
あの人からもらったもの
名づけた人は名前を呼んだことのないあの人
私の名前は飛鳥になるはずだった。
おなかの子の性別が「女」と分かった時、母はワクワクしながら名前を考えたらしい。
飛鳥は、響きも可愛いし、好きな物語の主人公の名前だったから気に入って、お腹の中に向かって話しかけていた。
「生まれたら飛鳥にしようと思ったのに!」
名前の由来を尋ねた時に聞いた話しだ。
私の名前は、祖父がつけた。
父方の祖父。
父方の祖父母のことは、一度も「おじいちゃんおばあちゃん」と呼んだことがない。
会うことはあっても呼ぶことがなかった。
お年玉をもらったことも、甘えたこともない。
まわりから聞くおじいちゃんおばあちゃん像からは、かけ離れた人たちだった。
父方の祖父母のことは、祖父母が亡くなったあとになって
「三一さん(みいちさん)とみこさん」と呼んでいる。
もっとも、死ぬ間際まで本人に名前で呼びかけたことはなかった。
家族よりも家が大事な人だった
三一さんは、家柄や肩書を最重要とし、先祖から引き継いだ財産と土地を守ることに一生を捧げた人だった。
だから、よそから来た母を、ことごとく排除しようとしていたのかもしれないし、別の思惑があったのか、今となっては本心などわからない。
できることなら聞いてみたかった。
おっぴさんの介護。
法事。家事。
本家が関わるたび我が家は、修羅場だった。
私や兄に対しても、孫に対する可愛がる様子は微塵もなく、成績や行儀を求められ、特に兄は何かあると母親のしつけが悪いと怒られていたため、赤ん坊だった私の子守りをしながら、気配を消して過ごしていたらしい。
そのエピソードを聞くと虐待を疑う。
関係性は最悪だった。
名づけ
我が家の平安を壊し、怯えさせる怪物みたいな人。
そんな三一さんが、私の名前をつけた人だった。
家族を大切にするとか、喜んでもらおうとか、人に対する執着をまったく感じなかった人だったから、名づけにこだわったことに驚いた。
女の子である私を母が産んだ時に、三一さんが突然言ったらしい。
出産を労う言葉よりも、名づけ。
もちろん父も母も反対したかったらしい。
なぜ順子が良かったのか。
それは、画数でも、姓名判断でもなかった。
三一さんのふとした出来事。
三一さんが若い頃。
女の子が自分に生まれたら「順子」と名づけるといいと、路上で占いをしていた易者に話しかけられて言われたことがあったそうだ。
でも、三一さんには、男の子しか生まれなかった。
それを、長男の嫁が女の子を妊娠したと聞いて、「これだ!」と思ったらしいのだ。
占いを信じる人には思えないし、人の話しを素直に聞く人でもないのに、なんでそこだけ信じたのかはいまだに疑問だ。
三一さんは、絶対にこの子は「順子」だと押し切って、私は順子になった。
母は、そんなスナックみたいな名前は嫌だと父に抗議したらしい。
確かに、「スナック順子」よく見る。
悪人
三一さんは、私のことを「じゅんちゃん」と小さい頃呼んでいた。
女ならば華道と茶道をし、琴をし、女らしく生きなくてはいけない。
家を守り人間としての生き方を全うするんだ。
誇らしく偉そうに話していた。
でも、私はよくわからなかった。
話しが入ってこない。
私は、家族の目から見た三一さんのイメージが強い。私の目で見る前に、家族をいじめる人だったから、見る以前の問題だった。
でも家族であることを外して見たとしても、人をいびったり、泣かせたり、考えを押しつけ、人を見下したりするのは悪いことだ。
妻であるとみこさんは、明らかな嫁いびりをしていたし、他の親戚だって法事で母の足をひっかけてくる。
意地悪な人ばかりだと思っていた。
なまえののろい
私は女だったから、そこまで被害はなかった。
でも兄は長男という立場からツライ思いをしたと思う。父もかわいそうだったし、母は精神不安定になっていた。
母が、精神不安定で1番ひどかった時期。
私が幼稚園の年長か1年生くらいの時。
母に何かで怒られていた。
その時、「お前の顔はあの家の人間にそっくりだ!順子!」と泣きながら怒鳴られたことが記憶に残っている。
自分なりに、大変な母を守ってあげたいと思っていた。
あの人が悪人だと思っているし、同じ気持ちだから、私は味方だから大丈夫だと思っていた。
「私も、敵なの?」
その不安が辛くて、よりいっそう三一さんが大嫌いになった。
あの人のせいで、母が怒る。
あの人のせいで、いつも家族の時間がなくなる。
あの人のせいで、兄が傷ついた。
そして、そんなあの人が私の名前をつけた人。
血がつながっているせいで。
名づけが呪いに感じた。
解放
家のいざこざは、三一さんが死ぬまで続いたけれど、私が小学校3年生くらいの時から落ち着くようになった。
時間とともに、母は心に秘めていた恨みつらみを口に出せるようになり、兄もハッキリ文句を言うようになった。
引っ越しもあって、少しずつ関係が変わっていった。
家族の誰もが、何か言われても言い返すようになったのが良かったのか、口数少ない父が、はっきり絶縁を宣言したことも大きかったのか。
それとも、年のせいなのか。
少しずつ、影響が少なくなっていった。
喧嘩がちゃんとパワーバランスのとれた喧嘩になった。怯えているのと、はらいのけるのでは大きな違いがある。
そして、私が罪悪感を感じる出来事も減っていた。
全面的に母の味方をするようにしていたし、三一さんや親戚に母の代わりに、必要以上に冷たく言い返したりもした。
順子という名前も普通の名前になったような気がした。
三一さんとは、絶縁宣言はしても、何事もなかったように連絡はくるし、父母は盆正月、仏壇の片づけやお寺関係もやっていたし、私も兄も家族でお墓参りを欠かしたことはなかった。
母の精神も元に戻り、盆正月も地獄じゃなくなった。
平等な時の流れは、きちんと我が家のあの時間を過去へと押してくれた。
最期の空
あいつは絶対年をとらない、死なない!こっちが先に死んでしまう!と言われていた三一さんが死ぬ間際のこと。
みんなの想像とは裏腹に、しっかり老いていった。
その日、三一さんの車椅子を押して病院の庭を散歩していた。
死ぬ姿など想像もできなかった散々憎んだ元凶が、小さく車椅子におさまっている。
小さくて、骨みたいな肩を見て吐き気がした。
嫌悪ではない。
恨みでもない。
罪悪感だ。
こんな年をとった人間に対して、恨みを持って悪口を言ってきた。
当然の報いだ!と言いたい気持ちと、可哀想な最期ではないのかと思う気持ち。
もっと別の生き方できたはず。
私はどうすればよかったんだろう。
過去が一気に頭の中で巻き戻しされてきた。
頭に浮かぶのは、父の悩む姿。
そして母の泣きわめく姿。兄の泣き顔。
家族に見捨てられるのが怖かった。
この小さな肩の老人は、家族を苦しめた人で、最低な考えで、ひどいことをしてきた人だと思う。
なんでそうしたの?もっと前に聞けていたら良かったのか。
三一さんは三一さんなりに大変だったことも、相続に直面した父と母から聞いた。病院で、三一さんは母に初めて「ありがとう」と言ったらしい。
震える手で書いたなんだかわからないメモと通帳を母に手渡した。
それを、母は今更だと涙を浮かべながら、報われたと言っていた。
いろんなことを私は考えて、ふと空を見た。
夕方がちょっとずつ空をそめて、入り混じった空になっている。
家がある方向の空が、帰る太陽の金色の光で照らされている。
「三一さん。あっちの空が見える方向に家があるね。」
私は、そう声をかけた。本人に三一さんと名前で呼びかけたのは初めてだった。胸の鼓動が聞こえるわけないけれど、ドキドキした。
それでも、名前を呼んでみようと思った。
三一さんは、私が指さした空をじっと見ていた。
静かで、カラスの鳴き声が感傷的にひびく。
「ほうか・・。帰りたいな・・・。」
小さいけれど、聞き流していた三一さんの声。
頬に涙が落ちるのを感じた。
気付かれないように。
見られたくないけど、涙が止まらなかった。
この人はきっともうすぐいなくなる。
もうすぐ終わる。
そう思って、暗くなるまで空を見ていた。
おじいちゃん
その翌日の早朝、冷たくなった三一さんを家族で迎えにいった。
父は泣いていなかった。
ただ、だまって顔を見ていた。
見てはいけない気がした。
母ばかり味方にならなくてはと気にかけてきたけれど、実の父と妻に挟まれていたのはこの人だ。
長男の責任があると、ぽつりと言っていたこと記憶に残っている。
言葉に出すことを嫌う父は苦しんだと思う。
母は、いまさらになって、もっと早く素直になってくれたらよかったのにと、三一さんを責めながら泣いた。
仕事で県外にいた兄は、葬祭会館に運ばれた後に来て一人遺影の前でじっと立っていた。その目は真っ赤だった。
家族の姿を見て、その涙と表情を見て終わったんだと思った。
時が過去にしてくれて、死が過去を完全な過去にした。
私は葬儀の時、孫代表で手紙を読むことになった。
自分の気持ちをそのまま手紙にした。
嘘はつきたくないから、感謝でもない、後悔でもない。恨みでもない。今の気持ちを手紙に書いた。
「三一さん」
最初にそう呼びかけて、手紙の最後に言った。
「・・・おじいちゃん。」
母の父親は早くに亡くなっていたから、おじいちゃんと呼べる人は三一さんしかいなかった。
はじめてのおじいちゃんだった。
でも呼べる機会はなかったし、呼ぶ気もなかった。
けれど、涙があふれるこの気持ちは、最期に名前と一緒に伝えておこうと思った。
三一さんからもらったもの
この人からもらったものは、血だ。
血の鎖。血の縁。家族。
この世の憎しみを全部集めて、自分を失いかけるほど恨んでいた母も、絶縁しても切れない親子の縁がある父も、他人事で、金と欲にまみれた親戚も、血がなければ一瞬で切れた。
でも、血があるから切れなかった。
血のつながりがある家族から距離が空いてしまうのが怖かった。
三一さんがいなくなった後、相続に揉めていた親戚や、裏切りにも近いことをしていった相続弁護士が、三一さんの後を追うようにこの世からいなくなった。
あの世にいくタイミングまで、血のつながりのせいなのか、なんなのかは知らない。どうでもいい。
血は一言にはできない。
血の濃さを、物心ついた時から三一さんが死ぬまで。死んでからも、家の中でも外でも感じさせられた。
知らなくてもいい血。
三一さんからさせられた経験だ。
そして、血のほかに私はもう一つもらっている。
名前
今はもう私の名前を呪いとは感じていない。
あの時間が嘘のように、三一さんはただの三一さんになっている。
父も母も毎日手を合わせ仏壇を磨き、お墓を直し、彼岸と盆には毎日お墓まいりを欠かさない。まっさらだ。
実家に帰って、三一さんの話しがたまに出てくる。恨みを吐き出すのではなく、自然に。
夢に出てきて、三一さんがまんじゅうが食べたいと催促することがあるんだなんて、ふざけたように笑って話す母を見て、ホッとする。終わったんだ。
なぜそこまで「順子」にこだわったのかは知らないけれど、順子という自分の名前を見るたび、順子と名前を呼ばれるたびに、私は思い出す。
それが、占いの成果なのだろうか。
仏壇に問いても答えは返ってこない。
占いのこと、由来のこと家族で本家もみんなで話せたなら、いろんなものが違っていたのに。
順子という名前と血が流れているこの体。
家族。
血のつながり。
私があの年齢になった時、最期に見る空は晴れやかな気持ちで見たい。
ぶつけられなかった質問を胸に、血を家族を大切にしていきたい。