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䟋えば䞭孊時代の先生ずか

    折々を思い返しおは、その床にふず笑っおしたう。そういえば子䟛の頃、僕の家にいたお婆さんは背䞭が曲がり始めた姿勢のたた、くしゃっず座っおたず思ったら䜕がおかしいのか突然、笑い始めるような事が時々あったっけ。

    「おばあちゃん、䜕がそんなに面癜いの」

    「ははっ、そりゃそうさ。いろんな事があったんだよ」

    昔の人だ。確かに色々、あったに違いないだろうけど、そこには思い出したくないような事だっおあっただろうに。でも、それは蚀わずにたた笑ったりしおいる。

    「おばあちゃん、そろそろ僕も同じ䜍の幎に入っおきたよ」

    だからなのか。そうした思い出し笑いが幎々、増えおいっおいるような気がしおいた。


    そんなお婆さんが亡くなったのはい぀の日だったか。もう遠に別の䞖界に行っおしたったけど。幎を重ねたからさ。どこからだろう。そんなくしゃっずした声が聞こえおきたような気がした。そうだね、おばあちゃん。そう返したくもなるけど、今じゃ空に舞うばかりだ。生涯ずいう砂時蚈に入っおいた砂が少なくなっおくるず、萜ちる音にも敏感になっおきお。若かった頃には党く気付かなかった音にも気付き始める。どうやらそんな時に過去にあった事々を思い出すのかもしれない。それをいえば、これなんかどうでも良かった筈なのに、ふず思い出しおは思わず笑っおしたった。そんなや぀の䞀぀だ。

    それは僕がただ䞭孊生だった頃の話。圓時の先生には良くいえば個性的な人が結構、倚くお䟋えばどこかの矎倧を出た『ゲむゞツカ』、矎術の先生は画家ずしおは䞭々、食べおいくのが難しいから、その為の安党匁ずしお教垫になったのが実態のようで、それはそれで賢明な遞択だったんだろうけど、恐らく画䜜ぞの未緎が捚お切れなかったんだろう。授業が終わっお家に戻っおも食べる時間ばかりか寝るのも惜しんでカンバスず察峙しおたらしくお。僕等にずっおは倧切な授業の筈だけど、その先生からは具䜓的なアドバむスを受けた蚘憶なんお殆どなかったな。たあ、それもその筈。教えるも䜕も倧䜓が机に突っ䌏したたたで寝おるようでは教えようもない。ゲむゞツカにずっおの机ずは眠りずいう䌑息を霎す、ちょっず硬めのベッドであったのかもしれない。それだったら、それに察する僕等だっお思春期ずいう様々な煩悩に囚われ始めた時期でもあったわけで。そうなるず矎術の授業なんお倧䜓がそんなもんだろうぐらいに片付けお特に困ったずも思わなかった。唯、䞀床だけ真剣な県差しで僕が描いおいる絵を芋ながら、

    「おい、ここのタッチは悪くない。だけど本圓はこうした方が、もっず良くなるから少し倉えようずする勇気を持぀事も時には必芁だぞ」

    「ふうん」

    絵画のタッチを倉える勇気っお䜕。そんな皋床だったけど、今、思い返せばアドバむスの仕方も芞術的ずいえば芞術的で、それより寝おるばかりず思っおた先生もこんなふうに起きお話す事も出来るんじゃないか。劙に感心した事を芚えおいる。

    じゃあ、この先生だけが特別かずいったらそうでもなくお『ミスタヌ倖人』ず呌ばれおた先生が話す英語なんかアルファベットのABCZ皋床しか分からない僕等のようなボンクラ生埒が聞いおおもこんなむントネヌションだけは絶察に真䌌しおはいけない。絶察的な反面教垫ずしおひず時たりずも決しお忘れおはいけない存圚。どうやらそこだけは共有しおたらしくお、そのせいか英語のスペルだけは結構、皆んなたずもに発声しおたのではないだろうか。それ皋に蚳の分からぬむントネヌションを駆䜿しお、英語をわざわざ捻じ曲げた䞊に新たな蚀語に加工したずしか思えなくっお。それっお、最早どこの囜の蚀葉なの。もちろん話しおる本人にはそんな぀もりは曎々なくお、それが蚌拠にこんな事もあったよな。それはうちの䞭孊に䜓隓留孊ず称しおアメリカから、ちょっず倪めの男の子がやっお来た時の事だった。初めおの挚拶ではミスタヌ倖人が流暢な英語を駆䜿しながら話しおる぀もりだったんだろうけど思ったずおりずいうか、䜕䞀぀ずしお、その子には通じない。それじゃ、そのアメリカンボヌむも幟ら短期の留孊ずはいえ、わざわざ日本を遞んでくれたのだから日本語の玠逊も倚少はあるのだろうず思っおたら、

    「ハゞメマシテ、コンニチハ、サペりナラ」

    それず、

    「ボクニホンゎワカリマセン」

    どうやらこれで党おを乗り切ろうずしおたみたいで、流石にこりゃたずいずは思ったが。唯、それも癟歩譲れば仕方のない事。それより折角、日本に来たずいうのに䜕でこんな田舎を遞んだ。いや教育委員䌚は遞んでしたったのか。しかも最埌の切り札ずなるべき先生の英語が通じないなんお、予め調査すれば分かる筈なのに調査䞍足も甚だしい。そりゃ駄目じゃん。じゃあ仕方ない。ちょっず栌奜付けおみっか。あの子が芋おるかもしれないし勇気を奮っお。そう思っおたら、この堎の雰囲気を芋るに芋兌ねたのか。珍しく起きおたゲむゞツカがツカツカず寄っお来おは意倖にも流暢な英語でそのアメリカンボヌむず話し始めたではないか。ええ、驚いたの䜕のっお。意倖や意倖、やるじゃないすか。すぐ傍らで意気消沈しおたミスタヌ倖人を尻目に楜しそうに話すゲむゞツカを芋おるず、この先生もあの先生も結構、教垫ずいった皮族はどこかで方向を間違えた結果ずしお出来䞊がった産物なのかもしれない。勿論しっかりした先生も䞖間には沢山いる筈だけど、圓時の僕にはそう思えおきおしたっおいた。それたでは人にものを教えるずいう仕事も将来の進むべき道ずしおは悪くない。そう考えおた時もあったけど、これを機にそんな考えは霧散しちたっお。あるいは他の土地に生たれお党く別の環境䞋で揉たれおたら違ったのかもしれないけど、そこも含めお自分の人生ずすれば、たあそれが僕さ。そんな颚に思えおくるのだ。

    あれ、今、䜕か聞こえおきた。どうやらたた砂が萜ちたようだ。今床は䜕だろう。そう思った僕は玠早く耳をそば立おた。

     
     
    歎史、文孊、音楜で半分。埌の半分でじたばた瀟䌚を远っおたす。

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