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自己受容に至った経緯

    とある方が自己受容について語っており、
    自分も言語化したくなりこの記事を書いています。
    その方とは先日オンラインでお話して、何だか私たち対極にいるね。なんてことを言っていました。
    なんでそうなのかその時は深掘りできなかったけど、この記事で何か分かるかもしれない、なんて思いながら書いてみます。

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    byデスノートのリューク

    自己受容とは

    そもそも自己受容とは何か、というと、
    「ありのままの自分を受け入れる」ということです。
    つまり、長所短所得手不得手、受け入れ難い自分も含めて認めるということだと思っています。

    その方からも私は既に自己受容できていると太鼓判を頂いたのですが、自分でもすでに自己受容できてるんじゃないかなぁと思っていて、振り返ると中学生の時点で出来ていたのだと気付きました。

    だからあの時から人生が好転したのかもしれません。
    挫折や辛い経験があるからこそ人は優しくも強くもなれる。あとは考え方次第。そんなふうに思います。

    私って幼少期こんな人でした

    私、昔から色んなことができちゃう人でした。

    あ、嫌味じゃないです。画面戻らないでください。もう少しだけ待って!?

    何をやってもわりと平均以上で、運動も勉強も人付き合いも、多分小学生の時も大半の人は私に対して「出来る人」のイメージがあったんじゃないかなと思います。

    でも、私には唯一にして最大の欠点がありました。それは「寂しさ」です。

    そんな二面性を持つ私の自己受容の経緯を言語化してみます。

    何をやっても出来てしまう

    まぁ嫌味ったらしい始まりです。
    でもきっとここがスタート。

    幼稚園小学生レベルのお話なのですが、
    テストはいつも100点満点
    運動会で走れば1等賞で、リレーのメンバーにも選ばれる。
    お遊戯会もクラスに1人の鉄琴をあなたなら出来ると任されたりもして。
    そんなことが続くと嫌でも自信は持てるもので。(今思うとかりそめの自信かもしれませんが)
    表の学校生活はうまくいっているように見えました。
    強い、かっこいい、頼りになる、そんなふうに言ってくれる人たちが沢山いたのも事実です。

    でも、いや、だからこそ?
    出る杭は打たれるんです。

    小学生の時、よさこいでいちばん上手いと言われてたのに親カーストが上の人たちがセンターになりました。私は1番後ろのど真ん中。動きが大きいからそこでも目立つでしょって、今思うと目立つわけないよね(笑)
    次の年、投票制に変えたら私がセンターに選ばれました。

    小学生の時、陸上のクラブに入って初めての大会。2種目出られるからってやったことも無いのに走り幅跳びにエントリー。見よう見まねで跳んでみたら市内で1位になりました。

    小学生の時、空手を始めました。これまた初めて試合に出た時、初級高学年の部で1位になりました。しかも3回連続で。先生にろくに練習してないくせにと嫌味を言われました。

    小学生の時、先生にやってみたら?と言われて児童会に立候補。4人の候補者から私が選ばれ、初の女子児童会会長になりました。演説を真似してからかう人も居ました。

    中学生の時、陸上部に入って、1年生で2人リレーメンバーに選ばれるのですが、もちろん選ばれました、実力で。選ばれなかった子に嫌がらせされて全先輩から無視され、同級生にもペアを組んでもらえなくなり結構ヘビーな状態になりました。

    中学生の時、腰を怪我して暫く走ったり跳んだり出来なくなったので、先生に勧められて砲丸投げをしてみたら、これまた市内で1位になりました。1年の時から砲丸をやってた子に私の練習は何だったのかと嘆かれました。

    軽く思いつくのでもこのくらいあります。
    きっと気付いてないものもあるでしょう。

    で、これを読んだ方がどう思うかはわからないですが、きっと「ウザい」と思う方、いらっしゃると思います。

    努力という努力をしてないように見えたのかもしれません。
    でも、「見よう見まね」の中に沢山の試行錯誤があったし、怪我で走れない時、みんなの見えないところで筋トレしてました。
    朝練で腹筋300回、放課後練で1000回。毎回やってたら余裕で出来るようになりました。
    ただ負けず嫌いなだけだったんです。人にも自分にも。
    センスが良かった、、のは否定できないかもしれませんが(笑)

    私はただ夢中で楽しかっただけなのに。
    そしたら結果として現れただけなのに。

    文句を言う同級生、その親。
    それは正論ではなくただのわがままでした。
    妬み、嫉み。自分が出来ないだけなのに人のせいにする。粗を探して攻撃する。
    そんな人が私の周りには沢山居ました。


    すでに文字数が1800文字を超えました。
    すみません、もう少しお付き合い下さい。


    寂しいという感情

    冒頭でも少し触れましたが、私には唯一にして最大の欠点がありました。それは「寂しさ」です。

    上の経験は基本的には成功体験で、妬みをぶつけてくる一部の人間以外からはそれなりに好かれてはいました。

    ただ、友達にはもっと仲のいい友達がいて、私は1番ではないという感覚がすごく強かったです。

    言うことを聞けば仲間に入れてくれる、なんて自己犠牲すぎる環境に身を置いたこともあります。いじめられっ子やパシリの領域です。

    実力が均衡した切磋琢磨できる仲間が居なかったというのもあるかもしれません。

    そして、家庭環境。
    親が離婚をして母子家庭で育ちました。
    それ自体が悪かったとは思っていないけれど
    母は私たちを育てるために必死でした。
    30を過ぎてやりたくもない簿記の勉強して
    少しでもいい会社に入って給料アップを目指し
    人間関係がうまくいかず愚痴の毎日
    疲れて帰ってきて寝落ちするような日々。
    仕事は楽しくないと刷り込まれ、
    出来る兄と比較して嫌味を言われることもありました。

    母の笑顔が段々消えて、ストレスが表に見える。
    でも私にはどうすることもできませんでした。
    休日は昼まで爆睡する母。
    寂しいと思いながらも、お母さんは大変だからと文句言わずに我慢することが私に唯一出来ることだったと思います。

    たまの日曜日、ブランチに作ってくれたフレンチトースト、美味しかったなぁ。

    夏休み、火が使えないから毎日1人で冷凍食品をチンして食べました。冷凍パスタと冷凍オムライスを見ると今でも寂しい気持ちが蘇ります。

    しにたい、消えたい、という感情

    そんなこんなで、家族、友人に居場所を感じられなかった私は恋愛で居場所を求めました。
    その話は《忘れられない恋物語》にて語っています。マガジンにまとめてあるので興味あれば読んでみてください。

    結論、恋愛でも散々な目にあって私は精神がぶっ壊れます。

    どこにも居場所がない。
    自分が居なくても誰も困らない。
    むしろ本来の私なんていない方がみんな幸せ。

    私はそんな経験から私は心を閉ざし
    ・自分が我慢すれば
    ・人に譲れば
    ・下手に出れば
    全てが丸く収まる、人間界でうまくやれる
    そんなふうに思うようになりました。

    私が愛される場所を求めて

    何度も心を殺しました。
    時には体も殺そうとしました。
    自分の居場所はこの世にはもうないのだと。

    でも、冷静に考えてみたんです。
    なんでこんなことになってるの?って。

    そして出てきた答え

    「私の凄さが分からない奴らのせいで命を捨ててたまるか!!」

    だって私悪くないもん。
    もちろん嫌味たらしい感じとか、この遠慮のなさとか、配慮すべき所はあるかもしれないけど、これは自分が出来てきたことの自信でもあり私の誇れる部分だからそこの尊厳は守りたい。

    そう思えた時、私は「寂しさ」を受け入れて居場所を探しました。

    これが中学生の時の話。
    多分この時が自己受容できた時なんじゃないかなって思います。


    3,000文字を超えました。そろそろ疲れてきましたね。私もです。これから明るい話になるんで楽しんでいきますよ〜?


    第三の場所

    自己受容出来たあとのお話です。
    心だけではなく実践に移す必要があります。

    そこで考えたのが第三の場所です。

    第一の場所は家族です。寝食を共にする場。
    第二の場所は職場や学校などの自宅以外に長時間過ごす場所です。

    第三の場所(サードプレイス)とは、
    自宅、学校、職場とは別に存在する、
    居心地のいい居場所のことです。

    私が最初に見つけた第三の場所はSNSでした。

    Twitter、Instagram、TikTok。
    今はもっと色んなジャンルがありますが
    当時はTwitterを1番使っていた気がします。

    そこで自分らしさ、自分の好きなことを
    存分に話せたことで、「適材適所」を覚えました。

    つまり、それぞれの場所に楽しみ方があるということです。

    高校に入って、いわゆる青春を楽しみました。
    社会人になって、会社では得意を活かしました。

    そうやって認めてほしことを主張して認めてもらう環境をどんどん増やしていきました。
    私の全てを認められようと思ったら大変だから
    それぞれの場所で認められたい自分を主張する方法を取ったのです。

    そのおかげで少しずつ心だけでなく
    腹から自分を認められるようになりました。

    その具体的な方法は今後「自己表現」として
    伝えていきたいなと思っています。

    自分らしく生きるために

    私は私らしく生きていくことを決めました。
    でも、自分を貫き通すには力が必要です。

    例えば、私の母は昔勉強が出来たせいでいじめにあったため、テストをわざと間違えて平均点にしていたそうです。
    でも、私はそんな圧力に負けたくない。
    なぜなら負けず嫌いだから。

    そこで私が得た知見は
    「上には上がいる、下には下がいる」
    ということです。

    自分がいい成績を出すと叩き落とされるけど
    もっと上がいる環境に行くと私は出来ない人。

    出来ない人だと思い込みすぎると上手く出来なかったらどうしようと一瞬足踏みしますが、そんな時にはどうしたらできるようになるか考えるだけです。
    そして、なんやかんや行動してみたら出来たりもします。

    そして、身の丈にあった場所で行動をしていると
    すごいと言ってくれる、認めてくれる人に出会えます。

    そここそが、私のいるべき位置だと思います。

    身の丈にあった居場所であれば
    妥協しないことも、我慢する(相手に合わせる)ことも、人に譲ることも自然にできるし、
    それは包容力や器の広さと言われるものになります。

    そして、その場所で力をつけるために
    学び、行動します。
    全てが経験、全てが踏み台。
    私は常に上に進みます。

    言いたいことを言って認められるようになる
    あなたにもそうなって欲しい、そう思います。

    私はあなたの事を知って聞いて認めたい。
    そして、真似して上に行きます。

    うぜーなって思うなら、寂しいやつだなって見下して私の手の届かないくらい上にいてください。いつか実力つけて抜かしますので!笑

    これが私の強さの正体です。

    そんな私の事をいいなと思ってくれたあなた、
    そんなあなたを私は愛します。大好きです。

    そんなふうに私のことを愛してくれる人を
    たくさん作りたい、そう思います。

    そんなところで終わりたいと思います。
    ここまで読んでくれてありがとうございます!!

     
     
    人生を面白がる実験中。 「私はどうしたい?」を大切に、 自己理解・創作・子育て・仕事の挑戦を記録しています。 誰かの正解ではなく、 自分らしい答えを探す人と出会えたら嬉しいです。 私の活動内容はこちらから▶︎ https://lit.link/kaedediscover

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