
[命名EP] 中秋の名月の日、娘は生まれた
娘が生まれたのは、中秋の名月の夜だった。
予定日より一日だけ早い出産。けれど、そのわずかな一日が、私たちにとっては忘れられない特別な夜になった。
出産前、夫とは何度も名前の候補を出し合っていたけれど、なかなか「これだ」と思えるものに出会えなかった。どちらか一方が首をかしげるような案ばかりで、結局、出産当日を迎えても娘の名前は決まっていなかった。
無痛分娩を選択していたけれど、それでもお産は想像以上に過酷で、体も心もすっかり消耗してしまった。産み終わったあと、立ち会いに来ていた夫に、私はぽつりと言った。
「名前、決めてもらってもいいかな」
信頼というよりは、役割の分担のような気持ちだった。私が命を産み、夫がその命に名を与える。それがバランスが取れていて自然な気がした。もちろん、変な名前だったら全力で却下するつもりではいた。
夫は「わかった」とだけ言って帰宅した。
*
「これ、入院中に読んでみてほしい」
翌日の面会のとき、夫は一冊の本を手渡してくれた。
ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』だった。
産後、赤ちゃんは新生児室に預けられていたので、3時間おきの授乳やおむつ替えの合間に、私はその本を少しずつ読み進めた。病室のベッドに寝転びながら、あるいは夜の街を見下ろしながら、静かにページをめくる時間が、ぼんやりした頭をやさしく刺激してくれた。
数日後の夜、夫から「名前のことで話したい」とLINEが来た。
私は病院の廊下にある、通話のために設けられた小さな電話ボックスのようなスペースに入り、スマホのカメラをオンにして、夫と向き合った。
「『夜と霧』、読んだ?」
「読んだよ。まだ最後までは行ってないけど、半分以上は」
「印象に残ったところ、あった?」
「うん。……奥さんについて書かれてるところ。あそこ、すごく心に残った」
「同じだ。そこを一番読んでほしかった」
ナチスの強制収容所という極限の状況のなかで、フランクルが「生きる意味」を見出したのは、愛する妻の存在だった。実際にそこにいなくとも、心の中で妻を思い浮かべることで、彼は過酷な現実に耐え続けた。
「だから……娘の名前、『〇〇』にしたいと思ってる」
愛こそが、人生における最高の希望である。
そんな願いと祈りを、この名前に込めたいと。
夫は、夜と霧のこの部分を読んだ時、娘が生まれた瞬間の私の表情を思い出して、この名前を決めたという。
その言葉を聞いたとき、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
気づけば、静かに涙がこぼれていた。
心の中が、まるごと愛で満たされていた。
私たちが出会い、恋をして、夫婦になり、娘を迎えた意味。
それが、この名前の中に、そっと宿っているような気がした。
また、希望の『望』には、満月という意味もあるそうだ。
どんな時も、娘の人生を愛が満月の優しい光のように照らしてくれる事を願って。
中秋の名月の日に生まれた娘にぴったりの名前だと思った。
「……いい名前だね」
私はそう言って、電話越しに微笑んだ。
夫も、少し照れたように笑っていた。
*
月は、まんまるの光で夜空を照らしていた。
あの夜から、私たちの人生には新しい光がひとつ、加わった。