
【青橙ノ余白】100という数字の、その先へ─記念ユニフォームとゲーフラの記憶
※この記事は一部文章の表現に生成AIを使用しています。
■ その一着を持って、彼に会いに行った日
2025年3月12日 第4節仙台戦後、その日は平日にも関わらず、私はピーススタジアムに足を運んでいた。
公開練習を見にきたのもあるが、1番の目的は、ファンサービスだ。
抽選制になった影響で私が応援している照山選手と会える機会は、今年はこれが初めてだった。
照山選手がファンサエリアに現れたとき、少し緊張していた私は、胸の前でユニフォームをしっかり抱えていた。
彼は、隣のサポーターに、にこやかに応じていた。
写真撮影の合間には、笑い声もこぼれていた。まるで、いつものようにリラックスした雰囲気の中で。
そして、私の番になった。
私は、彼のJリーグ通算100試合を記念して販売された、あの特別なユニフォームを差し出した。
彼のために買って、彼の手でサインをしてもらおうと、ずっと思っていた一着だった。
その瞬間だった。
──照山選手の表情が、すっと変わった。
さっきまで隣の人と楽しそうに話していたその顔が、一瞬、浮かないものになった。
驚いたような、戸惑ったような、そしてどこか申し訳なさそうな──でも、それでも、静かに丁寧に、優しくサインはしてくれた。
その場ではとっさに笑顔を取り繕ったが、去年との態度のギャップに、正直なところ私は戸惑っていた。
「何か、私が変なこと言ったかな……?」と考えた矢先、いかにも噂好きそうな妙齢の女性から声をかけられた。
「第2節の後、スタメン入れるかどうか気にしてたみたいですよ。だから、第4節はスタメンで出られて本当に良かったですね。」
嘘か本当か分からない言葉。
実際はもっと無配慮な表現で紡がれたその言葉に、個人的な不快感を感じると同時に、彼の表情を思い出して、私の心は波立った。
そして次の第5節徳島戦。
今までその席を譲らなかった彼はスタメンから外れていた。
あのとき彼の心にあったものが何だったのか、本当のところはわからない。
だけど、もしかしたら。
あのユニフォームを見たとき、「自分のためにお金を出して、時間をかけて応援してくれている人がいるのに、自分はもうスタメンじゃない」
──そんな想いが、胸をかすめていたとしたら。
取り繕えない、隠せない、正直な人なのだと思った。
それでもサインは、丁寧にしてくれた。
と同時に悩んだ。
私があのユニフォームを持っていったせいで、彼にあんな顔をさせてしまったのではないかと。
もちろん、私の思い過ごしかもしれない。私の想像力は絶大だ。特に彼に対しては。
ただ、私を信じさせるには、彼の態度と、スタメンではないと言う事実は充分で、私は自分が勝手に作りあげた妄想に苦しめられた。
悩んだ末、私はふと思ったのだ。
──この人は、きっと今も「いわきFC戦」にいる。
彼の100試合目を記念するユニフォーム。
でも、それはただの数字でも、ただのデザインでもない。
その日の彼が背負っていたもの、あの試合が持っていた意味、そしてそこから先に続かなかった日々のこと──全部が、その一着の中に詰まっていた。
私はクローゼットから出したそのユニフォームを見ながら、あの日に思いを馳せた。
■ 一着のユニフォームに刻まれた「古巣戦」
2024年9月15日 アウェイいわきFC戦、
この試合、照山選手は、Jリーグ通算100試合目という節目を迎えていた。
私はその日、お手製のゲーフラを携えて彼を応援しにきていた。
相手は、古巣で彼がつい3ヶ月ほど前までいたクラブ。
いわきFCに在籍していたのは僅か半年、しかもDFの主力で同じJ2である長崎への加入という背景を考えれば、いわきサポーターの心境は想像に難くない。
案の定、スタジアムに立った彼を待っていたのは、拍手でも、横断幕でもなく、ブーイングだった。
雨がしとしとと降り続けていたハワイアンズスタジアムいわき。
覚悟はしていたが、彼の名前が呼ばれるとスタンドの空気はざらついた。
そして、試合が始まると彼がボールを持つたびに、声の重圧がのしかかった。
私も負けじと、少し埃っぽい雨粒が口に入ろうとも気にせず声を張り上げる。
声援と野次が交差するなかで、それでも照山選手は、ピッチに立っていた。
ブーイングには理由があるのかもしれない。
移籍の背景、感情の衝突、受け止めきれない想い──どれも本物だった。
でも、だからこそ私は、その日、彼が一身に浴びたものの重さを忘れたくなかった。
後半24分、頭部の接触プレーがあった。
その直後、ピッチに倒れ込み、なかなか起き上がれなかった。
私の位置からは、雨が激しさを増したこともあり、最初、誰が倒れているか分からなかった。
心配していると、周りから聞こえた「照山だ」の声。
その一言を聞いた瞬間、雨に冷えた誰かの手で、心臓を掴まれたように感じた。
結局、脳震盪の疑いで交代。
記念すべき100試合目は、69分で終わってしまった。
試合はその後、照山選手の代わりに入った田中選手がJリーグ初ゴールを決め、2-0で勝利した。
試合後、長崎サポーターと行う勝利の儀式、カンターレに姿をあらわした。
彼にとって、長崎に来てこれが初めてのカンターレだ。
他の選手と同じようにジャンプする事は出来なかったけど、タオルを回しながら静かに喜ぶ姿をみて、私は安堵した。
その時、ゲーフラを持っていた私は、彼と目が合った気がしたが、それが気のせいかどうかは後日判明する事になる。
長崎サポーターと喜びを分かち合った後、彼は少し逡巡しながら、しかし、意を決してさっきまで愛憎が渦巻いていたゴール裏に向かって歩いていった。
雨に濡れながらも、彼らの情熱を表すような赤いスタンドに向かって深く、長く頭を下げる姿があった。
──それが、私が見た「100試合目のラストシーン」だった。
試合後、あまり更新頻度が高くない、インスタグラムのストーリーが更新された。
いわきサポーターへの感謝のコメントと共に、長崎とは違う、真っ赤なスタンドを背に、照山選手はボールを持ち前を見据える。
その視線の先に何があったのかは写っていない。
でも、彼の表情の奥に宿る葛藤と覚悟だけは、はっきりと見えた。
「ホントは90分出て、一緒に全ての喜びを分かち合いたかった」。そう試合後に語っていた。
勝利の余韻が漂うなかでの言葉だったが、その笑顔には、ほんのわずかに影が差していた。
チームは久々の勝利を手にしたが、彼の中には、「置いていかれたような悔しさ」も、確かにあった。
その後、彼は結果的に最終戦までピッチに戻ることができなかった。
試合が終わっても、時が進んでも、
あの言葉の続きを語れないまま、
しばらくのあいだ、彼の「100」は止まっていた。
だからこそ、後日発売された「Jリーグ通算100試合出場記念ユニフォーム」には、特別な重みがある。
その試合を記念して販売されたユニフォームは、鮮やかなブルーに金色の100が映える特別なデザインだった。
照山選手の写真がプリントされていて、アウェイユニフォームの白が映えるデザインだ。
ほんの少し、ホームユニフォームが良かったなと感じたが、いや、あの試合だから私にとってより一層価値があると思い直した。
あの日の表情、あのいわきFC戦の記憶とともに形になったそのユニフォームは、単なる通過点の記録を称えるものではない。
むしろ、そこからしばらく動き出せなかった時間を、沈黙のまままとった一着だ。
彼にとって、もしかしたらあの試合は節目でありながら、忘れたい試合になってしまったかもしれない。
──あのアクシデントさえなければ。
けれど、忘れたくない人間がここにいる。
彼の存在を、100試合という積み重ねの中で見てきた人間として、あの雨のハワスタを、私はずっと忘れずにいたいと思っている。
■ 歓喜と祝福と
2024年9月22日 群馬戦、
この日はトランスコスモススタジアムでのラストゲーム。
V・ファーレン長崎にとっては記念すべき日、照山選手はベンチスタート。ピッチに立つことはなかった。
それでも、特別な光景がそこにはあった。
Jリーグ通算100試合出場を記念するセレモニー。ピッチ中央には、照山選手とともに立つご両親の姿。
父と母の間で記念ボードを手にした彼は、どこか照れくさそうに、それでもしっかりと前を向いていた。
その光景を私は、メインスタンドから見守っていた。
この日、もうひとつの「100」にも目を奪われた。
ゴール裏に掲げられた横断幕には、偶然同じタイミングで100試合を達成した若原選手の名前と共に照山颯人の名前も刻まれていた。
結果的にこの試合は長崎が勝利し、最後のトラスタは歓喜に沸いた。
トラスタ最終戦勝利とふたりの節目が並んだスタジアムには、興奮と祝福とそして少しの哀愁がやわらかに漂っていた。
後日、彼はこのセレモニーの様子をインスタグラムに投稿していた。
1枚目の写真には、ご両親とともにピッチ中央に立ち、笑顔を浮かべる照山選手。
2枚目には、自分の名前が入った横断幕の写真。
そのキャプションには、まっすぐな言葉が並んでいた。
J通算100試合を達成する事ができました。
ここまで育ててくれた家族、ベガルタ仙台、アスルクラロ沼津、FC今治、いわきFC、V・ファーレン長崎に関わる全ての方々には感謝しかありません。
ここで満足せず、より高みを目指して頑張ります!
これからも応援よろしくお願いします!
派手な言葉は一つもない。
けれどそこには、関わったすべてのクラブへの感謝と、次の一歩への決意が、確かに込められていた。
■応援の記憶の重なり
いわきFC戦で掲げたゲーフラにサインをもらいたくて、トラスタ最終戦から数日後の9月25日、照山選手のもとを訪れた。
ファンサービスで順番が回ってきたとき、「いわき戦、応援に行きました!」と声をかけ、ゲーフラを見せた。
すると彼は、はっきりとこう答えてくれた。
「このゲーフラ、見ました!」
私は驚きと嬉しさで胸がいっぱいになり、ゲーフラと一緒に写真を撮ってもらった。
「このゲーフラを、新スタジアムでたくさん掲げますね!」と伝え、その日の彼とのファンサは終了した。
■ 顔を隠した、新スタジアムの最終戦
けれど──実際にあのゲーフラを掲げたのは、その後たった一度だった。
それは、新スタジアムでの最終戦、J1昇格プレーオフでの敗戦の日だった。
引き分けでも決勝に進めるという試合で、長崎は無念の敗北を喫した。
照山選手はこの試合でもベンチ外。しかし、最終戦だったため、全選手がグラウンドを一周してサポーターへ挨拶に訪れた。
私はそのとき、あまりのショックで涙が止まらなかった。
泣いている顔を見られたくなくて、いつもなら誇らしく掲げるはずのゲーフラを、顔を隠すために持ち上げていた。
普段なら嬉しいはずの新スタジアムの“ピッチとの近さ”が、このときばかりは恨めしく感じられた。
彼は、泣き崩れていた松澤選手の背にそっと手を添えながら、ゆっくりとスタンドの前を歩いていた。
その表情は、悔しさと悲しみ、そして別の何か——支えたいという思いにも似た、複雑なものだった。
■届かなかった願いが、次の一歩になる
その試合の3日後、私の元にあの100試合記念ユニフォームが届いた。
もし、プレーオフの決勝戦に進む事が出来たら、出場の有無に関わらず着て行こうと思っていた。
しかし、その願いが叶う事はなかった。
その後に発表された照山選手の契約更新コメントには、静かに燃えるような覚悟が滲んでいた。
来シーズンも V・ファーレン長崎の一員としてプレーできることを嬉しく思っています。
今シーズンの途中から強い覚悟を持って移籍してきましたが、個人としてもチームとしても悔しい思いをしました。
ファン・サポーターの皆様にも本当に悔しい思いをさせてしまい、申し訳なく思っています。
来シーズンこそチームの目標である J2 優勝、J1 昇格を成し遂げ、全員で喜べるように全力で努力します。
来シーズンも熱い声援よろしくお願いします!
そこには、言葉では語り尽くせない一年分の感情と、それでも前を向こうとする決意があった。
■それでも、その先へ
照山選手は、応援してくれる人たちの想いを、きっとどこかで重たく受け止めている。
その「申し訳なさ」は、時には口に出す事もあれば、表情に滲んでしまうこともある。
不器用だけれど、だからこそ彼は誠実だ。
そして、私も自分の応援が、もしかしたら重荷になってしまったかもしれない──そんな葛藤を常に抱えている。
古巣・いわきFCへの一礼と、私の前でおそらく見せたであろう浮かない表情は、まるで鏡合わせのように重なっている。
けれど、それでもなお「その姿を見届けた」自分がいたことには、きっと意味があると信じている。
あの記念ユニフォームも、あのゲーフラも、ただの応援グッズではなかった。
彼と「同じ時間」を歩もうとした、私のささやかな、でも確かな意思だった。
そして、私はこれからも彼の100という数字のその先を見届け続ける。
【後日談】アウェイ大分戦、そして“あの人”のこと
第16節、大分戦の日。
私は相変わらず、照山選手を応援するためにクラサスドーム大分へと足を運んでいた。
彼の「100」は少しだけ動いて、また止まって。
それが第10節の甲府戦から、ようやくまた静かに動きはじめていた。
彼のプレーを見るにはどこが一番見やすいだろうと、メインスタンドを徘徊していたら、例のファンサの妙齢の女性と再び遭遇した。まさかの再会である。
顔を合わせるのはあれ以来。ばったり出くわした彼女に「よかったら、一緒に観ませんか?」と声をかけられたのだけど、私は丁寧に、しかしきっぱりとお断りした。少しだけ気まずい空気が流れたが、断ったあとの心は妙に晴れやかだった。
試合はというと、照山選手が長崎に来てから最も冴えたパフォーマンスを見せた。まさに会心の出来でアウェイでの逆転勝利。
試合後は、勝利の余韻と、彼への誇らしい気持ちとで、心が少し浮いていた。こんなふうに勝った日のスタジアムは、なぜだか足取りまで軽くなるものだ。
そんな高揚の中、出口付近で再び彼女と遭遇した。
そして、彼女は言った。
「前半、滑って転んだの、あれ危なかったですね!」
……うん、確かに、あの場面はヒヤッとした。前半、芝に足を取られかけた瞬間があった。
でも、十八番の縦パスは冴えてて、空中戦や迎撃守備もすごかったのに──と思いかけて、私は思った。
……やっぱり、一緒に観なくてよかった。
もちろん、悪気はなかったのだと思う。
ただ、私はひとつのプレーにすら、心をざわつかせて、息を止めて見つめている。
試合中、Apple Watchが「心拍数が高いです」と忠告してくるくらいには、本気で入り込んでいる。
少なくとも、軽口を交わせる心の余裕はない。
あのときの判断は間違っていなかったと、自分の中でそっと頷く。
でも、こうして書いているうちにふと思う。
彼女の存在が、どこかでこの文章を書くきっかけになったのかもしれない。
……ほんの少しだけ、感謝している。
本当に、少しだけだけれど。