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泪橋~起請文(4)

     和田館の裏手の池に張った氷もようやく姿を消した頃、起請文に連署する者が定まった。
     二階堂一族からは、保土原館ほどわらやかたの山城守、矢田野左馬允、桙衝館ほこつきやかたの宮内大夫。泉田館いずみだやかたの左近将監、大久保館の弾正之進、横田館の左近之進など九名。その中に、兵部大輔の名前がないのに、図書亮は気付いた。
    「山城守さま。民部大輔さまにはお声を掛けなかったのですか?」
     今や民部大輔に代わって二階堂一族の古老の座に就いた山城守は、首を振った。
    「民部大輔殿には、まだ年端の行かぬ息子が二人おる。それもあって千歳姫を北の方に迎えられたからな。御屋形に積極的に味方することはあるまい」
     その説明を聞いて、図書亮は得心した。
     また、図書亮らが声を掛けて治部討伐に同意した者らは、計五十一名。鎌倉から為氏と共に下向してきた者らは悉く署名した。約束通り、藤兵衛や半内の名前も含まれていた。
     三月二十日。美濃守を始めとする四天王らに付き従い、図書亮は白方神社へ参じた。だが為氏の顔には、わずかばかりの陰りがあるのを、図書亮は見逃さなかった。
    「御屋形。いかがなされました」
     安房守も、主の様子が気になるのだろう。
    「いや。御台も二階堂の姫なのだから、連れてくるのが筋なのではないかと思ってな」
     さすがに、三千代姫を「治部討伐」の誓いを立てる場に連れてこられるわけがない。図書亮が困惑していると、安房守が取りなすように手を振った。
    「女性をお連れすれば、比売命ひめかみのみことが妬心を露わに致します」
     なるほど、上手いことを言うものだ。
     だが、神前で起請文が広げられ、それを見た為氏の眉根は、ますます曇った。事前に回文に目を通していた図書亮は驚かなかったが、誓文の文言が、なかなか過激なのである。
     
     白方大明神の宝前で謹んで曰く。
     逆賊治部大輔は欲心に染まり、一城を囲って防ぎ、主命に逆らい、次のような罪を犯したり。

     一.地祇の恩を忘れ神社を滅ぼした罪。
     二. 理由なく民を殺害した罪。
     三. 己は飲酒に耽り、驕り高ぶり民の飢えたるを知らざる罪
     四. 先例のない賦役を掛け、民を困窮させたる罪
     五. 治部大輔の梟悪は長年に渡るものである。

     逆賊の独り善がりな振る舞いは、遂にはこの国家を滅ぼすであろう。しばらくの間、あの者を押さえてほしい。
     大神の守護神に何卒愁いを取り除いてはいただけまいか。広大な慈悲無く速やかに逆賊を罰していただけたのならば、長くその冥加を祈願奉り、万代にわたって神恩を奉ることを、藤原為氏を始め一文家臣は神前に於いて各々謹んで誓うものである。

     二階堂遠江守藤原為氏朝臣
      以下二階堂山城守、同安房守、同宮内大夫、同弾正進、同左京進、同兵部少輔、同内膳太夫、同左衛門尉、須田美濃之介、箭部主税之介、守屋筑後之介等六十五名連署

    「御屋形」
     美濃守が為氏に血印を促した。だが、為氏はじっと起請文を見つめている。
    「御屋形。この岩瀬の主は御屋形でございます。それをゆめゆめお忘れなきよう」
     側に控えていた守屋筑後守も、促す。
     確かに、その通りなのだ。三千代姫のことはともかく、治部大輔の振る舞いは鎌倉にもその悪評が伝わっている。ここで、鎌倉から叱責を受けたり、治部大輔が須賀川の主となるようなことがあったりしてはならないのだ。
     しばらく黙り込んでいた為氏は、やがて、一つ条件を出した。
    「もしも、治部大輔殿が約束通り須賀川の城を明渡してくれたのなら、その命は保証しよう」
     四天王を始め、二階堂の一門衆は顔を見合わせた。
    「田村の者などに、二階堂の者同士で血を流したなど思わせてはならぬ。他国の者につけ入れられる隙を与えるな」
    「ふむ……」
     為氏の言葉に、山城守が考え込んでいる。
    「治部殿には出家してもらい、行若殿に跡目を譲っていただくのが良策か」
     どうだ、というように山城守が美濃守に視線を投げかけた。行若は、三千代姫の兄である。父の治部大輔よりはよほど穏やかな気性らしく、三千代姫との関係も良好らしい。
    「よろしいでしょう」
     当主である為氏が反対しては、意味がない。渋々といった体で、美濃守は肯いた。
     そのまま、朗々と為氏は起請文を読み上げると、恭しく神前に家臣一同が署名した起請文を捧げた。

    ©k.maru027.2023

    >「花の宴(1)」へ続く

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