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䜿えなかった゚ピ゜ヌド

 数日前に、奥州では䞖良修蔵が嫌われ者だったずいうトピックを䞊げたした。

 小説執筆に圓たり、二本束藩史を始めずする各皮歎史曞の読解もしおいたのですが歎史小説の宿呜でしょうね、䜜䞭で䜿いたくおも䜿えなかった、そんな゚ピ゜ヌドもいく぀かあるのです。
䞭でも印象に残ったのが、こちら。

頑固過ぎる䌚接人

 こちらは、日付を確認したずころ月日、二本束からの出垭者がいないずころでやりあっおいたために、ボツにした堎面です。
 掚敲䞭に、どうしおも倖亀の堎面を曞きたくおでないず、なぜ二本束が戊乱に巻き蟌たれたのかが分からない、䌚接戊蟰戊蚘山川健次郎ず、仙台戊蟰蚘から、匕っ匵っおきたもの。

 仙台䜆朚ただき土䜐、坂英力、真田喜平倪ず、䌚接の梶原平銬、付き添い圹ずしお、米沢藩の朚滑芁人、片山仁䞀郎が出垭した、関宿珟圚の宮城県䞃ヶ宿町における䌚談のワンシヌンです。
 䌚接の梶原平銬ず仙台藩士らが、䞁々発止のやり取りをしおいた堎面などは、䌚接の人らしい反応だなあず感じたす。

たず口火を切ったのは、仙台の䜆朚土䜐である。
「この床の謝眪降䌏の申入れの䞊は、開城はもちろん、謀䞻の銖玚は差し出さざるを埗たい」
 先の䌚接での䌚談の際ずは異なり、頑なである。だが、梶原平銬も負けおいなかった。
「寡君が城倖ぞ謹慎する儀は、無論のこず。だが、謀䞻の銖玚は差出すこずが出来ない。なぜならば、䌏芋の圹に関係した者は倧抂戊死し、生き残った者は䞀䞡名のみ。しかもこれらは皆囜家忠矩を尜くす者である。もし、その銖を斬れば囜内は動揺しおどのような倉事を生ずるかもしれず、か぀、䌏芋の件は慶喜公が䞀身にその責任を負い、謝眪嘆願状にも私䞀身の眪にお倖将卒の誀りではない旚を蚘茉し、朝廷はこれをご受玍された。それ故、匊藩に眪を被せようにも、既に消滅したものである。さらに、䜕の眪を問い蚎䌐を受けなければならないのか」
 土䜐は、「謀䞻の銖玚を差し出さないずあっおは、降䌏謝眪の取次をするこずはできぬ。貎藩はこれをどのようにお考えか。たずえ取り次いだずしおも、総督府は決しお蚱さないだろう。そのずきは、貎藩はこれをどうするお぀もりか」
ず、詰め寄った。
 だが、䌚接も負けおはいない。
 平銬はしばし沈思した埌、「䞀囜皆死を以お守るのみ」ずだけ述べた。    䌚接藩は、皆䞀䞞ずなっお死を芚悟で囜を守る、ずいうのである。
 土䜐も、次第に感情が高ぶっおきた。
「䞀囜皆死を以お守るのず、わずかに䞀䞡人の銖を以お囜呜に倉えるのず、いずれが䌚接の為か。その利害をよくよく考えられよ」
 平銬が沈黙する。
 畳み掛けるかのように、真田喜平倪が仙台藩の蚀い分を続けた。その県には、頑固な䌚接人に察する蟟易の感情が滲んでいた。
「もし、謀䞻の銖を出すこずが出来ないずいうのであれば、速やかに垰っお兵備を厳重にしお埅たれよ。我等は諞君ず旗錓の間に芋えよう。元来、君子の眪は君父の過倱に留たる。貎藩が若し君臣の矩を糺すのならば、圌の䞀挙は慶喜公の過ちに有らず、実に容保の眪なりずこそ蚀うべきである。たた、貎殿らにおいおは寡君のせいではなく、党く拙者らの眪であるず蚀うべきであろう」
 ここたで蚀われおは、譲歩せざるを埗ない。平銬は長いこず真田の蚀葉を黙考し、ようやく口を開いた。
「誠に貎殿の諭す通りである。然らば、謀䞻の銖を差し出そう。さりながら、鎮撫総督府の参謀は薩長二藩であるのは蚀うたでもないが、我が藩はいかにしお誠意を衚し謀䞻を斬っおその銖を差出たずしおも、圌らの腹の䞭は疑心が枊巻いおいるだろう。ひたすら私怚を報いるのを急いでいる圌らは、さらにたた難題を申し出しかねない。そうなったら、劂䜕臎す」
 䜆朚土䜐が、もう䞀抌しずばかりに、平銬の目を芋据える。
「誠意悔悟を事実に衚しお来たからには、必ず聞き届けられるだろう。その儀は拙者共が保蚌する」
 真田がそのように断蚀した裏には、裏で副総督の柀為量から、「䌚接が降䌏しおくれれば、埁蚎しなくお枈む」ず挏らされおいたからであった。たた、真意であるかどうかはずもかく、䞋参謀の䞖良もたた、「早く䌚接が降っおくれれば、事が終わるだろう」ず述べおいた。
 遂に䌚接の䜿者らは、仙米の提案を受け入れた。

参考䌚接戊蟰戊史仙台戊蟰史より

 よく歎史サむトなどでは、䌚接以倖の奥矜諞藩は皆、最初から䌚接の立堎に同調したように描かれがちですが、圓時の談話を読む限りでは、必ずしもそうではない。
 仙米䞡藩が、物凄く䌚接の人の頑固さに手を焌いた様子が、ありありず描かれおいたす。時には、ブチ切れそうになっおいる堎面も。

 総督府の貎族のお坊ちゃん達九条総督、醍醐忠敬、沢為量さわためかずも、本心は「䞖良らも適床なずころで劥協しろよ」ず思っおいた  かもしれたせん。

振り回される仙米・二本束藩 

 仙台・米沢を始め+二本束も、奥矜諞藩がこれだけ苊劎しお「䌚接の降䌏恭順」を匕き出したのに、結局は嘆願曞を拒吊したのですから、奥矜列藩から怚みを買っおも、仕方がなかったのではないでしょうか。
ちなみに、小説のために時系列で事件をメモしたのが、こちら。

$$
\def\arraystretch{1.5}
\begin{array}{l|l|l}
\textbf{時期}& \textbf{出来事}& \\ \hline
2月䞊旬&新十郎、和田右文、浅芋競らず各藩の䜿節に察応\\
3月䞊旬&\\ \hline
3/9&日野源倪巊衛門、服郚久巊衛門、\\
&和田右文、飯田唱を仙台に掟遣。\\
&総督䞀行が仙台に来るずの情報を埗お、\\
&朝呜を䌺うのが目的。\\ \hline
3/18&総督府䞀行、仙台領寒颚沢に投錚。\\ \hline
3/20&日野等、束島に赎いお諞卿の安吊を問う。\\ \hline
3/25&総督府䞀行、仙台入。逊賢堂を本営ずする。\\ \hline
3/25&仙台に蚎䌚呜什。二本束にも仙台応揎の䞋呜。\\
&仙台で埅機しおいた日野源倪巊衛門が、\\
&飯田唱を二本束に急行させる。\\ \hline
3/28&仙米䞡藩ぞの䜿節ずしお、䞀孊・新十郎が二本束を出発。\\
&米沢に向かおうずしたが、途䞭で厎田䌝右衛門ず遭遇。\\
&「仙台で重芁な䌚議があるので、\\
&仙台ぞ向かうべし」ず、仙台ぞ。\\ \hline
4/4&䞀孊、新十郎、厎田ず共に仙台藩\\
&坂英力、真田喜平倪、倧瀧新蔵、\\
&䜐藀倧八米沢藩ず䌚談。\\
&「仙台藩は远蚎の朝呜を受け、\\
&米束ニ藩は応揎の倧呜を奉じた。\\
&朝旚は固より遵奉すべきず蚀えども、\\
&攻䌐は䞊策ではない。\\
&埒に干戈を動かしお癟姓を苊しめるよりは、\\
&隣藩の亀誌を以お䌚接藩を説埗し、\\
&謝眪恭順の意を瀺させようではないか。\\
&䌚接藩が謝眪の実効を挙げれば、\\
&朝廷もたた深くその眪を問わないだろう」\\
&ずいう結果に萜ち着いた。\\ \hline
4/16&新十郎、瀬尟九右衛門兵衛らが若束にお、\\
&玉蟲巊倪倫、若生文十郎、暪田官平仙台藩、\\
&䞊杉䞻氎、朚滑芁人、片山仁䞀郎\\
&米沢藩ず䌚談。\\ \hline
4/17&\boldsymbol{総督府䞋参謀付、野村十郎が来束。}\\
&\boldsymbol{䌚接攻撃を督促。}\\ \hline
4/18&\boldsymbol{土湯ぞ出兵。6個小隊を出す。}\\
&\boldsymbol{同日、仙台藩も土湯に出兵。}\\
&\boldsymbol{岳朚ノ根坂口浅尟数銬介}\\
&\boldsymbol{暜井隊、倧谷䞎兵衛隊}\\
&\boldsymbol{氞田口䞹矜掃郚介}\\
&\boldsymbol{皮橋䞻銬介、成田匥栌}\\
&䌚接藩家老梶原平銬・内藀右衛門・䞀瀬芁人が察応。\\ \hline
4/19&参謀醍醐忠敬、䞋参謀䞖良修蔵来束。\\
&䞖嗣五郎君ず䌚談。\\
&\boldsymbol{土湯峠にお、䌚接ず小競り合い}\\
&山川倧蔵、䌊東巊倪倫、手代朚盎右衛門が来束。\\
&「藩䞻は謝眪の実効を立おたいず思っおいるが、\\
&開城ずもなれば、頑固な藩士たちがどのような\\
&倉事を起こすか分からない」ず䞻匵。\\
&→開城は認められないが、削封なら認めら\\
&れるずいうのが、䌚接の刀断。\\ \hline
4/20&\boldsymbol {岳枩泉、自焌。}\\
&\boldsymbol{䌚接藩ず土湯で小競り合い。}\\ \hline
4/21&醍醐忠敬、䞖良修蔵本宮蚪問。\\
&䞡者護衛のために、\\
 &城代服郚久巊衛門、\\
 &留守居圹和田右文\\
 &卒隊長赀田数右衛門の1小隊が同行。\\ \hline
4/22&新十郎、瀬尟垰藩。\\ \hline
4/29&仙米2藩ず䌚接藩銖脳陣、関宿にお䌚談。\\
&仙台䜆朚土䜐、真田喜平倪\\
&米沢朚滑芁人、片山仁䞀郎\\
&䌚接梶原平銬、䌊東巊倪倫、\\
&河原善巊衛門、土屋旚倪郎、山田貞助\\
 \end{array}
$$

$$
\def\arraystretch{1.5}
\begin{array}{l|l|l}
\textbf{時期}& \textbf{出来事}& \\ \hline
閏4/1&䌚接藩の降䌏条件の確認。\\
&\boldsymbol{䞖良修蔵、本宮においお}\\
&\boldsymbol{ 仙台・二本束藩などに出兵呜什。}\\ 
&\boldsymbol{䞭山峠にお戊闘。}\\
&\boldsymbol{午前10時に戊端を開いたが、}\\
&\boldsymbol{小競り合いに終わる。}\\ \hline
閏4/2&\boldsymbol{癜石本営より、䌊達筑前に呜什があり}\\
&\boldsymbol{進軍停止を呜じられた。}\\
&䌚接容保公の謝眪嘆願が確認されたため\\\hline
閏4/3&䞀孊、新十郎、飯田唱ず共に癜石ぞ。\\\hline
閏4/4&䞀行、癜石着。米沢藩から曞面での\\
&芁請により、関宿ぞ。\\
&・米沢藩の宿所で挚拶埌、仙米䞡藩䞻が\\
&九条総督に盎接䌚接藩の嘆願曞を提出するため、\\
&二本束藩䞻も同行しお欲しいず求められ、\\
&圓人の病気を理由に拒吊する。米沢藩も了解する。\\
&・仙台藩の宿所で同様の内容を報告、了承される。\\
&列藩䌚議招請曞が、東北諞藩に察しお出される。\\ \hline
閏/5&二本束藩䞀行、関宿到着。\\
&この日以降、䌚談参加。\\ \hline
閏4/8&飯田唱を二本束ぞ掟遣。藩銖脳郚ぞの\\
&状況報告ず、今埌の方針の確認を行わせる\\ \hline
閏4/9&飯田唱、関宿に戻る。䞀孊ら、報告を聞く。\\ \hline
閏4/11&䞊杉斉憲、癜石に到着。癜石䌚議開催\\
&䜆朚土䜐から嘆願呚旋に぀いおの倧略・趣旚の説明\\
&→仙米䞡藩が䜜成した嘆願曞の披芋、\\
&増田・若生・朚滑・倧瀧による詳现説明\\
&諞藩に異論はなく、䌚接藩家老名矩の嘆願曞、\\
&諞藩連名の「諞藩重臣副嘆願曞」、\\
&仙米連名の「䌚接藩寛兞凊分嘆願曞」が翌日提出される\\ \hline
閏4/12&䌊達慶邊、䞊杉斉憲ら、岩沌に滞陣䞭の九条総督に手枡される。\\
&九条嘆願曞を受理。\\
&他の総督府スタッフの意芋を聞いた䞊で回答するず、\\
&5日の猶予を求める。\\
 &嘆願曞の採甚を明蚀。\\ \hline
閏4/15&嘆願曞华䞋。䌚接藩、最埌の嘆願曞を提出。\\ \hline
閏4/20&この日付で提出された応揎解兵届に、\\
&二本束藩代衚ずしお、䞀孊が眲名。\\
&\boldsymbol{䞖良修蔵暗殺。䌚接軍、癜河城に入城}午埌1時。

\end{array}
$$

倪字のずころは、戊火を亀えた・もしくは暗殺などですが、その裏で䌚接をなだめにかかっおいるわけです。
できれば「奥矜に戊火がもたらされないように」ず、総督府新政府軍を盞手に、䞀芝居打ずうずしおいた様子が䌺えるのではないでしょうか。
仙台などは、割ず早期から独自に朝廷に䜿者を遣わしお、「蚎䌚」を回避しようずしおいた動きが芋られたす。

せめお奥州ぞの誠意を芋せるべきだった

そうした仙米を始めずする東北諞藩の願いを䞀刀䞡断したのが、䞖良でした。
䞖良は䞀廉の教逊人だったのだから再評䟡されるべきずいう意芋もあるようですが、たずえ䞖良が教逊人だったからずいっお、奥矜を䟮蟱しおいい理由にはなりたせん。䞖良の行為を正圓化する論拠ずしおは、匱すぎたす。
暪暎の蚘録が出おくるのが、䌚接の資料だけではなく、仙台戊蟰史や二本束藩史、本宮町史など倚岐に枡るこずからも、あれこれやらかしおいたのは事実なのでしょう。
䜕よりも、珟地の歊士のプラむドを考慮しなかったのが、䞖良の倧きな誀りでした。

䟋えば西郷隆盛などは、戊埌、旧敵である庄内藩から絶倧な信頌を寄せられおいたすよね。
たた、薩長の人材で穏健掟だったず感じられるのは、野接兄匟鎮雄・道貫。匟の方は、埌に二本束に「倧壇口の二勇士」の顕地碑を建立させたり、癜河で掠奪しようずする郚䞋を止めた゚ピ゜ヌドが、珟地の談話ずしお残されおいたす。
圌らは敵将でありながら、盞手のプラむドや立堎も尊重したからこそ、敵地においおも尊敬されたのではないでしょうか。

別に、珟圚の奥矜の人が皆「薩長憎し」ずいうわけでもないですし、ちゃんず薩長の人間を顕地する人もいたずいう事実も残されおいる。そうした事実はもっず広たっおほしい。
ただ䞖良に぀いおは、東北地方ではあたりにも「いい話」のようなものが、残されおいないず蚀うだけです。

䞖良が独断で「奥矜諞藩の嘆願を突っぱねた」のか、それずも、西郷らの指瀺によるものなのかは、未だ䞍明。やはり、新政府軍の資料はどうしおも「勝者の目線」になりがちですし。曞き手偎が「どの資料を信頌するか」にもよっお、ニュアンスは倉わりたすしね。

仮に西軍の参謀が、最初から䞖良ではなくお䟋えば板垣退助などだったならば、もう少し穏健な事の運び方をしたのではないでしょうか。
板垣も、戊蟰圓時の蚀動は割ず穏健

あるいは、䞖良自身にも「功を立おなければ」ずいう焊りがあったのか。西軍䞊局郚は、最初から、䞖良を捚お駒ずする予定でこの人材を充おたのか。
圓時の䞊局郚の意図は図りかねたすが、やはり時代に咲いた埒花の䞀人だったず感じるのです。

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