開した規模とされる
顧客は約1,000万人超、150か国以上
消費者向けLEOブロードバンドを先行してきた
次世代Starlink V3はStarshipによる大量展開を前提とする
【Amazon Leo(旧Project Kuiper)】
2025年11月13日に「Project Kuiper」から「Amazon Leo」へ改称
2026年7月2日までに14回のミッションで396基を展開。これは打ち上げ・展開数であり、全機がただちに商用運用状態にあることを意味しない
第1世代3,236基を3層のシェル(590km/610km/630km)に配置する設計
2026年1月、FCCが第2世代4,500基を追加認可。総計7,727基
FCCの期限は「2026年7月30日までに1,618基(50%)」だったが未達。延長を申請済み
商用展開は2026年に開始し、緯度の高い地域から赤道方向へ段階的に拡大する計画
端末はLeo Nano/Leo Pro/Leo Ultra。CEOアンディ・ジャシーは最大1Gbpsを主張
打ち上げはULAのAtlas V、スペースXのFalcon 9、アリアンスペースのAriane 6を併用
Amazonは、ライバルであるスペースXのFalcon 9に自社衛星を積んでいる。
これが2026年の市場の実態である。
さらに2026年4月14日、AmazonはGlobalstar買収の確定合併契約を発表した。数字を入れておく。
【Amazon×Globalstar買収(2026年4月14日発表)】
対価 1株につき90ドルの現金、またはAmazon株0.3210株(上限90ドル相当)。現金選択には全体の40%上限と按分条件がある
取得対象 Globalstarの既存衛星運用、インフラ、資産、そして世界的な認可を持つMSS(移動衛星業務)周波数ライセンス
Appleの扱い AppleとGlobalstarの既存契約・持分関係を含む取引条件は複雑であり、Amazonの公式発表とSEC提出資料を分けて確認する必要がある
Apple側の合意 Amazon LeoがiPhoneおよびApple Watchの衛星サービス(衛星経由の緊急SOS、メッセージ、探す、ロードサイドアシスタンス)を担う
承認状況 議決権の約58%を持つGlobalstar株主が書面同意で承認済み
クロージング 規制当局の承認と、HIBLEO-4後継衛星の特定マイルストーン達成を条件に2027年を見込む
FCC 2026年6月に審査を開始
Globalstarの規模 2025年売上2億7,300万ドル(前年比+9%)、純損失865万ドル。運用衛星は約24基
買収後 Globalstarは完全子会社として法人格を維持し、Kuiper Systems LLC(現Amazon Leo)の関連会社として運営される
そして2026年7月24日、AmazonはFCCへD2D専用コンステレーションの申請を出した。
1.6GHz帯と2.4GHz帯を使い、スマートフォンとIoT機器へ直接サービスする5,105基の低軌道システムである。Globalstarの既存衛星、開発中の新型機、そしてAmazon Leoブロードバンド網と連携させる設計だ。展開は2028年からとされる。
顧客側の名前も出ている。ジャシーCEOが挙げたAmazon Leoの顧客にはデルタ航空、AT&T、ボーダフォン、オーストラリアのNBN、そしてNASAが含まれる。商用ジェット向けの機内アンテナも公開された。
これは大きな追加材料だ。Amazon Leoの競争軸は固定通信だけではなく、AWS統合、航空・船舶通信、災害通信、スマートフォン直接接続へ広がった。Starlinkとの差は依然大きいが、Amazonは衛星数だけで追うのではなく、クラウド、端末、周波数資産、法人販売網を束ねる戦略を明確にしている。
第26章 「アマゾン連合」という表現の正確な意味
ここは注意して書く必要がある。
Amazon LeoはAmazonのDevices & Services部門の事業だ。Kindle、Echo、Ring、eero、Fire TVと同じ組織である。
ブルーオリジンの事業ではない。
ブルーオリジンはジェフ・ベゾス個人が所有する非公開企業だ。
Amazonはベゾスが創業した上場企業だが、別法人であり、ベゾスはすでにCEOではない。
両者の関係は「同じ人物が創業した2社」であり、「ブルーオリジンはAmazon Leo衛星を打ち上げる複数のロケット供給者のひとつ」である。
連結された企業連合ではない。
一方で、AmazonはAWSクラウドとAIサービスとのシナジーを繰り返し強調している。
Leoの差別化はここにある。速度でも衛星数でもなく、企業・政府向けのクラウド統合だ。
独立系アナリストのセバスチャン・バロスは、これを鋭く要約している。
これが消費者向けブロードバンドの対称的な戦争なら、Amazonはすでに数学的に死んでいる、と。
衛星数でStarlinkに追いつくことは、いま現在の生産・打ち上げ能力では不可能に近い。
だからAmazonは、別の勝ち筋を探している。
第27章 TeraWaveという第三の矢
2026年1月21日、ブルーオリジンは自社の衛星通信コンステレーション「TeraWave」を発表した。
【TeraWave】
規模 5,408基
軌道 低軌道および中軌道
速度 最大6テラビット/秒
対象 企業、データセンター、政府機関
展開開始目標 2027年第1四半期
打ち上げ機 明言されていないが、New Glennの使用が想定される
TeraWaveは消費者向けではない。
「地上のデータセンター、大規模企業、政府顧客に超高速接続を提供する」インフラである。
つまりベゾス圏には3つの通信レイヤーが並ぶことになる。
Amazon Leoが消費者と企業のブロードバンド。
TeraWaveが超高速バックボーン。
そして次の章の、軌道上データセンターそのもの。
第28章 宇宙データセンター競争──構想と実運用を分けて見る
ここが2026年の宇宙ビジネスで最も新しい戦線だ。ただし、FCCへの申請、企業が示した構想、製造中の試験機、軌道上で実際に稼働する計算設備を同列に扱ってはいけない。
SpaceXが公式に公開しているのは「Starmind AI1」構想である。太陽同期軌道で太陽光発電を利用し、衛星上でAI計算を行い、結果を高帯域の光レーザーリンクでStarlink経由の地上へ渡す。
SpaceXの公式ページが示すStarmind AI1の仕様は、展開時の高さ約20メートル、翼幅約70メートル、計算ペイロード電力がピーク150kW・平均120kW、効率が約70kW/トンである。太陽同期軌道で太陽光発電を利用し、光レーザーリンクを介してStarlink網へ接続する構想だ。
公式ページは計算モジュールを特定ベンダーに依存しない設計としている。したがって、250kW、NVIDIA Vera Rubin NVL72、30メートル級といった将来案や第三者情報を、現行の公式仕様として扱わない。SpaceXはテキサス州バストロップのGigasat Factoryで、早ければ2027年末から数千基規模の生産開始を計画している。ただし、これは将来計画であり、軌道上での大規模運用実績ではない。
Blue Originが一次情報として公表しているTeraWaveは、5,408基の低軌道・中軌道衛星を光通信で結び、企業、データセンター、政府向けに最大6Tbpsの対称通信を提供する構想である。TeraWave自体は計算衛星ではなく、地上または将来の軌道上計算設備を結ぶ通信バックボーンと位置づけるのが正確だ。
資金の動きも直近で起きている。
2026年8月21日、StarcloudはシリーズA延長で2億5,000万ドル(約400億円)を調達したと発表した。マンハッタン・ウェストがリードし、NVIDIAも参加した。評価額は倍増して23億ドル(約3,680億円)、2024年の創業以来の調達総額は4億5,000万ドル(約720億円)になる。用途は製造能力の構築、打ち上げの調達、NVIDIAとのエンジニアリング作業である。
同社の初号機Starcloud-1は60キログラムの小型機で、2025年11月にスペースXが打ち上げた。低軌道でNVIDIA H100を動かした最初の衛星である。
NVIDIAはStarcloudへ出資し、宇宙向け計算基盤「Space-1」も展開している。一方、SpaceXのStarmind公式仕様はチップベンダー非依存を掲げているため、NVIDIAとの提携を確定事項とは扱わない。
軌道上データセンターには、地上のデータセンターとは異なる難題がある。
1 真空では対流冷却が使えず、熱を大型ラジエーターから放射しなければならない
2 放射線による半導体エラーと劣化に耐える必要がある
3 GPUの世代交代に合わせて交換、修理、廃棄する物流が必要になる
4 計算結果を地上へ戻す大容量レーザー通信網が必要になる
5 巨大衛星群では衝突回避と軌道デブリ管理がシステム要件になる
短期的に現実性が高いのは、地球観測データを衛星上で選別・圧縮・推論し、必要な結果だけを地上へ送るエッジコンピューティングである。地上の大規模AI学習設備をそのまま宇宙へ置き換える段階にはまだない。
それでも競争の核心は明確だ。軌道上へどれだけ安く質量と発電能力を運べるか、発生した熱を排出できるか、計算結果を低遅延で地上へ戻せるかである。ここでもStarshipとNew Glenn、StarlinkとTeraWave/Amazon Leoという輸送・通信基盤の差が、そのまま将来の計算基盤の差につながる。
第29章 中国という本当の締め切り
NASAが2社を競わせる本当の理由は、社内競争ではない。
外にある。
【中国の有人月面着陸計画】
目標 2030年より前の有人月面着陸
機体 長征10号ロケット、夢舟(Mengzhou)有人宇宙船、揽月(Lanyue)月着陸船、望宇(Wangyu)月面船外活動服、探索(Tansuo)有人月面車
方式 二重打ち上げによる月周回軌道ランデブー。着陸船が先行、有人船が後続、月周回軌道でドッキング。2名が降下
揽月の質量 約26トン(推進段込み)。乗員2名
長征10号 全長約92.5メートル、離昇推力約2,700トン、月遷移軌道へ27トン以上
【2025〜2026年に完了した試験】
2025年8月6日 揽月の着陸・離昇統合検証試験(河北省張家口/懐来県の地球外天体着陸試験場)
2025年 夢舟のゼロ高度脱出試験(有人宇宙船としては1998年の神舟以来27年ぶり)
2025年 長征10号の繋留点火試験、第2段推進系試験
2026年2月11日 長征10号の低空実証検証飛行試験(海南省文昌)。同時に夢舟の最大動圧脱出飛行試験を実施。中国初の有人宇宙船海上捜索回収も実施
2026年2月13日ごろ 長征10号1段ブースターを南シナ海から海上回収。中国初
2026年7月10日 長征10Bが海南商業発射場から軌道到達。ブースターは緊張ネット方式でキャッチ
中国は2026年に、文昌発射場の月ミッション用支援設備、追跡・遠隔測定・指令(TT&C)、通信、着陸場などの地上系整備に注力すると発表している。
夢舟の初無人飛行は2026年、揽月は2027年、無人の統合ミッションは2028〜2029年、有人着陸は2030年という筋書きだ。
比較しておく。
【スケジュールの並び】
米国 Artemis III(LEO実証)2027年後半 → Artemis IV(有人月面着陸)2028年 → Artemis V 2028年後半〜2029年
中国 夢舟初飛行2026年 → 揽月初飛行2027年 → 無人統合2028〜2029年 → 有人着陸2030年
紙の上では米国が2年先行している。
ただし米国側の2028年は、まだ実証されていない技術(極低温推進剤の軌道上移送、Starshipの軌道飛行と回収、有人キャビン)に依存する。
中国側の2030年は、Project 921以来1992年から続く一貫した計画の延長線上にある。政権交代で計画が揺れない。
IEEE Spectrumが指摘したのは、この違いだ。
アルテミスは1970年代のアポロ終了以来、米政府内で続いてきた「始めては止める」議論の産物である。政権が変わるたびに目標が動いてきた。
中国側は、そうではない。
第30章 カネの話──契約構造とコスト
【HLS契約】
NASAは2021年(スペースX)と2023年(ブルーオリジン)の契約締結以降、HLS開発に約70億ドル(約1兆1,200億円)を投じてきた
ブルーオリジンのArtemis V向け契約は確定価格で34億ドル(約5,440億円)
アイザックマン長官はコスト削減の意向を示している
【個別案件】
Blue Moon Pathfinder Mission 1(Endurance) CLPSでSCALPSS輸送に610万ドル(約9億8,000万円)
Blue Moon Pathfinder Mission 2(VIPER) 最大1億9,000万ドル(約304億円)
月面車(LTV)配送 1億8,800万ドル(約301億円)
【打ち上げ価格】
New Glennの実際の顧客別契約価格は一般公開されていない。市場では幅のある推定値が示されているが、NASA、Blue Origin、顧客企業の一次資料で統一的に確認できる定価として扱うべきではない
Falcon 9も公表価格とSpaceX社内の実際の追加打ち上げ原価は異なる。再使用による優位は明白だが、1段製造費や再整備費の非公式推定を確定値として比較しないほうがよい
【Artemis計画全体の規模】
2012年から2025年までのArtemis計画の費用は約930億ドル(約14兆8,800億円)。うち2021〜2025年の5年間で約530億ドル(約8兆4,800億円)
【Moon Base関連の直近契約】
NASAが2026年5月に発表した有人月面車関連の主要タスクオーダーは、Astrolab約2億1,900万ドル、Lunar Outpost約2億2,000万ドル。6月には2028年後半を目標とする4回の貨物着陸へ総額約6億ドルを配分した。長期総額は予算措置や追加契約で変動するため、確定したタスクオーダーと将来構想を分けて読む必要がある
【企業規模】
スペースXは2026年6月に上場した。2026年4〜6月期の売上は78億1,400万ドル(約1兆2,502億円)で前年同期比92%増
2026年6月30日時点の現金・現金同等物は935億2,200万ドル、短期市場性証券は64億8,700万ドル。合計では約1,000億ドルだが、「現金だけで1,000億ドル」ではない
ブルーオリジンは非公開。ベゾスの個人資産が資金源である
数字だけ見れば、スペースXは資本市場からの調達手段を持ち、ブルーオリジンは持たない。
一方でブルーオリジンには、四半期決算の圧力がない。
第31章 2027年に何が起きれば、何が決まるのか
Artemis IIIは判定試験である。
何が判定されるのかを整理しておく。
【Artemis IIIで表面化すること】
1 ブルーオリジンがNew Glennを安定して飛ばせるか。LC-36の再建とLC-36Bの立ち上げが間に合うか
2 Blue Moon MK2試験機が、有人キャビンとECLSSを備えた状態で軌道へ上がれるか
3 StarshipがV3で軌道投入と回収を成立させ、ドッキングアダプター付き機体を出せるか
4 オリオンとStarshipの制御権移管が、有人状態で成立するか
5 3機のヘビーリフトを短期間に連続して打ち上げる地上運用が回るか
そしてArtemis V以降では、Blue Moon MK2とStarship HLSが月面輸送契約を継続的に争う構図になる。
2027年のLEOドッキング試験の結果は、その競争の主要な入力のひとつになる。
現実的な見通しも書いておく。
NASAは長らく「2027年半ば」を崩さなかった。
一方でブルーオリジンとスペースXは、着陸船の準備完了は「2027年後半より前ではない」と公言している。
アイザックマンは、着陸船が準備できる前にArtemis IIIは飛ばさないと述べている。
したがって現実的な着地点は2027年後半、あるいはそれ以降になる。
第32章 結論──独走は「速い」が「脆い」
元の記事の問いに戻る。
スペースXの独走は続くのか。ベゾス陣営が勢力図を塗り替えるのか。
打ち上げ回数で見れば、勝負にならない。
年間165回対3回である。
再使用の成熟度でも差は大きい。
スペースXはブースターを24回以上飛ばしている。ブルーオリジンは2回目に入ったところだ。
衛星数でも桁が違う。
FCC関連資料ではStarlinkは9,500基超を展開した規模とされる。
Amazon Leoは2026年7月2日までに396基を展開した。
集計基準は完全に同一ではないが、依然として一桁以上の差がある。
それでもNASAは、2社を同じミッションに乗せた。
理由は競争ではない。
月へ行く経路が1本しかない状態が、計画そのもののリスクだからだ。
そして皮肉なことに、2026年の実績はこの判断の正しさを両側から証明している。
スペースXは軌道上推進剤移送を実証できていない。ブルーオリジンは射場を吹き飛ばした。
どちらか1社に賭けていたら、いまArtemis計画は止まっていた。
2社ある。だから止まっていない。
Artemis IIIは、月へ行かない。
だがこの飛行が証明しようとしているのは、月へ行く方法が2つあるという状態そのものである。
2027年、4人の宇宙飛行士が地球低軌道で2機の着陸船と結合し、制御権を渡す。
そのとき決まるのは、どちらが勝つかではない。
米国が月へ行く経路を、これから何本持てるかである。
補章A Artemis IIIの乗員4名──司令官バーズニク、操縦士パルミターノ
2026年6月9日、NASAはジョンソン宇宙センターでArtemis IIIの乗員を発表した。
発表の場には、Artemis IIの成功から2か月という追い風があった。
【Artemis III 乗員(2026年6月9日発表)】
船長 ランディ・「コムラーデ」・バーズニク(NASA、58歳)。元海兵隊戦闘機パイロットでTOPGUN卒業生。2004年選抜。2009年のSTS-129(アトランティス)で飛行し、船外活動2回・計11時間50分。2017年にISS第52/53次長期滞在。宇宙滞在149日
操縦士 ルカ・パルミターノ(ESA/イタリア、49歳)。ISS長期滞在2回のベテラン。船外活動中にヘルメット内に水が溜まる事態を冷静に処置して帰還した経歴を持つ
ミッションスペシャリスト フランク・ルビオ(NASA、49歳)。2022〜23年にISSで371日を過ごし、米国単一飛行の最長記録を保持
ミッションスペシャリスト アンドレ・ダグラス(NASA、40歳)。今回が初飛行。沿岸警備隊予備役将校、ジョージ・ワシントン大学で博士号を取得したシステムエンジニア。Artemis IIのバックアップ乗員を務めた
バックアップ ボブ・ハインズ(NASA)
構成に意味がある。
Artemis IIはNASA3名+カナダ1名だった。Artemis IIIはNASA3名+ESA1名で、しかも欧州の宇宙飛行士が操縦士席に座る。
ESAのアシュバッハー長官は、NASAの船長と並んで欧州の宇宙飛行士が操縦桿を握ることを誇りに思う、と述べた。
飛行期間は約2週間とされている。
乗員はただちにオリオン各系統の訓練を始めるとともに、ブルーオリジンとスペースXの試験機の開発・運用にも関与する。
着陸船の設計が固まりきらないうちに乗員が決まり、その乗員が設計に関わる。開発と訓練が並走する構図である。
補章B NASA「Moon Base」計画──第3の軸
2026年、NASAは月南極での継続的活動に向けた無人輸送・移動能力を「Moon Base」の枠組みで整理した。これは有人着陸船HLSとは別に、科学機器、ローバー、インフラ実証機を月面へ継続的に運ぶ物流網を育てる取り組みである。
公式発表で確認できる直近の主な計画は次のとおりだ。
Moon Base I:Blue OriginのBlue Moon Mark 1「Endurance」。打ち上げは早くても2026年秋。
Moon Base II:AstroboticのGriffin。2026年後半を目標とし、500キログラム超の貨物を輸送する。
Moon Base III:搭載ペイロードの選定を進め、打ち上げ目標は2028年。
有人月面車候補:NASAは2026年5月、Astrolabに約2億1,900万ドル、Lunar Outpostに約2億2,000万ドルのタスクオーダーを出した。
追加貨物輸送:NASAは2026年6月、2028年後半を目標とする4回の月面着陸に総額約6億ドルを配分した。
ここで重要なのは、Moon Baseを完成済みの「基地」と受け取らないことだ。現段階は、輸送、移動、電力、通信などを段階的に実証する計画である。Blue Originは自社着陸船で月面輸送経験を蓄積できる一方、SpaceXはFalcon 9やFalcon Heavyによる打ち上げで物流網を支える。両社の競争はHLSだけでなく、月面物流の実績づくりにも広がっている。
補章C Starshipの次回飛行──日付より見るべき判定項目
Starshipの飛行予定は、機体試験、規制当局の承認、射場作業で変わりやすい。未確定の機体番号や社内日程を確定事項として扱うのは避けるべきである。
次回以降に確認すべきなのは、①安定した軌道投入、②Starlink V3など実運用ペイロードの展開、③上段の再使用に向けた帰還・回収、④軌道上での推進剤移送、の4点だ。HLSにとって特に重要なのは、単発の打ち上げ成功ではなく、複数機を短期間に運用して推進剤を集積できる再現性である。
そのうえで、2026年8月25日時点で確認できている事実だけを挙げておく。
次回飛行に充てられる上段は、8月19日に離脱噴射を模擬した単発静的燃焼を行い、8月21日に6基・60秒のフルデュレーション静的燃焼を完了した。飛行前の主要な適格性試験は済んでいる
対応するブースターは7月18〜20日に極低温耐圧試験を終え、静的燃焼キャンペーンを待っている
FCCへの特別臨時運用申請には、8月末を最短とする日付が記載されている。一方で社内スケジュール資料では9月中旬を示すものもある
上段キャッチについてのマスクの発言は3週間で後退している。7月24日は「次の飛行で試みる」、8月4日の決算説明会では「次の飛行で軌道投入とキャッチの両方」、8月20日は「おそらく数か月のうちに」。第1回の上段再飛行は「今年末か来年初め」とも述べた
したがって本稿では、特定の飛行日や塔による上段キャッチを既定路線とはしない。公式ミッションページ、FAAの認可、実際の飛行結果が揃った時点で評価を更新するのが妥当だ。
補章D 数字の読み方──衛星数・タンカー回数・価格
数字は定義を揃えないと比較を誤る。
衛星数:「累計打ち上げ」「現在軌道上」「運用中」は別の値である。Amazonは2026年7月2日時点でAmazon Leoを396基展開したと公表している。Starlinkは第三者集計の変動が大きいため、本稿では公式・規制資料で確認できる規模感を重視する。
タンカー回数:NASA監察総監室はStarship HLSに10機を超えるタンカーが必要になり得ると記したが、必要回数は機体性能、軌道、移送効率で変わる。SpaceXの確定運用回数ではない。
価格:Falcon 9とNew Glennの公表価格、顧客ごとの実契約額、再使用時の限界費用は同じではない。非公開の原価を断定せず、投入能力、飛行頻度、契約総額を分けて比較する必要がある。
補章E 日本はこの競争のどこにいるのか──ルナクルーザーと日本人2名の月面着陸
本稿はここまで米中と米企業2社の話をしてきた。日本の位置を書いておく。
日本人2名の月面着陸は「約束されている」
2024年4月10日(日本時間)、文部科学省の盛山正仁大臣とNASAのビル・ネルソン長官が「与圧ローバによる月面探査の実施取決め」に署名した。
内容は交換条件である。
日本が有人与圧ローバーを開発し、10年間運用する
米国は日本人宇宙飛行士に2回の月面着陸機会を提供する
これは口約束ではなく政府間の実施取決めだ。
日本は、米国以外で月面に人を降ろす権利を文書で確保した唯一の国である。
署名時の報道では、1人目が2028年、2人目が2032年を目指すとされていた。
ただしこの数字は再編前のArtemis IIIが2026年に着陸する前提のものだ。着陸がArtemis IV(2028年)へずれた以上、日本人の着陸時期も後ろへ動くと見るのが自然である。
ネルソン長官は署名時にこう述べた。米国はもはや単独で月面を歩くことはない、と。
ルナクルーザーとは何か
JAXAとトヨタ自動車が2019年から共同研究してきた有人与圧ローバーである。愛称は2021年に決定した。ランドクルーザーの「どんな道でも走破する」精神を月面へ持ち込む、という意味が込められている。
【ルナクルーザーの諸元(JAXA検討案)】
全長6.3メートル×全幅4.7メートル×全高4.9メートル
総重量 約15トン
車輪 6輪。台車の上に与圧キャビンが載る構造
居住容積 9立方メートル以上(四畳半よりやや小さい)
乗員 2名。最大30日間の滞在
電源 日照時は太陽電池で発電し、電力と水から水素と酸素を製造。夜間は燃料電池で発電する再生型燃料電池方式
運用目標 月面で10年間、総走行距離1万キロメートル
無人運用 有人ミッション期間外は地球からの遠隔操作で探査可能
比較しておく。アポロ15〜17号の月面車(LRV)は3回の走行で総移動距離90.4キロメートルだった。
ルナクルーザーの目標はその約100倍である。運用期間の前提が違うとはいえ、桁が違う。
アポロ型の非与圧ローバーでは、宇宙服の運用時間(8時間程度)が探査時間の上限になった。
与圧キャビンを持てば、その制約が外れる。着陸船からかなり離れた場所に与圧空間を運べる。探査範囲が根本的に変わる。
JAXAの有人与圧ローバーエンジニアリングセンター長・筒井史哉はこう述べている。
ローバーで移動する最中に「この地形は変わっているな」と思えば、そこが次の探査地点になるかもしれない。臨機応変なミッション設計ができるようになる、と。
「オールジャパン」の中身
トヨタが車両全体を担当する。
JAXAが探査ミッションと国際調整を担う。
三菱重工業が、ISS日本実験棟「きぼう」と補給機「こうのとり」で実証した宇宙機システムインテグレーション、耐宇宙環境技術、有人宇宙滞在技術を提供する。与圧キャビン内の生命維持(酸素供給、CO2除去、温度管理)が中核の貢献になる。
ブリヂストンが月面用タイヤを担当する。月には空気がないため、パンクしない非空気入りのオールメタル製タイヤを開発している。金属メッシュ構造で凹凸を吸収し、砂塵と放射線に耐える設計である。
横河電機が2025年9月、制御プラットフォームとバッテリー計測コンポーネントの研究開発契約をトヨタと締結した。
ルナクルーザーは、日本にとって初の独立した有人宇宙機になる。
「きぼう」はISSの一部であり、電力も通信も排熱も母船に依存できた。ルナクルーザーは自前で完結させなければならない。
開発状況とスケジュール
2025年5月 フルスケール試作車で初の有人試験走行を実施
2025年8月 大阪・関西万博でシミュレータによる操縦体験会
2026年1月時点 試作機による走行試験、展開・収納型太陽電池パネルの開発、CFRP(炭素繊維複合材)を使ったハッチ部の作製
打ち上げ目標 2031年度(当初は2029年目標だったが後ろ倒し)。2032年とする報道もある
運用開始 2031年以降、月南極域を探査領域とする
輸送手段は確定していない。
Artemis IIIとIVはローバーなし、Artemis VはNASA開発の非与圧型LTVを運ぶ計画のため、ルナクルーザーの運用開始はArtemis VI以降になると見られる。
月面への輸送には、HLSを改変した「無人大型カーゴランダ」を使う構想が示されている。
ここが本稿の主題と接続する。スペースXとブルーオリジンのどちらが先にHLSを完成させるかが、日本の探査車を誰が月面へ降ろすかを決める。
Gatewayと日本の役割
JAXAはGatewayの国際居住モジュールI-Habに環境制御・生命維持系などを提供し、将来の補給も担う計画である。NASAの2026年7月更新の公式計画では、GatewayはArtemis IV以降の月周回拠点に位置づけられている。日本人宇宙飛行士への2回の月面着陸機会は、有人与圧ローバーの提供に関する日米の実施取決めに基づくもので、Gatewayへの貢献とは区別して理解する必要がある。
日本にとっての含意
本稿の結論は「独走は速いが脆い」だった。
日本の立場から言い換えると、こうなる。
日本は月面着陸の権利を持っているが、そこへ運ぶ手段を自分では持っていない。
SLSとOrionに乗り、米国の商業着陸船で降りる。ルナクルーザーもHLS派生のカーゴランダで運ばれる。
経路が1本しかない状態のリスクを、NASA以上に直接引き受けているのは、実は日本のような参加国のほうである。
NASAが2社を競わせる理由は、日本にとっても他人事ではない。
スペースXとブルーオリジンのどちらかが転んでも計画が止まらない状態は、日本人が月面に立つ日を守る条件でもある。
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参考リンク
NASA・米政府一次資料
NASA:How NASA's Artemis III Lander Test Will Pave Way for Moon Landings(2026年7月15日)
NASA:NASA Welcomes Record-Setting Artemis II Moonfarers Back to Earth
NASA:Blue Origin Moon Lander Completes Testing at NASA Vacuum Chamber
FAA:Commercial Space General Statements(NG-3・Starship Flight 12調査情報)
SpaceX・Blue Origin一次資料
NASA Moon Base・Artemis III乗員
NASA:NASA Provides Update on Moon Base Rovers, Landers, Missions(2026年5月26日)
NASA:NASA Provides Updates on Moon Base Cargo Landers, Tech Demonstrations(2026年8月)
NASA:To Announce Artemis III Crew, Provide Mission Progress Update(2026年6月8日)
NASA OIG:NASA's Management of the Human Landing System Contracts(IG-26-004、2026年3月)
Gateway・Artemis
日本・ルナクルーザー
Amazon Leo一次資料
中国計画・補助資料
IEEE Spectrum:China Moon Mission—Aiming for 2030 Lunar Landing
Global Times:China successfully completes low-altitude Long March-10 test
軌道上データセンター・Starship
NVIDIA:NVIDIA Launches Space Computing, Rocketing AI Into Orbit(2026年3月16日)
SpaceNews:Nvidia joins Starcloud's $250 million orbital data center funding round(2026年8月21日)
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