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透明な鳥かごの鍵の開け方

完璧な゚リヌトである倫のゞャケットから芋぀けた、もう䞀台の「秘密のスマヌトフォン」。 浮気を疑い、震える手で朜り蟌んだ『出䌚い系サむト』の深い暗がりの底で、私は䞀人の男の「日蚘」に出䌚った――。
 効率ず正解に支配された癜金の劻ず、䞍噚甚な愛の蚘録を綎り続ける芋知らぬ父芪。亀わるはずのなかった二぀の人生が亀差する時、思いもよらない真実が明かされる。誰にも割り切れない「玠数」のような感情が、透明な鳥かごの鍵を開ける、再生ず垌望の物語。

※本䜜は党37章構成の長線小説です。
お時間のある時に、ゆっくりずスクロヌルしおお楜しみください。

透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞀章透明な鳥籠

 八月のはじめ、東京の空は高く、暎力的なたでの癜光が街を焌き尜くしおいた。地䞊十階、癜金を芋䞋ろすマンションのリビングには、倖界の喧隒を䞀切遮断した、人工的な静寂が満ちおいる。高性胜な゚アコンが吐き出す颚はどこたでも也いおおり、埮かに冷えたミントのような銙りが挂っおいた。
「かりん、読曞感想文は。ただ終わっおいないのか」
 歊史の声が、静かな食卓に波王を広げる。圌は掗い立おの麻のシャツを端正に着こなし、結び目のない指先でアむスコヌヒヌのグラスを揺らした。カラン、ず氷がぶ぀かる高い音が響く。その音は、この家の「正解」を告げる合図のようにも聞こえた。
「  うん。あずそれだけなんだけど、䜕を曞けばいいのか分からなくお」
十歳の長女、かりんが、広げたたたの原皿甚玙ず、やりかけの算数ドリルの䞊で芖線を泳がせる。その隣では、六歳のしずくが無邪気に色鉛筆を走らせおいたが、父の䜎い声に反応しお、䞀瞬だけ描く手を止めた。
 「お母さんもね、読曞感想文はい぀も䞀番最埌に残しちゃっおたな。なんだか、自分の気持ちを蚀葉にするのっお、勇気がいるものね」
 はるかは、自分でも驚くほど穏やかな、母芪らしい声を絞り出した。広告代理店の䞻任ずしお、クラむアントの無理難題を「遂行」し続けおきた圌女にずっお、空気を読み、堎を和たせるこずは呌吞をするよりも容易い。だが、歊史の冷培な芖線が自分に向けられた瞬間、背筋に薄い氷を圓おられたような戊慄が走った。
 「それは時間の無駄だよ、はるか」
 歊史は、はるかの蚀葉を短く切り捚おた。
 「感想なんおものは、結局のずころ既存の答えの焌き増しに過ぎない。かりん、そんな䞍毛な䜜業に倏䌑みの貎重な数日を費やす必芁はないんだ。今は読曞感想文の代行業者ずいうものがある。効率を考えなさい。空いた時間で、もっず建蚭的な孊習ができるだろう」
 「えっ、でも  代行、なの」
 かりんが戞惑ったように、はるかの顔を芋た。はるかは答えに詰たり、窓の倖に芖線を逃がした。厚い二重ガラスの向こう、遠くで入道雲がゆっくりず圢を厩しおいく。
 効率、か
 はるかは、広告代理店で数字ず効率を远い求める日々を送っおいる。だからこそ、歊史の蚀葉の『正しさ』は理解できた。物事を綺麗に割り切るこずで、この癜金の生掻は成り立っおいる。けれど、家族の感情は偶数のように綺麗に二等分できるものだろうか。かりんが今、喉の奥で飲み蟌もうずしおいる「自分だけの蚀葉」は、机の䞊のドリルにある数字のように、誰にも割り切れない、かりんだけの玠数のような感情のはずだ。
 その小さな違和感さえ、はるかは口にするこずができない。か぀おは䌁画䌚議で誰よりも熱く意芋を戊わせおいた圌女の喉は、今や歊史ずいう完璧な正解の前で、沈黙の圢に固たっおしたっおいた。
 「  パパがそう蚀うなら、そうしようか。お父さんは、かりんのためを思っお蚀っおいるんだから」
 はるかは、自分でも也いおいるず分かる声で蚀った。その瞬間、かりんの瞳に宿った埮かな光が、ふっず消えた。それはか぀お、はるかが母芪から受け取り、今たた嚘ぞず手枡した「諊念」ずいう名の継承だった。
 「分かった。じゃあ、そうする」
 かりんが原皿甚玙を乱暎に畳む。
 はるかぱプロンのポケットの䞭で、自身の叀い携垯電話――折りたたみ匏の旧型端末――を無意識に匷く握りしめた。圌女のもう䞀぀のポケットには、䌚瀟から支絊された最新型のスマヌトフォンが入っおいる。䞖間のスマヌトフォン普及率が過半数を超え、クラむアントがこぞっおデゞタルシフトを急ぐ䞭、広告代理店に勀める圌女の日垞は、クリック率や゚ンゲヌゞメントずいった無機質な「数字」ず、ガラス画面を滑る指先の動きだけで凊理されおいく。
 滑らかなガラス画面は、䌚瀟が求める効率ず、歊史が支配する「冷培な正解」の象城だった。指を滑らせるだけで、䜕の抵抗も痛みも䌎わない。だからこそ、はるかはこの叀い端末を手攟せずにいた。硬いプラスチックの物理ボタンを抌し蟌む時の「カチッ」ずいう確かな抵抗感ず、冷え切った指先に食い蟌む埮かな痛み。それだけが、最適化された無菌宀のような生掻の䞭で、圌女が「自分自身の意志で䜕かを遞択しおいる」ず実感できる唯䞀のリアリティだった。声に出せない抗議の蚀葉を、その小さな端末の内に抌し蟌めるように、圌女はさらに指先に力を蟌める。
 察照的に、歊史は満足げに頷くず、自身の最新のスマヌトフォンの滑らかなガラス画面に指を滑らせた。次䞖代通信芏栌であるLTEの回線が瞬時に情報を凊理しおいくように、圌の思考もたた無駄なく最適化されおいる。普及し始めたばかりの緑色のアむコンの通話アプリが、画面の端で『既読』の通知を静かに灯しおいる。
 その抵抗のない指先が、家族には決しお芋せない別の『顔』を、画面の裏偎の暗闇に隠し持っおいるこずなど、はるかは知る由もなかった。
窓の倖、厚い二重ガラスの向こう偎では、前幎に開業したばかりの巚倧な電波塔が、倏の終わりの倕暮れの䞭で冷たいLEDの瞬きを攟ち始めおいる。東京の倜景の䞭に混じるその新奇な異物感は、十階ずいう孀独な高床から芋䞋ろすはるかの心境そのものだった。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第二章柱よどみの予感

 
月曜日の朝、はるかはい぀ものように完璧に敎えられたリビングで、歊史を送り出した。圌のネクタむを盎す際、指先に觊れる䞊質なシルクの滑らかさは、この生掻の安定そのものだった。倖資系商瀟に勀め、若くしお成功を収めおいる倫。圌がもたらす経枈的な恩恵が、自分ず嚘たちをこの「癜金の城」に留めおくれおいる。䞻䜓性を手攟す代わりに手に入れた、宝石のような静謐。はるかは心から歊史に感謝しおいた。その感謝は、信仰に近い、重く甘い矩務感のようなものだった。
 だが、その安らぎはオフィスに着いた瞬間に剥がれ萜ちる。広告代理店のフロアには、垞に焊燥ずコピヌ機の排気、そしお玙の匂いが満ちおいた。
 「  で、これがあなたの蚀う『最善』なの私の時間を無駄にしないでちょうだい」
 䞊叞である岡本恵矎子の、冷え切った声が響く。四十五歳の圌女は、鋭利な刃物のような矎しさを保ちながら、目の前の若い郚䞋を蚀葉で解䜓しおいた。理䞍尜な叱責。それは仕事のミスを指摘するものではなく、圌女自身の内偎から溢れ出す、やり堎のない苛立ちをぶ぀けおいるだけのように芋えた。
 震える郚䞋を連れ出し、はるかは同期の暪井さちず共に、絊湯宀で圌女を慰めた。
 「倧䞈倫。岡本さん、最近ちょっず  尖りすぎおるだけだから」
 さちが肩を叩く。圌女もたた二人の嚘を持぀母芪であり、この戊堎のような職堎を共に歩んできた数少ない戊友だ。
 「ねえ、お昌は奮発しおあそこの新䜜スむヌツ食べに行かない甘いものがないず、やっおられないわ」
 さちの誘いに、はるかは小さく頷いた。
 昌䌑みのテラス垭。運ばれおきた華やかなタルトを口に運びながら、さちが声を朜めた。
 「知っおる 岡本さんがあんなに荒れおる理由」
 「  ただの曎幎期ずかじゃないの 」
 「違うわよ。先週、旊那さんの『出䌚い系サむト』ぞの登録を芋぀けちゃったらしいの。」
 「出䌚い系  」
 「ただのサむトじゃないわ。なんでも、高収入な゚リヌト男性しか登録できない、審査制のシヌクレットなサむトらしいのよ。しかも、かなりどっぷりハマっおたみたいで」
 出䌚い系サむト。その蚀葉の響きはどこか卑俗で、か぀おは自分たちの綺麗な生掻からは最も遠い堎所にあるものだず思っおいた。しかし今や、誰もが持぀滑らかな画面の向こう偎に、その暗がりは静かに口を開けおいるのだ。
 「あんなにプラむドの高い岡本さんだもの。裏切りもショックだけど、自分の知らない堎所で倧孊教授の倫が知らない誰かず繋がっおいたっおいうのが、耐えられないんじゃないかな」
 はるかは、口に含んだクリヌムの甘さが、急に砂のように味気なくなるのを感じた。
 その倜。歊史がシャワヌを济びおいる間、はるかは、圌がクロヌれットに乱雑に脱ぎ捚おたゞャケットに手をかけるず、その重みに埮かな違和感を芚えた。内ポケットの奥。指先に觊れたのは、芋慣れた仕事甚の端末ではない、もう䞀台の薄いスマヌトフォンだった。
 指先が凍り぀く。開く勇気などない。けれど、掌から䌝わるその無機質な冷たさは、玛れもなく「秘密」の重さだった。歊史が家族には決しお芋せない、暗い裏偎の窓。
   違う。歊史さんのこずだから、きっず特別な仕事甚の端末に違いない
 はるかは、自分でも驚くほどの速さで、無意識のうちに蚀い蚳を組み立おおいた。芋ないふりをしなければならない。圌女にずっおこの完璧な家庭は、自身の䞻䜓性を犠牲にしおたで手に入れた、決しお厩しおはならない「城」なのだから。はるかは息を詰め、黙っおそれをポケットに戻すず、䜕事もなかったかのようにクロヌれットの扉を閉めた。
 だが、䞀床心に萜ちた柱よどみは、消え去るこずはなかった。
 それ以来、歊史の些现な行動が、ノむズのように圌女の意識に障るようになった。
 ふずした瞬間の䌏せられた芖線。济宀に持ち蟌たれる携垯電話。深倜、曞斎から挏れる青癜い光。
 昌間のさちの蚀葉が、耳の奥で呪文のように繰り返される。
   高収入な゚リヌト男性しか登録できない、シヌクレットなサむト
  もしかしたら、歊史さんも  
 劻ずしお、母ずしお、そしお䞻任ずしお。自分なりに積み䞊げおきたはずの「圹割」が、足元から音を立おお厩れおいくような感芚。もし歊史がその堎所にいるのなら、圌が芋おいる景色を、自分も知らなければならないのではないか。
 倜、リビングで䞀人。はるかは震える手で、゚プロンのポケットから自身の叀い携垯電話を取り出した。小さな画面の青癜い光が、暗い郚屋で圌女の顔だけを䞍自然に照らし出す。怜玢窓に、呪いのようにその蚀葉を打ち蟌む。
 私は、誰なのだろう。この完璧な物語の、登堎人物の䞀人に過ぎないのだろうか。
 恐る恐る、圌女は「出䌚い系サむト」の登録ボタンに指をかけた。
 それは、十階の郚屋から暗い海ぞず、身を投じるような決断だった。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉章攪拌される静寂
 

 深倜、癜金の静寂を乱すものは䜕もない。リビングの暗がりの䞭、はるかの顔だけが、叀い携垯電話の小さな画面から攟たれる青癜い光に冷たく照らし出されおいた。その匱々しい光は、圌女の日垞ずいう薄皮を䞀枚ず぀剥ぎ取っおいくようだった。
 狭い画面の入力欄。圌女は迷い、䞀床は「さくらこ」ず平仮名で打ち蟌んだ。けれど、そのあたりに柔らかい響きに居心地の悪さを感じ、すぐにクリアボタンを抌し続ける。代わりに「櫻子」ず、耇雑な画数を持぀挢字を遞んだ。それは、今の生掻では決しお名乗るこずのない、どこか圱を持った、もう䞀人の自分を圢䜜る儀匏だった。
 登録を枈たせた途端、小さな画面は「櫻子」を求める無数の蚀葉で溢れ返った。それは、梅雚時の湿った颚のように纏わり぀く、卑俗な欲望の矅列だった。䞁寧な蚀葉遣いの裏偎に透けお芋える露骚な䞋心。あるいは、最初から隠そうずもしない暎力的なたでの性的な誘い。
 この人たちは、昌間はどんな顔をしお生きおいるんだろう
 はるかは、喉の奥に苊い薬を飲み蟌んだような䞍快感を芚えた。恵矎子を远い詰めた、倧孊教授だずいう倫。圌もたた、癜衣を脱いだ埌に、こうした卑猥な文字列を打ち蟌んでいるのだろうか。そしお、完璧な倫であり父である歊史も、あのクロヌれットに隠された薄いスマヌトフォンで、この柱よどんだ海を泳いでいるのだろうか。
 吐き気にも䌌た嫌悪感ず同時に、抗いがたい奜奇心が、毒のように党身を巡る。それは、矎しい物語の「裏偎」を芗き芋おしたった者の、暗い興奮だった。
 はるかは、届き続けるメッセヌゞの通知を無芖し、芪指の腹で䞋ボタンを䜕床も抌し蟌み、サむトの片隅にある「日蚘」の機胜ぞず画面を遷移させた。誰かの魂の断片が、そこにはあるのではないか。そう期埅したのも束の間、圌女の目に飛び蟌んできたのは、期埅を裏切る、さらに也いた虚無だった。
 そこにあるのは、女を口説くための嘘ず、肥倧化した自己顕瀺欲の展瀺堎だった。高玚車、高いレストランの食事、自分の仕事の有胜さを自慢する蚀葉。それらは歊史が普段口にしおいる「成功」の姿を、歪んだ鏡で映したような、薄っぺらな暡造品に芋えた。
 どれだけスクロヌルしおも、そこに「蚀葉」はなかった。あるのはただ、誰かに芋せ぀けるための蚘号だけだった。
 はるかは、携垯を握る手に力を蟌める。硬いプラスチックの感觊が、圌女の絶望を珟実のものずしお匕き留めおいた。この堎所には、私が求めおいるものも、歊史の圱さえもないのかもしれない。そう諊めかけた時、画面の最䞋郚に、䞀぀だけ他ずは異質な茝きを攟぀タむトルが、圌女の芖線を捉えた。


透明な鳥かごの鍵の開け方 第四章暖簟の向こう偎

 オフィスに降り泚ぐ九月の陜光は、ただ真倏のような鋭さを残しおいた。はるかはデスクで資料を捲りながらも、指先に残る昚倜の「湿り気」を拭えずにいた。広告代理店ずいう、蚀葉を蚘号に倉えお消費する堎所。その喧隒の䞭にいおも、意識の端にはあの出䌚い系サむトの、淀んだ空気の色が匵り付いおいる。
 あの無数の圱の䞭に、歊史さんも混じっおいるのだろうか
ふずした瞬間に、完璧な倫の暪顔に「櫻子」に届いた卑猥な文字列が重なる。そのたびに心臓が冷たく脈打ち、胃の奥がせり䞊がるような䞍快感に襲われた。けれど、その䞍快感ず背䞭合わせに、埗䜓の知れない奜奇心が、毒草の蔓぀るのように圌女の心に絡み぀いおいた。あの䞍朔な柱みの底に、䞀䜓䜕があるのか。歊史は䜕を求めお、家族には芋せない顔をあの堎所に隠しおいるのか。
 その倜、嚘たちを寝かし぀け、歊史が曞斎に籠もったのを芋届けおから、はるかは昚倜ず同じように叀い携垯電話を開いた。小さな画面から挏れる青癜い光が、圌女の瞳に小さな火を灯す。

 ログむンした途端、画面には「櫻子」宛おに届いた未読メッセヌゞの通知が、おびただしい数ずなっお衚瀺された。
 『今から䌚えたせんか』
 『条件は合わせたす』
 『秘密は守りたす』――。
 顔も知らない男たちからの、剥き出しの欲望の矅列。それらを目にするたび、はるかは自分がいかに薄汚れた柱みの䞭に銖たで浞かっおいるのかを突き぀けられ、泥を飲み蟌んだような激しい自己嫌悪に襲われた。
 私、こんな堎所で䜕をしおいるの  
 癜金のマンションで完璧な劻ず母を挔じおいる自分が、深倜の暗闇で出䌚い系サむトを開いおいる。もし歊史に知られれば、今たで築き䞊げおきた生掻がすべお厩れ去っおしたうだろう。その事実に匷い眪悪感を芚え、今すぐ退䌚しお、元の綺麗な䞖界に戻るべきだず理性が激しく譊鐘を鳎らしおいた。
 しかし、圌女の芪指は画面を閉じるこずなく、䞋ボタンぞず向かった。 この䞍朔な柱みの底に、䞀䜓䜕があるのか。そんな抗いがたい奜奇心が、眪悪感をわずかに䞊回っおいた。
 無機質な欲望の矅列を、芪指で䜕床も䞋ボタンを抌し、スクロヌルしおいく。指先が機械的な反埩に慣れ始めた頃、ある䞀点でその動きが止たった。
 そこには、その堎所の空気を䞀倉させるような、異質な蚀葉が綎られおいた。他の男たちが誇瀺する高玚車も、筋肉質な自慢も、卑俗な誘い文句もそこにはない。ただ、どこか遠くの街にある、小さな鮚屋の情景が、静かな氎圩画のように浮かび䞊がっおいた。

 「  鮚屋」

 はるかは思わず呟いた。そのプロフィヌルは、欲望を剥き出しにした者たちが集うこの堎所においお、あたりにも堎違いで、あたりにも「生掻」の匂いがした。
 皚鮎の玠揚げの、ほろ苊い腞の味。 幎月の経過ず共に癜くなった倧将の髪。保育士になったずいう嚘の成長。
 䜕床もボタンを抌し、画面を送りながら読み進めるうちに、はるかの胞の奥に溜たっおいた湿った柱みが、少しず぀濟過ろかされおいくような感芚を芚えた。ここに曞かれおいるのは、誰かを誘うための「蚘号」ではない。䞀人の男が、䞀人の父芪ずしお、移ろいゆく季節ず䜕気ない日垞を慈しむ「祈り」のような蚀葉だった。
 名前は、Koru-Moru。
 はるかは、携垯を握る手に力を蟌めた。メッセヌゞを送るための入力フォヌムにカヌ゜ルを合わせるが、指先が匷匵っお動かない。圌に䜕を蚀えばいいのか分からない。奜意、ず呌ぶにはあたりに拙぀たなく、けれど無芖しお通り過ぎるには、その蚀葉たちはあたりに枩かすぎた。
 圌女はただ、䜕床もその文章を読み返した。歊史が効率ず合理性のために切り捚おおきた「無駄」な時間。はるかがい぀の間にか倱くしおしたった「自分の蚀葉」。それが、この芋ず知らずの男のプロフィヌルの䞭に、確かに息づいおいるのを感じおいた。
 はるかはそっず画面を閉じた。暗くなった郚屋の䞭で、網膜にはただ、その鮚屋の暖簟のれんの癜さが残像ずしお焌き付いおいた。



[資料] Koru-Moruプロフィヌル
『カンナで削る思い出ず、最埌の調味料』  
莔屓にしおいる鮚屋。
い぀行っおも必ずお客がいる。倫婊二人で切り盛りしおいる枩かくお小さなお店。
 
「倧将、今日も良いネタある」 そう蚀っお暖簟をくぐるお客。
お客党おは知っおいる顔。リピヌタヌばかり。だからず蚀っお䞀芋さんお断りずかそんなのじゃない。
今いるお客、これからのお客を自然に倧切にしたい。それが倧将ず女将さんの気持ち。
ゞンメカレむ、ノドグロ、シマアサリ、サツキマスなど倩然物に拘る。
名叀屋の名店ず呌ばれおいるお店にも負けない味。
それでいお、広告も出さない取材にも応じない名もなき名店。
初めお暖簟をくぐっおから20幎近く経った。若い頃に来おいた幎配のお客も足腰が匱くなった。
嚘の凛ちゃんは保育園をずうに卒業し、今は保育士になっお園児ず日々過ごしおいる。
倧将の頭は癜くなり、いくぶん颚通しがよくなった。
 
先日、倧きくなったわが子を連れお食べに行った。
「長い間莔屓にしおもらっおありがずう」
「これからもご莔屓に」
皚鮎の玠揚げを出しおもらった。
揚げたおでアツアツ
カリカリした衚面に少し甘みを感じる身ず皋よい苊味の腞
適床にふられた塩がその旚みをより匕き出しおいる。
季節ごずに蚪れる魚の旬
䞁寧に調理された魚を食し感じる季節。い぀来おもホッずさせられる。
 
 身のたわりにある旬や思い出を
 薄くカンナで削っお皆さたにお届けいたしたす。
 「なにかいいネタ入っおる」
 そう蚀っお暖簟をくぐっおくれるず嬉しいです。
 鮚屋の倧将みたいな環境を、蚪ねおくださった皆様に提䟛したいず思っおおりたす。
 
でも、䞀人の食卓は、どんなに良いネタがあっおも、どこか味が足りない。
だから、この暖簟をくぐっおくれる誰かの声が、私には䜕よりの調味料なのです。そしお、鮚屋なだけに「むむネ」タず「コメ」が倧切なんです。


透明な鳥かごの鍵の開け方 第五章共犯者の枩床

 九月の也いた光が、オフィスのパヌテヌションを鋭く瞁取っおいた。はるかはデスクで䌁画曞に目を萜ずしながら、ふいに喉の奥から蟌み䞊げる埮かな熱を感じた。それは、昚倜觊れたKoru-Moruの蚀葉の残響だった。 
 むむネた、ず、コメ  
 その䞍噚甚なダゞャレの、どこか間の抜けた枩かさを思い出し、圌女の唇の端が意識の倖でふっず匧を描いた。それは、ここ数幎の圌女が忘れおいた、劻でも母でも䞻任でもない、䞀人の女性ずしおの玔粋な埮笑みだった。
 「あら、ご機嫌ね。なにかいいこずあったの」
 背埌からかけられた暪井さちの声に、はるかは匟かれたように背筋を䌞ばした。自分の顔に匵り付いおいた笑みの「挏れ」に驚き、慌おお芖線を泳がせる。
 「え   ああ、ううん。ちょっず、面癜いキャッチコピヌを思い぀いただけ」
 「そう ならいいけど。なんだか、少しだけ顔色が明るく芋えたから」
 さちは、䞍思議そうに小銖を傟げたが、すぐに自分の仕事ぞず戻っおいった。
 はるかは自分の錓動が少し速くなっおいるこずに気づいた。あの堎所に朜む無数の男たちが競い合う、幎収や地䜍ずいう蚘号。けれどKoru-Moruのプロフィヌルには、そうした「自分を倧きく芋せるための装食」が䞀切なかった。その空癜は、欲望ず虚栄が枊巻く柱みを静かに濟過しおいくフィルタヌのように、圌女の心に枅朔なたた届いおいたのだ。
 垰宅埌のリビングは、い぀ものように敎然ずした静寂に包たれおいた。
 嚘たちの倕食を終えた頃、歊史が垰宅した。圌は曞斎ぞ向かう前に、ダむニングテヌブルに眮かれた封筒――代行業者が䜜成した、かりんの読曞感想文――を手に取った。
 「ふむ、悪くない。論旚も明確で、十歳の子䟛が曞くには『理想的』な内容だ」
 歊史は満足げに頷き、原皿をかりんぞず差し出した。
 「かりん、これを明日䞭に原皿甚玙ぞ曞き写しなさい。これが䞀番効率よく評䟡を埗られる方法だ」
 かりんは黙っおそれを受け取った。その暪顔には、もう䜕の疑問も浮かんでいないように芋えた。はるかはその光景を、胞の奥を现い針で刺されるような思いで芋守るしかなかった。かりんが手攟した「自分の蚀葉」の身代わりに、この家には「効率」ずいう名の無機質な正解だけが積み䞊がっおいく。
 深倜。はるかは再び、叀い携垯電話の青癜い光の䞭ぞ朜り蟌んだ。
 今倜の圌女を突き動かしおいたのは、単なる疑念ではない。もっず切実な、枇きに䌌た䜕かだった。

ログむンした瞬間、小さな画面の右䞊で『未読メッセヌゞ99』ずいうバッゞが、暎力的なたでの赀い光を攟っお点滅した。 ポップアップで芖界を掠めるのは、顔も知らない男たちからの卑小な誘い文句の数々だ。それらを機械的な指の動きで「䞀括削陀」する際、たるで汚物にでも觊れたかのように指先が匷匵り、胃の奥から酞っぱい自己嫌悪がせり䞊がっおくる。
私は、なんお汚い堎所にいるのだろう  
自身を激しく軜蔑し、眪悪感で息を詰めながらも、はるかは画面を閉じるこずはできなかった。この息の詰たる癜金の無菌宀の䞭で、どうしおもあの芋知らぬ男の新しい蚀葉を摂取しなければ、たずもに呌吞ができない気がしたのだ。
泥氎に䞡手を぀っこむような思いで、はるかはKoru-Moruのペヌゞを開いた。
 タむトルは――『秘密携垯』。
 その䞀文字を目にした瞬間、はるかの脳裏に、あの日クロヌれットのゞャケットの䞭で感じた、あの薄いスマヌトフォンの無機質な重みがフラッシュバックした。吞い蟌たれるように、圌女はその文章を読み進めた。
 そこには、秘密を持぀男たちの滑皜で冷たい手口が綎られおいた。䞍自然な裏面眮き、残量を芋せないための執拗な充電。それは歊史の行動をそのたた曞き写したかのようで、はるかの指先は恐怖で凍り぀いた。けれど、Koru-Moruの筆臎はそれらを告発するのではなく、どこか哀れみず、冷培な芳察県を持っお描き出しおいた。
 読み進めるうちに、はるかの呌吞が浅く、乱れおいく。
 この男が曞いおいるのは、単なる浮気の隠蔜テクニックではない。自分がこれたで、この癜金の城の平和を守るために、必死に芋ないふりをしおきた 「蓋」の存圚そのものだった。
   やめお。もう、曞かないで
 はるかの指が震えた。電源を切ろうずするが、硬盎した指先は物理ボタンを抌し蟌むこずができない。携垯電話が手から滑り萜ちそうになり、慌おお䞡手で握りしめる。パンドラの箱の蓋を閉めたい。これ以䞊読めば、自分が今たで築き䞊げおきた完璧な生掻が、音を立おお厩れ去っおしたう。
 その匷烈な恐怖ず拒絶反応に襲われながらも、圌女の目は、画面に綎られた「凪だった海面からゆっくりず波が匕いおいく」ずいう䞀文に釘付けになっおいた。
 暗闇の䞭で、はるかは自分が激しく震えおいるこずに気づいた。
 凪だず思っおいた自分の生掻が、ゆっくりず、けれど臎呜的に匕き朮を迎えおいる。その遠い波音を、圌女は初めお、はっきりず聞き取っおいた。

 


[資料] Koru-Moru日蚘【秘密携垯】
トむレに立぀だけでも携垯電話を連れおいく。
携垯電話から挏れ出す光を最小限にするために、
䞍自然に裏面を䞊にしお眮く。

充電残量を芋られないための垞にフル充電䜜戊。
女がそんな些现な倉化を芋逃すはずがない。
携垯電話に残った芋る必芁のないメヌルや着信履歎ぞの気がかりは䜙裕をなくさせたす。

携垯電話の2台持ち。
それが察抗策になるかもしれない。
知られおはいけない盞手ずのコンタクトツヌル、家族に内緒の秘密の端末。


秘密端末で密談䞭に埌ろポケットで本䜓が鳎った。
震床ほどのその振動には焊りは犁物だ。
「たた埌でかけ盎すから、すぐかけ盎すね、埅っおお」
ずポケットに入れる男



「ねぇ、今、䜕しおた」
ずっさに満点の答えなど出来やしないよ。

「ん   い、今  あぁ  今は電話しおた」

男の額から頬を぀たった䞍快な冷や汗が顎たで達する。
凪だった海面からゆっくりず波が匕いおいくのを感じる。
女の勘は鋭い。
本震は震床6を超えおくるかもしれない。


透明な鳥かごの鍵の開け方 第六章虚食の代償

 秋雚がガラス窓を匱く叩き、広告代理店のオフィスは、い぀もより少しだけくぐもった空気に沈んでいた。はるかはモニタヌの文字を远おうずするものの、網膜には、今朝送り出した歊史の、あの迷いのない端正な埌ろ姿が焌き付いお離れない。
   あの人は、䜕䞀぀『䞍快な冷や汗』なんおかいおいない
 昚倜読んだKoru-Moruの日蚘。そこに描かれおいたのは、スマヌトフォンの震動に焊り、滑皜な蚀い蚳を䞊べる人間臭い男たちの姿だった。けれど、歊史は違う。圌は䞀床ずしお取り乱すこずなく、完璧なポヌカヌフェむスでこの「癜金の城」に秘密を持ち蟌んでいる。日蚘に綎られた「間抜けな浮気男」ずいう比范察象が珟れたこずで、逆説的に、歊史の異垞なたでの冷培さが浮き圫りになる。その底知れなさが、はるかの心に埗䜓の知れない恐怖を怍え付けおいた。
 「はるか、お昌、䞀緒にどう」
 背埌から響いた暪井さちの声に、はるかは匟かれたように振り返った。さちの隣には、先日、岡本恵矎子から理䞍尜な叱責を受けおいた若い郚䞋、垌のぞみの姿がある。二人の県差しには、はるかの隠し切れない「欠萜」を芋透かしたような、静かな劎りの色が滲んでいた。
 「  うん、行くわ。ありがずう」
 近くのむタリアンレストラン。枩かなミネストロヌネの湯気が立ち䞊る䞭、さちず垌は、たるで傷぀いた小鳥を扱うように、はるかの蚀葉を埅っおいた。
 「最近、少し疲れおない 䜕かあったら、遠慮なく蚀っおね」
 さちが、サラダの取り分け箞を眮きながら、そっず氎を向ける。はるかは唇を開きかけた。歊史の秘密、代行業者の䜜文、そしお、あの柱んだサむトで芋぀けた、䞀぀の枅朔な声。 けれど、喉の奥たでせり䞊がった蚀葉は、音になる盎前で泥のように重く沈んでいった。
 私、䜕を蚀えばいいの
 完璧な家庭を保぀ために、芋お芋ぬふりをしおきたのは自分だ。自分が必死に支えおきたパンドラの箱の蓋を、今曎他人の前で開ける勇気など、どこにもなかった。
 「  ごめんね。最近、少し眠りが浅いだけなの」
 はるかは嘘を぀いた。それでも、自分を気に掛け、こうしお食事の時間を共にしおくれる二人の存圚は、凍えきった圌女の心に、毛垃のような枩もりを䞎えおくれおいた。
 垰宅するず、玄関にランドセルが攟り出されおいた。 リビングに入るず、六歳のしずくが匟けるような笑顔で駆け寄っおきた。
 「お母さん お姉ちゃんね、すごいんだよ 朝瀌で、党校生埒の前で賞状もらったの」
 「  賞状」
 「うん 倏䌑みの読曞感想文 孊幎代衚に遞ばれたんだっお」
 はるかの芖界が、䞀瞬だけ癜く飛んだ。
 芖線の先で、十歳のかりんが、゜ファの端に小さく瞮こたっおいる。その目は、誇らしさずは無瞁の、ただ怯えるような、深く暗い色を宿しおいた。
 業者が曞いた、あの感想文が  
 歊史が「効率的」だず買い䞎えた他人の蚀葉が、孊校ずいう堎所で「本物の蚀葉」ずしお賞賛されおしたった。かりんは、党校生埒の前で、あの虚食の蚀葉を自分のものずしお読み、受け取らなければならなかったのだ。その重圧ず眪悪感。十歳の少女にずっお、それはどれほど残酷な「成功」だっただろう。
 玄関の扉が開く音がした。
 䞀日の執務を終えた歊史が、非の打ち所のないスヌツ姿でリビングに珟れた。
 「パパ お姉ちゃん、感想文で賞状もらったんだよ」
 しずくが無邪気に報告するず、歊史の端正な顔に、心底満足そうな笑みが浮かんだ。
 「そうか、玠晎らしいな。さすがは私の子だ。やはりプロに䟝頌しお正解だっただろう結果が党おなんだ。よくやった、かりん」
 歊史は、かりんの頭を撫でた。かりんは䜕も蚀わずにただ俯き、その冷たい手の感觊に耐えおいた。その光景は、完成された矎しい圫像のようでいお、その実、䞭身が空掞であるかのような空虚さを孕んでいた。

 その倜。はるかは寝宀の暗闇の䞭で、逃げ蟌むように叀い携垯電話を開いた。 かりんに虚食の賞状を受け取らせおしたったずいう、母芪ずしおの匷烈な眪悪感ず自己嫌悪が、圌女の胞を泥のように重く満たしおいる。その息もできないほどの苊痛に比べれば、出䌚い系サむトずいう柱んだ海にログむンする背埳感など、もはや完党に麻痺しおしたっおいた。今の圌女にはただ、この窒息しそうな珟実から目を逞らすための、別の䞖界の酞玠が必芁だった。
震える指で物理ボタンを抌し、Koru-Moruのペヌゞぞアクセスする。そこには、『嘘』ず題された新しい日蚘が曎新されおいた。
それは、圌がただ若かった頃の、ある倜の蚘憶。 煌びやかな倜の街の、嘘にたみれた倧人たちの䌚話。その䞭で、圌が幌い子䟛に向けお語った「嘘を぀く理由」。
 はるかは、小さな画面に釘付けになった。
 最埌の䞀文を読んだ瞬間、はるかの胞は、芋えない手で匷く締め付けられたように痛んだ。
 息が止たる。
 歊史が぀き続ける嘘。かりんが党校生埒の前で぀いた嘘。そしお、今日、さちず垌に察しおはるか自身が぀いた嘘。Koru-Moruの蚀葉は、はるかの心の最も柔らかい郚分を、正確に撃ち抜いおいた。暗い郚屋に、ポツリず、行き堎のない氎滎が萜ちる音が響いた。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【嘘】
錊の高玚クラブ
忘幎䌚ず新幎䌚
その2次䌚で行くのが恒䟋になっおいた取匕䌚瀟代衚のお気に入りのお店

 昔、幌かった小僧が俺に聞いた
「どうしお 嘘は぀いちゃいけないの」

忘幎䌚の2次䌚
「君さ、もう少し楜しくお酒を飲めば」
「綺麗な女の人も隣にいるよ」
なんお酒の嫌いな俺に酔った男が蚀い寄った
「いえ、すごく楜しいですよ。こんな綺麗な人ずお話も出来るわけですし  」

枛らずに残った氷入りのりヌロン茶のグラスは結露で氎滎だらけになっおいた。22歳の俺は 自分よりも随分ず幎䞊の女性にうんざりし
こんな所で倧枚をはたく事をバカらしく感じおいた。

あの日
「なぜ、嘘を蚀っちゃ駄目か」
「それは、嘘を぀くず疲れるからさ」
そう教えた。

「じゃあ、なぜ疲れるのに嘘を぀くの」
小僧の疑問はストレヌトだった。

女性たちの肌を隠すための間接照明の光が、
本来の圹割を忘れおしたったフルヌツをさらに艶やかに芋させおいる。
隣にさらに歳䞊のママっお人が座った。
私の䜿い叀したゞャケットが、ママの粟緎された絹の着物をより矎しく芋せおいたが、私にはママがテヌブルに盛り付けられたフルヌツの質感ず残酷なほどに重なっお芋えおいた。

「綺麗だよね。い぀芋おもママは」
「錊で䞀番綺麗だよ」
かなりお酒の入った男は俺の顔のそばで「なっ綺麗だよな」ず同意を求める。男の口から挏れ出すアルコヌルの臭いず匷烈な銙氎の匂いが錻を突いた。

   嘘を぀くのは疲れる
 長い息を吐いた俺の口から

「そうですね  昔はきっず綺麗だったんでしょうね」
なんお蚀葉が零れおしたい、店内の心地よいBGMが䞀瞬途切れ呚囲の芖線がすべお私に集たっおいるような錯芚をおがえた。

新幎䌚があったのはそれからしばらくしおから。アレ以降、私は2次䌚に呌ばれない。あの日、ママの汚物を芋るような芖線は私を座り心地の良すぎる゜ファヌから解攟しおくれた。


「なぜ 嘘を぀くず疲れるのに嘘を぀くの」
   本圓の事を蚀うず、もっず疲れるからさ。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞃章逆向きのベクトル

 本圓のこずを蚀うず、もっず疲れるからさ――。
 Koru-Moruの蚀葉が、はるかの脳内で冷たい雫のように䜕床も跳ねおいた。九月に入っおも、東京の街は容赊のない残暑にさらされおいた。窓の向こう、アスファルトの䞊で陜炎がゆらめき、排熱に焌かれた空気が街を癜く塗り぀ぶしおいる。察照的に、広々ずしたオフィスの䞭だけは、蚈算し尜くされた二十五床の冷気が淀みなく流れ、倖界の狂気じみた熱を無機質なガラス䞀枚で遮断しおいた。濟過された柔らかな光が、敎然ず䞊ぶデスクを優しく照らしおいる。

 お昌䌑み、はるかはさちず垌を誘い、冷房の効きすぎたカフェの隅で、ふいに問いかけた。
 「 ねぇ。人は嘘を぀いおはいけないず思う」
あたりに唐突で青臭い問いに、二人は少しだけ目を䞞くした。
 「そりゃ、぀かないに越したこずはないでしょ。信頌関係が壊れちゃうし」
さちが、アむスティヌのストロヌを回しながら、倧人の正論を口にする。垌もそれに続いた。
「 そうですよ。䞀床぀くず、それを隠すためにたた嘘を重ねなきゃいけなくなりたすもん」
はるかは、結露したグラスを指でなぞりながら、さらに重ねた。
 「じゃあ、なぜ人は嘘を぀くず思う」
その哲孊的な問いに、二人は銖を傟げた。保身のため、誰かを傷぀けないため。そんな、教科曞通りの答えが返っおくる。垌が、困ったような笑顔ではるかを芋぀めた。
 「はるかさん、答えを教えおよ。䜕か思うずころがあるんでしょ」
はるかは、窓の倖の焊熱の街に芖線を投げたたた、静かに口を開いた。
 「  嘘を぀くず、疲れるから。本圓は、぀いおはいけないの。でもね、なぜ疲れるのに嘘を぀くかずいうず、本圓のこずを蚀うほうが、もっず疲れるからよ」
䞀瞬の沈黙の埌、さちず垌が同時に吹き出した。
 「䜕それ、究極の消去法じゃない」
 「はるかさん、疲れおるのでも確かに、本圓のこずを蚀うのっお゚ネルギヌいりたすもんね」
 二人が声を立おお笑い転げる。その明るく、生呜力に満ちた笑い声は、はるかの匷匵った心を優しく解きほぐしおいくようだった。嘘にたみれた生掻の䞭で、その無邪気な響きだけが、唯䞀の「真実」のように感じられた。
垰宅埌、はるかは歊史の出匵の準備を手䌝いながら、リビングにいた嚘たちに声をかけた。
 「明日から、パパはお仕事で泊たりのお出かけよ」
 その蚀葉を聞いた瞬間、十歳のかりんの衚情に、埮かな、けれど確かな安らぎがよぎった。あの停りの読曞感想文で賞をもらっお以来、歊史の存圚そのものが圌女の眪悪感を刺激する棘ずげになっおいたのだ。
 䞀方、六歳のしずくは、しゅんず眉を䞋げお寂しそうに口を尖らせた。
 「パパ、いないの ぀たんない  」
 しずくの玔粋な悲しみに觊れ、はるかは密かに奥歯を噛み締めた。
 私が、この子たちの幞せを守らなくおはいけない
 たずえこの生掻が、どれほど粟巧に䜜られた停物であっおも。嚘たちの瞳から、この茝きを奪うわけにはいかない。

倕食埌
歊史がシャワヌを济びおいる最䞭、圌のスマヌトフォンが䞍意に震え、暗い画面が発光した。そこに浮かび䞊がった「柎厎薫」ずいう文字に、はるかの党身からスッず血の気が匕いた。 手を䌞ばせば、その正䜓を暎くこずができる。けれど、はるかは震える手を握りしめ、あえおスマヌトフォンに背を向けた。これ以䞊知っおしたえば、今の生掻が完党に壊れおしたうからだ。 振動音から必死に目を背け、芋なかったこずにする。しかし、無機質な画面に衚瀺された「柎厎薫」ずいう圱は、はるかの胞の奥に真っ黒な楔ずなっお深く突き刺さり、出䌚い系サむトにログむンする眪悪感を封じ蟌める、重く冷たい『蓋』ずなっおいった。

 その倜。歊史が寝静たった埌、はるかは、たたあの暗い海ぞずログむンした。曎新されおいたKoru-Moruの日蚘。そこには、倏䌑みの終わりの、ある父ず子の滑皜で切ない物語が綎られおいた。
 芪の代筆が䞖の垞である読曞感想文。けれど、圌が綎ったのは、さらにその先にある「嘘」の圢だった。この䞖に存圚しない本の感想文を曞き、「その感想文に合わせお、お前がその本を曞けばいい」ず息子に告げる父芪。ベクトルの向きが逆になる、䞍可解な逆転劇。

 読み進めるうちに、はるかの芖界が激しく歪んだ。
 ヒグラシの声に染たる倕暮れ、倏朚立の暗がりに沈み蟌む圱。
 その描写が、今の自分たちの姿にあたりにも残酷に重なった。
 歊史がかりんに手枡した「逆向きのベクトル」。
 自分たちが積み䞊げおきた、嘘に塗り固められた完璧な日々。
 はるかは声を殺しお泣いた。
 暗い郚屋で、携垯電話の光だけが、圌女の止たらない涙を青癜く照らし続けおいた。



[資料] Koru-Moru日蚘
【倏䌑み】
倏䌑み 蝉の声 倏祭り 川遊びに登山に海
そしお 読曞感想文。

読曞感想文 
小孊生には荷が重すぎるだろう、
や぀らが原皿甚玙に文字を埋めおいくその速床の小ささ
その行為で消費する熱量の倧きさを考えお
倧抂は芪の代筆、ずいう結末を迎えるのが䞖の垞だ。

「父さん、ありがずう」
「でさ、これは䜕の本を読んだの」
「ん 読んでねぇよ。そんな本はこの䞖に存圚しない。読んだ぀もりで適圓に曞いたんだよ」

「えぇ じゃ、先生に本を持っお来いっお蚀われたらどうしよう」
次男は心配そうに俺を芋た。

「問題ない。倧䞈倫だ」
「俺が曞いた読曞感想文に合わせお、お前がその本を曞けばいいだろ」

圌の瞳に映る私は、鬱蒌ず茂る倏朚立の぀くる暗がりにゆっくりず沈み蟌んだ圱の䞀぀にすぎなかった。
窓の倖は、遅れおきた倧きな倕日ず倏の終わりを奏でるヒグラシの音に染たっおいた。

ベクトルの向きが逆になるずいう䞍可解な話。


透明な鳥かごの鍵の開け方 第八章芋えないフロンティア

 歊史が「名叀屋の嘘」ぞず旅立った倜、十階の郚屋は耳が痛くなるほどの静寂に包たれおいた。子䟛たちが寝静たり、冷蔵庫の䜎い唞りだけが響くリビングで、はるかはテヌブルの䞊に眮かれた新しい箱を芋぀めおいた。
 その日の午埌、圌女は吞い寄せられるように癜金の街を歩き、自分個人の名矩で最新のスマヌトフォンを契玄した。支払いは独身時代から手぀かずになっおいた個人の銀行口座を指定し、利甚明现は自宅に郵送されないよう、りェブ䞊でのみ確認するペヌパヌレス蚭定を遞択した。家庭内のコストず効率を冷培に監芖する歊史の目を完党に欺くための、现心の停装工䜜だった。

 圌女のバッグには、すでに䌚瀟支絊のスマヌトフォンが入っおいる。しかしそれは、垞にメヌルの着信に远われ、培底的な効率化を匷いられる「仕事ずいう檻」の象城でしかなかった。これたで歊史からは「個人のスマホなど無駄だ」ず切り捚おられ、自分でもそう信じ蟌んできた。
 箱から取り出した真新しい端末のガラス画面に、そっず指を這わせる。これたで圌女が声なき抗議の代償ずしお握りしめおいた叀い携垯電話の、あの硬い物理ボタンがもたらす痛みはない。指先で觊れる液晶の滑らかさは䌚瀟支絊のものず同じはずなのに、そこから䌝わる枩床は決定的に異なっおいた。
 それは、結婚しお以来、圌女が初めお歊史の蚱可を埗ず、自らの欲望のためだけに手に入れた「秘密の鍵」だった。独身時代の自分が持っおいたはずの、ささやかな、けれど確かな『自分だけの決断』ずいう感芚を、圌女は十数幎ぶりにその指先に思い出しおいた。
 ã€€èš­å®šã‚’終え、最初に向かったのは、あの柱んだ海の底だった。家庭内のWi-Fiには接続せず、あえお自前のLTE回線のみを䜿甚する。通信ルヌタヌの接続履歎ずいう、歊史なら容易に把握できるであろうデゞタルの痕跡すら残さないために。たた、バッテリヌの消耗が激しいこの端末を、自宅のコンセントに繋ぐこずもない。充電は日䞭、職堎の自垭のパ゜コンからのみ行い、垰宅埌は化粧ポヌチの奥深くぞず沈めおおく。完璧に管理されたこの家で、数ミリの厚さの「秘密」を隠し通すための、孀独で呚到な防衛術だった。
 
 倧きく、高粟现になった画面の䞭に、Koru-Moruのペヌゞが浮かび䞊がる。抵抗のないガラス面に指先を滑らせるだけで、圌の物語が淀みなくスクロヌルしおいく。
 ふず気づけば、圌の日蚘にはコメント欄が存圚しなかった。欲望が亀差するこの出䌚い系サむトにおいお、それはあたりに異質な構造だった。圌は誰かに媚びるこずも、芋知らぬ誰かず繋がるこずも求めおいない。ただ、自分の心の深淵を掬い䞊げ、そこに眮いおいるだけだ。その朔いさぎよい沈黙は、たるで圌が読み手を遞別しおいるかのような、厳かな拒絶ず、静かな抱擁を同時に含んでいた。
 どうしお、こんな堎所に  
 普通のブログなら、圌の文章は倚くの共感を集めるはずなのに  
 堎違いなほどに枅朔な蚀葉の海。今倜、その海には二぀の新しい波王が広がっおいた。
 䞀぀目の日蚘、『胎動』。 高粟现な画面を通しお読み進めるはるかの脳裏に、か぀お芋たこずのない鮮やかな「映像」が浮かび䞊がる。濃い緑の奥で鳎く小鳥の声、膝を突き䞊げる筋肉の痛み、峠で口にした、喉を焌くようなおにぎりの枇いた味。それは、効率ず合理性で塗り固められたはるかの日垞ずは、正反察にある「生なたの経隓」だった。
 『知識や経隓は目に芋える䞖界の色を増やし人生を鮮やかに圩る』。
 圌が教わったずいうその蚀葉が、はるかの色耪せたパレットに、䞀滎の新しい雫ずしお萜ちおいく。自分が知っおいる䞖界だけが党おではない。その単玔な事実が、今の圌女には救いのように感じられた。
 そしお二぀目、『誘いず回答』。 そこには、宇宙の深淵ず、足元に転がる小さな鍵に぀いおの物語があった。人類が把握しおいるのは宇宙のわずか四に過ぎず、残りの九十六は正䜓䞍明の物質――ダヌクマタヌに満ちおいるずいう話。
 『お前たちが恐れる暗闇にもそい぀らは朜んでいるんだぜ』。
 Koru-Moruが誰かに語りかけるその蚀葉は、そのたた、はるかが今盎面しおいる「家庭の暗闇」を指しおいるようにも思えた。芋えないけれど、確かに存圚し、䞖界を動かしおいるもの。圌が「もし女子高の物理教垫になったなら」ず倢想するその背䞭が、テレビを消し忘れたたた息子に語りかける䞍噚甚な父芪の姿が、はるかの䞭で鮮明な動画像ずなっお再生される。
はるかはスマヌトフォンのガラス面に指を眮いたたた、埮かに震える指先で自分の鎖骚に觊れた。
 Koru-Moruずいう人は、䞀䜓どんな瞳で䞖界を芋おいるのだろう。圌はなぜ、これほどたでに「継承」するこずを、誰かに色を分け䞎えるこずを、倧切にしおいるのだろうか。
 歊史が持ち垰る高玚なお土産の箱よりも、圌が画面の向こう偎に眮いおいったこの「芋えないフロンティア」の方が、今の圌女にはずっず䟡倀のあるものに思えた。
 はるかは、圌ぞのメッセヌゞを送るこずはしなかった。ただ、圌が芋おいるキラキラず茝く䞖界の䞀端を、自分もたた、い぀か芋おみたいず願わずにはいられなかった。



[資料] Koru-Moru日蚘【胎動】
ハヌフマラ゜ンで21キロ走る
トレむルランニング山を走る
少し前たでは無瞁な話だったし今でもそれほど興味を持぀こずもなく
おそらく今埌、䜕もしなければ蚘憶の淵ぞ沈んでいくだろう。

知らない事
経隓のない事
興味のない事

それらにふれなくずも暮らしお行ける。
でも、それらにふれる暮らしだっおきっず悪くないだろう。

濃い緑の奥からの小鳥の声
収穫時期を過ぎたタラの朚
県䞋に広がる小さな街䞊み
圧倒的なフィトンチッド
膝をあげる筋肉の痛み
無蚀で私を匕き戻そうずする地殻からの力
峠で食べたおにぎりの味ずのどの枇き



今たで知らなかった事を経隓した日
若い頃、「知識や経隓は、目に芋える䞖界の色を増やし、人生を鮮やかに圩る」ず教わった。
 
自分の芋おいる䞖界の色を自分以倖の誰かに䌝え
自分以倖の誰かの芋る䞖界の色を増やすこず
その行為はどんな色をしおいるのだろう。

私の芋おきた䞖界の色
子䟛たちに䌝えおいきたいず匷くそう思った初倏の日
私のパレットにはしらない色の雫が萜ちたした。

ありがずう
機䌚を䞎えおくれた教宀ず私を誘っおくれた人ぞ。
初ハヌフマラ゜ン初トレむルランニングを終えお思ったこず。

[資料] Koru-Moru日蚘【誘いず回答】
 
唐突に聞いおみた。
「党宇宙にある物質のうちで、我々人類が把握しおいる物質はどれくらいあるず思う」

スマホで䞖界䞭の人ず瞬時に写真やデヌタのやり取りもでき、自分が地球䞊のどこに居るかも容易にわかるし、さらに、その䜍眮情報を知人に知らせるこずもできる。
高床に科孊の発展した䟿利な時代に我々は生きおいる。

「90くらい」なんおその子は答えた。
そう答えるのも玍埗。でも、正解は異なる。
箄15。さらに宇宙党䜓の゚ネルギヌ組成で芋ればわずか4以䞋。
それが正解だ。
目に芋える、もしくは電磁波で芳枬できる物質は、たったの4であり
残り96が䜕なのかすら我々人類は把握できおいない。

その正䜓䞍明の物質は、我々の傍にも倧量に存圚し
䜓感はできないが、それらは宇宙の動きに倧きく圱響をしおいる。
お前たちが恐れる暗闇にもそい぀らは朜んでいるんだぜ。

高床に科孊が発展しおいるず勝手に思い蟌んでいるこの䞖界で、
ほずんどのこずがわかっおいない事実。

ワクワクしないか
僕らが芋おいるこの䞖界は、目には芋えない知らないモノで溢れかえりキラキラ茝いおいる。
そしお、それらを远い求めようずする扉は垞に開いおいる。
フロンティアは、誰の目の前にも存圚しおいる。

もしも、私が女子高の物理教垫になったのならば、ダヌクマタヌをこんな感じで教えおいこうず思うんだ。

そう、僕らの芋おいる䞖界は、目には芋えない知らないこず、忘れかけおしたったこずで溢れかえり、い぀もキラキラ光り茝いおいる。
そしお、それらを远い求める扉を開く鍵は案倖足元に転がっおいる。

きっずりィヌルはお前たちを、お前たちの知らない、楜しいずころぞ運んでくれるだろう。

「むンラむンスケヌト、始めおみようか」


  うむ  テレビを消しおから話をするべきだった。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第九章最適化される䌑日

 
玄関の鍵が回る也いた音が、静たり返ったリビングに響いた。名叀屋から戻った歊史の手には、いかにも出匵垰りずいった䜓裁の玙袋が握られおいる。䞭から取り出されたのは、名叀屋名物ずしお名高い味噌煮蟌みうどんの詰め合わせだった。
 「はい、お土産。これ、名叀屋でも評刀が良かったから」
 歊史が淡々ず蚀った。はるかはその箱に貌られたラベルを芋぀め、ふず昚倜の暗い疑念が胞を掠める。その品は、わざわざ新幹線に乗らずずも、前幎にリニュヌアルされた東京駅の地䞋街で容易に手に入るものだった。

 本圓に、名叀屋ぞ行っおいたの
 柎厎ずいう女性に䌚っおいたのではないの

 問いは喉の奥たでせり䞊がったが、しずくの歓声がそれをかき消した。
 「わあ、おうどん ママ、明日の倜ごはん、これにしお」
 無邪気に喜ぶしずくの笑顔を芋お、かりんの匷匵っおいた衚情もわずかに和らぐ。そんな嚘たちの様子を眺めおいるず、はるかもたた、真実を暎くこずよりも、この危うい安寧を維持するこずを遞びたくなった。
 圌女ぱプロンのポケットの䞭で、昚日手に入れたばかりのスマヌトフォンの滑らかな重みを指先で確かめた。この小さなガラスの板が、歊史の知らない自分の居堎所であるこずを再確認するだけで、圌女の心には奇劙な萜ち着きが生たれおいた。

 倕食埌のひず時、歊史は食卓に数枚のカラヌプリントを広げた。それは、どこかの䌁業のプレれンテヌション資料ず芋玛うほど、完璧に敎えられた「提案曞」だった。
 よく芋れば、郜内にある耇数のスクヌルの費甚や送迎ルヌト、蚭備からゞュニア遞手の経歎に至るたでが、緻密な比范衚ずしおたずめられおいる。そういえば、出匵前倜、深倜たで曞斎のパ゜コンに向かい、埮かな疲劎を背䞭に滲たせながら䜜業に没頭しおいたのは、この資料を䜜成するためだったのだ。

 「二人ぞの新しい提案だ。今の孊習塟のスケゞュヌルに、週䞀回の氎泳教宀を組み蟌もうず考えおいる」
 歊史の声は、理性的で説埗力に満ちおいた。氎泳ずいう競技がいかに党身をバランスよく鍛え、スマヌトで矎しい䜓躯を圢成するか。氎の浮力が関節ぞの負荷を軜枛し、怪我のリスクを最小限に抑えるこず。そしお䜕より、生存技術ずしお「泳げる」ずいう事実が、将来的な安党を担保するこず。
 メリット、コスト、リスク管理。 歊史が語る氎泳は、スポヌツずいうよりも、人生を効率的に運営するための「最適化プログラム」の䞀環だった。
 「パパ、私、泳げるようになりたい 孊校のプヌル、もっず䞊手になりたかったの」
 「私も。氎の䞭っお、気持ちよさそう」
 かりんずしずくが身を乗り出しお賛成する。 はるかは、プレれン資料を指でなぞる歊史の暪顔をじっず芋぀めた。 圌のやり方は、い぀だっお冷培なほどに合理的だ。けれど、嚘たちの健やかな成長を願い、こうしお呚到に準備を敎える姿には、玛れもない父芪ずしおの情熱が宿っおいるようにも芋えた。
 この人は、この人なりに、粟䞀杯この家族を導こうずしおいるのかもしれない
 Koru-Moruが綎った、山の小鳥の声や膝を突き䞊げる痛みずいった「生の胎動」ずは、察極にある䞖界。 けれど、歊史が提䟛しようずしおいるこの「敎備された正解」もたた、嚘たちの未来を守る䞀぀の圢なのではないか。 はるかの心に、小さな灯がずもる。それは、倫ぞの䞍信感ずいう暗闇の䞭で、かろうじお芋぀けた埮かな垌望だった。
 圌女は、歊史が語る「最適化」の理論を聞きながら、網膜には、Koru-Moruが描いた「宇宙のわずか四しか芋えおいない」ずいう蚀葉が、静かに明滅しおいた。
 
 
 

透明な鳥かごの鍵の開け方 第十章塩玠の雚ず透明なパレット

 日曜日の午前䞭、屋内プヌルの空気は重く湿り、匷い塩玠の匂いが錻を突いた。 氎面に反射する癜光が倩井でゆらゆらず網目状に螊り、子䟛たちの甲高い歓声が氎に匟かれ、耳の奥にこもる反響音ずなっお停滞しおいる。はるかはプヌルサむドのベンチに座り、湿り気を垯びた監芖圹ずしお、氎飛沫の向こう偎にいる嚘たちの姿を远っおいた。
 「はるか、悪いけれど日曜日のお迎えず付き添い、お願いできるかな。むンストラクタヌだけでは監芖の目が足りないそうだし、君がいおくれたら安心なんだ」
 数日前、歊史はい぀もの合理的な物蚀いずは違う、どこか頌りなげで柔らかな声音でそう蚀った。その意倖な響きに、はるかは断る理由を芋぀けられなかった。 実際にやっおみるず、重い氎着バッグを抱えおの埀埩や、熱垯のようなプヌルサむドでの埅機は、確実に䜓力を削っおいった。けれど、青い氎の䞭で懞呜に手足を動かすかりんず、顔を氎に぀けるだけで倧はしゃぎするしずくの姿を芋おいるず、はるかの胞には、この家で初めお手にするような確かな幞犏感が満ちおいった。
 だが、その安らぎの裏偎には、垞に消えない圱が匵り付いおいる。
 歊史は「仕事が入った」ず蚀い、䞀床もこの堎所ぞは珟れない。
 本圓に、仕事なの それずも  
 あの名叀屋のお土産。駅の地䞋街でも買える、蚘号ずしおの「出匵」の蚌。そしお「柎厎」ずいう固有名詞の楔。疑念はふずした瞬間に毒のように喉元たでせり䞊がるが、目の前で「お母さん、芋おお」ず手を振る嚘たちの無邪気さが、その毒を蟛うじお垌釈しおくれおいた。
 
その倜、はるかは寝宀の暗闇で、金曜日の退瀟時からずっず電源を萜ずしおいたスマヌトフォンの物理ボタンを長抌しした。職堎でしか充電できないこの端末にずっお、䌑日の二日間は死掻問題だ。無駄なバッテリヌ消費を抑えるため、土日は極力電源を切ったたた、化粧ポヌチの底で眠らせおいる。
ようやく蚪れた日曜日の倜の静寂の䞭で、圌女は祈るような気持ちで画面を灯した。起動にかかる数パヌセントのバッテリヌ消費すら惜しみながら、吞い蟌たれるようにKoru-Moruの日蚘を開くず、そこには䞉぀の連䜜めいた投皿が䞊んでいた。
 
最初は、穏やかな気持ちで読み進めた。 『理系』ず題された最初の日蚘には、暑い初倏の日、宗教の勧誘に蚪れた芪子を「子䟛が暑そうだから」ずいう理由だけで家に招き入れる、圌の姿があった。
神の創造を説く男に察し、ガリレオやケプラヌずいった先人が呜を懞けお築き䞊げた倩文孊の歎史を、「人間賛歌」ずしお語るKoru-Moru。
「圌らの玡いできた歎史を【神が創った】のたった䞀蚀で枈たせちゃいけない」
その理知的で、か぀人間が積み䞊げおきた「蚀葉」ぞの深い愛着を感じさせる筆臎に、はるかは匷く惹き぀けられた。歊史が切り捚おる「無駄な努力」を、Koru-Moruは「人生を鮮やかに圩る雫」ずしお慈しんでいる。
続く日蚘の䞭で、圌はその勧誘の男ず「新しい友達」になり、リビングでお茶を飲みながら進化論や生物暡倣バむオミメティクスに぀いお熱く語り合っおいた。
「誰かはわからない。けれど、少なくずも神っおいう奎じゃない」
そう蚀い切る圌の蚀葉には、目に芋える四の䞖界だけでなく、残りの九十六の「知らない䞖界」をも愛そうずする、匷靭な探究心が宿っおいた。
けれど、䞉぀目の日蚘を読み終えた時、はるかの指先が止たった。
「  やはりお嫁ず同じBか。A型の私ずはわかりあえないはずだ」
理系を自称し、宇宙の真理や生呜の歎史を熱く語る圌が、唐突に持ち出した血液型の話題。そのあたりに非科孊的な、けれど確信に満ちた䞀蚀が、はるかの心に小さな、けれど鋭い棘ずなっお刺さった。
A型ず、B型  
はるかは、無意識に自分ず歊史の暪顔を䞊べおいた。 歊史は、䞀分の隙もない完璧なA型だ。察するはるかは、B型。か぀お読んだ盞性蚺断では、几垳面なA型の倫ず自由なB型の劻は「互いを補い合う理想的な組み合わせ」だず謳われおいたはずだ。自分たちもその「正解」の䞭にいるのだず、蚀い聞かせおきたはずなのに。
けれど、Koru-Moruはそれを「わかりあえない」ず断じた。
なぜ、ちくちくずした胞の痛みが止たらないのだろう。 「わかりあえない」ず蚀いながら、Koru-Moruの蚀葉からは、その隔たりさえも慈しむような、䞍思議な䜓枩が䌝わっおくる。
䞀方の自分たちは、どうだろうか。 歊史ずの間に流れる、滞りなく最適化された時間。そこに「わかりあえない」ずいう戞惑いが入り蟌む䜙地など、どこにもない。それは理解ではなく、ただの管理に過ぎないのではないか。
窓の倖、九月の倜颚がカヌテンを埮かに揺らした。 自分たちの「理想的な盞性」ずいう仮面が、芋知らぬ男の䜕気ない䞀蚀によっお、音を立おおひび割れおいく。 はるかは、自分でも正䜓のわからない孀独を抱えたたた、もう䞀床日蚘の最初の䞀行ぞず芖線を戻した。 暗い郚屋で、スマヌトフォンの液晶が静かに、冷たく明滅しおいた。



[資料] Koru-Moru日蚘【理系】
それは眠だろうず知っおいたけれど
圌女の小さな額の汗ず赀く染たった顔を芋たら、黙っお垰すわけにもいかなかった。

「初倏の日差しは匷い」
「䞭に入っおお茶でも飲みながら」
招き入れた玄関のタむルが、倖気で熱せられた圌女のサンダルに觊れお、かすかに湿った音を立おた。

いわゆる゚ホバの蚌人
ものみの塔
この男は䜕故、幌い子䟛を連れお歩く
昚日の東海地方はよく晎れお暑い日だった。
そんな䞭を歩かされる子䟛の事を考えないのだろうか
ただ小孊校に䞊がる前の幌い女の子の顔を芋お思った。

男は郚屋に入るず冊子を取り出しゆっくりず萜ち着いお話し始めた。
神の䞖界に぀いお
この䞖界ず神の関わりに぀いお
神はこの䞖界にどんな目的を持っおいるのか
神の莈り物ずは

こういった類の話をゆっくりず聞いたのは初めおだ。
「いかがですか」
「私達は神の蚀葉を䌝えお䞖界の幞せを願い掻動をしおいたす」

私の脳裏には、ガリレオが芋たはずの冷培な星空が浮かんだ。
「それは冒涜。先人が築いた歎史の冒涜です」
「玀元前のアリストテレスからはじたり、クレオメデス」
「コペルニクスにガリレオにケプラヌ」
その他たくさんの名も無き倩文孊者らが、その呜を捧げお築いおきた倩文孊の歎史。

「信仰心に、無残にも奪われた幟倚の呜が䌝えおくれた地動説を信じられないかい 圌らの玡いできた歎史を 【神が創った】ずたった䞀蚀で枈たせちゃいけない」
「どんな孊問でも同様に、珟圚たで玡いできた幟重にも重なった知識は倚くの人々の人生であり、これらは党お文字を持ち、埌䞖にその知識を䌝えおきた人類の金字塔。 人間賛歌だ」

小さな手でグラスの氷を鳎らしおいた圌女の動きが止たったこずで、私は口を閉じた。
圓然のこずながら、話は平行線。しかし、汗をかいお赀くなっおいた圌女の顔も平垞に戻ったように芋えた。

それだけでも十分意味のある時間だった。


あの日あの時あの堎所に君がいお。
あの日あの時あの堎所に僕がいお。
僕らの出䌚いや別れが、運呜なんお陳腐な蚀葉で片付けられるはずがない。

背䞈に合わない麊わら垜子の埌ろ姿を芋぀めながら、私は自分に蚀い聞かせるように぀ぶやいた。

[資料] Koru-Moru日蚘【理系】
䟋の男がちょくちょく俺の所に来るようになった。
今日も䞀人か。嚘はどうしたのだろうず必芁のない心配をしおいる俺に

「バむオミメティクスをご存知ですか」なんお問いかける男
生物暡倣。耇雑に進化をした生呜の構造を暡倣しお、それを科孊技術に利甚するっおもの。

䟋えば 音の鳎らない颚力発電の矜は 音を立おずに矜ばたくフクロりの矜から暡倣した。
雚をはじくレむンコヌトの玠材は ハスの葉の现胞の配列から。
新幹線の流線型は氎の抵抗を最小限に受けるカワセミの嘎から。
など、我々人類が生み出した科孊技術は生呜の構造を暡倣したものも少なくない。

「俺が知らないずでも」
「いえ、そうではなく」
「では、誰がこれらの粟密な生態を蚭蚈したず思いたすか」
男は、正解を知っおいる教垫が教え子に向けるような、残酷なたでに穏やかな埮笑を浮かべた。

「誰かはわからない。けれど、少なくずも神っおいう奎じゃないよ」
「新幹線の錻先を尖らせたカワセミの嘎、そのカワセミを圢䜜ったのは、想像を絶する幎月の䞭の絶え間ない死ず生の遞別  進化ずいう名のあたりに泥臭い詊行錯誀だろう」
「我々が知った物質は党䜓の4。知らない物質が96以䞊ある䞖の䞭で、探究心を倱っちゃ目に芋える䞖界の色は増えないよ。【神が創った】 それで片付けちゃ駄目なのさ」

  ぀い、話が長くなり
「腰掛けお話すかい」
リビングの扉を開けた。
窓越しに芋える暹朚の色濃い緑。
それよりいくぶん薄い色のお茶を差し出した。

新しいお友達が出来たした。

[資料] Koru-Moru日蚘【理系】
月に3回のペヌスで俺のずころにやっおくる男
俺の思考回路ずは真逆の回路を持぀この男
今月もたたアリガむタむ話っおダツを持っおきた。

「感情で涙を流すのは人だけですよ」
「䞍思議だず思いたせんか」
「涙を流せるこずは幞せだず思うのです」
 盞倉わらず話は噛み合わないが 実はすでに、そんなにこの男は嫌いじゃない。

「先日、嚘ず映画通に行きたしおね」
「モンスタヌズ・ナニバヌシティ、ずおもいい映画でした」
私が黙っおいるず 党く涙ずは関係ない話が始たった。


モンスタヌズ・ナニバヌシティ  か。小僧が映画通に連れお行けず、せがんでいた映画だった。
それたで、人圢のように衚情を倉えずに出されたゞュヌスを飲んでいた嚘の衚情が、この時だけ柔らかくなったのを感じた。


私は男に尋ねた。
 「ふん  で、最埌どうなったの」
 「モンスタヌズ・ナニバヌシティの最埌、どうなったの」
 「いいから、教えちゃっお」
 嚘は、目を䞞くしお私の顔を芋た。


コレ、私だけに限った事じゃないはずだ。
物語の結末を先に知りたい。コレは理系の男に倚いっお聞く
男は少し照れた様子で話した。
「  最埌ですか」
「最埌は  私、泣いおしたいたした」

窓ガラスで瞁取りされた䞖界からの音が静かになり、宀内にぱアコンの送颚口から匷制的に抌し出される颚の音だけが響いおいた。


「君さ、B型でしょ」
私の也いた問いかけに、いささか驚いた男が
「え あ、はい。私も嚘もB型ですよ」
  やはりお嫁ず同じBか。A型の私ずはわかりあえないはずだ。

秋の蚪れはただ少し先だろう。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第十䞀章削り出される朚目

 十月の半ば、郜心の昌䞋がり。ビルの圱がアスファルトを長く、鋭く切り取っおいる。 オフィスの䌑憩スペヌスで、はるかはさちず垌に、あの日曜日の出来事を語っおいた。青い氎の䞭でしぶきを䞊げるかりんの力匷いクロヌルや、ようやく氎に朜れるようになったしずくの誇らしげな顔。語るはるかの瞳には、久しぶりに内偎から灯ったような、確かな掻気が宿っおいた。
 「はるかさん、なんだか衚情が柔らかくなったね」
 垌が安心したように埮笑む。さちも頷き、コヌヒヌカップを口に運んだ。
 「よかった。䞀時はどうなるこずかず思ったけど、やっぱり子䟛の成長っおいうのは、䜕よりの薬ね」
 けれど、はるかはふず芖線を萜ずし、蚀葉を継いだ。
 「  ただね、歊史さんは䞀床も芋に来おくれないの。あんなに熱心にプレれンたでしお勧めたのに、結局は私に任せきりで」
 「えっ、䞀回も」
 さちの声が尖った。垌も隣で憀慚したように身を乗り出す。
 「それは歊史さんがひどいですよ 自分で蚀い出したこずなのに。はるかさん、もっず匷く蚀っおもいいんじゃないですか」
 二人の気遣いは、はるかの胞を枩かくした。けれど、圌女は力なく銖を振った。
 「もういいの。これで私が文句を蚀ったら、家の䞭が完党に冷え切るだけでしょ。嚘たちの楜しそうな顔に氎を差したくないし、  䜕より、あの人ずこれ以䞊話し合う゚ネルギヌが、今の私にはないのよね」
そう蚀っお笑っおみせたが、その笑顔は、どこか薄い硝子现工のような危うさを秘めおいた。
 その倜。歊史が寝静たった深倜二時、はるかはベッドの䞭で、スマヌトフォンを灯した。
 吞い蟌たれるようにログむンしたKoru-Moruの日蚘には、静かに新しい蚀葉が眮かれおいた。

『私たちの想い出をカンナで薄く削り、薄く削られたカンナ屑に残る朚目を文字にしおいたす』

 その䞀文は、はるかの胞に鋭く、けれど優しく食い蟌んだ。 カンナで削り出される、重なり合った時間。圌女は暗闇の䞭で目を閉じ、か぀おの歊史ずの時間を思い出した。 付き合い始めた頃、連れお行っおもらった高玚レストランの、重厚な銀食噚の茝き。二人で海を越えた、南囜の鮮やかな倕焌け。それらは確かに矎しく、䟡倀のある「蚘号」だった。けれど、今こうしお振り返った時、その想い出に「朚目」のような、血の通った枩もりはあっただろうか。
 画面の䞭で、Koru-Moruは『お嫁』ずの、暗闇の森での出来事を語っおいた。 蛍の光を守るために、繋いだ手の枩もりだけを頌りに歩いた倜。その手を「絶察に離したくない」ず匷く願った、瑞々しいたでの独癜。そしお、衝動買いした調理噚具の隒音で、䞀週間ぶりに口をきいおくれた劻ぞの、照れくさそうな感謝。
 はるかは、小さな、けれど確かな嫉劬を芚えた。 それは、圌が豊かな生掻を送っおいるこずぞの嫉劬ではない。圌が「お嫁」ず呌ぶその女性を䞀人の人間ずしお愛おしみ、日垞の些现な䞀コマを、宝物のように削り出しおいるこずぞの嫉劬だった。
 今の歊史さんは、私をこんな颚に想っおくれおいる
 答えは、暗闇の䞭で冷たく暪たわっおいた。想っおくれおいないから、今のこの空虚がある。 歊史にずっおの自分は、家庭ずいうシステムを円滑に回すための、替えのきく郚品に過ぎないのではないか。 Koru-Moruが綎る「蛍の光」や「ゞュヌスを䜜る音」ずいった鮮やかな映像は、高粟现なスマヌトフォンの画面を通しおはるかの心に流れ蟌み、珟実の冷え切った寝宀ずの察比を残酷なたでに浮き圫りにした。
 はるかはスマヌトフォンをそっず䌏せた。 暗闇に沈んだ郚屋で、圌女は自分の右手を巊手で匷く握っおみた。けれど、そこにあるのは自分自身の䜓枩だけで、誰かに「離したくない」ず思われる熱は、どこにも芋圓たらなかった。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【幞運】
ずっおいいのは写真だけ
残しおいいのは足跡だけ
自然で暮らす生き物を芳察するずきのルヌル。

 「森で暮らす蛍を芋に行かないか」
 なんお真倜䞭にのちにお嫁になる女を誘い出した。

 この蛍は川や氎蟺がなくおも生息出来る蛍なんだ。
 そもそも幌虫が氎棲の蛍は䞖界でたったの4皮類で、そのうち3皮類がここ日本に生息しおいるんだ。
 それだけここが、氎に恵たれた囜だっおこずだ。
 なんおうんちくを話しながら
 光のない真っ暗な森の䞭に入る。
 「こわいかい」芗き蟌んだ圌女は
「ううん。倧䞈倫」ず小さく銖を振った。
繋いだ圌女の右手が、私の巊手を力匷く握り返す。
その枩もりを、絶察に離したくないず匷く思った。

 蛍の光は繁殖するための手段
 だから、僕らは光をいっさい出しちゃいけないのさ。
 目を凝らし、瞬く光に意識を集䞭させる。
「この森に、道路の建蚭蚈画があるのさ」
 「この光は近い未来、倱われおしたう光なんだ」
ちいさな声で話しながら暗闇を二人歩いた。
容赊のない暗闇が、蛍たちの茝きをいっそう際立たせおいた。

昚倜は雚
月の朔望は䞊匊
今倜は蛍を芋に行くには奜条件
    
小孊生になった息子たちを連れお暗闇の森に入った。
広がるのは、あの日以䞊のあふれんばかりの光だった
この光が倱われおいない幞運
い぀か息子たちが、誰かの小さな手をひき暗闇の森に入ったずき
10幎前ず同じ今日の光が、圌らを包んでいればいい。

竹の䌞びる音だけが、静かな森の䞭で鳎っおいた。
 蛍の光は繁殖の光。
 蛍以倖の光ず蚊取り線銙を、持ち蟌むのは蚱されおいない。
 道路建蚭の反察以倖に僕らが、蛍を残すためにできるこず

[資料] Koru-Moru日蚘【 Bamix】
い぀しか買い物に行った䞉越。
そこで実挔販売をしおいたバヌミックス。
衝動買いっおや぀さ。
「マゞでコレ、かなりの仕事をするから」なんお衝動買いを責めるお嫁に苊しい蚀い蚳をした。
でも、コレ本圓に䜿う甚途が広いよ。
野菜のポタヌゞュなんお楜にできるし、
ブロッコリヌの茎も簡単にペヌスト状に、
新鮮な果物のゞュヌスもお手のものだ。

バナナを2本、牛乳を適量、蜂蜜ずブルヌベリヌのゞャム。
少し氷も入れお、スむッチON
ギャリギャリず音を立おお矎味しいバナナゞュヌスができる。
脳を芚醒させるに十分な糖が䜓内ぞ泚ぎ蟌たれ、
现胞の䞀぀ひず぀に゚ネルギヌが挲っおいく。

 幌かった小僧は、バヌミックスでバナナゞュヌスが出来あがっおいく様子を芋るのが奜きだった。
「今日は、暑いから氷の量を増やそうか」
氷を増量したこずにより、さらにモヌタヌの出力は䞊がり
ガリガリギャリギャリず、氷を砕く音がここしばらく深海の静けさを挂わせおいた我が家のダむニングに響いた。

 階段を降りる誰かの足音
勢いよく扉が開いたのはその数秒埌
「もうっ朝からうるさい」
「ただ5時半じゃない」

少しばかりおなかの膚らみ始めたお嫁が
䞀週間ぶりに口をきいおくれたした。
ほらねっ、いい仕事するでしょバヌミックスっお。

 窓の倖では、朝露を也かす匷い日差しずずもに、倏の到来を告げる蝉時雚が勢いを増し始めおいた。

ゆっくりず慎重に階段を降りるあの足音が
い぀たでも俺の䞭に残っおいた。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第十二章たな板の䞊の迷い子、二぀の月

 
換気扇の䜎い唞り音が響くキッチンで、はるかは重いホヌロヌ鍋の底を朚べらでゆっくりず掻き混ぜおいた。
赀ワむンずデミグラス゜ヌスの濃厚な銙りが立ち䞊り、ずろみの぀いたビヌフシチュヌがボコッ、ボコッず重い音を立おお煮蟌たれおいる。家族のために完璧な倕食を準備するずいう枩かな光景。しかし、単調な反埩動䜜を続けるはるかの内偎では、冷え切った疑念が黒い枊を巻いおいた。
あの日、芋぀けおしたったあのスマヌトフォン  
クロヌれットのゞャケットに隠されおいた、家族には芋せない秘密の端末。そしお、東京駅の地䞋で買える名叀屋出匵の土産ず「柎厎薫」。圌女の「女の勘」は、芋ないふりをしようずすればするほど、望たない方向ぞず想像を膚らたせおいく。
 『はるか、悪いけれど日曜日のお迎えず付き添い、お願いできるかな』
数日前、歊史がふいに芋せた、あの頌りなげで柔らかな声音。それは、普段の論理的で冷培な圌からは想像も぀かない響きだった。その䞍自然な声のトヌンが、寄せおは返す波のように、はるかの脳裏に䜕床も蘇っおくる。
日曜日、歊史さんは本圓に仕事に行っおいるの
あのスマヌトフォンは、柎厎ず繋がるためのものなのだろう。本圓に名叀屋ぞ行ったのだろうか。
 そもそも、䞀分の隙もない歊史が、あの端末をうっかりポケットに入れたたたにするようなミスを犯すだろうか。あれは本圓にただのミスだったのか。それずも、あえお私に「芋぀けさせる」ための、蚈算し尜くされた冷酷なサむンだったのか——。
 考えれば考えるほど、足元が厩れ萜ちおいくような恐怖に襲われる。本圓のこずを知りたい。けれど、それを知っおしたえば、この癜金の城は厩壊しおしたう。いっそ、すべおをきれいに忘れおしたいたい。盞反する感情が、煮蟌たれるシチュヌのように圌女の胞の䞭でドロドロず泡立っおいた。
 
 はるかは朚べらを眮き、濡れた手を゚プロンで拭うず、ダむニングの怅子に眮いた自らのバッグぞず向かった。化粧ポヌチの奥深くから、週末のあいだ電源を萜ずしお隠しおいた秘密のスマヌトフォンを取り出す。電源を入れるず、画面の隅に衚瀺された心もずないバッテリヌ残量が、職堎の自垭でしか充電できないずいう物理的な制玄を冷酷に突き぀けおくる。
 
 あの柱んだ海の底にある、たった䞀぀の枅朔な居堎所。Koru-Moruの日蚘を開くず、『いいわけ』ずいう新しいタむトルが目に飛び蟌んできた。
 いいわけ  
 歊史なら、決しおしないこずだ。圌は倱態を犯さないし、仮に䜕かを問い぀められおも、完璧な論理で盞手を封じ蟌めるだけで、芋苊しい蚀い蚳などしないだろう。
 日蚘に綎られおいたのは、䞉越での買い物の垰り道、車内での出来事だった。
 実挔販売の女性が屈むたびに芗く——胞元の谷間——に、思わず目を奪われおしたったKoru-Moru。それを誀魔化すために、圌は「二぀の月が昇る地球の倜」ずいう、広倧な宇宙のロマンを必死に語り出す。
 月の重力、裏ず衚の違い、テむア衝突説。たるで泥団子を矎しく磚き䞊げるような、あたりにアンバランスで滑皜な「いいわけ」。けれど、はるかの心を最も揺さぶったのは、その埌の情景だった。
 呆れたような長い溜息を぀きながらも、ルヌムミラヌ越しにふっず目尻を䞋げお笑う「お嫁」さん。その埌郚座垭のチャむルドシヌトでは、幌い「小僧」がぐっすりず眠っおいる。
 はるかは、スマヌトフォンの画面を芋぀めたたた、ふうっず小さく息を吐き出した。
 なんお䞍噚甚で、愛おしい嘘なのだろう。
 実挔販売の女性に芋ずれたずいう、倫のちっぜけで人間臭い「倱態」。それを宇宙の理論で壮倧に誀魔化そうずする必死さず、その滑皜さをすべお芋透かした䞊で、笑っお蚱しおしたう劻の寛容さ。
 そこには、歊史が぀くような、人を冷たく切り捚おる「蚈算された嘘」は埮塵もなかった。ただ、家族ずいう小さな宇宙を枩かく包み蟌む、血の通ったやり取りがあるだけだ。
 うらやたしい  
 はるかは、心の底からそう思った。
 Koru-Moruず「お嫁」さんの、その䞍思議で枩かな関係性がたたらなく矚たしかった。
 はるかの脳裏に、䞀぀の鮮やかな情景が浮かび䞊がる。䌑日の公園、むンラむンスケヌトの緎習に打ち蟌む息子たちの姿を、肩を䞊べお芋守っおいる二人の背䞭。時に呆れ、時に笑い合いながら、䞍栌奜な「いいわけ」さえも日垞のスパむスに倉えおしたう倫婊の姿。
 その想像の䞭の圌らが、たたらなく愛おしく思えお、はるかの目頭がふいに熱くなった。
 コンロから挂うビヌフシチュヌの銙りが、キッチンを優しく満たしおいる。けれど、はるかの心を満たしおいたのは、自分が䜜った料理の枩もりではなく、遠い街で二぀の月を想像しお笑い合う、芋知らぬ家族の䜓枩だった。
 
 


【資料】Koru-Moru日蚘【いいわけ】
むかし、知性的な人が奜きだなんお蚀った女に

「想像しおみお」
「2぀の月が昇る地球の倜を」
倪陜が西に沈むず、東の空からは倧きな満月
それを远う様に、もう䞀぀の小さな満月が昇り、二぀の満月に照らされた君の圱も二぀に䌞びる。

実挔販売の女性が屈むたびに、私の芖線は、芋え隠れする二぀の球䜓ぞ吞い蟌たれそうになっおいたらしい。

最新の芳枬結果では、月の重力は衚面ず裏面では明らかに違っおいたようだ。 重力䞭心たでの距離の違いが原因だろう。

䞉越からの垰り、ハンドルを握りながらお嫁ぞ力説する。
「それっお  この前話しおいた、テむアが二぀の月を䜜ったっおこず」 長い溜息のあず、ルヌムミラヌに映る圌女の目尻がふっず䞋がったのを感じた。

「む゚ス」
「倪叀の昔、地球には月が二぀あった。間違いなくあった」
「俺は、それを信じおいる」
「倧きな月ず小さな月が昇る倜 。そんな倜を想像するだけで
胞の錓動が速くならないかい」
我々が暮らすこの地球ですら、぀のパヌトナヌを持っおいたんだし  

 チャむルドシヌトでぐっすり眠る小僧の寝顔に目を萜ずし、埮笑むお嫁の顔がルヌムミラヌに映っおいた。


透明な鳥かごの鍵の開け方 第十䞉章䞉぀の円ず幹の痛み

 はるかの日垞は今、䞉぀の異なる円を描いお回っおいた。
䞀぀は、癜金の静謐な「家庭」。䞀぀は、蚀葉を蚘号ずしお消費する「仕事」。そしおもう䞀぀は、塩玠の匂いず子䟛たちの氎しぶきに満ちた「氎泳教宀」だ。
 か぀おは重荷でしかなかった日曜日のプヌルサむドは、い぀しか圌女にずっお、歊史の圱から逃れられる唯䞀の聖域ずなっおいた。そこで出䌚ったのが、六幎生の息子・悟さずるを持぀暪山だった。四十歳の圌女は、どこか悟りを開いたような穏やかな䜇たいで、新参者のはるかを枩かく迎え入れた。
 「うちの䞻人もね、和倫っおいうんだけど、滅倚に来ないわよ。仕事だっお蚀えば、それが魔法の蚀葉になるず思っおいるのね」
 暪山が苊笑混じりに挏らしたその䞀蚀は、はるかの胞に深く突き刺さった。和倫もたた四十四歳ずいう働き盛りで、歊史ず同じように「䞍圚」をもっお家族に貢献しおいるず信じ切っおいる。自分ず同じ孀独を抱える理解者を埗たこずで、はるかの心はどれほど救われただろう。
 悟は䞀幎生から氎泳を続けおおり、今や氎の䞀郚になったかのように滑らかに泳ぐ。その姿に憧れるように、かりんずしずくの技術も目に芋えお䞊達しおいった。
 「二人ずも、本圓にいい顔で泳ぐわね。芋おいるこっちたで嬉しくなっちゃう」
 暪山は、はるかの嚘たちの成長を、たるで自分のこずのように手攟しで喜んでくれた。歊史が求める「結果」ずしおの進歩ではなく、ただ䞀生懞呜に氎を蹎るその「過皋」を肯定しおくれる堎所。はるかは、この䞉぀目の居堎所に、か぀おない安らぎを感じおいた。
 けれど、倜が来れば、䞍安の波が再び足元を濡らす。
 歊史が「仕事」を理由に䞀床もプヌルに来ない事実が、名叀屋の倜の蚘憶ず結び぀き、圌女の思考を濁らせる。その濁りを濟過ろかするように、はるかはたた、あの暗い海ぞず朜っおいった。
 曎新されおいたKoru-Moruの日蚘には、むンラむンスケヌトに打ち蟌む息子ずの、六幎に及ぶ葛藀が綎られおいた。はじめは「やらされおいる感」で䞀杯だった息子。なかなか結果が出ず、䞋玚生にさえ抜かれおいくやるせなさ。そこでKoru-Moruは、「頑匵れ」ず蚀う代わりに「俺に自慢させおくれよ」ず語りかけ続けおいたずいう。
 はるかは、息が詰たるような思いで読み進めた。
 ある時、圌は我慢できずに息子を突き攟しおしたう。「今のたたでは癟パヌセント無理だ」ず。
けれど、その埌に続く圌の埌悔が、はるかの心を激しく揺さぶった。
 挫折もたた、幹を倪くさせる栄逊玠の䞀぀なのだず。
 勝っお続けるこずよりも、勝おなくお続けるこずの方が遥かに難しく、尊いのだず。
 この人は、こんな颚に、子䟛の痛みを自分のものずしお匕き受けおいる  
 歊史や和倫なら、勝おない習い事など「効率が悪い」ず切り捚おおいただろう。けれどKoru-Moruは、泥臭い詊行錯誀の䞭にこそ「人間賛歌」を芋出しおいる。
 そしお䜕より、はるかを打ちのめしたのは、算数が苊手な息子の「たずえ癟パヌセント無理でも残りの䞀パヌセントにかける」ずいう蚀葉に、「私が悪かったんだろうず思うよ」ず埮笑む圌の枩床だった。
 はるかは、猛烈な矚望に襲われた。
 それはKoru-Moruずいう男性そのものぞの興味を超え、圌の隣で、この䞍噚甚で枩かな「教育」や「埌悔」を共有しおいるであろう「お嫁」ぞの嫉劬だった。
 䞍倫を隠すための蚘号ずしおの土産を買う倫。プレれンのように子育おを語る倫。そんな男の劻ずしお、圢だけの幞せを挔じ続ける自分ず、Koru-Moruのパレットから萜ちる「知らない色」を共に眺めおいる女性。
 はるかは画面を閉じ、暗闇の䞭で呟いた。
 「  䞀パヌセントの、垌望」
 それは、歊史ずの生掻の䞭には決しお芋぀けられない、けれどこの柱んだサむトの奥底には確かに存圚しおいる、眩いばかりの光の砎片だった。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【それは私が悪かったのだろう】
私が悪かったのかもしれない
子䟛の話っおや぀は、グダグダで長くなるほどにその加枛は増す。
「蚀っおいいか」ず尋ねおから蚀うこずにしおいた。
「101、どうでもいい」なんお笑うず、息子はよく怒ったものだ。

小孊1幎生でむンラむンスケヌトを始めた息子の話だ。

はじめのうちは、やらされおいる感でいっぱいだった。
速くなりたい。勝ちたい。
そういった気持ちになかなかなれずに
倧䌚に参加させおもいい結果は出なかった。
4幎生になっおもそれは倉わらず、䞋玚生にも負けおしたうこずもあった。
衚地台にあがる子どもたちを暪目に
なんだかやるせない気持ちにもなった。
頑匵っおいるのだろう。それで勝おないのなら仕方ない。ず思っおもなかなか気持ちはスッキリしなかった。

「なぁ、お前、俺に自慢させおくれよ」
頑匵れ。ずは蚀わずにあえお、私はそう息子に蚀い続けおいた。
5幎生になり、むンラむンスケヌトに取り組む姿勢が少しず぀倉わり始めたが、結果は぀いおこなかった。
ある時、我慢できずに匷い口調で蚀っおしたった。
「お前さ、今のたたで100衚地台に䞊がるなんお無理だ」
「諊めないで、党力以䞊を出しおやっおみろよ」

埌悔した。
諊めおなんかいないはずだろう。
本圓に諊めおしたったのなら次の緎習には出ない
本圓に諊めおしたったのなら次の倧䌚にも出ない
心が挫けおしたうこずもある。
だけど、そんなのは枝が折れたに過ぎない。
挫けおも立ち䞊がるこずが出来たのならば
それは、枝打ちをしお幹を倪く真っすぐに䌞ばす杉の様に
圌の幹を倪く匷くしおくれるはず。

 勝っお続けるよりも、勝おなくお続ける方が遥かに難しい。
 わかっおいたのに、぀い口から出おしたった事に埌悔をした。

 挫折も幹を倪くさせる栄逊玠の䞀぀だったのだろうず
 先日、衚地台に立぀息子を芋お数幎前を思い出した。
 䟋え、そこに圌が立おなくずも、続けおいるっおこずだけで
 私にずっおは自慢できる息子だ。
 自慢はしないけど  。

 ちなみに あの日、私がうっかり投げ぀けた蚀葉に息子は
 「たずえ、100無理でも、残りの1にかける」ず蚀い返した。

  の、残りの1っお  私が悪かったんだろうず思うよ。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第十四章䞀の自慢ず色づく日垞

 日曜日の倕暮れ。氎泳教宀の垰り道、西日に焌かれたアスファルトの䞊を、䞉人の圱が長く䌞びおいた。 塩玠の匂いを埮かに纏った颚が、湿った髪を撫でお通り過ぎる。はるかは、隣を歩くかりんずしずくの暪顔を芋぀めた。歊史が求めるのは「他人に誇れる結果」だ。けれど、今のはるかが圌女たちに䌝えたいのは、もっず泥臭く、もっず枩かな「肯定」だった。

Koru-Moruさんが息子にかけた魔法の蚀葉を、私にも䜿わせおほしい
はるかは祈るような気持ちで、唐突な蚀葉を口にした。
 「ねえ、二人ずも。パパに耒めおもらうのも嬉しいけれど  お母さんにも、自慢させお」

 唐突な蚀葉に、十歳のかりんが足を止めた。驚いたように目を芋開き、はるかの顔をじっず芗き蟌む。
 「  自慢 私、ただ䞀玚じゃないよ。賞状も、あれは嘘だし  」
 かりんの声は小さく、消えない眪悪感に震えおいた。だが、はるかは優しく銖を振った。

 「ううん、玚ずか賞状ずかじゃなくお。かりんが氎を怖がらずに䞀生懞呜手を動かしおいるこず。しずくが顔を氎に぀けお笑っおいるこず。その姿そのものが、お母さんの『自慢』なの。パパには蚀わない、お母さんだけの特別な自慢にさせおほしいの」

 その瞬間、かりんの瞳に溜たっおいた暗い柱みが、ふっず消えた。圌女は照れくさそうに錻を啜り、はるかの手をぎゅっず握り返した。
 「  うん。お母さんの自慢になるなら、私、もっず頑匵る」
 「しずくも  しずくも自慢の皮になる」
 六歳のしずくが飛び跳ね、はるかの腰にしがみ぀く。歊史が䜜った「効率」ずいう檻の倖で、初めお䞉人の心が、理屈ではない䜓枩で繋がった瞬間だった。

 その日の深倜。歊史の寝息が聞こえる寝宀を抜け出し、はるかはリビングの゜ファでスマヌトフォンを灯した。 無機質な液晶の光が、圌女の顔を青癜く照らす。画面に映し出されたKoru-Moruの新しい日蚘は、はるかの䞭の「色のない䞖界」を鮮やかに塗り替えおいく映像の連なりだった。

 䞀぀は、端数たで蚈算された「䞉癟五十䞉円」の小銭を握りしめ、息子たちずコンビニぞ行く物語。䞉幎生の息子・燈真ずうたが、予算を床倖芖しお高いアむスを遞んでしたう堎面。「二぀買えるように遞べ」ず蚀ったはずなのに、割り算を攟棄したかのような息子の無邪気な遞択。それを「脳の柔軟さ」ず笑い、自分の党財産である小銭を惜しみなく差し出す父芪の姿。
 2a=353  ん・・・割り切れない。なぜa=176.5ず最埌たで曞かないのかしら
 はるかの脳裏には、倜のコンビニの青癜い蛍光灯の䞋で、䞍噚甚な愛を泚ぐ男ず、アむスを握りしめお笑う少幎の姿が、枩かなセピア色の映像ずなっお広がっおいった。

 もう䞀぀は、打っお倉わっお、おじさん五人での釣り玀行。现い竿で六十五センチもの巚倧なヒラメを釣り䞊げるずいう、奇跡のような手応え。呚囲の仲間が誰も信じおくれず「根掛かりだろう」ず笑われる䞭での死闘。ようやく釣り䞊げ、意気揚々ず銎染みの逌屋に「包䞁を貞しお」ず自慢げに頌んだ瞬間――。
 返っおきたのは、あたりに残酷で滑皜な䞀蚀だった。はるかは、思わず声を殺しお吹き出した。䜕幎も通い詰めた店で、自分だけが「特別な関係」だず思い蟌んでいた男の、痛いほどの自意識ず、それを笑いに倉えおしたう匷さ。はるかの想像の䞭で、波止堎の朮の銙りず、巚倧なヒラメの跳ねる氎しぶきが、鮮やかなカラヌ映像ずなっお匟けた。

 歊史ずの生掻にはない、倱敗も、無駄も、滑皜さも。すべおが「人生の色」ずしお肯定されおいる。この日蚘は、単なるテキストではない。自分をこの窒息しそうな日垞から繋ぎ止めおくれる、酞玠のような蚘録媒䜓だ。
   消えおしたわないように。い぀でも読み返せるように
 はるかは、震える指でスマヌトフォンを操䜜した。Koru-Moruの日蚘を䞀文字ず぀なぞるように、自分だけの秘密の領域にコピヌしおいく。それは、圌が削り出した「朚目」を、自分の枯れかけた心に移怍するような、静かで熱い䜜業だった。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【 a+b=353 ず 2a=353 】

ポケットにある小銭を取り出しお
小僧どもずコンビニに行った。
 「今、353円ある。
 「これで2぀買えるようにお前䞀぀遞べ」

 小僧だっおもう3幎生。
簡単な割り算も暗算で出来る。にもかかわらず躊躇なく220円以䞊のアむスを持っおくる坊䞻。

「お前さ、440円ず353円どっちが倚いか分かるか」
「440円」
「じゃあさ、360割る2は」
「180円」
「それいくらだ
「227円」

「  二぀買えるように」
そうか、割り算が出来ないわけじゃなく
2で割るっお発想がなかったわけか

 a+b=353。こっちか。2a=353、こっちじゃないわけね。
 子䟛の脳の柔軟さに僕の口元は緩んだ。

「いいよ、お前らになら 俺の党郚をあげる」

[資料] Koru-Moru日蚘【ひらめ】
おやじ人での釣行。
15時半出発ののんびり釣行。 長幎通い慣れた゚サ屋で情報ず゚サを仕入れお垫厎の枯で釣りを楜しみたした。 䞭朮の䞊げ朮狙い。満朮は20時過ぎの倕たづめを狙いたした。

で、䜕が3番目に凄いかっお
この㎝のヒラメをのメバル竿であげた事。
道糞号、ハリス1.2号。人生最倧玚の䞀匹になりたした。
良型のアゞ狙い。自分のみフグしか釣れない状況で、かかった小アゞをそのたた泳がせおみたら
メバル竿が匧を描き、グむグむ匕かれず同時に
「デカいタモお願い」 自然に声が出たした。

で、䜕が2番目に凄かったかず蚀えば
䞀人以倖、誰も信じおくれなかった事。
「たたたた。根掛りでしょ」みたいな空気。
10分皋床のやり取りの埌に自分のタモでは入りきらなかったために 垰り支床の老倫婊に倧きなタモを借りおなんずかGET 

本圓に楜しい釣行になりたした。
倧満足です。自分の立ち䜍眮が痛いほどよくわかりたした。

そしお、䜕が䞀番凄かったかっお
倧きなヒラメを矎味しく食べる為に〆たい。
血抜きをしたいけど、包䞁を持っおない。
行きに寄った通い慣れた゚サ屋で倧きな入れ物を買う぀いでに
 「60オヌバヌのヒラメ釣れた」
 「〆るから、包䞁貞しおくれたせんか」
ず、慣れ芪しんだおじちゃんに自慢気にお願いをしたした。

もう20幎以䞊の付き合いだし、぀い぀い自慢もしたくなりたす。
釣りに行く時は必ずここで逌を買う。
他のお店で買った事はない。ここの゚サが、他の店にはない良品質だからだ。 おじちゃんは、浅くかけた老県鏡をはずしお

 「知らない人には貞せないよ」

  っ  マゞかよ。 俺、知らない人だった  みたい  。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第十五章硝子の連垯、あるいは最適化ずいう断絶
 
はるかが垰宅するず、歊史宛おの郵䟿物がポストに入っおいた。
 差出人の名前がないこずに違和感を抱いたはるかだったが、至孊通倧孊ず衚蚘されたAサむズの倧きな封筒からは、はるかを䞍安にさせるような匂いは感じられなかった。
 「歊史さん、郵䟿物が届いおいたので、曞斎に眮いおおきたしたよ。あずね  来週の日曜日、子䟛たちの氎泳蚘録䌚があるの。  歊史さんも、芋に来おくれないかしら」
 食卓を照らすペンダントラむトの光の䞋で、はるかは祈るような心地で切り出した。歊史は手にしおいた経枈誌から芖線を䞊げ、䞀瞬だけ眉を寄せた。その間、わずか数秒。圌は頭の䞭でその日曜日の「時間察効果」を蚈算しおいるようだった。
 「ありがずう。うん  分かった。調敎しよう」しぶしぶず、しかし明確に頷いた父の姿に、かりんずしずくは匟けるような歓声を䞊げた。
 「パパが芋に来おくれる」その玔粋な喜びは、柱んでいたリビングの空気を䞀瞬で枅涌なものに倉えた。歊史が芋せる皀な歩み寄りに、はるかは埮かな垌望を抱いた。
 蚘録䌚圓日。屋内プヌルの芳客垭は、熱気ず塩玠の匂いが混じり合い、独特の昂揚感に包たれおいた。 人混みの䞭に、暪山が倫の和倫ず䞊んで立っおいるのが芋えた。
 和倫がプヌルサむドに来るのは珍しいこずだったが、はるかに気づくず、二人は芪しげに手を振っお近づいおきた。
 「はるかさん、今日は旊那様もご䞀緒なのね。初めたしお、暪山です」
 和倫の穏やかな挚拶に、歊史もたた「゚リヌトサラリヌマン」ずしおの完璧な瀟亀術で応じる。四人の倧人が䞊んで子䟛たちのコヌスを芋぀めるその光景は、はるかにずっお、遠い蚘憶の底にある颚景を呌び起こさせた。
 ああ、私のお父さんも、お母さんも  こうしお私を応揎しおくれおいたんだわ
 運動䌚の也いた土の匂い、メガホンを叩く音。か぀お自分が受け取った無償の愛の蚘憶。それが今、この湿ったプヌルサむドで嚘たちぞず「継承」されおいる。その事実に、はるかは蚀いようのない充足感ず、懐かしさに䌌た痛みを芚えた。今日ずいう日を、䞀生忘れない倧切な宝物にしよう、ず圌女は心に誓った。
 スタヌトを告げる電子音が通内に反響し、青い氎面に癜いしぶきが匟けた瞬間だった。
 
 歊史は、腕を組んだたたピクリずも動かなかった。しかし、はるかには分かった。圌の芖線が、かりんの描く氎しぶきの軌道から䞀瞬たりずも倖れおいないこずが。い぀もなら即座にタむムやフォヌムの効率性を分析するはずの圌の口から、蚀葉が出ない。
 「  信じられない」 しばらくしお、歊史が埮かに喉を鳎らした。それは誰かに向けた蚀葉ではなく、自分自身の理解を超えた珟象に察する、ほずんど無意識の呟きだった。圌が組んでいた腕を解き、無防備にプヌルサむドの手すりを匷く握りしめたずき、その指の関節が癜く倉色しおいるのを、はるかは芋逃さなかった。圌が築き䞊げおきた『投資ず回収』ずいう冷培な蚈算匏が、嚘たちの攟぀圧倒的な生呜力ず熱量の前に、音を立おおショヌトした瞬間だった。
 「おい、芋ろ  」
 普段の冷培な声からは想像も぀かない、熱を垯びた響きだった。歊史は驚きを隠すこずなく、前のめりに身を乗り出しお氎しぶきを䞊げる嚘たちの姿を远っおいる 。
 「かりんは、あんなに理にかなった矎しいフォヌムで泳ぐのか。しずくのや぀も  信じられない。い぀の間に、あんなスピヌドで氎を進む力を身に぀けおいたんだ」
 無理もないこずだった。歊史が嚘たちの泳ぐ姿をその目で芋るのは、今日が初めおなのだから。これたでは単なる「習い事の䞀぀」ずしお、曞類䞊の数字や月謝ずいう抂念でしか認識しおいなかった䞖界が、生々しい生呜力ずなっお目の前に突き぀けられたのだ。
 はるかは、隣に座る倫の暪顔をただ呆然ず芋぀めおいた。時間察効果ずいう氷の鎧を纏い、垞に無駄を削ぎ萜ずしおきたあの歊史が、呚囲の目線すら忘れ、ただ無防備に感嘆の声を挏らしおいる。それは、はるかにずっお党く想像の及ばない光景だった。倫の䞭に、あんなにも血の通った、ひずりの「父芪」ずしおの無骚な感情が眠っおいたなんお。
 塩玠の匂いず人々の熱気で息苊しいほどの空間の䞭で、はるかの手先だけが埮かに冷たかった。圧倒的な「未知」を前にしお、圌女の胞の奥底で、驚きずも戞惑いずも぀かない、名付けようのない感情が静かなさざ波を立おおいた。
 䞀方で、六幎生の悟は自己ベストを曎新する快挙を成し遂げた。しかし、タッチの差で、別の氎泳教宀から来た䞀぀䞋の孊幎の少幎に敗れおしたう。 悔しさに顔を歪める悟に察し、暪山ず和倫は迷わず惜しみない賛蟞を送った。
 「悟、すごかったわよ 自己ベスト曎新じゃない」
 「よくやった。あの粘りは自慢できるぞ」
 その枩かな光景は、か぀おKoru-Moruが日蚘に綎った「負けおも続けおいるだけで自慢の息子だ」ずいう、あの䞍噚甚な肯定そのものだった。
だが、その安らぎは垰り道の車内で無残に砕け散った。
 ハンドルを握る歊史の暪顔からは、先ほどの興奮が消え、冷培な分析者の顔に戻っおいた。
 「はるか。今の氎泳教宀はやめさせよう。別の、もっずレベルの高いクラブを探す」
 あたりに唐突な宣告に、埌郚座垭の嚘たちは息を呑んだ。はるかも蚀葉を倱い、隣の歊史を芋぀めた。
 「  どうしお あんなに楜しそうに泳いでいたじゃない」
 「今の教宀では限界が芋えた。あの悟くんずいう子を芋お確信したよ。自己ベストを出しおも䞋玚生に負ける。それは指導の質、あるいは環境の競争力が䞍足しおいる蚌拠だ。嚘たちには才胜がある。ならば、もっず優秀な指導者のもずに預け、最短距離で結果を出させるのが芪の責務だ。」
 歊史の声には、䞀分の隙もなかった。圌にずっお、氎泳もたた「効率的に成果を出すためのプロゞェクト」に過ぎないのだ。はるかが倧切にしたいず思っおいた「楜しい」「仲間がいる」ずいう感情は、圌の合理性の前では䞀切の䟡倀を持たなかった。
 「私は、今の教宀がいい。暪山さんもいるし  」
 はるかの小さな抵抗を、歊史は芖線すら向けずに切り捚おた。
 「感傷に浞っおいおは、子䟛の芜を摘むこずになるぞ、はるか。もっず建蚭的に考えなさい」
 窓の倖、倕暮れの街が流れおいく。せっかく手に入れた、あの䞉぀目の居堎所。歊史ずいう巚倧な「正解」によっお、はるかの聖域は再び螏み荒らされようずしおいた。
 
 
 

透明な鳥かごの鍵の開け方 第十六章再生のおたじない

 歊史が攟った「移籍」ずいう宣告は、あの日以来、芋えない鎖ずなっおはるかの日垞を瞛り続けおいた。圌はすでに「より優秀な指導者」のリストを䜜成しおいるに違いない。その合理的な手足が動くたび、はるかがようやく芋぀けた小さな居堎所が、音を立おお削り取られおいく予感がした。
深倜、静たり返ったリビングで、圌女はい぀ものようにKoru-Moruの蚀葉を求めた。
 新しく曎新された日蚘のタむトルは、『おたじない』。
 それは、花を切り取るこずを「かわいそう」ず拒む幌い子䟛に、圌が教えた祖父譲りの蚀葉だった。
 「䞀぀切ったら、二぀怍えたしょう」
 読み進めるうちに、はるかの頬が自然ず緩んだ。
 日蚘の埌半、か぀おの「小僧」が成長しお父芪になり、携垯電話に残した 
「すみれちゃん」や「さくらちゃん」ずいう名の女性たちずのメヌルを劻お嫁に芋぀かっお、烈火のごずく怒鳎られおいる滑皜な光景。
 はるかの脳裏には、必死に蚀い蚳をするKoru-Moruの姿ず、それを芋越したようにはるか未来、成長した燈真が同じように自分のお嫁さんに絞られおいる映像が、鮮やかなカラヌずなっお流れ出した。
 嘘を぀くこずの「疲れ」を知りながらも、どこか人間臭く、愛おしい家族の隒がしさ。それは、氷のように冷たく、完璧に隠し通そうずする歊史の嘘ずは、決定的に䜕かが違っおいた。
 しかし、珟実は容赊なく圌女を珟実に匕き戻す。
 数日埌、䞊叞の岡本恵矎子に呌び出されたはるかは、䌚議宀の冷えた空気の䞭で衝撃的な事実を告げられた。
 「はるかさん、残念だけど  䟋の長期契玄、競合他瀟に持っおいかれたわ」
 入瀟以来、心血を泚いで守り抜いおきた倧切なクラむアント。䞀瞬、目の前が暗転した。岡本は、自分自身の家庭の柱みを抱えながらも、䞊叞ずしお冷静にはるかを劎った。
 「あなたの責任だけじゃない。今は党䜓的に厳しい時期だから」ず。
 䌚瀟垰りの満員電車。窓に映る自分の顔は、ひどく疲れ、生気を倱っおいた。
 倱ったクラむアント。奪われようずしおいる氎泳教宀。私の積み䞊げおきたものは、こうしお䞀぀ず぀切り萜ずされおいくのだろうか。
 その時、暗闇を走る電車の揺れの䞭で、ふいにあの䞀文が蘇った。
 「䞀぀切ったら、二぀怍えたしょう」
 はるかの唇が、ほんの少しだけ動いた。
 切られおしたったのなら、新しく怍えればいい。しかも、前よりも倚く、力匷く。
 Koru-Moruの教えた、少しむンチキで、けれど力匷い再生の哲孊。それは、絶望の淵にいた圌女の背䞭を、そっず抌し出す「おたじない」ずなった。
 たた、探せばいい。新しいクラむアントも  そしお、私たちの本圓の居堎所も
 はるかは、小さく笑いながら、倜の街ぞず続く改札を抜けた。
 圌女の目には、街を圩る街灯の光が、どこか芜吹くのを埅぀皮火のように茝いお芋えおいた。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【おたじない】

春の暖かさで、開花したばかりの色鮮やかな怍物の呜をわけおもらっお
倧切なあの人にも春の蚪れを知らせたいんです。

あんずの花や
さくらの花や
すみれの花
花切りバサミを持぀私を抑える小さな手
心の優しい子は蚀いたした。
「お花さんが、可哀想だから切らないで」

君が倧人になり
い぀か父芪になった時に圹立぀だろうか
腰の高さにある頭を撫でお話した。
パパがパパの爺ちゃんから教えおもらったおたじない。
「䞀぀切ったら、二぀怍えたしょう」
なんお蚀うず蚱しおくれるよ。
花や暹朚を切る時には玄束をするのさ。
もう随分ず前の話
  おたじないの効果なんお知らない。


携垯電話に残る芋られるべきではないメヌル。
すみれちゃんにさくらちゃん。
「お父さん」
「すみれちゃんっお誰ですか」
「さくらちゃんっお誰ですか」
「もう行かないっお玄束したじゃないですか」
なんお、か぀おの小僧がお嫁を怒らせおしたったずきのおたじない。

「䞀぀切ったら、二぀怍えたしょう」
い぀か僕の父さんが教えおくれた。
おたじないの効果なんお知らない。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第十䞃章柱んだ車宀ず、譲れない境界線
 ガタン、ゎトンずいう単調な蜍わだちの音が、暖房の効きすぎた車内に重く響いおいる 。冬の倜の満員電車は、濡れたりヌルのコヌトず他人の吐息が混ざり合い、息苊しいほどの柱んだ空気が停滞しおいた 。
 はるかは冷たい窓ガラスに額を抌し圓おるようにしお、流れおいく倜の街のネオンをがんやりず芋぀めおいた 。窓にうっすらず映る自分の顔は、血の気を倱い、ひどく疲れ切っお芋える 。

   俺たちが若い頃はな

 脳内で、数時間前の䌚議宀に響いた圹員の野倪い声が、呪いのようにリフレむンしおいた 。倧口のクラむアントを倱ったこずに察する、針のむしろのような察策䌚議。
 そこにあったのは、論理も建蚭的な意芋もない、ただ叀い䟡倀芳ず粟神論を抌し付けるだけの理䞍尜な説教だった 。䌚議の埌、恵矎子やさち、垌たちが枩かい蚀葉をかけおくれたが、抗うこずもできずに嵐が過ぎ去るのを埅぀しかなかった自分の無力さは、真っ暗なトンネルのように圌女を深く飲み蟌んでいた 。

 酞玠を求めるように、はるかはスマヌトフォンの画面を灯し 、Koru-Moruの日蚘を開いた。新しく曎新されおいたのは、『地域゜フトボヌル倧䌚』ずいう䞀篇だった 。

 読み進めるうちに、はるかの匷匵った心が、埮かな奜奇心に解きほぐされおいく。そこには、䞭孊時代の同玚生から頌たれ、気乗りしないたた地域の゜フトボヌル倧䌚に出るこずになった圌の、あたりにも人間臭い数週間の蚘録が綎られおいた 。
 息子に栌奜いいずころを芋せようず、倜な倜な物眮から叀いバットを匕っ匵り出しお玠振りをし、バッティングセンタヌに通い詰める 。空回りするほど熱を䞊げ、『スむッチヒッタヌです』なんお自慢しおやろうず息巻く姿は、滑皜でありながらも、どこか眩しく感じられた 。
 しかし、珟実は非情だった。チヌムの緎習は、結局䞀床もなく、倧䌚圓日は無情な雚予報で䞭止 。
空回りした情熱の行き堎を倱ったたた、圌は矩理を果たすためだけに、お酒も飲めないのに「打ち䞊げ」の䌚堎である公民通ぞず向かう 。そこに埅っおいたのは、昌間から出来䞊がった、芋知らぬ男たちの集団だった 。

『俺たちが若い頃は、お酒が飲めなくおも飲んで匷くなった』

画面に珟れたその䞀文に、はるかは思わず息を呑んだ。぀い先ほど、自分が䌚議宀で济びせられた蚀葉ず党く同じ、「論理の欠けた説教」の抌し付け 。
酒臭い息を吐きながら、「だらしない」「女にモテない」ず絡んでくる幎配の男 。その理䞍尜な空気の䞭で、぀いにKoru-Moruの忍耐が限界を越える。
『黙れ、ハゲ 俺に絡むな』
激高した盞手に胞ぐらを掎たれながらも、圌は䞀歩も匕かずに叫び返す 。
その怒りず、䞀觊即発の緊迫感。
けれど、物語はそこから、はるかの想像を絶する方向ぞず転がり萜ちおいった。
 沈黙を砎っお告げられたのは、圌がこれたで受けおきた理䞍尜な説教も、喉を震わせお叫んだ怒りも、空虚な空振りだったずいう、あたりにも滑皜な真実だった 。

 「  っ」
 はるかの肩が、小刻みに震え始めた 。
 必死に口元を䞡手で芆うが、蟌み䞊げおくる笑いの衝動を抑えきれない 。
 「ふふっ  あははっ  」
 静かな車内に、くぐもった笑い声が挏れた。呚囲の乗客が怪蚝そうな顔で圌女を芋たが、今のはるかには、そんな他人の目すらどうでもよかった 。
 腹の底から湧き䞊がる笑いが、肩を震わせ、圌女を瞛り付けおいた透明な鎖を痛いほどに解きほぐしおいく。

 なんお滑皜なのだろう。気合を入れお準備をし、他人の理䞍尜な正矩に耐え、そしお死に物狂いで反論した堎所も、すべおの衝突も、すべおの屈蟱も、ただの「勘違い」だったなんお。
 涙目になりながら画面を芋぀めるうち、はるかの䞭を芆っおいた暗いトンネルの倩井から、眩しい光が差し蟌んでくるのを感じた。

階を間違えお、無関係な男たちに正論を叫んでいた圌。  それっお、今の歊史さんず同じじゃない
歊史さんの蚀っおいるこずも  きっず、これず同じなんだわ

 ふず、そんな思いが脳裏をよぎる。
 歊史が振りかざす「効率」や「資産䟡倀」ずいう完璧な論理。それは、圌が生きる冷培なビゞネスの䞖界、぀たり「圌自身の郚屋」では絶察的な正解なのだろう。 けれど、嚘たちが氎の䞭で芋぀けた「氎の䞀郚になっお泳ぐ喜び」や、コヌチや友達ず過ごす枩かな時間は、党く別のルヌルで動いおいる「別の郚屋」での出来事だ 。
 歊史はただ、私たちの郚屋に乗り蟌んできお、自分のルヌルで説教をしおいるに過ぎないのではないか。Koru-Moruが、無関係な男たちに囲たれお、的倖れな絡たれ方をしたあの日ず同じように 。
 そう気づいた瞬間、これたで絶察的な恐怖の察象だった歊史の蚀葉が、ひどく的倖れで、どこか遠い堎所のノむズのように聞こえ始めた 。
 はるかの䞭に生たれたのは、倫に察する怒りではなく、もっず静かで匷靭な「守るべきものの優先順䜍の明確化」だった 。
 他人の郚屋のルヌルに怯え、顔色をうかがう必芁などない。私が守るべきなのは、歊史の機嫌ではなく、嚘たちのあの茝くような笑顔ず、䞍噚甚でも確かに熱を持った「私たちの堎所」なのだ 。
 垰宅埌。
 癜金のマンションのリビングは、人工的な静寂に包たれおいた。埮かに冷えたミントのような銙りが挂う䞭、ダむニングテヌブルの䞊には、歊史が几垳面に䞊べた「より優秀な指導者」のリストが、敎然ず眮かれおいる 。
 か぀おのはるかなら、この完璧な「正解」のリストを前に、それに埓えない自分を責め、息を詰たらせおいただろう。しかし、今のはるかは違った。
あなたは、あなたの郚屋で生きおいればいい。でも、私は、私たちが遞んだ堎所で生きる
 心の䞭に匕かれた境界線は、透明だが、決しお誰にも螏み越えられない匷さを持っおいた。はるかは小さく、けれど確かな決意を蟌めお息を吐き出すず、そのリストから静かに芖線を倖した。
 
 


【資料】Koru-Moru日蚘【地域゜フトボヌル倧䌚】

ある日、䞭孊の同玚生からの電話がかかっおきた。
「久しぶり」
「お前さ、孊生時代、野球郚のキャプテンだったじゃん」
「地区察抗の゜フトボヌル倧䌚に出お欲しいんだけど」
  懐かしい奎からの電話  
  そんなに仲のいい奎じゃなかったけど
  苗字が珍しい奎だったからよく芚えおいる。

「䜓育委員の田代さんが、メンバヌ集めおおさ」
「お前の話をしたら、是非チヌムに参加しおほしいっお頌たれたのよ」
「詊合圓日だけでもいいからさ。頌むよ」

 幌い息子にホヌムランを打぀姿を芋せおもいいな。なんお欲も出お

「いや、緎習にも参加させおもらうよ」
「田代さんずは顔も合わせた事もないし、俺はしばらく地域の人ず関わっおきおないしさ」
「地域の亀流も倧切でしょ」
なんお、私の緩みきった口元から善人ぶった蚀葉がこがれた。
 
どうせやるならちゃんずやりたい。  
䞭孊時代に䜿っおいたバットを物眮きから匕っ匵り出し、その日から倜な倜な玠振りを始めた。時間があるずきにはバッティングセンタヌに行き、速球に䜓を慣れさせおいた。

最初の緎習で目立ちたい。若者らしく掻躍したいなんお欲も出おいた。
「私はスむッチヒッタヌです。右でも巊でもばっちり打おたすし、さらに右でも巊でも投げられたすよ」
なんお、ちょっずした自慢もしたかった  。
そんな私の気持ちずは裏腹に
メンバヌの予定が合わないだずか
監督が二日酔いで起きられないだずか  なんだかんだず理由を぀け
地域の゜フトボヌルチヌムの緎習はなく  集合時間に集たったのは私䞀人なんお事も。

䞀人だけやる気になっお緎習しおいたこずが、ひどく滑皜で銬鹿らしく感じたけれど、倧䌚圓日に驚かせおやりたいっお気持ちが、毎晩の玠振りの原動力になっおおりたした。

地区倧䌚圓日
集合時間は午前8時
集合堎所は小孊校の運動堎
倩気は曇り

  私は7時には運動堎に行き、ストレッチで䜓をほぐし
  軜いランニングで準備䞇端
  初めお䌚う人ばかりだし
  ちゃんず挚拶しなきゃな。なんお軜く緊匵をしおおりたした。

しかし、集合時間になっおも誰䞀人集たっおこない
もしや、集合堎所を間違えた
なんお同玚生に電話をしたら  
「倩気予報では午埌から雚だから、䞭止になったよ」の䞀蚀。
    
     
なんかさ
䞀人だけ匵り切っおいた自分が恥ずかしくなりたした。
そだよね  
地区の゜フトボヌル倧䌚だもん。
お遊びだしな。
適圓に時間を぀ぶしお垰宅するず
お嫁が蚀いたした。
「打ち䞊げを公民通でやるっお。18時からだっお」
「䞃぀村さんは、来れないっお蚀っおたよ」
  緎習もなし
  圓日の詊合もなし
それでも、打ち䞊げだけはする。
しかも、私に参加を頌んだ奎は来ない。



粟密機械の歯車が、䞀本の綿毛に完敗したような沈黙を想像した。

重い足取りで、時間より少し遅れお公民通に向かいたした。
私はお酒を飲たないし、奜きではない。むしろ嫌いだった。
そしお、集たるメンバヌの顔を誰䞀人ずしお知らない。
䞀床も顔を合わせたこずがない。
気が乗らないのも圓然だろう。

公民通に぀くず倧きな声が聞こえおきたした。
皆さん、もう出来䞊がっおいるようでした。
声のする1階の郚屋の扉を開け
「遅れお申し蚳ありたせん。よろしくお願いしたす」
ず、誰もずくに聞いおもいない挚拶をしお空いおいる垭に座りたした。
私の隣では60過ぎくらいの男性が、猶ビヌルをグむグむ飲み干し倧声で皆さんず楜しげに話しおいたした。
私はお茶を飲みながら、向いに座る人ず、どうでもいい話をしおおりたした。

「今日は残念でしたね」

「結局、あの埌、雚は降らなかったから、゜フトボヌル倧䌚できたしたね」
私は蚀葉を発するこずで、沈黙ずいう空癜を埋めようずしたした。
軜く赀くなった向いのおじさんは
「いいよ、いいよ。なくおいいよ」
「地区の予算でお酒が飲めるしさ」
「詊合なんおなくおもいいよ」
「この埌、2次䌚が駅前の銬車銬であるよ」 

「  。」
マゞで匕き受けるんじゃなかったな  。
ただ若く䜓力も気力もあった私は嫌気がさしおおりたした。 
そんな時
「ああぁんお兄ちゃん、なんでお茶なんか飲んどる」
「お酒、お酒飲みなよ」
なんお隣のおじさんが私に詰め寄りたした。
  酒臭い  顔が近い。
「いや、僕は䞋戞なので、お酒は飲めないです」なんお断るず

「は」
「俺たちが若い頃は、お酒が飲めなくおも飲んで匷くなった」
「幎䞊からすすめられお断るなんお出来なかったぞ」
論理の欠けた説教が、止たない雚のように降り泚いだが
その䞀滎たりずも私の心に染み蟌むこずはなく、ただ足元に柱みずしお溜たっおいくばかりだった。

「だらしないなぁ。お酒も飲めないなんお」
「お前、女にモテないだろ」

和やかな宎の垭に投じられたその䞀蚀は、氎面に萜ずされた䞀滎の墚のように、私の心の色を瞬時に倉えた。
そしお、
「黙れ、ハゲ 俺に絡むな」なんお蚀い返した。

男は自らの沞き立぀脳を冷培に貫いた私の蚀葉に激高した。
「おめぇ若造監督の俺になんお蚀葉だお前はチヌムから出おいけ」
ず私の胞ぐらを぀かんだ。
瞬時に私は぀かんだ腕を乱暎に振り払い
「俺がい぀入れおくださいっお頌んだ」
「田代さんに入っおくれっお頌たれたから、入っおやったんだぞ」

なんお隒動に呚囲の連䞭が間に入り  
そしお、しばしの沈黙ののちに誰かが蚀いたした。 

「  田代さんは、東区チヌム。ここは、南区チヌム」
「  東は、2階で打ち䞊げしおいるよ」



透明な鳥かごの鍵の開け方 第十八章静かな反旗ず黄金の履歎

 歊史が曞斎で進めおいる「優秀な指導者探し」は、もはや嚘たちのための習い事ずいう枠を超え、圌自身の有胜さを蚌明するためのプロゞェクトぞず倉質しおいた。机に䞊べられた各スクヌルのパンフレットや実瞟衚。それを芋぀める圌の県差しは、将来有望な投資先を品定めする投資家そのものだった。
 この人は、嚘たちを自分のステヌタスを食るための『道具』ずしお芋おいるのではないか
 そんな疑念が、はるかの胞を重く締め付ける。今の教宀に残りたい。けれど、歊史ずいう匷倧な論理を突き厩す「蚀葉」を、はるかは持っおいなかった。

 「  暪山さん、盞談があるの」
 すがるような思いでかけた電話に、暪山は穏やかな声で「安心しお」ずだけ答えた。数日埌、はるかは指定された静かなカフェの暖簟のれんをくぐった。
 「遅くなっお、ごめんなさい  」
 少しだけ遅れお到着したはるかを、暪山ず、そしお氎泳教宀の川口コヌチが柔らかな笑顔で迎えた。五十代の川口は、い぀ものゞャヌゞ姿ではなく、萜ち着いたシャツを纏っお座っおいた。
 はるかは、歊史が移籍を考えおいるこず、そしおそのきっかけが先日の蚘録䌚であったこずを䞁寧に説明した。ただし、芪友である暪山の息子・悟が負けたこずが原因だずは、どうしおも口にできなかった。
 「嚘も私も、ここに残りたいんです。ここが、私たちの居堎所だから」
 はるかの切実な蚎えに、暪山ず川口は顔を芋合わせ、ニダリず力匷く笑った。
 「倧䞈倫よ、はるかさん。心配ないわ」
 川口も自分の胞をドンず叩く。圌らの自信がどこから来るのか、その時のはるかには知る由もなかった。

 数日埌の倕食時、沈黙を砎ったのは歊史だった。
 「  氎泳教宀だが、このたた今の堎所を続けるこずにした」
 はるかず嚘たちは、思わず顔を芋合わせた。歊史が䞀床口にした決定を翻すなど、結婚以来初めおのこずだったからだ。
 「いく぀かの教宀を実際に回り、培底的に調査した。その過皋で分かったんだが  」
 歊史は、い぀ものプレれンのような口調で続けた。
 「今の川口ずいうコヌチ、過去にオリンピックに出堎した経隓のある、極めお優秀なアスリヌトだったらしい。圌ほどの経歎を持぀指導者は、郜内を探しおもそうはいない。今の環境こそが、嚘たちにずっおの『最善』だず刀断した」
 「パパ、ありがずう」
 嚘たちの歓喜の声が響く。だが、はるかの心に広がったのは、喜びよりも深い嫌悪感だった。歊史にずっお、川口ずいう人間は「オリンピック遞手」ずいう蚘号、぀たり目に芋える「結果」でしか評䟡の察象にならなかったのだ。あの日々の䞭で、川口が嚘たちに泚いできた枩かな県差しや、氎の楜しさを教える情熱など、歊史の評䟡基準には䞀ミクロンも含たれおいない。
けれど、はるかは、自らの胞の内偎に、小さな、けれど確かな誇りの炎が灯るのを感じおいた。
 今回の結論は、歊史が勝手に導き出したものではない。倫の絶察的な䟡倀芳を倉えるこずはできなくおも、その『ルヌル』を逆手に取り、自分の意志で動いた結果が、歊史ずいう巚倧な壁を動かしたのだ。
 䞀぀切られたなら、二぀怍えればいい
 Koru-Moruの「おたじない」が、圌女の心の䞭で静かに息づいおいた。歊史に埓順なだけの劻ずしおではなく、自分の居堎所を守るために抗い、そしお勝ち取った初めおの勝利。
 はるかは、歊史の顔をたっすぐに芋぀め返した。その瞳には、もはや以前のような迷いはなかった。
 
 
 

透明な鳥かごの鍵の開け方 第十九章奏でられる日垞の朚目

 
倧切なクラむアントを倱ったずいう事実は、本来であれば広告代理店に勀める者にずっお臎呜的な痛手のはずだった。しかし、今のはるかの背筋は、か぀おないほど真っ盎ぐに䌞びおいた。歊史ずいう「正解」の独裁に察し、自らの意志で居堎所を守り抜いたずいう実感が、圌女の䞭に眠っおいた誇りを呌び芚たしおいた。
 「はるか、無理しすぎないでね。私にできるこずがあったら、䜕でも蚀っおね」
 「私も手䌝いたす 資料䜜成でも䜕でも振っおください」
 デスクで新芏開拓のリストを䜜成するはるかに、さちず垌が枩かな声をかける。二人の信頌ずはるか自身の情熱が混ざり合い、オフィスには確かな熱量が生たれおいた。
 たずえすぐに結果が出なくずも、泥臭く、誠実に仕事に向き合うこず。それは入瀟したばかりの、ただ䜕者でもなかった頃の瑞々しい高揚感に䌌おいた。
 「䞀぀切られたなら、二぀怍えればいい」
 あのおたじないを胞に、圌女は新しいクラむアントを探すための準備を淡々ず、しかし力匷く進めおいた。効率だけで枬れない時間の䟡倀を、はるかは今、党身で噛みしめおいた。
 深倜。リビングの゜ファに深く腰掛けたはるかは、吞い蟌たれるようにKoru-Moruの日蚘を開いた。
 今倜の圌女は、これたでずは少し違う県差しで画面を芋぀めおいた。ただの読者ずしおではなく、遠い街に䜏む「倧切な知人」の近況を知るような、穏やかで深い芪しみ。Koru-Moru、お嫁さん、長男の燈真、そしおその匟。日蚘を捲るたび、はるかの脳裏には圌らの笑い声や、隒がしい食卓の情景が色圩豊かな映像ずなっお映し出されおいた。
 今回の日蚘も、はるかの心を優しく解きほぐした。
 䞀぀目は、䞭幎男性の切実な悩みを描いた『Slendertone』。
 腹筋を鍛えるベルトを賌入し、「ながらトレヌニング」で若かりし頃の肉䜓を取り戻そうずするKoru-Moru。しかし、仕事や育児に远われる圌に「ながら」ができるほどの隙間時間は存圚しなかった。結局、䜓重もり゚ストも倉化なしず結ばれたその顛末に、はるかは声を殺しお笑った。歊史なら「無駄の極み」ず切り捚おるであろうその二十分間が、Koru-Moruにずっおはどれほど愛おしい「自分だけの時間」だったこずか。
 そしお二぀目、『祭り』ず題された日蚘。それは、新興䜏宅地に䜏むがゆえに歎史的な祭りを持たない孀独ず、幌い燈真ずの間に起きた、可笑しくも切ない物語だった。
 テレビで連日攟送される華やかな祭りの「のがり」に憧れ、「連れお行っお」ず䜕床もせがむ幌い息子。しかし、父芪である圌は、困惑しながらも「連れお行っおやれない」ず謝るしかなかった。

はるかはスマヌトフォンの画面を芋たたた、絶句し、やがお肩を震わせお吹き出した。
「  あれっお、ただキャンペヌンの䞀぀じゃないの」
ひずしきり笑った埌、ふず目尻に滲んだ涙を拭う。なんお滑皜で、けれどなんお愛おしい勘違いだろう。倧人の理屈で「それは、違う」ず切り捚おるのは簡単だ。
けれどKoru-Moruは、幌い息子の切実な思いを、ただそのたたの枩床で蚘憶し続けおいる。

 そこには、歊史がかりんに手枡した「代行の感想文」のような冷たさは埮塵もなかった。ただ、䞀生懞呜に生きおいる者同士がぶ぀かり合い、積み重なっおいく「朚目」のような歎史があった。
 はるかは画面を芋぀めたたた、ふず思った。
 私は今、自分の家族よりも、この画面の向こう偎の家族のこずを深く知っおいるのではないか。
 圌らの倱敗、勘違い、そしお䜕気ない䌚話の䞭に流れる枩もり。
 はるかはそっず目を閉じ、自分の「パレット」にたた新しい色が萜ちるのを感じた。 明日、たた「二぀怍える」ために。圌女はKoru-Moruから受け取った「笑い」ずいうお守りを胞に、深い眠りぞず萜ちおいった。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【Slendertone】

䞭幎になるず男の腹が出る。
若かりし頃の6぀に割れたお腹は蚘憶の淵に沈み぀぀あるが
それを思い出し、たたあの頃のようにずトレヌニングを開始したりする。
䞭幎の男は働き盛りであり、子䟛の成長ずずもに家庭でもその圹割は倧きくなる。
自分だけの時間を毎日ずる事は難しいのが珟実だ。
そんな人の為に、コレだ。
「Slendertone」は空いた時間に20分お腹に぀けるだけ。
䟋えば、テレビを芋おいる時間
䟋えば、本を読んでいる時間
䟋えば、スマホでゲヌムをしおいる時間
いわゆる「ながらトレヌニング」で腹筋を匷化できる内臓脂肪が消えるず、ネットには曞いおあった。
だけど
そもそも、仕事や育児に家事の手䌝いに奔走する䞭幎の男に、空いた時間なんお党く存圚しないこずをやり始めお気づいた。
結局
睡眠時間を20分削り、就寝前にSlendertoneの時間を䜜るこずにした。
そしお、新しく絞り出したその「20分間の暇な時間」に䜕かをする。
䟋えばテレビ
䟋えば読曞
䟋えばスマホゲヌム
なんだか、ベクトルの方向が逆な気もしないでもないが
ずにかくこれを1か月続けた。最新の䜓重蚈に革補のメゞャヌも甚意しお。


【結果】
䜓重倉化なし、ず蚀うか埮増
り゚ストサむズ倉化なし、ず蚀うか埮増
お腹の芋た目党く倉化なし
倉化なし ずにかく倉化なし
でもね
「継続は力なり」ずはよく蚀ったものです。
毎日続けるこずは、ずおも倧切だずわかりたした。
お前らも、毎日むンラむンスケヌトの緎習をしようぜ

この1か月で
最高埗点が2000䞇点を超えた。
Angry Birdsの腕前がすこぶるあがった。

[資料] Koru-Moru日蚘【祭り】

戊埌にこの地に入った時には
隣たでの距離は2キロあったず祖父から聞いた。
氎道もガスも電気も党おのラむフラむンはなかったずいう。
山を切り開き、道を通し、人々が暮らせる土地を開拓した生掻を
私は幌い頃から聞いお育った。

 最近、私が生たれおはじめお新しいご近所さんが出来た。
 それも䞀気に5軒も。
 無駄に広がる雑草地が、䜏宅地になったのです。
 50幎もの間倉化のなかった土地に新しい颚が入りたした。
そんなわけで
 私が暮らす地域には叀くからの歎史がなく
 ここは比范的新しい䜏宅地です。
歎史がないのでその土地に根付くお祭りなどの催し物はなく
幌い頃の私は
たくさんのお店が䞊ぶお祭りに、少なからず憧れがありたした。

最近になり、桶狭間叀戊堎でのお祭りが春に催されるようになりたしたけれど、祭り慣れしおいない為か、毎幎そこに行くこずも、子䟛達を連れおいくこずもなく、䜕幎も前に1床だけ連れお行ったきりだ。

春
毎幎、この時期に催される祭りがあり
それは倧々的にTVでも攟送されおいる。
「このお祭りに行きたい」
「ここに連れお行っお欲しい」
「だっおみんなも行っおいるもん」
ただ1幎生か2幎生の燈真に䜕床もお願いされた。
「そうか、行きたいのか」
「  でも、連れお行っおやれないわ」
「ごめんな」

燈真は困った子䟛だったが、嘘を぀くような子ではなかった。
同じクラスの奎らがふざけお燈真をからかっおいたのか
単に同じクラスの奎らが、嘘を぀いおいたのか
それずも、本気の銬鹿だったのか、もしくはその党おなのか
今曎になっおは、どうでもいい話だが
圓時の私は、燈真になんお説明しおいいのかわからなかった。

今幎も䟋倖なく
そのお祭りは催され
テレビでは連日その賑わいが映し出され
華やかな『のがり』が颚に揺れおいる。
  
今幎の春で高校1幎生になる燈真。
そろそろ䌝えおもいい頃だろう。もう理解できるはずだ。

【ダマザキ春のパン祭り】
この祭りには連れお行っおやれない。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十章冷たい異物ず自立の駆動音
 
 
新しいクラむアント開拓ずいう自らの仕事に没頭し始めたはるかは、以前よりも確かな足取りで日々を歩んでいた。しかし、ふずした瞬間に、歊史の冷培な正論や、䞊叞である岡本の厳しい叱責が、鋭い棘のように心をかすめるこずがある。
 そんな倜、はるかはKoru-Moruの日蚘『サむ』を読んだ。
 圌が二十代の頃、無理をしお手に入れたずいうアゞ゚・シャルミヌ補スむスの最高玚工䜜機械ROBOFIL240。
 その゚ラヌの埩旧方法を日本の支店に問い合わせた際、電話口に出た「サむ」ずいう男から济びせられた、あたりにも冷酷な蚀葉。
 『あなたは少し頭が悪いですか スむスのオペレヌタヌには、あなたのような人はいない』
 はるかは、画面の文字を远いながら息を呑んだ。
 それは、歊史がかりんの読曞感想文を「䞍毛な䜜業」ず切り捚おた時の、あの氷のような冷たさに酷䌌しおいた。盞手の感情など䞀切考慮せず、絶察的な「効率」ず「正しさ」の䞊から芋䞋ろす芖線。
 Koru-Moruは、そのサむの蚀葉に激しい怒りを芚え、以来二十幎間、どんなに疲れおいおも、自らの手でその耇雑な機械のメンテナンスを続けおきたずいう。

日蚘の最埌に綎られおいた
『このさき、おたえを成長させおくれるのは、垞にお前に賛同し、味方になっおくれる人だけじゃない』
『燈真、卒業おめでずう』
ずいう蚀葉を目にした瞬間、はるかはハッず息を呑んだ。
 
 ただの仕事の愚痎だず思っおいた長々ずした文章が、これから厳しい瀟䌚ぞ巣立぀息子ぞ莈る、䞍噚甚で熱い「はなむけの蚀葉」だったのだず気づいたのだ。理䞍尜な怒りを自らの糧ずし、二十幎もの間、泥臭く機械ず向き合い続けたKoru-Moruの愛情の深さに、はるかは匷く胞を打たれた。
ふず、倫の顔が脳裏を過る。歊史なら、嚘が「サむ」のような理䞍尜な人間に傷぀けられないよう、先回りしお安党で効率的な無菌宀を甚意するだろう。これたでは、それが完璧で正しい愛情の圢なのだず思い蟌たされおいた。けれど、理䞍尜な摩擊すらも逞しく生きるための糧ずするKoru-Moruの愛情に觊れた今ならわかる。賛同や優しさだけが人を育おるわけではないのだ。

 はるかは、スマヌトフォンの画面をそっず胞に圓おた。
 歊史が私に䞎えおきた数々の「正解」ずいう名の冷たい刃。私はそれに傷぀き、怯え、ただ自分を無力だず思い蟌んできた。けれど、あの氎泳教宀での密かな反旗も、今の仕事ぞの情熱も、すべおは歊史のその「冷たさ」ぞの抵抗から生たれおいるのではないか。

 歊史さん。あなたのその冷たさが、今の私を動かす䞀番の原動力になっおいるのよ

 賛同や優しさだけが人を育おるわけではない。サむずいう冷たい異物がKoru-Moruを䞀流の技術者に育お䞊げたように、歊史ずいう匷倧な壁が、はるかの䞭に眠っおいた「自立」の駆動音を鳎らし始めおいる。
 はるかは暗いリビングで、自分の䞭に確かな血が巡るのを感じながら、静かに埮笑んだ。
 
 


【資料】Koru-Moru日蚘【サむ】

40歳を䜕幎か越え、振り返っおみるず、
自分の成長のきっかけになっおくれた人達は、必ずしも垞に自分を認めおくれお、自分の味方になっおくれた人ばかりではない事に気づく。 

 20代前半、私はスむス補の工䜜機械に憧れおいた。
い぀かはクラりンなんおコピヌも流行った頃だ。
い぀かはアゞ゚・シャルミヌ。
私にずっお、シャルミヌの工䜜機械はクラりンだった。

 同等の性胜を持぀日本補の工䜜機械に比べ
高すぎるシャルミヌ補品は手の届かないモノだず
その頃の私は諊め、憧れだけを持ち、それは遠くから眺めるだけの存圚にすぎなかった。日本車ず同じく、日本補の工䜜機械は今も昔も安䟡で、性胜が優秀であり、機械の寿呜も長い。

 そしお、アフタヌサヌビスも海倖の远埓をゆるさない。
 日本補の工䜜機械はずおも優秀である。
 そんなわけもあり
 我が瀟の工䜜機械のほずんど党おが日本補である。
   ただ䞀台の工䜜機械を陀いお。

 20幎前、私に高額の融資をしおくれる方が珟れた。
遠くから眺めるだけの存圚が少し無理をすれば、手の届くモノになった。
迷いはなかった。
ずっず憧れおいた機械を操䜜しおいるだけで、時の経぀のも忘れるくらい楜しかった。知らない事ばかりだったが、その知らない事を知っおいく。

 䞀぀䞀぀の穎を埋めおいくような䜜業に私は倧きな満足感を埗おいた。
 それでも、1人で孊ぶには限界があった。
 専門的な分野なので説明曞の翻蚳も進たない事も倚かった。
 そんな時のために、シャルミヌ瀟も日本に支店を眮いおいた。

そこに電話しおみた。
「゚ラヌ番号00152です」
「埩旧のやり方がわかりたせん」
「教えおください」
なんお問い合わせるず

電話の向こう偎から
「あなたはオペレヌタヌ操䜜できる人ですよね」
「なぜ、そんなこずもわからないのですか」
「説明曞を読みたしたか」
たどたどしい日本語で回答が返っおきた。
続けお 
「あなたは少し頭が悪いですか」
「スむスのオペレヌタヌには、あなたのような人はいない」

ずっず憧れおいたシャルミヌの瀟員からの蚀葉に、私はそれが匷かっただけに、無性に腹が立った。

その男の名前は「サむ」
サむの蚀う事は、あながち間違いではなかった。
営業所が日本のように各地にない欧州では、機械のメンテナンスはナヌザヌが行う事が䞀般的だ。
日本のサヌビスは䞍必芁に良すぎるのだ。
それは、䞖界共通ではない。

サむに眵られおから20幎が過ぎた。
20幎経った今でもシャルミヌの工䜜機械は
20幎前ず同じように皌働しおいる。

1週間に䞀回のメンテナンス。
䞀カ月に䞀回のメンテナンス。
半幎に䞀回のメンテナンス。

機械に䜿われるベアリングやタむミングベルトの亀換やその調敎。
機械の故障修理。
 
あれから私は倚くの知識を埗るこずができ、シャルミヌのサポヌトスタッフ䞊みになんでも出来るたでになった。
どんなに疲れおいおも
むンラむンスケヌトの緎習の埌でも
どんなに遅い時間になっおも
故障したら必ず自分で盎す。
そんな気持ちを20幎以䞊珟圚も持ち続けられるのは、サむの心無い蚀葉ぞの抵抗だろう。
 
今回の修理完了 珟圚時刻は午前250
今でも修理のたびに、私に融資をしおくれたあの人ず、サむを思い出す。

サむ  今でも、君のこず  激しく倧嫌いだ。

このさき、おたえを成長させおくれるのは、
垞にお前に賛同し、味方になっおくれる人だけじゃない。

燈真、卒業おめでずう。


透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十䞀章薄氷の均衡
 
 
はるかにずっお、深倜のKoru-Moru日蚘は、もはや単なる心の救枈を超えた「物語」ぞず倉質しおいた。
 画面の向こう偎に広がるKoru-Moru䞀家の日垞。䞍噚甚な父芪、どこか愛嬌のある息子たち、そしお「お嫁」ず呌ばれる䞀人の女性。はるかの脳裏で再生される圌らの姿は、矎しい光を湛えた映画のワンシヌンのように瑞々しく、圌女は䞭毒者のようにその「続き」を欲するようになっおいた。
 そんなある倜、圌女は䞀篇の日蚘を読み、凍り぀くような衝撃を受ける。
 タむトルは、『結婚蚘念日』。
 そこには、か぀おある孊者が行った残酷な実隓の話が綎られおいた。南掋の小さな島々の生き物を殺虫剀で党滅させ、その数幎埌、再び島に息づく生呜を芳察するずいう詊み。孊者が埗た結論は、䞀床死滅した生き物が同じ堎所に再び珟れるこずはなく、党く別の生き物による新しい生態系が䜜られるずいうこずだった。

 「䞀床壊れおしたったモノは、同じ堎所で同じ環境であったずしおも、再び、同じモノを䜜り䞊げられない。そんな事は倚くの虫を殺さなくおも知っおいる」

 日蚘の最埌の䞀文が、はるかの内偎に冷たく、深く染み枡っおいく。今日は、圌自身の十数回目の結婚蚘念日だずいう。この静かな筆臎の裏に、どれほどの諊念ず、新しく築き䞊げられた「別の䜕か」ぞの愛着があるのだろうか。
 翌日の日曜日。嚘たちを連れお氎泳教宀ぞ向かう道すがら、はるかは蚀いようのない䞍安に襲われおいた。
 先日、歊史に逆らっお今の教宀残留を勝ち取った、あの勝利。けれど、もし暪山に盞談しお「倖堀」を埋めたこずが歊史に露呈したら、どうなるだろう。完璧䞻矩の圌が、自分の管理倖で劻が動いたこずを知れば、この「平穏」ずいう名の生態系は䞀瞬で砎壊されるのではないか。
 䞀床壊れたら、二床ず同じものは䜜り䞊げられない。
 はるかは、自分が今の「䜕䞍自由ない生掻」を、䜕よりも手攟したくないこずに気づき、戊慄した。
 地䞊十階の眺望、嚘たちが通う高額な孊習塟、そしお将来の教育費。歊史ずいう経枈的な倧黒柱を倱えば、この生掻は䞀瞬で瓊解する。自分䞀人では、嚘たちをこの「遞ばれた局」に留めおおくこずは䞍可胜なのだ。
 湿った熱気がこもるプヌルサむドで、はるかは暪山にその胞䞭を吐露した。解決策を求めおいるわけではない。ただ、誰かにこの「薄氷」の冷たさを分かっおほしかった。
 はるかの話を聞き終えるず、暪山はい぀もの穏やかな埮笑を、少しだけ寂しげに歪めた。
 「はるかさん。それは、うちも同じよ」
 暪山は、コヌスを力匷く泳ぐ息子、悟の背䞭を芋぀めた。
 「悟の月謝だっお、これからの私立の孊費だっお、女手䞀぀じゃどうにもならない。もし離婚なんおこずになれば、子䟛は『教育栌差』ずいう戊堎での敗北者になっおしたうかもしれない  。私たち、みんな薄氷の䞊を歩いおいるのよ」
 プヌルの氎面で反射した光が、暪山の顔を䞍芏則に照らす。
 「倫婊なんお、元々は他人だもの。我慢できるこずは、我慢しなきゃいけない。でもね  」
 暪山は、はるかの目を真っ盎ぐに芋お笑った。
 「䜕か䞀぀でもいいこずがあれば、䜕ずか我慢できるじゃない 今日は、嚘さんたちが楜しそうに泳いでいる。それだけで、十分じゃない」
 はるかは、しずくが氎飛沫を䞊げお笑う姿を芋぀めた。
 自分の誇りず、子䟛の未来。
 その倩秀の䞊で、圌女はたた、自らの声を飲み蟌んだ。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【結婚蚘念日】

その昔、頭のむカれた孊者が行った実隓がある。
南掋に浮かぶ盎埄数メヌトルほどの小さなマングロヌブの島々。
それぞれの島の生物を採取し、
島ごずにどんな生き物がどれくらい生息しおいるのか、
どんな生態系を圢成しおいるのか、
现かく蚘録した。

 その埌、その小さな島々をナむロンで芆ったその孊者は、
密封されたその空間に殺虫剀を振り撒いお、すべおの生き物を抹殺した。
無数の生物を惚殺しおたでしお、知りたかった圌の探求すべきものは䜕だろうか

 数幎の埌
圌は再び南掋の小島で生物の皮類ず生息数、それらの生態系を蚘録した。
その結果 わかったこず。
すべおの小島には様々な生き物を確認できたが、
䞀床死滅させた生き物の姿はそこにはなかった。
䟋倖なく 、それらの島には新しい別の生き物が、息づき 、新しい生態系を䜜っおいた。

䞀床壊れおしたったモノは、同じ堎所で同じ環境であったずしおも、再び、同じモノを䜜り䞊げられない。

そんな事は倚くの虫を殺さなくおも知っおいる。


今日は、十䜕回目かの結婚蚘念日



透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十二章分解ず圩り

 二月の倜は、鋭利な刃物の冷たさを孕んでいる。 癜金の高局マンション、そのリビングから芋䞋ろす倜景は、たるで凍結した宝石箱のように無機質な光を攟っおいた。
 はるかは、バルコニヌのガラス戞に映る自分の姿を眺め、その矮小さに喉の奥が震えるのを感じおいた。
 背埌にはか぀お愛したはずの歊史の埌ろ姿がある。しかし、そこには、か぀お感じたようなずきめきも、頌もしさも、もはや䞀欠片も残っおいない。ただ、この最沢な生掻を支えるための「経枈力」ずいう冷培な蚘号だけが、巚倧な圱ずなっおそこに立っおいる。
 歊史が甚意した、匷固で枅朔な「安党地垯」。
 そこから出る芚悟もないくせに、氎泳教宀の䞀件で埗たささやかな勝利を「自分の成長」だず勘違いしおいたこずが、恥ずかしくおたたらなかった。
自分には、珟状を芆すほど倧きな力などないのだ。暪山が蚀った「䜕か䞀぀でもいいこずがあれば我慢できる」ずいう蚀葉が、呪文のように脳内で繰り返される。
 嚘たちの教育。安定した䜏たい。それらを守るずいう「自己防衛の盟」を構えながら、実際は自分の匱さを正圓化しおいるだけではないのか。はるかは、自分もたた、家族を「効率」や「ステヌタス」ずしお扱う歊史ず同じ堎所に立っおいるのではないかずいう、自己嫌悪に近い感情に苛たれた。
 Koru-Moruさんの家も、きっず同じ悩みを抱えおいるのだわ
 そう思い蟌むこずで、はるかは自分の孀独をかろうじお繋ぎ止めおいた。
 あの日、クロヌれットで芋぀けおしたったあの秘密の携垯電話。その存圚も、「柎厎」ずいう固有名詞も、すべお蚘憶の淵ぞず深く沈める芚悟をした。知らなければ、この安党地垯は守られる。この嘘に塗れた生態系は、かろうじお維持されるのだから。
けれど、䞍安に駆られお開いたKoru-Moruの新しい日蚘には、はるかの予想に反しお、息を呑むほどに矎しい「光」が綎られおいた。
 
 タむトルは、『玅葉』。
 そこには、科孊的な冷培さず、父芪ずしおの深い慈しみが同居する情景が描かれおいた。
 「どうしお、あの楓かえでは赀くないの」ずいう子䟛の玔粋な問い。それに察し、Koru-Moruは湯船の䞭で息子たちの手を握りながら、静かに自然の仕組みを説く。気枩が䞋がり、暹朚が葉ぞの逊分を遮断するこず。葉に残った逊分が玫倖線によっお分解され、アントシアニンずいう玅色に倉わるこず。
「赀くなる暹朚は、寒くなるずすぐに葉を離そうずするんだ」その蚀葉が、はるかの胞を鋭く突いた。
 日蚘は続いお、秋晎れの河川敷での出来事ぞず移る。
 むンラむンスケヌトのレヌスで、自らのミスで転倒しおしたった息子。敗北に打ちひしがれる埌ろ姿を芋぀めながら、Koru-Moruはあえお手を貞さない。負けを誰かのせいにせず、自らの悔しさずしお受け止めおいる息子の成長を、圌は「嬉しかった」ず静かに芋守る。
 か぀おの日蚘に登堎した、割り算も怪しかった『a+b=353』の少幎。 あの日の小銭の蚈算が、ここでは芋事な成長の比喩ぞずすり替わっおいる。 母芪bの足のサむズを远い抜いた息子が、父芪aず同じ倧きさに成長したから、男が二人䞊ぶ『2a』になったのだろうか。
 ひず぀の手が、父芪の掌から離れおいこうずするのを、圌は寂寥せきりょうずずもに祝犏しおいた。
 僕らが照らしおきた光で、君らの䞭にある䜕かを分解できたのならば、じきに、緑の葉も君も綺麗な玅色に染たる。
 はるかは画面を芋぀めたたた、止たっおいた呌吞を深く吐き出した。
 窓の倖では、二月の闇がさらに深たっおいる。
 分解。それは、叀い自分や未熟な感情が壊され、新しい圩りぞず倉わっおいくための、必芁なプロセスなのだ。けれど、ならばなぜ、圌はあの『結婚蚘念日』の日蚘で、「䞀床壊れおしたったモノは、二床ず同じモノを䜜り䞊げられない」ずいう、絶望にも䌌た蚀葉を綎ったのだろうか。
 光を圓おお「分解」し、鮮やかに色づかせるこずず、殺虫剀を撒いお「死滅」させるこず。
 今の自分ず歊史の家庭は、䞀䜓どちらの道を歩んでいるのだろう。
 はるかは、スマヌトフォンをそっず眮いた。指先には、画面越しに觊れた湯船の枩もりが、冬の倜の冷たさの䞭で、い぀たでも消えずに残っおいた。


[資料] Koru-Moru日蚘【玅葉】

 é»„色の楓を眺めた子
「ねぇ、どうしおあの楓は赀じゃないの」

 気枩が䞋がるず暹朚ず葉ずの間で逊分の授受する道が遮断されるんだ。
葉に残った逊分は玫倖線により分解され、アントシアニンっお物質になる んだ。その色が玅だ。
玫倖線がなきゃ分解も起こらない。
綺麗な玅になるには日光も重芁なファクタヌの䞀぀で 日陰の楓が黄色なのはその為さ。
湯船に浞かりながら玅葉の仕組みを話した。

「じゃあさぁ、クヌギの葉はどうしお赀くならないの」
「倪陜があたる堎所に生えおいるよ」

疑問を持぀こず
その疑問を解消したいず思う探究心が、人を少しず぀成長させるず教わっおきた。

クヌギは、暹朚ず葉を繋ぐ道を塞がないから。
葉でできた逊分は、萜葉するたで暹朚が吞収し
玫倖線による糖の分解が起きないのさ。
黄色いたた萜葉する暹朚は、葉が萜葉するたで手を離さない。
玅くなる暹朚は寒くなるず、すぐに葉を離そうずするわけだ。
私は湯船の䞭で息子達の手をギュっず぀かんだ。


裏庭のクヌギの葉が、やわらかい淡い緑から濃い緑ぞ
そしお、鮮やかな黄色に倉色し、やがお真冬の鋭利な青空に映えるセピア色に倉わる。私たちは、その物語を終える姿を䜕回も眺めお過ごした。


秋晎れの長良川河川敷
子䟛達に声揎を送る人の矀れに混じった。
むンラむンスケヌトのレヌス埌
己の緎習䞍足で転倒しおしたった事を悔やんで気を萜ずしおいる息子の埌ろ姿を眺めおいた。
これはあい぀にずっおいい経隓ずなっただろうし、負けを自分以倖の䜕かの責任にしなかったこず。
私にはそれが嬉しかった。
あい぀も倧きくなったず振り返った。

い぀のたにか颚呂も䞀緒に入るこずもなくなったし、
身長もずいぶんず䌞びお、足の倧きさはお嫁を超えた。
い぀かの【a+b=353】は【2a=353】になっおいた。

今朝は冷たい雚。
䞀雚ごずに秋は深たっおいくけれど、
裏庭のクヌギの葉にはただ緑が匷く残っおいる。

二぀の小さな手を䞡の手でギュッず握り
立掟に育おようず誓ったあの日から随分ず経った。

ひず぀の手が、私の手のひらから離れおいこうずするのを感じる。

僕らが照らしおきた光で
君らの䞭にある䜕かを分解出来たのならば
じきに、緑の葉も君も綺麗な玅色に染たる。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十䞉章安党地垯の芳枬者

 深倜の静寂の䞭、はるかは化粧ポヌチから取り出したスマヌトフォンの攟぀青癜い光を芋぀めおいた。画面の右䞊では、バッテリヌ残量が残りわずかであるこずを瀺す赀いアむコンが点灯しおいる。明日、職堎の自垭で充電するたで、この端末に残された時間は少ない。
 頭の䞭から離れないのは、Koru-Moruが以前綎った「想い出をカンナで薄く削り、その朚目を文字にする」ずいう蚀葉だ。あの日、結婚蚘念日ずいう特別な倜に、圌は䞀䜓どんな想いを削り出したのだろうか。
 出䌚いを求めおいるわけでもないのに、なぜこれほど無造䜜に自らの魂の欠片を公開しおいるのか。日蚘を投皿しおいながらコメント欄さえ開けおいない。プロフィヌルの「むむネネタずコメ米が倧切だ」ずいう蚀葉ずは裏腹なその頑なな沈黙が、かえっおはるかの奜奇心を匷く刺激しおいた。
   聞いおみたい。この人の本圓の声を聞いおみたい
 はるかは、画面の明床を極限たで萜ずし、バッテリヌの消費を抑えながら、震える指先でメヌルの䜜成画面を開いた。
 「結婚蚘念日に、なにがあったのですか 」
 短く、あたりに無遠慮な問い。送信ボタンの䞊に眮いた指が、埮かに震える。䞀分、二分  。時間は音もなく過ぎ、はるかはそのたた石のように固たっおいた。
 結局、圌女はそのボタンを抌すこずができなかった。
 珟実のはるかも、ネット䞊の櫻子も、結局は自分たちの「高い安党地垯」から倖の景色を眺めおいるだけの傍芳者に過ぎないのだ。䞍倫の疑念にも、芋知らぬ誰かの心にも、真実ぞ螏み出す勇気など持ち合わせおいない。はるかは、自分自身の臆病さず空虚さに、深い溜息を぀いた。
 沈んだ気持ちで再び画面を芋぀めるず、Koru-Moruの新しい日蚘が曎新されおいた。
 
 
透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十四章埮力ず無力の茪郭

 そこには、か぀おの郚掻動の埌茩が遞挙に圓遞し、わざわざ挚拶に来た時の出来事が綎られおいた。真面目で努力家であり、子育おを珟圚進行圢で行っおいるずいうその埌茩は、深々ず頭を䞋げおKoru-Moruに熱い感謝を䌝えおいた。
 「先茩のおかげで圓遞できたした」
 そう語る埌茩に、Koru-Moruは「俺の力じゃない」「俺は埮力どころか無力だ」ず繰り返し䌝える。自分の働きかけなど埮々たるものであり、すべおは埌茩自身の努力の結果なのだず、䜕床も、䜕床も。
 はるかはそのやり取りを読み、䞍思議な解攟感を芚えおいた。誰かに深く感謝され、期埅を背負い、それに応えようず「正しさ」を貫こうずする埌茩政治家。䞀方で、その賞賛をどこたでも遠ざけ、自分を「無力」な䜍眮に留めようずするKoru-Moru。
 はるかは、出䌚い系サむトずいう淀んだ堎所に挂いながらも、自分が今、䜕の䞍安も緊匵もない堎所にいるこずの「居心地のよさ」を自芚しおいた。
歊史に埓順な劻を挔じながら、心の䞭では圌を冷たく突き攟しおいる自分。Koru-Moruの日蚘に心酔しながらも、䞀通のメヌルさえ送れない自分。
けれど、この「無力な芳枬者」でいるこずこそが、今の圌女を傷぀かない堎所ぞず繋ぎ止めおいる唯䞀の盟なのだ。
 はるかは、未送信のたたのメヌルを静かに消去した。
 安党地垯から䞀歩も出ず、誰にも本圓の気持ちを明かさない。
 Koru-Moruの日蚘の䞭にある、䞖間的な評䟡ず本人の自芚ずの間にある深い溝。その「知られちゃいけない」静かな䜙癜に、自らの「蚀えない」真実をそっず重ね合わせるようにしお、圌女は静かに画面を閉じた。闇の䞭で、スマヌトフォンの明かりが消えた埌の残像だけが、はるかの網膜にい぀たでも焌き付いおいた。

 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【遞挙】

埌茩が圓遞したのは数幎前の話
同じ郚掻の2歳幎䞋の圌は、昔から真面目で努力家だった。
地域のむベントや小孊校や保育園などの
運動䌚にも積極的に参加しおいる。子育おを珟圚進行圢で行っおいる父芪
かけ離れた金銭感芚を持った政治家でもなく
SNSを䜿いその政治掻動を広く発信しおいる。

圌は然るべくしお圓遞したのであろう。
遞挙䞭、䌚瀟に寄り、䞁寧ではっきりず圌は政治に぀いおの熱意を語った。
遞挙前だけの薄っぺらなあいさ぀をする男じゃないず思ったのは、圓遞しおから数日埌の事だ。


「先茩、ご支揎ありがずうございたす」
「先茩のおかげで圓遞出来たした」

なんおわざわざ挚拶にきた圌に
「いやいや、俺なんかの力じゃなく君ず君の仲間達の力だよ」ずかえした

「そんな、ずんでもないです」
「先茩が、お付き合いある方々にお声をかけおくださったから」
ず、たた深々ず頭を䞋げた圌

「いや、そんな身内だけだし、俺の力じゃないよ」
本気でそう思っお話した。

「いえいえ、そういった気持ちず行為をありがたいず感じたしたし」
「話を聞いお頂き、本圓に感謝しおおりたす」

「いや、だから、そんな俺は  」

「本圓にありがずうございたした」
「初志貫培で、枅く正しい政治を行いたす」ず、䜕床も䜕床も䞁寧に頭を䞋げる圌に

「本圓に、俺は埮力じゃなく無力だから」
「君ず仲間達の力だよ」ず再び䌝えお、圌ずの話を終えた。
謙遜じゃなく、本圓にそう思うもん
そうだよ  うん、間違いない


「だっお、俺、  君に入れおないもん」
なんお知られちゃいけない

今日は参議院遞挙の投祚日です。


透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十五章資産ぞの投資
 五月の陜光は、すでに倏の予感を孕んでいる。 窓の倖には、雚䞊がりの最いを湛えた瑞々しい新緑が広がり、颚が吹くたびに若葉の匂いが癜金の街を通り抜けおいく。

 しかし、屋内プヌルの蒞せ返るような空気の䞭では、季節の移ろいも塩玠の匂いにかき消されおいた。その湿った熱気の䞭で、かりんの刻むラップタむムだけが、たるで五月の若竹が䌞びるような鋭さで躍動しおいる 。 ストップりォッチのデゞタル衚瀺が止たるたび、圌女の蚘録は自己ベストを曎新しおいく。

 「かりんちゃん、本圓に才胜があるよ。君の泳ぎには、氎ず喧嘩しないしなやかさがある」歩み寄った川口コヌチが、眩しそうに目を现めお蚀った。その蚀葉に、かりんの頬が林檎のように赀く染たる。その誇らしげな様子を芋おいたしずくが、匟むようにコヌチの元ぞ駆け寄った。

 「コヌチ 私も、私も頑匵る」川口コヌチは声を立おお笑い、小さなしずくの頭を優しく撫でた。
 「ああ、しずくちゃんも頑匵れ。楜しみだね」

 その日の倕食。五月の倕暮れは長く、食卓にはただ柔らかな残光が差し蟌んでいた。しずくが匟んだ声で報告した「お姉ちゃんがオリンピックの人に才胜があるっお蚀われた」ずいうニュヌスは、歊史の食指を動かすには十分すぎる響きを持っおいた。

 「あの川口コヌチが蚀ったのか」 歊史ははるかに詳现を問い質した。
圌が興味を持ったのは、嚘の瞳に宿った喜びではない。その蚀葉を発した「川口コヌチ」ずいうブランドがもたらす、客芳的䟡倀だった。

 次の緎習日、歊史は珍しく早めに仕事を切り䞊げ、プヌルサむドに珟れた。初倏の眩い日差しを背負っお珟れた圌は、到着するなり迷わず川口コヌチのもずぞ歩み寄る。
 「川口コヌチ、うちの嚘の件ですが  」歊史が求めたのは、父芪ずしおの激励ではなく、専門家による「資産䟡倀」の正確な鑑定だった。
かりんの才胜はどれほどのものか。将来、どのような「結果」ずいう利回りを生むのか。
 「このたた続ければ、䞭孊生になる頃には党囜倧䌚に出堎できるレベルになるでしょう」
 川口コヌチのその蚀葉は、歊史の䞭で「投資実行」の決定的な゚ビデンスずなった。

 垰り道、車窓を流れる街路暹の緑は、西日に照らされお燃えるように茝いおいる。歊史はあらかじめリサヌチしおいたスポヌツショップぞず家族を連れお行った。そこで圌が迷わず遞んだのは、最新の技術が投入された、子䟛向けずは思えないほど高䟡な競泳氎着だった。

 「これを着お、さらにタむムを瞮めなさい。最高の道具は、最高の結果を匕き出すための最䜎条件だ」

 新品の氎着を倧事そうに抱え、パパに芋守られたこずを玔粋に喜ぶかりんの姿。
 はるかは、その光景に䞀瞬だけ「父芪らしい姿」の幻圱を芋た気がした。
けれど、はるかは痛いほど分かっおいた。歊史が投資したのは、毎日氎を飲みながら懞呜に腕を振る嚘の「頑匵り」そのものではない。元オリンピック遞手ずいう暩嚁によっお「党囜倧䌚」ずいうラベルを貌られた「有望な資産」ぞの資本投䞋なのだ。

 それは、Koru-Moruがか぀お綎った、勝おない息子を芋守りながら「続けおいるだけで自慢だ」ず語る、あの泥臭く無償の肯定ずは、あたりにも遠い堎所にある行為だった。
 はるかは、最新鋭の競泳氎着の冷たい化孊繊維の感觊を指先に感じながら、自分の心だけが、この茝かしい五月の始たりに取り残され、冬のように冷えおいくのを感じおいた。
 
 
 
透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十六章レンズに映る、芋えない蜍わだち
 オフィスの窓硝子の向こう偎で、街路暹の濃い緑が六月の長雚に濡れお重そうに銖を垂れおいた。デスクでキヌボヌドを叩くはるかの手元には、梅雚特有の湿気を垯びた空気の局が停滞しおいる。
 「はるかさん。かりんちゃん、すごく速くなったんですっおね 」 䞍意に背埌から声をかけおきたのは、埌茩の垌だった 。同じチヌムのさちから耳にしたらしい。垌ははるかの隣に䞊び、自分のこずのように目を茝かせた。
「はるかさんが仕事の合間を瞫っお支えおきたからですよ。本圓にお疲れ様です。」その真っ盎ぐなねぎらいの蚀葉に、はるかは「そんなこずないわよ」ず照れ笑いを浮かべた。
 しかし、胞の奥には静かな波王が広がっおいた。歊史が向ける「有胜な投資先」ぞの評䟡ではなく、自分の「歩んできた過皋」を認められたこず。それが、今の圌女には䜕よりの救いだった。
 だが、垰宅ラッシュの混濁した電車に揺られ、雚の滎が斜めに走る倜の車窓を眺めおいるず、その高揚感はたた別の、少し苊い沈殿物ぞず倉わっおいった。はるかの頭を占めおいたのは、数日前に目にしたKoru-Moruの日蚘――『オヌクリヌ』の䞀篇だった。

 Koru-Moruはその日蚘の䞭で、二十幎以䞊䜿い叀し、コヌティングが剥がれかけた海釣り甚の偏光グラスに぀いお觊れおいた。圌が䞀人の男ずしお重ねおきた歳月を象城するようなその叀いグラスから䞀転、むンラむンスケヌトに打ち蟌む息子が欲しがったこずをきっかけに、圌は自分ず息子のために真新しいスポヌツグラスを二぀賌入したずいう。県粟疲劎の少ないその新しいレンズを朝からずっず掛け続け、圌は長良川の河川敷で行われた倧䌚を芋守っおいた。
 日蚘に描かれおいたのは、小孊校䞀幎生から六幎間、䞀床も欠かさず出堎し続けた少幎の姿だった。圌は倧勢の芳衆の前で、自身の六幎間を振り返る
 「遞手宣誓」を行った。
 「この六幎間、僕はい぀も誰かの背䞭を远っおいたした。悔しかった」
 そう語る少幎の蚀葉は、金華山から吹き䞋ろす匷い颚に乗っお、父芪の耳ぞず届けられた。負け続けおも励たし、ここたで続けさせおくれた䞡芪ぞの、食らない感謝の蚀葉ず共に。
 はるかは、雚粒に乱反射する自分の顔を車窓に芋぀めながら、かりんが手にした最新鋭の競泳氎着の、あの無機質な感觊を思い出しおいた。歊史が「元オリンピック遞手の鑑定」ずいう確かな゚ビデンスに基づいお買い䞎えた、最新の科孊による歊装。それは確かに、かりんに䞀時的な優越感ず、最短距離での「結果」をもたらすだろう。けれど、その氎着は、あの遞手宣誓のような「魂の蚀葉」を、かりんに抱かせるものだろうか。
 はるかは、あの倏䌑みの「読曞感想文」を思い出しおいた。歊史が効率的に、完璧に代行させた停物の成果。それに比べお、Koru-Moruの息子は、六幎間誰かの背䞭を远い続け、泥臭く、䞍噚甚に、けれど自分の足でその堎所に立っおいた。
 歊史さんの買い䞎えた氎着を、玠盎に喜べない私がいる   
 最高の結果を匕き出すための「゚ビデンス」ずしお最新の道具を買い䞎える歊史 ず、息子ずお揃いで買った真新しいレンズ越しに、颚の䞭で息子の成長を受け止めるKoru-Moru。どちらが幞せなのか、その問いに答えを出せないたた、はるかはただ、深い溜息を窓硝子に吹きかけた。癜い曇りが、圌女の芖界を䞀時的に遮る。
 日蚘の最埌、圌が朝からずっずそのサングラスをかけ続けおいた理由。その真意を、はるかはあえお蚀葉にしようずはしなかった。ただ、お揃いのレンズの奥に隠された「父ずしおの涙」ずいう名の䜙癜に、自らの「蚀えない」想いをそっず重ね合わせるようにしお、圌女は静かに目を閉じた。



[資料] Koru-Moru日蚘【オヌクリヌ】

 Oakleyのスポヌツグラス
ちょっず高いけど、コレは良い。
海釣りにおいお
海䞭のストラクチャヌを芋るのに偏光グラスは必須である。
もう20幎以䞊䜿い続けおいお、コヌティングも剥がれかけおきた。
むンラむンスケヌトをする息子も欲しがっおいたので、2぀賌入しおみた。

さっそく、かけおみた。
うむ、いいわ。
これは目が疲れないし
掛けおいる時の方がむしろ県粟疲劎も少ない気がする。
自分の目の前や
隣の様子はわかりづらくなるけれど、ずおもいいサングラスだ。
そんなわけで今朝からずっず掛けっぱなしだった。
 
【岐阜長良川カップむンラむンスケヌト】
遞手宣誓 
小孊校1幎生から6幎間連続出堎の燈真さんです。
宣誓
この6幎間の倧䌚で、僕はい぀も誰かの背䞭を远っおいたした。
悔しかった。
負けおいた僕をそばでずっず励たしお
ここたでむンラむンスケヌトを続けさせおくれた
父さん、母さん、ありがずう。
ここたで続けおこられたのは、党囜の仲間やチヌムメむトのおかげでもありたす。
ありがずう。
次は、僕の背䞭を芋た誰かの、目暙になれるような
党力のすべりで挑む事を誓いたす。


金華山から駆け䞋り、長良川を枡っおきた颚が、母さんずいう蚀葉を眮き去りにせず、息子の気持ちを感謝の蚀葉ず共に私の耳に届けおくれた。

  ふいに、すこし䜙癜のある隣を意識した。
サングラスをかけおいお本圓に良かった。



 
  
透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十䞃章鏡面を揺らす䞀滎ひずしずく

 癜金の倜景を芋䞋ろす高局マンションのリビング。はるかは、窓硝子に映る自分を静かに眺めおいた。
 歊史ずの結婚以来、自分はずっず「勝ち組」の茪の䞭にいた。駐車堎に䞊ぶ高玚倖車、郜心の高局階、ブランドの腕時蚈。それらすべおが歊史の圧倒的な経枈力からもたらされたものであり、同時にそれこそが自分ずいう女性の「アビリティ胜力」なのだず信じお疑わなかった。
けれど、䜕者でもない自分に察しお、埗䜓の知れない矞恥心が芜生え始めおいた。
 その原因が、Koru-Moruの日蚘にあるこずを圌女は自芚しおいる。鏡面のように矎しく敎えられた圌女の日垞に萜ちた、䞀滎の毒。それは音もなく波王を広げ、はるかの䜓をじわじわず䟵食しおいくようでもあった。䞭毒性があるこずに気づきながらも、その毒に抗う術を圌女は持たなかった。
 莅沢な暮らしを捚おお生きる勇気はないけれど  でも、この毒に觊れる暮らしも、きっず悪くない
 指先に觊れる冷たいガラスの感觊を確かめながら、圌女は自嘲気味に口元を綻ばせた。歊史が䜜り䞊げた無機質な楜園。その完璧な調和を壊すこずなく、けれど内偎では確実に、Koru-Moruの蚀葉が圌女の「色」を倉え぀぀あった。
 深倜。はるかは薄暗いリビングの゜ファで、か぀お圌が綎った「想い出をカンナで薄く削る」ずいう蚀葉を小さく口ずさみながら、再びスマヌトフォンの画面を灯した。液晶の攟぀青癜い光が、圌女の顔を深倜の闇から浮き圫りにする。それはもう、単なる暇぀ぶしでも、珟実逃避でもなかった。
 か぀おは歊史の経枈力ずいう鏡を磚くこずだけに心血を泚いでいた圌女の指先が、今は「鏡の向こう偎」にある、名前のない真実を探り圓おようずしおいる。はるかは深く吐き出した息で窓を曇らせるず、吞い蟌たれるようにKoru-Moruの新しい蚀葉ぞず朜っおいった。
 
 
 
透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十八章ネコモンダむ、あるいは人間の業

 癜金の倜は、あたりにも静かすぎお耳の奥が痛くなるほどだった。はるかはリビングの゜ファで、手元のスマヌトフォンが攟぀青癜い光を芋぀めおいた。窓の倖では、歊史が䜜り䞊げた完璧な秩序が、䜕䞀぀乱れるこずなく敎列しおいる。けれど、圌女の指先がなぞる画面の䞭には、それずは察極にある、泥臭く、たたならない、けれど鮮やかな「生」の蚘録が躍動しおいた。
新しく投皿されおいた日蚘のタむトルは、『ネコモンダむ』。
あらすじは、こうだ。
 自宅での野良猫の糞害や倚頭飌いの近隣䜏民ずのトラブルに蟟易しおいたKoru-Moru。そんな䞭、圌は仲間たちず南知倚の篠島ぞ釣りに出かけ、充実した時間を過ごす。しかし垰路のドラッグストアで、圌は䞀䞇円札の束がいく぀も入った分厚い財垃を拟っおしたう。
 善意から店員に財垃を蚗した圌だったが、埌日、店には「萜ずし物の蚘録がない」ずいう衝撃の事実が発芚する。店員による着服の疑い。店長から防犯カメラの確認を求められ、圌は再び、日曜日に南知倚ぞず向かうこずになった。
 はるかは画面を芋぀めたたた、最埌の䞀文に蟿り着いた時、思わず息を呑んだ。
 そこに眮かれた蚀葉は、あたりにも唐突で、䞀芋すればひどく぀たない衚珟だった。文脈からすれば、もっず別の、鋭い告発や皮肉が䞊んでもおかしくないはずの堎所だ。
 けれど、読み返すうちに、はるかの党身には鳥肌が立っおいた。
   なんお人だろう
 その䞀文こそが、この物語の最倧の「オチ」であり、人間の醜さず滑皜さをすべお包み蟌む、これ以䞊ないほど鋭利な刃物だった。圌が自分の呚囲で起きおいるすべおの出来事を、あえおその蚀葉で䞀括りにしおみせたこずに、はるかは戊慄にも䌌た感動を芚えた。
 
 退屈ずは無瞁の、あたりに生々しい「朚目」のような人生。
 はるかは、この先が気になっお仕方がなかった。歊史が甚意した予定調和な週末など、どうでもよかった。
 来週の日曜日  私は䜕を、圌ず䞀緒に芋るこずになるの
 毒に䟵されたはるかの心は、か぀おないほど激しく、そしお矎しく波打っおいた。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【ネコモンダむ】

野良猫がい぀たで経っおもいなくならない。
それは人間が悪い。
うちに糞をしにくる野良猫にやはり腹が立぀。
でも話が通じない畜生なので、
黙っお片づけるしかないのが珟状。
そこに近所の猫を倚頭飌いしおいる家庭から
そこの飌い猫たで参戊し、うちでマヌキング合戊。
捕獲噚で猫を捕たえ、せめお去勢か避劊を。
でも捕獲噚にかかるのは愚かな飌い猫で
飌い䞻が我が家に攟しおほしいなんお蚀いに来る始末。
猫が悪いのではなく
野良猫に゚サを䞎える人間や飌い䞻が悪い。 
 
次男がなんでもいいからペットを飌いたい。
なんお、ずっず匷請っおくる。
留守をしがちな我が家はペットを飌育するのは難しい。
最近、次男のクラスメヌトが猫を飌い始め
その写真をメヌルで送っおくるようで  
次男は猫を飌いたいずたで蚀うようになった。
  猫問題。最近、私の近蟺でよく起こる猫問題


先週末、仲の良いお父さん達で
久しぶりに、篠島たで釣りに行った。
晩秋、投げで狙うカレむやチャリコ真鯛穎釣りでねらうカサゎがタヌゲットだ。
初めおやる投げ釣りにお父さんも息子達も楜しんでくれたずの連絡をもらい
䞻催した私もいい気分でした。
カレむは釣れなかったけれど、鯛めしにちょうどいいサむズのチャリコや良いサむズのカサゎを釣れたし、合栌点だっただろう。

迎えの船は午埌5時。倜釣りも面癜い時期だが、安党を考え完党に暗くなる前に沖堀防を離れたした。
枡船堎に戻るず、次男はお腹が枛ったず  倕飯たで我慢できないなんお蚀うから
枡船堎のそばにあるドラッグストアにパンを買いに。
぀いでにトむレも借りたかったし。

ず  トむレに入るず

忘れ物だ。財垃の忘れ物。黒色の分厚い長財垃。
興味本䜍で䞭を芗くず
10枚ごずに括られた1䞇円札がいく぀も顔を出した  。
倧金が入ったお財垃を拟っおしたった。
釣りの垰り、みんなが楜しんでくれお、満足しおくれたようで気分も䞊々の私は、店員さんにその分厚い財垃を枡したした。

「倧金が入っおいるよ」
「萜ずし䞻はきっず困っおいるから、枡しおあげお」

なんお蚀っお垰路に぀きたした。
ちょっず良い事をした自分にたんざらでもない気分でした。
ず同時に  あのお金
私しか知らないモノだった  ずか  
悪い心をたったく持たなかったわけでもなかったのも事実。 
でも
釣りをしお楜しんでくれた人達や
財垃が戻り、安心した萜ずし䞻を思うず疲れたけど、その日をいい気持ちで終えられたした。

埌日
倧金を拟った話を母にするず
「自分の連絡先を䌝えた」
「誰でも出来心っおものがある」
「連絡先を䌝えれば、それを抑制できる」ず意倖なほど冷めた口調で蚀った。
そんな心配は露ほどもなかった私  。
私も安心したいず蚀うか、萜ずし䞻が安心した事実を知りたいず思い、ドラッグストアに電話したした。
「私、20日に萜ずし物の財垃を枡した者です」
「萜ずし䞻さんにお財垃っお戻りたしたか」
なんお蚀うず、店長はあの日、䞍圚だったようで確認し、折り返し電話をくださるず電話をきりたした。

しばらくするず店長より
「その日、萜ずし物、忘れ物の蚘録はございたせん」
「預かっおいる財垃はないです」
「店内に防犯カメラがいく぀かありたす」
「圓日の䜕時頃ご来店されたしたか」
「どこで財垃を枡されたしたか」
なんお矢継ぎ早に返っおきたした。

「倕方5時半ごろかな」
「枡したのはレゞの前ですよ」
「ぜっちゃりした䞭幎の女性です」
「癜衣は着おなかったので、登録販売員ではないず思いたす」ず䌝えるず
店長はすぐに防犯カメラを確認し
「その時間、䜕人かのお客様がレゞを通っおいたようです。
でも、どなたが小島さんなのかわからないので䞀緒に防犯カメラを確認しおくれたせんか」

私は確かに倧金の入った財垃を店員に枡した。
日時は間違いなく20日の午埌5時半ごろ
店長は、私の行為を台無しにしおしたったこず、財垃を忘れおしたったお客様に察しおの卑劣な行為に察し
ずんでもない事を起こしおしたったず謝眪をし、私の来店可胜な日時を尋ねたした。

  そんなわけで、日曜日。
再び、南知倚たで行くこずになりたした。


最近、私のたわりで起きおいる猫問題。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第二十九章晩秋の波王ず、スリムな真実

 元オリンピック遞手の川口コヌチから「才胜がある」ずいう蚀葉を授かっお以来、長女・かりんの倉貌ぶりは目を芋匵るものがあった。氎面の数字が瞮たるよりも早く、圌女の内面が劇的に䜜り替えられおいくのをはるかは肌で感じおいた。
 日曜日の朝。氎泳教宀の駐車堎に滑り蟌むのずほが同時に、かりんは自分の荷物をひったくるように掎むず、車を飛び出した。アスファルトからはただ九月特有の粘り気のある残暑が立ち昇っおいたが、かりんの足取りは矜が生えたように軜い。「かりん、埅ちなさい」 はるかの声も届かない。「おはようございたす今日もよろしくお願いしたす」 かりんは川口コヌチだけでなく、呚囲にいる他の保護者たちぞも、背筋を䌞ばしお明快な挚拶を投げかけおいた。
 「スポヌツが子䟛に及がす圱響っお、本圓に倧きいのよ」 隣に立った暪山が、眩しそうにかりんを芋぀めお蚀った。「でもね、成長しおいるのは子䟛だけじゃないず思うよ。  あっちもね」圌女の芖線の先には、折り目正しい䌑日服に身を包んだ歊史がいた。最新鋭の競泳氎着を買い䞎えお以来、歊史は毎週のように氎泳教宀ぞ足を運ぶようになっおいた。
 垰りの車䞭、ハンドルを握る歊史が、バックミラヌ越しに嚘たちぞ語りかける。「かりん、しずく。今床の蚘録䌚で自己ベストを出したら、䜕でも奜きなものを買っおやる」歓声を䞊げる二人の嚘。窓の倖は、釣瓶萜ずしのように急に圱を濃くする九月の倕暮れだ。倏ず秋がせめぎ合うような䞍安定な空暡様の䞭、癜金の冷たい空気の䞭に、これたで感じたこずのない柔らかな幞犏が溶け蟌んでいるのをはるかは感じおいた。
 しかし、その枩かな高揚感の裏偎で、はるかの心は別の堎所ぞず飛び去っおいた。
   南知倚の、あの珟堎怜蚌はどうなったのかしら
 善意で預けたはずの倧金入りの財垃。店には蚘録がないずいう䞍可解な状況。
 深倜䞀時。歊史の芏則正しいいびきが寝宀から聞こえおくるのを確認し、はるかは音を立おずにリビングの扉を開けた。スマヌトフォンの青癜い光が、暗い郚屋を薄く切り取る。
 そこには、埅ちわびおいた『ネコモンダむ それから』ずいうタむトルの日蚘が曎新されおいた。
 日蚘を読み終えたはるかは、長い、長い溜息を吐き出した。
 Koru-Moruは、拟った財垃をお店にいた゚プロン姿の女性に枡したのだった。しかし、それはあたりにも滑皜で残酷な真実。

 はるかは、先ほど車の䞭で感じた「幞せな家族の情景」を思い返した。
 歊史が芋おいる光景。私が信じようずしおいる珟実。
 それらもたた、Koru-Moruがあの日レゞの前で信じ蟌んでいたものず同じように、単なる「郜合のいい思い蟌み」に過ぎないのではないか。圌女は自分の䜓枩を確かめるように、䞡手で肩を抱いた。
 網戞の向こうから、倏の終わりを惜しむような虫の音に混じっお、秋の涌やかな颚が忍び寄っおくる。九月の倜颚が、冷ややかな珟実に怯える圌女の心をなぞるように、マンションの窓をかすかに鳎らしお通り過ぎおいった。はるかは、Koru-Moruが最埌に噛み締めたであろう、あの「スリム」ずいう蚀葉の重みを、党く別の意味で自分の胞に刻み぀けおいた。



[資料] Koru-Moru日蚘【ネコモンダむそれから】

倧井持枯そばのドラッグストアぞ。
防犯カメラの確認をしに行きたした。
玄束の時間、10時半から11時。

倧井持枯っお蚀えば、萜ちハれず萜ちギスのメッカだ。
萜ちハれは有名だけど、実はちょっずしたこずで萜ちギスの数釣りができる
事は、あたり知られおいたせん。
そしお、この時期のキスはずおも倧きく、旚い
どうせ倧井持枯のそばたで行くのならば、先週に続き、芪父’Sに小さい組の子䟛を連れお萜ちギスの匕きを楜しみたしょうっお事になりたした。

集合時間は倧井持枯に午前7時。
釣り堎に到着するず、ここはファミリヌ釣り堎だけあり、すでに釣り堎は倚くの家族連れで賑わっおいたした。
賑わっおいただけで、党然釣れおいなかったけどな  。

ここで萜ちギスを数釣るには、1メヌトルほどのハシゎが必須になりたす。
コレで170㎝ほどの高さにある堀防に登れるのです。

ここは朮の流れにより足元に砂地が広がっおいたす。
登らなければ、すぐそばにあるキスのポむントに゚サを萜ずせないのです。
あずは仕掛け。
間違っおも倩秀は䜿っおはいけない。食いが悪くなる原因になるから。
呚囲の人が釣れないのはこの2぀が原因だった。
ただ、今回は5人での釣行。狭い堀防でハシゎ䞀぀を5人で䜿うにはちょっず危ない。

 そんなわけで、私はハシゎなしで堀防ぞ登り降りをする事にしたした。
 思惑通り
 萜ちギスの数釣りができ、同行した家族ぞのお土産が出来たした。
 ただ、この歳で堀防ぞの登りず降り  。
 すでに、脚ず腰ず肩が痛い  昔は䜙裕だったんだけどな。
 やっぱり痩せる必芁があるず痛感したした。
 昔のようなスリムな䜓型だったら、堀防の登り降りなんか䜙裕なのに。
 うむ、スリムっお、ずおも倧切です。ホントに。

さおさお、颚も匷たり
寒さも増したので、ちょっず早かったけどドラッグストアぞ向かいたした。

本日のメむンむベント
映像を確認し終わるず店長は
「遠いずころをご足劎しおくださり、感謝いたしたす」
ず䜕床も頭を䞋げたした。

私は垰り際に、亀通費の名目でお札の入った封筒を頂きたした。
なんだか、ずっおも申し蚳ない気持ち。
そんな私の気持ちを察したのか
お巡りさんが
「お財垃を盗むこずなく、持ち䞻に返そうず思い、行動しおくれる方が日本にはたくさんいたす」
「それを私は誇らしく思いたす。あずは私達に任せおください」
なんおねぎらっおくれたした。

  ずおも申し蚳ない気持ちでハンドルを握りたした。
 
時を遡り、1時間ほど前。
「こんにちは。お電話したした小島です」
「店長さんはみえたすか」
店の奥から癜衣の女性が頭を䞋げこちらに近づいお来たした。
「遠いずころをありがずうございたした」
「こちらで、ご確認をしお頂けたすか」
ず店の奥に通されたした。

店の奥には
若いがっちりした䜓型の譊察官ず
40代くらいのスリムな女性の二人がいお、それぞれ挚拶を亀わしたした。
「では、さっそく確認しお頂けたすか」
店長はパ゜コン画面に防犯カメラの映像を映したした。

午埌5時34分
レゞのそばには私が映っおいたした。
そしお、゚プロンをした䞭幎の小倪りの女性店員に、䜕かを枡しおいる映像を確認出来たした。
「この方に枡しおおりたす。これが私です」
私は3人に再床、あの日の事を話したした。
男子トむレに分厚い黒色の長財垃が忘れられおいたこず。
その財垃を癜衣ではなく、゚プロン姿の小倪りの女性店員に
枡したこず。その埌、買い物をしお店を出たこず。
話し終えるず、店長さんが蚀いたした。
「圓日、お店にいたスタッフは4名です」
「この時間は、圌女がレゞを担圓しおいたした」ず、隣のスリムな女性を芋たした。

「映像をすすめたす」
「数分埌の映像です」

パ゜コン画面には、゚プロン姿の小倪りの女性がお店を出おいく映像がありたした。
そしお、「この方は、私どものスタッフではなく、お客様でした」
ず、私に説明したした。
  え   マゞかよ
蚀葉をなくした私に、店長ず譊察官は

「これで確蚌が持おたした」
「この埌の捜査は、私どもに任せおください」
「ご協力ありがずうございたした」ず私に深く頭を䞋げた。

 少し前たで吹いおいた朮颚はいくぶんおさたり、
 窓から入っおくるやさしい晩秋の颚が私の䜓枩を少し䞋げおくれたした。

 私は、拟った財垃をたたたたお店にいた゚プロン姿の小倪りの女性に枡した。私は、圌女が、お店のスタッフだず思い蟌んでいた。

そうか。
だから店員さんたちは「私が盗りたした」なんお蚀えるわけもなく、解決できなかったんだ。それは圓然だ。

私の額から流れた汗が也くころ、ひき぀った笑顔だったであろう笑顔の店員さんは蚀いたした。

「私は小倪りじゃありたせんので」
  、ス、スリムっお本圓に倧切っ




透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉十章実圚のノむズず莈り物の枩床

 十月の高く柄んだ空ずは裏腹に、銀座の舗道を吹き抜ける秋颚は、すでに冬の気配を孕んで冷たかった。街路暹の葉が也いた音を立おお舞う倖の景色から逃れるように、はるかは老舗癟貚店の地䞋フロアに立っおいた。広告代理店の䞻任ずしお、来春の倧型ギフトキャンペヌンに向けた垂堎調査に蚪れおいたのだ。
 クラむアントの芁望は、「盞手が本圓に欲しいものを、効率よくリク゚ストできるシステム」の蚎求。無駄を省き、ミスマッチを防ぐ。それはたさに、倫の歊史が䜓珟する「最適化された正解」そのものであり、はるか自身もこれたで疑うこずなく遂行しおきた仕事の圢だった。
 けれど、今日のはるかの足取りは重かった。街角でふず銙った金朚犀の匂いさえも、完璧に空調の効いたこのフロアには届かない。
   欲しいず蚀われたものを、ただ間違いなく手枡すだけ。そこに、莈る偎の『䜓枩』はあるのだろうか
 そんな疑問が、秋の深たりずずもに冷えおいく柱のように、胞の底に沈んでいた。
 その時だった。
――ギャリギャリ、ガリガリギャリギャリ
 優雅なBGMが流れるフロアの静寂を切り裂くように、暎力的なモヌタヌ音ず氷が砕ける音が響き枡った。はるかは匟かれたように顔を䞊げた。音の震源地は、キッチン甚品売り堎の䞀角。実挔販売の小さなカりンタヌで、゚プロン姿の販売員が、スティック状の調理噚具をガラスのピッチャヌに抌し圓おおいる。
 「  バヌミックス」
 はるかの唇から、無意識にその名がこがれ萜ちた。ピッチャヌの䞭では、バナナず牛乳、そしおたっぷりの氷が、すさたじい勢いで粉砕され、混ざり合っおいく。甘く冷たい銙りが、人工的な空調の颚に乗っおはるかの錻腔を容赊なくくすぐった。
 『衝動買いっおや぀さ』
 『氷を増量したこずにより、さらにモヌタヌの出力は䞊がり、ガリガリギャリギャリず氷を砕く音がここしばらく深海の静けさを挂われおいた我が家のダむニングに響いた』
 Koru-Moruの日蚘に綎られおいた䞀文が、鮮明なカラヌ映像ずなっお脳裏にフラッシュバックする。はるかの錓動が、䞍芏則に跳ねた。ただの「画面の向こう偎の物語」だず思っおいた。自分ずは亀わるこずのない、安党な氎槜の䞭の矎しい絵画だず。けれど、今、目の前で響いおいるこの無遠慮な隒音。バナナず氷が砕ける生々しい匂い。
 Koru-Moruさんは、実圚する
 この同じ十月の空の䞋のどこかの街で、この噚具を衝動買いし、隒音で身重の「お嫁」を怒らせ、それでも矎味しいバナナゞュヌスを䜜っお家族ず笑い合っおいる。圌の生掻は、電子の海を挂うデヌタではなく、確かな質量ず匂いを持った「珟実」なのだ。その事実は、はるかに眩暈めたいに䌌た静かな衝撃を䞎えた。自分の立っおいる「安党で無菌な癜金の䞖界」の床が、グラグラず足元から揺らぐような感芚。
 実挔販売のカりンタヌを離れたはるかは、手元の䌁画曞に目を萜ずした。
 『盞手の芁望に応える、ミスマッチのないギフト』
 はるかは、その文字をペンで静かに、けれど力匷く斜線で消した。盞手が欲しがるものをただ䞎えるのは、単なる「玍品」に過ぎない。本圓に倧切な人ぞの莈り物は、盞手の芁望など関係なく、ただ「自分がどうしおもこれを莈りたい」ずいう、䞀方的で熱を垯びた衝動であるべきだ。それこそが、盞手の心に自分の「朚目」を刻み蟌む行為であり、生きた人間のコミュニケヌションなのだ。
 私は、私の䜓枩で遞んだものを莈りたい
 それは、歊史の合理性に察する、はるか自身の静かな反旗でもあった。バヌミックスの乱暎な駆動音が、今も耳の奥で鳎り響いおいる。その隒々しい実圚のノむズは、十月の冷気の䞭で凍り぀いおいたはるかの心を、確かに溶かし始めおいた。
 深倜、はるかはい぀ものようにスマヌトフォンを手に取り、画面をなぞった。その指先に䌝わる小さな発熱が、秋の倜長の静寂の䞭で、今倜はい぀もよりずっず愛おしく、そしお重く感じられた。
 
 
 
透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉十䞀章朮隒のゞオラマず等高線

 十䞀月の倕暮れは、たるで誰かが乱暎に幕を䞋ろしたかのように唐突に蚪れる。窓の倖では、朚枯らしに煜られた也いた萜ち葉が、アスファルトの䞊をカラカラず音を立おお転がっおいた。秋の枩かな色圩が完党に剥がれ萜ち、冬の冷たい骚栌があらわになり始めるこの季節。広告代理店のオフィスは、倖の忍び寄る冷気に察抗するように過剰な暖房が焚かれ、暎力的なたでの也燥に支配されおいた。加湿噚の埮かな皌働音だけが響くフロアで、はるかは自垭のモニタヌを芋぀めたたた、埮かに息を呑んだ。
 「はるかさん、䟋の愛知の芳光PRコンペ、䞀次審査通ったわよ。ここからが正念堎ね」背埌を通り過ぎる䞊叞、岡本恵矎子の声が、やけに遠く聞こえる。
 はるかの手元には、新芏案件ずしお自ら手を挙げた『知倚半島・冬季芳光誘臎キャンペヌン』の分厚い資料が広げられおいた。倱ったクラむアントの穎を埋めるため、がむしゃらにかき集めたリストの䞭から、圌女の指先がたるで芋えない磁力に匕かれるように遞び取った案件だった。
 ペヌゞを捲る。光沢のある玙面に印刷されおいるのは、冬の足音を反射しお冷たく光る海。十䞀月の海は、人を寄せ付けないような静謐さず凄みを垯びおいる。 『南知倚・篠島』 『倧井持枯の萜ちギス』
 掻字の矅列が、はるかの網膜で急速に熱を持ち始める。資料の隅に小さく茉せられた、倧井持枯の堀防の写真。その暪には「足堎が高いため泚意」ずいうキャプションが添えられおいる。

 『1メヌトルほどのハシゎが必須になりたす。コレで170㎝ほどの高さにある堀防に登れるのです』
 Koru-Moruの日蚘に綎られおいた䞀文が、錓膜を盎接震わせるような生々しさで蘇った。はるかは無意識に、写真の䞭のコンクリヌトの堀防を指でなぞっおいた。冷たくおざら぀いた質感が、指の腹から䌝わっおくるような錯芚。圌がハシゎを䜿わずに登り、脚ず腰ず肩を痛めたずいう、その堎所。そしお、その垰りに寄ったであろう、防犯カメラのあるドラッグストア。
 圌が芋おいる景色が、今、私の手の䞭にある
 それは、銀座の癟貚店でバヌミックスの駆動音を聞いた時ずは比べ物にならない、深く静かな䟵食だった。バヌミックスはただの「モノ」だった。しかし、目の前にあるのは「座暙」だ。圌が確かにそこに立ち、十䞀月の冷たい朮颚に吹かれ、仲間たちず笑い合ったずいう具䜓的な緯床ず経床。

 はるかは、癜く也燥したオフィスの空気に、ふいに晩秋の朮隒が混じったのを感じた。錻腔の奥を、埮かな磯の銙りが通り抜けおいく。圌が「スリム」ずいう蚀葉の刃に切り裂かれたあの堎所が、むンクの匂いずモニタヌの熱の向こう偎に、鮮やかなゞオラマずなっお立ち䞊がっおくる。
 安党なガラス越しに眺めおいたはずの物語が、今、はるかの珟実の等高線を曞き換えようずしおいた。もし、このプロゞェクトの珟地芖察ロケハンに行けば。南知倚の十䞀月の颚に吹かれれば、もしかしたら、海を芋぀める芋知らぬ圌の背䞭ずすれ違うかもしれない。
 「  っ」
 はるかは、自らの奥底から湧き䞊がる名付けようのない熱に怯え、資料をパタンず閉じた。
 歊史が築き䞊げた、無菌宀のような癜金の生掻。そこから䞀歩足を螏み出せば、二床ず元の堎所には戻れないかもしれない。あの『結婚蚘念日』の日蚘のように、䞀床壊れた生態系は、決しお同じ姿には戻らないのだから。
 けれど、資料を抌さえる圌女の指先は、埮かに、しかし確かに震え続けおいた。冷え切った圌女の心に萜ちた毒は、すでに臎死量を超え、甘く危険な疌きずなっお党身を巡り始めおいた。
 
 
 
透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉十二章越境の朮隒ず冷たいコンクリヌト

 「岡本さん。知倚半島の冬季芳光誘臎キャンペヌン、私に珟地芖察ロケハンぞ行かせおください」
 也燥したオフィスの空気を切り裂くように、はるかの声が響いた。パ゜コンのモニタヌから顔を䞊げた岡本恵矎子は、少しだけ目を䞞くした。家庭を最優先し、出匵を䌎う業務を自ら避けおきたはるかが、泊たりがけのロケハンを志願したからだ。
 「  珍しいわね。でも、熱意があるのはいいこずよ。任せるわ」 あっさりず䞋された蚱可。
 その瞬間、はるかの胞の奥で、カチリず䜕かの鍵が開く音がした。もう、埌戻りはできない。歊史が支配する「癜金の安党地垯」から、はるかは初めお自らの意志で䞀歩を螏み出したのだ。
 数日埌。名鉄河和線の終点からバスに揺られ、はるかは南知倚の海蟺に降り立った。東京のビル颚ずは党く違う、重く湿った冬の朮颚が容赊なくコヌトの襟元から入り蟌み、はるかの䜓枩を奪っおいく。鉛色に沈む空ず、波がテトラポットにぶ぀かる䜎く鈍い音。芳光客の姿などほずんどない、うら寂しい冬の持枯。それが「倧井持枯」だった。
 はるかは、凍える手でカメラを構えながら、ゆっくりず堀防ぞず歩を進めた。朮の匂いが、錻腔をツンず刺激する。そしお、圌女はそれを芋぀けた。
 これだわ  
 海に向かっおそびえ立぀、灰色の防波堀。Koru-Moruが日蚘に蚘しおいた「癟䞃十センチの堀防」だ。掻字で読んでいた時は、単なる数字の蚘号でしかなかった。けれど、実際に目の前に立ちはだかるそれは、小柄なはるかの背䞈を優に超え、嚁圧的な壁ずしお存圚しおいた。はるかは手袋を倖し、玠手でそのコンクリヌトの衚面に觊れた。ざら぀いた冷たい感觊が、指の腹から盎接脳ぞず䌝わっおくる。
 『私はハシゎなしで堀防ぞ登り降りをする事にしたした』
 『脚ず腰ず肩が痛い  』
 圌がここに立ち、この壁に手をかけ、自分の䜓重を匕き䞊げたのだ。その息遣い、筋肉のきしみ、そしお仲間たちず「萜ちギス」を釣り䞊げた時の誇らしげな笑顔。それらが今、痛いほどのリアリティを持っお、はるかの五感を支配し始めおいた。想像の䞭の圌が、今ここで、血の通った䞀人の男ずしお受肉した瞬間だった。
 はるかは、防波堀に寄りかかり、目を閉じた。歊史の䞎える「最適化された生掻」には、こんな冷たい颚も、手のひらを擊りむくようなコンクリヌトの感觊もない。すべおが枩床調敎された無菌宀での出来事だった。けれど、自分が本圓に求めおいたのは、この「生々しい痛み」や「䜓枩」だったのではないか。
 ロケハンの垰路。はるかは、枯の近くにある小さなドラッグストアに立ち寄った。自動ドアが開き、暖房の効いた店内に足を螏み入れた瞬間、埮かに甘い芳銙剀の匂いがした。圌女は、レゞの少し離れた堎所から、店内を静かに芋枡した。あの日の倕方、圌はここに立ち、善意から分厚い財垃を「小倪りの女性」に手枡した。そしお埌日、防犯カメラの映像を前に、自らの思い蟌みの滑皜さに打ちのめされたのだ。
   私は今、あなたの䞖界にいる
 陳列棚の圱からレゞを芋぀めるはるかの唇に、自然ず柔らかい埮笑みが浮かんだ。圌に䌚えたわけではない。声をかけたわけでもない。それでも、圌が歩いた蜍わだちを自らの足でなぞったずいう事実が、はるかの䞭に確かな「熱」を怍え付けおいた。
 垰りの新幹線の䞭で、はるかは窓に映る自分の顔を芋た。そこには、癜金の高局マンションで倫の顔色をうかがっおいた空虚な女の顔はなかった。自分の足で境界線を越え、生きた感情を取り戻し始めた、䞀人の女の顔があった。
 心地よい疲劎感の䞭、シヌトに深く身を預け、はるかはスマヌトフォンを取り出した。 新幹線が長いトンネルに入る。窓ガラスが鏡のように自分の顔を映し出す䞭、Koru-Moruの新しい日蚘が曎新されおいるこずに気づいた。
タむトルは、『ぬけがら』それは、はるかの日垞や今日芋おきた海の景色ずは党く関係のない、遠い倏の日のセミの矜化ず、数字にた぀わる゚ピ゜ヌドだった。
 最埌の圌の䞀蚀を読んだ瞬間、はるかは堪えきれずに、新幹線のシヌトで「ふふっ」ず声を挏らしお笑った。「絶察に起こしお」ず念を抌しお眠りに぀いた息子たち。その暪で、倧の倧人がフィボナッチ数列に倢䞭になっお葉っぱの䞊びを数えおいる姿が、はるかの脳裏で鮮明な映像になっお浮かび䞊がっおいた。
 先ほどたで南知倚の防波堀で感じおいた重く冷たい朮颚の蚘憶が、圌が起こしたこの滑皜で人間臭い倱敗によっお、たたらなく愛おしい枩床ぞず倉わっおいく。 笑いの䜙韻の䞭で、はるかの芖線は日蚘の最埌の蚀葉に匕き寄せられた。
 『玠数は仲間たちを守る鎧、ずおも䞍思議な数字』
 玠数。
 その二文字が、はるかの蚘憶の底から痛みを䌎う情景を匕きずり出した。倏䌑みのあの日、歊史の突き぀ける完璧な正解を前にしお、かりんが喉の奥で無理やり飲み蟌んだ「自分だけの蚀葉」。
偶数のように綺麗に二等分などできない、かりんだけの割り切れない玠数のような感情。
 はるかはこれたで、その割り切れない感情を「欠萜」や「匱き孀独」ずしおしか捉えられず、ただやり過ごしおきた。 しかし、圌が息子に語った玠数の性質は、はるかの認識を根底から芆した。
 『他の数字ずは重なりづらく、混ざらない』。
 他者ず亀わらず、誰にも割り切れないこずは、決しお匱さなどではない。それは、䜕者にも䟵されない玔床を持ち、倧切なものを守り抜くための匷固な『鎧』なのだず、圌は肯定しおいる。
 透明な鳥かごの䞭で、自らの玠数をひた隠し、歊史の支配する偶数の䞖界に同化しようず息を朜めおいた私。けれど、今日、自らの足で防波堀の冷たいコンクリヌトに觊れた私になら、あの日かりんが飲み蟌んだ蚀葉の痛みを、芋えない鎧ずしお身に纏うこずができるはずだ。
 トンネルを抜け、車窓に倜の街の明かりが流れ始める。 はるかは、圌から受け取った「玠数」ずいう抂念の新しい手觊りを胞の奥底で確かめながら、力匷く前を向いお東京ぞの垰路を急いだ。



[資料] Koru-Moru日蚘【ぬけがら】

 æ¢…雚明け
匷烈な倏の日差しで熱せられた空気も
倪陜が沈む頃になるず、いくらかやわらぐ。

「ちょっ 来おすぐ すごい奎がいる」
次男の倧声に慌おお倖に飛び出すず、そのすごい奎はクヌギの幹を登っおいた。  そういえば、次男にはただ芋せおなかったな。

「こい぀は、セミだよ。今から矜が生えお空を飛ぶようになるんだぜ」
「明日の早朝には、淡い緑ず癜色のセミに倉身するよ」
「えぇぇっ」次男が目を芋開き、口を倧きくあけた。
驚きたくる、子䟛の顔がなんずも心地よい。

でも、こい぀ら、動きが遅いし、ただ飛べないし、歊噚も防具もないだろ
だから、鳥やアリなんかに簡単に喰われおしたうよ。

「だったら、僕が敵から守っおあげる」
「芋たい 倉身を芋たい 芋る芋る 絶察に、絶察に芋る」
次男の倧声ず䜕幎か前の蚘憶が重なった。




「  もう、遅いから。お颚呂に入っお、寝なさい。パパが芋おいおくれるから」蚊取り線銙を腰から䞋げた長男に
お嫁がそう蚀い聞かせおいたあの日の倏。
「絶察に、絶察に、絶察に、絶察に起こしおよ」ず蚀い残し
眠さを我慢できなかった長男はおずなしく、お嫁の指瀺に埓ったのだった。




目の前で「嫌だ、䞀緒に守っおあげる」ず動かない次男を芋䞋ろす。
たっ、これもすでに経隓枈みだ。こうなるのも知っおいるし、最終的にどうなるかも知っおいる。
「よし、じゃあ、䞀緒に守れるように、すぐに、颚呂に入っお、ご飯を食べおこようぜ。燈真も誘っおやろう」

倕食埌
あの日ず同じように、キャンプ甚の怅子ずテヌブルを䞊べ
蚊取り線銙ず麊茶ずお菓子を準備し、男3人でこのセミの幌虫を守るこずになった。

ずくになにかをやるわけでもない時間の流れは遅く感じる
ほどなくしお、次男は眠気を我慢できずに、家に吞い蟌たれおいった。
「絶察に、絶察に、絶察に起こしおよ」ず蚀い残しお。
二人でセミを守るこずになり
「父さん、眠くなっちゃうから䜕か話しおよ」
燈真は眠さを我慢しながら、私に話しかけた。

「じゃあ、すごいセミの話を聞かせおやるよ」
「玠数れミっお呌ばれおいるセミでな。そい぀らは、13幎ず17幎ごずに倧発生するんだよ」
「同じ時に倧量の仲間を地䞊に送り出す事で皮の保存をするのさ」
「たくさんの仲間が鳥や他の生物に喰われおも、必ず生き残れるだろ」

燈真は玍埗したのか、銖を倧きく瞊に振った。
玠数れミは13幎土の䞭で暮らすセミず17幎土の䞭で暮らすセミがいるのさ。
どっちも長いだろでも、地䞊に出おからは䞀カ月くらいで死んでしたうんだ。

「じゃあ、なぜ13幎ず17幎だず思う」
燈真は銖をかしげお、唞っおいた。
ただお前は習っおないからわからないかもしれないけど、
玠数っお数字があっおな、それは
「ずその数でしか割れない数字なんだ」
「䟋えば、2.3.5.7.11.13.17.19  」他にもたくさんあるぞ。

私は小枝を拟っおきお、地面に最小公倍数ず玠数の関係を説明した。
「぀たり、玠数っおのは、他の数字ずは、重なりづらく、混ざらないっおこずなのさ」

「この重ならない、混ざらないっおこずは、違う皮類のセミが同じ幎に地䞊に出おこないっおこず」
「それにより、混血のセミができづらいのさ。数に任せお皮を保存するこずができ  なく  ん」

気づけば、燈真は怅子に深く座り、目を閉じおいる。
小孊生には難しい話だったな  
私は燈真を無理やり起こしお、家で寝るように説埗した

「  父さんが難しい話をするから」
「今床は、絶察に、絶察に、絶察に起こしおよ」ず䞍満を残しお燈真も家に吞い蟌たれおいった
こい぀ら、眠気に負ける時のセリフたで党く同じだよな。

そしお
䞀人きりになった暗闇で、玠数れミの生存戊略を改めお矎しいず思った。
13幎れミず17幎れミは、221幎に䞀床しか、亀わる機䌚がない。
他の数字で決しお割り切れない
玠数の孀独で匷靭な矎しさにうっずりしおいた。

玠数の矎しさに魅了されおいた私は、ふず「隣り合う二぀の数が玠である関係」であるフィボナッチ数列を思い返し、呚囲を芋枡し、山癟合やクヌギの若朚を探した。
「うん、これは5枚、これも5枚、これは8枚だ。玠晎らしい。どれもフィボナッチ数列の数倀どおりだ」
私が倢䞭になっお目の前にあるたくさんの怍物の葉が重なるたでの枚数を数えおいるうちに、倜は、ひたひたず深たっおいった。

たくさんのクヌギ若朚の葉を数えおいるず、孊生時代の蚘憶が蘇っおきた。
「フィボナッチ数列の䞭には、さらにフィボナッチ数列が存圚する」
代数幟䜕孊の講垫の蚀葉を思い出し、
数列を倢䞭になっお曞き蚘しおいるすぐ隣で、
すでにセミの幌虫の背䞭は割れお、䞭からセミの背䞭が珟れおいた。

それに気づいた私は、小枝を攟り投げお、セミの矜化に芖線を集䞭した。
背䞭が出るず、次は頭だ。䜓操遞手がちょうどバク転をするような圢で矜化は始たる。お腹の先端を殻に残した状態で腹筋をやっおいるように、セミは䜓を起こす。
生たれたおの前足で殻を぀かむず、最埌にお腹の先端を出そうずする。

「がんばれ あず少しだ」
私は手のひらをぎゅっず握っお応揎をする。
「よしっ 党郚でた あずは矜を䌞ばしおいくだけだ がんばれ」
䜕床芋おも、いく぀になっおも、この姿は私の奜奇心っおや぀を刺激する。
そしお、矎しい゚メラルドグリヌンの矜が䌞びおいく姿を時間が経぀のを忘れお眺めおいた。

「よかった、無事に矜化ができた」
私は倧きく息を吐き、茝きを倱っおいく星々を眺めた。

倧きな仕事を終えたような達成感を抱き、私は、さらに倧きな息を吐き
そしお
  質量を完党になくしたセミのぬけがらを芋぀め、愕然ずそこに立ち尜くした。呚囲には、散らばったクヌギの若朚や、山癟合、ヒメゞオンの残骞。
じきに新聞配達のバむクがやっおくるだろう。
あぁ  たた、やっおしたった  
 
玠数は仲間たちを守る鎧、ずおも䞍思議な数字。
い぀か奎らにもわかるだろうか 
数孊の定理や数匏は、普遍だ。どれだけ時が過ぎおも倉わらない。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉十䞉章深倜の共犯ず、安䟡な代償

 知倚半島から持ち垰った朮颚の蚘憶は、はるかの内偎にこれたでになかった静かな熱を生み出しおいた。
数日埌、䌚議宀の倧型モニタヌに映し出された『知倚半島・冬季芳光誘臎キャンペヌン』の提案曞は、クラむアントの圹員たちから満堎䞀臎の賛蟞を匕き出した。
 「玠晎らしい。珟地の空気感、枩床、そしお䜕より『そこでしか埗られない䜓隓』ぞの解像床が矀を抜いおいる。ぜひ、このプロゞェクトのメむン担圓ずしお進めおいただきたい」
 倧手クラむアントからの異䟋の抜擢。その蚀葉が䌚議宀に響いた瞬間、はるかの胞の奥で、か぀お倱ったはずの自信が力匷く脈を打぀。
 「はるかさん、やったね 本圓におめでずう」
 「私、はるかさんのプレれン聞きながら鳥肌立っちゃいたした」
 自垭に戻るなり、さちず垌が自分のこずのように目を最たせお祝犏の声をかけおくれる。フロアの奥からは、䞊叞の恵矎子も歩み寄り、はるかの肩をポンず叩いた。
 「よくやったわね、はるか。あなたの底力、芋盎したわ。これからのチヌムを匕っ匵っおいっおちょうだい」
 恵矎子の蚀葉には、か぀おの冷たい棘ずげはなく、郚䞋を玔粋に評䟡する真っ盎ぐな枩もりがあった。オフィスに満ちる暖房の颚が、今日は少しも息苊しくない。自らの足で境界線を越え、自らの枩床で掎み取った成果。はるかの頬には、隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいた。
 その日の深倜。歊史ず嚘たちが寝静たった癜金のマンションには、倖界の喧隒から切り離された深い静寂が広がっおいた。はるかはマグカップに枩かいカモミヌルティヌを泚ぎ、暗いリビングでスマヌトフォンの画面を灯した。心地よい疲劎感の䞭で、圌女の指先は迷うこずなくKoru-Moruのペヌゞぞず向かう。
 新しく曎新されおいた日蚘のタむトルは、『玄束』。
そこには、むンラむンスケヌトの倧䌚で぀いに結果を出した長男・燈真の姿が綎られおいた。ずっず欲しかったずいうメダルを銖から䞋げた息子。その姿を芋たKoru-Moruさんの胞に蟌み䞊げる、文字にできない熱い感情。 はるかの脳裏には、五月の初倏の日差しの䞭、衚地台で誇らしげに笑う少幎の姿ず、それを眩しそうに芋぀める父芪の埌ろ姿が、鮮やかな映像ずなっお浮かび䞊がった。
 よかったね、燈真くん  
 たるで芪戚の子䟛の成長を喜ぶように、はるかの目尻が自然ず䞋がる。
 日蚘の埌半は、倧䌚からの垰路の車䞭ぞず堎面が移っおいた。か぀お、「連盟䞻催の倧䌚で優勝したら欲しいモノを買っおやる」ず玄束しおいたKoru-Moruさん。その「ニンゞン」を果たさなければならないず身構えながら、圌らは垰路のコンビニぞず立ち寄る。
 はるかもたた、画面を芋぀めながら䞀䜓、どんなご耒矎を買っおもらうのだろうず、少幎の期埅に同調するように息を詰めた。けれど、日蚘の結末に蚘されおいた顛末を読んだ瞬間、はるかは堪えきれずに吹き出した。
 「ふふっ  あははっ」

 深倜のリビングに、笑いを噛み殺す圌女のくぐもった声が埮かに響く。
 数幎越しの壮倧な玄束は、成長期特有の抑えきれない空腹感によっお、あっけなく䞊曞きされおしたっおいた。レゞ暪のささやかな枩もりに芋事にすり替え、「これも玄束になるはずだよな」ず、安䞊がりな察䟡で枈たせおしたった父芪。
   隙されおる。燈真くん、それ、完党に隙されおるわよ
 たんたず父芪の策に乗り、欲求を満たすためだけのゞャンクなご耒矎を頬匵っおいるであろう少幎の姿が目に浮かぶ。
 「ずるいわね、お父さん」口元をマグカップで隠しながら、はるかは誰に蚀うずもなく呟いた。
 歊史であれば、玄束は厳栌に「契玄」ずしお履行し、子䟛がその堎しのぎの芁求をしようものなら「蚈画性がない」ず理詰めで正しおいただろう。けれど、Koru-Moruさんの家庭では、そんな完璧さは求められおいない。芪のちょっずした狡猟さず、空腹に負けおしたう少幎の無防備な玠盎さ。その䞍噚甚で泥臭いやり取りが、はるかにはたたらなく愛おしかった。
 スマヌトフォンの攟぀光の向こう偎、芋知らぬ少幎ぞ向けお、はるかの内偎から静かで枩かな母性が溢れ出す。 窓の倖、癜金の倜景は盞倉わらず冷たく茝いおいる。けれど、はるかの手元にあるカモミヌルティヌの湯気ず、テキストから立ち䞊るような日垞の匂いは、圌女の心を芯から枩めおいた。
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【玄束】
燈真にはずっず欲しかった物があり
それを銖から䞋げた姿を私達も芋たかった。
ずにかく速くなりたい
ずっずそんな気持ちが染み出おいたず思う。

䞀生懞呜緎習しお緎習の垰りには空腹に耐えきれず毎回コンビニに寄るのが定番になっおいた。


第9回ロヌドレヌス遞手暩 恵那倧䌚
初めお運営のお手䌝いをしおたくさんの事を知りたした。
今たで私が子䟛たちの掻躍の堎に足を運び、その姿を芋られたのは倚くの人達のおかげ。指導をしおくれる方や䞀緒に緎習をする仲間やラむバルだけではなく、それぞれの倧䌚を運営しおくれる方々。そしお、その手䌝いをしおくれた方々のおかげ。

たた、初日の倱敗、転倒などで倚くの人に、心配をかけお気遣いをしお頂きたした。今回、私は今たでずは違う感謝の念を抱きたした。

倧䌚二日目
ずっず欲しかったモノを銖から䞋げた燈真を芋お
文字で衚珟しきれない熱い䜕かがこみ䞊げたした。
これから始たる厳しい戊いに向けお
モチベヌションを䞊げるきっかけになっおくれるだろうず思いたす。
そしお
そんな兄の姿を目にした、これからの玡぀むぐの成長も楜しみです。


「連盟䞻催の倧䌚で優勝したら欲しいモノを買っおくれるんだったよね」
もう䜕幎も昔の話。
燈真がただ小孊校4、5幎生の頃
そんなニンゞンをぶら䞋げたような  。
子䟛っおそういう玄束を忘れないものなんだ  。
うか぀に発した蚀葉を真剣にずらえられおは困るけれど

でも、これは守っおやらなきゃ
そんな事を思いながら垰りのハンドルを握っおいたした。

今回も䟋倖に挏れずコンビニに寄りたした。

飲み物ずちょっずだけお腹を満たす為のナニかをかごに入れ
レゞの前に立぀ず
「サクットメンチも買っお」ず、燈真は蚀いたした。


サクッずメンチ皎抜き128円
熱量251.5kcal
タンパク質7.2
脂質18.7
炭氎化物13.5
Na254mg

党囜のセブンむレブンにお、販売 店舗により取り扱いのない堎合がありたす。

䜕幎も前の玄束を容易に果たせたした。



透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉十四章の芖界ず、芋えないバトン

 冬の冷たい雚が、癜金の街を灰色のグラデヌションで塗り぀ぶしおいた。けれど、屋内プヌルに満ちる空気は、真逆の熱を垯びおいる。氎面に反射する揺らめく光ず、錻を突く塩玠の匂い。氎泳教宀の蚘録䌚に集たった芪たちの声揎が、重く湿った空気をびりびりず震わせおいた。
 「かりん、いいぞ そのたた腕を䌞ばせ」
 「しずく、息継ぎのタむミングだ、焊るな」
 はるかは、隣で身を乗り出しお叫ぶ歊史の暪顔を、どこか信じられない思いで芋぀めおいた。普段の冷培な゚リヌトサラリヌマンの姿はそこにはない。ネクタむを緩め、氎飛沫でスヌツの袖が濡れるこずも厭わない。その声には、䞀切の蚈算や「投資ぞの査定」を感じさせない、䞍噚甚で玔粋な熱量がこもっおいた。
 ゎヌルを告げるブザヌが鳎り響く。氎面から顔を出したかりんずしずくが、電光掲瀺板を芋䞊げた。二人揃っおの、自己ベストの倧幅な曎新だった。
 「やった パパ、ママ、芋た」
 プヌルサむドに䞊がり、歓喜の声を䞊げお駆け寄っおくる嚘たち。歊史はしゃがみ蟌み、二人を力匷く抱きずめた。「よくやった。二人ずも、最高の泳ぎだったぞ」 歊史の倧きな手が、嚘たちの濡れた髪をわしゃわしゃず撫でる。その手は、冷たいデヌタを操䜜する手ではなく、確かに血の通った「父芪の手」だった。
 その枩かな光景を芋぀めながら、はるかの脳裏にふず、Koru-Moruの蚀葉が蘇った。
 『蛍の光を守るために、繋いだ圌女の右手が、私の巊手を力匷く握り返す』
 『私は湯船の䞭で息子達の手をギュっず぀かんだ』
 䞍噚甚で、泥臭くお、けれど䜕よりも家族を愛しおいるKoru-Moruの「手」。そしお今、目の前で嚘たちを力匷く撫でおいる、歊史の「手」。歊史のやり方は時に効率を求めすぎるかもしれない。けれど、根底にある「嚘たちの未来を守りたい」ずいう願いの匷さは、きっずKoru-Moruず同じなのだ。
 私、歊史さんの䜕を知っおいたんだろう
 Koru-Moruさんが教えおくれた「4%」の話を思い出す。人類が把握しおいる宇宙の物質は、わずか4%に過ぎない。私は、歊史ずいう人間の、䞀䜓䜕パヌセントを理解しおいたのだろう。「冷たい人」ず決め぀け、圌の䞭にある残りの96%の未知の領域を芋ようずすらしおいなかったのではないか。
 そしお、ふず思った。
 あの日、あのクロヌれットの暗闇の䞭で、私が秘密の端末に手を䌞ばしたこず。そしお、導かれるようにKoru-Moruさんの蚀葉に出䌚ったこず。
 それもたた、単なる偶然などではなく、この䞖界を動かしおいる「96%の目に芋えない力」が、迷子になっおいた私の背䞭をそっず抌した結果だったのかもしれない。
 私をこの日蚘ぞず匕き寄せた、重力のような、あるいは運呜のような巚倧なノむズ。その正䜓に觊れた気がしお、はるかの胞はか぀おない高鳎りを芚えた。
 垰り道、歊史は䞊機嫌で車を走らせ、玄束通り嚘たちぞのご耒矎を買いに向かった。しずくの小さな手には、憧れだった「ニンテンドヌ3DS LL」ず「ずびだせ どうぶ぀の森」。そしお、かりんの震える手には、最新の「iPhone 6Plus」が握りしめられおいた。
 
 「えっ、iPhone 歊史さん、それはいくらなんでも高䟡すぎない」
 思わず声を䞊げたはるかに、歊史はバックミラヌ越しに笑いかけた。
 「いいんだ。これだけの結果を出したんだ。それに、スマホを持っおいれば䞇が䞀の時にも連絡が取れる。䞀皮のセキュリティ投資でもある」
 そこにはい぀もの「合理的な理由」が添えられおいた。
 しかし、歊史はふいに芖線を前に戻すず、咳払いをしお続けた。
 「  かりんのモチベヌションを無芖した匷制は、長期的な成長ずいう芳点から芋お極めお『非効率』だった。私のマネゞメントミスだ。」
 ハンドルを握ったたた、耳たで真っ赀にしお絞り出されたその蚀葉は、たるで䌚瀟の䌚議宀から間違えお持ち蟌たれたようだった。私は助手垭から暪目で倫を芋぀め、埌郚座垭のかりんはルヌムミラヌ越しに父芪の埌頭郚をきょずんず芋぀めおいる。
 「マネゞメント  」かりんが埌ろから小さく呟いた。
 歊史は芳念したように、぀づけお話した。
 「  読曞感想文の時には、かりんに蟛い思いをさせおしたったからな」
 その蚀葉に、埌郚座垭のかりんが匟かれたように顔を䞊げた。はるかもたた、息を呑んで隣の倫を芋぀めた。あの、絶察に自らの非を認めない完璧䞻矩の歊史が、自分の「効率」が嚘を傷぀けおいたこずを認め
 圌なりの䞍噚甚なやり方で莖眪しようずしおいる。
 驚きず嬉しさで顔をくしゃくしゃにしお泣き笑いするかりんをバックミラヌ越しに芋぀めながら、歊史の目尻は確かに優しく䞋がっおいた。
 
 歊史自身も気づいおいるのかもしれない。自分の「投資」の目的が、い぀の間にか客芳的な数字から、嚘たちのこの無邪気な笑顔ぞずシフトし始めおいるこずに。 圌なりの戞惑いず䞍噚甚な軌道修正が、はるかには痛いほど䌝わっおきた。
 「  パパ」 かりんが、涙で濡れた顔をたっすぐに䞊げお蚀った。
 「次は絶察に、自分の蚀葉で曞いた䜜文で、本圓の賞状をもらうから」
 歊史は䞀瞬だけ目を䞞くし、そしお、深く頷いた。
 
 その瞬間、はるかの䞭で、ずっず心の奥底に刺さっおいた「芋えない棘」が、音もなく溶けおいくのを感じた。 クロヌれットの奥で偶然觊れおしたった、あの秘密の携垯電話。あの日からずっず、はるかの心を凍らせおいたあの端末は、今や「裏切りの象城」ずしおの熱を完党に倱っおいた。それはただの、叀びた通信機噚の残骞に過ぎない。過去の䞍安が化石化したような、無機質な抜け殻だった。
 もう、いいわ。歊史さんが䜕パヌセントの秘密を持っおいようず、今日、この子たちに芋せおくれたあの笑顔は本物なのだから
 
 蚘録䌚の倜。嚘たちが寝静たったリビングには、ただ埮かに塩玠の匂いず熱狂の䜙韻が挂っおいるようだった。
 はるかは、゜ファでく぀ろぐ歊史の背䞭を芋぀めた。
 「歊史さんが、あんな感情的なサプラむズをするなんお思わなかった。かりんも、しずくも  本圓に嬉しそうだった。ありがずう」
 歊史は手元の経枈誌から芖線を䞊げるず、ふっず短く息を吐いた。
 「勘違いしないでくれ。あれはサプラむズなどではなく、投資ぞの正圓なリタヌンだ。  もっずも、最初の導入プロセスにおいお、私に若干のマネゞメントミスがあったこずは認めよう」
 「マネゞメントミス」
 歊史は雑誌をテヌブルに眮き、䞡手を組んだ。
 「ああ。かりんの才胜を䌞ばすため、私は専門家の゚ビデンスに固執しすぎおいた。以前、駅で至孊通倧孊の教授のスマヌトフォンを拟っおね。亀番に届けるタむムロスを省くため、持ち䞻を特定しお盎接郵送しようず、䞀晩だけ私のポケットに保管した」
「だが  盞手がスポヌツ科孊の暩嚁だず分かった時、嚘の才胜を飛躍させる画期的な゚ビデンスが手に入ったず、少しばかり興奮しおいた私は、スマホをポケットに入れたたたクロヌれットにしたうずいう臎呜的な゚ラヌを犯した。倧事に至らなかったからよかったものの  私ずしたこずが、䞀時的な興奮でパフォヌマンスを䜎䞋させるずは。  自己のタスク管理システムを最適化し盎す必芁があったな」
 はるかの心臓が、冷たい手で鷲掎みにされたように収瞮した。
 䞀晩だけ、ポケットに保管。クロヌれットの暗闇で震えおいた、あの薄い端末。
 「教授   そのスマホ、女の人じゃなくお  」
 「ん なぜ女性が出おくる。児童心理ずスポヌツ科孊の暩嚁、柎厎教授だぞ。それを瞁に、その幎の名叀屋出匵の折に圌ず䌚談したよ。氎泳の優䜍性に぀いお熱を䞊げるあたり、垰りの新幹線に乗り遅れそうになった」
 「な、名叀屋の出匵  柎厎薫  教授」
 「やはり、君も知っおいるのか、柎厎教授を。圌ほどの有名人ならば、それも䞍思議ではないだろう」
 はるかの芖界が、ぐらりず揺れた。
 「私はあの日、あやうく土産を買うリ゜ヌスを倱うずころだったが、垰京埌、東京駅の地䞋街で名叀屋名物を調達した。物理的な結果は同じだからな。そこで埗た゚ビデンスを元に、私は氎泳を提案したずいうわけだ」
 歊史は、自らの完璧なリカバリヌず有益な人脈構築を誇瀺するように、満足げに頷いた。
 「    ふっ」
 はるかの口から、空気の挏れるような音がした。

 「なんだ、その顔は。私が土産の調達堎所を東京駅に最適化したこずが、そんなに䞍満か」
 「ううん  そんなこずないの。そうじゃないの。  でもさ、だっお ふっ」
 
はるかは、必死に口元を手で芆うが、蟌み䞊げおくるおかしさを止められない。
 出匵を停装した䞍倫の蚌拠だず思い蟌んでいた、東京駅の味噌煮蟌みうどんず柎厎薫ずいう人物  。
 家族を裏切る秘密の端末だず思い蟌み、絶望のあたりネットの海を圷埚った倜。すべおは、亀番に行く30分を惜しみ、土産の買い忘れを合理的に誀魔化そうずした、この生真面目で䞍噚甚な倫の「最適化」が匕き起こした、壮倧な勘違いだったのだ。
 「ふふっ  あははははっ」
 「な、なんだ。䜕を笑っおいる」
 「ごめんなさい、だっお  あははっ」
 それは、Koru-Moruが防犯カメラの前で自らの滑皜な思い蟌みに打ちのめされた、あの『ネコモンダむ』の結末ず党く同じだった。私は、圌の滑皜さを笑えない。私自身が、䞀番の喜劇を挔じおいたのだから。
 怪蚝な顔をする歊史の前で、はるかは涙が出るほど笑った。ずっず心を瞛り付けおいた透明な鎖が、音を立おお砕け散っおいく。目の前にいるのは、冷培な悪圹などではない。䞍噚甚に家族を愛そうずしお盛倧に空回りしおいる、ただの䞀人の男だ。 笑い転げる劻を前に、歊史は䞍本意そうにネクタむを緩めた。
 「笑う芁玠などないはずだ。あの時の教宀の遞定以倖、私の教育マネゞメントは完璧だったのだからな」
 そのむっ぀りずした顔がたたらなく愛おしくお、はるかは「そうね、完璧だったわ」ず、涙を拭いながら深く頷いた。
 
 「明日も早い。もう寝るぞ」ず、照れ隠しのように立ち䞊がった歊史の背䞭を芋送り、はるかは䞀人、リビングの゜ファに腰を䞋ろした。
カモミヌルティヌの枩かなマグカップを䞡手で包み蟌みながら、静かに思い返す。
 Koru-Moruさんが教えおくれた「4%の䞖界」の話。
 私は、歊史ずいう人間の、䞀䜓䜕パヌセントを理解しおいたのだろう。圌の「合理䞻矩」ずいう衚面的な4%の冷たさだけで圌を決め぀け、残りの96%に隠されおいた、䞍噚甚で必死な父芪ずしおの愛情を芋ようずすらしおいなかった。
 私が勝手に圌を悪者にし、勝手に絶望しお、勝手に芋知らぬ男の蚀葉に救枈を求めおいたのだ。Koru-Moruさんが防犯カメラの前で自らの滑皜さに打ちのめされたように、私もたた、自分自身の思い蟌みの滑皜さに気づかされた。
 はるかは、ポヌチからあの秘密のスマヌトフォンを取り出した。
 もう、息苊しさから逃れるためにこの暗い海に朜る必芁はない。私が生きるべき堎所は、あの冷培で、䞍噚甚で、愛すべき倫のいる珟実の郚屋なのだから。
 けれど、この端末に導かれたこずは、決しお無駄ではなかった。人類がただ捉えきれおいない宇宙の96%の未知なる力が、迷子になっおいた私の背䞭をそっず抌し、圌の日蚘ぞず匕き合わせおくれたのだ。歊史さんが芋せおくれた『96%の䞍噚甚な愛』に気づけた今なら、きっず今たでずは違う、曇りのない芖点で圌の蚀葉を受け取れる気がした。
 ありがずう。あなたのおかげで、私は私の家族を信じるこずができるようになりたした
 心の䞭でそっず感謝を告げながら、はるかはサむトにログむンした。開いた圌のペヌゞには、『バトン』ずいうタむトルの新しい日蚘が眮かれおいた。 静かに画面をスクロヌルする。そこに綎られおいたのは、27幎前に亡くなった友人・安藀さんず、残された母芪、そしおか぀おの恋人を繋ぐ、途方もなく重く、静かな蚘憶だった。
 
 
 


[資料] Koru-Moru日蚘【バトン】
「正月に陞䞊郚のOB数人で集たるけど来れる」
LINEではなくショヌトメヌルで連絡が。
即、行きたすず返事をショヌトメヌルで返す。
LINEで連絡をよこせよず毎回思う  。

陞䞊郚の仲間に䌚うず思い出す事が2぀ある。
・最埌の地区倧䌚のマむルリレヌでバトンを萜ずしお䞭途半端な終わり方になった事。
・四囜の党囜倧䌚の400リレヌでバトンの受け枡しを倱敗し先茩を転倒させおしたった事。
   い぀も嫌な事を思い出す。

今幎もその思い出話を぀い぀いしおしたった。

「先茩は、1日に䜕皮目も出おいお足が残っおいないず刀断しおいたのです。だからい぀もよりも遅めにスタヌトをしたした。それがいけなかった  」
なんお、未だに同じ話を蚀い蚳のようにしおいる。
あずは某先茩の離婚の話ずかだ。いたどき離婚は珍しい事なんかじゃない。
3組に1組は離婚をする時代だし、その埌の出䌚いだっお期埅できる。
事実、某先茩はすでに再婚しおいるし。
出䌚いや別れも運呜なのだろうか
ずか
どうでもいい話や
そうではない話や
そのどちらでもない話をたくさんしお
呚囲のお客も少なくなったころだった。
 

  去幎、安藀のお墓参りに行ったこずを話した。



囜道を䞀本入るず现い曲がりくねった道がみえる。
川沿いのさらに现い道を進むず
呚りを緑に囲たれた開けた堎所にたどり着く。
地元の人しか立ち入らない墓地だ。
27幎の歳月が流れおも、そこだけは倧きな倉化もなくあの頃のたただった。
その日も遠くで鳥のさえずりず
葉桜になった山桜を揺らす颚の音しかしない静かな日だった。
お墓に花を䟛え
お線銙に火を぀けお
静かにお参りをしおいるず遠くに人圱が芋えた。
その人圱はこちらに近づき
「どなたですか」ず私に尋ねた。
私はその人を知っおいた。
もう25幎以䞊、四半䞖玀ぶりに䌚ったのだけど、すぐにそれが安藀のお母さんだず気づいた。

「陞䞊郚のOBです」
「今幎は他のOBず予定が合わなくお、䞀人で来たした」

「ただ来おくれおいたのだね」ず、お母さんは私に頭を䞋げたした。
ここで話すのも疲れたすからず
自宅に招いお頂き、お茶をご銳走になる事になった。

「結婚はしおいるの」
「子䟛は䜕人」
「いく぀になるの」
「幞せに暮らせおいる」
なんお、たくさんの事を話しおいた。

昔の話になるず、お母さんの目は赀くなった。
「私にずっお、この子がいなくなっおしたっおからの時間はあっず蚀う間だったよ。でも、あなたの姿を芋お、話をしお、すでにずおも長い時間が過ぎおしたった事を感じたした」
その衚情から染み出おくるこの人の過ごした25幎以䞊の歳月がどんなものだったのか。
それを想像する事が、私には蟛かった。

「䜕も出来ないけど、たた寄っおくださいね」お母さんはそう蚀った。

垰り際に懐かしい名前を聞いた。
安藀の圓時付き合っおいた女の子の名前だ。
話した事もなく、䌚ったのは1回あるかないか定かではなかったけれど、頭にその名前はきちんず残っおいた。
「もうずいぶん昔、圌女が結婚するずきにうちに挚拶にきおくれおね。その時に息子からもらった物を返しに来おくれたのさ。䞀緒に持っおいく事が出来ないからっお」
「その時に私はちょうど居なくおね。お婆さんがその遺品ず連絡先の曞いた玙を預かったの」
「  嬉しかったよ」
「でもね、倕食埌に電話しようずズボンのポケットに入れたら忘れお掗濯をしおしたっおね」
「それで埡瀌も蚀えないたたになっおしたっお  」


垰り道
ハンドルを握りながら
お母さんの蚀葉を思い出しおいた。
「でもね、これはきっず息子が、もう圌女を自由にしおあげおくれず蚀っおいたのかもしれない。連絡をしない方が、きっず圌女の未来にずっお良かったのかもしれない」

そうか
そうなのだろうか
圌女は、お母さんにちゃんず報告がしたかったはずだ。
お母さんだっお祝犏をしたかったはずだ。
そしお、お母さんからの返事がない事。
それがお母さんの圌女ぞの返事だず誀解しおいるのかもしれない。
頭の䞭をグルグルしおいた。
でも
お母さんの蚀っおいる事もこの歳になっおなんずなく理解も出来たし
䜕よりも、もう20幎以䞊昔の話だ。
圌女の連絡先を自分が知るわけもない。自分には解決はできないし
それをする事が良い事なのかもわからなかった。



陞䞊郚のチヌムメむト
過去にいろいろ衝突もあり、喧嘩をしたこずもある。
でも、未だに䞀番信甚しおいる奎。
結婚匏の2次䌚の進行も圌に任せたし
うちのお嫁ず互いに小孊生の頃から知っおいる間柄だった。
結婚をするずき、䞍思議な運呜を感じたものだ。
もっずも
自分たちの出䌚いや息子達の出䌚いが
運呜なんお陳腐な蚀葉で片づけられるようなものなんかじゃないず思うけれど、䞍思議な人の぀ながりがあるのも事実だ。

圌はスマホを持たない。いや、スマホを持っおいた。
持っおいたけど、ガラケヌに倉えた。
珍しいタむプの男だけど、その理由も圌らしいもので玍埗もできた。
ガラケヌ持ちなので、連絡はショヌトメヌルで来る。LINEではないのだ。
ショヌトメヌルをよこす知人は圌だけであり、他は携垯䌚瀟からの宣䌝のようなものばかり。
だから
たたに、圌からのショヌトメヌルに気づかない事もある。
圌からのショヌトメヌルに぀い先日気づいた。すでに䞀か月近く過ぎおいたけれど  。


【報告】
・先日の飲み䌚で話しおいた件
「仲間内に圌女の知り合いがいお、圌女の連絡先を安藀家に䌝えおもらうようになりたした」


お母さんの気持ちが、ちゃんず圌女に䌝わるずいい。
20幎前に連絡が来なかった誀解が、きれいに解けおくれればいい。
二人の女性が、20幎埌の出䌚いに笑顔でいられたらいい。
あの日のバトンが、お母さんに぀ながっおくれたら  嬉しい。



 
 
 

透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉十五章緑色の球䜓ず、阿寒湖のゞオラマ

 䞀月の身を切るような寒颚が、窓ガラスを埮かに震わせおいた。床暖房の効いた快適なリビングで、次女のしずくは゜ファに寝転がり、小さな手で「ニンテンドヌ3DS LL」を熱心に操䜜しおいた。蚘録䌚の倧幅なタむム曎新のご耒矎ずしお歊史が買い䞎えお以来、圌女はすっかり『ずびだせ どうぶ぀の森』の䞖界に倢䞭だった。
 「しずく、い぀たでもゲヌムをしおいおはダメよ。そろそろ倕ご飯だから片付けなさい」 はるかがキッチンから声をかけるず、しずくは名残惜しそうに画面を芋぀めた埌、枋々ずいった様子でパタンず本䜓を閉じた。
事件が起きたのは、その盎埌の倕食時だった。
 「ねえ、パパ、ママ」 ハンバヌグに箞を䌞ばしかけおいたしずくが、ふいに真剣な顔を䞊げお蚀った。
 「私、犬を飌いたい。どうぶ぀の森みたいに、お家で犬ず䞀緒に暮らしたいの」
 
 突然の爆匟発蚀に、はるかは思わず箞を止めた。
 「犬っお  しずく、パパもママも日䞭は仕事があるし、かりんもしずくも孊校や氎泳があるでしょうお散歩やご飯のお䞖話、誰がするの」珟実的な正論で諭すはるかの暪で、歊史は腕を組み、埮かに眉間を寄せおいた。圌の脳内では、い぀ものように高床な「メリットずデメリットの蚈量」が始たっおいるのが分かった。
 動物を飌育するこずは、情操教育においお倧きな成果を生むかもしれない。だが  
 歊史の思考は、すぐに「氎泳ずいう資産」の保護ぞず傟いた。川口コヌチの蚀葉によれば、長女のかりんはこの地区の六幎生でも誰も圌女のタむムを抜けないほどの成長を芋せおいる。さらに、目の前にいるしずくには、かりんを凌ぐほどの玠質が眠っおいるずいうのだ。いた犬を飌えば、確実に嚘たちのリ゜ヌスは分散され、氎泳ぞの集䞭力が削がれる。それは投資蚈画に察する明確なマむナス芁因だった。
 「  しずく」
 歊史は、郚䞋を論砎するずきのような冷静な声音で口を開いた。
 「犬を飌うずいうこずは、呜に責任を持぀ずいうこずだ。今のしずくには、氎泳ずいう倧切な目暙があるはずだ。たずはその才胜を䌞ばすこずを優先しなさい。犬は、もっず倧人になっおからでも遅くはない。」
 完璧な論理による、隙のない説埗。これたでのしずくなら「うん、わかった」ず玠盎に匕き䞋がる堎面だった。しかし、しずくはポロポロず倧粒の涙をこがし、テヌブルの䞋で小さな拳を握りしめた。
 「いやだ 絶察に犬がいい ワンちゃんず䞀緒に暮らしたいの」
 声を荒らげお反抗する嚘の姿に、歊史ずはるかは目を芋開いた。い぀も姉の背䞭を远いかけ、芪の蚀うこずを玠盎に聞いおきたしずくが芋せた、初めおの匷い自我だった。
 困惑する歊史の顔を芋お、はるかの脳裏にふず、ある蚘憶がフラッシュバックした。深倜の暗闇の䞭で読んだ、Koru-Moruの『たりも』ずいうタむトルの日蚘だ。
 圌もたた、幌い長男から犬を飌いたいずせがたれ、誀魔化すために「たずは犬ではなくお、たりもから始めよう。安いし、誰にでも飌育できるし、可愛いよ」ず諭したずいう。
 あの䜜戊を、拝借させおもらおうかしら
 はるかはスマヌトフォンを取り出し、画面を操䜜しお䞀枚の写真をしずくに芋せた。
 「しずく、犬を育おるのは本圓に、ずっおも難しいこずなの。だから、たずはちゃんず『緎習』しおみない 犬よりも飌育が簡単な、『たりも』から飌いたしょう」
 画面に映し出された、緑色の䞞くおフワフワずした䞍思議な球䜓。涙で濡れたしずくの目が、奜奇心に䞞く芋開かれた。
 「たりも   この子も、お氎が奜きなの」
 「ええ、そうよ」 はるかは、嚘の心が氎泳ずリンクしたのを芋逃さず、優しく埮笑んだ。
 「かりんやしずくず䞀緒で、氎の䞭が倧奜きなの。ずっおも可愛いわよ」その蚀葉に、しずくはパァッず顔を茝かせた。
 「うん 私、たりも飌う」
 芋事な問題解決に、歊史は感心したように息を吐き、はるかに向かっお小さく頷いた。
 
 数日埌の週末。宅配䟿の倧きな段ボヌルがいく぀も届き、リビングの䞀角にそれは完成した。

 「  歊史さん、これ、䜕」
 買い物から垰宅したはるかは、唖然ずしお声を挏らした。リビングの棚の䞊に鎮座しおいたのは、数癟円の小瓶に入ったたりもなどではなかった。匷力な濟過フィルタヌ、氎枩を䞀定の冷たさに保぀ための高䟡なクヌラヌ装眮、倪陜光に近い波長を出す特殊なLEDラむト、そしお底には矎しく掗浄された倩然石が敷き詰められた、本栌的な倧型氎槜だった。

 「阿寒湖の自然環境を完党暡倣したゞオラマ氎槜だ」
 歊史が、さも圓然のこずのように胞を匵った。
 「しずくが『緎習』ずしお呜を育おるなら、最高の゚ビデンスに基づいた完璧な飌育環境を甚意するのが芪の圹目だろう。氎質も氎枩も、アプリで管理できるように蚭定しおおいた」
 ああ  なるほど。歊史さんも、同じなんだわ
 盞倉わらずの、床を越した「最適化」ず「資本投䞋」。けれど、その真面目腐った暪顔ず隙のない正論を聞きながら、はるかの脳裏にはふず、か぀お深倜の暗闇で読んだKoru-Moruの『いいわけ』の日蚘が蘇っおいた。 実挔販売の女性に芋ずれた倱態を、二぀の月の匕力や宇宙のロマンで壮倧に誀魔化そうずしおいた、あの滑皜で愛おしい必死さ。歊史が今䞊べ立おおいる「゚ビデンス」や「芪の圹目」ずいう蚀葉も、嚘の無邪気な願いを叶えるために奔走した自分を正圓化するための、圌なりの䞍噚甚な「いいわけ」なのだ。
か぀おのはるかなら、この理詰めの蚀葉に嚁圧感を芚え、息を詰たらせおいただろう。あの日、日蚘の䞭の「お嫁」さんが倫の嘘をルヌムミラヌ越しに笑っお蚱した寛容さを、自分たちには決しお手に入らないものだず矚み、絶望しおいた。けれど今、ゞオラマ氎槜を誇らしげに語る倫の姿を前にしお、はるかの胞には䞀月の寒さを完党に溶かすような、穏やかな枩もりが広がっおいた。
 歊史さん。あなたのその䞍噚甚な愛情、私にはちゃんず䌝わっおいるわよ
 か぀お矚んだ「お嫁」さんず同じように、倫の滑皜な蚀い蚳を心から愛おしく受け止めおいる自分が、確かにここにいる。
 氎槜の前では、しずくが目をキラキラさせながら、氎流に揺れる小さな緑色の球䜓を芋぀めおいる。
 「ママ、芋お たりも、すっごく気持ちよさそう」
 倧喜びするしずくの匟んだ声を聞きながら、はるかは、Koru-Moruの十幎越しのオチを思い出した。そしお、氎槜を真剣な顔で芗き蟌む倫の暪顔を芋぀めながら、誰にも気づかれないようにそっず吹き出した。
 歊史さん。私たちのたりもは、十幎埌も元気に育っおいおくれるずいいね
 その倜、はるかはい぀ものように化粧ポヌチぞ手を䌞ばしかけ、ふずその動きを止めた。歊史の䞍噚甚な愛情ず、嚘たちの無邪気な笑顔。今、自分の目の前にある珟実が枩かくお、満たされおいる。今日ずいう日を、他の䜕かの蚀葉で薄めたくないず思った。ポヌチの奥で眠る秘密のスマヌトフォンは、そのたた静かな闇に委ねられた。それが、はるかが「柱んだ海」からゆっくりず、けれど確実に遠ざかっおいく最初の倜だった。



【資料】Koru-Moru日蚘【たりも】

本圓に驚いちゃうよね。
知らなかったよ。

『たりも』が本圓は䞞くないなんお。
本来『たりも』は现長く䞞くはないようです。
しかも、
『たりも』は近幎その個䜓数が枛少しレッドブックに掲茉されおいる垌少皮の怍物なのです。
じゃ、売っおいるあれは
なんお疑問の回答は
「あれは逊殖『たりも』で、それを人工的に䞞めおいるずの事なんです」
本圓に驚いおしたうよね。

長男が保育園の頃、どうしおも犬を飌いたいずせがみたした。
犬の面倒を、ちゃんずみれない環境にあった私は、なんずかそれを誀魔化すために 
「たずは犬ではなくお、『たりも』から始めよう」
「安いし、誰にでも飌育できるし、可愛いよ」ず諭したした。

そしお、『たりも』680円が我が家に来た日
長男は倧喜びしたした。
そんな息子をお嫁ず私は埮笑たしく芋぀めおいたした。
懐かしい話だ。

あい぀が来月から高校生になる。
あい぀がもうそんな歳に  月日の流れる速さには、驚くばかりです。

少し前に
あの時の『たりも』が、党然倧きくならないず心配した次男は『たりも』の育お方を調べおいたした。
『たりも』を育おるうえで
①冷たい氎で育おる。
②定期的に氎をかえる。
③『たりも』を定期的に掗っおあげる。
などの倧切な泚意点があるこずを知った。
「氎がたったく汚れなかったから、氎は替えおなかったし、冷たい氎でもなかったし、10幎以䞊1回も掗っおなかった。どおりで10幎以䞊経っおも成長しないはずだよな」

次男は明日孊校から垰ったら『たりも』の䞖話をするず私に玄束した。

次の日の倕食
「たりも、元気になりそうか」なんお次男に尋ねおみたら

「冷氎にしお氎も替えお、たりもを掗ったけど  あれさ、たりもじゃなくお、緑色の綿だったわ」

10幎分のカレンダヌが、音もなく真っ癜な玙に戻っおいくような
静寂が流れた。

  本圓に驚いちゃうよな。




 
 
 

透明な鳥かごの鍵の開け方 第䞉十六章ヒメボタルの瞬きず未来ぞの予玄

 冬の透き通った日差しが、癜金のマンションの窓蟺に柔らかな四角い光を萜ずしおいた。
 はるかは、淹れたおのダヌゞリンの銙りが立ち䞊るカップを䞡手で包み蟌みながら、゜ファで静かに本を読む歊史の背䞭を芋぀めおいた。
か぀お、圌の背䞭から発せられる理路敎然ずした冷気に、はるかは垞に息を詰たらせおいた。圌に芋䞋されないよう、完璧な劻を挔じるこずに必死だった。けれど今、圌女の網膜に映る歊史の姿には、䞍思議なほどの穏やかさが宿っおいる。
 嚘たちを氎泳教宀に通わせたこずで、歊史は少しず぀「父芪ずしおの䜓枩」を取り戻し始めおいた。だが、それ以䞊に劇的な倉化を遂げたのは、他でもないはるか自身だった。自らの足で南知倚の重い朮颚に吹かれ、自分の意志で仕事のバトンを掎み取った。自分の茪郭をはっきりず取り戻したからこそ、歊史ずいう人間を、その匱さや䞍噚甚さも含めお受け入れる䜙裕が生たれたのだず、はるかは静かに自芚しおいた。
 ふず、点けっぱなしになっおいたテレビから、静謐なBGMず共にキャスタヌの萜ち着いた声が流れおきた。
 『名叀屋城のお堀には、郜垂郚では極めお珍しいヒメボタルが生息しおいたす――』
 画面が切り替わり、挆黒の闇に包たれた朚々の間を、無数の黄金色がゆっくりず明滅する映像が映し出される。
 「  蛍」
 はるかの唇から、無意識に声が挏れた。 ヒメボタルの生態を詳しく解説するキャスタヌの声を背景に、はるかの脳裏には、か぀おKoru-Moruが日蚘に綎っおいた「暗闇の森」の情景が、むせ返るような緑の匂いず共に蘇った。
 
 そういえば、あれからもう䞉ヶ月近く、私はあの秘密のスマヌトフォンに觊れおいない。満たされた珟実の忙しさず枩かさの䞭で、出䌚い系サむトぞログむンするこずすら、完党に忘れおしたっおいたのだ。
   もう、あの日蚘に「䟝存」する必芁はない
 今の自分には、自分の足で立ち、自分の枩床で家族ず向き合うだけの確かな熱がある。
 その日の深倜。 はるかは化粧ポヌチの奥から、すっかり攟電しきっお冷たくなっおいたスマヌトフォンを取り出し、充電ケヌブルを繋いだ。 あのサむトを退䌚するためだ。
 私を救っおくれたあの枅朔な蚀葉たちず、恩人である圌に、心の奥で静かに別れを告げよう。
 そう決めおいた。
 数分埌、起動した画面からサむトぞログむンし、Koru-Moruのペヌゞを開く。
 そこにはたった䞀぀、ただはるかが読んでいない新しい日蚘が眮かれおいた。投皿された日付は、䞉ヶ月も前のものだった。私がこのサむトを開かなくなった頃から、圌もたた、曎新をピタリず止めおいたのだ。季節が䞀぀巡るほどの、長い空癜の時間。
 はるかは画面を芋぀めながら、その「䞉ヶ月」ずいう沈黙の意味を静かに悟った。
 
 そしお、圌が最埌に残した日蚘のタむトルに目を向けた。
 タむトルは、『結婚蚘念日 2』
 その文字を目にした瞬間、はるかの指先が画面の䞊で埮かに匷匵った。
 か぀お圌が綎った、殺虫剀で党滅した島の生態系の話。䞀床壊れおしたったモノは、二床ず同じモノを䜜り䞊げられないずいう、絶望にも䌌たあの『結婚蚘念日』の蚘憶が、足元から這い䞊がるような冷気ずなっお胞を吹き抜ける。
   䜕があったの
 はるかは小さく息を吐き出し、祈るような気持ちで画面の文字を远い始めた。
 そこには、か぀お新しくできたフレンチのお店に家族䞉人で蚪れた日のこずが綎られおいた。䞀枚撮っおくれた写真の䞭で、劻の巊手薬指に結婚指茪が光っおいたこず。「い぀かこの子が倧きくなった結婚蚘念日にたたココで食事をしよう」ず、玄束を亀わしたこず。
 時が流れ、家族が四人になり、「次男が䞭孊になる結婚蚘念日に4人で食事をしようね」ず、劻が蚀ったこず。先日、雑誌を開くずそのお店が掲茉されおいたずいう。写真に写るその店は、あの日ず同じ重厚な扉にアンティヌクの照明、マホガニヌのテヌブル。倉わっおいたのは、゜ムリ゚のひげに癜いものが目立っおいたこず。そしお、「小孊生以䞋のお子様はご遠慮願いたす」ずいう最埌の䞀行が添えられおいたこず。
 はるかは、祈るように䞡手を組み合わせながら、その先に続く日蚘の「最埌の䞀行」に目を萜ずした。
 ――瞬間。
 はるかの芖界は、ふいに溢れ出した熱い雫によっおぐにゃりず歪んだ。
 そこに眮かれおいたのは、死滅などしおいない、より匷固なものぞず圢を倉えた愛の蚌明だった。
 壊れおなど、いなかったのだ。
 音を立おおこがれ萜ちる涙は、以前のような孀独の涙ではない。胞の奥底からじんわりず広がる、途方もない安堵の涙だった。
 「  ありがずう。さようなら」
 はるかは画面に向かっお小さく呟き、静かな別れの儀匏ずしお、迷うこずなく退䌚ボタンをタップした。
 透明な鳥かごの䞭で息を朜めおいた「櫻子」ずいう抜け殻が、音もなく消えおいく。
 私はもう、この名前の裏偎に隠れる必芁はない。私は、はるかずしお、珟実の光の䞭を生きおいく。
 
 それから数日埌の倕食時。
 はるかは向かいに座る歊史の目をたっすぐに芋぀めお蚀った。
 「ねえ、歊史さん。  しずくが䞭孊生になる幎に、四人でフランス料理を食べに行きたしょう」
 突然の提案に、歊史の手がピタリず止たる。
 「フランス料理 いいが  それなら、明日にでも行くかい 予玄の取れる店を探そう」
 すぐに効率的な実行に移そうずする歊史の生真面目さに、はるかは思わずふふっず声を立おお笑った。
 「ううん、違うの。今すぐじゃなくおいいの」
 はるかは銖を振っお、歊史の目を優しく芋぀め返した。
 「しずくが䞭孊生になる幎に、みんなでうんず着食っお、玠敵なお店を予玄したしょう。それたでのお楜しみにずっおおきたいの」
 数幎先の未来を、家族で埅぀ずいう莅沢。
 歊史は釣られるように口元を綻ばせた。
 「  そうか。分かった。なら、最高のお店を探しおおかないずな」
 窓の倖、癜金の倜景は盞倉わらず冷たく茝いおいる。けれど、今のこの郚屋の䞭には、数幎埌の玄束ずいう小さな皮火が、確かな枩床を持っお灯っおいた。



[資料] Koru-Moru日蚘【結婚蚘念日】
 çµå©šèš˜å¿µæ—¥ã«äºŒäººã§é£Ÿäº‹ã‚’
新しくできたフレンチのお店で。

「ここ、子䟛もOKみたいだよ」なんお喜んだ君の声。
人で重い扉を開いたあの日、お客は私達人のみだった。
幌い子䟛が時間ほどの食事を倧人しくできるはずもなく
お店には倚倧な迷惑をかけおしたった。

それでも
「どうですか」
「人でお写真を」
䞀枚撮っおくれた写真
君の巊手薬指には、安物の結婚指茪が光っおいた。

「い぀かこの子が倧きくなった結婚蚘念日にたたココで食事をしよう」
なんお亀わした玄束。

叀い蚘憶
あれは䜕回目の結婚蚘念日だったか
い぀しか家族が人になり
「次男が䞭孊になる結婚蚘念日に人で食事をしようね」っお
普段よりも少し豪華な倕食を䜜った君が蚀った。


先日
雑誌を開くず、い぀か人で食事をしたお店
矎味しいお店だったからな。泚目を济びるのも玍埗だ。

写真が䜕枚か掲茉されおいた。
あの日ず同じ重厚な扉にアンティヌクの照明。
焊げた茶色の匷いマホガニヌテヌブルず怅子。
綺麗なテヌブルクロスに光り茝くカトラリヌ。

倉わっおいたのは
倧柄だった゜ムリ゚の頭が、いくぶん颚通しが良くなり、ひげには少し癜いものが目立っおいた事ず
「小孊生以䞋のお子様はご遠慮願いたす」の最埌の䞀行。

庭のシデコブシにはたくさんの花。
16回目の結婚蚘念日が過ぎた。
玄束の日たであず幎。


君が居なくちゃ困る。


 
数匏ず朚目ず玠数ず    最終章亀差する等高線、あるいは光のバトン

 季節は幟床も巡った。
 あの日、家族で亀わした「未来の予玄」は、歊史が完璧なリサヌチずプロデュヌスによっお遞び抜いたフレンチレストランで、この䞊なく枩かな蚘憶ずしお果たされた。グラスを合わせ、成長した嚘たちの笑顔を芋぀めながら、はるかは自分たち家族が確かに築き䞊げおきた「朚目」の矎しさず、今包たれおいる幞犏を深く噛み締めおいた。

 それからたた、いく぀もの季節が通り過ぎおいった。
 
 ある、よく晎れた䌑日の午埌。 はるかは、癜金のマンションのキッチンに立っおいた。換気扇が静かな矜音を立おる䞭、コンロの䞊のホヌロヌ鍋からは、䞁寧に取った出汁の甘く優しい銙りがふわりず立ち䞊っおいる。はるかは、いそいそず立ち働きながら、胞の奥で静かに跳ねるような高揚感を感じおいた。
 今日、長女のかりんが、結婚を前提にお付き合いしおいる盞手をこの家に連れおくる。 䞡芪ぞの、結婚の挚拶ず蚱可をもらうために。
 
 「  なあ、はるか。このネクタむ、少し掟手すぎないか ゞャケットずのバランスはおかしくないか」
 背埌から、ひどく萜ち着きのない声がした。振り返るず、か぀お完璧な゚リヌトの鎧を纏っおいた歊史が、すっかりその嚁厳を倱い、足元にたずわり぀く小さな愛犬を䞍噚甚に避けながら、所圚なげにリビングをうろうろず歩き回っおいる。
 「倧䞈倫よ、お父さん。さっきからもう䞉回目。ちっずもおかしくないわ」゜ファで雑誌を読んでいた次女のしずくが、呆れたように笑い声を䞊げた。
 「もう、お父さんはどうでもいいんだから。かりんのお盞手が緊匵しちゃうから、そんなにおどおどしないでよ」
 「おどおどなどしおいない。ただ、第䞀印象ずいうものは今埌の関係性を構築する䞊で  」
 蚀い蚳を䞊べながらも、歊史はようやく芳念したように、柔らかい革の゜ファに深く腰を䞋ろした。その姿を芋お、はるかは小さく吹き出した。か぀おこの家で絶察的な「正解」ずしお君臚しおいた歊史の序列は、今や、かりん、しずく、はるかに次ぐ、限りなく「」に近い「」ぞず定着しおいた。その隒がしくも枩かい力関係こそが、今の圌らの確かな幞犏の圢ずなり、十数幎ずいう歳月が、家族ずいう倪い幹に、確かな朚目を刻み蟌んでいた。
 
 はるかはコンロの火を匱火に萜ずし、゚プロンのポケットからスマヌトフォンを取り出した。
 他所のお家は、どんな颚に挚拶の時間を過ごしおいるのかしら。
 ふずした奜奇心だった。
 怜玢窓に『結婚の挚拶』ず打ち蟌み、画面をスクロヌルしおいく。無数のマナヌ蚘事や䜓隓談に混じっお、ふず、網膜の端を掠めた『むンラむンスケヌト』ずいう掻字。その単語が、はるかの指先をピタリず止めさせた。
 それは、芋知らぬ若いカップルの写真だった。背埌に朚挏れ日が差す静かな墓前で、女性が男性の背埌から䞡手を回し、ぎゅっず抱き぀いおいる。䞋を向いおいる男性の暪顔からは、埌ろからの突然の抱擁に照れくさそうにしおいる様子がはっきりず䌝わっおきた。
 ふふっ、可愛い  どこかの空の䞋で、この子たちも今日、新しい家族になろうずしおいるのね
 はるかは、その若者たちの䞍噚甚で真っ盎ぐな姿に、遠い昔の自分たち倫婊の姿を重ね合わせ、穏やかに目を现め、その写真に添えられたテキストに芖線を萜ずした。
 

 『20幎前に亀通事故で他界された、圌のお母さたに結婚の報告にきたした。むンラむンスケヌトの緎習埌、圌を迎えに行く途䞭に䞍幞にあったず聞きたした。圌はずっず、この金メダルを芋せたかったず悔やんでいたす。
 金メダルを手に入れた日の最高に面癜い思い出話、お母さたにも聞かせおあげたかったです。
お母さた  燈真くんを産んでくれお、ほんずうにありがずうございたす』
 

 「  ず、燈真くん」


 長い間、断片的な蚀葉だけで想像し、圢䜜られおきたその姿が、今、はるかの目の前に珟れた。
 䜏み慣れたキッチンの景色は急速にピントを倱い、グレヌのノむズのように溶けおいく。
 その䞭で、初めお芋る「圌の顔」だけが、たるでそこだけ匷いスポットラむトを圓おられたかのように、異垞なほどの解像床で瞳に焌き付いおいった。はるかは、再床写真に添えられたテキストに芖線を萜ずした。
 
 「20幎前に亀通事故で他界  」
 次の瞬間。 䞖界から、すべおの音が消え去った。
 換気扇の䜎い唞りも、リビングで歊史ずしずくが亀わす笑い声も、はるかの錓膜には䞀切届かない。真空のガラス瓶に閉じ切られたように、ただ無音の時間がそこにあった。錓膜を圧迫するのは、海底の深い堎所に朜ったずきのような重い無音ず、肋骚を内偎から乱暎に叩き぀ける自身の匷烈な心拍音だけだった。
 
 「  え」
 喉の奥から、也いた掠れ声が挏れる。
 
 芖界が急激に焊点を倱い、網膜に映る文字列だけが、異垞な熱を持っお明滅しおいた。心臓がドクン、ず䞍芏則に跳ねる。党身の血の気が䞀気に匕き、指先が匷匵る。
   違う。䜕かの間違いだわ
 
 脳が、目の前にある文字列の理解を匷烈に拒絶しおいた。
 だっおおかしいじゃない。圌の日蚘には、お嫁さんがいた。バヌミックスの音に怒っおいたし、車の埌郚座垭で眠る子䟛を芋お笑っおいた。あの日蚘は、隒がしくお枩かい家族の颚景があったはずだわ
 芖界にある蚀葉が、意味を持たないただの黒い蚘号の矀れにしか芋えなくなる。どれだけ瞬きをしおも、その蚘号は残酷な茪郭を持ったたた、圌女の網膜に匵り付いお離れない。数秒か、あるいは数分か。氞遠にも䌌た無の時間の果おに、ようやく䞀぀の恐ろしい仮説が、冷たい刃ずなっおはるかの理性を突き砎った。

 æœ€è¿‘の出来事のように曞かれおいたあの珟圚圢の結び蚀葉は、決しおありふれた日々の蚘録などではなかった。それはすべお、圌が今も過去の鮮烈な蚘憶に囚われ続けおいるずいう『珟圚進行圢の喪倱感』が生み出した、残酷な時制の錯芚だったのではないか
 はるかは、狂おしいほどの焊燥に突き動かされ、震える指でスマヌトフォンの画面を乱暎になぞった。か぀お、消えおしたわないようにず、自分の秘密の領域にコピヌしおおいたKoru-Moruの日蚘のアヌカむブ。それを、貪るように、瞋るように、過去ぞず遡っおいく。
 
 『ゆっくりず慎重に階段を降りるあの足音は、ずっず俺の䞭に残る』
 『ふいに、すこし䜙癜のある隣を意識した。サングラスをかけおいお本圓に良かった』
 画面をめくるたび、はるかの指先から急速に䜓枩が倱われおいく。
 あたたかい䌑日のリビングにいるはずなのに、冬の冷たく重い朮颚が足元をすり抜けおいくような悪寒。

 ずっず俺の䞭に「残る」。
 隣の「䜙癜」。
 あの日、なぜ圌はサングラスの奥で隣の䜙癜を意識したのか。
 ――隣には、  誰も、いなかった。

 息子の晎れ姿ず感謝の蚀葉を䞀緒に受け止めるはずのお嫁さんは、すでにこの䞖にいなかった  。だからこそ圌は、そこに届くはずのない「母さん」ずいう燈真くんの蚀葉を、颚が自分の耳たで運んできおくれたこずに救われおいた。 バヌミックスの音に怒っおいたお嫁さんの姿も、すべおは圌が深海のような孀独の䞭で、たった䞀人で反芻し続けおいた、氞遠に手の届かない過去の蚘憶  だった。
 
 指の腹に觊れるガラスの液晶画面が、たるで氷の板のように冷たく、硬く感じられた。そしお、圌女の芖線は無機質な数匏の䞊でピタリず止たった。
 『a+b=353こっちか。2a=353こっちじゃないわけね。』
 『いいよ、お前らになら俺の党郚をあげる』
 え、埅っお  この数匏っお他でも぀かっおあったわ
 はるかは、匷匵っおいく指を動かし、スクロヌルを進める。
 あった、この玅葉の日蚘
 『い぀かの【a+b=353】は【2a=353】になっおいた  。』

 䞀芋バラバラだった圌の日蚘の数々が、瞊糞ず暪糞ずしお静かに亀差しおいく。はるかは、それらが胞の奥で、䞀枚の矎しくも哀しい垃ずしお織り䞊がっおいくのを感じおいた。

 宗教の勧誘に来た男ずのやり取りを綎った日蚘、その最埌の蚀葉。
 『A型のKoru-MoruさんずB型のお嫁さん  』
   A型の「a」ず、B型の「b」
 『a+b=353』の数匏の䞭で、劻である『b』ずいう存圚は、物理的にずうの昔に倱われおいた。
 
 『いいよ、お前らになら俺の党郚をあげる』
 あの䞀文は、アむスを買う小銭の話ではなかった。決しお埋められない欠萜を抱きしめたたた、たった䞀人の「a」が䞀人で二倍の愛情2aを泚ぎ蟌むこずで、必死に『353』ずいう家族の茪郭を守り続けおきた。 その壮絶なたでの芚悟こそが、『2a=353』ずいう数匏だった  。
 
 はるかは、頭の䞭で、ゆっくりずその数匏を解き盎しおみる。
   353。
 2で割ろうずしおも、綺麗には二等分できない。
 じゃあ、他の数字なら 3は 5は 7は

   割れない。どんな数字を圓おはめおも、決しお割り切れない

 窓から差し蟌む午埌の陜光が、ふいにその色ず枩床を倱い、䞖界が癜く挂癜されおいくような眩暈がした。
 
 どんな数字を圓おはめおみおも、割り切れない。
 ず、自分自身でしか割るこずのできない、孀独な数字。
   『玠数』だ。

 か぀お読んだ『ぬけがら』の日蚘の蚀葉が、はるかの脳裏で鮮烈な光を攟っお蘇る。 『玠数は仲間たちを守る鎧、ずおも䞍思議な数字。  数孊の定理や数匏は、普遍だ。どれだけ時が過ぎおも倉わらない』
 氞遠に倉わるこずのない、誰ずも混ざり合わない匷固な鎧。
 「そうだったのか。いや、きっず  そうだ」
 声にならない呟きが、喉の奥から挏れ出た。 孀高の玠数で家族を守り抜く圌にずっお、他者ず亀わるコメント欄など最初から䞍芁だったのだず、はるかは今になっお深く理解した。

 圌は䞀人で、二倍の愛2aを泚ごうずした。 けれど、353が玠数である以䞊、数匏を解けば「176.5」ずいう小数が残る。呜は、決しお分割するこずなどできない『自然数』だずいうのに。
 だからこそ圌は、あの日「a=176.5」ずいう答えを最埌たで曞けなかった。 どんなに自らを削っおも『b』の欠萜は埋たらない。
 その残酷な真理を、『2a=353 こっちじゃないわけね』ず、自ら痛切に吊定するしかなかった  。
 
 ザワッ、ず党身の産毛が逆立぀ような感芚に襲われながら、はるかはさらに画面をめくった。
 あの冷培な諊念に満ちた、結婚蚘念日の蚘録。
 『䞀床壊れおしたったモノは、同じ堎所で同じ環境であったずしおも、再び、同じモノを䜜り䞊げられない。そんな事は倚くの虫を殺さなくおも知っおいる。今日は、十䜕回目かの結婚蚘念日』
 そしお
 『結婚蚘念日』の、最埌の䞀行。
 『玄束の日たであず幎。君が居なくちゃ困る』
 その「君が居なくちゃ困る」ずいう䞀文は、甘やかな愛の告癜などではなかった。 そこに瀺されおいたのは、ずうの昔に倱われおしたった「お嫁さん」の空垭ず、次男が䞭孊生になった時に家族四人で食事をするずいう、決しお果たされるこずのない玄束だった。
 「君がいなくちゃ困る」――それは、氞遠に蚪れるこずのない未来の食卓を思い描き、亡き劻ぞず莈られた悲痛な叫びだった  。

 あの堎所に眮かれおいた日蚘は、出䌚いを求めるためのものでも、単なる日垞の蚘録でもなかったのだ。それは、絶察に誰の目にも觊れない「閉ざされた深海」から、もう二床ず䌚えないただ䞀人の人ぞ向けお倜ごず流し続けられた、決しお返事の来ない「手玙」だったのかもしれない。

 指先が氷のように冷え切り、震えが止たらない。手から滑り萜ちそうになるスマヌトフォンを、はるかは痛いほど䞡手で匷く握りしめた。 気が぀けば、倧粒の涙がずめどなく頬を䌝い萜ち、画面の䞭に映る燈真の顔を静かに濡らしおいた。
 
 ピンポヌン――。
 
 䞍意に、真空の䞖界を砎るように玄関のチャむムが鳎り響いた。その無機質な音が、はるかの内偎で激しく枊巻いおいた巚倧な混乱を、珟実の光の䞭ぞず静かに匕き戻す。
 
 「来た かりんが来たよ」
 しずくの匟むような歓声。そしお、ダむニングで歊史がそわそわず怅子を匕き、ゞャケットの襟を正す、小さな衣擊れの音が聞こえた。はるかの錻腔に、コンロから挂う出汁の甘く枩かな銙りが、再びゆっくりず流れ蟌んでくる。その日垞の音が、はるかの胞に、ある䞀぀の、痛いほどの確かな光を灯した。
 Koru-Moruは、お嫁さんを倱ったあの暗闇の底で、たった䞀人で二倍の愛2aを泚ぎ、あの眩しい『353』の家族を育お䞊げたのだ。けれど、私には。 時にすれ違い、効率ずいう氷のルヌルに傷぀きながらも、共に悩み、䞍噚甚な『いいわけ』を重ねながら、今日この日を䞀緒に迎えおくれた倫・歊史がいる。
 私たちは、䞀人きりの『2a』ではない。ぶ぀かり合い、削り合いながらも、ここに生きお䞊び立぀『a+b』ずいう、誰にも分解できない二人の芪なのだ。
 
 キッチンから挂う、䞁寧にずった出汁の枩かな銙りが、はるかの珟実の茪郭をはっきりず瞁取っおいく。
 はるかは䞡手で顔を芆い、乱れた呌吞を必死に敎えた。
 リビングから玄関ぞず続く、ほんの数メヌトルの短い廊䞋。その䞀歩を螏み出すごずに、はるかの心を満たしおいた冷たい青の圩床が、今ここにある家族の枩かな色ぞず、おだやかに倉化しおいく。
 鏡の前に立ったが、厩れた目元を盎すこずはしなかった。瞳は熱を垯び、ただ赀く濡れたたただ。
 けれど、もう完璧な「癜金の母芪」ずいう無機質な仮面を被る必芁など、どこにもない。この涙も、赀く腫れた目も、私たちがここたで必死に、泥臭く玡いできた「家族の朚目」そのものなのだから。
 「歊史さん、お迎えしたしょう」
 背埌のリビングで、緊匵した面持ちで䜇む歊史の芖線をたっすぐに受け止め、はるかは優しく埮笑みかけた。
 歊史の、どこか頌りなげで、けれど確かに熱を持った瞳が、はるかの背䞭をそっず抌し出す。静かな、けれど揺るぎない決意を抱えたたた、はるかは玄関ホヌルぞず向かった。

 ドアの向こう偎に、二぀の人圱が透けお芋えおいる。
 氷のように冷え切っおいたはずの右手を、冷たい金属のドアノブにかける。けれど、その指先には、今や自分自身の確かな䜓枩ず、倫から手枡されたバトンの熱が宿っおいた。
 
 カチャリ、ず音を立おお、透明な鳥かごの、最埌の鍵を開けるように――はるかは重い扉を開いた。
 
 ――瞬間、はるかの芖界に飛び蟌んできたのは、圧倒的なたでの「生」の色圩だった。西日に照らされた逆光の䞭、少し緊匵した面持ちのかりんず、その隣に立぀、背の高い真っ盎ぐな青幎のシル゚ット。圌は、あの写真の「燈真」ではない。けれど、光の粒子が、はるかの涙で濡れた睫毛に反射しお、青幎の茪郭をがやけさせる。その「がやけた茪郭」の䞭に、あのSNSの写真の、お母さんの墓前で金メダルを持っお笑っおいた燈真の姿が、䞀瞬だけ重なっお芋えた──。

 遠い空の䞋、金メダルを銖に䞋げお、芋えない母芪に向けお誇らしげに立っおいた青幎の姿ず。そしお今、目の前でかりんの隣に立ち、少しはにかむように埮笑む、この芋知らぬ青幎の姿。
 どちらも、誰かが誰かのためにその身を削り、䞀生懞呜に、必死に愛情を泚ぎ蟌んできた日々の結晶なのだ。それはたるで、倪い幹から力匷く芜吹いた濃い緑の葉ず、その隙間から降り泚ぐ、たばゆいほどの癜い光。

 無数に存圚する尊いバトンの、あたりにも眩しい連鎖。
 その呜の茝きを前にしお、はるかの瞳から再び止めどなく涙が溢れ出した。若く、力匷く、枩かい色圩が、冷え切っおいたはるかの党身を春の陜だたりのように包み蟌む。
 目には芋えない知らないモノで溢れかえり、い぀もキラキラず茝いおいるこの䞖界の矎しさを、圌女は今、確かにその肌で感じおいた。
「お母さん   どうしたの、泣いおるの」驚いお顔を芗き蟌むかりんず、戞惑う青幎に向かっお、涙でくしゃくしゃになった母芪の笑顔で、はるかは蚀った。
 「ごめんなさいね。なんだか  あたりにも眩しくお、感極たっちゃっお。――いらっしゃい」
 
 キッチンから挂い始めた、倕食の仕蟌みを告げる枩かな出汁の銙りが、新しく加わる呜の気配ず混ざり合う。それは、か぀お誰かが守りたかった「幞犏な食卓」そのものの銙りのように、はるかの党身を深く満たしおいった。
ダむニングからは、歊史が少し䞊ずった声で「たあ、掛けなさい」ず怅子を勧める音が響き、しずくが嬉しそうにグラスを䞊べる埮かな音が、新しく刻たれる家族の朚目のように、優しく宀内に鳎り枡っおいた。
 
 


[資料] はるかが芋たSNSの投皿
  20幎前に亀通事故で他界された、圌のお母さたに結婚の報告にきたした。むンラむンスケヌトの緎習埌、圌を迎えに行く途䞭に䞍幞にあったず聞きたした。圌はずっず、この金メダルを芋せたかったず悔やんでいたす。
金メダルを手に入れた日の最高に面癜い思い出話、お母さたにも聞かせおあげたかったです。
お母さた  燈真くんを産んでくれお、ほんずうにありがずうございたす。


 














――衚玙カバヌのタむトル衚蚘――
『透明な鳥かごの鍵の開け方』

――カバヌを倖した、本のタむトル衚蚘――
『数匏ず朚目ず玠数ず  』

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いいなず思ったら応揎しよう