
妊婦が二丁目通ります
新宿二丁目。
辞書で調べたら、日本最大級のLGBTQ+ゲイタウンと出てきた。
私の青春はここにある。
自分の中に新しい価値観を開花させてくれて、豊かに生きられるようになった場所。
人生のステージが変わっても、変わらずに私を受け入れてくれる人たちに出会えた場所。
20歳の頃、今では親友、当時の職場の先輩に連れて行ってもらって以来、新宿二丁目は私のホームになった。
仲通りを歩けば「じゅりちゃん!」と声をかけてもらい、女1人ゲイイベントのVIPスタッフをさせてもらうこともあった。登山をしたりホームパーティーをしたり結婚式に来てくれたり。おばあちゃんになっても会っていると思う。
そうして私の生活には、ずっとLGBTQ+カルチャーがある。
二丁目では誰も、人の生き方を笑わない。
そして、なんでも笑い飛ばしてもくれる。
こうじゃなきゃいけないなんて、無いんだな。
そう思えた。
妊娠して8ヶ月経った頃、
臨月に入る前に会いたい人に会おう!と思った私は、ふと、名前のまんまゲンキなゲンキさんに安産祈願のごとく会いに、ひとり二丁目へ舞い降りた。真夏の夜だった。
妊婦がちょっくら二丁目通りますよっと。
二丁目は夜が深くなるほど活気が出る街なので、お店の多くは20時や21時にオープンするが、そのお店は19時から23時までというちょっと変わった?早く帰って寝たい私にはピッタリの時間帯に営業しており、私は19時ピッタリにお店のドアを開けた。
妊婦ノンアルいけますか?
ジュース飲み放題。お祝いだから料金はいらないよと、ゲンキさんはその日を楽しませてくれた。
台風のような人。会っているときは嵐みたいに魅力を感じるけれどサッと去っていく。そんな人に私は魅力を感じるのだと思う。
なぜかジュースで酔った気分になった頃、お店のドアが空きカウンター席の私の隣に座った、吟さんと呼ばれるその人はまさに台風のような人だった。
会った瞬間に、あれ?この人友達だったかな?という距離感で話をしてくれた。吟さんという世界があるかのような、空気をさらっていくような、世界観のあるひとだった。
私のお腹の子の名前を聞いて、絶対いい子が産まれる!と根拠はないけれど吟さんが言うとなぜか説得力のある言葉で背中を押してくれ、女性の身体と命を犠牲に子供を産むんだからめいいっぱいパートナーに甘えるんだよ、約束!とも言ってくれた。
そして帰り際、肩を組んで写真を撮ってからLINEを交換し、ゲンキさんをはじめお店に来ていたお客さんみんなに安産祈願をしてもらい店を出た。吟さんは専属タクシーを呼び寄せ、妊婦は電車で帰るもんじゃない!と私を無理やりタクシーに乗せて東京の端っこの自宅まで送ってくれた。
専属タクシーは、吟さんがまだ飲んでいるであろう新宿二丁目まで帰って行った。
夜遊びからめっきり離れていた私は、シラフで夢のような時間の余韻に浸っていた。
吟さんは一体何者?
年齢も、職業も聞かなかった。聞かれなかった。
後から聞いた話によると、昔京都で舞妓をしていて、最近まで二丁目でお店をやっていたらしい。
交換したLINEに、お礼のメッセージを送った。
返信には、
ジュリちゃん
そらちゃん(子供の名前)
いつでも連絡してな
炎の不死鳥スタンプが添えてあった。
出産を終えた今も、ふと思い出す台風のような人。会いたいけれど、連絡ができずにいる人。
吟さんは私が何者なのか知らない
私も吟さんが何者なのか知らない
でも、今はそれがいい。
私が夜遊びを覚えた街は二丁目だった。
自己紹介は名前だけでよかった。
今でも、職業や年齢よりその人が纏う空気のほうが先に目に入る。
嘘もある。見栄もある。人間のどろどろだってある。
情けなさも弱さも、全部ひっくるめて「その人」として受け止めてくれる。
そんな空気を吟さんは当たり前のように纏っていた。
私もみんなも、全然綺麗じゃない。
でもそれがいい。
そんなところも愛おしくて、好き。