
クレーターの底
最近、近所の公園でススキを見かけた。まだその穂は緑色で風に揺れるその姿がなんだか妙に気になる。見上げると空は初夏の澄み渡った青空が広がり、ひんやりとした風が肌に心地よい。ススキを見ながら歩いていると、どこか懐かしい気持ちが湧いてくる。どうしてだろう、この感じ。まるで子どものころ、夏の初めに感じたあの空気を思い出すような不思議な感覚だ。
そのまま公園を歩いていたら、ふと目に入ったのは蓮池。池のほとりに足を運ぶと満開の蓮の花が水面に浮かんでいた。その色合い、白い花が青い水面に映り込んで、まるで夢の中にいるみたいだ。けれど何だかその美しさには、ひとつの欠点がある。実は、池の水面にはところどころ黄色く変色した蓮の花びらが浮かんでいて、その色合いが少し気になる。
「まあ、仕方ないか」と、思いながら池の周りを歩いていると、その先にクレーターのようなものが見えてきた。最初はただの地面の凹みかと思ったが、近づいてみると、どうやらこれは人工的なものらしい。小さな公園の中に何かしらの土木工事が行われていたのか、それとも自然の成り行きか。とにかく、そこにできたクレーターのような穴は、少し異様な雰囲気を醸し出している。
「こんなところに、クレーターなんて…」と独り言を言いながら、私はその周囲をぐるりと回ってみた。そのクレーターの淵に座って、しばらくぼんやりと眺めていた。
何だろう、この不思議な感覚は。ススキ、蓮池、そしてクレーター。それぞれが持つ異なる美しさと奇妙さが微妙に絡み合って、全く同じ空間に収まっているのが不思議だった。もし誰かに「これ、全部自然が作ったものだよ」なんて言われても、私は全く違和感を覚えないだろう。むしろ自然の力というのは時に、こんな不思議なコントラストを作り出すのだと思う。
クレーターの縁に座りながら私はついにその池を眺める視点を変えてみた。蓮池に浮かぶ蓮の花びらがクレーターの中に落ちてきたら、あの美しい景色も一変するのだろうか。池の中に落ちた蓮の花びらが、そのままゆっくりと沈んでいき最後にはクレーターの底に溜まる…。そんなことを想像しながら、ふと心の中で笑ってしまった。
こんなふうに何気ない景色の中に、ちょっとした奇妙さや違和感を見つけることは、なかなか楽しい。日常の中にはススキのように風に揺れるものもあれば、蓮池のように静かな美しさを持つものもあれば、クレーターのように突然現れる謎めいた空間もある。何もかもが偶然に出会うものだからこそ、その面白さがあるのだろう。
でも、もしもクレーターの底に何かが隠れているとしたら? 私が今こうしてぼんやりと座っている場所の下に、誰かが埋めた秘密や過去の出来事が眠っているのだとしたら…。そんな想像をしてみるのも、また一興だと思う。