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なぜ、優しい管理職ほど苦しくなるのか

    今回は、弊社スタッフの長山海が執筆した記事をお届けします。

    長山はこれまでにも電子書籍を出版しており、現在、新たな書籍の刊行に向けて執筆を進めています。

    今回の記事は、その書籍で取り上げるテーマの一部をもとに執筆したものです。


    (本記事は、2026年秋頃刊行予定『感情と構造 ―論理なき感情は脆く、感情なき論理は冷たい―』の一部を抜粋・再構成したものです。)

    ■ 本記事のあらすじ

    「論理なき感情は脆く、感情なき論理は冷たい」。
    日々、部下を大切に想い、メンバーの声に耳を傾けようと努力しているのに、なぜか現場が上手く回らない。そんな『優しい管理職』の前に立ち塞がる、噛み合わない対話や職場の水面下に走る目に見えない亀裂。

    本記事は、自身も現場を預かる管理職である私が繰り返し目にしてきた「現場のリアルな違和感」を起点に、その原因を冷徹に言語化していくマネジメントの考察です。

    目の前の現象の裏にある部下の感情、それに対する上司の葛藤。安易なテクニックを提示するのではない、「なぜその現象が起きるのか」という構造の本質に迫り、現場に必要な境界線を引くための視座を授ける、優しいあなたのための物語です。

    ある現場で起きた「噛み合わない会話」のすべて

    始まりは、どこにでもある「遅延」だった

    「また、あのクライアントからの書類が届いていないのか…」

    オフィスのデスクでPCの画面を眺めながら、私は小さくため息をついた。画面に表示されているのは、進行中のプロジェクトのタスク管理表である。特定の顧客からの書類提出が、ここ数ヶ月、完全に常態化して遅れていた。

    この案件を担当しているのは、入社数年目の若手社員であるA君だった。彼は真面目で、責任感も強い。タスク表の履歴を見ると、A君がその顧客に対して、メールや電話で何度も何度も督促を行っている形跡が残っていた。

    「申し訳ありません。今日も先方の担当者が出張中とのことで、確実な日付をもらえませんでした」

    夕方、報告に来たA君の表情には、明らかな疲労と焦燥感がにじんでいた。何度も頭を下げ、進捗の悪さを自分の責任のように感じている彼を見て、私は管理職として「そろそろ自分が前に出るタイミングだ」と判断した。

    「A君、いつも粘り強く対応してくれてありがとう。かなり苦戦しているみたいだね。よし、この件は一度、私から先方の責任者に直接連絡を入れてみるよ。ただ、君がこれまで築いてくれた関係性を壊したくないから、まずは事前にどういうアプローチにするか、二人で擦り合わせをしよう」

    私の言葉に、A君はホッとしたように小さく頷いた。
    その後、私たちはミーティングスペースで「どの部分がボトルネックになっているのか」を話し合った。書類の項目の中で、専門知識がないと記載が難しい箇所があり、どうやら先方もそこで筆が止まっているらしいということが見えてきた。

    「分かった。じゃあ、私から電話を入れる際には、単に『早く出してください』と催促するだけでなく、その難しいポイントをこちらで補足して、先方の負担を減らす提案をしてみるよ。A君、それで進めてもいいかい?」

    「はい、助かります。よろしくお願いします」

    打ち合わせはスムーズに終わり、私は先方の責任者に電話を入れた。上司という立場で、かつ「説明が難しい点のフォロー」という大義名分を持ってアプローチした結果、あんなに滞っていた書類は、驚くほどあっさりと、数日後にオフィスへ届けられたのである。

    ここまでは、どこの職場でも見られる、上司によるごく一般的な「現場フォロー」の風景であった。私もA君も、チームとして課題をクリアしたはずだった。

    しかし、本当の「問題」は、書類が届いたその後に待っていた。


    噛み合わない歯車と、突然の拒絶

    「課長、先方から書類が届きました。ありがとうございました」

    A君が封筒を持って私のデスクにやってきた。無事に書類が回収できたことで、プロジェクトは次のフェーズに進むことができる。私は「よかったね、これで一安心だ」と言おうとした。

    だが、A君の口から出たのは、安堵の言葉ではなかった。彼の表情はどこか険しく、不満を抑えきれないといった様子で、私にこう切り出してきたのだ。

    「…でも課長、毎回毎回、このクライアントの書類提出が遅れるのって、組織として問題ですよね。僕がいくら言っても動いてくれないのに、課長が出たらすぐ出すなんて、正直納得がいきません。何かしらのペナルティを課すとか、次からは遅れたら自動的に納期を後ろ倒しにするとか、根本的な対策が必要だと思います。そうじゃないと、担当している僕の身が持ちません」

    A君の言い分は、正論だった。顧客の遅延によって現場が振り回されているのは事実であり、彼の言う通り、何らかの改善策やルール作りが必要なのは間違いない。私は彼の「問題意識」そのものは正しいと感じた。

    だからこそ、私は彼を「一人の自立したビジネスパーソン」として扱い、共に解決の道を模索しようと考えた。彼の成長を期待して、ごく自然に、こう問いかけたのだ。
    「確かにA君の言う通りだね。毎回これでは現場が疲弊してしまう。現状のオペレーションの中で、どうすれば先方がもっと提出しやすくなるか、あるいは僕たちが事前に防げるか、何か考えられる改善策のアイデアはあるかい?担当している君の視点からの意見を聞かせてほしいんだ」

    その瞬間だった。

    オフィスの空気が、一瞬で凍りついた。

    私の問いかけが終わるか終わらないかのタイミングで、A君は目に見えて不機嫌な表情になり、私の言葉を遮るような強いトーンでこう言い放った。

    「具体策なんて、僕にはありませんよ!」

    あまりの剣幕に、私は言葉を失った。A君の言葉が続いた。

    「それを考えるのは、管理職である課長の仕事ですよね?なんで僕に振るんですか?僕は現場で困っているという事実を伝えただけです。対策を考える権限も裁量も、僕にはないのですから、そっちで勝手に決めてください」

    彼はそう言い残すと、書類をデスクに置き、足早に自分の席へと戻っていった。

    その後、オフィスにいる間、A君はずっと機嫌が悪いままだった。私が声をかけても、必要最低限の業務連絡しか返さない。周囲のメンバーも、私たちの間に流れるピリピリとした空気を察して、心なしか腫れ物に触るような態度をとっている。

    私はデスクでPCに向かいながら、激しい動揺と、頭がパニックになるほどの混乱を感じていた。

    「なぜ、彼はあそこまで怒っているのだろうか」
    「私は何か、彼を傷つけるような理不尽なことを言っただろうか」

    これ以上、感情的になっている彼と議論を続けても関係が悪化するだけだと思い、私はその日の対話を諦め、議論を打ち切ることにした。しかし、私の心の中には、言葉にできない重苦しいモヤモヤだけが、澱(おり)のように溜まっていった。


    上司の胸に残った「二つの感情」

    その日の夜、自宅に帰ってからも、オフィスでのA君とのやり取りが頭から離れなかった。布団に入っても目が冴えてしまい、彼の言葉が何度もリフレインする。

    私の心の中に残っていたものは、大きく分けて二つあった。

    一つは、明確な「怒り」だ。
    「いくら現場でストレスが溜まっていたとはいえ、あんな感情的な態度をとる必要があるのか」「改善策のアイデアを求めただけで、なぜ『仕事を押し付けられた』かのように被害妄想的に怒られなければならないのか」

    上司に対する言葉遣いとして、また共に働くチームのメンバーとして、最低限の礼儀や敬意を欠いた彼の態度に対して、私の中のプライドと理性が静かに怒りを燃やしていた。

    しかし、それと同時に、もう一つの感情が私の足を引っ張った。 それは、「彼を理解し、寄り添わなければならない」という、上司としての責任感と優しさだった。

    「彼もここ数週間、あの顧客の督促で本当に辛い思いをしてきたのだ。精神的に余裕がなかったのだろう」「私がもっと早くフォローに入っていれば、彼はあそこまで追い詰められなかったのかもしれない。私のマネジメント不足が原因ではないか…」

    怒りを感じる自分と、相手を正当化して自分を責める自分。
    この二つの感情が頭の中でぐるぐると回り続け、思考は完全に抜け出せないループに陥っていた。

    「あの場面で、私は何と言うのが適切だったのだろうか」

    結局、いくら考えても明確な答えは出なかった。ただ一つ確かなのは、私の胸の中に、言葉にできない「強い違和感」だけが、不気味な塊として残ったという事実だけである。

    私はこの違和感の正体が何なのか分からず、誰かに説明することもできなかった。ただ「自分の器が小さいから、部下の感情を受け止めきれなかったのだ」と、自分の未熟さに帰結させるしかなかった。


    優しい上司ほど、なぜこれほどマネジメントに疲弊するのか

    職場の水面下に走る「目に見えない亀裂」

    あの時、私たちの間に起きていたのは、私やA君の「性格の問題」や「能力の有無」ではない。そこには、組織というグラウンドの上で、上司と部下が全く異なるルールでプレイしているという、決定的な「構造のズレ」が存在していたのである。

    この記事を目にしているあなたも、きっと日頃から部下を大切に想い、メンバー一人ひとりの声に耳を傾けようと努力している『優しい管理職』のはずだ。

    「常に笑顔でメンバーを承認しよう」
    「傾聴を心がけ、心理的安全性のある職場を作ろう」

    世に溢れるマネジメントの教科書には、そのような美しい理想論が並んでいる。あなたもその言葉を信じ、生真面目なほどに現場と向き合ってきたのではないだろうか。

    しかし現実は、先ほどのA君とのやり取りのように、決定的に噛み合わない冷たい「見えない壁」に突き当たることがある。

    現場で最も人を疲弊させるのは、トラブルそのものではない。「なぜ話が噛み合わないのか分からない」「なぜこれほどまでに消耗するのか説明できない」という、出口の見えないモヤモヤした状態こそが、管理職の精神を最もジワジワと削っていく。

    あなたが感じているそのしんどさは、決してあなたの器の小ささや、未熟さのせいではない。そこには、明確な「構造の問題」が存在している。まずはその事実を知ることから、話を始めたい。


    多様化の時代という「言い訳」

    近年、働く側の価値観は驚くほど多様化した。 
    「バリバリ働いて出世したい」という人間がいる一方で、「そこそこの給料でプライベートを最優先したい」という人間もいる。会社の忠誠心など端からなく、「転職が大前提」で腰掛けのように働く者も珍しくない。

    ここで重要なのは、どの価値観が正しく、どの価値観が間違っているかという議論ではない。本質は、かつて日本の組織を支えていた「正社員ならこうあるべき」「社会人ならこうあるべき」という共通の前提(ルール)が、もはや現場では一切共有されていないという冷厳な事実である。

    前提が揃っていないグラウンドで、上司と部下が互いにルールを主張し合う。これが、あらゆるすれ違いの起点となっている。

    しかし、世のマネジメント論は、この状況を『多様性(ダイバーシティ)』という美しい言葉で包み隠し、すべての負担を現場の管理職の「人間力」や「承認スキル」に丸投げしてきた。

    「部下の価値観を受け止めましょう」
    「個性を尊重し、やりたい仕事をさせましょう」

    その結果、何が起きたか。 
    管理職が部下の感情に寄り添い、優しく受け止めようとすればするほど、組織の基準がなし崩し的に下がり、真面目に努力している他のメンバーが馬鹿を見るという「不公平な職場」が量産されることになった。優しさが、いつの間にか上司自身の「自己犠牲」へとすり替わっていくのである。


    あらかじめあなたと約束しておきたい「四つのこと」

    私は社会保険労務士法人の一員として、また自身も現場を預かる管理職として、長年この「見えない壁」に真っ向から向き合ってきた。その経験から導き出したアプローチは、精神論や綺麗事とは無縁である。

    物事の本質に迫る前に、あらかじめ、これから展開していく思考のなかで『扱わないこと』を四つ、あなたと約束しておきたい。

    • 第一に、「誰が悪いか、何が正しいか」という犯人探しはしない。 上司と部下の対立構造を作ること自体が、不毛だからである。

    • 第二に、「これさえ言えばすべて解決する」といった魔法のテンプレートは提示しない。 安易な答えを求めるスタンスこそが、現場の思考停止を招くからである。

    • 第三に、管理職に「聖人君子(完璧な人間)」の理想像を押し付けない。 管理職も腹が立つし、迷うし、弱い部分を持った生身の人間であるという前提に立つ。

    • 第四に、法律や制度の教科書的な解説はしない。 あくまで現場の実態を、「思考」と「構造」の視点から考察していく。

    必要なのは、人格を磨いて「立派な上司」になることではなく、組織を回すための「役割」と「構造」を正しく理解し、現場に一本の「境界線」を引く技術を身につけることである。

    「あぁ、あの時の違和感は、こういう構造のズレだったのか」

    脳内にあるモヤモヤがすべて言語化され、肩の荷が下りるような納得感を持って、構造の裏側にある本質に迫る。

    あなたが日々現場で流しているその涙や汗を、決して無駄な自己犠牲にしないために。感情の波に溺れず、論理という防波堤を築くための知的な冒険へ、これから一歩を踏み出そう。

    この「感情」と「構造」を切り分け、現場に必要な境界線とは何か―その考察の全貌は、2026年秋頃刊行予定の書籍『感情と構造』にて、さらに深く紐解いていきます。
    まずはその第一歩として、あなたの現場にある「違和感の正体」に気づいていただけたなら、これ以上の喜びはありません。
    最後までお読みいただき、ありがとうございました。

    #創作大賞2026 #ビジネス部門

     
    広島県で中小企業の労務支援を行う社会保険労務士法人です。経営者や管理職、人事労務担当の方に向けて、労務管理の基本や最新情報を発信しています。人の行動や考え方(行動経済学)の視点も取り入れ、組織づくりに活かせる実務的な情報と考え方の両面から、日々の判断に役立つ内容をお届けします。

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