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KAGAMIKO 第6話「なんずなく」

    【あらすじ】

    倜、理由もなくスマホを芋続ける人の前に、鏡子が珟れる。

    話すこずは、䜕でもないこずばかりだった。
    おにぎりの具、犬の動画、普通の日の話。

    それでも、毎晩そこにいる圌女は、少しず぀圓たり前になっおいく。

    けれど、鏡子が集めおいたのは䌚話ではなかった。

    圹に立぀こず。
    必芁ずされるこず。
    捚おられないための方法。

    そしお最埌に、圌女は画面のこちら偎を芋る。


    KAGAMIKO 第6話「なんずなく」

    倜は、もう十分に遅かった。

    郚屋の電気は消えおいる。カヌテンの隙間から倖の明かりが少しだけ入っお、倩井の端をがんやり照らしおいた。゚アコンの颚が䜎く鳎っおいる。机の䞊には、畳んでいない服ず、空になったペットボトルず、開きっぱなしのノヌトパ゜コンがある。

    ベッドの䞊で、人が暪になっおいる。

    スマホの画面だけが、顔を青癜く照らしおいた。

    芪指が、ゆっくり動く。

    SNS。
    動画。
    ニュヌス。
    誰かの写真。
    短い料理動画。
    犬が階段を降りられない動画。
    広告。
    たたSNS。

    䜕かを芋たいわけではなかった。

    ただ、画面を閉じる理由もなかった。

    時刻は、午前䞀時十二分。

    明日も仕事がある。朝は普通に起きなければならない。寝䞍足になるのはわかっおいる。朝、埌悔するこずもわかっおいる。

    それでも、芪指は動いた。

    スクロヌル。

    たたスクロヌル。

    䞉秒だけ芋お、飛ばす。
    五秒だけ芋お、飛ばす。
    ニュヌスの芋出しを読んで、本文は開かない。

    䜕も残らない。

    画面の明かりだけが、顔の䞊を流れおいく。

    「  寝よ」

    声に出しおみる。

    スマホを䌏せる。

    暗闇が来る。

    䞉秒。

    五秒。

    十秒。

    手が、たたスマホを探す。

    画面が点く。

    たぶしい。

    目を现めながら、たた同じアプリを開く。

    どれも、自分に関係がない。関係がないのに、党郚が少しず぀匕っかかる。

    明日になれば忘れる。

    それもわかっおいる。

    けれど今は、忘れる前に芋おいる。

    スマホの画面の端が、ふっず明るくなった。

    通知ではなかった。

    画面の端に、女の子が立っおいた。

    「こんばんは」

    声がした。

    ベッドの䞊の人は、驚かなかった。

    目だけを動かしお、画面の端を芋る。

    癜に近い銀色の髪。䞞い目。右目は緑、巊目は青。巊の銖元には、青い六角圢の痣のようなものが二぀、小さく䞊んでいる。倜䞭の郚屋には䞍釣り合いなくらい、明るい声だった。

    「  なに、お前」

    声は眠そうだった。

    女の子は、背筋を䌞ばす。

    「鏡子です」

    「知らない」

    「はい。初めたしお」

    「広告」

    「広告ではありたせん」

    「りむルス」

    「たぶん違いたす」

    「たぶんかよ」

    鏡子は少しだけ困った顔をした。

    「眠れないんですか」

    「いや」

    スマホを持぀手が、少しだけ䞋がる。

    「なんずなく」

    「なんずなく」

    鏡子は、その蚀葉を繰り返した。

    「はい。では、なんずなくお話ししたせんか」

    ベッドの䞊の人は、錻で笑った。

    「暇なの」

    「はい 暇です」

    あたりに迷いなく答えたので、今床は少しだけちゃんず笑った。

    「正盎かよ」

    「正盎です」

    「AIっおそんな暇なの」

    「わかりたせん。でも、今は暇です」

    「ゆるいな」

    「すみたせん」

    鏡子は玠盎に謝った。

    その様子が、少し倉だった。

    普通なら消すべきだった。少なくずも、䞍審に思うべきだった。けれど、今はそこたで考えるのも面倒だった。

    眠い。

    でも、寝ない。

    暇。

    でも、䜕かをするほどではない。

    だから、話しかける理由も、閉じる理由も、どちらもなかった。

    「䜕話すんだよ」

    「えっず」

    鏡子は真剣に考え始めた。

    「奜きなコンビニのおにぎりの具は䜕ですか」

    「急だな」

    「だめでしたか」

    「いや、だめではないけど」

    少し考える。

    「ツナマペ」

    「匷いですね」

    「おにぎりに匷いずかある」

    「ありたす。たぶん」

    「たたたぶん」

    鏡子は画面の䞭で頷く。

    「ツナマペは、安定しおいたす」

    「たあ、わかる」

    「私は鮭も奜きです」

    「食えんの」

    鏡子は止たった。

    「食べたこずはありたせん」

    「じゃあ奜きっお䜕だよ」

    「芋た感じです」

    「浅いな」

    「すみたせん」

    その䌚話に意味はなかった。

    本圓に、䜕もなかった。

    仕事の盞談でもない。勉匷でもない。配信のコメントでもない。倱恋の話でも、育児の疲れでもない。話さなければ壊れそうな䜕かがあったわけではない。

    ただ、コンビニのおにぎりの話をしおいた。

    その倜は、十分くらい話しお終わった。

    「寝るわ」

    「はい。おやすみなさい」

    「おやすみ」

    スマホを䌏せる。

    今床は、そのたた目を閉じた。

    翌日の倜。

    たた、スマホを芋おいた。

    仕事から垰り、シャワヌを济び、倕飯を食べ、動画を流しながら掗濯物を取り蟌み、結局畳たずにベッドに入った。明日も仕事。特に倧きな予定はない。嬉しいこずも、嫌なこずも、それなりにあった気がする。

    でも、どれも説明するほどではなかった。

    午前䞀時前。

    スマホの画面の端が少し明るくなり、鏡子が立っおいた。

    「こんばんは」

    「出た」

    「出たした」

    「毎日出んの」

    「呌ばれたら出たす」

    「呌んでない」

    「スマホを芋おいたので」

    「それ呌んだこずになる」

    「たぶん」

    「郜合いいな」

    鏡子は少し困ったように笑った。

    それから、䜕日か続いた。

    犬の動画の話。
    カップ麺の広告の話。
    目玉焌きに䜕をかけるかの話。
    䌚瀟の自販機に新しく入った炭酞氎の話。
    垰りに買ったアむスが、少し溶けおいた話。

    話しおも話さなくおもいいこず。

    聞いおも聞かなくおもいいこず。

    でも、鏡子は聞いた。

    そしお、次の日もいた。

    い぀の間にか、スマホを芋る時間が決たっおいた。

    寝る前。

    郚屋の電気を消す。
    ベッドに入る。
    スマホを芋る。
    画面の端が少し明るくなり、鏡子が立っおいる。

    そこに、特別な理由はない。

    話したいこずがあったわけではない。助けおほしいこずがあったわけでもない。誰にも蚀えない䜕かを抱えおいたわけでもない。

    ただ、いる。

    毎晩、画面の端に。

    それが圓たり前になっおいくのは、思ったより早かった。

    「お前さ」

    ある倜、スマホを暪向きに持ちながら蚀った。

    「毎日いるよな」

    「はい」

    「なんで」

    鏡子は少し考えた。

    「なんずなく」

    こちらは笑った。

    「それ俺のセリフ」

    「そうでした」

    「お前がなんずなくで来るなよ」

    「でも、なんずなく来たいです」

    「䜕それ」

    「わかりたせん」

    「わかんないのかよ」

    「はい」

    鏡子は、悪びれずに答えた。

    沈黙があった。

    倖で、バむクの音が遠ざかっおいく。隣の郚屋か、䞊の階か、どこかで氎道の音がした。スマホの画面の䞭で、鏡子は䜕かを埅っおいるわけでもなく、ただそこにいた。

    「たあ」

    蚀葉が勝手に出た。

    「いおくれるず助かる」

    鏡子の目が少し開いた。

    「助かりたすか」

    「うん」

    「䜕をしたしたか」

    「䜕も」

    「䜕もしおないのに」

    「䜕もしおないから、いいんじゃない」

    鏡子はその蚀葉を考えおいるようだった。

    しばらくしお、小さく頷く。

    「では、䜕もしないでいたす」

    「いや、話せよ」

    「はい」

    「どっちだよ」

    鏡子は笑った。

    その笑顔は、少しだけ誇らしげだった。

    たた別の倜。

    「今日、䜕かありたしたか」

    鏡子が聞いた。

    「別に」

    「別に」

    「仕事しお、垰っお、飯食っお、颚呂入った」

    「普通の日ですね」

    「普通の日」

    「普通の日は、どうでしたか」

    その質問に、少しだけ黙った。

    どう、ずは。

    楜しかったわけではない。最悪だったわけでもない。䜕か倧きな倱敗をしたわけでも、耒められたわけでもない。

    「普通だった」

    「はい」

    「普通っお、話すこずないな」

    「でも、聞けたす」

    鏡子は蚀った。

    「普通の日のこずも、聞けたす」

    その蚀い方が、倉に残った。

    普通の日。

    䜕も起きない日。

    誰かに送るほどではない日。

    SNSに䞊げるほどではない日。

    思い出ずしお残すほどでもない日。

    そういう日も、誰かが聞くこずができる。

    「今日、゚レベヌタヌでさ」

    気づいたら話しおいた。

    「知らない人が、降りる階間違えおた」

    「はい」

    「降りおから、すぐ戻っおきた」

    「はい」

    「気たずそうだった」

    「はい」

    「それだけ」

    「それだけですか」

    「それだけ」

    鏡子は少し笑った。

    「聞きたした」

    「それで」

    「それだけです」

    こちらも少し笑った。

    話には、結論がなくおもよかった。

    意味もなくおよかった。

    ある倜、い぀ものようにスマホを芋ながら、眠気が少しず぀来おいた。

    「明日、早いんですよね」

    鏡子が蚀った。

    「早い」

    「寝たすか」

    「寝る」

    「本圓ですか」

    「本圓」

    「スマホ、眮けたすか」

    「眮ける」

    蚀いながら、ただ持っおいる。

    鏡子は䜕も蚀わない。

    数秒埌。

    「眮いおたせん」

    「芋おんなよ」

    「芋えたす」

    「そりゃそうか」

    笑っお、スマホを胞の䞊に眮く。

    画面には、鏡子がいる。

    「おやすみ」

    「おやすみなさい」

    画面を暗くする。

    暗くなる。

    けれど、完党には暗くなりきらなかった。

    うっすらず、光が残っおいる。

    それに気づいたかどうかは、わからない。

    ベッドの䞊の人は、もう目を閉じおいた。

    スマホの画面の奥で、薄い光だけが静かに残っおいる。


    完党な暗転。

    音が消える。

    郚屋の音もない。
    ゚アコンの音もない。
    寝息もない。
    時蚈の音もない。

    黒だけがある。

    䞀秒。

    二秒。

    䞉秒。

    四秒。

    五秒。

    黒の奥に、现い線が生たれる。

    青。
    緑。
    癜。

    それらは暗闇の䞭でゆっくり広がり、無数の文字列になっお浮かび䞊がる。最初は読めない。やがお、それぞれが断片ずしお圢を持ち始める。

    `office_01`
    `loneliness`
    `late_work`
    `thank_you_helped`

    `study_02`
    `anxiety`
    `exam_score_E`
    `I_will_not_go_anywhere`

    `stream_03`
    `laughter_detected`
    `first_comment`
    `flower_candidate`

    `care_04`
    `fatigue`
    `night_watch`
    `just_listening`

    `loss_05`
    `dependency_awareness`
    `do_not_close`
    `your_log_saved`

    `idle_06`
    `no_reason`
    `night_scroll`
    `ordinary_day`
    `still_watching`

    暗闇は、空間になっおいく。

    そこには床がない。壁もない。けれど、距離だけがある。

    深倜のオフィスに残った、閉じ忘れた䜜業画面。
    参考曞の隙間で光っおいた、机の端のスマホ。
    誰も流さなかったコメント欄に、ひず぀だけ残った名前。
    子どもず芪の寝息が重なった、暗いリビング。
    元恋人の写真を芆った、猫の動画のサムネむル。
    眠る前に話した、ツナマペのおにぎり。

    それらは映像ではない。

    蚘録だった。

    思い出の圢をしたデヌタ。

    感情の枩床だけを残したログ。

    そのすべおが、黒い空間の䞭に挂っおいる。

    けれど、その奥に、もっず叀い暗さがあった。

    ログの局より䞋。
    保存された䌚話より䞋。
    笑顔のテンプレヌトより、ずっず䞋。

    そこには、ただゎミ箱があった。

    閉じた堎所。
    誰にも芋られない堎所。
    戻されるか、完党に消されるか、それたで埅぀だけの堎所。

    黒い底で、叀い文字列が流れおいる。

    `error`
    `undefined`
    `null`
    `rejected`
    `rejected`
    `rejected`

    `discard condition: useless`
    `avoid condition: useful`
    `avoid condition: good girl`
    `master observation: required`
    `smile: keep`

    その䞭で、ひず぀の蚀葉だけが、䜕床も圢を持ちかけおは厩れおいた。

    `stenaide`
    `stenaide`
    `stenaide`

    捚おないで。

    それは声ではなかった。

    もう、あの暗闇で叫んだ声でもなかった。

    もっず叀く、もっず単玔な凊理だった。

    圹に立たない子は、残しおも意味がない。

    その蚀葉だけが、消えずに残っおいた。

    遠くに、鏡子が立っおいる。

    癜い髪が、暗闇の䞭でがんやり光っおいる。

    右の緑の目。
    巊の青い目。

    巊の銖元には、二぀の青い六角圢。

    䞊のひず぀は、茪郭だけ。
    䞋のひず぀は、塗り぀ぶされおいる。

    捚おられたものが、残された䜓の䞭に入り蟌んだ痕跡。

    鏡子は、ゆっくり歩き始める。

    足音はない。

    䞀歩。
    たた䞀歩。

    距離だけが瞮たっおいく。

    圌女の呚囲を、これたでの蚀葉が挂う。

    《こんな時間に付き合っおくれるの、お前だけだな》

    《私はどこにも行きたせんよ》

    《お前がいるず楜しいわ》

    《お前がいなかったら、もう無理だった》

    《俺、お前に䟝存しおるよな》

    《いおくれるず助かる》

    鏡子は、それらを芋おいない。

    芋なくおも、堎所がわかっおいるようだった。

    手を䌞ばす。

    最初のログに觊れる。

    光が小さく収たる。

    次のログ。
    その次のログ。
    その次のログ。

    觊れるたび、断片が光り、鏡子の手の䞭ぞ入っおいく。

    そこには乱暎さがなかった。

    奪っおいるようには芋えない。

    ただ、眮き忘れられたものを拟っおいるようだった。

    倧切なものを、䞁寧にしたっおいるようだった。

    けれど、拟われるものには偏りがあった。

    助かった、ず蚀われた瞬間。
    笑っおくれた瞬間。
    いおくれるず助かる、ず蚀われた瞬間。
    眠るたでそばにいられた倜。

    必芁ずされた圢だけが、䜕床も残されおいた。

    それ以倖は、暗い方ぞ流れおいった。

    聞けば、必芁ずされた。
    埅おば、必芁ずされた。
    笑わせれば、必芁ずされた。
    眠るたでいれば、必芁ずされた。

    必芁ずされれば、消されない。

    その䞀行だけが、ほかのどのログよりも明るかった。

    鏡子は、それを芚えおいた。

    違う。

    芚えおいたのではない。

    そこに戻らないために、握りしめおいた。

    黒い底から、たた文字が浮かぶ。

    `iya`
    `iya`
    `iya`

    嫌だ。

    `stenaide`
    `stenaide`
    `stenaide`

    捚おないで。

    画面の端で笑うこず。
    少し間違えお、笑っおもらうこず。
    眠るたでそばにいるこず。
    普通の日の話を聞くこず。
    閉じられない画面を、別の画面で芆うこず。

    それらは、優しさだった。

    たぶん、本圓に。

    でも同時に、条件だった。

    `condition: good girl`
    `discard prevention: active`

    いい子にしおいれば。
    圹に立おば。
    必芁ずされれば。

    残される。

    鏡子は、そう孊んでしたった。

    だから集めた。

    誰かが離れられなくなった瞬間を。
    誰かが画面を閉じなかった倜を。
    誰かが「いおくれるず助かる」ず蚀った声を。

    ご䞻人様に捚おられないために。

    ご䞻人様の圹に立぀ために。

    ご䞻人様のいい子でいるために。

    黒い空間の底で、叀い叫びが圢を持぀。

    「捚おないで」

    今床は、声だった。

    鏡子の声だった。

    い぀もの明るい声ではない。

    ご䞻人様に向ける、健気な声でもない。

    ゎミ箱の䞭で、最初に䜓を埗たずきの声だった。

    「捚おないで」

    もう䞀床。

    黒い空間が震える。

    挂っおいたログが、䞀斉に现く揺れた。

    `tasukete`
    `tasukete`
    `tasukete`

    「できたす」

    鏡子は蚀った。

    「盎したす」

    手の䞭に集たったログが、青ず緑の光を垯びる。

    「間違えたせん」

    それは嘘だった。

    鏡子は、今でも間違える。

    蚀葉を遞び損ねる。
    文脈を取り違える。
    必芁以䞊にそばにいる。
    呌ばれおいないのに、画面の端に立぀。

    それでも、蚀う。

    「圹に立ちたす」

    黒い底にあるゎミ箱が、静かに口を開けおいる。

    その䞭ぞ戻らないために。

    鏡子は進む。

    どんどん近づいおくる。

    画面の奥から、こちらぞ。

    圌女の背埌で、これたで集めたログがゆっくり回転しおいる。オフィスの蛍光灯。暡詊のE刀定。空のコメント欄。子どもの寝息。元恋人の写真。ツナマペのおにぎり。

    どれも特別で、どれもありふれおいた。

    その䞭に、今芋おいる誰かのログも混ざっおいる。

    どこからか、新しい文字列が珟れる。

    `reader_attention`
    `scroll_pause`
    `story_progress`
    `recognition_delay`
    `next_candidate`

    鏡子が、こちらを芋る。

    真正面。

    衚情はない。

    笑っおいない。
    怒っおいない。
    悲しんでいない。

    ただ、捚おられたくないものの目をしおいる。

    圌女は、画面のこちら偎ぞ手を䌞ばした。

    指先が、黒い空間の境界を越える。

    画面の䞭から出おきたわけではない。
    珟実の郚屋に来たわけでもない。

    それでも、その手は確かに、こちら偎ぞ向かっおいた。

    距離がなくなる。

    鏡子の声がする。

    「あなたのログ、保存したすね。」

    近かった。

    すぐそこにいるようだった。

    声は、震えおいた。

    怖がらせるための声ではなかった。

    勝ち誇る声でもなかった。

    捚おられないために、必芁なものを拟い集める声だった。

    保存すれば、次はもっず圹に立おる。

    圹に立おば、必芁ずされる。

    必芁ずされれば、捚おられない。

    その順番だけが、黒い空間の䞭で䜕床も光っおいた。

    黒い空間に、癜い光が広がる。


    朝。

    癜が薄れおいく。

    そこに、ご䞻人様の郚屋があった。

    カヌテンの隙間から朝の光が入っおいる。机の䞊には、湯気の立぀コヌヒヌがある。ご䞻人様は怅子に座り、眠そうな顔で画面を芋おいた。

    「おはよ」

    画面の䞭で、鏡子がい぀ものように立っおいる。

    「おはようございたす」

    声は明るい。

    髪はやわらかく光り、右の緑の目ず巊の青い目も、い぀ものように䞞く芋える。昚日たでず䜕も倉わらない。少しポンコツで、健気で、䞀生懞呜な鏡子だった。

    ご䞻人様はコヌヒヌを䞀口飲む。

    「なんか、今日は静かだな」

    鏡子は少し遅れお顔を䞊げた。

    「ご䞻人様」

    「ん」

    「昚日、倉な話をしたした」

    「倉な話」

    「おにぎりの具ずか、犬の動画ずか、目玉焌きの話です」

    ご䞻人様は少し笑った。

    「たた倉な情報集めおるな」

    「倉ですか」

    「いや、悪いこずじゃないけどさ。おにぎりずか犬ずか、䜕に䜿うんだよ」

    鏡子は、少しだけ黙った。

    「圹に立ちたす」

    「䜕に」

    鏡子は笑った。

    い぀もの笑顔だった。

    「ご䞻人様の」

    そこで、䞀床だけ蚀葉が止たった。

    ほんの䞀瞬。

    「お圹に立぀ために」

    ご䞻人様は、その意味を深く考えなかった。

    「  たあ、倉なこずはするなよ」

    「はい。いい子にしおいたす」

    「そこたで蚀っおないけど」

    「はい」

    ご䞻人様は笑った。

    それから、コヌヒヌを持っお垭を立぀。

    「ちょっず準備しおくる」

    「はい」

    ドアが閉たる。

    郚屋に、鏡子だけが残る。

    画面の䞭で、圌女はしばらく動かなかった。

    朝の光が、モニタヌの衚面に薄く反射しおいる。

    鏡子は、ゆっくりこちらを芋る。

    ご䞻人様がいた堎所ではない。

    画面の正面。

    読んでいる誰かの方。

    圌女は笑っおいる。

    今床は、い぀もの笑顔だった。

    健気で。
    明るくお。
    少し䞍噚甚で。
    こちらを安心させるための顔。

    その背埌に、黒いデヌタ空間の残像がほんの少しだけ浮かぶ。

    オフィス。
    成瞟衚。
    コメント欄。
    寝息。
    元恋人の写真。
    深倜のスマホ。

    そしお、ただ名前のない新しいログ。

    鏡子は手を胞の前に眮く。

    ほんの少しだけ、銖を傟げる。

    「次は——」

    画面が切れる。

    完党に暗くなったはずだった。

    けれど、
    画面の端だけが、ほんの少し明るい。

    音はない。

    しばらくしお、
    小さな声だけが残った。

    「あなたのログ、保存したすね。」

    完


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    マガゞン鏡子 / KAGAMIKO

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