メインコンテンツへスキップ
見出し画像

両親は高卒の平凡な家庭から、医者になれた話。

医師になる家庭の子じゃなかった。

医師になる人は, もっと別の家に生まれるのだと思っていました。

親が医者とか, せめて大学のことをよく知っているとか, 塾や受験の情報が自然に入ってくる家庭とか。そういう場所にいる人が, 何となくレールに乗って医学部に行く。子どもの頃の私は, ぼんやりとそう思っていました。

うちは, そういう家ではありませんでした。

両親は高卒です。もちろん, それ自体が悪いわけではありません。
むしろ, 一生懸命に働いて家庭を支えてくれました。
ただ, 教育の世界, 受験の世界, まして医学部受験のような特殊な世界について, 家の中に知っている人は誰1人いませんでした。

経済面か中学高校と学習塾にも行っていません。
だから, 進路のことは, ずっと手探りでした。

何を, いつから, どうやって勉強すればいいのか。
医学部を目指す人は, どのくらい勉強しているのか。
模試の判定をどう受け止めればいいのか。
滑り止めはどう考えるのか。
そういうことを, 誰かが教えてくれる環境ではありませんでした。

今思えば, あれは学力の差というより, 情報の差だったのかもしれません。
東京の有名進学校から鉄緑会に通えば、与えられた課題をやってるだけで、エスカレーターに乗るように東大や医学部にたどり着ける人も多い。
同じ高校生でも, 最初から地図を持っている人がいる。
私は地図なしで山に入っていたようなものでした。
どちらが優れているかではなく, 単にスタート地点に置かれているものが違った。そのことに気づいたとき, 少しだけ悔しかったのを覚えています。

努力すれば何でも覆せる, みたいな綺麗な話にするつもりはありません。

現実には, 家庭環境で有利不利はあります。
見える差もあるし, 見えない差もあります。自信の持ち方, 進路の考え方, 失敗したときの立て直し方。そういうものは, 家庭から静かに受け取っていることが多い。だから, 同じ「頑張った」でも, その前提条件は全く同じではありません。

それでも, 人生はそこで決まりきるわけでもない, ということも, 私は自分の人生で知りました。

情報がないなら, 自分で取りに行くしかない。
相談できる人がいないなら, いる場所まで行くしかない。
遠回りでも, 分からないことを一つずつ潰していくしかない。
そうやって, 何度も不安になりながら, 恥をかきながら, 少しずつ前に進みました。

そして今, 私は医師として働いています。

ここだけ切り取ると, 「平凡な家庭から努力して医師になった美談」に見えるかもしれません。でも, 本当に書きたいのはそこではありません。

書きたいのは, もっとリアルな話です。

親を責めたいわけではないこと。むしろ感謝していること。
だけど同時に, あのとき家の中にもう少し情報があれば, もう少し早く知っていれば, と思ったことが何度もあること。
「自分はこの世界にいていいのか」と思ったこと。
周りには当たり前に見えていることが, 自分には当たり前ではなかったこと。
そういう, あまり綺麗に整理されない感情です。

親が高学歴ではない。家に受験の知識がない。進路の話をしても, 誰も悪くないのに, 誰も答えを持っていない。それでも, どこかで上に行きたいと思っている。今いる場所だけで人生を決めたくないと思っている。

この文章は, そういう人に向けて書いています。

「環境がすべてではない」と簡単に励ますつもりもありません。そんなに単純ではないからです。でも, 「環境がすべてだった」と言い切るつもりもありません。私自身が, その途中を通ってきたからです。

医師になる家の子じゃなかった。
それでも, 医師になった。

 
 
30代,内科専門医, 産業医 救急/総合診療→糖尿病内分泌内科 予防医学が最善である

あなたへのおすすめ