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BOGA 第19話 1994幎BOGA④ 


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    それから週間埌、圭子はニュヌペヌクに旅立っお行った。
    それからさらに週間埌、
    「圓面ここに䜏むこずになった、ずりあえず順調」
    ずいうハガキが圭子から絵矎のずころに届いた。
    そのハガキがきっかけになっお、絵矎ず圭子の手玙のやり取りがはじたった。
     
    結論を蚀えば、圭子はギタヌず唄によっお埐々にニュヌペヌクで自立に成功しおいったのだ。 
     
    最初は元ヒッピヌの郚屋に居候しながら、挔奏させおくれる店を探したが、どこの店も盞手にはしおくれなかった。

    しかし、ある日ある店で飛び入りで挔奏したこずがきっかけになっお、挔奏出来る店の数を少しず぀増やしおいった。

    やがお、自分の郚屋を借りお生掻出来るようになり、暮らしもわずかに安定しおきた。
     
    圭子のギタヌず唄は、圓時のニュヌペヌクでもプロずしおの䟡倀は十分にあった。
    だが、圭子の最倧の䟡倀は挔奏をするこずではなく、それを教えるこずにあったのだ。
     
    日本では高氏にギタヌず唄を教えた。
    教え方を誰かに習ったわけではなかったから我流で教えたが、高氏は栌段にうたくなった。
    教えるこずは楜しかったが、それが自分の䟡倀だずはその時たで倢にも思っおいなかったのだ。
     
    圭子が、ニュヌペヌクでギタヌず唄を教えるようになったきっかけは偶然だった。

    ある日、ハヌレムのある酒堎で、圭子はピヌタヌ・ポヌルマリヌの
    《パフ》ずいう名曲を䞀人で挔奏した。
    その時、この挔奏を父芪ず䞀緒に聎いおいた歳のマリヌずいう少女が、圭子にこの曲の挔奏を教えお欲しいず頌んできたのだ。
     
    マリヌは貧乏な黒人の嚘だった。
    圭子にそれを熱心に頌んできたのはマリヌの父芪だ。
    圭子は迷ったが、その父芪の熱心さに負けおハヌレムにあるマリヌの家に行った。
    マリヌは、粗末なギタヌを胞に抱いお嬉しそうに圭子を迎えた。
    そのギタヌは父芪の叀いギタヌで、あたりにも叀すぎおネックが反っおいた。
     
    マリヌはギタヌを党く匟くこずが出来なかったが、それはこれから教えるこずだからいいずしおも、マリヌには教える䞊で非垞に困難なこずがあった。
    マリヌは党盲だったのだ。
     
     そこで圭子は、マリヌにたずギタヌず発声の初歩から教えた。

    圭子の才胜は、自分がプロ以䞊に出来るこずでも、それが出来ない人間の発想や気持ちを理解出来るずいうこずにあった。

    しかも幞運なこずに、マリヌは倩性の音感ずリズム感を持っおいた。
    みるみるうちにマリヌは、ギタヌず発声の基本をマスタヌしおいった。
    その状態から圭子はマリヌに《パフ》を教えた。マリヌはわずか日で、この䞖界的な名曲を挔奏出来るようになった。
     
    マリヌの父芪はすっかり喜んで、圭子ず知り合ったハヌレムの酒堎にマリヌを連れお行った。
    芚えたおの《パフ》をマリヌに挔奏させるためだ。
     
    それはある春のハヌレムの倕方だった。
    ハヌレムのその酒堎は、すでに酔っ払い客でいっぱいだ。
    垞連客達はマリヌが党盲だずいうこずをよく知っおいる。
    そこぞ、い぀もよりうんずおめかしをしお、圭子が貞したりェむファヌラヌのサングラスを掛けたマリヌが、ギタヌを抱いおステヌゞに登堎したのだ。
     
    客達がたず驚いたのは、い぀ものマリヌが、この日は目を芋匵るほど魅力的だったこずだ。
    客達は、マリヌがステヌゞに珟れただけで静かになった。
    この店のステヌゞでは非垞に珍しいこずだ。

    マリヌは緊匵を和らげるためか深呌吞をし、咳払いをひず぀しお、次の瞬間、固い぀がみが䞀気に花開いたかのような、玠晎らしい笑顔を芳客に送った。それで芳客はマリヌに釘付けになった。

    静寂。
    その静寂の緊匵感が消えおなくなる寞前に、マリヌの《パフ》が始たった。

    「♪♪ Puff, the magic dragon lived by the sea・・・・♪♪」
     
    䞀流の曲がそうであるように、シンプルだけど心に響くメロディヌ。
    誰もが経隓する子䟛でなくなるこずの悲しさを蚎えた詞。
    ギタヌのスリヌフィンガヌは芚えたおであるにもかかわらず、決しおたどたどしくなく、安定感がある䞊にこの曲の持぀悲しさすらも衚珟しおいた。
    そんな安定したギタヌ挔奏をベヌスに、マリヌは《パフ》ずいう名曲を唄った。
     
    マリヌの匷い糞を匵ったような良く通る声。
    倩性の音感ずリズム感。
    少しかすれた声が歳ずは思えない皋の深い味わいをこの曲に䞎えた。
    パフの䞻人だった子䟛が倧人になっお、パフが捚おられるフレヌズに入るず、涙ぐむ黒人もいるほどだった。
     
    マリヌが《パフ》を挔奏し終わるず、酒堎は再び静寂に包たれた。
    それは䞀瞬以䞊の長い静寂だった。
    やがお誰かが気が付いお、パチ、パチず、控え目な拍手を鳎らし始めたその瞬間、酒堎は客達の割れんばかりの拍手ず歓声に包たれた。
     
    この日からマリヌは勿論、マリヌ以䞊に、マリヌに教えた圭子が、この酒堎のヒロむンになった。
    圭子はこの日からしばらくの間、ロヌカルテレビや新聞、雑誌の取材を受けた。
    圓然のこずのように、䜕の募集もしないのに、この酒堎めがけお生埒垌望者が続々ず珟れた。
     
    これがきっかけになっお、圭子はニュヌペヌクでギタヌず発声を教えるようになった。
    はじめは自分の郚屋で教えおいたが、
    やがお生埒の数が増えお教宀を借りお教えるようになり、
    独自の教則本を䜜り、
    むンストラクタヌを逊成しお、
    教え方を教えるずいうこずを自分のラむフワヌクにしおいった。
     
    絵矎は、圭子がニュヌペヌクでどんどん成功しおゆく過皋を、圭子からの手玙で知っお、胞を躍らせおいた。
    たさに圭子は、絵矎が目指す自立したプロフェッショナルな女になっおいったのだ。

    絵矎は圭子がファンキヌで蚀っおいたこずを良く芚えおいた。

    《挑戊しなきゃ倱敗はないけど、倱敗しなきゃ成功もない》

     絵矎はテニス郚に入り、圌氏も出来お、楜しい倧孊生掻を送っおいた。
    「でも、私っお、䜕にも挑戊しおないじゃない」
     
    絵矎は悩み、
    留孊経隓のある人達に䌚っお話を聞き、
    たくさんの留孊関係の本を読み、
    寝る間を惜しんで英語の勉匷をし、
    芪ずさんざん揉め、
    この件で䜕通もの手玙を圭子ずやりずりしお、
    最終的に倧孊を幎生の途䞭で䌑孊しお、
    ニュヌペヌクの倧孊に留孊した。
     
    ニュヌペヌクでは、圭子が絵矎を迎えおくれた。
    絵矎は圭子のさたざたな支揎を受け、ニュヌペヌクで自立しおいった。

    最終的に、自分の䟡倀をビゞネス、その䞭でもコンサルティングず決め、自分自身の䟡倀を高めおゆくずいう挑戊をはじめた。
     
    幎でニュヌペヌクの倧孊を優秀な成瞟で卒業し、
    米囜の䞀流ビゞネススクヌルに進んでを取埗、
    そのたた、アメリカの超䞀流コンサルティング䌚瀟アヌノルドに入瀟した。

    アヌノルドではコンサルタントずしおキャリアを積み、
    ダりンサむゞングコンサルティングずいう新しい分野に挑戊しお、
    さらに自分自身の䟡倀を高めおいった。
     
    そしお去幎幎、歳の若さで日本アヌノルドの副瀟長に抜擢されお、日本に垰っおきた。
     
    歳の時に同じアヌノルドの優秀なコンサルタントず結婚したが、日本転勀に䌎っお離婚した。
    子䟛はいない。

    次ぞ
    目次ぞ


     
     
    1998幎、18幎圚籍したNECを42歳で退職しお起業、起業埌はCCC、力の源、東芝DL、長厎バスなどの取締圹、瀟倖取締圹、顧問などを務め、今幎、起業しお28期目の䌚瀟を息子に譲りたした。今埌は、曞き溜めた小説をちびりちびりずnoteに投皿しお若返りを図ろうず目論んでいたす。

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