第一話「暴君」
黄金が狂おしいほどに輝く、豪勢な装飾の数々。
その広大な謁見の間の最奥、扉と対峙する玉座に、彼女は気だるげに頬杖をついていた。
この国、アスピダ公国の公王──カティル・アテーナ。
平伏し、必死に言葉を紡ぐ貴族たちの話に、彼女は微塵の興味も示そうとしない。
かつての彼女は、決してこうではなかった。
地を揺るがす歓声の中を歩む、あの煌々とした姿。誰もが彼女の背中を追いかけ、彼女が王となる未来を熱望したのだ。
けれど、奇跡の英雄の栄光は、たった数年で崩れ落ちた。
変化が訪れたのは、約二年前。始まりは些細なことだった。
急遽、引き上げられた税。大公を軽んじたという、理不尽な理由での貴族の処刑。そして決定打となったのは、忠言を申した神官が「気に食わない」というただそれだけの理由で、断頭台へ送られたことだった。
権力という魔物は、人の人格さえも容易に変えてしまう。
あの方が王となって進む道なら、たとえ滅びの途であっても構わない──あの頃はそう思っていた。だが、目の前で腐り果てていく祖国を、これ以上見ているわけにはいかなかった。
「殿下!このままでは、我が国は滅んでしまいます!」
静寂を破り、痛切な声を張り上げたのは、かつて大公の右腕として刃を振るった男、エスフェルであった。
カティルは退屈そうにゆっくりと視線を上げ、冷徹な声音を静かに放つ。
「私に、口答えをする気か?」
その一言に、エスフェルの目の前が真っ暗になった。
あの頃の……誰もが憧れ、愛したカティル・アテーナは、もうどこにもいないのだ。
脳裏に、鮮明な過去の記憶が蘇る。
『神力がないのか?』
『はい……お恥ずかしいながら、私には』
『別に恥ずかしいことなどなかろう。よし、決めた! お前は今日からエスフェル・シールドと名乗り、私の右腕となれ!』
そう言って不敵に笑った彼女は、太陽よりも眩しく輝いて見えた。
(もう、あの頃の貴方が居ないのならば、私は──)
「……ペクニアから我が国を救った殿下は、そうではなかったはずです……!誰にでも手を差し伸べ、誰もが憧れた。それが、カティル・アテーナ公王ではなかったのですか!?」
祈るような叫び。
「そうだな……」
カティルが低く呟いた。一瞬の、本当に微かな希望の光に、エスフェルはすがるように顔を上げる。
しかし、玉座の暴君から返ってきたのは、慈悲の欠片もない言葉だった。
「ここで自死するか、私の手で斬られるか。好きな方を今すぐ選ばせてやろう」
エスフェルは、血が滲むほどに拳を強く握りしめた。己の命が惜しいのではない。
ただ、背中を預けてくれた彼女が簡単に自分を切り捨てることが、耐え難かった。
「お待ちください、殿下」
その時、重苦しい空気を割って、一人の貴族が前に進み出た。デリウム・サピトゥリア伯爵である。
「この男の武勇は、貴方様もよくご存知のはず。迫り来る戦の折、肉壁として前線に投じる方が、我が国に利があるかと存じます」
カティルは鼻で笑い、果物をつまむように、エスフェルの生死を投げ出した。
「いいだろう。その時まで、私の慈悲をありがたむがいい」
近衛兵の手が、抗う力をも失ったエスフェルの身体を拘束する。
引きずられるようにして連行される彼が最後に見たのは、やはり退屈そうに視線を逸らす、かつての光の面影だった。
暗く冷たい牢獄へと、エスフェルの身体は落とされた。
