
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#3】W杯の夜
外の電気をつけたら、今日も店が開く。
看板はない。
でも、この店はこれでいいと思っている。
Bar「青燈ノ記憶」。
佐世保の四ヵ町アーケードを抜けて、三回くらい角を曲がった先の路地。
説明するたびに遠くなる場所にある。
中は薄暗い。
というか、だいたい暗い。
たぶん明るくする気がない。
カウンターは4席。
ボックス席が2つ。
それだけ。
あとは、DAZNを見るためのiPadと、
壁に掛かったユニフォームが1枚。
照山選手の48。
今日は雨は降っている。
店の奥でワールドカップのハイライトが流れていた。
「マスター、ワールドカップは見てたの?」
ドアが開くなり、常連が聞いてきた。
「チュニジア戦だけ見ました。」
「一番おいしい試合だけ見てるじゃん。」
「たまたまですよ。時間帯がちょうどよかったので。」
棚からグラスを取り出す。
「今日も勝手にハイボールでいいですか。」
「注文聞く気ある?」
「聞いてますよ。」
「じゃあ、いつもの。」
「ほらやっぱり。」
氷を入れる。
カラン、と店に音が響いた。
「本当はブラジル戦も見たかったんですけどね。」
「俺は見たぞ。」
「どうでした?」
「次の日、仕事にならなかった。」
「まぁ、皆さんそうですよね。」
「眠かった。」
「それだけですか。」
「眠かった。」
「二回言いましたね。」
二人とも少しだけ笑う。
冷えたグラスにウイスキーを注ぐ。
「田中碧が、ちょっとかわいそうでな…。」
「私もハイライトで見ました。」
炭酸をゆっくり注ぐ。
「あれは仕方ないと思いますけどね。」
シュワッという音が店の中に広がる。
「……ある意味、日本代表の宿命なんだろうな。」
「そうかもしれませんね。」
グラスを差し出す。
「どうぞ。」
常連は一口飲んで、小さく息をついた。
しばらく店の中には氷が溶ける音だけが流れる。
「もし。」
カエデがぽつりと言った。
「ん?」
「いつか長崎から、現役でワールドカップに行く選手が現れて。」
「うん。」
「もし、その人がミスしちゃったら……長崎のサポーターは、どう思うんでしょうね。」
常連は少しだけ考える。
「……分からない。」
ハイボールをもう一口飲む。
「でも、それでも応援するんじゃないかな。少なくとも俺は。」
カエデは小さくうなずく。
「ですよね。」
少しだけ店の中が静かになる。
壁に掛かった48番のユニフォームへ目を向ける。
「そんな日が来たら、この店も忙しくなりそうですね。」
「その日は酒が足りなくなる。先にマスターが酔いつぶれそうだな。」
「否定はしません。」
店の中に笑い声が一つだけ響いた。
「……そんな日が来ればいいな。」
「ええ。」
世界は広い。
でも、カエデが応援しているクラブは長崎にある。
だから今日も、いつかその世界へ届く日を勝手に想像してしまう。
グラスの中身はまだ残っている。
でも今日はもういい気がした。
また明日、店が開くかは分からない。
たぶん開く。
でも保証はない。
ただ、電気がついていればそれでいい。
Bar「青燈ノ記憶」は、今日も閉店する。
◆あとがき
Bar「青燈ノ記憶」第3話でした。
いかがでしたでしょうか?
今回はワールドカップが題材ですが、実際に書きたかったのは「応援する」ということについてです。
田中碧選手の件はSNSで色々な意見をみて、胸を痛めておりまして…。
日本代表でも、クラブでも、選手は成功する日もあれば、悔しい日もあると思います。
それでも応援し続けるのがサポーターなんだろうな、と。
そんなことを考えながら、カエデと常連に少しだけ話をしてもらいました。
もし外の電気がついていたら、またふらっと寄っていただけると嬉しいです。
最初の扉🚪
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#1】無意識
昨夜の話🕯️
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#2】黒のユニフォーム
次の一杯🥃
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#3.5】次の一歩