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北九州市におけるAWS活用と次世代自治体デジタル基盤の展望―公式施策、クラウド共通基盤、人材育成およびLGC構想―

    はじめに

    地方公共団体の情報システムは、国が進める標準化・共通化政策を背景として、大規模な転換期にある。北九州市においても、標準化対象システムの移行、クラウド共通基盤の整備、職員のクラウド人材育成などが進められており、その一部でAmazon Web Services(AWS)が利用されている。

    本稿では、公開資料から確認できる事実を基礎として、北九州市におけるAWS活用の実態、クラウド共通基盤の位置づけ、調達・人材面の課題、およびローカルガバメントクラウド構想の政策的意義を整理する。


    1.自治体情報システム標準化政策の現在地

    国は、住民基本台帳、地方税、国民健康保険、介護保険、児童手当などの主要20事務について、国が定める標準化基準に適合したシステムへ移行する政策を進めている。

    北九州市は、標準化対象20業務について準備を進め、市の公表資料では2027年度末を目標として標準準拠システムへ段階的に移行する方針を示している。[1]


    2.北九州市役所におけるAWS利用

    2.1 北九州市クラウド共通基盤

    北九州市役所自身のAWS利用として確認できる中心的な施策は、「北九州市クラウド共通基盤」の整備である。

    北九州市は、標準化対象システムを部局ごとに別々のクラウド環境へ移行するのではなく、移行可能なシステムを市のクラウド共通基盤へ集約する方針を採っている。各部局が個別にクラウドの技術やセキュリティ管理を担う方式を避け、専門知識や管理機能を共通化することが主な狙いである。

    このクラウド共通基盤は、従来の北九州市システム共通基盤を直ちに全面廃止するものではない。既存基盤、AWS上のクラウド共通基盤、標準準拠システム、ガバメントクラウドとの接続などを組み合わせる、段階的なハイブリッド構成として理解する必要がある。関連資料でも、オンプレミス環境とのデータ連携を維持しながら、マルチクラウド・マルチベンダーによるハイブリッド運用を行う方向性が説明されている。[5]

    2.2 国民健康保険システムの移行

    北九州市の国民健康保険システムは、国の標準仕様に準拠した「市町村事務処理標準システム」へ移行し、AWS上に構築された北九州市クラウド共通基盤で稼働する構成となった。

    市の議事録では、従来の北九州市独自のシステム共通基盤から、AWS上の北九州市クラウド共通基盤へ国民健康保険システムのデータを移行し、2026年5月初旬に本番稼働する経緯が説明されている。[2]

    これは、北九州市役所の基幹業務における具体的なAWS利用事例である。ただし、この一事例から、市の標準化対象20業務すべてがAWSへ移行したとはいえない。北九州市は、各システムの条件や事業者の対応状況を踏まえて、2027年度末を目標に段階的な移行を進めている。[1]


    3.調達・運用体制

    北九州市のクラウド共通基盤は、市職員だけで設計・構築・運用されているわけではない。

    市の契約資料によれば、「クラウド共通基盤アウトソーシング」は日立製作所九州支社北九州支店との特命随意契約によって実施されている。市はその理由として、同社が既存のシステム基盤の設計・構築・運用に関与し、市のサーバー、ソフトウェア、ネットワーク構成を熟知していること、既存基盤とクラウド共通基盤との密接なデータ連携が必要であること、統合運用ソフトウェア「JP1」を利用することなどを挙げている。[3]


    4.職員研修と発注者能力の向上

    北九州市は、クラウド環境の構成、費用、セキュリティ、運用について職員が適切に判断できるよう、AWSに関する職員研修を実施している。[4]

    研修提供事業者の公表資料によれば、システム担当者を中心とする約30人の職員が、基礎的なCloud Practitioner、設計に関するArchitecting on AWS、セキュリティ、運用など、職員の役割に応じた研修を受講した。さらに、2026年3月には、事業者との打ち合わせや仕様書の読み解きなど、北九州市の実務を想定したワークショップも実施された。

    自治体の会計制度では、役務の完了後に料金を支払うことが一般的である。一方、民間のIT研修では前払いやクレジットカード決済が求められる場合がある。北九州市の研修では、請求書による後払い、分割払い、多人数分の一括契約に対応する契約方式が利用された。

    この研修の目的は、市職員がAWS環境をすべて自ら設計・構築・保守する完全内製化ではない。市の担当者も、システムの運用・保守は基本的に民間事業者が行い、職員は事業者との協議や課題対応を担うと説明している。

    したがって、この施策は、外部事業者を不要にする取り組みではなく、職員が次のような判断を主体的に行うための「発注者能力」を高める施策と評価するのが妥当である。


    5.ローカルガバメントクラウド構想

    5.1 構想の位置づけ

    ローカルガバメントクラウド(LGC)は、北九州市職員の髙尾芳彦氏が、2030年頃の自治体情報システム環境を想定して提示している将来構想である。[5]

    構想を説明した資料では、髙尾氏自身が「私的に温めている構想」と明示している。したがって、LGCは北九州市職員から公に提案されている政策・技術構想ではあるものの、公開資料から確認できる範囲では、北九州市の正式な基本計画、予算化済み事業、調達済みシステムまたは確定した実施計画ではない。
    このため、LGCを、現在北九州市がAWS上に整備しているクラウド共通基盤と同一視することは適切ではない。

    現在のクラウド共通基盤は実際に構築・運用が進められている市の事業である。一方、LGCは、現在の経験を踏まえて2030年頃の自治体共同利用モデルを描いた将来提案である。

    5.2 AWSに限定されない構想

    LGCは、AWS単独を前提とした構想ではない。

    構想では、既存の自治体システム共通基盤、ガバメントクラウド、国内のソブリンクラウド、海外のハイパースケーラー、民間サービスなどを、データや業務の性質に応じて組み合わせるマルチクラウド・マルチベンダー型の環境が想定されている。

    5.3 構想の主要な要素

    LGCに関する資料を整理すると、構想はおおむね次の三つの層から成ると解釈できる。ただし、これは資料を基にした分析上の整理であり、北九州市が公式に「三つのコア要素」と定義したものではない。

    共通基盤・ネットワーク層

    自治体間の共同利用基盤、ガバメントクラウド、民間クラウド、他地域のLGCなどを接続し、ID管理、認証、アクセス制御、セキュリティ、データ連携等の共通機能を提供する層である。

    構想では、各地域のLGCを「LGCN」と呼ばれる自治体間ネットワークで接続し、ガバメントクラウドや民間サービスと連携する分散型アーキテクチャが提示されている。

    デジタルサービス連携層

    行政サービス、MaaS、HealthTech、EdTech、地域産業サービスなどを、API、データ連携基盤、マイクロサービス等によって結合する層である。

    構想では、各サービスを個別に分断して提供するのではなく、「デジタルサービスメッシュ」によって連携させ、住民が統一的なユーザーインターフェースから利用できる環境が想定されている。

    地域共同運営・人材層

    LGCの運営を自治体だけで担うのではなく、地域の企業、システム事業者、コンサルティング会社、大学・高専等が参加する産学官の共同体によって担う考え方である。

    構想では、インフラ運用、システム開発、人材研修等を共同で行い、地域内に専門技術者、雇用、知識を蓄積することが想定されている。

    5.4 LGC構想の意義と課題

    LGC構想が提起している重要な問題は、国の標準化対象20業務だけでは自治体のデジタル需要をすべて処理できないという点である。

    自治体には、地域交通、医療・福祉連携、防災、教育、観光、産業振興、スマートシティなど、地域ごとに異なる業務やサービスが存在する。これらを自治体ごとに個別開発し続けると、費用、運用負担、人材不足が深刻化する可能性がある。

    LGCは、標準化対象外のサービスについても複数自治体や地域主体が共同利用・共同運営する方向性を提示している点で、政策上の検討価値がある。

    一方で、実現には次のような課題がある。

    • 共同運営組織の法的形態

    • 自治体間の費用分担

    • データ管理者と処理者の責任分界

    • セキュリティ事故発生時の責任

    • 個人情報の利用目的と住民への説明

    • 参加自治体間の業務差異の調整

    • 特定クラウドや事業者への依存防止

    • サービス終了時のデータ移行

    • 国のネットワーク・認証基盤との整合

    • 地域企業の技術力と継続的な人材確保

    したがって、LGCは完成したアーキテクチャではなく、標準化後の自治体情報システムに関する問題提起と将来モデルとして評価するのが妥当である。

    出典・参考資料

    [1] 北九州市「北九州市DX推進計画の取組実績を公開します」
    https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/337_00056.html

    [2] 北九州市「第24回 特定個人情報保護評価『第三者点検』議事録」
    https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001212867.pdf

    [3] 北九州市「随意契約結果一覧表(令和6年4月~令和6年9月契約分)」
    https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001146542.pdf

    [4] クラスメソッド株式会社「AWS認定トレーニングで自治体DX推進に道筋。北九州市が磨く『事業者との対話力』」
    https://classmethod.jp/cases/kitakyushu-aws/

    [5] 髙尾芳彦「2030年の構想 北九州市が考える『ローカルガバメントクラウド』」『事業構想オンライン』2024年11月号
    [https://www.projectdesign.jp/articles/e2815399-fe8b-4a42-9525-feb044aa74ff

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