
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#1】無意識
外の電気をつけたら、今日も店が開く。
看板はない。
でも、この店はこれでいいと思っている。
Bar「青燈ノ記憶」。
佐世保の四ヵ町アーケードを抜けて、三回くらい角を曲がった先の路地。
説明するたびに遠くなる場所にある。
中は薄暗い。
というか、だいたい暗い。
たぶん明るくする気がない。
カウンターは4席。
ボックス席が2つ。
それだけ。
あとは、DAZNを見るためのiPadと、
壁に掛かったユニフォームが1枚。
照山選手の48。
正直、それだけで店として成立しているのかはよく分からない。
まあ、していないかもしれない。
今日は雨が降っている。
少しだけ静かだった。
今週の月曜日から、各クラブの練習が再開されたらしい。
V・ファーレン長崎も、栃木シティも、SNSにその様子が流れてくる。
こういう時期になると、つい見てしまう。
グラスを拭きながらでも、普通にスマホを開いてしまう。
マスターのカエデは、長崎の練習風景を眺めているとき、無意識に照山選手を探していることに気づいた。
もうそこにはいないと分かっているのに。
(いや、分かってる、頭では分かってる。)
それでも目は勝手に、似た背格好の選手を追ってしまう。
そして栃木シティの練習風景が上がると、今度は別の探し方になる。
最初は気のせいだと思った。
でも写真の端、小さく写っている後ろ姿に目が止まる。
普通なら気づかないだろう。
というか、誰も見ない。
でもマスターは、スパイクと体格で分かってしまった。
(たぶん、そういう癖みたいなものだ。)
次の日も栃木シティの写真が上がっていた。
今度は顔の半分から下がフレームの端に入っている。
それでも分かる。
特徴的なあごひげが、そこにあった。
「また、照山を見てるの?」
カウンターの奥から、常連が笑いながら言った。
カエデはグラスを拭きながら、少しだけ視線を落とす。
「ええ、やっぱり気になって。」
常連客は、少しだけ間を置いてから続ける。
「この間、移籍が発表されたとき、店閉めてたよね。」
「え?」
「来てたよ。普通に。あの日。」
「……あら。」
「慰めようと思ってさ。一番高い酒を頼もうと思ってたのに。」
カエデは、ほんの少しだけ口元を緩める。
「あ、それはチャンスを逃してしまいましたね。」
グラスの氷が、小さく音を立てた。
「じゃあ今日はそれ、開けてもらっていい?」
常連客が、カウンター越しにメニューも見ずに言う。
勝手に椅子を寄せてくる。
カエデは一瞬だけ迷って、それから棚の奥を見た。
「……いいですよ。今日は、少しだけいい日ですから。」
氷の音が、まだ少しだけ残っている。
グラスの中身はまだ残っている。
でも今日はもういい気がした。
常連はまだ飲んでるし、それでいい気もする。
また明日、店が開くかは分からない。
たぶん開く。
でも保証はない。
ただ、電気がついていればそれでいい。
Bar「青燈ノ記憶」は、今日も閉店する。
◆あとがき
急に小説の様なものが始まってビックリしてると思います。
いつも、長い記事ばかりなので、日記みたいに気軽に更新したいなと思って試験的に新しいシリーズを作りました。
続けるかどうかは未定です。
基本的に22時以降の夜遅めの更新で考えてます。
寝る前にちょっと読むショートストーリー的な位置づけです。
マスターのカエデは私よりも大人しい設定ではありますが、今後どうなるかは分かりません。
気軽な話題はマスターに喋らせようかと思ってるので、今後ともよろしくお願いします。