
可愛い子としか話したくない
と、言われたのは、私が高校生のときだった。
私は小さな頃から太っていて、目も一重、眉毛も濃く、天然パーマで髪に艶は無い。隣に綺麗な子がいると、人は綺麗な子の方にだけ話しかけて、私の挨拶は返事もしない。私の目は誰とも合わない、まるで透明人間だ。私はそういうとき、悲しくも苦しくもならない。なぜならこの世界は「こういうルール」だから。赤信号で止まれと言われて涙を流す人なんていないように、容姿の美しくない人間は美人と対等に扱われないことを嘆くべきではない。私の好きなものや、感動したこと、譲れないもの、信じているもの。私は自分の話を誰にも話したことがない。いや、話せたことがない。土俵に上がるためのチケットを持っていなかったからだ。
このチケットの無い人間は、人と会話をすることさえできない。あなたはこれを聞いて信じられないと笑ったり、大げさと言って疑うかもしれない。そうだね。信じられない、考えすぎ、大げさと言って、信じてもらえなかったから人に言うのをやめたのだから。こうして文章にしているのだから。
30歳。私は転職をした。前の仕事は専門知識が必要で、やりがいはあるが激務だった。作家になりたかった私は、専門知識のいらない、落ち着いて仕事ができる雑貨屋に転職した。手取りが低くても、きちんと休憩があって、定時に家に帰れて、執筆する時間さえ取れればそれでよかった……そもそもそれ以上のことを望んでいなかった。十分だったのだ。しかしNさんはそこにいた。私の新しい職場に。私の激動の人生が始まった瞬間だった。
Nさんの第一印象は「正解」だった。美人で、スタイルが良く、身長も高く、仕事もできて、性格も良い。私の、いや、世の中の女性の正解なんだろうな。私とは生きている世界が違う。今思えば私はNさんに失礼なことをたくさん言ってしまった。「Nさんみたいな人は私と話していたら嫌なこと言われるんじゃないですか?」「Nさんみたいな人はパスタとかスイーツとかきっとオシャレなもの食べますよね」「Nさんは美容院とかよく選んで行ってそうですね」「肌綺麗ですね。美容とかこだわってそうですね」。
すべて私の本心では無かった。なぜこんなことを言ったかと言うと、私が人に注意されてきたからだ。
「ミキちゃんといると仲良いって思われそうで嫌だから、もう話しかけないで」「あの雑誌、揚げ物特集だって!絶対ミキさん好きでしょ」「(美容院にて)うちね、オシャレな人しか来ないんですよ……で?何しに来たの?」「美容とか興味ないでしょ」。
すべて私が言われてきた言葉だ。初対面で言われることがほとんど。私は、Nさんを見て、反射的に自分とは違うと感じた。Nさんは言った。
「なぜミキさんは自分の見積もりがそんなに低いのですか?」
私は戸惑いながら言った。
「……?世界がそういうルールだからですけど……」
それから、私がいた世界のことをNさんに話した。
美人のいとこと夏祭りに行ったとき、足をくじいたおばあさんがいて、放っておけず私がおんぶをして助けたところ、『あなたたち親戚なの?本当に?月とスッポンだ』と笑われたこと。小学生のときに好きな女優を聞かれて、樹木希林と答えたらそういうことじゃない!と大笑いされて理解できなかったこと、けれど後に世界のルールを知ることになること、人の容姿の噂話ばかりで、自分が感動したものや信じているものの話を誰もしていないこと、そういう話をしようとすると場がしらけるので話さないようになったこと、大学生のときに20kgのダイエットをした途端友達が増えたこと、体重を戻したら誰もそばに来なくなったこと、私がどんな見た目でも変わらずにそばにいてくれた友人がいたが、世界のルールに当てはまらないのでその気持ちが理解できないこと、私もNさんみたいな容姿になるべきなのに、心のどこかでそれは違う、もっと大切なものはもっと深い場所にあると感じていること。前の職場の人がたまに今の職場にやってきて、私の身体を見て笑って帰っていくこと、「ミキさんがうちを退職してから太ったよ」と言って職場の噂の的になっていると知ったこと。それをくだらないと感じていること。
Nさんはそれらを一通り聞いて、そして「ああ……」とつぶやいた。
「やっぱり。自信が無い人は初めから自信を持っていないんじゃない。奪われてきたんだ。」
「ミキさん、私とあなたは対等ですよ。」
「いいですか。ミキさんは世界のルールと言いますが、そんなルールはありません。見た目なんてその人の価値に何の関係もない。くだらない。学生時代や過去に私の顔を褒めてきた人たち、今誰も私のそばにいません。見た目なんて何もしてくれない。ミキさんはその人たちと『対話』をするために好きなものや感動したことに心を研ぎ澄ませてきたんでしょう?でも誰ともそんな話はできなかったんですよね。それはミキさんが土俵に上がれなかったからだと。逆です。土俵に上がっていたのはミキさんです。そして誰もミキさんの土俵に上がれなかった。」
「……私は見た目が悪くて……」
「悪かったのは環境です。ミキさんの見た目は関係ありません。」
Nさんの言葉は圧倒的だった。私は今までこういう言葉を受けなかったわけではないが、フォローだと明らかに伝わる言葉の軽さを感じていた。でもNさんの言葉は信じられた。言葉には重力がある。Nさんの言葉は重かった。Nさんの実感と経験がそこにあるのだと感じた。
Nさんといろんなことを話した。Nさんは美容が好きで、ファッションや流行のこともよく調べているが、自分がしたくてしているだけだと言った。人のことも何も言わないし、何を持っていても持っていなくても何もなかった。何かをすることで誰かからの見返りをもらおうとしなかったし、他人からの言葉で自分の評価が揺らぐこともなかった。
こんな人に初めて出会った。私と同じだ。持っているものはまるで反対なのに、根っこの所が同じなのだ。
私は、容姿も要領も悪く、不器用でオドオドしていて、人と比べて劣っているというマイナスをとりあえず0にするために努力をした。できないものはできるまで続けた。何をするにも人より時間がかかり、人から笑われたりからわれたりすることが当たり前だった。その中で、作家になりたいという夢が生まれた。
Nさんは、容姿も要領も良く、器用で堂々としていて、ある程度のことは高いレベルでこなせるため、自分は努力をしたことが無いと言った。できないものはやらない。自分に人が寄ってくることがくだらないと言っていた。叶う確率が低いものを切り捨てるため、夢なんて持ったことがなかった。
Nさんとの話は尽きなかった。Nさんは何もできない私のことを褒めてくれたが、なぜ褒める理由が無いのに褒めてくれるのか聞くと「褒めてるわけではないですよ」と笑った。「事実を述べているだけです」。
「私は、作家になるのが夢なんです。それで、いつか雑誌にインタビューされることがあったら、Nさんのことを話したいです。」私はそう言った。
Nさんは黙っていた。「夢か……」とつぶやいていたが、何を考えていたかはわからない。何を考えているかは自由だし、そのときのNさんの気持ちを自分は知る権利があるとは思わない。
それから数日経った。
「ミキさん、私も人生で初めて夢ができましたよ。」Nさんが声をかけてきた。
「ミキさんが載っている雑誌のインタビューの中に、私の名前が載ることです。」
私はしばらく驚いていた。体温が急激に下がっていくのを感じた。作家になれないかもしれないと思った。文芸のコンペで1番になったことなんてない。書籍化を約束されているコンペを狙って何本も応募しても、入賞すらしたことないのだ。せいぜい市内のコンクールで入賞する程度。もうそれを10年続けている。私の夢は、叶わないかもしれない。
私は重たい口を開いてNさんにこう言った。
「叶えます。」
この人の夢は叶えなければと思った。
「三木かおりという名前で書いています。」
「わかりました」
「何年後になるかわかりません。20年後とかかもしれません。」
「待てます。」
Nさんはいつも同じトーンで話している。
誰も私と話さなかった。私自身と話さなかった。私もそれを受け入れていた。私が透明人間だった日々、同時に、Nさんも透明人間だった。誰と話しても容姿の話しかされてこなかった。私の人生は書くためにあった。あなたの人生もこの夢のためにあった。「叶う可能性が低いものは無駄です。切り捨てるべきだ」とNさんはよく言っていたが、私はいつもこう言っていた。
「叶う可能性が低ければ低いほど希望になります。暗闇が深ければ深いほど光を眩しく感じるように、私はそれに導かれて闇の中を歩き続けることができます。」ミキさんはもう作家ですよ、とNさんが言ったので、まだですよと笑った。