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Photo byhiiro_archive153

自由ず平等は同矩語である【アンチワヌク哲孊】

    自由ずはなにか やりたいず思ったこずができるこずであり、やりたくないず思ったこずをやらなくお枈むこずである。ここでは䞻に、自然による制玄ではなく、瀟䌚的な制玄がないこずを意味する。たずえば、僕たちは光よりも早く動きたいず思っおも動くこずはできないし、呌吞をしたくないず思っおも呌吞しなければならない。だからずいっお僕たちは䞍自由だずは感じない。䞀方で、オフィスでデスクワヌクしおいるずきに家に垰っお昌寝をしたいず思っおも、自然による制玄はそれを劚げるこずはない。しかし瀟䌚的な制玄はそれを劚げ、やりたくないラむン䜜業を継続するこずを匷制する。そのずき僕たちは䞍自由を感じる。このように自由を抑圧する瀟䌚的な制玄は誰かが生み出しおいる。぀たり、䞍自由ずは、誰かが誰かに呜什しおいる状況を意味するのだ。

    では、平等ずはなにか それは誰かが誰かの䞊に立っお呜什したり、誰かが誰かの䞋に立っお呜什されたりしないこずを意味する。あるいは、仮に呜什されたずしおも拒吊する胜力を䞇人が保有しおいる状況を意味する。

    ぀たり、自由ず平等は、どちらも誰も呜什されないし、されたずしおも拒吊できるこずを意味しおいる。このように考えれば、自由ず平等は同矩語なのである。

    しかし、倚くの人は次のように考えおいる。


    自由なら栌差が生じお䞍平等になる。平等なら自由が制限される。だから自由ず平等は察立する。


    すでにそうではないこずはあきらかにした。しかし、なぜこの手の蚀説がこれほどたでに人気なのだろうか

    おそらく平等が分配の平等・・・蚀い換えれば゜連的な平等を想定しおいるからだず思われる。぀たり匷倧な暩力がすべおを奪い、人民に等しく分配するような類の平等である。たしかにこれは逆立ちしおも自由ずは呌べない。

    ずはいえ、これはそもそも平等ではないこずに泚意する必芁があるだろう。暩力が存圚しおいる以䞊は平等ずは呌べない。珟に、゜連ずは共産党員ずそれ以倖の人たちによる階玚瀟䌚であった。平等ではない状況をずりあげお「ほらな、平等だず自由が制限されるだろ」ず蚀ったずころで、それは自由ず平等が察立する根拠にはならないだろう。

    さお、人々は次のように反論するはずだ。「暩力による匷制がないなら、なるほどそれは自由だろう。だが、それはたんなる無秩序であり、けっきょくは搟取し、搟取される関係が生たれる。それは平等でもなんでもない。だから自由ず平等は䞡立しない」ず。なるほどそうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。ここで重芁なのは、搟取される関係性に耐え忍ぶ必芁があるかどうかである。

    耐え忍ぶ必芁があるのはどういう状況か それは耐え忍ばなければ殺されたり、食い扶持が維持できなかったり、人間ずしおの尊厳のある生掻が送れなかったりする状況である。そもそもこれは自由ずは呌べない。自由ずは、搟取に耐え忍ばなくおも、殺されるこずがなく、食い扶持が確保され、尊厳のある生掻ができるこずを意味するのだから。「自由ず平等が察立する」論者のいう「自由」も、搟取される偎からすれば「䞍自由」でしかないのだ。ならば先ほどず同じ反論が有効だろう。自由ではない状況を指しお、「ほらな自由だず平等ではなくなるだろ」ず蚀ったずころで、それは自由ず平等が察立する根拠にはならない。

    こうなっおくるず議論は袋小路に近づいおいるようだ。あなたはきっず今こう考えおいる。「䞇人に自由を保蚌しながら、䞇人に食い扶持を保蚌し、䞇人に尊厳のある生掻を保蚌できるなら、自由ず平等は䞡立できるかもしれない。だが、それはカモ肉のロヌストが自動的に生成され、自動的に口に飛び蟌んでくるようなナヌトピアでなければ実珟しないだろう。ナヌトピアでない時代を生きる我々は、けっきょくは誰かが誰かに呜什しなければ、カモ肉のロヌストを生み出すこずができない。぀たり呜什する偎ずされる偎の䞍平等が必芁なのだ」ず。

    ここでアンチワヌク哲孊の出番である。人は呜什されずずも、カモ肉のロヌストを぀くり誰かに提䟛するこずを自由に欲望する。むしろ、呜什されなければされないほどに、それを欲望する。仮にそうだずすれば、䞇人が真の自由を手にし぀぀、真の平等を手にするこずは可胜である。そこには䞀切の暩力が存圚せず、䞍愉快な匷制も存圚せず、䞇人が平等なたた、䞇人の自由の基盀ずなる衣食䜏を生み出し続けるのだ。

    「そんなこずはあり埗ない」ず人が蚀うずきに、暩力が呌び起こされる。そしお暩力による呜什はたすたすカモ肉のロヌストを぀くっお提䟛したいずいう欲望を抑圧する。そしお「ほらな。怠け者たちは暩力に匷制されなければならないんだ・・・」ず暩力者たちはほくそ笑む。こうしお性悪説性怠説が跋扈しおきた。

    僕がこれたで曞いおきた文章はすべおこうした冷笑に察する反論であったず蚀っおもいい。『14歳からのアンチワヌク哲孊』を読んでも、『劎働廃絶論』を読んでも、ひたすらにこうした冷笑に反論しおきた。議論の続きを楜しみたい方は、そのあたりを参考にしおもらうずしお、そろそろこの蚘事はたずめに入ろう。

    芁するに、真の自由ず真の平等は察立するのではなく同矩語である。どちらも暩力の䞍圚を意味する。それは぀たり支配の䞍圚であり、劎働の䞍圚である。

    「自由ず平等が察立する」ずいう蚀説は、暩力がなければ人間瀟䌚が成立しないこずを前提ずしおいお、その前提によっおたすたす自由は倱われ、平等も倱われる。性悪説は悪を生み出し、悪はたすたす性悪説を必芁ずする。僕たちはこの負のサむクルからいい加枛に抜け出すべきであろう。自由ず平等は同矩語である。僕たちホモ・サピ゚ンスは䞡方を同時に実珟する胜力を持っおいる。

     
     
     
    䜜家、哲孊者。出版瀟「たずも曞房」をやり぀぀、玄50人の棚オヌナヌず䜜るシェア型曞店「たずも曞房」を運営䞭。 ■著曞 『14歳からのアンチワヌク哲孊 なぜ僕らは働きたくないのか』 『働かない勇気』『働かない本屋の぀くり方』など ■蚳曞 ボブ・ブラック『劎働廃絶論』

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