2026年【第15節:H岡山戦】その一線の向こう側─勝利は欲望の上に
◆欲望の朝
2026年5月6日、今日はファジアーノ岡山戦だ。
試合開始は13時からだが、私は7時半に家を出た。
──なぜこんなに早く家を出る必要があるのか。
目的は一つ、オンサイトカードだ。
ランダムで選手の直筆サイン入りのカードが手に入る。
数多の長崎サポーターを狂わせている、ある意味、伝説のグッズだ。
フラッグショップは10時からオープンするが、私は9時から並ぼうと思った。
──意外と道路状況が良く、私は8時40分にはスタジアムに着いた。
もう既にフラッグショップの前には列ができている。
馴染みのサポーターさんからも声をかけられ、このカードの魔力を再確認する。
列に並んでいると、私の後ろに、いつもグッズの交換でお世話になっている後藤選手のサポーターの方が来た。
「オンサイトカードをされるんですか?」
「いえ、別のグッズを買おうと思って…後藤選手はSSRなので難しいかなと思っています」
「あ、そっか、確かにSSRですね、これは大変ですね…」
オンサイトカードが分からない読者の方に説明をすると、カードにはレアリティが設定されている。
SSR、SR、R、Nとランクがあり、SSRとSRに選手の自筆のサインが入っている。
SSRが一番排出率が低く、Nが最も当たりやすい。
SSRは40枚、SRは50枚限定で、選手によってどちらかに振り分けられている。
私が応援する照山選手はSRだ。
とても自分で当てられる確率ではないので、大抵目的の選手のカードは交換で手に入れることになる。
◆交換という文化
並んでいると、また、別のサポーターさんから声を掛けられた。
このオンサイトカードは昨日から販売されているのだが、照山選手のNのカードを先に引き当てていた彼女から譲り受ける連絡をもらっていた。
その時点では2枚と聞いていたのだが、彼のカードが3枚に増えており、ありがたく私は頂戴した。
10時になり、フラッグショップがオープンする。
私は人の波に乗せられて、店内に突入する。
そのままオンサイトカードの列に並ぶ。
また、しばらく待つ事になる。
オンサイトカードは一枚一枚印刷されるため時間がかかる。
待っている間に、今日のCB陣について考える。
私はCB陣の怪我の状況から今日は確実に照山選手はスタメンだろうと思っていた。
江川選手、櫛引選手、進藤選手の怪我の状況がいまだ分からず、新井選手も前節怪我で退場した。
確実なのは彼とエドゥアルド選手しかいない。
新井選手が出場できるならば、左からエドゥアルド選手、新井選手、照山選手がベストだなと思っていた。
ただ、前節から中2日だ。
新井選手はもしかしたら厳しいかもしれないなと思っていた。
10時半少し前に私の順番が回ってきた。
混雑を避けるため、1人1回5枚までと制限されている。
印刷されたカードを見たら、SSRの長谷川選手が当たった。
私はよし!と思った。
きっとSSRならSRの彼と交換してもらいやすいはずだ。
私が交換のお願いをXにポストすると瞬く間に「すごいですね」とコメントがついた。
彼のカードと交換できるのも時間の問題だろう。
本当ならばあと2回、カードを引きたかったのだが、今からまた列に並ぶと確実に11時過ぎの選手のホテルからの入場に間に合わない。
──今日は絶対に彼がそこにいるのだ。
ここで間に合わないという失態を犯すわけにはいかない。
私はオンサイトカードはいったん諦め、別のグッズを買いに行く。
アクリルスタンドという、1100円のランダムグッズだ。
私の個人的な意見だが、ランダムグッズを1000円以上の価格に設定するのは罪だと思う。
だったら、2000円出すから確実に買わせてくれと思うが、それでも買ってしまうのが、サポーターの性だ。
とりあえず5枚購入したら、珍しく彼のスタンドが当たった。
思わず「おっ!」と声が出てしまった。
エドゥアルド選手も引き当てた。
今日は珍しく、くじ運がいいなと思い嬉しくなった。
◆彼がそこにいる日
そんなことをしていたらスタメン発表の時間を過ぎていた。
慌てて長崎公式のXのポストを見る。
──思った通りだ。
彼の写真がある。
彼がスタメンに入るのは広島戦以来、4試合ぶりだ。
そして、エドゥアルド選手の写真はあるが、新井選手のは無かった。
──やはり回復は難しかったか。
今日もおそらく翁長選手との3バック。
前節の後半のままだとすると、左から、照山選手、エドゥアルド選手、翁長選手だろう。
本当は彼は右がいいんだけどな、と思いながらサブに目を向ける。
そこには櫛引選手の名前があった。
──良かった、また一人、戻ってきた。
ギリギリの綱渡りであることには変わりないが、これは好材料だ。
櫛引選手の名前を見るのはホーム京都戦以来、実に8試合ぶりだ。
久しぶりに櫛引選手のプレーも見られるといいなと思っていた。
サブにはまた、珍しい名前があった。
今回は中2日の連戦だ。
おそらくその影響だろう。
これまで全試合スタメンだった山口蛍選手の名前を見つけた。
──私はほっとした。
流石に今日もスタメンはきついだろう。
次の試合も中2日でアウェイのセレッソ大阪戦だ。
今日のこの試合は、キャプテンが不在の中、どこまでできるかが試される試合だ。
グッズの取引を終え、やっとスタジアムに入る。
私は席ではなく、真っ先にスタグルの店に行った。
前節、手に入れることができなかったヴィヴィくんのキーホルダーを確保する為だ。
今日はちゃんと「Vサイダー」を頼んだ。
ちなみに私が前節間違えて頼んだぜんざいは、この日がキャンペーンの対象となっていた。
オーバーオールを着たヴィヴィくんのキーホルダーと、Vサイダーを手に入れた私は、席へと急いだ。
席に早速、彼の顔写真入りのタオルを手すりに取り付ける。
ただ、いつも2つ持ってきているクリップが何故か1つしかなかった。
仕方がないので、中央だけ止めたが、とりあえずなんとかなりそうだ。
ほどなくして、選手たちが入場してきた。
彼は長谷川選手と一緒に話しながら入ってくる。
私は全力で「照山さーん!」と叫んだ。
彼は私のタオルを見て、手を挙げてくれた…と思う。
多分。
なんせ、最近、選手たちが歩くルートが少し遠くなってしまったので、確証はない。
まぁ、反応してくれたと考えておいた方が幸せだろう、──私は。
◆今日の運勢
選手たちが入場し終わった後で、また席を立つ。
グッズを購入した時に私はサイン会のくじをもらっていた。
当選したかどうか、確かめに行かねば。
フラッグショップに行き、その時を待つ。
発表されたらなんと、下の方に私の番号があった。
──今日はどれだけツイてるんだ。
とりあえず、フラッグショップの廊下に並ぶ。
今日は誰かな?と思い、楽しみにしていたら、前の方からどうやら鍋島選手らしいという情報が入った。
私の番になり、V-LOVERSの特典のナップサックにサインをもらおうとした。
しかし、私が持ってきたシルバーのペンの蓋が固くて中々開かなかった。
「あ、僕が開けますよ。」と言ってくれ、難なく蓋を開け、サインをしてくれた。
「すみません…変なペンを持ってきてしまって…」と言ったら笑ってくれたので、鍋島選手は間違いなく良い人に違いない。
あんなにピクリともしなかったペンを開けるなんて、やっぱりアスリートの人はすごいなと思いながら、一緒にヴィヴィくんポーズで写真を撮ってもらった。
私のサイン会が終わったのが12時少し前だった。
──まずい、もうそろそろピッチ練習が始まってしまう。
急いで席に向かう。
途中でXを開くと、なんとSSRの長谷川選手とSRの照山選手を交換してくれると連絡が来ていた。
私は喜び勇んで了承する旨の返事を返した。
これでとりあえず私のミッションは達成だ。
◆ピースタの声
席に着くと、ちょうど、ゴール裏のサポーターがヴィヴィくんのバースデーソングを歌っていた。
私も手拍子をしながら一緒に歌う。
ただ、その途中で、GKの練習の時間になり、選手たちが入ってきてしまった。
私はあわてて立ち上がり、とりあえず、ヴィヴィくんのバースデーソングを歌いながら、拍手でGKの選手たちを迎えた。
今日のGKのスタメンは波多野選手だ。
アウェイ岡山戦以来のスタメンで、ピースタでプレーを見るのは初めてだ。
連戦とはいえ、キーパーを代えるのは意外だなと思ったが、何か流れを代えたかったのかもしれない。
久しぶりに見る波多野選手のプレーも楽しみだ。
GKのチャントを歌ってしばらくすると、今度はFPがピッチに入ってくる。
私はまた、彼のタオルを掲げ名前を呼ぶ。
整列して挨拶をしたら練習開始だ。
私は彼がボールを蹴っている姿を見ながら、早く守備練習が見たいなと思っていた。
それを見れば彼の今日のポジションが確定するからだ。
ゴール裏からは、スタメンの選手のチャントが歌われる。
彼のチャントが歌えるのは実に福岡戦以来9試合ぶりだ。
私は手を叩きながら、ありがたく彼のチャントを歌わせていただいた。
サンタナ選手のチャントを歌っている時に場内からアナウンスがあった。
トンビが食べ物を狙っているので気を付けてくださいとのことだ。
──何故かヴィジョンに飛んでいるトンビが映し出さた。
「あのトンビに気を付けてくださいってことですかね…」
「多分そうだと思いますが、何で映したんですかね…」
シュールな光景に周りのサポーターさんと困惑したが、とりあえず、またピッチに視線を戻した。
◆彼の場所は
パス交換やドリブル練習をしたのちに、守備の選手が集まってくる。
今日は、
──彼は右だ。
左から翁長選手、エドゥアルド選手、照山選手の3バックだ。
さっき、彼は右がいいんだよなと思ったことを思い出し、私は嬉しくなる。
と同時に、翁長選手が左CBであることに驚いた。
え?まさか利き足左じゃないよなと思って調べると右とプロフィールに書いてある。
私は翁長選手のユーティリティ性に舌を巻いた。
しばらくすると、練習が終わった選手たちはピッチから去っていった。
◆平和と幸せの場所
今度は高田明氏が出てきた。
今日はジャパネットデーだ。
私は、この時、親会社の冠マッチで負けるわけにはいかないぞ、と思っていた。
高田明氏は高田旭人会長が仕事で来られず、代理で来たと述べていた。
流石のトーク力で話を進めていく。
ピーススタジアム、ハピネスアリーナから平和と幸せを発信したい、という言葉を聞いて、私はこの間、広島平和記念資料館に行ったときに見た御守りを思い出した。
ここで試合ができるのも平和だからだ、と身を引き締める。
高田明氏の話が終わり、たぶんここでジャパネットチャントをするんだろうなと思っていたら、すぐにチアダンスが始まった。
たしか、この間、広島でもチアダンスをしてたな、と思いながら、私は手拍子をした。
ヴィジョンからはいつもの煽り映像が流れ、サブの選手から紹介されていく。
スタメンの番になり、一段ボルテージが上がる。
私は彼の番になったとき「照山!」と全力で叫んだ。
──今日こそは、今日こそは勝利を。
◆いつもの彼
それが終わると、いよいよ選手入場だ。
私は彼の名前入りのタオルを掲げた。
彼が入場してくる。
今日は5番目だ。
久しぶりのホームでのスタメン。
私はいつものルーティンを見守る。
写真撮影のあとに彼はピッチへと駆けていき、関口選手とピトゥカ選手とパス交換をする。
それが終わったら円陣ダッシュ。
サポーターの掛け声に合わせて円陣の輪が広がっていく。
彼はエンブレムを叩いた。
私もそれに合わせてエンブレムを握りしめる。
波多野選手とサインを送りあい、エドゥアルド選手と労いあう。
翁長選手はどうかな、と思っていたら、彼とサインを送りあった。
いよいよキックオフだ。
◆試される守備陣と歓喜
前半は岡山ボールで始まる。
今日の彼は右CBだ。
つまり前半は彼を近くで応援できる。
立上り、中盤で激しいボールの取り合いが行われる。
早速、私の席の逆サイド側でエドゥアルド選手が競り合いの末、転がっているのが見えた。
岡山にはポポ選手という外国籍のストライカーがいるし、今のところはベンチだが重量級戦車の異名を持つルカオ選手もいる。
フィジカル的にあたりが強いゲームになるかもしれないな、と思った。
4分、私は近くに来た長谷川選手を見て気がついた。
(あれ?キャプテンマークを巻いてる!)
彼の事しか目に入っていなかった私は、この時に初めて今日のゲームキャプテンが長谷川選手であることに気がついた。
私はてっきり翁長選手だと思い込んでいた。
というのも、過去2回、山口蛍選手がピッチから去った際には翁長選手がキャプテンマークを巻いていたからだ。
でも、長谷川選手もしっくりくるなと思った。
有料会員限定の情報なのでここに書くことはできないが、開幕前の高木監督のライブ配信で、長谷川選手を信頼しているんだなと感じられる一幕があったからだ。
長谷川選手はプレーでもずっと長崎を引っ張っている。
もしかしたら、来シーズンは副キャプテンになるかもしれないな、と少し気が早いことを思いながら、「元希!」と応援した。
10分、早速ピンチが訪れた。
長崎の右サイド側からパスが送られ、ポポ選手が抜け出した。
彼とエドゥアルド選手が完全に置いて行かれている。
まずい!
波多野選手と1対1だ!
だが、波多野選手は勇気をもって前に出てきて、そのボールをはじいた。
ただ、まだ、ボールはゴール前に残っている。
そのボールを翁長選手が左側に蹴りだす。
さらに関口選手がクリアし、難を逃れた。
あの1対1の場面は本当に終わったと思った。
波多野選手の判断に助けられた。
18分、ポポ選手が長崎のゴールに向けて持ちあがる。
一旦、江坂選手に預けて、ポポ選手が抜け出した。
彼が守備をしに行く。
私はこの時、去年のホーム大宮戦の失点シーンを思い出していた。
──オリオラ選手に1対1で彼が負け、決められたあのシーン。
だが、今回はそうはならなかった。
彼が前に入り込み、ポポ選手がシュートを打つのを防いだ。
私はほっとした。
ゴール裏から流れる「照山!」コールを私も必死に叫んだ。
彼が守ったボールは波多野選手のゴールキックとなる。
波多野選手がボールを送り込む。
サンタナ選手がボールを競り合っている隙に、岩崎選手が抜けだした。
私は「悠人、いけー!」と叫ぶ。
GKと1対1になる。
岩崎選手のシュートはゴールに吸い込まれた。
先制点だ!
ピースタは喜びで爆発した。
私も周りのサポーターさんとハイタッチをして喜びを分かち合っていた。
「悠人ー!」のコール&レスポンスをする。
少し落ち着き彼はどうしているかなと思っていたら、ピトゥカ選手と話しているのが見えた。
おそらく、この後の展開について何か打ち合わせをしているのだろうと思った。
23分、喜びもつかの間、またピンチだ。
中盤にいるポポ選手にパスが通る。
そこからさらに、右サイドにいるブラウン・ノア選手にボールが渡った。
そこからゴール前中央にいる一美選手にグラウンダー性のクロスが入ったが、翁長選手が触り、何とかクリアした。
翁長選手は本来のポジションではないはずだが、守備が効きすぎている。
本職のCBと遜色がないくらいだ。
後から見たDAZNでは、翁長選手が触っていなければ入っていただろうと言われていた。
30分、岡山がさらに攻勢を強める。
右サイドにいたポポ選手に向けて、岡山のパスが通される。
彼が対応しに行く。
私は「照山、頑張れ!」と叫んだ。
並走して走り、ゴールに入れられそうになるギリギリのところで彼がスライディングをして、ボールをクリアした。
いい守備だ。
これもDAZNでみたら、彼はポポ選手を警戒しており、ポポ選手が走り出したらすぐに彼もついて行っていた。
少しでも彼の判断が遅れていたら間に合わなかっただろう。
33分ごろだっただろうか。
岩崎選手が座っているのが見えた。
もしかしたら、怪我か?
岩崎選手も走力と運動量がある選手だ。
連戦で何かあったのかもしれない。
得点を決めてくれた功労者だが、ここで無念の交代となった。
出場するのは笠柳選手だ。
想定外の交代だろうが、彼にも頑張ってほしいと願った。
41分、私の目の前で、岡山のスローインになった。
ブラウン・ノア選手がスローインを行う。
長崎のゴール前にボールが送り込まれるが、エドゥアルド選手がヘディングでクリアする。
そのボールをまた私の前で長谷川選手とブラウン・ノア選手が奪い合う。
激しい攻防に私は「元希!元希頑張れ!」と声を上げる。
長谷川選手の執念が実り、そのボールはファウルの末、長崎ボールとなった。
そのボールを彼が蹴る。
右側を飛んで行ったパスはいったん岡山の選手にヘディングで弾かれるが、山田陸選手が回収した。
それをサンタナ選手がキープし、反転してシュートを打った。
そのボールはゴールに突き刺さった。
──と、今はこのように書いているが、現地ではよく見えず、何だかごちゃごちゃしているなぁと思った瞬間に決まっていた。
本当にびっくりして、私は飛び上がった。
また、周りのサポーターさんと喜びを分かち合った。
このとき、サンタナ選手はゴールパフォーマンスでソーラン節を踊っていたらしいが、私は見ていなかった。
というのも、嬉しすぎてゴールの瞬間飛び上がったため、私は膝にのせていた携帯電話とモバイルバッテリーを全て床に落としていた。
それを拾っていたら、見逃したのだ。
まぁ、いい。
──長崎が勝ちさえすればよいのだ。
前半AT3分、波多野選手が時間稼ぎをしている。
飛んできたボールをゴールの中央ではなく、あえて隅の方まで持っていってから止める。
ポポ選手が近づいてきたところで、ようやくボールを抱えた。
長崎の選手は良くも悪くも誠実というか、実直にプレーをするので、このようなプレーは珍しい。
でも、1秒でも時間を使おうという執念が無いとJ1では勝利できないことをこの百年構想リーグで味わってきた。
私は、この波多野選手のプレーはクレバーだなと思いながら眺めていた。
前半終了の笛が鳴る。
そのままスコアは変わらず、2-0で折り返した。
◆中央まで行く理由
サブの選手たちが全員、中央まで行き、スタメンの選手を労う。
これはいいことだと思いながらも、私は少々引っかかっていた。
前節の名古屋戦、中央まで労いに行っていたのは彼と波多野選手だけだった。
この時のサブのメンバーを責める気はない。
天候も不良だったし、早くアップしたかったのだろう。
ただ、勝っている時ばかり労いに行くのもなんだかなという気持ちが私の中に出てきてしまった。
もしかしたら、今日は山口蛍選手がサブにいるから、全員で行ったのかもな、と思った。
その山口蛍選手は後藤選手とパス交換を行ってる。
どちらもスタメンが多い選手だ。
これは珍しい光景だなと思いながら練習を見守っていた。
◆耐える時間
後半が始まる。
ビハインドの岡山は選手を3人交代してきた。
私は彼のルーティンを見ていた。
座り込んで足のストレッチをしている。
これは彼の癖だ。
その後、円陣ダッシュ。
波多野選手とエドゥアルド選手と彼が労いあっているのが見えた。
後半キックオフだ。
49分、中盤のボールの取り合いからじりじりと長崎のゴールの方向に岡山が近づいてくる。
岡山の江坂選手からポポ選手にパスが入る。
ポポ選手に対峙しているのは彼だ。
ポポ選手がシュートを放った。
彼はシュートコースを切る選択をした。
だが、ポポ選手のシュートは長崎のゴール右ギリギリに突き刺さった。
失点だ、そう思った時、ヴィジョンに「オフサイドの可能性」と表示された。
(頼む、オフサイドであってくれ!)と私は祈った。
ただ、判定を待っている間、彼が何かを察知したかのように手を叩いて仲間を鼓舞した。
彼のその姿を見た瞬間(あぁ、入ったんだ。)と分かった。
その直後、ヴィジョンの画面が切り替わり、ゴールの判定となった。
まだ負けている訳じゃない。
──何としてでも守り切らなければ。
59分、私の前を山口蛍選手と山﨑選手が通った。
これは交代の合図だ。
近いタイミングで入るはずだと思っていたら、先に岡山が動いた。
62分に岡山はポポ選手に代えてルカオ選手を投入した。
私は思わず「うわー」と声が漏れた。
いよいよ来たかと思った。
活きのいいルカオ選手がこのタイミングで投入されるのは嫌すぎる、本当に守備陣頑張ってくれと思いながら、チャントを歌っていた。
その直後の63分、今度は長崎の交代だ。
山田陸選手と山口蛍選手の交代だ。
あれ?山﨑選手も交代するはずだけどな?と思っていたら、ビブスを着ながらまた、アップゾーンに戻っていった。
もしかしたら、ルカオ選手の交代を見て、変更したのかもしれないな、と思った。
65分、私の目の前で、今度は長崎がスローインを獲得した。
投げるのはもちろん翁長選手だ。
ロングスローを投げるため、ギリギリまで下がってくる。
私の視界が翁長選手の背番号の22で埋め尽くされる。
ただ、わずかに見える視界の端で、彼が、ゴール内に侵入しているのが見えた。
あれ、あんなところに彼がいるのは珍しいなと思っていたら、翁長選手がスローインを行った。
それと同時に彼がニアの位置に飛び出してきたのが分かった。
彼はヘディングでゴールの方向にボールをスラしたが、GKが掻き出した。
あわやシュートという惜しいシーンだ。
そのボールで長崎がコーナーキックを獲得した。
キッカーは高畑選手だ。
一旦、長崎がパス回しをしてから、再度、高畑選手がゴール前にクロスを送り込む。
エドゥアルド選手がヘディングしたが、岡山の選手に体を当てられており、そのボールは枠外へと飛んで行った。
私はまたCBの攻撃参加を見ることができて嬉しかった。
よし、この調子で頑張れ!と私は手を叩いた。
69分、私の前を、先ほどアップゾーンに戻っていた山﨑選手と米田選手と櫛引選手が通過した。
あ、やっぱり山﨑選手は出るんだ、と思った。
71分に交代がアナウンスされ、長崎も一気に3枚代えとなった。
エドゥアルド選手と櫛引選手、サンタナ選手と山﨑選手、高畑選手と米田選手が交代だ。
おそらくこの交代は守備固めだろうなと思った。
エドゥアルド選手が交代は意外だなと思ったが、広島戦からそれなりにコンスタントに出場していることを考えれば、まぁ、確かに、と納得できた。
櫛引選手はそのままエドゥアルド選手がいた中央のポジションに入った。
交代したとたん、早速、櫛引選手と彼が続けて空中戦で体を張ってボールを押し戻す場面が見られた。
79分、長崎がコーナーキックを獲得した。
キッカーは長谷川選手だ。
もちろん彼もターゲットになりに行く。
岡山の選手との攻防で思い切りユニフォームが引っ張られているのが見えた。
(あれだけ引っ張られても破れないんだなぁ)と少し場違いなことを考えていたら、長谷川選手がボールを蹴った。
ただ、そのボールは櫛引選手に当たり、岡山のゴール上へと飛んで行った。
その直後、岡山からのゴールキックの競り合いで、ルカオ選手と競りあった翁長選手が倒れているのが見えた。
今日の試合、これで翁長選手が倒れるのは3回目だ。
先ほどまではポポ選手、今はルカオ選手を対格差があるのに抑えきっている。
本当に翁長選手のユーティリティ性がすごすぎる。
89分、櫛引選手がルカオ選手との空中戦に勝利し、ボールを跳ね返すことに成功した。
ただ、セカンドボールを取られ、前に送り込まれる。
その時、彼が前に出てボールを取りに行った。
ただ、その際に岡山の選手から足を引っかけられたのか、彼が倒れた。
相手のファールとなり、長崎ボールとなった。
私はこれは岡山の流れを止めるいい守備だと思っていたが、DAZNでもいい守備と言われていて嬉しかった。
もう、ATに突入する。
4分と表示された。
あともう少し、あともう少し耐えれば長崎が勝利する。
90分、長崎のコーナーキックだ。
キッカーは長谷川選手だがむやみに蹴らない。
コーナーで一生懸命キープしている。
少しでも時間を使おうと必死だ。
ただ、その後、なぜか長谷川選手にイエローカードが提示された。
現地にいたときはなぜ彼にイエローが出たのか全く分からなかった。
DAZNで確認すると、どうやらコーナーキックの際に異議を唱えたからという事だった。
あれ?長谷川選手って2枚目じゃなかったかな?と思って携帯で調べたら、アウェイ名古屋戦ですでに1枚もらっていた。
このリーグでは累積3枚で出場停止だ。
とにかく残りの試合を無傷で過ごしてほしい、と切に願った。
AT1分、遠目で、彼が岡山の選手が蹴り上げた足が彼の顔に当たったのが見えた。
私は思わず「おい!」と言ってしまった。
そして血の気が引いた。
彼が倒れている。
──大丈夫なのか、彼は。
目を凝らすとどうやら彼を蹴ったのはルカオ選手のようだ。
私はますます心配になった。
心臓がドクドクいっているのが分かる。
私は彼を見つめることしかできない。
私が祈っていると、彼が立ち上がったのが見えた。
どうやらプレーは続行できそうだ。
私はほっと溜息をついた。
心配のあまり息をするのも忘れていた。
──良かった、本当に。
AT4分、もう、終わりの時間が近づいている。
長崎の選手たちは必死に時間を稼いでいる。
もう、ほぼ、最後のプレーだろうというところで、岡山のクロスを波多野選手がキャッチした。
もうこれで確定だ!
波多野選手が高く蹴り上げたボールを彼がクリアしたところで試合終了のホイッスルが鳴った。
勝った!久々のホームの勝利だ。
私は周りのサポーターさんたちとまたハイタッチをして喜びを分かち合った。
◆ピースタに戻った笑顔
選手の整列の際、遠目で長谷川選手と波多野選手が体をぶつけあって喜んでいるのが見えた。
それを見ていた照山選手も波多野選手のところに行き、同じように喜び合う。
それが終わったら、今度は櫛引選手も波多野選手のところに行ったが、櫛引選手はぶつけるふりをして躱していた。
櫛引選手らしいな、と私は笑った。
一連の動作をみて、私は喜びを噛みしめていた。
──やっぱりホームでの勝利は格別だ。
選手たちが戻ってくると、今度は「ぐるぐる」だ。
勝利時のみに見られる儀式。
中央で全員が円になって周る。
この光景がピースタで見られるのも福岡戦以来9試合ぶりだ。
選手たちがグリーティングを行う。
ゴール前に着いたら久しぶりのカンターレだ。
今日は──名倉選手だ。
きっと、彼も嬉しいだろうなと思いながら、私も一緒に歌った。
写真撮影が終わったら、私の席の前を周ってくる。
私は彼のタオルを掲げながら「照山さーん!」と叫んだ。
彼は私のタオルを見て、手を挙げた。
今度は確実に私のはずだ。
──そう、私は思っている。
選手たちが中央に戻ったら、MVPの発表だ。
大抵、MVPは得点を決めた選手が選ばれがちだ。
私は岩崎選手が選ばれるかもな、と思っていた。
ただ、呼ばれたのは長谷川選手だった。
──長崎サポーターは見ていたのだ。
長谷川選手がどれだけ長崎のために走り続けていたかを。
清水戦の得点に引きつづき、今回も長谷川選手が報われてよかったと思った。
長谷川選手へのインタビューが終わり、彼を含む選手たちはピッチから去っていった。
◆勝利の余韻
いつもならば、ここでお供えをするものを買って、ポータブル神棚に祈りを捧げるのが私の恒例行事だ。
だが、今日はまだ、やらなければならないことがある。
まず、長谷川選手のオンサイトカードを彼のものに交換してもらうため、待ち合わせ場所に向かう。
初対面だったため、会うのに少し苦労したが、私は彼のカードを手に入れることに成功した。
正直なところ、もしかしたら、今日は難しいかもしれないな、と思っていた。
それだけ、このカードを手に入れるのは難易度が高いのだ。
さらに、まだ、いくつか彼の他のグッズも購入させてもらえることになっていたため、フラッグショップで取引を行う。
その中に、私と同じ、照山選手を応援しているサポーターの方がいた。
以前、思いのほかアクリルキーホルダーが集まったため、独り占めするのも申し訳ないと思い、お声がけしていたのだ。
久しぶりに彼について会話をする。
「今日は勝ってよかったですよね」
「ええ、前節はたくさんシュートを打っていたんですけどねぇ」
「珍しいですよね、あんなにシュートを打つのも。ちなみに名古屋戦のマッチカム見ました?」
「はい、結構フォーカスされてましたよね。」
「照山選手がピッチ叩いてる場面が4回くらい使われてて、何というか敗戦の象徴みたいになってましたよね…」
「そうですよね、だから、今日は本当に勝ってよかったですよね。」
そのサポーターさんとはしばらく話し込んだのち、また、一緒に応援していきましょう!と言って別れた。
◆欲望の代償
グッズの取引が落ち着いたところで、私はこれからが本番だぞ、と思っていた。
オンサイトカードの5枚券があと2回分残っている。
これを引きに行かなければ。
相変わらず、オンサイトカードには列ができている。
私は覚悟を決めて並んだ。
30分くらいたったころだろうか。
私の番が回ってきた。
5枚引くと、今度はSSRの後藤選手が出た。
また、SSRを引いたことに、今日はとんでもなくツイてる日だなと再確認した。
あと1回分残っているので、再度、列に並ぶ。
たまたま、私の前が知り合いの人だったので、報告したら、「すごいですね!」と言われた。
私はこの時、今日の朝に会った後藤選手のサポーターの方を思い出していた。
私はもうすでに1枚手に入っているし、せっかくだから、欲しい人にあげた方がいいかな、別に私はSSRでもSRでもいいから交換してもらえば…と考えていた。
まぁ、とりあえず、もう一回引いてから考えるか、と思い、また、その時を待った。
列が進み、私の前の人がカードを引いている。
そしたら「あっ!」と声を上げた。
何かいいカードが出たんだろうな、と思っていたら、「楓さん、照山選手です!」と言われた。
その人の手に握られていたのは紛れもなく彼のカードだ。
私は気が動転した。
「あっ、あっ、と、とりあえず、あと1回残っているのでそれを見てから…」と言った。
──欲しい、彼のカードが。
でもさっき、後藤選手のサポーターの人に交換しようかなと思っていたことを思い出す。
とりあえず、あと1回分引いてから考えようと思い、印刷機の前に立った。
しばらくすると私のカードが5枚印刷された。
全てNだった。
──私の思いやりは、彼のカードという現物の欲望の前に霧散した。
「すみません、後藤選手のSSRと交換してもらってもいいですか?」
「え?むしろいいんですか?SSRの方がいいのに…」
「はい、照山選手のカードが欲しいので大丈夫です。」
私は罪悪感と引き換えに彼のカードを手に入れることに成功した。
全ての取引が完了した私は、岩崎本舗に向かった。
今日はWイワサキーズバーガーを神棚にお供えすると決めている。
岩崎選手の活躍と、怪我の回復を祈るためだ。
岩崎本舗で購入すると、岩崎選手のシールがもらえた。
去年の彼のコラボの時にはシールが無かったのにな、と少し嫉妬心をのぞかせながら、私はいつものメイン側のコンコースのテーブルに神棚を展開した。
今日、手に入れたグッズを飾りつけ、Wイワサキーズバーガーと岩崎選手のシールを神棚にお供えした。
私は今日という完璧な一日に感謝をし、名倉選手と怪我をしている選手たちの回復を祈りながらWイワサキーズバーガーを頬張った。
◆その一線の向こう側
本当は今回のブログはここで終わる予定だったのだ。
チームも勝利したし、彼のプレーも見られたし、グッズも手に入った。
なんなら、サイン会も当たった。
──最高の一日だったのだ、本当に。
私のブログにしては珍しく、良かった良かったで締めようと思っていた。
満足して家に帰ってXを見ると、私のタイムラインに不穏な投稿が流れていた。
「選手に迷惑をかけるな」
「それはストーカー行為だ」
私は始め何のことか分からなかったが、色々調べて元の情報にたどり着いた。
──私は絶句した。
余りにも悲痛なその言葉に。
このブログにはその内容を書くことはできない。
インスタのストーリーに掲載されていたからだ。
ただ、これを読んでいる貴方なら、おそらく何が起こったか分かると思う。
貴方にゆだねてしまって申し訳ないが、その内容を知っているという前提で話を進めさせていただく。
去年も同じようなことがあった。
盗撮被害だ。
この時も注意喚起が出ていたはずだが、全く効果がなかったことが証明されてしまった。
私は、自分にできることは何かなと考えた。
多分、いくら私が辞めろと言ったところで、その声は届かないだろう。
クラブの注意喚起ですら意味をなさなかったのだ。
それでも──
それでも何かをしなければならないと私は思った。
私は考えに考え抜いて文章をまとめた。
好きだから、近づきたくなる。
好きだから、もっと知りたくなる。
でも、好きだからこそ踏み越えてはいけない一線がある。
その一線を越えた瞬間にそれは「応援」じゃなくて、相手を傷つけるものになる。
どうか気づいてほしい。
その「行為」で、苦しんでいる人がいるという事を。
その人に私の言葉が届く可能性はゼロに近いかもしれない。
でも、届いた時に、少しでも心が動いてほしい。
そう祈りをこめて、私はXの投稿ボタンを押した。
私はそのあともずっと考えていた。
そして思い出した。
あの時。
あれはサポーターとしての矜持を外れるものだったんじゃないか?
──思い当たる節がある。
去年のアウェイ今治戦。
彼の古巣戦であるこの試合、当然のごとく私は今治に遠征していた。
試合前日、外に夕食を食べに出かけ、ホテルに戻ったら、何とロビーに彼がいた。
目が合ってしまい、思わず私は話しかけた。
その時、私は彼のユニフォームを着ていた。
サポーターであることは、すぐに彼も理解したのだろう。
真摯に対応してくれた。
正直に言うと、私は舞い上がり、気が動転した。
後から落ち着いて考えると、試合前の大切な時間に声をかけて良かったのか、本当は迷惑だったんじゃないかと思った。
ただ、私の名誉のために述べると、このホテルに宿泊したのは偶然だ。
私は思った。
──私の中にもあのサポーター達と同じ血が流れているのではないか。
たまらなく恐ろしくなった。
そんな私がどの口で注意喚起をしているのか。
いや、私は違う、私は──
私は彼のプレーを愛する清廉なサポーターのはずだ。
本当に?
だったらなぜあの時声をかけたのか?
彼に自分をアピールしたいという欲望がどこかにあったんじゃないのか?
私は自分の中に沸き上がった不安を塗りつぶすように、Xで自分はそちら側のサポーターではないとアピールした。
……ずっと考え続けて、私は一つの結論を出した。
自分に嘘をつくことはできない。
好きだから、会いたくなる。
好きだから、覚えてほしくなる。
好きだから、特別になりたくなる。
その感情自体は、きっと誰の中にもある。
──私の中にも。
だからこそ、自分は絶対に大丈夫だと思い込まないこと。
その欲望を「応援」という言葉で正当化しないこと。
それが、サポーターとしての矜持なんじゃないかと思った。
幸いなことに、私にはこのブログがある。
自分で言うのも何だが、このブログでは、取り繕わないと決めている。
綺麗な感情だけを書く場所にするつもりはない。
──応援の喜びも。
──勝手な期待も。
──独占したい気持ちも。
──醜さも。
その全部を抱えたまま、それでも一線を守る。
私は、そういうサポーターでありたい。
貴方にも、私と一緒に歩んでほしい。
長崎サポーターとしての道を。
◆あとがき
今回のテーマは明確に欲望と矜持の間です。
果たして応援とはどこまでが応援なのか?
それを問い続けることが私のサポーターとしての矜持だと思っています。
もし、この記事が少しでも心に残ったなら、スキやフォローをいただけると嬉しいです。楓🍁
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試合後にポータブル神棚にお供えしてから私のお腹の中へ。
今回も相変わらずの応援スタイルです。