
【26-27第7節:H名古屋戦】やっと、笑えた日─長かった夜
◆背水の陣
2026年9月12日。
ホーム名古屋戦だ。
長崎は正念場を迎えていた。
開幕戦以来、勝利なし。
ここまでで、1勝1分4敗を喫し、順位は18位となっていた。
このままではJ2に逆戻りだ。
まだ、7節、されど7節。
今日は勝利しないと、チームの雰囲気的にもかなりしんどいぞと思っていた。
13時半に家を出た。
今日は一人だ。
物思いに耽りながら車を運転する。
私の脳裏に蘇るのは、やっぱり、ガンバ大阪戦の時に見た山口蛍選手のゴール前で、頭を下げる姿。
そして、試合が終わった瞬間に悔しそうに叫ぶ姿だ。
できれば、もう、キャプテンにあんなことをさせたくない。
……今日こそは笑顔を。
ただ、私は、この試合、少し勝機があるんじゃないかと思っていた。
名古屋のペトロヴィッチ監督を高木監督は尊敬している。
だから、いわゆる「ミシャ式」と呼ばれる独特な攻撃的サッカーを高木監督はよく理解している。
分析の鬼である高木監督は、間違いなく対抗策を練ってくるだろうと思っていた。
◆いつもの場所、いつもと違う景色
いつもの駐車場に停めて、歩いてピースタへ向かう。
到着したら、まず、私は、2階のハピネスアリーナ前の長蛇の列の後ろに並んだ。
今日はネットプロテクションズさんが、先着5000名に選手の缶バッジを配布している。
とてもピンポイントで山口蛍選手が当たるとは思えないが、チャレンジしなければ可能性はゼロだ。
私は大人しく、待機していた。
しばらく待っていると、列が動き始めた。
ただ、ハピネスアリーナの前には、様々な人の名前が書かれたレンガが埋め込まれている。
……何となく、踏みづらい。
私は、短い脚を何とか伸ばし、レンガを回避しながら進んだ。
ちなみに、この姿をXのフォロワーさんに見られていたようで、後からコメントを頂いた。
挙動不審な動きをしていたので、多少、目立ってしまったのかもしれない。
しばらく進んで、無事に配布しているテントのところまでたどり着いた。
「ネットプロテクションズ」と合言葉を言えば、缶バッジが1つもらえる。
前の人が少し噛んでいるのを見て、私は、少しゆっくり言おうと決意する。
私の番になる。
「ネットプロテクションズ」
ちゃんと言えた。
箱の中にある缶バッジを引く。
取り出すと、江川選手の缶バッジだった。
応援するCBチームの一員なので、もちろん嬉しいのだが、やっぱり山口蛍選手が欲しい。
諦めきれなかった私は、Xに交換のお願いの投稿をした。
それから、私はNORTH棟のインフォメーションに向かう。
親切なフォロワーさんから、山口蛍選手のランダムグッズを購入させてもらうことになっていた。
足早に向かい、500円と引き換えに、私はグッズを手に入れることに成功した。
もう、先行入場は始まっている。
私はスタジアムの中に入る。
昼を食べたはずなのだが、猛烈にお腹が空いていた。
しかも、暑い。
自分の欲望を解消するため、席の近くの店に行き、かき氷とポテトサラダのドーナツを購入した。
かき氷は暑いからだが、ドーナツは特に意味はない。
その店で販売されていた中で一番食べ応えがありそうなものを選んだだけだ。
席に行くと、まだ、田中さんは来ていなかった。
というより、私の周りの人はまだそこまでいなかった。
ちらほら荷物が置いてある席があるから、どこかに行っているのだろう。
そういえば、と思い、私は携帯を見る。
スタメンが発表されている。
山口蛍選手は相変わらずスタメンだ。
そして、マテウス選手がスタメンに戻ってきた。
リーグ戦ではこれが初スタメンだ。
私は安心する。
ただ、スタメンに翁長選手の名前がある。
翁長選手は、この連戦でずっとスタメンだ。
2日前のルヴァンカップにも出場し、流血するほどの怪我を負ったことを私は知っていた。
大丈夫か心配だが、高木監督が判断したなら、私は信じるしかない。
CBのスタメンは進藤選手、新井選手、江川選手。
サブには土肥選手もいる。
一時は3バックを2人で回さなければならなかったことを考えたら、やっとここまで人数が揃ったかという感じだ。
スタメンを確認し終わった私は、先にかき氷を食べ始めた。
溶ける前に食べ終わる。
それから、ドーナツを食べる。
もうそろそろ、選手たちがホテルから入場してくるころだ。
早く食べなければ。
私は急いで口にドーナツを詰め込む。
と、ちょうど食べ終わったころ、田中さんがやってきた。
「今日は勝たんばねぇ。」と言いながら座ってきた。
ガンバ戦と神戸戦で少しフラストレーションが溜まっているようだ。
「今日、勝たんばまずかよ。」
「そうですねぇ、今、18位ですもんね。」
「そうよ、せっかく上がったのに、このまま落ちたらもったいなか。」
「J2も厳しいですもんね。」
「うん、みんな強かよ、落ちたら、とても上がれんよ。」
そのようなことを話していたら、ゴール裏がざわざわし始めた。
おそらく、選手がもう、ホテルから入場する。
……ただ、私はうーんと思っていた。
いつも、この時間だったら、私の周りには選手たちを鼓舞するため、もっと席が埋まっている。
だけど、今日はガラガラだ。
私の前には、ほとんど人がいない。
──本当のところは分からない。
だけど、もしかしたら、勝てないチームと少し距離を置いているんじゃないか。
そう、勘ぐってしまった。
私は、山口蛍選手のゲーフラを広げる。
ガンバ戦の時に絵の具同士の部分がくっついていたが、今日も、くっついていた。
私が剥がしていると、また、田中さんが話しかけてきた。
「やっぱり、手作りってすごかねぇ。」
「そうですかねぇ、ありがとうございます。こういうのを作るのが好きで。」
「いやぁ、気持ちがこもっててよかよ。余裕があったら私にも作ってください。」と言われた。
正直に言う。
……田中さん、意外とグイグイくるな、と思った。
「そうですねぇ、なかなか時間が無いのですが…」
と、とりあえず、曖昧な返事を返しておいた。
多分、田中さんのゲーフラは作れない。
だけど、もし、来年、照山選手が長崎に帰ってきたら、田中さんにこの山口蛍選手のゲーフラを掲げてもらって、私は照山選手の新しいゲーフラを掲げるのもいいなと思った。
……なんせ、この席は、4シーズンは更新できるのだから。
◆届いた声
そんなことを話していたら、いよいよ選手たちが入場してくる。
私は山口蛍選手のゲーフラを掲げる。
見逃さないように探していると、長袖のシャツを着て、大きめの茶色い鞄を下げているのが見えた。
長袖で暑くないのかな?といらぬ心配をしつつ、「ほたるー!」といつもよりも大きな声で叫んだ。
そしたら、山口蛍選手はこちらに向かって手を振った。
──今日は、私で間違いない。
自信を持って言える。
なぜなら、私の周りには、相変わらず人がいないからだ。
私は複雑な気持ちになった。
自分の声が届いたことはもちろん嬉しい。
でも、私の声が届いたのは、応援するサポーターが周りにいなかったからだ。
……選手たちからしたら、その席が埋まっている方が嬉しいんじゃないか。
そんなことを思ってしまった。
ただ、私に手を振ってくれたことには変わりないので、隣の田中さんに、
「手を振ってくれました!」と報告した。
「うん、見た見た、良かったねぇ。」と田中さんも喜んでくれた。
それから、何となく山口蛍選手の話になる。
「山口蛍はよか男やもんね。ありゃあモテるばい。」
田中さんから見ても、山口蛍選手はかっこいいらしい。
「やっぱりオーラがありますもんねぇ。」
「そうよ、さすが元日本代表よ。」
……田中さんも意外とミーハーだ。
会話が途切れたところで、私は何となくSNSを開いた。
そしたら、岩崎本舗の豚バラのシュラスコの画像を投稿している人がいた。
……そういえば、食べたいと思ってたんだよな。
あまりにも腹が減り、手短な店舗で済ませたことを後悔した。
だが、自分の腹と相談した結果、まだシュラスコは行けるとの返事だった。
私は迷わず、モバイルオーダーで注文した。
時間がかかるかなと思ったが、2分ほどで通知が来る。
私は田中さんに「すみません、ちょっと豚串を取ってきます。」と声をかけた。
「おお、よかねぇ、いってらっしゃい。」
田中さんに見送られ、私は岩崎本舗へと急いだ。
無事に手に入れ、戻っている最中にチアリーディングが始まった。
V-ROADが流れる。
ホーム戦勝利時に流れるこの曲を最近はとんと聞いていない。
今日は聞けるといいなと思いながら席へと急いだ。
席につくと、先ほど空席だった場所はかなり埋まっていた。
まだチアリーディングは行われている。
手拍子をしながら、ダンスを見守った。
終わってから、私は豚串を取り出した。
意外と大きい。
ただ、私の腹は大丈夫だと言っている。
私は、豚串を思う存分堪能した。
その時、ヴィヴィくんがグリーティングで歩いてきた。
私の片手は豚串でふさがっている。
開いている方の手で、私はヴィヴィくんに手を振った。
ヴィヴィくんはそのままゴール裏に行った。
いつものようにヴィヴィくんのチャントが歌われる。
私はまだ豚串を食べている最中だったが、その時ばかりは声を張り上げる。
これはヴィヴィくんとサポーターの儀式だからだ。
やっと豚串を食べ終わる。
ただ、あまりきれいな話ではないので読者の皆さんには申し訳ないのだが、豚串の玉ねぎが歯と歯の間に挟まってしまった。
何とか取り出そうと奮闘しているところに、リバイブチームの応援練習が始まってしまった。
練習なので、声を出すが、いかんせん、口の中が気になる。
いつもよりも声が出せない。
……このままのわけにはいかない。
いったん、応援に参加することはあきらめ、玉ねぎの除去作業に集中する。
作業内容は記載しないが、とりあえず、除去には成功した。
練習にはあまり参加することができなかったが、本番で頑張ればいいだろう。
◆それぞれの思い
そんなことをしていたら、選手たちの練習の時間になる。
先にGKの後藤選手と波多野選手が出てくる。
綺麗になった口で2人のチャントを歌ってしばらくしたら、今度はFPたちが登場する。
山口蛍選手が先頭で入ってくる。
私はまたゲーフラを掲げ、山口蛍選手を鼓舞した。
挨拶する山口蛍選手を見て、あれ?と思った。
──多分、スパイクが変わってる。
確か、私の記憶にあるのは、全体はオレンジだが、かかとの方に少し水色が入っていたはずだ。
だが、見た限り、全体がオレンジに見える。
より一層、目立ちやすくなって、こちらとしてはありがたい限りだ。
今日はスタメンに入ったマテウス選手とパスの交換をしている。
マテウス選手は山口蛍選手と一緒にいるとき、本当に嬉しそうだ。
私もその姿を見て微笑ましい気持ちになる。
ゴール裏から選手のコールと、チャントが順番に歌われる。
「ほたる!」のコールの時に、山口蛍選手は手を叩いて、その声援に応えていた。
それに続いて、山口蛍選手のチャントが歌われる。
少しでも励ましたい一心で、私は練習している山口蛍選手に向かって歌った。
選手たちのコールとチャントを歌っていたが、私は気づいた。
あれ?長谷川選手のチャントを歌ってないのにサブの選手の順番になったな?
もしかしたら、忘れているのかもしれないと思った。
サブの選手まで歌い終わったら、最後に長谷川選手のチャントとコールが行われた。
……いつもより長めに行われている。
私はこの時やっと、なぜ、長谷川選手が最後になったのか、意図を理解した。
この試合の2、3日前。
ちょっとした行き違いから、長崎サポーターが、長谷川選手が移籍すると勘違いした。
噂はどんどん広まり、長谷川選手のインスタのDMに誹謗中傷が届き、長谷川選手が直接釈明をする事態にまで発展してしまったのだ。
ちなみに私は、その頃、ブログを書いていたため、それを知ったのは全てが終わった後だった。
きっと、辛い思いをさせてしまった長谷川選手を励ますために、特別に最後にしたんだろうと思った。
ピッチを見ていたが、ふと、近くにいる見慣れない選手が目に留まった。
頭にバンドをしている。
誰だ?
よく見たら、翁長選手だった。
きっと、ルヴァンカップで怪我をしたところを保護しているんだろうと思った。
左目が少し見えにくそうで心配だ。
今日は怪我無く頑張ってほしい、と私は祈った。
しばらくすると、練習メニューが変わり、それぞれのポジションの練習だ。
まずは、CBチームを確認する。
今日のポジションは左から江川選手、新井選手、進藤選手だ。
私の予想通りだ。
それから、山口蛍選手に目を向ける。
翁長選手が左サイドからクロスを入れ、それをシュートする。
そして、今度は、米田選手が右サイドからクロスを入れ、それもシュートしていた。
いつもはこの時間、誰かと一緒に練習するというよりは、一人で調整していることが多い。
今日は珍しい。
もしかしたら、この練習も高木監督の作戦の一部かもしれないな、と思った。
練習が続き、アップ終了の時間が近づく。
山口蛍選手はゴムで負荷をかけるトレーニングを行ってから、ピッチを後にした。
と、それと同じタイミングで、シュート練習をしていた中村選手のシュートが決まった。
自分で手を叩き、サポーターを煽っている。
サポーターもそれに応えるように、中村選手を鼓舞した。
と、それを見ていた波多野選手が羨ましくなったのかは知らないが、一緒にサポーターを煽り始めた。
盛り上がったところでゴールキックをする。
遠くまで飛んだそのボールを見て、サポーターたちは手を叩いて盛り上がる。
それに味を占めたのか、また、ゴールキックをした。
だが、そのボールはラインを割った。
サポーターからは当然、ブーイングだ。
波多野選手は笑いながら、ピッチを後にした。
◆願いを込めて
選手たちがいなくなったところで、私はSNSを確認した。
そしたら、私が交換をお願いしていた江川選手の缶バッジと山口蛍選手の缶バッジを交換してくれる人が現れた。
私は喜び、さっそく、その方にお礼のコメントを送った。
ハーフタイムに交換する約束を取り付ける。
私のテンションはさらに上がった。
ピッチでは、ネットプロテクションズ取締役の小川さんのあいさつが行われる。
ご自身が長崎で生まれ育ったこと、長崎の応援が出来て嬉しいことを語った。
私は、缶バッジの件もあるため、ネットプロテクションズさんの為にも今日こそは絶対に勝ってほしいなと思った。
選手紹介が終わったら、いよいよ選手入場だ。
私はまた、山口蛍選手のゲーフラを掲げる。
山口蛍選手を先頭に選手たちが入場してくる。
今日は、リスペクト宣言が行われる。
キャプテンの山口蛍選手と、名古屋のキャプテンの稲垣選手が前に並んだ。
私はリスペクト宣言を聞きながら、長谷川選手の件を思い出していた。
これで、少しでも、選手への誹謗中傷が減ればいいんだけどなぁ…と思う。
その為には、自分もしっかりしないとな、と気を引き締める。
宣言が終わったら、写真撮影ののち、円陣ダッシュだ。
山口蛍選手がピッチに入るとき、やっぱり、いつものヘディングを確認するような動作をした。
サポーターのかけ声とともに、円陣が解かれ、それぞれのポジションにダッシュする。
そのあと、いつもなら、一人で集中しているのだが、この時はマテウス選手がハグをしに来ていた。
やっぱりマテウス選手は優しいな。
そんなことを思いながらピッチを見守っていた。
カウントダウンが始まる。
いよいよ試合がスタートだ。

◆耐える時間
開始わずか1分。
長崎が攻撃される。
だが、進藤選手が前にクリアする。
その先にはサンタナ選手がいた。
サンタナ選手と競り合った名古屋の選手が倒れた。
これはチャンスだ!
私は「サンタナ―!」と叫んだ。
と、私と全く同じタイミングで後ろの人も「サンタナ―!」と叫んだ。
2人で同時に応援しているような感じになって、少し可笑しくなった。
ただ、それは、名古屋ボールになる。
その後、また長崎の左サイドから攻められる。
と思ったら、右サイドにサイドチェンジされる。
私の目の前で、激しい攻防が繰り広げられる。
山口蛍選手が必死な顔でプレーをしているのが目に入った。
おそらく、何としてもここで奪いたいと思っていたのかもしれない。
だが、あっという間にボールは長崎のゴール前に送られた。
しかし、そのボールは山田陸選手がブロックし、翁長選手がクリアする。
その先にはまたしてもサンタナ選手がいる。
ただ、そのボールは先に名古屋に回収された。
5分、ここまで少なくとも3回はピンチの場面があるが、何とかしのいでいる。
また名古屋にシュートを打たれたが、翁長選手が体でブロックした。
ナイス守備だ。
私は「翁長ナイス!」と叫んだ。
そのボールを回収した山口蛍選手がまたサンタナ選手に当ててロングパスを送る。
良いパスだ、と思ったが、またしてもそれは名古屋に回収された。
私は何となく、これが今回の作戦なのかなと思っていた。
ミシャ式のサッカーは攻撃の時に前線に人数をかけるサッカーだ。
だから、攻撃時、後ろには、あまり人が残っていない。
長崎には、サンタナ選手とマテウス選手という超強力な選手が前線にいる。
多分、ある程度名古屋に攻撃をさせて、選手たちを前線に引き付けておいてから、カウンターで仕留める作戦かなと思った。
そんなことを考えていたら、田中さんが「名古屋の選手はでかいねぇ。」とつぶやいた。
「確かに…なんか強そうに見えますよねぇ。」と返した。
私の目からも、前線にいる山岸選手と木村選手は何となく大きそうに見える。
ちなみに後から身長を調べたら、183cmと185cmだった。
でも、現地ではもっと大きく感じたので、おそらく勝たねばというプレッシャーで大きく見えていたのかもしれない。
9分、長崎のチャンスだ。
右サイドの米田選手がボールを奪い、マテウス選手に渡す。
マテウス選手、山田陸選手、長谷川選手と左サイドにボールが渡っていく。
長谷川選手がドリブルで中に切り込んでマテウス選手に渡す。
長谷川選手はそのままゴール前に侵入する。
マテウス選手が長谷川選手が走り込んだ先にボールを送り込む。
長谷川選手がゴールの右側から迫っていく。
そこから中央にボールを送り込んだが、そこにいたサンタナ選手とはタイミングが合わず、名古屋のボールとなった。
と、今度は名古屋がロングボールを前線に送り込む。
一転してピンチになる。
多分、長崎がやりたかった攻撃を名古屋が行っている。
ただ、中に送り込まれたボールは新井選手が弾く。
攻守が目まぐるしく入れ替わる様に、私は、この一連の流れがこの試合の象徴だろうなと思った。
11分、ここで私はあれ?と思った。
山口蛍選手のポジションが少し外気味な感じがする。
気のせいだろうか?と思いながら見ていたが、名古屋の攻撃でポジションが崩れ分からなくなった。
米田選手と山口蛍選手が長崎のゴール近くでボールをクリアする。
その山口蛍選手がクリアしたボールがサンタナ選手の所に行く。
ただ、サンタナ選手は長崎のゴールの方に体が向いていたため、そのまま、ゴール側にパスをした。
私は、一瞬、これ、大丈夫か?と思った。
案の定、ゴール前でそのボールを名古屋にとられた。
中央から一旦、長崎の左サイド側に展開するが、再度、中央にボールを送りこまれる。
それを後藤選手がパンチングで跳ね返し、またサンタナ選手が回収した。
先ほどのプレーが脳裏にあったのか、今度は少し、ボールを落ち着かせてから長谷川選手にパスをしていた。
ものの数十秒でプレーの修正をしたサンタナ選手に、私は舌を巻いた。
16分、なかなか長崎がシュートまでいけない展開が続く。
作戦上、名古屋にボールを持たせるのは仕方ないのかもしれないが、ヒヤヒヤした時間が続く。
隣の田中さんは「押されとるなぁ。」と少し機嫌が悪くなってきた。
田中さんのためにも、とりあえずシュートを打ってほしい。
ただ、ピッチでは相変わらず名古屋がボールを持っている。
また、長崎のゴールに向かって鋭いボールを送ってきた。
だが、それを新井選手が足でブロックした。
長谷川選手がそのボールを回収し、翁長選手に預ける。
そこから、山田陸選手にパスが渡った。
当然、名古屋が奪いに来る。
だが、山田陸選手は驚異的な粘りで、そのボールを奪われることなく、前線にパスを送った。
結果的にそのパスは通らなかったが、山田陸選手の粘りは素晴らしかった。
私は「りく、ナイスファイト―!」と叫んだ。
上の席からも「りくー!」という声が飛んでいた。
◆違和感の正体
18分、私はやっぱりなと思っていた。
11分で感じたポジションの違和感。
これは文字だけでは説明しにくいので、私にしては珍しく、図を描いてみた。

こんな感じで、本来ならば、マテウス選手が山口蛍選手の横にいるべきなのだが、少し前に出ている。
その為、山口蛍選手がこの開いたスペースを埋めているように見えた。
……もちろん、私が現地でこう見えたというだけなので、合っているかどうかは保証しない。
そこはご留意いただきたい。
これは作戦によるものなのか、自然にそうなったのかは分からないが、これは蛍さん、大変だぞ、と私は思った。
22分、長崎の攻撃だ。
だが、名古屋のゴール前まで行くが、シュートまでは持ち込めない。
後ろに下げたボールを取られそうになる。
進藤選手がスライディングで奪いに行く。
と、相手の山岸選手とシンクロするように倒れ、うずくまった。
審判は進藤選手のファウルを取ったが、進藤選手は抗議している。
遠目ながら、座り込んだり、蹴るマネをして一生懸命アピールしているのが見えた。
サポーターからは「しんどう!」コールが沸き上がる。
ただ、結果は覆ることはなく、名古屋ボールとなった。
……ちなみに後から見たDAZNでは「これはファウルでしょうねぇ。」とあっさり言われていた。
25分、ここで前半の飲水タイムだ。
山口蛍選手が審判と話をしているのが見える。
もしかしたら、判定で何か確認したいことがあったのかもしれない。
29分、長崎が名古屋のカウンターを何とかしのぐ。
攻撃を組み立てなおしている。
ただ、マテウス選手が倒されて相手がファウルをもらった。
その位置から長崎ボールでリスタート。
CBからまたパスをし直す。
進藤選手がボールを持った時、山口蛍選手が右サイドにパスを出すように指示していた。
ただ、それが聞こえなかったのか、進藤選手は左側にいる江川選手にパスを送っていた。
これは選手たちのインタビューでもよく聞くが、ピースタは席とピッチとの距離が近い分、選手同士の声が聞こえにくいと言われている。
もしかしたら、その弊害なのかもしれないなと思ってしまった。
◆静寂のあと
31分、左サイドの江川選手が裏へのボールを長谷川選手に送る。
長谷川選手は、後ろから走り込んできた翁長選手にボールを渡す。
翁長選手がドリブルでPA内に侵入する。
そこで倒された。
……とここまで書いたが、現地では翁長選手が倒れたところは見えなかった。
まぁ、何かファウルかな?ぐらいに思っていた。
そしたら、ヴィジョンに「PK確認中 オフサイドの可能性」と表示された。
私は余りの事に驚き、「これって長崎のPKってことですよね!?」と田中さんに確認してしまった。
……名古屋のゴール前なのだから、当たり前だ。
だが、田中さんも「そうよ!長崎のPKよ!」と興奮していたので、特に違和感は感じなかったようだ。
判定を待つ間、ゴール裏から手拍子が聞こえてきた。
私もそれに合わせる。
どんどん、その手拍子は伝播していく。
みんなの期待感がスタジアムに充満する。
それが頂点に達したころ。
──PKが確定した。
サポーターは大歓声だ。
誰が蹴るのかなと思っていたら、マテウス選手がボールを持っているのが見えた。
長崎サポーターは一斉に静かになる。
聞こえるのは、名古屋サポーターのチャントだけだ。
私は手を合わせて祈る。
ホイッスルが吹かれる。
マテウス選手がボールを蹴る。
シュートは右側に突き刺さった。
長崎先制だ!
私は周りのサポーターさんたちとハイタッチをして喜んだ。
田中さんも笑顔だ。
この得点は大きい。
マテウス選手の名前を全力でコールして、私は皆と喜びを分かち合った。
39分、点が入ったことで、長崎サポーターの応援は勢いづいている。
ピッチでは長崎が中盤でパスを回している。
山田陸選手から山口蛍選手にパスが回るが、また、山田陸選手に戻す。
そこから江川選手にパスが渡ったが、その瞬間に山口蛍選手が手を挙げながら前方に走り始めた。
江川選手がそこにパスをつける。
だが、それはどうやらオフサイドだったようだ。
でも、山口蛍選手が攻撃参加をしようとしている姿を見ることができて、私はいいなと思っていた。
41分、名古屋がコーナーキックを獲得する。
何とかしのいでいるが、まだ、ボールは長崎のゴール前にある。
右サイドから中に送られたボールに、長谷川選手が厳しくチェックに行った。
ただ、その反動で座り込む形になってしまった。
でも、それでもボールを離さない。
絶対にここでボールをロストしてはならないという、長谷川選手の責任感と執念が感じられるプレーだ。
私はたまらず「もとき、がんばれー!」と声をあげた。
最終的に、名古屋のファウルとなり、ボールは長崎のものとなった。
サポーターからは、長谷川選手の頑張りを称えるように、チャントが歌われた。
44分、山口蛍選手がCBの江川選手と新井選手の間に落ちて、後ろのパス交換に参加している。
さっきまでは前へ攻撃参加をしていたのに、今度は後ろにいる。
この試合は特に上下動が激しいなぁと思いながら見ていた。
時間が過ぎ、アディショナルタイムは5分と表示される。
なんとか前半はこのままで終わりたい。
ブログ用のメモを書いて、顔をあげると、マテウス選手が、いつのまにか前の方にいて、シュートを放っていた。
だが、それは名古屋のゴールキーパーのシュミット選手に阻まれる。
田中さんがぽつりと「さすが日本代表やなぁ。」とつぶやいた。
どうやら、田中さんは日本代表の肩書に弱いようだ。
逆に今度は長崎のゴール中央に鋭いパスが送り込まれる。
だが、それは新井選手が体を入れて対応する。
一進一退の攻防が続く。
あと、もう少し、というところで、左サイドの位置でフリーキックを献上した。
なんとか、なんとかしのいでほしい。
私は「ごとう!」と声を張り上げる。
すると、ボールが中央に送られ、シュートが放たれた。
だが、わずかに右側に逸れた。
そこで前半終了の笛が鳴った。
◆まだ、半分
ハーフタイムだ。
私は、急いで席を立つ。
ネットプロテクションズさんの缶バッジを交換するためだ。
待ち合わせ場所に行く。
その方は、箱推しで、自分は誰でも嬉しいので、楓さんに蛍さんをあげたいと思ったと言ってくれた。
──神はピースタにいたんだと思った。
自分の矮小さが少し恥ずかしくなったが、こればかりは仕方がない。
……これが私なのだから。
ありがたく交換させていただき、お手洗いに寄ってから席に戻った。
私は早速、田中さんに山口蛍選手の缶バッジを自慢した。
「おお、すごかたい、良かったねぇ」と一緒に喜んでくれた。
しばし、田中さんと話した後、私はSNSで確認する。
実は、今日は長崎の試合より30分早く、栃木シティの試合が行われている。
相手は富山、確か、上位対決だったはずだ。
いつもならば、こまめにチェックするのだが、今日は確認するのはこれが初めてだった。
実は理由がある。
この前の試合、照山選手はイエローカード2枚で退場していた。
だから、この試合に出ることはできない。
それを知っていたため、とりあえず、結果だけ確認しておこうと思ったのだ。
この時は0-0だった。
彼はいないが、それでも栃木シティには頑張ってほしい。
勝利を願いながら、画面を閉じた。
選手たちがピッチに出てくる。
試合前と同じように、サポーターのかけ声とともに円陣ダッシュだ。
また、マテウス選手が山口蛍選手のもとに寄っていき、ハグをしているのが見えた。
──きっと、後半も大丈夫だ。

◆もう一度、前へ
長崎ボールで試合がスタートする。
46分、名古屋のコーナーキックだ。
そのボールは、ニアの位置で山口蛍選手がクリアする。
ただ、そのボールはゴールラインを割ったため、もう一度、名古屋のコーナーキックとなる。
そのボールは、一度はクリアしたものの、ミドルシュートを打たれた。
だが、後藤選手が見事にキャッチして見せた。
田中さんは「ようがんばっとるな。」と言っていた。
どうやら後藤選手のプレーにご満悦のようだ。
私も「そうですね、このまま無失点でいきたいですよね。」と返した。
52分、名古屋がゴール前に送ったパスを山口蛍選手が足を後ろに出してカットする。
私は、「おぉ!」と思わず声に出た。
ただ、そのボールはまた、名古屋に回収された。
しかし、今度は、名古屋が後ろで回そうとしたボールを長谷川選手が後ろから蹴った。
その先にはサンタナ選手がいて、そのままシュートを放った。
しかし、そのシュートはシュミット選手に防がれた。
私は「うわー!惜しい!」と叫んでいたが、田中さんは「日本代表!」と叫んでいた。
どうやら、シュミット選手のセーブに感心したようだ。
さらに、その2分後、今度は長崎が攻められる。
再三チャンスを作られ、最後はシュートを打たれた。
だが、そのボールは右側に外れて行った。
その時、田中さんは「名古屋の攻撃もなんだかなー。」とぼやいていた。
田中さんは本当に自由だ。
……でも、応援ってこんなものなのかもしれない。
56分、中盤で激しいボールの奪い合いが続いている。
長崎陣営で名古屋がボールを持っている。
と、長谷川選手がそのボールを奪った。
絶妙なタイミングで前方にスルーパスを送る。
サンタナ選手が走っている。
もう、前にはシュミット選手しかいない。
私は「サンタナ、いけー!」と叫んだ。
田中さんも手を叩いている。
シュミット選手が前に出てくる。
だが、サンタナ選手はシュミット選手を躱すように、ボールをふわりと浮かせた。
そのループシュートは軽やかに名古屋のゴールへと吸い込まれていった。
2点目だ!
1点目のとき以上に喜んだ。
周りとハイタッチをする。
サンタナ選手はサブの選手たちの所に行っている。
山口蛍選手は?と思ったら、ピッチで他の選手たちとハイタッチをしていた。
よしよし、と思っていたら、サンタナ選手がピッチに戻る際に、私がいるメイン側の方に歩いてきた。
私も含め、周りのサポーターは、「サンタナ―!」と声をあげる。
サンタナ選手はその声援に応えるように、エンブレムにキスをして、そのキスを払うような仕草を見せた。
私にはどのような意味が込められているかは分からなかったが、ゴールパフォーマンスを見せてくれて、本当に嬉しかった。
また、ピッチに戻るサンタナ選手の背中に向けて、チャントを歌った。
この2点目は大きい。
だけど、2-0のスコアは安全ではないことはガンバ大阪戦で痛感している。
ここから、ここからだぞ、と気を引き締めた。
◆まだ、終わらない
61分、サンタナ選手がアフター気味でチェックに行き、名古屋の選手を倒してしまった。
イエローをもらってしまう。
後ろの方の席からは「なんでだ!」という声が聞こえた。
ただ、田中さんはのんびりと「ありゃダメだよねぇ」と言っていた。
私も、このイエローについては妥当だと思っていた。
「そうですね、ちょっとアフター気味でしたもんね。」と返した。
……意外と田中さんは冷静なところもある。
64分、自陣で長谷川選手が名古屋からボールを奪う。
前線にいたサンタナ選手にパスをする。
それから山口蛍選手を経由し、マテウス選手にボールが渡る。
その間、山口蛍選手と山田陸選手が前方に走り込んでいる。
ボランチの攻撃参加だ。
マテウス選手は左サイドに走り込んでいた山田陸選手にパスを送る。
山田陸選手はそのままゴールに近づく。
と、シュートを放った。
その瞬間、田中さんが隣で立ち上がった。
私はびっくりした。
……さっきの冷静な田中さんはどこへ行ったのか。
山田陸選手のシュートはほんの少し、ゴールから外れた。
それを見て、また、田中さんは座った。
「いやー、入ったかと思ったばい。」
「そうですね、惜しいシュートでしたね。」
本当に、あともう少しというところだった。
70分、飲水タイムだ。
ただ、山口蛍選手と新井選手が早めにピッチに戻っていた。
この間、栃木シティの試合の様子をチェックする。
0-0で終了していた。
富山も順位が上の方だ。
お互い、一歩も譲らぬ戦いが続いたのかもしれないな、と思った。
74分、後藤選手のゴールキックから山口蛍選手、長谷川選手とパスがつながる。
長谷川選手が中央へボールを運ぶ。
そこから右側にいるマテウス選手にパスをする。
ただ、そこからシュートは打てない。
一度、長谷川選手にボールを戻す。
と、今度は長谷川選手がボールを浮かせて前に送った。
そこには山田陸選手が走り込んでいる。
もう、ゴールは目の前だ!いける!
山田陸選手がシュートを放った。
と、また、田中さんが立ち上がった。
ただ、そのシュートはすんでのところで名古屋の選手が足を出してクリアした。
キーパーは躱していただけに、本当に惜しいシュートだ。
また、田中さんは座った。
「いやー、惜しかったばい。」
「そうですねぇ、入ったかと思いましたねぇ。」
田中さんもかなり興奮しているのが分かる。
77分、ここまで長崎はまだ選手を交代していない。
私はまだ交代しないのかな?と思っていた。
そのわずか3秒後、目の前を松本選手と波多野選手が通った。
これは交代の合図だ。
我ながら、予知能力があるのではないかと思った。
その一分後、長崎の交代が発表される。
サンタナ選手と松本選手が交代だ。
松本選手もついこの間のルヴァン杯で点を決めている。
大役を果たした2人に会場からは大きな拍手が送られた。
サンタナ選手がいたトップの位置にはマテウス選手が入り、松本選手は右のシャドーの位置に収まった。
81分から82分にかけて、長崎が立て続けに攻撃を受けている。
だが、なんとかクリアしてしのいでいる。
と、この時に、山﨑選手とピトゥカ選手が前を通った。
そちらに目を向けていたら、その奥でシュミット選手が味方の攻撃に賛辞を送るように手を叩いているのが見えた。
当たり前だが、長崎のピンチは名古屋のチャンスだ。
それをまざまざと思い知る。
84分、マテウス選手が前に抜け出す。
ただ、名古屋の選手が横に張り付いている。
シュートを放ったが、ボールは枠外へと飛んでいった。
そのまま、マテウス選手はピッチにダイブするように倒れ込んだ。
私は、シュートが入らなかった悔しさを冗談めかして表現しているのかなと思った。
サポーターからはマテウス選手のチャントが送られる。
ちなみに、DAZNでは「疲れているんでしょうね。」と言われていた。
同じ出来事でも、受け取り方に違いが出る典型である。
このプレーの直後、今度は澤田選手と土肥選手が前を通った。
私は、お、澤田選手が入るんだ、と嬉しくなった。
今期のリーグ戦でプレーをするのは初めてだ。
だが、天皇杯では得点を決めている。
普段はシャイだが、やるときはやる選手なのだ。
88分、長谷川選手と澤田選手、翁長選手と土肥選手が交代する。
私は翁長選手が交代してくれたことにほっとした。
さすがに、連戦で出ずっぱりだ。
いくら鉄人とはいえ心配だった。
ただ、そしたら土肥選手はどこに入るんだ?と思った。
てっきり、私は土肥選手はCBの選手と交代するかと思ったからだ。
見守っていると、土肥選手は左のWBに入った。
え?土肥選手はそのポジションもできるの?とびっくりした。
土肥選手のユーティリティ性の高さに舌を巻く。
90分、やっとここまでたどり着いた。
あともう少しだ。
だが、ガンバ大阪戦はここから2点取られたのだ。
一ミリも安心できない。
アディショナルタイムは6分と表示された。
ガンバ大阪戦よりも1分長い。
ここが耐え時だぞ、と私はさらに強く手を叩いた。
ただ、長崎はまた攻め込まれている。
だが、早速交代で入った澤田選手と土肥選手が左サイドでなんとかクリアする。
そのボールが紆余曲折あり、また、名古屋に奪われる。
だが、センターライン付近で松本選手が鮮やかにボールを奪った。
余りにもスマートすぎて、後から見たDAZNでは「誰が奪ったかは分かりませんでした。」と言われていたほどだ。
そこから、ピトゥカ選手、米田選手とボールを運ぶ。
ただ、これは名古屋がクリアした。
長崎のスローインだ。
だが、もう、ロングスローを投げられる翁長選手はいない。
近くに投げ、右側から細かいパス回しで名古屋ゴールの中央までボールを運ぶ。
澤田選手の前にボールが来る。
と、体を反転させてシュートを放った。
だがそれは、シュミット選手の正面だった。
ちなみに、この時は田中さんは座ったままだった。
山田陸選手のシュートに反応するのかもしれない。
私は、この澤田選手のチャレンジは素晴らしいなと思っていた。
ガンバ戦は引いて守ってしまったがために失点した。
でも、今回はきっと違う。
攻めの姿勢に今日こそはいける!と思った。
ゴール裏からは、V-ROADが響き始めた。
あともう少し、あともう少しだ。
AT5分、長崎が攻められている。
だが、名古屋のパスをまたもや松本選手がカットする。
一旦、山﨑選手に預けた後、松本選手がまたボールを持ち、ドリブルで進んでいく。
と、名古屋がたまらずファウルをして松本選手を倒した。
名古屋の選手にイエローカードが提示される。
ここで時間を使えるのは大きい。
私は「てんむ、ナイスファイト―!」と叫ぶ。
ゴール裏からは、松本選手のチャントが歌われる。
その後、土肥選手が名古屋側のコーナーで一生懸命ボールをキープしている。
我々の目の前だったので「かんた、がんばれ!」とエールを送る。
ただ、そのボールを奪われ、右サイドに展開される。
そこから左サイドにボールを運ばれたところでホイッスルが鳴った。

◆この瞬間のために
やった!勝利だ!
私はまた、周りのサポーターさんたちとハイタッチをした。
もちろん、田中さんもとびきりの笑顔だ。
「よかった、よかった!」と喜んでいる。
山口蛍選手を見ると、膝に手をついているのが見えた。
スタジアムには久々のV-ROADが響き渡っている。
これをリーグ戦の勝利後に聞くのは8/9の開幕戦以来、実に1カ月ぶりだ。
──長かった。
それでも、やっとつかんだ勝利。
私は、V-ROADに合いの手を入れながら勝利の喜びを噛みしめていた。
選手たちがグリーティングをし、ゴール裏の前まで来る。
その時、波多野選手が、チャントに合わせて「ながーさーき、ながーさーき」と拡声器を持って歌い始めた。
サポーターたちは笑いながら一緒に歌う。
波多野選手はその拡声器を山田陸選手に渡した。
いつも頼りになるが、今日も大活躍だ。
山田陸選手のあいさつの後に皆でカンターレを歌う。
私もタオルを振り回しながら歌う。
田中さんも、最初はタオルを首にかけていたが、私が振り回しているのを見て、同じようにタオルを振り始めた。
──最高だ。
この瞬間のために私はここにいるのだ。
ゴール裏へのあいさつが終わったら、選手たちが私がいるメイン側へとやってくる。
ただ、山口蛍選手はゴール裏の前で何やら話し込んでいる。
なんだろう?と思っている間に、こちらにやってきた。
いつもだったら、山口蛍選手は私から遠い位置なのだが、今日はたまたま、私から近い位置に並んだ。
私は「ほたるー!」と叫ぶ。
ただ、山口蛍選手は、スパイクが気になったのか、挨拶をしたあと、少し屈んでそのまま、私の前から去ってしまった。
ちなみにこの時、田中さんも私のゲーフラを指さしてアピールしてくれていた。
「こっち向かんやったねぇ。」
「タイミングが悪かったですねぇ、でも、今日は勝ったからいいですよ(笑)アピールしてくれてありがとうございます。」
「せっかくこんなすごいの作っとるんだから、見てほしいのよ。」
……下手したら、私よりも、田中さんの方がこのゲーフラを気に入っている節がある。
その後、田中さんとは今日のMOMの話になった。
「点を決めたからサンタナかねぇ。」
「でも、私、陸が良かったと思うんですよね。」
「確かに、陸も良かったよ。あのシュートは入ったかと思ったもんなぁ。」
「あれは惜しかったですよね、立ち上がってましたもんね。」
「そうそう、興奮したよ。」
と、話している途中で、発表になった。
私の予想通り、MOMは山田陸選手だった。
会場からは、拍手が送られる。
山田選手へのインタビューだ。
やっぱり、今日はどうしても勝ちたかった気持ちがひしひしと伝わる。
そうだよな、きっと選手たちもしんどかっただろうな…と私は今までの試合を思い返した。
もちろん、これから先も勝てる保証なんてどこにもない。
でも、今日ぐらいはこの余韻に浸ってもいいかと思った。
◆もうひとつの戦い
インタビューが終わって選手たちがピッチから去っていく。
見届けていたら、もう、田中さんが、「じゃあ、また今度。」と言って席を立った。
……相変わらずの撤収の早さだ。
私は「また会いましょう。」と言った。
この間、田中さんがガンバ大阪戦の時にかけてくれた言葉。
それを今度は田中さんにかけた。
田中さんは手を挙げて、颯爽と去っていった。
ただ、私もうかうかしている場合ではないのだ。
とっとと荷物を片付けて席を立つ。
今日は勝利時の特別なグッズが販売される。
その中で、私が絶対に欲しいものがあった。
選手たちのステッカーとキーホルダーだ。
ただ、いつものごとく、これはランダムとなっている。
私は、これが欲しいがために、今まで、他のランダムグッズを我慢したのだ。
急いでフラッグシップに向かう。
ただ、私が到着した時にはすでに行列ができていた。
入店制限がかかっており、なかなか入ることができない。
しばらくして、やっと入ることができた。
私は血眼になって、キーホルダーの売り場を探す。
あった。
まだ、大量に置いてある。
私はそこから、30個、取った。
30個だ。
これだけ買えば、一つくらいは当たるだろう。
レジの人も数えるのに苦労している。
申し訳ない気持ちもあるが、こればかりは譲れない。
私はスタジアムに戻ろうとしたが、3階の出口は塞がれていて通ることができなかった。
仕方がないので、2階まで下りた先のエスカレーターの脇で、買ったものを確認することにした。
窓に面した、少し台のようになっている場所に、買ったキーホルダーを並べる。
一つずつ、封を開けて確認する。
……山口蛍選手のキーホルダーは一つもなかった。
もう一度言う。
30個だ。
30個も買ったのに、一つもだ。
私は自分の運の悪さに少し、めまいがした。
無いからには交換で手に入れるしかない。
私は一部のキーホルダーを写真に写し、交換のお願いをSNSに投稿した。
残りの分は、その選手を応援している知り合いのサポーターさんに声をかける。
と、そんなことをしていたら、私が広げているのを察知したサポーターさんのグループが近づいてきた。
私がいる場所は、窓越しからキーホルダーがよく見える位置だ。
そんなところで30個もキーホルダーを広げていたら目立つことこの上ない。
さながら業者だ。
残念ながら、その方たちは山口蛍選手のキーホルダーは持っていなかった。
ただ、私はせっかくだからと思い、山口蛍選手のグッズだったら何でもいいですよと言った。
そしたら、あの、ネットプロテクションズの山口蛍選手の缶バッジと交換してもらえることになった。
「え?いいんですか?これ、非売品なのに…」
「大丈夫です!むしろ、交換していただいてありがたいです!」
こうして何と、私は山口蛍選手の缶バッジを2つ手に入れることに成功した。
せっかくだから、この缶バッジを使ってまた何か作ろうかなと思った。
この窓辺の宣伝効果は絶大で、次から次へと人がやってくる。
だが、山口蛍選手のキーホルダーを持っている人はいない。
一部を定価でお渡ししつつ、色々と忙しくしていたら、私がお声がけしたサポーターさんがやってきた。
その方に該当の選手のキーホルダーを渡しながら、今日の試合のことを話す。
「あ、そういえば、蛍さん、ゴール裏に来たんですよ。」
「え?そうなんですか?」
「はい、クロの旗を振りに来てて。」
写真を見せてもらったら、後ろ姿だったが、確かに旗を振っているのが分かった。
「そうだったんですね、なんか、ほんとに勝って良かったですねぇ。」
私は、あいさつの後、しばらくゴール裏にいたのは、おそらくその旗を見ていたからだろうと思った。
多分、勝ったあとに旗を振ろうと決めていたのだろう。
その姿を見ることができなかったのは残念だが、こればかりは仕方がない。
何だか今日はタイミングが悪い日だが、全ては勝利で帳消しだ。
有能な長崎公式スタッフは、きっと後日、動画をアップしてくれるだろう。
そんなことを話していたら、キーホルダーの投稿にコメントがついていた。
結果的に3人の方から、山口蛍選手と交換してもらえる申し出があった。
これで、私のミッションは完了だ。
私は、よし、と思った。
◆やっと、笑えた
サポーターさんたちは帰り、私は一人となる。
本当だったら、ヨーグルトを神棚に供えるのだが、もう、フードウェイの営業時間を過ぎてしまっていた。
仕方がない。
私はヨーグルトの代わりに今日もらった、ネットプロテクションズの缶バッジを神棚に供えた。
いつものように、選手たちの健康と、次の試合の勝利を願った。
やっと私はスタジアムを後にする。
駐車場に向かって歩く。
ココウォークの前を歩いていると走っている車の中から突然、「V・ファーレン!」と声をかけられた。
私は驚いた。
突然のこと過ぎて、去っていく車に向かって、右手を上げるのが精いっぱいだった。
浮かれるのも無理はない。
だって、久々の勝利なんだもの。
私だって浮かれている。
今日は、山口蛍選手の缶バッジを2つも手に入れたし。
キーホルダーは30個買っても出なかったけど。
……人生、そう簡単にはいかない。
それでも、交換してくれる人がいて、声をかけてくれる人がいて、最後には帰り道で知らない車から「V・ファーレン!」と声までかけてもらった。
今日は、たくさんの人と「勝った」を分け合った一日だった。
スタジアムを出た私は、ようやく一人になる。
でも、不思議と寂しくなかった。
久しぶりに聴いたV-ROADが、まだ頭の中で鳴っている。
明日になれば、また次の試合がやってくる。
また勝てるとは限らない。
また苦しい試合になるかもしれない。
それでも。
今日のことは、今日の記憶として残しておく。
──やっと、笑えたのだから。
◆あとがき
長崎の有能広報さんは、私の予想通り、後日、蛍さんが旗を振っている動画をアップしてくれました。
どうやら、ずっと気がついていたけれど、勝った試合のあとじゃないと振れないとのことで、このタイミングになったとのこと。
ここ最近、厳しい表情の方が多かった蛍さんですが、笑顔で旗を振る姿を見ることができて、正直、ほっとしました。
もちろん、次の試合は勝てるかどうかは分かりません。
それでも、蛍さんの笑顔が見られることを信じて、また、ピースタでゲーフラを掲げたいと思います。
……田中さんと一緒に。
※試合の記事を読みたい方は、こちらのマガジンからどうぞ。
1万9千字の観戦記を読み終わって、まだ読みたい人は多分いないと思いますが(笑)
